著者
薗部 靖史
著者別名
Yasushi SONOBE
雑誌名
東洋大学社会学部紀要
巻
56
号
1
ページ
69-81
発行年
2018-12
URL
http://id.nii.ac.jp/1060/00010375/
Creative Commons : 表示 - 非営利 - 改変禁止企業の社会貢献活動に関するマーケティング評価指標
Marketing Indices for Corporate Philanthropy
薗部 靖史
Yasushi SONOBE
1 .はじめに
営利組織が慈善的な目的で金銭や物品、労力を提供する主体的な行為のことを、企業の社会貢献活 動(Corporate Philanthropy)という(薗部 2008)。本業だけでなく慈善事業を通じて社会的課題に取 り組む企業が増えてきている。日本経済団体連合会と 1 %クラブ(2017)によると、調査対象である 日本経済団体連合会の法人会員企業など343社に実施した調査の結果、2016年の社会貢献活動支出額 は 1 社平均で 5 億9700万円だったという。この金額は東日本大震災が発生した2011年度の 5 億7100万 円を上回っている。 米国では社会貢献活動費の増加に加えて、その取り組みを報告書にまとめる企業も増えており、企 業による良き行いは単なる義務に留まらず、マーケティングにおける戦略的なものに転換していく動 き も 見 ら れ る(Kotler, Hessekiel and Lee 2012)。Proter and Kramer(2011)は 共 通 価 値(creating shared value; 以下 CSV)を提唱して、企業が経済性と社会性で共通する価値を追求することによっ て、自社の競争力を高めることができると説いた。 CSV を高める要因の中には、企業が社会貢献活動を実施することによってステークホルダー (stakeholders)からの評価も含まれると考えられる。ステークホルダーとは社会において組織の活動 に対して利害関係にある組織や個人を意味する(薗部 2014)。実際に、様々な先行研究でマーケティ ングにおける企業の社会貢献活動の効果が様々な尺度によって検証されている。 そこで、本研究の目的は、先行研究をレビューすることによって、企業の社会貢献活動の効果測定 に有効なマーケティングにおける評価指標を検討することとする。本稿では評価指標を消費者側と企 業側に分け、消費者行動に関する指標とブランドやコーポレート・レピュテーション(corporate reputation)などの企業に関する指標に着目する。本稿の構成は以下のとおりである。第 2 節で、企 業が社会貢献活動をマーケティングで活用する意義を指摘する。第 3 節で、企業の社会貢献活動が知覚や態度・意図などの消費者行動にどのように影響を及ぼすのかについて検討する。第 4 節で、社会 貢献活動を実施することによる企業に関する評価指標を整理したうえで、第 5 節で考察を加える。
2 .企業の社会貢献活動とマーケティング成果
企業の社会貢献活動は19世紀後半に企業経営者による寄付行為が始まりとされ、二度の世界大戦で 存在感を高めていった企業が主体的に行動してくようになっていった(薗部 2014)。1960年代から70 年代と2000年代にはそれぞれ、企業の社会的責任(corporate social responsibility, 以下 CSR)という概 念が注目された。CSR とは企業活動のプロセスに社会的公正性や倫理性、環境や人権の配慮を組み 込んでステークホルダーにアカウンタビリティを果たしていくことを言う(谷本、2004)。1960年代 後半から70年代にかけて、企業が社会貢献活動はコンシューマリズムへの対応を背景として、マーケ ティングのネガティブな社会的影響を考慮して実施された1 )(芳賀 2014)。
だが、21世紀以降、企業は主要なステークホルダーに利益をもたらすべく、マーケティングにおい て社会的課題をマネージすることへの関心が高まってきている(McAlister and Ferrell 2002)。こう した新たな CSR 概念が普及するのに伴って、社会貢献活動はさらに積極的に実施され、企業によっ て金銭以外にも物品、技術、施設など、様々な経営資源が提供されていくこととなる(薗部 2014)。 その兆しとして、米国で1998年に公表された調査では、収集された300から500程度の中規模企業 478社のうち、コーズ・リレーテッド・マーケティング(cause-related marketing; 以下 CRM)の採択 率は40%であったという(File and Prince 1998)。CRM とは、顧客が製品やサービスを購入するとき に決まった金額を特定のコーズに寄付するという特徴を持つ、マーケティング活動の策定と実行のプ ロセスのことである2 )(Varadarajan and Menon 1988)。
