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米国企業年金法上の実質的解釈の原理
小魚
純 1 はじめに 従業員退職所得保障法(Employee Retirement Income Security Act: ERISAと略す)が,1974年に制定されて20年が経過した。その間,幾度か法改 正がなされた。ERISA自身の改正のほかに1980年の複合事業主年金制度改正 法(Multie−mployer Pension Plan Amendments Act:MPPAAと略す),1986 年の単独事業主年金制度改正法(Single−Employer Pension Plan Amendments Act:SEPPAAと略す),そして1988年のTecnical and Miscellaneous Reve− nue Act(TAMRAと略す)などが制定され,内国歳入法および労働法の修正 という形で年金権保護が,図られた。 その間,年金給付保障公社(Pension Benefit Guaranty Corporation:PBGC と略す)の定める規則が,多数制定され,上記年金諸法とこの規則をめぐる訴 訟も頻発した。 年金諸法および規則のような成文法は,元来判例法を,法の中核とする英米 法の伝統的思考からは例外であり,例外は厳格に解されなければならないこと から,解釈の余地が生まれないように可能な限り明確な内容を盛ることが期待 された。その結果,条文の記述は,詳細すぎて,一読するだけでは理解不可能 なものとなってしまった。このため年金法の簡略化が要請されているほどであ る。 解釈の余地が生まれないように制定された成文法たる年金諸法の解釈にあた って優先されるのは,文理解釈である。成文法の文言が明白に意味するところ は,たとえその適用結果が不合理であると思われる場合でも,そう解釈しなけ36 彦根論叢 第289号 ればならないというPlain Meaning Ruleがこれに重なると,いかに慎重に制 定された年金諸法といえども,法の「実質的」解釈の期待が,訴訟の場で強く なるのは避けがたい。 本稿は,米国年金諸法の「実質的」解釈に焦点をあてて検討を加えることを 目的とする。 2 税法上の「実質的」解釈原理 税法は,その目的論的構成から,すなわち徴税目的という明確な前提がある ため,契約自由の名の下に締結された納税者の契約を私法上の法形式にとらわ 1) れず解釈することを,比較的早くに認めてきた分野である。 ここでは,米国の租税法に関する判例に現れた「実質的」解釈を鳥磁するこ とにする。 2)(1)C. L R. v. Tower 本件は,妻名義の書類をでっち上げて所得を二分し,課税時の控除を二重に 得ようとした夫に対し,その書類は,客観的経済実体と異なるとして,裁判所 は,徴税を左右するものとは認めなかった判決である。 3) (2) Helvering v. Lazarus & Co. 「税の分野では,法の管理者たる行政府と裁判所は,実体に関心を有し,形式 的な書類に硬直的に束縛されない。」と判示した。 これらの初期の判決は,その根拠,適用範囲等を述べることなく「実質的」 解釈をおこなった。これに対し,取引社会の仕組みが複雑になるにしたがって, 複雑な形式が,実質を覆い隠すような事件に,租税裁判所の検討が加えられる 1)英国税法の実質的解釈については,渡辺 徹也「英国判例における実質課税原則の変遷」 (1)(2)税法学503号’1頁504号1頁(平成4年) 2) C. 1. R. v. Tower 66 S. Ct, 532 (1946) 3) Helvering v. Lazarus & Co, 60 S. Ct. 209 (1939)
必要が生じた。 米国企業年金法上の実質的解釈の原理 37 4)(3)Frank Lyon Co. v. United States 【事実の概要】内国歳入庁長官は,税回避目的の建物取得とそのリースバック の取引について,納税者の建物所有権と減価償却および建物担保債務利息の控 除を否認した。地裁が,納税者の税の申告を認め,上訴裁判所がこれを破棄し たのに対し,最高裁判所は,裁量上訴を認めた。 連邦準備制度加盟の州法銀行が,納税者と,自社の本店のために建設中の建 物に約定担保等の設定して,種々の州法,連邦法の制限のために実現不可能で あったものを実現するために,納税者が建物の名義を取得し,同銀行に長期間 賃貸し,建築資金消費借人となり,不動産担保で資金を調達するという,売買 とリースバック契約を締結した。銀行は,その賃料債務を,納税者の消費貸借 契約上の元本及び利息債務と同額にし,いつでもそのときの残存消費貸借債務 と当初の50万ドルの投資額に見合った金銭を支払えば,建物を再購入する選択 権を有した。 建物を建設し銀行が占有した年の連邦所得税の申告のため,賃料収入を発生 させた納税者は,建物の減価償却として,売買とリースバックに関する,利息 その他の費用の控除を請求した。 