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菩提達摩の『楞伽經疏』について(下) 利用統計を見る

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(1)

菩提達摩の『楞伽經疏』について(下)

著者名(日)

伊吹 敦

雑誌名

東洋学論叢

24

ページ

1-33

発行年

1999-03

URL

http://id.nii.ac.jp/1060/00003188/

Creative Commons : 表示 - 非営利 - 改変禁止 http://creativecommons.org/licenses/by-nc-nd/3.0/deed.ja

(2)

先述のように、達摩の『傍伽經疏』は、奈良朝において一切郷の一部としてしばしば醤寓されたわけであるが、常

時は紙は貸敢品であったし、多数の寓經生や校生によって分檎された仕事を統轄し、また彼らへの給與を算定する必

要からも、替寓のための紙は篤繊所によって膿晒に管理、記帳されていた。そのため、正倉院文書には、それぞれの

經疏の替寓に用いられた紙敵が細かく犯戟されており、それを辿ることによって、各文献の分皿をほぼ正確に把握す

上に『傍伽經疏』の側承について考察するとともに、今までに見いだした逸文を列鶏しておいたから、次に、これ

に基づきつつ、『楊伽經疏』の内容について考えてみたい。逸文の量が極めて少ないために、それによって明らかにし

うることは限られているが、可能な限りの考察を加えておくことは絶對に必要なことであろう。

(本稿は、本誌前齪所收の上簡に綱くものである)

菩提達摩の『樗伽經疏』について(工

1.分量と構成

三、『探伽經疏』の内容について

伊吹

1

(3)

當面の問題である述摩の『楊伽經疏』に側していえば、「五月一日樫」の書寓の際の文書が数多く残されているので、

それに基づいて各巻の紙數を検出してみると、次の《回表2》のごとくになり(「剛係文選は、『大日本古文轡」の毬倣と

(醜)

頁倣で示す)、その總紙数が一一一一一張(雀第四の「空」|張を含む)であったことが確認できる。

ることができるのである。

なお、正倉院文脅には、その全阻を「百八十一張」とするがごとき記載も見られる癖←これは明らかに誤りである。

こうした誤りが生じたのは、先の《囲表1》に見るように、巻第四のみ、その縛寓が遅れたことが原因である。即ち、

「常琉充残満帳」に見るように、便宜的に巻第四の紙数(四○張)を除いて『橿伽綴疏』の紙數が記戟されたことがあっ

《圖表2》

2 紙数 閥係文谷 巻第一 53張 2-372 8-346 8-388 巻第二 3572 7481 3335 一一一- 2888 張 2 4 巻第三 47張 2-367 2-385 8-345 8-387 8-418 巻第四 40張(空l張を含む) 2-437 8-347 8-389 8-553 巻第五 39張 8-345 8-387 8-406 8-512 8-514 計 221張 8-525 (未窺の巻第 四を除き181 張とする)

(4)

などの誤った張數の記載が本となり、それがやがて「一一百八十一張」に誤られ、更に、その紙敵の中から「空」の一

紙を除くことで得られたものであろうということである。こうした誤りは、宜際に紙敷を調べて書いたのであれば生

じようのないものであるから、この「古聖教目録」は、どこかの(既に誤りが記戦されていた)一切樫の目録を軸廓した

ものであることが窺い知られるが、質際のところ、この目録は、落合俊典氏によって承暦元年(一○七七)に白河天皇

(脇)

と紀戟されているということである。この紙数は上の推定と大きく異なっているが、これは瞥寓の書式などが愛更さ

れたことによるのではない。というのは、同じく「古聖教目録」に記されている菩提流支の『人梼伽經疏』の紙数は

「一一百六十七枚」で、正倉院文書に記戟される紙數と完全に一致しているからであ諏缶非常に不可解なことであるが、

これについては、恐らく、次のように考えることができるであろう。即ち、この記載は正倉院文書の目録、例えば「疏

目録」(『大日本古文聾」の鵠者によって「塞鷺章疏築傅目録」という名榊が輿えられている)の、

(別)

たのを、後にその經緯が忘れられて總紙数に誤られ、遂には目録等に2℃記城されるに至ったのである。

ところで、これと閲聯して注目されるのは、「樗伽經疏』の紙数については、股近公刊された七寺所蔵「古聖教目録」

(擬題)にも一一一一巨及が見られ、そこでは、

「槐伽經疏五巻蕪樋迎摩楓 「楊伽疏五巻

一一百八十述鱈」

(認)

百八十一張」

(5)

以上によって、『榴伽經疏』の總紙敵が一二一張であったことは確認されたことと思われるが、柴原治夫氏によれ

純疏』の場合、巻節四の「空」|張を除くと、全二二○張となり、その總字敵は、おおよそ、(印)

ば、「且Ⅱ一日縄」の場合、各紙二十四行、行行十七字、一紙撤たり四○八字か標準であったようであるから、『拐伽

ということになる。一方、『四巻樗伽』の分量は、大正新脩大蔵經で、一○三段十半段程度であるが、大正蔵の一段は

十六字詰め二十九行で、おおよそ四六四字であるから、

(認)

によって創建された法勝寺の章疏ロU録の真しであろうと推定されているのである。その推定が正しいとすれば、こう

した平賀の存在によって、法勝寺の一切經の底本が南都系のものであった可能性は非常に大きいといわねばなるま

となり、『樹伽純疏』が『四巻梼伽』の約二倍の分皿を有したことが推定できる。かなりの分匝であるが、それでも、

その逸文から見て、達意的な註秤であったとは到底思われないから、縄文の全てを掲げて註稗するには決して充分で

はなかったはずである。従って、恐らくは、經文については一部を掲げて、その位置を示し、その部分の内容や語句

について解説を加えるという形式であったと推測される。

い ◎ 二二○紙x四○八字Ⅱ八九七六○字

二○三段十半段]×四六四字Ⅱ四八○二四字

(6)

問題は、『四巻櫛伽』の四巻と『樗伽縄疏』の五巻がいかに封願するかということであるが、上に掲げた逸文からは、

『四巻樹伽』の巻第一、巻第四が、それぞれ、『梼伽綴疏』の巻第一、巻第五で扱われていたことが知られるのみで、

これからでは、その對駆側係は明らかにすることはできない。そこで假に全く同等の割合で註翻が轡かれたと假定し

て、『四巻拐伽』『樗伽經琉』それぞれについて、各巻の全阻に對する割合を比較してみると、次の《岡表3》のごと

くになる。

残念ながら、これによってもその對腫關係を明確にすることはできないが、『四巻梼伽』の巻第四が分量的に最も多

《圖表 3》

5 巻 段数 百分率 四巻樗伽鰹 巻第一 巻第二 巻第三 巻第四 合計 27.5 25.5 23 27.5 1035 26.6 246 22.2 26.6 100 巻 紙数 百分率 楊伽經疏 巻第一 巻第二 巻第三 巻第四 巻第五 合叶 53 42 47 40 39 221 240 19.0 21.3 18.1 17.6 100

(7)

いのに對して、『梼伽經疏』の巻第四、巻第五が比較的少ないことは注目すべきであり、あるいは、『四巻樹伽』の巻

第一から巻第三までの各巻が『梼伽經疏』の巻第一から巻第三までの各巻で扱われ、『四巻枅伽』の巻第四は『楊伽經

疏』の巻第四、巻第五の爾巻で扱われていたのではないかと疑われる。

という經文の「心」「意」「識」「五」という言葉を、それぞれ、蔵識(第八識)、第七識、第六意識、前五識に配してお

り、達摩の『樹伽經疏』が八識説を採っていたことが知られる。これは『傍伽經』自鯛が、例えば、

逸文によって知られる『樹伽經疏』の教説のなかで、非常に興味深いものは、そこにしばしば言及されている濁自

の心識説であろう。先ず、その樹造を探ってみると、上のbの逸文では、

「佛告大慧。三租自性及八識。二極無我。悉人五法。大慧。彼名及相。是妄想目性。大慾。若依彼妄想生心心法。

名倶時生・如日光倶。薊極相各別。分別持。是名縁起目性。大慾。正智如如者。不可壇故。名成自性。復次大慾。

「心名採集業意名廣採集諸識識所識現等境説五」

法者○聾聞縁覺菩薩如來。自覺聖智・諸地相績次第・一切佛法・悉入其虹型

自心現妄想八種分別。謂識蔵意意識及五識身

2.思想

。相者不寳相妄想故。我我所二攝受減。二無我生。是故大慧。此五

(8)