近年では、社会貢献活動を実施した結果、特に、ブランド・イメージ、ブランド・ロイヤルティ (brand royalty)、ブランド態度、購買意向などのマーケティング成果に肯定的な影響を及ぼすことが 注目されている(芳賀 2014)。しかしながら、企業の社会貢献活動の企業に対するメリットは製品に 付随するものだけではなく、企業全体の評価にも波及することが考えられる。 例えば、社会的責任を果たす企業にとっての主なベネフィットとして、企業イメージやレピュテー ションの向上、従業員にとっての魅力や労働意欲の向上と離職率の低下、事業コストの削減、投資家 や金融アナリストに対するアピール力の強化が挙げられる3 )(Kotler and Nancy 2005; Kotler, Hessekiel
and Lee 2012)。これらは、生活者、消費者、従業員、投資家や金融アナリストなど、対象とするス テークホルダーの範囲が多様であるものの、肯定的な心理的影響を与えている点では共通する。ここ からは、企業の社会貢献活動のマーケティングにおける効果として消費者行動と企業評価という成果 指標に着目し、先行研究を整理していく。
3 .消費者行動に関する評価指標
3 .1 知覚
企業の社会貢献活動が作用する消費者行動に関する評価指標として、知覚、態度、意図が挙げられ る。まず、知覚(perception)とは、光、色、音、香、感触などの基本的な刺激要因に対して、人間 の感覚受容器が示す即時の反応を意味する感覚を選択し、体系化し、解釈するプロセスである (Solomon 2013)。企業の社会貢献活動を通じて消費者に作用する知覚には、企業の倫理性や企業連 想、好ましさ、知覚品質などが該当する。企業の倫理性に関して、 Menon and Kahn(2003)による実験によって、 CRM のほうがコーズに関 するアドボカシーよりも知覚される CSR 性は高いという結果が得られている。その理由として、後 者のほうが消費者は企業の動機をより精緻化して推論することで、企業の説得意図を捉えてしまうこ とが考えられるという(Menon and Kahn 2003)。また、評価者の個人的関心によって、企業の倫理 的行動に対する満足度の影響に差が生じることも示唆されている(Brunk and Blümelhuber 2011)。 企業連想に関する研究では、先を見越して実施した、いわゆる順向的な社会貢献活動は消費者の企 業連想を高めるという結果が認められている(Ricks Jr. 2005)。知覚品質については、タイの銀行顧 客275名から入手した定量データを分析したところ、 CSR イニシアチブが重要な役割を果たしていた (Poolthong and Mandhachitara 2009)。
3 .2 態度と意図
消費者行動における態度とは、ある概念に関する人による総合的な評価のことで、嗜好や好ましさ といった総合的な感情を含む情動反応、あるいは、正負の両価、感性、感情を伴う認知的プロセスの ことを意味する(American Marketing Association)。本研究に関する態度の対象としては、企業の社 会貢献活動や CRM、企業、製品などが挙げられる。 また、態度と社会貢献活動の関係を捉えた研究の多くは、コーズと事業領域の適合性(congruence) に着目している。適合性とは外部の参照基準に関する対象同士の評価のことである(Osgood and Tannenbaum 1955)。以下で示していくように、多くの研究では、社会貢献活動を実施する企業の事 業領域と合致していると見なされるコーズは消費者の態度を高めることが明らかにされている。 まずは、社会貢献活動やそれに付随するキャンペーンへの態度について見ていく。Foster, Meinhard, Berger and Krpan (2008)は、自然資源、金融、リテール、技術、食品と飲料、そして、コ ミュニケーションを示すカナダの企業における意思決定者を対象に14のデプスインタビューを実施し た。その結果、社会貢献活動を自社の業務に統合してきた企業が他の企業に比べて、社会貢献活動へ の態度において卓越していることが示唆された(Foster et al., 2008)。また、日本人196名に対する ウェブ調査の結果、 CRM キャンペーンにおけるブランドとコーズの適合性が高いほど、 CRM キャ ンペーンへの態度をより高めることが示唆されている(Chéron, Kohlbacher and Kusuma 2012)。
