英語イマージョンと国際バカロレアによる幼児教育
~英語保育ができる人材のニーズと養成校の責任~
Early Child Education Using English Immersion Program and
International Baccalaureate
鈴 木 克 義
SUZUKI Katsuyoshi
「2020 年度までに国際バカロレアを 200 校に」という文部科学省の方針のもと、高校での国際標準カ リキュラム IB-DP(ディプロマ・プログラム)は一条校でもかなりの広がりを見せているが、幼稚園・ 小学校レベル(プライマリーイヤー・プログラム、3~ 12 歳)の IB-PYP はようやく、インターナショ ナルスクール以外でも導入する幼稚園・小学校が出てきたところである。 静岡県では沼津の加藤学園が、1990 年代の初頭から幼稚園と初等学校での英語イマージョン教育を 始め、高校では IB-DP を導入し、DP のスコアを入試に採用する国内外の有名大学を中心に進学実績 を上げている。 2020 年度からの新カリキュラムで、文科省は小学校からの英語教科化、IB 的な探究学習の導入を打 ち出したが、養成校での英語保育人材の育成、国際教育の導入はまだまだで、人材不足に悩む現場では 自前で養成に乗り出す所も出始めた。 キーワード:英語イマージョン、国際バカロレア PYP、探究学習、保育無償化、幼保英検 小学校英語の教科化と保育無償化で、幼稚園が様変わり 2020 年度の学習指導要領改定で、公立小学校の英語が3年生から導入され、5年生からは正式な教 科になった。すでに一部の小学校では前倒しで3年生から、あるいは1年生から導入している自治体も あって、豊橋市などは英語以外の授業も英語で教える「イマージョン教育」を 2019 年度から3年生の 算数で実施、2020 年からは国語と道徳以外の全科目を英語で教える特別コースを中心部の八町小学校 で始めた。(教育新聞、2020)静岡県は英語イマージョン教育では先進県で、沼津の加藤学園が 1992 年に小学校で、1994 年からは 幼稚園で英語保育の日と日本語の日が交互に訪れる「パーシャルイマージョン保育」を行っている。 2020 年度からは浜松でも、聖隷学園が加藤学園方式に加え国際バカロレア IB-PYP を導入した、一条 校初の「英語イマージョン+ PYP」による聖隷クリストファー小学校を新設した。こうした動きに対 応して、小学校に入ってから英語で遅れを取らないよう、幼稚園から英語保育を行う園が首都圏を中心 に増えている。 東京都の町田こばと幼稚園では、2019 年3月に国際バカロレア IB-PYP の認定校になると同時に、 2019 年度から外国人講師による午前中のみの英語保育を始めた。講師は近隣の英語スクールからアメ リカ人などが数名派遣されているが、幼稚園の IB コーディネーターと、保育内容について綿密な打合 せを行っており、日本語だけでなく英語の時間でも PYP の探究学習の要素を採り入れようとしている。 横浜のやまた幼稚園は、数年前から GrapeSEED という仙台の英語幼稚園が開発した教材を使い、ネ イティブの英語講師を雇って、年中児から卒園児の小学生までの英語レッスンを課外で行っていたが、 2018 年度から国際標準の IB-PYP を導入し、2019 年度からは自前の教材に切り替え、2020 年からはオー ストラリアの保育園で働いていた日本人保育者を採用し、英語保育プラス IB-PYP による探究学習の 時間を大幅に増やしている。 いずれの幼稚園も日本の一条校で初めて、2016 年に IB-PYP の認定校となった、岐阜市のサニーサ イドインターナショナルキンダーガーテンの姉妹園となって PYP の指導を受けており、横浜のやまた 幼稚園ではサニーサイドのオーストラリア人 IB コーディネーターによるワークショップを月に一度、 教職員全員で受けていて、認定校になる 時期も近いものと思われる。 実は静岡でも、長泉町のエンゼル幼稚 園が数年前から GrapeSEED で英語レッ スンを行い、PYP 候補校になっていた のだが、本学短期大学部の卒業生である IB コーディネーターの教諭を中心にカ リキュラム改革を進め、2020 年1月に 国際バカロレア機構から正式に IB-PYP 認定を獲得している。 どちらの幼稚園も、日本人スタッフ全員に IB-PYP のワークショップを受けさせており、元々日本 語で実施しても構わない PYP にもかかわらず、英語が飛び交う研修となっている。当然、ネイティブ の英語レッスンにも日本人担任が立ち会ったり、外国人講師と保護者との橋渡しをする必要もあるため、 日本人教諭にもある程度の英語力が求められる。 いずれの園でもかなりの好待遇で英語が話せる教諭を求めており、具体的には幼保英検2級以上の人 材で、海外経験があればなお良い。ところがなかなか保育系の学生には英語の達人が少なく、少しでも 英語ができる学生は引く手あまたの状況である。短大保育科の卒業生で4年間地元の保育園で勤務した サニーサイドの講師から研修を受けるやまた幼稚園の教諭たち