ところが、不思議なことに、dの逸文では「心」を「法智心」に嘗てて、「意」とともに第七識に配しているのを見

ることができるのである。従って、この逸文によれば、その心識説は次のようなものとならざるを得ないであろう。

とならざるをえないはずである。

心識説についてもう少し詳しく見てゆくと、eの逸文において、第八識が他の七識の所依であるから「識宅」と呼

ばれるといい、更に、それを「如来蔵」に等置していることが溌目される。従って、これら一一つの逸文によれば、『楊

伽經疏』の心識説は、 に配することも、『四 というように、明確』 (“) いものと考え.われる。 第八識 第七識 前五識 第六識 第七識 第八識

明確に八識を説いているのであるから常然とも富えるし、上の經文の「心」を蔵識に、「意」を第七識

、冒巻橿伽』自胞の絞述からして今く問題がな⑫『卜巻梼伽』や梵本から見ても、基本的には正し

蔵識Ⅱ如来蔵 眼耳鼻舌身識 意識 蔵識Ⅱ如來蔵 心Ⅱ法智心 意 五識意心 7

(9)

と説かれる「心法智」に基づくものに他ならないであろう。「心法智」の原語は明らかでなく、

意であったとも言われる癖←恐らく、ここでは淨影寺慧遠(五一一一一一’五九二)が『勝塾經義妃』

と解しているのと同様、第七識が悟りによって輔換を遂げた時の名榊として扱われているのであろう。しかるに、地

論宗南道派では、一般に、

(例)

ここで「心」を「法智心」としているのは、珍海の言うように、『勝璽經』に、

「世尊。奎

求浬築鐘

「於此六識及心法智・畢其妄心・六是事識・及心法智是第七識。迷時名心・解名法聟亟

第六識 前五識 第八識Ⅱ如来蔵 第七識Ⅱ心 第六識Ⅱ愈 前五識Ⅱ識

若無如来蔵者・不得厭苦樂求浪桑。何以故。脚山村調幽川渕割。此七法刹那不住。不煎衆苦。不得脈苦楽

意識 眼耳鼻舌身識 五識 元来は剛に「意根」の- 8 で、

(10)

しかしながら、このような説は外には全く知られておらず、果たしてこうした心繊説を前提として註翻を行ってい

たかどうか甚だ疑わしい。むしろ、それよりも考えられることは、この註稗縛の粁者が、元来起源を異にする一一つの

(閃)

という心意識の配當を行っているのであるから、「心」を第七識とI)、そこにおいて「心法智」を捉えんとすることに

特に問題は生じないのであるが、『傍伽經疏』では先に見たように、既に「心」を第八識に、「意」を第七識に配嵩し

ているのであるから、ここで「心」と「意」の婆方を第七識の異名とするのは全くの矛盾であるし、地論宗南道派の

説とも合致しないものとなってしまっているのである・

これは全く不可解なので、あるいは逸文の「心意者皆七識也」は、「意者七識也」の誤りではないかとも疑われるの

であるが、『八識義章研習抄』に一一箇所見える珍海の引用の仕方を検討するに、いずれの場合も、第七識を「心」(Ⅱ法

智心)と「意」から成る眞妄和合識と見て、それを「如来蔵識」(第八識)から厘別している例として、この文章が掲げ

られているごとくであ娠一そうしたことは考えにくい。従って、もし我々が雨所の説を會適しようとするなら、『梼伽

經疏』の心識説として、次のようなものを想定せざるを得なくなるはずである。

第七識 第六識 前五識 第八識

五誠意 心 9

(11)

教説を採用するに富たって、両者間の矛盾を十分に咀哺し、調停することなく用いたために、そうした不備を過して

しまったということであろう。つまり、こうした温風は、『樹伽經』そのものが本来提起する心識説の中に、それと矛

盾する地論宗南道派の心識説を安易に導入したために生じたものと考えられるのである。

『樗伽經疏』の心識説については、外に、aの逸文によって、「流往生住滅」「相生住滅」といった「識の一一種の生住

滅」に封する理解の一端を知ることができるが、それは、

というもので、「相生住滅」を「悟」、「流往生住滅」を「迷」に配する二元的解翻を採るもののごとくである。

しかるに、高崎直道氏によれば、『初伽經』のこの部分は識生滅のメカニズムを説明したもので、「阿梨耶識」Ⅱ「如

来蔵」に虚妄分別(業相)が現われると輔識が生じ、逆にそれが除かれたとき、鱒識が消滅するというのが「相生住滅」

であり、一方、轍識を綴起させる要件としての「無始妄想廟」「自心見等識境妄想」の有無によって輔識の有無が規定

されるとするのが「流往生住滅」であるとい狐つまり、雨者は輔識の生住滅を異なった側面から説明したものに過

ぎないのであるから、「流注生」Ⅱ「相生」、「流注住」Ⅱ「相住」、「流注滅」Ⅱ「相滅」となる道理である。この高崎

氏の解稗が正しいとすれば、『楊伽經疏』の解稗は甚だ奇怪なものと言わねばならないであろう。両者とも「生住滅」

が問題であるのに、「流往生住滅」においては、「減」が全く無視され、一方、「相生住滅」においては、「生住」が完

全に峡落しているからである。また、この註繍では、「流注生住滅」が「識」と、「相生住滅」が「根」と結びつけら

流注生住滅 相生住滅

無始以来。識流注相綱不断

生死諸根滅 10

(12)

本脅の成立について先ず問題となるのは、果たしてこれを、言われるごとく菩提迩摩の著作として認め得るかとい

うことである。本書には、cの逸文に見るように『賢愚綴』からの引用が見え、また、先に言及したように、『勝璽經』

に依撞している部分が存在する。『賢愚綴』は、僧祐の『出三蔵記集』巻第二によれば、涼州の沙門、曇學や威徳らが

(氾)

劉宋の文帝(四二四’四五三)の時、干閏で原典を得、元鬮一一一一年(四四五)、高昌郡で錦熱して十三巻としたとされ、

また、「勝璽翻』は、同じく『山三蔵記築』によって、『四巻梼伽』の課者でもある求那賊陀羅が、元鶏十三年(四一一一六)

(祠)

に丹陽で認課したものとされている。|方、菩提達摩の生残年は明らかではないが、煕平一元年(五一六)に露太后が建

て、永煕三年(五一一一四)に焼失したという永寧寺の塔を連日拝んでいたと『洛陽伽藍記』巻第一に仰える唾『綱高僧博」

によれば、弟子の慧可は、達耀に梁んだ後、天平(五一一西’五三七)の初めに「新郷」に赴き、「盛んに秘苑を開いた」

(渦)

というから、達摩の活鰯期は、五一一○年~一二○年頃と見るべく、その著作に漢認の『勝璽經」や『賢愚綴』の影響が

窺えるということは、少なくとも時代的には何ら問題はない。

しかしながら、本拙稿の冒頭で述べたように、達摩と『樹伽經」が關係づけられたのは、逮摩と『二人四行鶏』が

(Ⅵ)

れているわけであるが、この理由4℃必ずしも明確ではない。

このような解瀞の存在は、『楊伽經疏』が、少なくとも教學的な面では、その内容にかなり杜撰な黙があったことを

示すものと言えよう。しかしまた、扇』伽經疏』のこうした側面は、あるいは、その作者が教理的な整合性には必ずし

も拘泥しない賓賎的な佛教者であったことを示唆するものなのかも知れない。

四、『樗伽經疏」の成立について

11

(13)

そこで、先ず書誌學的な見地から成立時期を考えてみると、その上限は、所引の『賢愚經』が課された元嘉二二年

(四四五)、下限は、正倉院文書によって「西宅本」の存在が確認できる天平十二年(七四○)ということになるが、こ

れではあまりに範囲が贋いので、思想的な見地から更に絞っていく必要がある。そこで注目すべきは、先に言及した

ように、「傍伽經疏」の心識説に淨影寺慧遠と共通するものが認められるということである。慧遠の『大乗義軍』「八

識義」によれば、第七識に「智」(縁智)を認めるのは、地論宗南道派に特有の説であったようであるか一傘『梼伽經疏』

がその影響を受けた可能性は非常に高い。しかし、ここで問題となるのが、地論宗において、この説がいつ確立され

たかが明らかではないということである。確かに、現存する資料において、第七識における「智」の存在を認め、そ

れを「心法智」と等価しているのは慧遠のみであるが、師の法上(四九五’五八○)においても、少なくとも「縁智」

これを達摩本人の著作と認めることはできないと思われる。

が既に達摩のものと認められていたとすれば、必ずや慧可僻、あるいは法沖傅で言及されたはずであるから、到底、

菩提述摩が註稗を香いたとする『拐伽經疏』の設定それ自阻が既に孕んでいる問趣でもある)。また、『縞高僧僻』の時黙でこれ 用いるなどといったことは、ありそうにないことである(もっとも、これは、求那欧陀靴郭の『初伽阿欧多馳賓輕』に射して 結びつけられた後のことに風すると思われるし、常識的に考えれば、インド人が『勝璽純』等の漢認純典をそのまま