企業への態度を捉えた研究について確認すると、Nan and Heo(2007)では CRM のメッセージを含 む広告はそうしたメッセージを含まない同様の広告と比較して、消費者における企業への態度が高ま るという。特に、ブランドの誠実さが高いと評価した消費者において、 CRM メッセージが含まれた 広告のブランドとコーズの適合性は、消費者の広告やブランドへの態度に正の影響を及ぼすことも示 唆された(Nan and Heo 2007)。
製品への態度については、次の実験がある。多額の寄付に関連するブランドは、高級クルーズなど の不真面目な製品に対して好ましいと見なされるのに対して、少額の寄付に関連するブランドは、洗 濯機などの実用的な製品に対して好ましいと見なされる傾向があることが示唆された(Strahilevitz 1999)。また、製品コミュニケーションにおける企業ブランドの可視性(corporate brand dominance; 以下 CBD)が高い場合、製品と CSR 連想の適合性が高いほど製品態度を高めるのに対して、 CBD が 低い場合には同適合性と CSR 連想がともに高い条件でのみ製品態度を高めた(Berens, van Riel and van Bruggen 2005)。
コーズへの態度と製品への態度双方に対する影響を同時に捉えた研究もある。Lafferty, Goldsmith and Hult(2004)が消費者463名に実施した定量調査の結果を分析したところ、コーズ―ブランド提携 (cause brand alliance; CBA)がコーズとブランドの双方に対する態度に影響することが明らかにされ た。その際にコーズとブランドの適合性が重要であることと、コーズへの親近感がその効果を調整す ることが示された4 )。
また、上記とは異なる組み合わせとして、消費者と企業の適合性(C-C congruence)という視点も ある。Sen and Battacharya(2001)による分散分析と回帰分析の結果、 CSR の記述が企業の評価に正 の影響を及ぼす際に、消費者の知覚上での C-C congruence と CSR への支持、CSR と企業の能力の適 合性(CSR-CA beliefs)がそれぞれ媒介変数となることが示されている。 ここまで様々な態度への影響を見てきたが、態度への影響が小さいあるいは認められないという結 果も出ている。例えば、 Anisimova(2007)がオーストラリアの自動車産業について消費者285名に尋 ねた調査では、企業の社会貢献活動への態度に及ぼす影響は認められなかった。具体的に述べると、 社会活動へのスポンサーシップを含む企業活動や良き企業市民という指標を含む企業連想が、顧客に よる態度ロイヤルティと行動ロイヤルティに正の影響を及ぼすという仮説が支持されなかった (Anisimova 2007)。
また、 Lee, Park, Moon, Yang and Kim(2009)によると、調査対象の立場によっては態度への影響 が認められないという。同研究では韓国における企業マネジャーと消費者に実施した定量調査の分析 結果から、利他的動機だと見なされた企業の社会貢献活動は企業への態度に正の影響を及ぼすことが 明らかにされた。だが、企業マネジャーには動機と態度の間で望ましい関係性が示されたけれども、 消費者側には反応的動機に対する懐疑性が現れた(Lee et al. 2009)。 また、企業の社会貢献活動を消費者の購買意思決定に関して検証する際に、購買意図への影響まで 捉えた研究は少ない。意図とは期待され、計画される将来の行動のことであり、所定の時期や状況下
で特定の商品やサービスを入手する意思決定のことを表す(American Marketing Association )。その うちのいくつかを挙げると、Chéron et al.(2012)では、ブランドとコーズの適合性が高いほど、消 費者の購買意図は高まることが明らかにされている。また、詳細な CSR イニシアチブが記載された 商品パッケージを提示されたほうが、何も記載されていないものよりも、消費者の購買意図は高かっ た(Stanislawski, Sonobe and Ohira 2014)。