内国歳入庁長官は,徴税目的から見て,納税者は建物所有者ではなく,銀行 に50万ドル貸し付け,納税者の譲渡抵当権者に元本と利息、を通す「導管」とし ての役割を果たしたことを理由に,控除を認めなかった。このため納税者は不 足額を納税したが,支払額の返還を求めて提訴した。 【判旨の概要】当裁判所は,多くの事件で,いままで,財産の移転者が移転し た財産の支配を維持しながら,所有権に伴う税負担を他に転嫁するための形式 的な名義変更を何度も否認してきた。この「実質」理論を適用するに付き,当 事者が採用した特殊な形式より客観的な経済実体に注目した(として上記(1) (2)判決を引用した)。また,特別な課税(を免れる)の効果を得る意図の存否 4) Frank Lyon Co. v. United States 98 S. Ct. 1291 (1978)
38 彦根論叢 第289号 は,必ずしも関係しない。C.1. R. v. Duberstein,363 U, S.278,286,80 S. Ct. 1190, 4 L. Ed 2d 1218 (1960) (a)銀行が合意した賃料は,納税者が支払う担保付き債務支払額と同額であ るが,売買とリースバックの契約は,仮装の賃料で債務を支払う見せかけのも のではなく,納税老が利息を支払った建築の際のローンと担保付きノートの債 務は,単独で債務であり,したがって1954年内国歳入法§163(a)の控除請求権が ある。 (b)略 (c)本件のように,経営(の事情)や法規制のためにやむなくまたは助長され たものの,抵当権付き債権者を含めた多数当事者の取引が真実存在する場合は, 経済的実体が認められ,税金問題と別個の心因があり,無意味なラベルの貼ら れた税回避的性質によってだけ形作られていない限り,政府は,当事者によっ て遂行された権利義務の分配を尊重すべきである。換言すれば,賃貸人が,伝 統的な賃貸人の主要な,真の属性を有している限り,当事者が採用した形式は, 課税目的の評価を支配する。特定の事件の属性が何であるかは,当然,事実問 題である。本件では売買とリースバック自体,必ずしも納税者の税控除請求を 否定すべき理由とはならないことを言うにとどめておく。したがって上訴裁判 所の判決を破棄する。 次の判例は,贈与税に関するものである。わが国と異なり,贈与者が,原則 5) として納税者である。 6) (4)Diedrich v. C. 1. R. 【事実の概要】内国歳入庁長官は,租税裁判所の判決を不服として,上訴し, 5)本庄 資「アメリカ税制ハンドブック」252頁(昭和62年),須田 徹「アメリカの税法」 【改訂三版】46頁(平成3年) 6) Diedrich v. C.1. R. 102 S. Ct. 2414 (1982)
米国企業年金法上の実質的解釈の原理 39 破棄判決を得たが,裁量上訴が認められた。裁量上訴棄却。 D夫妻(裁量上訴請求者)は,3人の子供に直接の移転及び信託を利用して 約8.5万株を贈与した。この贈与は,受贈者が,連邦及び州の贈与税を支払うこ とを条件としていた。受贈者が支払った贈与税額に争いはない。移転された株 式の贈与者サイドの税額は,51,073ドルだった。受贈者によって支払われた贈 与税額は,62,992ドルであった。Dは,所得税申告書に受贈者によって支払わ れた贈与税を所得として含めなかった。内国歳入庁長官は,Dによって負担さ れ,受贈者によって支払われた贈与税が,贈与者の財産をベースにして超過す る限度でDに所得が発生すると判断した。受贈老によって支払われた62,992ド ルの贈与税額から株式をベースにした51,073ドルを差し引き,内国歳入庁長官 は,長期キャピタルゲインは,11,919ドル発生したと認定し,29U. S. C.§1202 に定める長期キャピタルゲインの50%控除後,Dには5,959ドルの課税所得が増 加した。Dは,この課税を不服として租税裁判所に提訴した。 【判旨の概要】「所得」は,種々の間接的な手段で発生することがある。Old Colony Trust Co v. Cmmissioner事件(279 U. S.716,49 S. Ct.499,73 L. Ed. 918(1929))で事業主による従業員の所得税の支払は,従業員の所得となると 判示した。「事業主による税の支払は,従業員によってなされた労働を対価とし ており,従業員の勤労所得である。」同裁判所は,合意された行為の形式でなく 実体が,物事をコントロールすることを明らかにした。「第三者による義務の免 除は,課税されるべき者が受領することに等しい。」(同)本件では,贈与者は, 贈与税支払義務を受贈者が引き受けることによって直ちに利益を得た。 贈与者の主観的意図は,この利益の性格を変更しない。贈与か否かの決定に 意図が関係するとしても,その意図は,人が所得を得たか否かを決定する要素 とはならない。たとえ意図が要素としても,その意図は税負担を代替すること であり,この行為の形式の選択は一代替の利益を受ける贈与者が行った。贈与 者が,財産の移転に伴う贈与税を知悉していることに疑う余地はない。予想さ れる贈与税を支払う資金を得るために株式を譲渡しても課税所得が生じること