次に問題とすべきは、その成立時期がいつかということであるが、達摩と『樹伽經』の棚係を力説する『綱高僧側』

に言及がないということは、これを考えるうえで非常に示唆的ではある。しかし、それだけで、その成立が『綴高僧

僻』以降であると断じ得るわけではない。何故なら、その時黙で存在していても、未だ一般の承認を得るまでには至

らなかったということも考えられるし、當時、既に存在した別の人物の著作が、後に逮摩に假託されたという可能性 も否定できないからである。 12

(14)

の存在は承認されているか一m)それが『勝鍵經』の「心法智」と結びつけて理解されていたということも十分にあり

得るし、法上以前に既にこうした考え方が形成されていた可能性すら否定できないのである。従って、確かなことは

高い得ないのであるが、慧遠Ⅱ法上の時代、即ち、六世紀中葉には、この思想が確立されていたことは間述いなく、

『梼伽經疏』がその影響を譲ったとすれば、その成立も、それ以降と見てよいのではないだろうか。

ところで、上に見たような地論宗の心識説は、如来蔵思想の流行と、組織的な唯識説が十分には仰わっていなかつ

(加)

たという状況の中で、種々の模索を經て形成されたものであり、中園における濁自の展開と言》えるのであるが、こう

した思想は、恐らく、貞観十九年(六四五)の玄癸(六○一一’六六四)の歸朝に伴う法相宗の形成によって大きなダメー

ジを受けたものと推測される。従ってそれ以降には、こうした著作は生まれようがなかったはずである・だとすれ

ば、その成立は六世紀中葉から七世紀中葉にかけてのおよそ百年間のことと見て大過ないのではあるまいか。

『樹伽經疏』が「菩提達摩」の撰述であることを主張している以上、菩提達摩の兒孫をもって任じていたある人物が

その成立に深く棚わっていたことは疑いえない。しかし、そうした事質は必ずしも直ちに地鎗宗の人々の著作である

ことを否定するものではない。何故なら、地論宗に蝋する人の既存の著作が、後に述庫系の人々によって迩摩の著作

に擬えられた可能性も否定できないからである。

しかし、先に見た「心意識」の配富のように、『拐伽經疏』には地論系統の説とは矛盾する要索が見られるというこ

とは注目すべきであろう。地論宗南道派では、慧遠に見られるよう極←眞諦の課書の流布以降も特異な「心意識」の

(功)

配當が行われていた。そして、その僻統は玄葵の歸朝まで維持されたものと者》えられるから、『梼伽經疏』の心意識説

を地譲説の發展と見ることは困難であり、この『梼伽經疏」がもと地論宗の著作であったということも非常に考えに

くいように思われる。 13

(15)

常時、達摩の兒孫をもって任じた人々としては、道信(五八○-六五一)、弘忍(六○一一’六七五)らの、いわゆる「東

山法門」系の人々と、『縞高僧側』の法沖傅に系譜の掲げられている「橿伽宗」系の人々とが存在したわけであるが、

少なくとも、今日仰わる東山法門の人々の著作には、この『樗伽經疏』において画要な位圃を占めている教學的な心

識説の〉」ときは全く見ることができないから、彼らが直接このようなものを製作したということは非常に考えにくい

ように思われる。それに對して楊伽宗では、法沖傅に、

と述べられているように、『樗伽經疏』や『拐伽經抄』といった『樹伽經』の註郵書が盛んに作られたことが知られて

いる。従って、達摩の『樹伽經疏』の作者として先ず第一に想定されねばならないのは、やはり桶伽宗の人々であろ

う。しかし、その場合でも、

という一ろが考えられるであろうし、後者の場合、東山法門においても『樹伽經』の傅統が強調されるようになった

のであるから、更に、

「可師後。醤師山抄四趨迎郵師川疏五超明郡師川疏茄趣胡明師Ⅲ疏五趣

(別)

師抄四独沖法師疏五趨岸法師疏五池髄法師疏八趨大明師疏十窪」

1.樹伽宗において初めから宗祖の述摩の著作として製作された

Ⅱ.楊伽宗の何者かの既存の著作が、後に迩摩に假託された

遠承可師後。大聴師川疏五池道蔭

14

(16)

連摩撰という『梼伽經疏』の内容や成立については、資料の制約のため、なお多くの問題が残されているが、上來

の考察によって、以下のような諸黙は明らかにしえたように思う。

という二つの可能性を考えなくてはなるまい。

現時銘では、これ以上の考察は難しいが、忌凰愚纏』などの古い綴典が典撞として利用されているのは、あるいは、

「菩提迩摩擬」に擬えるために、そうしたものが故らに選ばれたと見微しうるのではあるまいか。

2.心識説などの教學的な問題が爾要な部分を占めている。

3.心識説には、第八識を「心」、第七識を「意」とするなど、『橿伽綴』の正確な理解に基づくものが認められ

る反面、節七識を「心」とし、そこに「法智心」を認めるなど、地論宗南道派の影響と見微せるものが含ま

1.六世紀中葉から七世紀中葉にかけてのある時期に、橿伽宗の人々によって菩提達摩に假託して製作された可

b・東山法門の人々によって假託された

a・梼伽宗の人々によって假託された 能性が考えられる。

むすび

15

(17)

菩提達摩に假託された『栂伽經』棚係の著作は、この『拐伽純疏』に限られる課ではない。正倉院文書や「古聖教 目録」によって古くに日本に仰わっていたことが確認できる『榴伽經科文』や、『栂伽師資妃」に記戟されている『拐 (舵) 伽經』の綱要漕などの文献が、かって存在していた一」とが知られるのである。》」れらの内容や成立については全く分 からないのであるが、この『傍伽經疏』と多くの黙で共通するところがあったのではないかと疑われるし、また、楊 伽宗の系統において、次々と生み出されたとされる『栩伽純琉』や『栩伽繩抄」の内容も、恐らくはこの迩摩の『樹 伽經琉』のごときものであったと考えられるのである。とすれば、われわれは、當時、独自の活動を展開しつつあっ た東山法門の画賎中心の立場との間に大きな懸隔を感じざるを得ないであろう。 (閏) 別に》噸及したように、東山法門の思想自侭は決して新しいものではなかった。にも拘わらず、それが多くの人々の 眼に新鮮に映ったのは、彼らだけが思想の組織化や教學的基礎付けの必要性を認めず、生のままの諏観髄駿をそれが 事賞であるというだけで肯定し、絶對化し得たという黙にこそあったというべきなのである。しかし、達摩の『拐伽 繩疏」より判断する限り、橿伽宗の人々の著作には、そうした面は全く認められなかったと考えられるのである。こ の後、東山法門と楊伽宗は、全く異なる展開を辿った。東山法門が次第次第に隆盛に向かったのに対して、法沖以後、 梼伽宗はその跡を完全に絶ってしまうのである。このような命連の相違は、恐らく、そうした両者の性格の相違その ものに由来すると見るべきなのである。 れており、両者の調停は十分には成し遂げられてはいない。 4.教理上の不備がかなり見られた模様で、製作者はそうした終合性には必ずしも拘泥していなかったごとくで ある。 16

(18)

