(東京女医大誌第26巻第9号頁454−458昭和31年9月)
本邦癌死亡率の疫学的研究(第5報)
一一
S国総数における死亡牽の年代的推移について一
1 緒 東京女子医科大学衛生学教室(主任吉岡博入教授)中 村 ミ ヨ 子
ナカ ムラ コ(受付 昭和31年7月13H)
言 近年わが国国民死因の重要な一一つを占めている 癌死亡が,はたして古くからいかなる過程をたど ってきたかを知るべく,さきに著者は本邦最古の 統計的資料が得られた明治32年より戦後の昭和28 年にいたる死亡率を観察し,明治,大正,昭和の 戦前,および昭和の戦後と各々4年置に分けてす でに発表した1)∼4㌔ 次にこれらの研究につV・てさらに総括的観察を 行い,明治32年置り昭和28年にV・たるまでの主と して年代的推移に関し考察を加えたV・と思う。そ こでます今回は第5報として全国総数(男女合計) の死亡率につぎ観察を試みることとする。 H 資料および研究方法 資料:明治23年∼昭和28年賜 人口動態統計朗灘:慧,年}人。識計
大正9年,14年躍灘:舞15年}聯諜
研究方法:明治32年より昭聯28年まで各年度の粗死 亡率を,これに加えて国勢調査の行われた明治32年, 36年,41年,大正2年,9年,14年,昭和5年,10年 15年,22年,25年は訂正死亡率ならびに年令別死亡率 を算出し,それら各死亡率の主として年代的推移を比 較観察した。 なお訂正死亡率は昭和5年度全国人口を標準人口と して計算した。皿 研究結果
1.1粗死亡率および訂正死亡率の年次的推移,明 治32年(1899年)より昭和28年(1953年)にいた癌「
蕊 讐18呂 悪91 幾: 廃・・ 華・・ 召,。 男 重 t 第1國 癌?の佗の悪性腸「蕩死亡率の年次的推r (全国総数)一一F含{ 一一
一 粗死亡率 一一一一一噸 正死亡率 一一.一一.一_一1..ノ! 論 n。 曲 i.i 34 36 .3S 4−O 42 44 2 4 6 e lo 12 14 2 4 6 8 10 12 14 16 16 20 22 24 L26 28 130σ 1905 1510 1315 旧20 1s25 【930 旧35 194.o r4g i950 − 2 次Mjyoko NAKAMLrURA : (Dept. of Hygiene, Tokyo Women’s Med. Coll.) Epidemiological studies on the death−rates of cancer in Japan. (Report 5) 一Secular change of the death−rates in the whole
country. (1899iv1953)一
第1表店その他の悪性腫瘍による粗死亡率の年次 的推移 全国総数(死亡率は人口10万対) 年 次 粗死亡率: 明治32
33
34
35
36
37 38 39 40 1899 1900 1901 1902 1903 1904 1905 1906 1907 41 1 190842
43 1 44 1 大正1 2ii e[ 41 5i 6 7 8 9[ lo 111
12 113
14
1909 1910 1911 1912 1913 1914 1915 1916 1917 1918 1919 1920 l lg21 l I 1922 1923 1924 1925 43. 8 45. 4 48. 8 53. 5 54. 8 55. 2 56. 0 57. 5 58. 0 61. 7 65. 2 64. 8 65. 9 65. 5 66. 5 68. 3 68. 9 70. 7 69. 7 72.3 69. 6 72.1 ll ,i.s li 年刻概論
70. 8 1 ,i.sI器1
昭和1 2 3 4 5 61 7 sl r 91 10 11 12 i 13 li 14 15 1 16 17 1 18 i 19 i 20 l I 21 22 1 23 i 24 1 25旨 26 27 1/ 28 1926 1927 1928 1929 1930 1931 1932 1933 1934 1935 1936 1937 1938 i 9939 1940 1 1941 1942 1943 1944 1945 1946 1947 1948 1949 1950 1951 1952 1 1953 18:劃 g61gii 6甑7 ll:剃 ll:魚 70. 9 1 70.o li Z5・? ii 74一・ 9 i Z‘一’1[ Z9・Z[ ;f:g’ も達した。 しかし粗死亡率は入口の年令構成により影響を うけるもので,たとえば昭和12年よりの戦時中に おける粗死亡率の急激な上昇は,,兵力動員のため 総人口中に占める青壮年人口が減少し,逆に老人 人口の割合が相対的に多くなった結果と思われ, る6)。ちなみに60才以上の年令構成千分比を第2 表に示すと,昭和10年は74であるが,戦時中の昭 和15年には78に増加してV・る。 第2表 年令構成百分比の比較(60才以上) 年 次 年令構成千分比 i 67e 9 i 69. 47L91