40 彦根論叢第289号 は疑いがない。贈与以前の売却から生じる資金より,条件付き贈与の方法で贈 与税の納税義務が免除されるとしても,贈与者の権利を変更することはない。 経済的実体に合わせて,内国歳入庁長官は,条件付き贈与を一部を贈与,残 部を移転した財産の売買と解して債務を免れたとみなした。移転は,贈与者が 受贈者に対し公正な価格以下で譲渡したものと扱われる。 7) (5) Rice’s Toyota World, lnc. v. C. 1. R. 【事実の概要】納税者の所得税申告書記載の売買とリースバックの取引が,見 せかけであるとして,内国歳入庁長官が,利息と減価償却控除を認めなかった。 租税裁判所は,これを支持したのに対し,納税者が上訴したのが本件である。 【判旨の概略】(主題に関連する部分)租税裁判所は,Frank Lyon Co. v. United States 435 U. S.561,98 S. Ct.1291,55 L Ed.2d 550(1978)を引用し, 当該行為に次の2点があれば,徴税目的上,見せかけであると判断している。 2品目は(1)納税者の目的が課税上の利益を得る以外の経営上の目的がないこ と,および(2)合理的な利益の可能性がないために,行為に経済的実体がないこ とである。 (1>納税者の中古コンピューターの買い取りとリースバック行為の意図は,リー スによる,リース期間の前半の減価償却控除を得ることのみで,機械の残存価 値の利用を検討していないことなどを認定,経営上の目的がないと推論する。 (2)納税者が,リースした機械を捨てることを慎重な行為ではないとは考えてい なかったことなどから,行為に経済的実体はない。 行為が見せかけであったことの効果は,このために発行した遡求権付手形の 利息に付いては,納税者の真の債務に関するのであるから,控除として認めら れる点で,原審の判示を破棄差し戻す。その余は,上訴棄却する。 3 諸法における「実質的」嫡母の原理 税法の判例によって発展させられた「実質的」解釈の原理は,他の分野にも 7) Rice’s Toyota World, lnc. v. C. 1. R. 752 F. 2d 89 (1985)
米国企業年金法上の実質的解釈の原理 適用されるようになった。次の事件は,連邦破産法に関する事件である。 41 6)(6) Re McVey Trucking lnc. 【事実の概要】破産した原告M運送会社が,イリノイ州州務長官を,破産裁判 所の許可なく,州の高速道路使用税支払のための銀行預金を徴収したのは,破 産法違反であるとして提訴した。破産裁判所は,憲法第11修正では州務長官 に対する裁判管轄権がないとして,棄却。連邦地裁は上訴棄却。その上訴審が, 本件である。 【判旨の概略】 (論題に関連する部分のみ)通常,成文法の解釈は,条文とそ の立法の沿革をたよりにして議会の意図と信ずるものを決定する。debtor in possessionは,「債権者のために……財産の移転を回避するための」訴を連邦裁 判所に提起できる。11U. S. C.§574(b)(1982&1985 Supp.)また,同法§106(c) (1982)は,「債権者」の記述のある(破産法の)条文を,政府団体(governmental units)を含むと明尽している。そして,同法§101(21)(1982)は,政府団体には 州が含まれるとしている。 州務長官の,「債権者」たりうるのは連邦政府だけであるとの主張は,受け入 れ難い。また,unitsが複数であることもこれを裏付ける。文言で明白なため, 立法の沿革まで遡る必要もないが,特にその解説的記述である§106が,§574の 内容を明確にしている点を沿革から読みとることができる。裁判所は,議会の 意図に反対するという誘惑に負けて,その意図の「確認」義務を曲解すること はない。 したがって,連邦議会は,連邦裁判所で州政府に対する金銭損害賠償の訴権 を認める意図があると「確認」する。 次の事件は,リハビリのための連邦資金に関する判例である。 9) (7) Atascadero State Hospital v. Scanlon 8) Re McVey Trucking lnc., 812 F.2d 311 (7th Cir. 1987) 9) Atascadero State Hospital v. Scanlon, 105 S. Ct. 3142 (1985)