(記)『大日本古文書」巻第十二、五一三頁。

(駒)正倉院文脅については、「奉寓章疏築僻目録」(『大日本古文齋」巻第十二、五一一一六頁)などを審照。また、「古聖教目録」に

ついては、前掲『中園。日本鰯典章疏目録』一八八頁を参照。なお、この菩提流支の『人枅伽繩疏」については別に詳しく論

ずる融定である。

(開)牧田締亮監・落合俊典輯『中国・日本經典歳疏目録」(七寺古逸輕典研究盟野第六巻、大東出版社、一九九八年)一八八頁・

(冊)これについては、最近、落合俊典氏より御教示頂いた。ここに記して懸謝の意を表する。なお、この妃戦は本鎗文の上闘に

おいて論じた「初伽鰹疏』の仰承とも絡む問題であり、その部分についても加筆が必要であるが、別の機街を期することにす

る。 (邸)「疏目録」今大日本古寺 四、二五一頁)を審照。 (別)『大日本古文⑭』雀剛刑

(塊)正愈院文岱の醐經関係文啓に妃された「空」の愈味については、栗原治夫氏によって「川紙倣に入れられるべきものではあ

るか、宙際には文字の何かれていない空白の紙を指している。芯然布施の對象からは、はずされる」(「奈良馴鹿純の製作手

順」〈坂本太郎博士古稀妃念含燭『綱日本古代史鐙典」中程、吉川弘文飾、一九七二年〉六四七頁)、あるいは、「空とあるの

は巻末にあって全く空白であるか、攻は凹鱒が一行乃至數行しか行われず、布施の脳位としては切り袷てられるが、資際には

柚を付ける際などに必要な用紙をさすことがわかる」(同上、六四八頁)と説明されている。

(邸)「疏目録」(『大日本古文野」巻節十二、五一一一一頁)、「奉蝿迩疏典仰目録」(同、五二二頁)、「寓了仰鐙疏章典仰等鰻」(趣鍬一一

註 審照。

途の紙敵と見るべきである。なお、この文窃については、侍川氏前掲鏡文(上劇(本譜前晩所收)の註M参照)の五一七頁を

改めていることからも知られるように(「大日本古文密」巻節八、三八七頁)、これは明らかに誤りであり、第四毬を除いた四

あるかのどとくに妃されているが、「轍疏佼鰕」において、この一一一巻の紙倣を初め「百八十一枚」とした後、「一百二十八」に

『大日本古文轡』巻節八、三四五頁。この文窃では、『初伽睡疏」の内の三越(節二巻、節二趣、節五糧)が「百八十紙」で

17

(19)

(調)落合俊典「平安時代における人蔵録と章疏目録について」(前掲『中園。川本鞭典章疏月録』所收)

(帥)前掲「奈良朝寓鰹の製作手順」六四○頁、六四四~五頁を参照。 (Ⅲ)前掲「奈良釦 (Ⅲ)大正蔵一六、 (舵)bの逸文で》

(舵)bの逸文で註輝されている經文の少し前の部分には、「海水起波浪。七識亦如是。心倶和合生。讐如海水愛○緬種波浪輔。七

識亦如是・心倶和合生」(大正蔵六、四八四中)と見え、「心」を「七識」から脇別しているから、これを第八阿梨耶識に配盆

することは、經文自胆から糟然那き出し得る結論であると言える。従って、「怠」を第七識に充てることに射しても、何ら疑

問とすべき黙はない。なお、これについては、前掲『箙殿教學の研究』(上風(本誌前晩所收)の雄蛆参照)一一一八二頁、並び

に勝又俊教『仏放における心識説の研究』(山聾房佛瞥林、一九六一年)六五七~六○頁を参照。

(田)前掲冠放における心識説の研究』六五八頁参照。

(M)珍海は『八罰幾章研習抄』において、『楊伽經疏」のこの文章を引いた上で、「考之。正是引勝塾説解楊伽耳」と述べている

(「附録」のB‐4を参照)。(「附録」のB (開)大正蔵一二、

(船)間崎直道『如来蔵思想の形成』(瀞秋社、一九七四年)三五三~六頁審照。

(町)ペリオニ○九一興・これは、吉蔵の『勝謎押賓耐』で「行人」の説として掲げられるものであり、従来から珍海の『八識我

嗽研習抄」によって、浄影寺懲遠の『閥狂縄義妃」巻下の鋭の引川であるとの推定は可能であったが、近時、教畑本『勝饗經

義記』の出現によってそれか破認された。「附録」BI4の「八識義軍研習抄」の文章、並びにBi4の註5、註6、藤井

教公「勺①二一○一g・巴巴「勝型義記』巻下残巻鹿本について」(「聖徳太子研究」一三、一九七九年)一一一五頁などを参照。

(田)これについては、前掲『華殿教學の研究」三八○頁、一一一八二頁、前掲『仏教における心識説の研究」六五七~八頁、六七五~

(開)これについては、 六頁などを参照。 (的)「附録」のB‐3、竝ぴにBI4を蕃照。

(刊)高崎直過『桐伽經」(佛典識座Ⅳ、大蔵出版、一九八○年)一四○~六頁参照。

(Ⅶ)漉魯は『起偲諭義妃教理抄」において、これを評して「此稗者。流注生滅約心法。相生滅約諸根。分別二利生滅見」と一百つ

五二中。 二 二 中。 四七六頁、四九四頁。 18

(20)

(打)宵木降「地識宗南近派の填修・縁艦説と蝿如依持鋭」(「東方聖」九一一一、一九九七年)三七頁。

(耐)これについては、前掲『華暇教學の研究』一一一八○~九六頁、前掲「仏放における心識説の研究」六五七~七七頁などを参照・

(ね)懸迫は、「大乗莪章」巻節三末「八鐡義」において、「起信鏑」と『栂伽經」とでは心識睨に大きな迎いがあるとして、次の

ように述べ、「起信造」の説を採用していない。

「有人川説。面識名心。妄職名恵。邪名意識。便一劃。小乗七心界中愈根界者。是邦七識。對治此執・……間日・妄撤若

非意根。何故梼伽馬鳴證説爲意乎。瀞一一一□。彼乃借名顕示。非即意根。如梼伽中説第七識以之爲心・馬鳴諸中宣説眞識以

之鰯心。遡可名同使是一物○心名雄同○眞妄期別。意名難一。何妨差別。」(大正蔵四四五三九上)

ここで言及されているように、『起信論』では「心意識」を、第八識Ⅱ「心」、第七識Ⅱ「意」、節六識Ⅱ「意識」とするの

であるが、この配漉は、迩摩の『柳伽鰹疏』のbやeの逸文によって再櫛成される心識鋭とよく一致する。しかし、『起信論」

自髄が『拐伽鰹』の影轡下に成立したと考えられるのであるから、こうした事責によって『楊伽輕疏」が『起信論』を前提と

していると桔鎗づけるのは早計に過ぎると言わなくてはならないであろう。少なくとも『樹伽經疏」の現存する逸文の中に

「起信譜』の直接的な影轡を指摘することは困露であるし、先述の}」とく、『梼伽經疏』の心識説は『拐伽鰹』の本文目胆から

について」を参照されたい。

であったことが窺われる。北近派の批判については、「綿教撃」四○晩(一九九八年)に掲戟の拙稿「地錆宗北近派の心識説

この「緑智」の説は、地論京北道派の激しい批判の對象となったものであり、このことからも、これが南道派に特有のもの

(布)この「緑智一の税は、鮪 (石)大正蔵五○、五五二上。 (洞)大正蔵五一、一○○○+ している。

○五下)を審照せよ。ただし、『賢愚經」の引用部は、高鹿本にはない部分であるから、楢初から存在したかどうか問題を残

(門)『出三蔵犯典」巻第九所收の避醐作「閥塾經序」(大正蔵五五、六七中)、並びに趨第一四所收の「求那欧陀腿仰」(同上、一

(泥)大正蔵五五、一二下。 ている(「附録」のC・ 一○○○中。 のC11を参照)。 19

(21)