ここまで、企業の社会貢献活動が消費者行動に与える影響を中心に確認してきた。個々の消費者の 心理変容が促されて集積すると、消費者集団あるいは社会による企業への評価に繋がっていくと考え られる。そのような企業への総合的な評価は財務的なものと非財務的なものに分けられる。次節で は、財務的指標としての業績評価と、非財務指標としてのブランドおよびコーポレート・レピュテー ションについて順に取り上げていく。
4 .企業に関する評価指標
4 .1 業績評価指標
業績というのは企業にとって顕在化された利益であり、成果が可視化される有益な指標である。 Rowley and Berman(2000)によると、企業の社会的業績(corporate social performance: CSP)と金融 的業績(financial performance: FP)は関連するといい、その理由に複数のステークホルダーが企業の 行動を察知して、企業に影響を与える行動を取ることが挙げられる。企業の社会貢献活動によって影 響を受ける金融業績には、株価、企業に対するリスクの低減などが挙げられる。まず、株価の上昇に関しては Gao, Faff and Navissi(2012)の定量調査によって、2008年 5 月12日に 中国の汶川県(Wenchan county)で発生した地震への反応の中で、企業の寄付による影響が示唆され ている。また、 CSR に関する行動はブランド・イメージの毀損を抑え、長期的な観点で株主報酬を 最適化できることが期待される(Werther Jr. and Chandler, 2005)。
ただし、多くの実証研究において、企業の社会貢献活動による業績への影響は限定的であることも 示唆されている。まず、企業の使用可能なキャッシュ・リソースと金銭的寄付には正の相関があるも のの、企業の金融業績に有意な関係は認められない(Seifert, Morris and Bartkus 2003)というよう に、たとえ効果が認められたとしても限定的であるというものである。企業の社会貢献活動と金融的 パフォーマンスには有意な関係が認められていない(Seifert, Morris and Bartkus 2003)という、効果 自体に疑問を呈する研究もある。
また、他の要因と比較した場合の効果の弱さについても指摘されている。例えば、 CRM が値引き に比べると影響が弱いことや(Strahilevitz 1999)、製品プロモーションと CSR プログラムで比較した ときに購買意図の向上への影響に差がなかったこと(Pirsch, Gupta and Grau 2007)、消費者は社会貢 献活動よりも品質、価格、ブランドの人気により着目すること(Rampal and Bawa 2008)などが挙げ
られる。
4 .2 非財務評価指標
上記のような可視化された金融業績のような財務評価指標では、企業の社会貢献活動の成果が捉え にくいと考えられる。その理由として挙げられるのは、そもそも企業の社会貢献活動は非営利活動で あるため業績を高めることを直接目指したものではないことや、企業の社会貢献活動による受益者と 企業の提供する製品のターゲットでは重ならない割合が高いことなどである。 しかしながら、企業がサステナブルに支持され続けるためには、多様なステークホルダーとの関係 を意識していかなければならず、財務面だけでなく非財務面での評価も重要になってくる。非財務評 価指標として、製品と企業を含むブランド(brand)、企業レピュテーション(corporate reputation) などが存在する。以下では、企業の社会貢献活動が企業ブランドやコーポレート・レピュテーション などの企業評価にどのように影響するのかについて、文献を整理して押さえていく。4 .3 ブランドへの評価指標
ブランドとは、他の業者のものと区別される製品やサービスを規定する名称、用語、デザイン、シ ンボル、あるいは、その他の特徴のことであり、通常は製品ブランドのことを示す(American Marketing Association)。このうち、企業ブランドはブランド階層の最上位レベルに位置し(Keller 1998)、社名自体がブランドの機能を有するものを指す。 著名な企業ブランドの評価指標例には、ブランドをロイヤルティ、認知、知覚品質、連想、その他 の資産という 5 つの指標で整理したブランド・エクイティ・モデル(Aaker 1991)が挙げられる。そ の後、顧客からの評価に特化したモデルが登場した。例えば、理性と感情の 2 つのルートを経て顧客 とブランドの強力な関係性の構築を目指す顧客ベースのブランド・エクイティ・ピラミッド・モデ ル5 )(Keller 2001)や、ブランドを擬人化して 5 つの指標にまとめたブランド・パーソナリティ・モデ ル(Aaker 1997)などがある。 