42 彦根論叢 第289号 障害者に対する連邦資金受領者の雇用差別を禁ずるリハビリ法(Rehabilita− tion Act,29 U. S. C.§504(1982))の§794で,連邦資金受領者たる州が,個人 に,身体障害を理由とする差別をしたことによる金銭損害賠償請求の訴権を設 けるものではない。成文法が,単に資金の「いかなる受領者」(any recipient) に対する訴について記述する点を指摘して,これを連邦議会が州に対する訴権 を作る意図があったと「確認」するには不十分である。「成文法の文言」で州に 対する訴権を定めなかったため,連邦議会の意図を「確認」することはできな い。 次の判例は,労働法の分野に属する判例である。 10)(8) Mechmet v. Four Seasons Hotels, Ltd. 【事実の概要】ホテルの宴会係として雇用され,団体交渉による協定で定めら れた報酬を得ているウェイター達が,事業主と組合を,組合契約違反と超過勤 務手当を求めた訴を提起した。地裁は,被告の事実審理を経ない判決申立を認 めたため,原告が上訴した。 宴会のサービス料は代金の18%で,その内16%を宴会従業貝でランク分けし て分配していた。ランク内の分配は,ディナーサービスの多寡に拘らず公正に 行われた。州40時間を超えて働く原告達がサービス料として受け取る額は,基 本給をはるかに超えていた。合計賃金は,時間あたり18ドルに達していた。 公正労働基準法(Fair Labor Standards Act of 1938)§7(a)(1)は,州40時間 を超える時間給労働者に1時間超過ごとに通常の賃金の1.5倍の割合で支払わ れなければならないと定める。これには例外があって,報酬が「手数料」(com− miss量on)(同法同条(i))の場合は,適用除外である。原告は,サービス料は, 手数料ではなく心付けであるから,適用除外の報酬には該当しないと主張して, 超過勤務手当を請求した。 【判旨】公正労働基準法(Fair Labor Standards Act of 1938)§7(a)(1)の目的 10) Mechmet v. Four Seasons Hotels, Ltd. 825 E 2d 1173 (7th Cir. 1987)
米国企業年金法上の実質的解釈の原理 43 は,(1)(現在ではあまり考えられないが,おそらく自暴自棄から)異常に長時 間働く意志を有する労働者が,より少ない時間働きたいと願う労働者から仕事 を奪うことを防ぐこと。 (2)従業員が,より少ない労働時間で働いたなら,同じだけの労働に多数の労働 者が必要であるのに,それをより少なく済ませようとする事業主にペナルティ ーを課すことによって労働の機会を拡大し,失業を削減すること。 (3)超過勤務の労働者自身を保護すること。長時間労働は,労働者の健康を害す る可能性があり,(まわりの労働者も同様に)事故を起こしやすくする。この目 的は,もし事業主が,正規の時間給の5割り増しを支払うことと矛盾するよう に見えるが,割り増し賃金は,すくなくとも労働者の疲労に伴う危険の増加に 対応することをめざしている。 なるほど,同法は,人道主義的な,救済を定める法であって,その例外は, 狭く解するのが過去の判例の態度であるが,本件原告の収入の仕組みは,同法 を適用する限界事例ともいえず,「手数料」と限定すべき実質はない。 4 企業年金法上の実質的解釈 次の事件は,MPPAA上の事業主の年金制度脱退責任に関する争いの仲裁中 の年金仮払いを裁判所が命じる場合に,検討されるべき事項に関するものであ る。 11)(9)Robbins v. McNicholas Trans. Co. 【事実の概要】信託受託者Xが,事業主Yに対し,MPPAAに基づく脱退責任 上の債務支払を求める訴を提起した。連邦地裁は,Yに月賦による仮払いを命 じた。Yが上訴, Xも利息を含めた即金の支払を求めて上訴した。 一Xの主張一Yは,年金制度に対する拠出を中止したため,その3カ月後複 合事業主年金制度から脱退したと判断し,脱退責任額を決定してその旨Yに通 知した。Yが,29 U. S. C.§1041(a)の仲裁条項に基づき,仲裁を求めたが,同 11) Robbins v. McNicholas Trans, Co. 819 F. 2d 682 (7th Cir. 1987)
44 彦根論叢 第289号 (d)は,仲裁期間中でも仮払いを認めている(同§1451)ため請求する。 一Yの主張一Yのピッツバーグ地区の事業は,ストのために止まった。再開 したいがストをしている組合との妥結がなければできない。妥結に向けての交 渉は継続しているが成功には至っていない。同§1398は,「本節の他の条項の定 めに拘らず,次の事情だけでは脱退とはみなされない。……(2)事業主が,従業 員との労働争議中に年金拠出を中断すること」と定め,同§1401(a)(1)は,事業 主と年金制度維持者との争いを仲裁で解決するよう定めている。 【判旨の概要】地裁の支払命令は,Yに支払を命ずる一方で,「仮の分割払い」 としているため,最終額については仲裁者の判断を待たなければならない。も し仲裁者が,債務の不存在や,減額を決定すると,命令は修正されなければな らない。逆に仲裁者が地裁の決定を支持する場合は(もはや仮払いではなく) 最終額を支払が命じられる。