菩提師又爲坐卯衆。翻幌伽要義一巻。有十二三紙。亦名迩摩論也。此雨本論。文理Ⅲ瀞。天下流通。目外史有人個造連印諭三 巻。文繁理散。不堪行用」と記されている(卸の語録2、柳田聖山『初期の卯史I』筑摩瞥房、’九七一年、一三三頁)。 (開)前掲「再び「心王經』の成立を拾ず」(上圃(本誌前晩所收)の註6参照)の九四~八頁を審照。 (皿)『楊伽經科文」については、既に上篇(本誌前暁所收)の註皿において言及しておいた。一方、逮摩に蹄せられる「栂伽經』 (別)大正蔵五○、六六六中。 の綱要窃については、淨覺の「初伽師箇紀』に「此四行是迩摩抑師親説。除則弟子母林妃師言行。災成一潅。名之迩摩識也。 導出しうるのであるから、その思想的根繊として、わざわざ『超信捨』を持ち出す必要はないと思われる。 (帥)填諦による『攝大乘論」の醗郷と流布によって、地諭示は、その影轡を大きく業ることとなり、地論宗の概鎗化が推し進め られたと考えられる。しかし、南道派に濁特な心・意・識の配當に封する影響は必ずしも大きなものではなかったと思われ る。というのは、前掲の拙稿「地論旅北近派の心識鋭について」で鐙じたように、この思想自阻が、如来蔵思想に立脚する南 遊派の錐本的弘明と密接に結びついており、容易には改めがたいものであるうえに、興諦の心・恵・識の配衞か、 六識Ⅱ心第七阿陀那識Ⅱ意第八阿梨耶識Ⅱ識 という、他に全く例を見ない極めて特異なもので(前掲『華殿教學の研究」三八○~一画を参照)、傅統説と含通しがたいも 以下、 ておく。 のであったからである。

附録

参考のために、「附録」として、多少の孜鐙とともに菩提達摩の『楊伽經疏』を引用する猪文献を列畢し 20

(22)

A・安然(八四一-八九八)『悉曇蔵』巻第一一(元慶四年〈八八。〉鍵)

(1) (2)

1.「八聲八幸ロ六十四音者。次第記云。唯此梵文。前劫後劫。六十四種之梵音文。

(1)この箇所は、安然自身が、これに先だって「夫音聾者。四大四微と所撃幾.四万四時之所合趣・分成三聚之聾・聚爲一二

科之悟。衝五輪而生。随二息而出。飼七虚而起。純五虚伽鳴・随五行而靭。能成四和二値・而褒四訓四聾一十四音・巧作

川圏N割。利Ⅲ四割。或興四時合。或與四方合。腫開三密門。合三平等」(三八一一下)と述べたのを、自らその一句一句

について解説している部分である。

(2)「次第記」は、安然の『悉曇十二例』に「全腫相公次第紀云」として、しばしば引用されているもののことであろうが、

安然自身の蒋作である『諸阿閣梨填高密教部類總録」(八八五年)にも見えず、未詳。

(3)北魏の慧覺等認『賢愚鯉』巻第六、「快目王眼施緑品第二十七」の目頭に「如是我凹・一時佛在舍術國祇樹給孤濁園・爾

時世尊。大衆阻遡。而爲説法。城中人氏巣聴法者。往至佛所。前後棚次。時城中有盲婆雛門。坐街通過・聞多人衆行歩駛

疾。即問行人。此多人衆欲何所至。行人答日。汝不知耶。如来出世。此難値遇・今庄此國敷演道化。我等欲往聴其説法。

山室か即十道・必洞緊喋佛文。〈 蜀個「六不誤聾。七深抄聾。

烏聾。其人受性凶暴。樂爲傷害引似副劃澗矧ゴ副葡司凋矧翻矧鯏謝謝圏割朝

閃蔑曇ロー亦名七例句く除第八呼聾。 即盛⑥ 金玲國耳c其人一回一一畳魔⑥ 四通。互鼓霞。 聖前山宜口叫哉ロ川、獣 併音聾c何得相具。佛梵音中。 憾繭金。八梵聾。英人福徳彌高。着国劇割引胴剛謝 G|股仔聾。 囲。一息聾。 聟C三濡軟聾。四凋和聾⑥ 朝圏相貝八梵転ロ。則戎 磨拐伽鰹琉叶 一山割く付パー八』鼬回廊『四配本幽胡一C凶虹 買窮下賎。四個錘耳。吐 21

(23)

是佛・揃有梵商。汝可將我往至典所。揃拭聴之。稀迅佛不。時行路人。因牽將往。漸近佛所。川佛説法。梵音具足。深遠

流暢・歓葛踊剛・爾目得開。便得見佛。紫磨金色。一一一十二相。明朗如日。即時埴佛。喜慶無皿・佛爲説法。志心瞳受。即

破二十億悪・御須陀一理已得慾眼。便求出家。佛言普來。使成沙門。佛亜方便。贋爲説法。即復尋得阿雛漢果。一切衆會。

其不奇怪」(一一一九○中~下)と見える(ただし、この部分は高匝本には存在しない)。従って、『悉母蔵」(大正蔵本)の

「恩不服潔」の「恩」は「志」の誤り、また、「一一一尺鳥聾」の「烏」は「烏」の誤りと知られる。

(4)これは、「四巻栩伽』巻第三の「爾時○大慈善薗白佛言。世尊。何故世尊於大衆中咄如是一計。我足過去一切佛及柧馴受生。

我爾時作漫陀創槍聖王。六牙大象及圏鵡鳥。稗提桓因。善眼仙人。如是等百千生經説。佛告大慾。以四等故。如来胆供等

正挺・於大衆中咀如是言・我鬮時作拘葡孫。拘那含牟尼。迦葉佛。如何四等。捌字等語等法等身等。是名四等。以四柧等

故・如来駆供等正礎・於大衆中唱如是言。云何字等。若字榊我爲佛。彼字亦禰一切諸佛。彼字自性無有差別。是名字等。

(5)

此婆羅門而有一術。衆生之中有八極聾。悉能別識知其相禄。何謂八種。

薊釘1劃剛圏割引樹園剰割引謝田劃劃引綱鯏轄聖王。出家學道。必得成佛

劃割引副翻矧幽訓鯏鯏迦馴引凶劇剛鯏引刈酬劃劉引矧劉鋼遡1燗胴淘湖引田仙刈刊引釘鍋劉荊引巨駈繍財○其人必積千侭

劃印鋼劃引司副洲劃訓u副釘鋼劃Ⅶ川副剰劃Ⅶ掬馴劉制引凋川劃幽訓村劉劉劃Ⅶ謝利鯛凋引引刑脇聾者○受性凶暴。巣爲

伽剰劃劃幽・云何身等・謂我興諸佛法身及色身相好。無有差別。除爲調伏彼彼諸趣差別衆生故。示現租禰差別色身○是名

身等・云何法等・調我及彼佛押三十七菩提分法。略説佛法無障硬智。是名四等。是故如来駆供等正偲。於大衆中唱如是言」

(大正蔵一六、四九八中~下)という簡所に封する註翻と考えられる。

司剛劃馴列捌到利刊四剛創罰劃翻矧劉引御調刎剰噸倒割凹釧銅刎圏引刈H創剛創割割矧倒劉引綱墹鯛剛無有蓋別。迦陵顕

u剛副1關剥N矧劃」(大正蔵八四、六八五上)と引用され、

この『悉曇蔵」の文歳は、了尊(生硬年未詳)の『悉曇鎗略団抄』(一二八七年)巻第六に「蔵一一云。述磨楊伽經疏抄云。

園忠一。七深抄白導く八不女閲 『目Ⅱ占〆片Ⅲ匪必餡一画I刺 瓦音中。蹴り八軸曲耳相具八朝尺音’Ⅱ曲

人翻圃剣劇刑劉引剰倒劃割引調閥卿了q多於親友。將接四遠。其鼓

また、杲智(一一二○六’一三六二)説、賢智(一三三三I 。時婆羅門語行路人。我能識別人之語聾。若貿 ヨ三尺島野。一一一日破聾。四日胴聾。 四随梵音。言八聞聾者。亦名 22

(24)

1 (1)これは、祁彫寺葱遠「大乗義取』巻節二末「八識義」の「阿梨耶者。此方正翻名鳳無没。錐在生死不失投故。鬮義傍翻。 名別有八・一名蔵識。如来之蔵爲此織故。是以經言。如来之蔵名爲蔵識。以此識中浦合法界恒沙佛法。故名爲蔵。又爲空 義所田蔵故。亦名爲蔵。二名聖議。出生大型と所用故。三名節一義識。以殊勝故。故拐伽綴説之以爲第一義心。四名都議。 亦名無垢識。阻不染故。故經説爲目性淨心。五名眞鐡。値非妄故。六名眞如職。論自縛目。心之胆性無所破故。名之鳳庇。 無所立故。説以爲如。七名家識。亦名宅識。是虚妄法所依圏故。八名本識。輿虚妄心爲根本故。名別如是」(大正蔵四四、 名如来蔵依識宅

文多分呰爾・ゴロ宅識蕃

B珍海(?-一一五二)『八識義章研習抄」(保安元年〈一一二○〉撰)

(同)へ5) (1)(1)