ブランドへの評価はブランド・エクイティのような総合評価と、ブランド・ロイヤルティやブラン ド・パーソナリティなどの消費者心理を主体とした評価に分けられる。ブランド・エクイティとはブ ランドの価値を意味し(American Marketing Association)、消費者の観点で捉えると、あるブランド のマーケティングに対する消費者の反応にブランド知識が及ぼす影響の違いである(Keller 1998)。 まず、ブランドの総合評価に関する言及から確認していく。Hoeffler and Keller(2002)がブラン ド・エクイティ構築に寄与する企業の社会貢献活動の手段を 6 つ挙げている。それは、企業のソー シャル・マーケティング(corporate social marketing; SCM)による⑴ブランド認知の構築、⑵ブラン ド・イメージの強化、⑶ブランドの信頼の確立、⑷ブランド・フィーリングの喚起、⑸ブランド・コ ミュニティの感覚の創出、⑹ブランド・エンゲージメントだという(Hoeffler and Keller 2002)。 また、企業が非営利市場に従事して自社イメージを向上させる結果、ブランド・エクイティを高めることができる(Ross‐Wooldridge, Brown and Minsky 2004)。企業の CSR イニシアチブに関する顧 客の知覚が、ブランド・エクイティに影響を及ぼすという分析もある。生命保険会社の CSR イニシ アチブに関する保険契約者の知覚がブランド・エクイティに正の影響を及ぼすことと、ブランド・エ クイティに対する CSR イニシアチブのインパクトは情報的広告と説得的広告の効果を含んでいるこ とが示唆された(Hsu 2012)。 次に、ブランドに対する消費者心理に関する評価には、ブランド・ロイヤルティやブランド・パー ソナリティなどがある。ブランド・ロイヤルティとは偏りのある行動的反応であり、複数のブランド セットの中から 1 つ以上の代替的ブランドに関する意思決定をすることで時間をかけて伝達される、 心理的機能を伴ったプロセスのことを示す(Jacoby and Kyner 1973)。ブランド・ロイヤルティを高 める CRM は、消費者の関与が低い商品と結びついて長期的に継続される場合に限られることが、実 験によって明らかにされている(Van den Brink and Odekerken‐Schröder, and Pauwels 2006)。 また、ブランド・パーソナリティとは、ブランドで連想される人に見立てた一連の特徴であり、そ の次元は営利組織において誠実、興奮、能力、洗練、耐久性という 5 因子に分けられる(Aaker, 1997)。一方、非営利組織においては、誠実、配慮、洗練、耐久性の 4 因子で構成されることが確認 されている(Venable, Rose, Bush, and Gilbert 2005)。このため、営利組織である企業が社会貢献活動 という非営利的行為に長期的に従事した場合、ブランド・パーソナリティに違いが生じることが考え られる。
4 .4 コーポレート・レピュテーション
コーポレート・レピュテーションとは、ステークホルダーによって保持された組織に関する集積的 見解のことをいう(Brammer and Millington 2005)。コーポレート・レピュテーションはブランドと 類似しているという指摘が多い反面、異なる側面も指摘されている。両者の相違点を端的に言えば、 評価者と評価対象の範囲である。評価者の範囲に関して、ブランドは消費者が中心であるのに対し て、コーポレート・レピュテーションは当該企業にとってのステークホルダー全般が該当する。 それに伴い、評価対象がブランドでは製品そのものに絞られているのに対して、コーポレート・レ ピュテーションではステークホルダーごとに異なる。コーポレート・レピュテーションの評価指標の 例として、 Fombrun and Van Riel(2004)がハリス・インタラクティブと共同で算出した総合スコア であるレピュテーション指数(reputation quotient; RQ)が挙げられる。その中では、情緒的アピー ル、製品とサービス、財務パフォーマンス、ビジョンとリーダーシップ、職場環境、社会的責任とい う 6 つの領域が提示されている(Fombrun and Van Riel 2004)。
社会貢献活動によるコーポレート・レピュテーションの向上については、様々な指摘がされてい る。イギリスでは金融パフォーマンスの影響が強いとしながらも、産業を問わず社会貢献活動費が高 額である企業ほど、より優れたレピュテーションを獲得していることが明らかにされている (Brammer and Millington 2005)。同様に、 Maas and Liket(2011)では、ダウ・ジョーンズ・サステ