地裁の命令は,このような条件が付いているので, 中間判決的なものであって最終のものとは考えない。 命令は,一定期日後の支払強制のインジャンクションを認め,その日以前の 支払に関するインジャンクションを認めなかったものと思われる。過去に期日 のある債務の仮払いの命令に対するインジャンクションは,「『重大で,回復す べからざる結果』を招来し,命令が直ちに上訴することによってのみ『効果』 ある場合に限って,上訴することができる」1.A. M. Nat. Pension Fund v. Cooper Industries, Inc.,789 F.2d 21,24(D. C. Cir.1986)とする判例がある。 しかし,当裁判所は,YとともにXの上訴に関する裁判管轄を有する。地裁は, 仮払いを認めるか否かのインジャンクションの裁量権限を有するが,一定期日 の支払強制並びに分割債務の直ちの支払強制の拒否の判決は,『重大で,回復す べからざる結果』を招来する場合は,すぐさま上訴することによってのみ効果 的に争われるため,命令は,少なくともインジャンクションと同じ結果となり, 当事者それぞれが,インジャンクションの一部の中間的承認または拒絶を求め て上訴し得る。 当裁判所は,『先に支払い,後で争う』性質の修正手続きの背後にある連邦議 会の立法目的を理解する。また,後に誤りであると判断することを請求する権
米国企業年金法上の実質的解釈の原理 45 利を残して金銭の支払を命ずること自体が,回復できない損害とは考えない。 Yは,支払強制によって同社の資金が逼迫し,事業の再開を妨げると主張す る。同社の年間収入は,10万ドルを欠き,年金制度拠出の月賦支払が命ぜられ ると事業を再開する望みはなくなる。 仲裁中に中間支払が命ぜられることによって議会が望まなかったと思われる, 不当で害になることが,特殊な事情では起こり得る。議会は,仮払いがなされ るべきことを定めた。裁判所に全ての事件に支払強制のインジャンクションの 権限行使を求める明文の規定はない。受託者が,仲裁期間中に支払強制の訴訟 を提起する場合,裁判所は,仲裁で事業主が債務を無効にする蓋然性と事業主 とその事業に対する仮払いの影響を考慮すべきである。予備的差止命令に似て, 裁判所は上記のことを斜忙し,支払強制のインジャンクションの権限行使を拒 否する裁量権を発揮すべきである。 本件の労働争議は,約30カ月継続中であり,解決の兆しが見えない。法は, 労働争議中の拠出中断「だけ」で脱退を認定することを禁じているので,それ 以上のことが生じているかを検討しなければならない。完全な脱退は,事業主 が,「恒久的にすべての年金制度事業を停止」することで生じる。事業を復活し ようとするYの意図はなにか?それは,誠実に交渉し,可能なら事業を再開す ることなのか?それとも年金制度を有する事業から抜け出ることが目的で,真 の意図を曖昧にするために交渉する振りをしているのか? このような事実の調査は,仲裁者に委ねられており,裁判所が仲裁者より前 に事業成功可能性に関する同じ審理をすることとなる。問題の性質上,宣誓供 述書より証言を求めるべきである。 Xは,反対上訴したが,地裁の命令を無効にすることで地裁に対し同じ請求 をすることができる。もし,地裁が,仮払いを命ずるなら,過去の年金債務の 即時一括払いもまた命ずるのが論理的であると推定することができると判断す る。したがって,命令は破棄し,以上の意見を付して差し戻す。 (10) Re Consolidated Litigation Concerning lnternational Harvester’s Dispo一
46 彦根論叢 第289号 12) sition of Wisconsin Steel. 【事実の概要】年金給付保障公社は,支払不能に陥った現事業主の従業員にな すべき支払を前事業主に求める訴を提起した。前事業主は,請求棄却を求めた。 地裁は,年金給付保障公社が,現事業主の単独事業主年金制度脱退責任を前事 業主に求めることには正当性があるとした。一部認容一部却下判決。 この併合審理事件は,Envirodyne Industries, Inc.と提携するWisconsin Steel Corporationとその関連会社(以下WSCと呼ぶ)の破産に関連してい る。Wisconsin Steelは,シカゴ南部の製鉄所で,現在Navister Corp.として 知られているInternational Harvester Co.(以下IHと呼ぶ)の一翼を担って いたが,1977年にWSCに売却された。 WSCが,支払不能となったため, IHに 対して支払を求めている。 しかしIH自身の推計によれば,鉄鋼業の競争力を回復する為には数百万ド ルの資本を要し,同社は,その投資を希望しなかった。 また,団体協約が,年金債務に関して締結された。複数の計算方法による積 立未済額は,4千5百万ドルないし8千6百万ドルである。IHは,企業買収者 を探すことを決めた。 1976年になってついに,カルフォルニア州の小さな環境技術コンサルティン グ企業Envirodyne, Inc.