「訓云。阿梨耶者。天時一一之語。此方之人言無役者。正常其言。故爲正翻。餘蔵等名。以別義翻。非正對言。故

爲傍翻・於中無没通於共相離分二門云云・倶有梨耶名故・以正翻故・……菖眞纐套臼・阿敗一左・略説[有]三

(2) (1)

蔀識。贋説有八相。何等〔爲]一一一。謂眞識現識及分別事識已と。論自鰹「一一口等者。起信論翻心腕如云。此眞如佃。

(3)

無有可過。以一切法悉皆填故。亦無可立。以一切法皆同如故已上。(「見此文。言錐少異。其義賞同。章主引

へⅡ) (1) (竹下) 八不女聾。常以八輔聾相具八梵音。即成八八六十四稲梵音文」(大正蔵六一、六八一下)と引用がある。これらによって、 『悉曇蔵』(大正厳本)の「八梵商」は「八梵青打」の、また、「衞以八靭聾」は「淋以八鄭聾」の誤りであることが知ら れる。 一三九八)記の「即趣稗秘要妙」趨節四にも「六十四柧梵音者。悉曇薮第二云。連廟樹伽經疏妙云。古徳僻云。八創梵音 I‐1 (5) 己化。 兀葭匪古日叶肛K八財

。阿敗四云・意識之所起。識宅意所住。達磨秤云。八識爲七識爲七識等依之而住故。

(6)

鯏織総一変。亦名宅識。一切稲子之所栖慮草岻。」(懇上、大正蔵七○、六五一上~下)

23

(25)

2.「訓云。樹伽文者。阿餓一云。心名採築業。愈名贋採災。諸識識所識。現等境説五巳上。染起之本。故説爲心 者。妄境集起。以心爲本。由心分別。妄想起故。此即以本顛末。縁慮取境之義。以再心也。……次言所識現 報。亦名本識。一切有爲法和子所依止。亦名宅識。一切靴子之所栖虚。亦名蔵識。一切顧孑隠伏之胞」(大正蔵三一、六 次明能縁有三節。|果報蛾。即是阿梨耶織。一一執識。即阿陀那繊。三眼識。即足六識。果報識者。潟煩悩業所引。故名果 (6)眞諦認『朝識證』の冒頭に「識鄭有二弧。|鄭爲衆生。二鞠爲法。一切所縁不出此二・此二寅無。但是識鄭作「相貌也。 (5)この文歳は、このままでは怠味が通じない。恐らく「八識爲七識等依之巾住故。名如来蔵爲識宅」の誤りであろう。 無間智・及無除湿桑。誘進諸下劣。是故隠廻説。猪佛所起智。即分別説道。諸乘非爲乘。彼則非偲繋。欲色有及見。睨是 (4)『四巻楊伽』巻第四に「餌時。世尊。欲亜宜此義。耐鋭倒一百。二乗亦非乗。如来不磨滅。一切綿所説。説離猪過懇。爲猪 若離妄念。Ⅲ無一切境界之相。是故一切法。從本已来。雛高説相。雛名字相。離心縁相。咽寛平等。無有鍵異。不可破壊。 (3)眞諦課「大乗起信論」に「心眞如者。即是一法界大總相法門随。所謂心性不生不滅。一切猪法。唯依妄念。而有差別。 取稲郁眼。皮無始妄想菰。是分別邪識因」(人正蔵一六、四八三上)と見える。 現級虚現亦復如是。大慧。現識及分別邪識。此二蝋不壊。相展側因。大慧。不可思議薦。及不思識愛・是現識肉。大慾。 (2)『四巻拐伽』巻第一に「大慈。略説有三顧職。贋説有八相。何等爲二。調頂識現識及分別噸識。大慧。唇如明鏡持諸色像。 一下)と見える。 える。 四住地。意識之所起。識宅怠所住。意及眼識等。断滅説無柑。或作湿桑見。而爲説常住」(大正蔵一六、五一三中)と見 五七六上)と見える。 無有可迫。以一切法悉侍反故。亦無可立。以一切法侍同如故。常知一切法。不可説不可念故。名爲眞如」(大正蔵一一三、 唯是一心。故名眞如。以一切言説假名無貿○但随妄念不可得故。言填如祈。亦無有柑。謝司説之極。因昌迫蔚。此興如組。 五二四下~五上)に封する解説である。 (1) (2)(1) 24

(26)

仇一工肛偲御側梨‐通掘脳獅狐’紬捌捌所撤’現等境鋭五。節七妄識。災起と本。故鋭爲心。依此典起。一切妄境。随而

分別。名採典業。第六意識。退司緒隈。故説爲意。通司六隈。名贋採染。五識之心・随埴別了・名爲諸麺・現在五鰹・名

識所識。唯知現在五昭境別。不通過未。故云現等境五也。妄分此一一一。此妄所依。即是眞識・通別爲四」(大正蔵四四、五

一一一○上)に封する解説である。

(2)『四巻初伽」巻節一に「爾時。世尊。欲砿宣此義而説例言。替如巨海狼。斯由猛風起。批波鼓英巫・無有断絶時・蔵識海

(1)これは、淨影寺慧遠『大乗義軍」巻第三末「八識義」の「|開妄合眞。以説四祇妄中分一二・五識爲一一・妄識爲一一一・故初

1 1 即翻心能集諸業文。云第七識。

首尾。眞識名心。甚順文勢。云何成立章主意耶。答。心意識名寳通諸識。故攝論疏第二日・就通以辨・’一一識

(6)

皆有心意識義。今就隠顛三名各別已と。又以八種倶名爲識一二。又下文云。心聚法中・總名心法。十二虚中合

(6)

爲愈蝿。名錐同。興妄繭別。意名錐一。何妨差別巳化。故蝿虚文作郁耐説。或税第八税名爲心・如彼心倶和

合生文。或説妄識説名爲心。如人栂伽第七巻云。餘七識者・[心]意意識薪←勝鍵經云・及心法翫←起信論云。

心滅辮種法嘩綴大乗論云・繍説心名・此名目第二識巳上・如是非一・或説四種或説共相。或説離分。

(、)

或唯説妄識。或通説眞妄。如是異説。不可一途。爾今此文。以現境五。頚其諸識。ゴ、不掴第六・以此推之・

上二句説六七識也。又説第七名業相識。採集業榊○正揃此鍵。故菩提流支。既以心能典猪業之幻缶解業相識。

(1) (1)

等境者。畢所了境。以成識義。一ゴロ説五者。畢其敷別。以顛猪也。問。經上文日・七識亦如是・心倶和合生己

(3)

・胆。此説七識與眞心倶。乘此文勢方云。諸識心如是。異亦不可得。心名採集業等・故知・此文眞識名心。又楊

伽縄文説。心意意識及以互鞭如總品一室。心能造猪業。恵是能分別・愈識能知法・丘繊虚妄見己化・如是非

(5)

伽云。心爲採典業。愈爲贋採災。緒撤撤洲鋼1劃割閲劉、。

一。故知。此中亦説此四・

飼達磨翻亦殺一途。不須和曾。 」(巻中、大正蔵七○、六六五中~六上)

爲五。此秤開四。善契

25

(27)