77. 4 7s. 6 1 80. 9 ’ 82.2 l 一一1 る粗死亡率ならびに訂正死亡率の年次的推移を第 1図,第1表,第3表にあらわした。 ます粗死亡率(第1図,第1表)から観察を試 みると,今世紀初年の明治32,33,34年頃におV・ ては人口10万対40台であったものが,年々激しV・ 増加をみせて明治末期には60台に達し,大正初年 頃までかなり激しい上昇を示してV・る。しかし大 正中頃から昭和11年までは一進一退ほぼ70前後の 恒定し旋状態を保っている。ところが日支事変魚 信の昭和12年からは急に上昇し,戦時にはほぼ同 様の率がつづく。戦後の昭和22年における死亡率 は67.9で戦前に比してむしろ低いが,以後再び激 しく年々上昇を示し,あだかも明治年代を思わせ るような勢であって,昭和28年にはつblc 82,2に 明 治 32 36 41 大 正 2 9 14 昭 和 5 10 15 22 25 年 年 年 年 年 年 年 年 年 年 年 82 82 82 84 86 77 74 74 78 75 77 ※なお訂正死亡率ltは昭和5年度を標準人口として 用いた。 そこで入口の年令構成を考慮にいれた訂正死亡 率をもつて比較観察してみると,第1図,第3表 に示すように,昭和5年および昭和10年を除く他 の年代はすべて粗死亡率より低い訂正死亡率を得 る。それば第2表においても示されたように,昭 和5年および昭和10年を除く年代は,老入の年令 構成が標準人口として用いられた昭和5年のそれ より大きV・結果である。 訂正死亡率の年次的推移は,昭和10年まで上昇 の一途であり,とくに明治年代におV・て急激であ る。この明治年代の著しい上昇の中には死亡数が 実際に増加したとV・うことの外に,診断技術の進 歩という点も大いに与っているのではないかと推 察される6)。昭和10年より15年にかけては,粗死 亡率の上昇に反し訂正死亡率はかえって少しく下 降している。この粗死亡率の上昇は前述のように 戦争による影響が大きいと解釈される。また戦争 直後の昭却22年における死亡率は戦前よりむしろ 一455一第3表 癌その他の悪性腫瘍による粗死亡率と訂正 死亡率比較全国総数(死亡率は入目10万対) 年 次
粗死亡率
明治32
36
41
大正 2 914
昭和 510
15
22
25
1sgg 1 1903 1908 1913 1920 1925 1930 1935 1940 1947 1950 43.8 54. 8 61. 7 66. 5 72. 1 69. 9 69.7 70. 9 73. 7 67. 9 77. 4 訂正死亡率 39. 7 49. 4 58.0 63. 9 68. 1 68. 5 69. 7 70. 9 68. 9 67. 2 76. 1 とされ,やはり本質的に癌それ自体が増加しつつ あることも推察されるのである5)∼6)。 2.特殊死亡率の年次的推移 年令別死亡率は第2,3,4図にみられ,るよう にどの年代におV・ても同型式で,老年層を高峯と した山型の死亡率曲線をみせており,古来より癌 が老年性疾患の一つであるごとを示してv・る5)7) いすれの年代においても30才頃までの死亡率はぎ わめて低V・が,30才を過ぎた中年層からかなり急 激な上昇をはじめて,70才前後の老年期では最高 率を示すにいたる。しかし80才頃から再び下降の 過程に入っており,これは前回4)でも述べたよう に白人種間のそれとは異る有色人種:の一特徴であ る6)7)11)。 低いが,これは:本邦において重要な位置を占める 消化器癌が当時減少していた6)ことに起因すると も老えられるが,なお詳細な検討が必要である。 その後は再び顕著な上昇を示しているが,これは 前回1)4)にも述べたように近代医学の進歩に伴う 診断の正確化も関与しているであろうし,また国 民の平均余命延長により癌のような老年性疾患の 罹患が大V・にめだってぎたことも疑V・なV一・10)。し かし癌死亡の増加現象は欧米諸国におもても問題 第2図癌その他の悪性腫瘍によゐ哨抹死工率の年次的推移 600 癌500 苫 讐 軽・・ 蒙 警,。。 率 父 口 10 200 ガ 尊 Ioo o (全国菟怠数明治32年36笠41年) 明治4.1年 明治36年 日月治32年 /!一\\ / \、. ! ノ /〆/\一 // // // // 〃 /! ,づ/〃