(として当時知られていた)の役員とその話の詰めを行 った。本部門の純資産が,Envirodyneのそれに悪影響を与えた。また同社は, まったく鉄鋼業の経験がなかった。結局,この買収取引は,100%LBOで行わ れた。Envirodyne社は,当該部門の資産の名義を保有するため,多くの完全小 会社(ここでは一まとめにWSCと呼ぶ)を設立した。売却価格が6千5百万ド ルであるのに対し,IHは,炭坑と鉄鉱を含む,同部門の資産のほとんどを担保 にWSCへ5千万ドルの手形貸付を行った。のこりは,棚卸資産と売掛金債権を 担保に,Chase Manhattan Bankから,1千5百万ドルを借り受けた。新WSC 12) Re lnternational Harvester’s Disposition of Wisconsin Steel Lit, 681 F. Supp. 512 (N. D. IIL 1988)
米国企業年金法上の実質的解釈の原理 47 は,同部門の年金債務をすべて引き継いだ。売却は,1977年7月31日に効力が 発生した。 しかし,その後3年間,IHは,年金信託基金に対する支配を継続した。つま り,WSCが,破産の申立を行ったのは,1980年3月31日であるにも拘らず, IH は,同年8月25日まで,年金基金をWSCに引き渡さなかった。 年金給付保障公社は,IHが, WSCの他の重要な事項をも支配してきたと主 張している。ありていに云えば,1977年8月から1980年3月までのWSCは,売 却後も依然としてIHの一部門のままであるとみなされるべきだとするのが, 年金給付保障公社の立場である。同公社は,WSCだけが製造できる特殊な棒鋼 を必要としていたため,製造工場を閉鎖できなかったと主張する。しかし,同 部門の売却によって,IHは,その部門の債務の一部若しくは全部を回避する機 会を得た。その後,IHの製造工場の長期ストによって,同社は,さらにWSC の棒鋼を備蓄する機会に恵まれた。ストの間,IHは,特殊鋼を充分ためこむこ とができたので,替わりの仕入れ先を見つける充分な時間があった。ストが収 拾した後すぐにIHは,担保権を実行したと年金給付保障公社は,主張した。 IHは,年金給付保障公社のこの筋書きをばかげたことと考えた。つまり,す べての行為に,正しく経営判断を下しただけにすぎず,売却は,考えられる最 善の取引であり,新WSCは,成功の機会が相当あったのであり,WSCが暫時 存続中にIHは,大口の債権者が行使する支配権を行使したにすぎないし,担保 権実行をできるだけ先送りにした,と主張した。 これらの問題が,どの様な解決を見るにせよ,IHの担保権実行は, WSCの 破産の引き金になった。WSCは,年金債務のほとんどを支払うことができず, 従業貝は,年金給付保障公社に保障金を請求した。年金給付保障公社は,IHに 請求したが,同社は,WSCの売却によって, ERISAに関するすべての責任を 免れたとして支払を拒絶したため,本件訴訟となった。 【判旨の概要】 (一部)保証に関する章の特徴である,事業主責任規定は,事 業主が,保証プログラムを濫用することを禁止する。単独事業主年金制度では, 責任は,年金制度終了時に発生し,直接年金給付保障公社に波及する。Nach一
48 彦根論叢 第289号 man,446 U. S, at 363,100 S. Ct. at 1727.もし,事業主が, ERISAによって保 証される年金の債務を積み立てなかった場合は,年金給付保障公社は,いわゆ る保険代位による求償権を取得する。See, Nachman Corp. v. PBGC,592 F. 2d 947,957(7th Cir.1979)(責任規定の一部は,代位弁済の規定である。)上 訴棄却446U. S.359,100 S. Ct.1723,64 L. Ed.2d 354(1980)もし,従業員が, ERISAで保証された年金を事業主から取り立てることができないなら,年金 給付保障公社が,保障金を支払う。しかし,実際は年金給付保障公社が,事業 主に対する従業員の請求権を代位し,不払いの事業主にその資産の30%まで訴 求することができる。Nachman,592 F.2d at 957,963. Wisconsin Steelは,.単独事業主年金制度を採用していた。したがって, IH に対する年金給付保障公社の事業主責任追求のため,1986年まで単独事業主年 金制度に適用あるERISAの事業主責任規定である,旧法29 U. S. C.§1362 (1982)の解釈に重点が置かれる。ERISAによって保障されたWS年金制度の 受給権の総額が分配可能な年金資産額を超えるため,年金給付保障公社に訴権 があることには疑いがない。争点は,1362条(a)にある。関係する部分は,次の とおりである。「本条は,終了時に単独事業主年金制度を維持していた如何なる 事業主にも適用される。」これを解明するためには立法目的に照らした制定法の 解釈が必要である。しかし,法の文言から解釈の手引きとなるものはなく,立 法の沿革からもほとんど方向性が示されていない。進展しつつある判例も役立 たない。そこで,当裁判所には,種々の基準から制定法の文言と立法の目的に 最も合致した法基準を決めるという任務が与えられていると考える。 原告の第四の主張は,当裁判所が判断するところでは,選択的争点として1979