(4)『四巻枅伽」懸第四に「大慧。善不善者調八識。何等爲八。刑如来蔵名識蔵。心意意識及五識身。非外道所説」(大正蔵

一六、五一一一中)と見える。なお、この文章は、後にもしばしば言及される(B‐3、B‐4)。

(5)「十巻拐伽』毬第几に「如背亦及聾。珂乳及石蜜。新果猪花等。如月猪光明。非一亦非異。如水中洪波。如是七淑緬。共

於心和合・如大海鯏受・是故波極秘。阿梨耶亦蘭○名識亦如是。心意及意識。分別外相義○八無差別相。非能見可見。如

(3)註2の二亜下線部を蕃照。

五七四中~下)と見える。なお、『四巻楊伽』には、これに封腿する部分は存在しない。

(6)未詳であるが、恐らく『八識袋寧研習抄』にしばしば引用されている「相法師」の「樋大乗論疏』を折す。そして、こ

れは「東城傅短目録」に「同(織大乗鎗)古塗疏七准帥川田堅と(大正蔵五五、二五六下)と見えるものに他ならない

であろう。糊相は印影寺懲迫の弟子であるが、彼が「樋大乗鵠』に詳しかったことは、『緬商佃側』の側肥に「末南投徐

部・史採掘鐙及以毘凰○侍披避輔禰。仰名東塊。光間師資。衆所師同」(大正蔵五○、亘一○上)という紀述が見られる

ことによって確麹される。まだ同じく亜澗伝にも「有辨相法師。騏兼大小。野川干天。概論初興。盛其餓角○在淨影寺。

仙波巌門・造疏五瀧・即紐敬述。京躯圏衆。五百餘佃。悪義之者。倣溌一一百」(同上、五四五下)と見え、「慨鏑疏』を著

わしたことも知られるから、「束域仰蝿目録』所峨のものは、継倣は異なっているものの、この辮相の粁述と見てよいと

(7)『十巻栩伽』巻銅七に「大懸・阿梨耶戴打。名如来蔵。而興無明七敬共似。如大海波。術不断絶。身凪生故。離無術蝋

常住・境界風所動・種種猪識浪。騰剛而斡生。青赤種種色。珂乳及石蟹。淡味衆華果。日月與光明○非異非不異。海水起

鋼鋼引調識識所識。現等境説五

意識・思惟諸相義・不域相有八・無相亦無相。響如海波浪。是則無差別。諸識心如是。異亦不可得。心名採築業。意名演

波浪。

大海水波。無有差別相。諸議於心中。靭愛不可得。

思われる。 離於我過。自性撒淨。除七識者。心怠怠識等。 五五六中~下)と見える。 七識亦如是。心倶和合生。 」(大正蔵一六、四八四中)と見える。

瞥如海水愛。種稲波浪鞠。u隷刎如圏1回側訓劃劉○調彼蔵識虚。種稲譜識刺。調以彼

念念不住是生滅法。七識由彼虚妄因生。不能如宵分別猪法」(大正蔵一六、

u洞週荊劉Ⅶ創鬮燗釧別引愈撒能知法。丘撤虚妄具

」(大正蔵一六、 (大正蔵 26

(28)

3.「訓云・若衛ご下・引經爲問。

雛第一識。無別識阻爲第二識因。及生起識因。鬮劉u割引姻割副剰.割。佛説識名。此名目六識。佛説意名。此名目第一

戯。何以故。第二識及生起識。若前已滅。後識欲生。必依第一顕生。及能生目頭故。挽名怠根」(大正蔵三一、一五九上

~中)と見える。

(u)「十巻楊伽』巻第二に「爾時○世尊而鋭偶言。讐如巨海狼。斯由猛風起。洪波鼓其堅。無有断絶時。梨耶識亦爾・境界風

吹助。削副諸織浪。腿剛而鞠生。聞赤聾珂乳。味及於石蜜。衆躯興果宵。如日月光明・非異非不興。海水起波浪。七織亦

如是。心倶和合生。幡如海水動。薊煎波浪輔○梨耶減亦飼。極稲猪識生。心慮及怠識。爲諸相故説。猪識無別相。非見所

得。唯心虚妄。以心生則種種法生。似鋤剛綱函潤鋼胡」(大正蔵三一一、五七七中)と見える。

(川)眞諦調『掴大乗論稗』趣節一に「論日。尋第二脇。離阿梨耶織不可御。報日。鋪二識縁鞆一鐡起我執。蒋離節一識。此

識不得起。故知有第一識。今成就第二識。爲顛第一識故。諭日。是故阿梨耶識成就爲意。依此以爲顧子。餘識得生。翻日。

(8)求那敗陀灘諏『勝型節子呪一乗大方便方贋鰯」に「世尊。若無如来薩者。不椰服苦巣求温盤。何以故。於此六識及心法

智。此七法刹那不住。不煎衆苦。不得順苦楽求屋桑。世尊。如来蔵者。無前際不起不滅法。薊諸苦。得脈苦樂求浬桑」(大

正蔵一一一、一一二一一中)と見える。なお、この『勝典經」の文章については、BI3、B-4も参照せよ。

(9)境諦郵『大乗起信鎧」に「是故。三界虚侭。唯心所作。離心Ⅲ無六噸境界。此袈云何。以一切法侍従心起妄念而生。一

切分別即分別目心。心不見心。無相可得。當知世間一切境界。呰依衆生無明妄心而得住持。是故。一切法如鏡中像無阻可

磨騨云。心者法智心也訓云.以鴎鴛膳法和風四口刺割圏匂調切pro此文既説如来蔵識別爲一極。故知。此文

説離分門。經巾既合眞識妄識名爲|轍。濁事分六。若如前言。何故綴中不説眞妄各有六識。爾唯經説三重識

中各有六識・定非正説・良駈ご下・答文可知・」(巻中、大正蔵七○、六六七下)

蔵一六、五二三中~下)と見える。なお、これは、柱2の 見相。瞥如海水波。是則無差別。猪識心如是。異亦不可得。 (3) 薔者謂八識。何等爲八。謂如来蔵名識蔵。、意識及丘蔵口 『四巻拐伽」の文に封鹿する箇所の「十趨拐伽』の文である。 心能染諸業。意能観集境。識能了所識。五識現分別 「i‐11‐‐-11 (4) 」(大正 達 27

(29)

4・「訓云・聞諏奪者・問・維摩説無第七情○文如前引・説有七識者・即樹伽勝墜説也・破何三別。|者躯經所説

(2)

破・楊伽迩姉一別數引。勝翼經云・若無如来蔵者・不得祇苦樂[求]浬薬。何以故。於此六識及心法智。此七法

刹那不住・不種衆苦・不得厭苦樂求浬類義記下云。於此六識及心法智。此七不住。明其離眞妄臘不立。若

(5)

無反此七一念不立。名刹那不住。不種已下。明其離眞妄即無用己上。問。賓窟下巻引表記文已一万。此造疏人

(n)

不見攝論。鋼第七職名法智。[樋]鰭第七[識]名阿陀那。此一室無解職。況得榊法智耶。今所明者。六識。不

(術γ) (既)(術字) (術字) (一巫)

異噛騨。[及]心法智者。六識u是心王也。智足心倣法也。故呂心法智。小乗人H・巾六識起煩悩稲苦。巾心

(6)

法[智]能厭苦樂[求]浬繋。何須佛性己化。〈「依此文。{早主所翻難可依信。翻祥誠經深契經」尾所以概論明

(7)

第八識。多對小乘。明六識中染淨之用皆依第八。經中所明。況非之耶。答。寳窟之文。其旨錐明○今輝亦會

佛經義勢。故彼梼伽何敗多羅第四巻云。大慧。我於此義。以神力建立。令勝璽夫人及利智満足諸菩薩等。宣

(鵠) (8)

暢演説如来蔵及識蔵名[輿]七識倶生。又一室。大慧。七識不流軸。不受苦楽。非浬桑因。大慧。如来蔵者。受

(9)

苦樂・輿因倶若生若滅巳に。首尾所明。是如来蔵能持七識。即勝鍵顛共説同明。七法者即七識也。爾彼攝論

(4)この『樹伽鰹疏』の文蹴については、Bl4も審照せよ。 (3)これは、Bl2の益8の『勝鍵純』の引用文を指すものであろう。

’六、五一F一中)と見える。この文章はBI2に既出であり、更にBI4でも達摩の註縛とともに引用されている。

(2)『四巻楊伽』巻第四に「大慈。

妄眞不噸。不随根別。故但百八」(大正蔵四円、五一一一一中)に封する解説である。

本。妄識行六・妄識所依。填識有人o故有十八。浩使妄眞齊有六者。何故純中但税八識。且以邪識鶉別義。鰯随根分六。

(1)これは、淨影寺悠逮『人朶幾歳』巻第毒末「八繊幾」の「又随莪別。亦艸分繊以燗十八。彼人識中。Ⅲ識、六・邪織と

。非外道所説」(大正蔵 28

(30)