後、カナダにワーキングホリデー留学をした保育士は、帰国後に幼保英検2級を取得し、東京の英語保 育園に好待遇で引き抜かれていった。 こうした動きを後押ししているもう1つの要因が、2019 年 10 月から始まった保育の無償化である。 英語保育の幼稚園は保育料が高く、加藤学園のイマージョンクラスは、筆者の娘が通っていた 20 年前 で月5万円、現在は6万円と聞くが、普通の勤め人や複数の子どもを持つ若い親が、簡単に出せる金額 ではない。ところがこれが無償化で、英語の分は無償にはならないが、月額 25,700 円まで無償になる ため、たとえば英語代を含め5万円払っていた園では、一気に 24,300 円と半額以下になるわけで、普 通の保育に加え英語とスポーツも付いてこの金額なら、多少無理しても英語幼稚園に行かせようという 親も出てくるはずである。もっともこれを機会に便乗値上げしている園もあるようだが、これまで高嶺 の花だった英語イマージョン幼稚園が、手の届くところまで降りて来たのは喜ばしい。 しかしながら、どこの園でも問題なのは人材の確保である。保育園でも英語保育の園に限らず、保育 士不足が深刻なため、今後は看護師と同様に、フィリピン人などの外国人保育士を雇用して、必要に迫 られ英語保育を行う園が増えると思われる。幼保英検協会では逆に、外国人保育士への日本語教育も始 めている。 政府はすでに 2014 年 6 月の時点で、外国の保育士資格の活用を容認しており(朝日新聞デジタル 2014)、首都圏ではすでに外国人保育士を導入して英語保育を行っている保育園もあるが、あとは各自 治体の判断次第である。
最近は公立でも開設が進んでいる定員 30 人以下の小規模保育園では、もともと保育の有資格者が半 数以上いれば良いことになっているので、人手不足の折、外国人保育士の導入が進むと思われる。既に 導入が進んでいる看護や介護の現場では外国人の場合、日本語の習得が必須だが、乳幼児保育では高度 の日本語を話す必要はなく、逆に幼児期に英語の音声やリズムに慣れておくことは後の英語習得に良い 影響をもたらすので、保護者からは歓迎されるはずだ。その外国人保育士と親や子どもを繋ぐ、日本人 保育士の役割は重要である。山梨の認定こども園ドリームツリー(2020)では、日本人保育士も 1 歳児 から英語保育を行っており、英語で子守歌を唄う姿が見られる。 桜花学園大学保育学部の海外留学制度 こうした英語保育者需要の高まりに対応して、自動車関連などグローバル企業が多い中京圏に位置す る桜花学園大学では、前身の名古屋短期大学の時代から保育専攻科の学生を 10 カ月間、オーストラリ アに留学させている。2018 年に開設した保育学部国際教養こども学科では、1年次にニュージーラン ドで 2 週間の保育実習を必修で行い、2年次の2月からゴールドコーストのイマジンエデュケーション という専門学校に留学させている。現地授業料の 89 万円は大学が負担と書かれているが(「留学・実習 について」桜花学園大学 2020)、おそらく交換留学のような形で大学の授業料を充てていると思われる。 滞在場所については、英語力のある学生はデミペアといって、現地の家庭に住み込んで週 12 ~ 20 時 間子どもの世話をし、滞在費と食費を無料にしてもらうことができるが、生活費 15 万7千円と書かれ ているのは、おそらく受入れ家庭の紹介料と週末の食費である。同じく家庭に住み込み、デミペアをし ないホームステイの場合は 84 万5千円、シェアハウス(自炊)の場合は 53 万7千円と、物価水準が高 桜花学園大学保育学部 国際教養こども学科の海外実習制度(2020)
いオーストラリアの 10 カ月分生活費としては妥当であるが、他に航空券代と保険料(合計 40 万円程度) がかかる。