ナビリティ指数(DJSI)に掲載されている500社以上の部門や国をまたいだ長期間のデータを用いた ところ、62 76%の企業においてレピュテーションなどに対する社会貢献活動の影響が認められた。
4 .5 統合評価指標
本節ではここまで、非財務評価は製品と企業に対するものに分類することができ、両者は評価する 主体および対象が異なることを確認してきた。その一方で、これらを統合して評価しようという試み もある。それがブランドと製品に関する連想、統合的ブランド・エクイティ、企業の信頼である。 まず、 Chen(2001)はブランド連想が製品連想と組織的連想に二分されるとし、製品連想には機能 的属性連想と非機能的属性連想が、組織的連想には企業の能力連想と CSR 連想が含まれことを指摘 した。CSR プログラムは組織に関するものと製品プロモーションに関するものに分類したときに、 前者のほうがカスタマー・ロイヤルティや企業態度を向上させて懐疑主義を減少させることも明らか にされている(Pirsch, Gupta and Grau 2007)。同様に、 Shamma and Hassan(2011)は統合的ブランド・エクイティ(total brand equity; TBE)の 測定尺度を提唱した。これは、製品ブランドに伴う顧客の連想によってブランドの価値が規定される customer-based brand equity(顧客ベースのブランド・エクイティ; CBBE)と、企業ブランドへのス テークホルダーの連想によってブランド価値が規定される corporate brand equity(企業ブランド・ エクイティ; CBE)の指標を統合したものである。 また、ブランド以外に企業の製品提供能力と誠実さを統合的に評価する指標として、企業の信頼 (corporate credibility)が挙げられる。薗部(2008)によると、企業の信頼とは企業に対して個人が抱 いている諸々の期待を意味するという。企業の信頼は企業の誠実さを示す信用と企業の製品提供力を 示す能力の 2 つにわけることができ、企業の社会貢献活動は利他性と事業領域との適合性に分けるこ とができる(薗部 2008)。 これらの企業の信頼と企業の社会貢献活動に関する諸概念をモデル化して消費者への定量調査を実 施した結果、企業の社会貢献活動の利他性が信用に、事業領域の適合性が能力にそれぞれ影響するこ とが示唆された(薗部 2008)。これにイメージ的適合性が加えられた Alcañiz, Cáceres and Pérez (2010)では、イメージ的適合性と利他的属性は信用の評価に繋がり、機能的適合性は企業の能力に影 響することが認められている。
5 .おわりに
本稿では企業の社会貢献活動におけるマーケティングに関する評価指標について、先行研究を整理 した。その結果、企業の社会貢献活動を検証するための尺度として、態度、ブランド・ロイヤル ティ、コーポレート・レピュテーションなどが挙げられた。それぞれについて、以下でまとめていく。 まず、消費者行動の製品意思決定に関する指標について、態度に関する尺度が諸研究の中心に位置 していた。これには製品の売り上げに直結しづらいことが関係している。第 4 節で述べたとおり、企 業の社会貢献活動の効果が限定的であることを示唆する研究結果はいくつかある。その理由として、 企業が社会貢献活動を通じて製品そのものを訴求しているわけではないことが挙げられる。 だが、Ajzen(1991)をはじめとする消費者の購買意思決定の諸研究からは、態度が購買意図に正の 影響を及ぼすことが明らかにされている。このことから、たとえ効果が限定的であるにせよ、企業の 社会貢献活動によって人々の態度を高めることがその後のプロセスとしての製品購買意思決定に繋 がっていることは十分に考えられる。 企業の社会貢献活動と態度の関係を考えるにあたって、企業が支援するコーズと事業領域の適合性 に関する研究についても整理した。利他的な社会貢献活動を実施する際に、自社の事業領域を考慮す ることが重要であるという様々な既存研究における実証分析結果が得られてきた。それらを根拠にす ると、消費者などのステークホルダーへのマーケティング戦略においても、企業が経済性と社会性を 両立させることを重視するべきだという CSV の主張が適応されると言えよう。 さらに、個々人の心理変容だけでなく、その集合体としての企業評価についても整理した。