正蔵一一一、二→二中)と見える。ほお、この文巌は既にB-2に引用されている。また、B136審鮒。

(5)、影寺慧通の『勝墜鰹義妃』は、これまで下巻を峡いていたが、近時、敦煙本(ペリオ一一○九一暁)が發兄されたため、

この原文を確認することができるようになった。それによれば、「於此六識及心法智。舩其妄心。六是平識。及心法智是

(4)求那餓陀瓢諏『勝璽師子叺一采大〃使万腿純』に「世尊。

節五犬。如第六陰。如節七悩○如十二一人。如十几界。菩繭槻衆生同宕此。如無色界色。如蝋穀牙。如須陀菰身見。如阿那

含人胎。如阿羅漢三毒。如得忍菩薩古志段禁。如佛煩悩習。如盲者見色。如人滅謹定出入息。如空中鳥跡・如石女兒・如

化人超煩悩。如夢所見巳砺。如減度者受身。如無姻之火。拷鎌観衆生爲済此」(大正蔵一四五四七上~中)と見える。

(3)これは、『四稚榴伽」輯飾川の文、「人慧。鶴不紳荷捌八識。何等爲八。綱如来蔵名蛾戯。心意怠識及五識身。非外適所

説」(大正蔵一六、五一一一中)を指す。ここに「如前倣引」と一ゴロわれているように、既に、Bl2、BI3で引用されて

召無七柵者。邪識之中。無如七价○非無妄識」(大正蔵四四、五三八下)に封する解説である。

糠梵人浬桑時・躯識部滅。即座是佛。無別明妄識心故。人浬繋時。錐滅邪識。鯉妄猫在。所有遜妄識。何御召無。繩中所

對治此執説有七識。如楊伽中説八識義。勝婁亦云。七法不住。若無妄識。説何爲八。説何爲七。又六識外無妄識者・聲聞

(1)これは、沖彫寺選遠『大飛義繭』趨第一一一末「八識養」の「一執疋無。行人川説但何六鐡無第七柵。使高一向無第七識・

(2)『維摩詰所説經」巻中に「園時文殊師利問維摩詰言。菩薗云何観於衆生。維摩詰言。縛如幻師見所幻人。菩薩観衆生爲若

此。如智者見水中月。如鏡中見此、像。如熱時焔。如呼聾轡。如空中雲。如水聚沫。如水上泡。如芭蝋堅・如烟久住・如

量翻意主以第七識名法智耶。…」(毬下、大正蔵七○、六八七上~中)

離智。故無有過。洲凶姻瑚倒伽銅荊皿到1回創割匂綱凹引u割醐捌口山満斫考之・肛足引勝璽脱解櫛伽耳。

説第七識名阿陀”昔。且約迷時我執以名・不遮悟時亦名法智・又第七識望彼眞心・皆爲無解・爾於自分非全

智。此七法刹那不住。不和衆苦。不得厭苦樂求浬繋 IⅡ 説」( いる。

。世尊。如来蔵者。無前際不起不滅法。顧猪苫。得脈苦樂求浬桑」(人

若無如来蔵濁。不御峨苦樂求漣桑。何以故。於此六識及心法 l‐ 29

(31)

よって確認できる(肋一九( (6)吉蔵『勝狂賓窟』巻下末に 智。第八名蔵識。是阿利耶。

(7)眞諦課『樋大乗論稗」巻第一に「諭日。復次諸衆生蔵此識中。由取我相故。是故名阿梨耶識。稗日。蔵者以執垂。約阿

陀那識及意識・睨衆生名・何以故。一切衆生無無我執。我執若起縁何境。縁本識起。微細一類相網不断故」(大正蔵一一二、

一五七中)、「論日・云何於聾川乗不説此心相。及説阿梨耶阿陀那名。微細埆界所掘故。稗日。問各問名胆。答通答雨間○

此識於所知中段微細。以非二乗所縁故。此識亦是境界。若求佛果人。必須通連此識。此識是晒知等九義所依蔵故。故名所

樋。復次菩薩有微細境界蔵。此識錐解放。風微細境界蔵攝。議日。何以故。聾聞人無有勝位。爲得一切智智。騨日。何故

於聾聞乘不説微細境界。野間人不作正勤求知如来境界。修行唯爲自利故。諸聾聞人惑陣。由苦等智。趣淺鳳行。可得除域。

論日・是故・於聾間人・離此説由成就智。令本願凹滿。故不爲説。稗日。猪佛見聲川人少欲知足。求除目惑陣。此障若離

此智。由餘智可得滅除。本願得成。不爲解脱他陣。不發願求如来法身。修行微細甚深道。故不爲説」(同上、一五九中~

(8)『四巻拐伽』巻第四に「大慈。此如来蔵識蔵。一切聾聞緑覺心想所見。雛自性淨。客幽所覆故。猶見不浄。非諸如来。人

節七識・迷時名心・解名法智。此七不住。明其離眞妄値不祓。馴六妄一。合爲七法。無眞此七一念不立。名刹那不住。不

秘已下・明其離眞妄則無用」となっており、『八識義章研習抄」の引用が取愈であることが知られるとともに、恵味の上

では問題は無いものの、「若無」の「若」が術宇、「則無用」の「則」が「即」の誤りである可能性も考えられる。なお、

従来から側承されてきた上巻は、末尾に「正治二年(一一一○○)六月一一十日。於東大寺本房。以珍海己鋼本瞥蝿了。同七

月二日・以同本一校了」(綱蔵-1二○‐一一九三.)と妃されているように、『八識義束研習抄』の著者である珍海自身の乎

瀞本を祖本とするものであり、また、奈良時代にこの完本が存したことは、石田茂作氏の『奈良期現在一切經疏目録』に

よって確認できる(剛一九○一一)。

訓噺割り司劉利剰劉引劇側濁割引割引利鋼剛鬮凶劃1割圏側剛濁Ⅷ釧割側濁割引州剰刈司り曲詞議起煩機能靴苦。由心辻

智]。能脈苦巣求浬桑。何須佛性 下)などと見える。 割刷川刊則圃剰引釧剰匂劉制閏割引倒麹剰八識名阿陀那。此云無解識。豈得稲法智耶。

」(大正蔵三七、八三中~下。[]内は大正蔵の封校本による補足)と見える。

娚及心法智者命 手曰く▲八回回昭心皿か内呵uIm閃岑ムリ』和即今w囚し■貯虹。 四比甸○画旧」四通、@口法 30

(32)

C,湛容(’二七一1’一一一四六?)『起債論義記教理抄』巻第十五(元亭二年〈’’’’’’’一)~興國元年〈一一一一四○〉撰)

(1)

1.「琉。經中説爲相生滅也文。問。樗伽所説二種生蝉春・爲但限心法縁慮・爲常通根境歓・両方・若一玄限心

(1)法蔵『大乗起僧講義記」態下水に「復灰分別生滅相者。有二薊。云何属一一。一者勉興心相鰹故。一一者細興心不相駆故。

明庄地所辞。凡愚不挺。刹那見妄想廟心」(大正蔵一六、五一二中)と見える。

(、)興諦認『攝大乘錨卸』に「二受荷搬。愈界名受者。識即亘郁意識。|調阿梨耶識。是細品愈繊。恒受果報・不皿砕悪・

但足無圃無妃。一一陀那識。是中品愈識。但受凡夫身果報。三者調常所明意繊。是鹿品意識。迦受善悪無妃三性果・五識亦

飼○此三品意識。通能受用果報。但今捜興腰爲言故。呼梨耶識爲受者識」(大正蔵一一一一、八七九中)などと見える。

(Ⅲ)この『初伽經疏』の文章は、多少の文字の相迎は見られるものの、BI3と同所の引川と考えられる。

(9)『四巻拐伽」巻簸川に「

根。分別二極生滅兇。若依之爾者。今疏意。但約心法騨之。況十巻傍伽中。

如何。答云云。」(大日本佛牧全蒋九四、二九七下) (1)

「琉。經中説爲相生滅也文・問・樗伽所説一一種生輝》宮・爲但限心法縁一

法者。今此約所相之法麓細。顕一一報生住異滅。縦錐根境。何無麓細乎。

蔵一六、五一○中~下)と見える。

蔵。唯佛及餘利智依義。菩藤智慧境界。是故。汝及除菩醤摩河薩。於如來蔵識蔵。常勤修學。英但川覺作知足想」(大正

来蔵及識蔵名興七識似生。野川針務。兇人法無我。故勝型夫人承佛威神。税如来境界。非野川韓礎及外逝境界・如来蔵細

悪。如来者眼前境界。猶如掌中視阿摩助果。 托細不働く名流注生住滅c生死諸根滅。各相生庄感 架。非温繋因。人選。如来蔵者。受涛輿。阿刑 建立埴令闇型夫人及利智欄足諸菩繭等。宣揚繭説、 (3) 己止。

一。是以達磨闘師傍伽疏第一云。無始以

此郵者。流注生域約心法。相生滅約諸

(4)

伽中。識有二梛滅等云云。豈通根境乎

。四住地無 31

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