10 カ月のうち、最初の3カ月はイマジンエデュケーションで英語の授業を受け、残りの7カ月は保 育コースで現地の保育資格(Certificate Ⅲ in Early Childhood Education and Care)取得を目指しな がら、付属の保育園で 120 時間の実習を行う。 ニュージーランドでは IB-PYP がモデルにしたと言われる、テ・ファリキというカリキュラムに基 づいて探究型・インクルーシブな保育を行っており(鈴木 2016)、オーストラリアでも何カ所か幼稚園・ 保育園を視察したが、PYP を導入、あるいは PYP に近い保育を行っている園が多い。学生のうちか らこのような世界標準の保育に英語で接する機会を持てる学生たちは実に恵まれている。留学費用など は、条件の良い英語保育の園に就職すれば、最初の1~ 2 年で元が取れるはずである。幼保英検協会か ら紹介される求人の中には、名古屋地区で2級合格者なら初任給 25 万円、準 1 級合格者は 30 万円でイ ンターナショナルスクールを紹介というものもあった。 保育英検から幼保英検、その変化の意味とは 2010 年に一般社団法人として発足し、2011 年度から保育英語検定試験を開始した保育英語検定協会 は、2019 年度から名称を幼児教育・保育英語検定協会と変更し、年に3回幼保英検を実施している。 本学でも 2011 年から短大部英語英文科を中心に団体受検を実施し、2018 年度からは幼児教育支援セン ターの扱いで年に2回、団体受検を実施している。団体受検のメリットは各級の受検料が 500 円ずつ割 引になり(2級で 4,000 円)、常葉大学草薙キャンパスの教室で受検できることである。 幼保英検の内容や意義については、ワールド・ファミリーバイリンガルサイエンス研究所 (2019) に よる記事で詳述されているが、これは従来の英検のような英語学習者のための検定試験ではなく、実際 に保育の現場で外国人の子どもや親と、英語でコミュニケーションを図る必要に迫られている保育者、 あるいはそれを目指す学生のための資格となっている。また、前述のように今後外国人保育士の導入が 予想される現場で、保育の日本語を外国人に学習してもらうためのツールとして利用されることも、幼 保英検協会では想定している。その 証拠に 2019 年に出版された幼保英 検テキストでは、それまでの保育英 検の英語が左側、日本語訳が右側と いうレイアウトから、日本語テキス トが左側、英語訳が右側という日本 語中心のレイアウトに変更になって いる。 本学保育学部の卒業生である小池美香さんは、富士市の公立保育園に6年間勤務したが、以前から英 語保育に興味があったため公務員を辞め、ワーキングホリデーのビザを取ってオーストラリアに1年半
滞在した。イマジンエデュケーションの3カ月の英語レッスンを修了後、保育士の資格を生かしてゴー ルドコーストの家庭で、住み込みベビーシッターの「オーペア」を3カ月体験し、一時帰国中に幼保英 検2級に合格、その後シドニーの家庭でもオーペアを7カ月経験して 2020 年 10 月に帰国した。 オーペアはデミペアのフルタイム版で、週 30 ~ 35 時間働き、 宿泊と食事だけでなく、お小遣いも週 350 ドル程度支給される。 日本人の学生が留学する場合、学費と滞在費でかなりの出費を覚 悟しなければいけないが、英語保育に抵抗がない場合は滞在費が ゼロになり、英語環境でホームステイができるので、保育学部生 にはお勧めである。 もちろん、誰でもオーペアができるわけではなく、十分な語学 力と保育の経験が必要である。車の運転ができると、子どもの送 り迎えを任されることもある。 小池美香さんの場合は今後、オーストラリアで得た人脈を生か して、日本人の学生や保育士をワーキングホリデーでオーペア体 験させ、日本で英語ベビーシッターを派遣する会社を起業するつもりである。 今後の課題と「国際こども学科」開設の必要性 英語保育者のニーズが急増し、ほぼ1年間学生を海外で育成する養成校も出て来た中、毎年短期大学 部も含め 300 名以上の学生を受け入れる保育学部が、このまま何もしない訳にはいかないと思われる。 実際、保育学部生の中にも、英語保育や国際バカロレアに興味を持ち、卒論のテーマに選んだ学生もい る。この学生は、2018 年の秋に本学で開催した「国際バカロレア PYP フォーラム」にも参加してくれ た。 このフォーラムを開催したきっかけは、静岡市企画課からの助成金公募の中に「国際バカロレア教育 の推進」という課題があり、具体的には静岡サレジオが 2018 年から IB-PYP の候補校になったので、 支援してほしいというものだった。筆者がたまたま国際バカロレアを含む国際教育の研究者で、子ども たち2人がサレジオにお世話になった縁もあって応募したところ採択され、フォーラムを開催すること になった。 当初、サレジオでは小学校のみ IB-PYP を導入する予定だったところ、国際バカロレア機構の審査 官が同校を訪れた際に、同じ敷地内に幼稚園を発見し、PYP は3歳からのカリキュラムなのだから幼 稚園でも導入するようにと指摘され、2019 年から急遽、幼稚園でも準備を始めたそうである。長谷川 園長はその1年前に筆者と岐阜のサニーサイド幼稚園を訪れた際に、小学部による幼小一貫の PYP を 実施している姿を見て予感していたかもしれないが(鈴木 2017)、いきなり IB コーディネーターを指 名された幼稚園教諭にとっては寝耳に水だったはずである。 この幼稚園にも保育学部生を伴って卒論のインタビューに訪れたが、実際の IB コーディネーター業