年7月のWSCへの売却時にIH自身が,約束した年金積立を果たしていない
として同社の責任を問うものである。 この点は,連邦税法の「虚偽取引」(sham transaction)の法理にならって, 売却を,連邦法上の義務回避行為ではないかと当裁判所に問うているのであり, 1979年の売却が,年金制度終了を意味するかのように1362条の責任をIHに認 めるように求めている。米国企業年金法上の実質的解釈の原理 49 年金給付保障公社主張の第一点と第二点は,売却後といえどもWSCが,操業 を停止しないうちは,IHは,年金制度を維持する事業主の範囲に含まれるとす るものである。したがって,IHは,年金制度終了時に1362条の責任を負う。年 金給付保障公社は,ERISAの「事業主」の定義を29 U. S. C.§1002(5)に求め る。すなわち「事業主」とは,従業員福利制度に関して,事業主として直接行 動するする者または,事業主のために間接的に行動する者を意味し,その能力 を有する事業主のために行動する事業主の集団もしくは団体を含んでいる。 裁判所は,第一章および脱退責任のための第四章の,「事業主」の意味を解決 しようと努力してきたが,結論が出ていない。明らかにされようとしている意 見の一致する内容は,第一章に関する事業主責任は,法人格否認の法理適用に 必要とする証明をはるかに越える証明を要することであると思われる。Gam− bino v. Index Sales Corp.,673 F. Supp.1450(N.D. Ill.1987)しかし,第一章 の「事業主」の定義は,第四章の問題特に脱退責任に関する問題の解決に必ず しも役立つものではないと思われる。 1362条は,第一章適用のすべての事業主に適用されないが,年金制度を維持 するすべての事業主に適用される。年金制度維持については法的な定義はない けれども,この文言を選択することが,基金を単に管理するまたは世話するこ と以上の,拠出に関する決定に責任を有することを意味する。ERISAの沿革に よると,議会は,事業主が,支払不能にならない限り,年金約束をした事業主 にまず責任を負わせようとした。当裁判所はまた,1362条の1986年改正で,連 邦議会が,有責の者を「事業主」(employer)から「拠出事業主」(contributing sponsor)に使用言語を変更したことを知悉している。信認義務者または年金制 度管理者として行動することだけでは事業主責任を課すことはできない。 しかし,法は,事業主責任を物理的に年金拠出した者に厳格に限定していな い。立法目的は,年金約束の責任を分担するすべての者に責任を課することに ある。したがって,年金給付保障公社の請求権は,年金制度に関する意思決定 と拠出の程度に明らかに責任ある者に及ぶ。 年金給付保障i公社は,IHとWSCが,形式的に共通の支配にあると主張して
50 彦根論叢 第289号 いない。しかし,WSCに対するIHの支配の点で両者が,非常に密接な協力関 係にあると主張している。そして,ここでの問題は,連邦法上の義務に関する ものである。本件のような場合,裁判所は,契約の形式だけを見るのではなく その実質一形式に隠された実態を検討するものである。そのため,裁判所は, ふつう連邦の政策に反する行動に責任を課すべき直接の法主体に対してだけで なくその政策に関する意思決定を支配する行動に責任を分担する者にも責任を 認めてきた。See, e. g., Alman v. Danin, 801 F. 2d 1(1st Cir. 1986)(ERISA違 反事件) もし,企業の解散や譲渡が,偽装で,企業の継続が隠ぺいされて,それが, 解散した前事業主の団体交渉による年金支給の責任を回避するためになされた 場合,裁判所は,前事業主との合意によるERISA上の責任を新事業主に課すこ とになるだろう。 もし,IHが,1980年まで年金約束をさせたのなら,形式ではなく実質を尊重 する原理に従えば,同社は,この約束のために年金給付保障公社に対し1362条 の責任を負うべきである。この様な訴訟は,証明が困難であると思われるが, 証明の困難さが,棄却の根拠となるものではない。 当裁判所は,もし事業主が自己を前事業主にする行為の主たる目的が, ERISAによって課せられた責任を回避することであるなら,旧1362条上責任 があると断定する。 したがって,当裁判所は,旧1362条の前事業主責任を認めるためには,要件を ふたつ,すなわち主観的要件と客観的要件とを要すると判示する。事業を売却 するに伴って,事業主の年金債務を移転させる事業主は,もし売却の主たる目 的が年金債務を回避するためであり,客観的に見て購入出たる新事業主が,そ の債務を負担する相当な機会を持たない場合は,有責である。 当裁判所の判決の主要部分は,1369条が,前事業主の保護の程度を下げたた め議会の委員会の「影響を及ぼさない」ことの表明にぴったりと合致する。あ る事業主が,年金債務を回避する意図を有するが,それを引き受けて支払うの が,年金給付保障公社であるか,事業主の承継者であるかはどうでもよいケー