〃/ 多ゴ三ゴノ 第3図癌?の他の悪陛腫:瘍による嚇殊死亡率の等j’X es.鷺移 600 癌500 そ 怨 讐。。。 善 事 皐3.o 鳶・2。 匿 loo lo 20 30 40 so 60 qo so年 令
。 (全国総数,大正2年,9年,143) 大正14年 大正9 2 大正2牢 /x lo .20 30 40 J[O QIO f 令 ”了 0 80 この特殊死亡率について年次を追って観察して みると,ます明治年代(第2図)においては年次 的上昇が各年令層にわたって著明であるが,大正 (第3図)に入ると老年層で上昇をみせるのみで 若年および中年層ではほぼ3力年とも恒定した状 態を示している。昭和(第4図)におV・てもやは り上昇は60才以上の老年層に明らかで,それも昭 和22年まではさほど著しV・増加をみせてはいな い。しかし昭和25年になると今までの低調さを破 って急激な上昇を示し,老年層の山はひときわめ 一456一剃1}癌で・群馬華厳痴ζよ歯殊虻率、年次的椎弓 〔圭国総数 日召和5年一日召和25筆三) マ〔lv 600 癌 三 豊5σ・ 悪 性 雁i400
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摂 JOO 一日召和25年 H+伸曲 P召;籾22年 一一一一一 咊?a15年 一一一一 卲ネ和lo年 一一一一一一一.冾U.i日5年/
[『1.T,. R薪オ。言。一二’』けδ『密’ny一 年 令 だつてきておる。 (なお第2図に描かれた明治32 年及び36年における80才以上の低下過程が他の年 代のそれに比して趣を異にしてみえるのは,資料 の開係上70才以上を全部含めたことによる。) 各年令階級別死亡率の年次的推移をさらに詳し く比較検討してみよう。以上のように死亡率上昇 の絶対的変化は老年層において他の年令と比較に ならぬほど激増を示しているのであるが,関係的 変化の見地から半対数図表により検討すれば各年 令層がどのような推移をたどるかわかるので,第 5図をもつて比較してみた。これによると最も変 化ある過程を示しているのは,老年層よりむしろ 反対va O∼19才,20∼29才の若年層に著しいよう である。明治年代における共通点はすべての年令 層が急激な増率をみせていることであるが,とく にこれらの若年層においてその傾向はつよい。ま た大正から昭和の終戦前にかけてはどの年令層も 比較的変化に乏しいが,0∼19才の年令層は不安 定ながら少しく上昇傾向をみせ’ている。しかし戦 後になると一般に急に活気ある変化を示し,若年 層も高年層も共に増率をみせてお1),中でもとく に顕著なのは0∼19才の階級である。ところが30 第5図 癌勧他の悪目腹蕩はぶ1寺殊死亡平の年次酌准移 (全 舅 総数1 ひヘワヨナ螺 ∼!一.・E。一・69’・・t砦/づ冥鑑、:∴
200 癌1鉛 潅li鮎l
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e,± 留 1ぎ 。.4 0.B o.z O.1 ノ ノ ノ _ 40一一4S才 ...…+一一”+’…@僧… …一・・…4㌦30∼39キ 諮._/・一腰一一・一・一・一・一+一+一← X’@”一一Nt .Y 20 一一一 ’L’ S 一t i O ” Lf fi ;t __一」一一一」 日1”i 36・・乎f・遭・・ト・22 [tS 才台,40才台のV・わゆる中年層にあっては,明治 年代を除いては変化に乏しく,とくに30才台の階 級においてはかえって戦後下降さえみせている。 以上のように年令別癌死亡率の年次的推移を関 係的変化の見地から概察を試みると,その増加傾 向の最:も大きい年令は,意外にもあまり問題にさ れてV・なV・30才以下の若年層であり,注目に価す るi現象とViえよう。 それではその理由について老察を伽えてみる と,ますあげられることは,近年開題とされてい る呼吸器癌とくに肺臓癌が戦後きわめて顕著な増 加を示しており9),その増加率が老年層に著しい 外に今一一つ若年層(10才∼30才)においても顕著 であるという事実が8),反映しているのではなv・ かとも考えられる。