務や研修指導は、小学校の PYP コーディネーター である原田教諭が行っているそうである。この教諭 は常葉大学大学院で国際教育を学んでおり、実は静 岡サレジオ理事長兼小学校長の末吉弘治先生も、本 学大学院を修了している。 本学に関わりの深い人物が、国道を 1 本隔てた向 かい側で国際バカロレア PYP を導入し、国際教育 を始めている時に、その現場になる幼稚園に、バカ ロレアや国際教育を知る卒業生を送り出せない現状 はいかにも残念である。いきなり「国際こども学科」設立とまでは行かなくても、少なくとも保育英語 や IB-PYP に関する科目を設置できないものか。たとえば英語コミュニケーションⅡの1クラスを選 択で保育英語と留学準備、プラス国際バカロレア PYP の授業にしても良いと思う。筆者の知る限り、 IB-PYP の科目を置いているのは都留文科大学国際教育学科のみだが、ここは保育者養成コースがない。 海外実習についても今後コロナ禍が終息すれば、ワーキングホリデーが再開されそうなニュージーラ ンドやオーストラリアで、英語が多少できる学生なら2週間まで、現地の幼稚園/保育園でボランティ ア体験ができる。その後1カ月間、3カ月、半年や 10 カ月間など、目的や要望に応じてデミペアなど の滞在期間を選べ、半年以上なら現地の保育士資格も取得できる。滞在期間や取得資格によって保育学 部の単位を出しても良いと思われる。 本学看護学科や外国語学部に在籍する学生からは、本当は子どもが好きで保育学部に行きたかったの に、親や教師からの勧めで諦めたという声も聞く。保育を目指す学生が英語という付加価値を身に付け、 看護師よりも好待遇で就職できるコースを作れば、優秀な学生が国内外から集まり、大学の魅力と評価 も向上するはずである。 参考文献、ウエブサイト ・教育新聞(2020.6.20)「英語イマージョン教育スタート 主要教科実施は公立初 豊橋・八町小 https://www.kyobun.co.jp/aichi/ai20200625_14/ ・町田こばと幼稚園(2020)国際バカロレア教育 (IB) 認定校 https://www.m-kobato.ed.jp/education_childcare/#a05 ・やまた幼稚園(2020)English Everyday https://www.yamata-youchien.com ・朝日新聞デジタル(2014-6-16) https://digital.asahi.com/member_scrapbook/detail.html?aid=ASG6H54JHG6HULFA006&cflag= 0&psub=142&page=71&limit=20&sort=regtime.desc ・認定こども園ドリームツリー(2020)
http://www.maria-mik.com ・朝日新聞デジタル(2019.6.10)「英語教育 幼稚・保育園で高まり」 http://www.asahi.com/area/tokyo/articles/MTW20190610131560001.html ・桜花学園大学保育学部国際教養こども学科(2020)留学・実習について https://www.ohkagakuen-u.ac.jp/edu-hoiku/gece/abroad.html ・鈴木 克義(2016)「幼児教育における国際バカロレアへの対応」常葉大学短期大学部紀要 第 47 号 https://ci.nii.ac.jp/naid/120006480188 ・ワールド・ファミリーバイリンガルサイエンス研究所(2019)「幼保英検とは?-グローバル化に向 けた幼保改革」 https://bilingualscience.com/english/%E5%B9%BC%E7%A8%9A%E5%9C%92%E6%95%99%E8%AB%A D%E3%82%84%E4%BF%9D%E8%82%B2%E5%A3%AB%E3%81%AB%E8%8B%B1%E8%AA%9E%E5%8A%9B %E3%81%8C%E6%B1%82%E3%82%81%E3%82%89%E3%82%8C%E3%82%8B-%E3%80%9C2019%E5%B9%B4/ ・鈴木 克義(2017)「国際バカロレア IB-PYP を導入した初等英語教育」常葉大学短期大学部紀要 第 48 号