既存研 究では、企業の社会貢献活動と業績の関係が十分に示されていないけれども、非財務評価指標による 検証はされてきた。このうち、ブランドは製品を起点にして消費者によって評価される指標であるの に対して、コーポレート・レピュテーションは企業活動を起点にしてより広範なステークホルダーを 対象に評価されるものである。 両者は評価主体が異なるため尺度に相違がある。そこから、具体的に今後検討すべき課題として、 どのような社会貢献活動がブランドとコーポレート・レピュテーションのいずれに強く作用するのか を検証する、コーポレート・レピュテーションなどの特定の評価指標を用いて、複数の異なるステー クホルダーに対する反応の違いを測定することなどが考えられる。そうすることで、企業がマーケ ティング戦略としてどのような社会貢献活動を選択し、ステークホルダーによって使い分けるのが効 果的なのかに関して、より精緻化されるだろう。 本研究では、企業の社会貢献活動におけるマーケティング成果指標として、態度、ブランド、レ ピュテーションなどの有効性について検討してきた。態度については消費者の知覚する事業領域との 適合性が重要であることも確認した。ただし、今回検討してきた企業の社会貢献活動は、慈善的なも のに限定されている。たしかに、慈善事業では、製品機能や製品提供技術などの適合性を高めた支援 が幅広いステークホルダーからの理解を得やすいと考えられる。 しかしながら、「社会にとって良きこと」を広義に捉えると、慈善事業だけでなくスポーツに関す るスポンサーシップや文化・芸術支援などのメセナなども含まれる(世良 2014)。メセナはスポン サー企業のイメージとの適合性が関係し、マーケティング・コミュニケーションのやり方次第で、適 合性が見出されるかどうかが異なってくると言える。こうしたメセナについて、事業領域の適合性や
注
1 ) 現在においても負の側面を緩和させる状況は残されており、例えば、 CSR の実践は経営上の過失に対する 保証としての役割を果たす(Werther Jr. and Chandler 2005)、あるいは、アルコール企業がアルコール・コン トロールの法規制を遅らせ、相殺するために、 CSR イニシアチブスを自発的レギュレーションとして利用し ようとしている(Yoon and Lam 2013)などの指摘もされている。
2 ) 世良(2014)はこれを狭義の定義だと指摘し、売り上げの一定割合を寄付するという形式にとらわれず、プ ロモーション・ミックスやマーケティング・ミックスに拡張させた広義の CRM が存在すると述べている。 3 ) これらの記述は元々 Business for Social Initiative(BSR)のウェブサイトが参考にされているが、2018年 8
月15日時点ではアクセスできなくなっている。
4 ) CBA の効果はコーズに対し限定的であり、親しみのあるコーズよりも親しみのないコーズのほうが態度の 改善度が大きく、ブランド側では違いがなく効果が得られる(Lafferty and Goldsmith 2005)。
5 ) ブランド・レゾナンス・モデルとも呼ばれる。
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(最終アクセス2018年8月15日)
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マーケティング上の成果指標などを検討した先行研究はほとんどない。 だが、メセナを実施している企業の存在感が大きくなっている。2016年度の企業の社会貢献活動支 出は日本経済団体連合会会員企業 1 社平均で 1 億189万円となり、前年度の5527万円のおよそ1.8倍に 増えている(日本経済団体連合会と 1 %クラブ 2017)。これは、2020年に東京オリンピック・パラリ ンピックが開催されることの影響も大きいと考えられるけれども、支出ベースで見たときにその割合 は過去 5 年で常に上位を占めている。企業がなぜメセナを実施するのか、あるいは、こうしたメセナ の実施によって、企業評価にどのような差が生じるのかについて注目していくことが、今後多様な企 業への評価を検討していくうえで重要になってくるだろう。 本研究は、平成28年度∼平成30年度科研費の助成を受けて実施された、研究費目名:基盤研究 (C)、研究代表者:川北眞紀子、研究課題番号:JP17K03903、研究課題名:「芸術文化組織による鑑 賞者および支援企業との関係性構築に関する研究」の成果の一部である。
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