しかし勿論今後の部位別癌に ついてやその他の詳しい検討によらねば簡単に推 断は下されなV・。 .一一@4S7 一一一ともかく以上の若年層における現象は,前述の ようにあくまでも増率の傾向を示すものであっ て,死亡率増加の絶対値は中年以上の高年令層に おV・て圧倒的に大きいのであり,それに反し若年 層の死亡率は実際にはきわめて低いものである。 それ故老年層に比すれば若年層の問題は現実とし てはさほど重要性は認められなV・としても,一応 興味ある現象としてさらに今後の検討は必要であ ろう。 (なお明治32年および明治36年において70∼79 才ならびに80才以上を第5図に示してV・ないの は,資料の関係上両者が区分されていないため除 外した。) IV 総 括 以上はさぎに発表した第1報∼第4報の総括的 考察の第…段階として,ます全国総数(男女合計) における死亡率の年代的推移について述べた。総 括すると大体次のようである。 1) ます粗死亡率をみると,死亡率上昇の激しい 年代は明治年代から大正初期にかけてと昭和の戦 後であって,その間の年代は比較的著変がなV・。 しかし昭和12年がら17年までは恐らく戦争の影響 と思われる高v・死亡率を示している。 2)訂正死亡率は,昭和5年および昭禾010年を除 いた他の年代はすべて老人の年令構成が標準人口 のそれより大きいために粗死亡率より低い。昭和 10年まで死亡率は上昇の一途を示しているが,と くに明治年代における増率は顕著である。昭和15 年頃は少しく下降し終戦直後もまた低いが,昭和 25年には再び激増を示している。この訂正死亡率 の上昇現象には,診断技術の正確化や国民の平均 余命延長などの問題も与ってbようが,やはり癌 それ自体の増加も意憎していると呪えられる。 3)特殊死亡率はV・すれの年代におV・ても70才前 後の老年層を高峯とした山型の死亡率曲線を描 く。各年令層における死亡率の年次的推移をみる と,絶対的増率を示すのはいうまでもなく老年層 が最大で,とくに明治年代および戦後における上 昇はめざましい。そして中年層以下の年令層では 死亡率はきわめて低く,また著しい死亡率増加も 認められない。 しかし各年令層の年次的推移を関係的変化の見 地から襯察すると,増率傾向の最も著しいのはか えって30才までの最:若年層であって,老年層がこ れにつぎ,明治年代や戦後の上昇傾向はとくに篤 き’い。それに反して中年層は最も増率傾向に乏し く,中でも30才台では戦後においてかえって下降 傾向さえみられる。その理由としては,近年増加 しつつある呼吸器癌とくに肺臓癌が,老年層のみ ならす若年層(10∼30才)におv・ても激増を示し ているとV・われ,或はこれに起因するとも考えら れるが,原因解明には今後の検討によらねばなら なV・。ともかく癌死亡数の絶対的多数を占めるの は,実際には老年層において圧倒的であり,きわ めて低率を示す若年層との比較は現実として問題 にはならないとしても,一応興味ある現象として 検討すべきであろう。 稿を終るに臨み,終始御懇切なる御指導,御校閲を 賜った吉岡博人教授ならびに諸岡妙子助教授に深謝す る。 文 献 1)中村ミヨ子:本邦癌死亡率の疫学的研究(第一 報),東京女医大野,24,69∼74(昭29) 2)中村ミヨ子他1名;本邦癌死亡率の疫学的研究 (第2報),東京女医大誌,25,396∼402(昭30).! 3)申村ミヨ子ftt 1名:本邦癌死亡率の疫学的研究 (第三報),東京女医大平,26,槍∼20(昭31) 4)申村ミヨ子:本邦癌死亡率の疫学的研究(第4 報)一昭和(戦後)における死亡率について, 東京女医弊誌,26,363∼371(昭31) 5)吉岡博人e =’[岡妙子:本邦都都響老年疾患死亡 率について,日本入口学会記要,No.2,50∼58 (昭29) 6)瀬木三雄他4名:日本における癌死亡の統計的 観察,公衆衛生,13,No.6,32∼64(昭28) 7)渡辺定:老入病とりどり,厚生の指標,1,No・ 10, 5tV8 (目召29) 、8)平山雄:癌の疫学,日本公衆衛生雑誌,1・223 ∼239 (日置29) 9)石田保広:肺臓癌と喫煙,厚生の指標,1,No・ 10, 22∼23 (日召29) 10)石田保広:世界の死亡率を探訪する,厚生の指 標,2,No.15,4∼7(昭30)
11) Sigismund Peller : Cancer in Man. lnter一一
nationa! Universities Press, INC. New York
(1952)