米国企業年金法上の実質的解釈の原理 51 スを例にする。事業主は,事業の成功する可能性が非常に高い,フォーチュン 誌選定の上位500社のうちの一社に事業を譲渡し,年金債務を移転するとしよ う。発展能力を持つ事業主への売却は,保証プログラムの濫用ではなく,1362 条の事実上の終了を推定させない。もし,予想に反して,新事業主が,三年後 に破産し年金制度が終了した場合,前事業主は,責任を負わない。しかし,新 1369条では,当裁判所が解釈して来たように前事業主は,年金給付保障公社に 対して有責である。彼は,自己の債務を回避する意図があり,年金制度が,譲 渡後5年以内に終了したためである。 しかし,前述の状況は,年金給付保障公社が,主張するものとは異なる。同 公社は,IHが,積立未済の年金債務のERISA上の責任から自己を隔離するた めにWisconsin Stee1を一部WSCに譲渡し, WSCが資本と製鉄業あ経験の不 足から失敗する蓋然性を,知り,または知り得べきであった,と主張している。 このような主張は,1362条に基づいて,IHが売却時に負っていた年金債務に対 する主張を明瞭に示すものである。 5 要件の抽出 (a)連邦法上の義務回避一立法目的の明確さ ここで論じられている諸法は,すべて連邦法である。(1)から(10)の判例に見 られるように,明確な目的がある,いわゆる目的論的制定法で「実質的」解釈 が必要とされてきた。(10)判例が明言するように連邦の政策に反する行動に責 任を課すべきという連邦議会の強い立法意思を裁判所において実現するために なされた諸判決である。 わが国における実定法解釈における「実質的」解釈が,一方で無原則に拡大 され,たとえば契約法と不法行為法との垣根を取り払って要件を統一するよう な動きがあり,他方で,成文法に基づく官僚による業界に対する「指導」が, 社会問題化すると,論議も早々に切り上げて改正法を作成するなど,分野の違 いによる差が,拡大しているように思える。 それに比べ,アメリカ法は,成文法の文理解釈からの脱却に踏み出したとこ
52 彦根論叢 第289号 ろで(6)(7)判例などは,文言に「確認(確証)」を得て,はじめて「実質的」解 釈ができるとしている点で,まだ,「臆病さ」が残る。 ここで取り上げた判例はすべて,明言されていなくても,これを前提として 税法のような一単純目的の法に,より明確に現れたものと思われる。 (b)客観的事実 (3)判決に代表されるように税回避的性質の形成一見せかけ一の客観的事実 の認定が,「実質的」解釈の要件であることには違いがないが,「実質的」解釈 が事実認定の際になされる場合と法解釈の場で行われる場合とで,客観的事実 が要件であるとの意味は異なる。前者(例えば(1)判決)では,何が事実である かという点で実質的な判断を下しているため,先例となる範囲は,限られる。 (c)主観的意図およびその修正 (3)判例で明らかなように主観的意図は,要件ではない。しかしこの点で(10) 判決は,特異な発展を遂げた。主観的要件を要するとして,他の判例と異なる 見解を明らかにしたものであるが,その内容は,客観的に年金事業終了が発生 する場合にその事実に,主観的要件である年金債務回避の意図が重なる場合を 指し,この事件の特異さから,主観的要件を補完的に必要としたものといえよ う。 6 おわりに わが国の税法の世界では,経済的観点からみて,課税の公平に反するような 市民の行為を否定して税法を適用してきた。「実質的」解釈の原理は,a民商法 上の借用概念の解釈であり,格別の規定がない限り,税法の概念も同趣旨に解 すべきである。b名称より真実の法関係に即した課税または,仮装行為の否認 。実質所得者課税の原則d租税回避行為の否認e違法な所得に関する課税,な 13) ど多義性を有し,実質的に租税法律主義を補う効果をもたらしてきたと思われ 13)畠山 武道「租税法」改訂版78頁(昭和60年)
米国企業年金法上の実質的解釈の原理 53 る。多義的である点でこの原理の不明確さが,逆に危惧されるべきではないか とおもわれる。 また,アメリカのように法律による区別をすることなく,また実質を,要件 を検討することなく論じて来たきらいがある。 ところが,この議論をおろそかにしたことが,一方で英米法のruleなどの『原 則』を『無原則』に受け入れる土壌となったといえば,言い過ぎであろうか。 ※筆者の外地研修にTrust 60より助成を受けた。本稿は,その成果の一部である。こ こに謝意を表す。