地域産業政策における「競争力」と産業集積、大学 ∼富山の産業活性化マニュアル基礎編∼ 向井 文雄 富山県経営管理部情報政策課長 富山国際大学非常勤講師 元(財)北陸経済研究所情報開発部長 はじめに 地域の活性化策を考える際には、先進的な成功事例を参考にするのが一般的な方法です。し かし、これはその時々の流行に左右されることが多く、多様な事例のうちどれが富山に適するのか、 先進事例が成功した本当の(隠れた)キーファクターが何かを見極めることは、必ずしも容易では ありません。こうしたときには一歩基礎(理論)にかえって検討することが、様々な活性化策の有効 性や妥当性を評価する基準を与えてくれます。 このため、本稿では、地域の産業振興を考える人々の参考になるように、わが国や地域の産業 が直面している問題に係わる基本的な知識や理論等で、様々な分野に散在しているものを統合 的に整理し、次に、それを踏まえて具体策を考えることにします。 本稿は、こうした観点から、まず第3次産業における富山のポジションを、経済基盤説に広域テ リトリー産業・事業所という観点を導入して考えます。つぎに、第2次産業のいわゆる産業「競争力」 問題を効率化と付加価値の関係を通して整理し、さらに、これにプロダクトサイクル理論と市場 の参入困難性の問題を重ねることで、先進国産業の生存領域の問題を検討します。つぎに、こう した先進国産業問題における「産業集積」(産業クラスター)の産業政策上の有効性について検 討します。ここでいう「産業集積」とは、単に企業が空間的に集まっていることのみを言うのではあり ません。ある種の集積では、生産コストが低下し、イノベーションが活発化し、新規創業が増 加します。そして、最後に、産業集積活性化のための縦割りの産業支援体制について検討しま す。 1 富山県を支えるベーシック産業は何か (1)ベーシック産業とは何か 地域は、地域内で生産していない消費物資などを地域外から購入する必要があります。そして、 それに必要な購入原資は、その地域が得意とする財やサービス(商業、サービス、観光、行政1な ど)を他の地域に供給した対価でまかなうことになります。 したがって、他の地域に供給できる財やサービスが多いほど、地域は豊かで多くの人々を養うこ とができます。地域成長に関する経済基盤説(エコノミック・ベース論)では、このように外部から稼 げる産業をベーシック産業(基盤産業)と言います。これに対して、主に地域内の住民のみに財 やサービスを供給する産業をノン・ベーシック産業(非基盤産業)と言います。後者も地域には不 1 地方公共団体も、地域内で全国共通水準のサービスを行う役割を果たすことにより、補助金などの国庫支出金を地 域外から獲得しているという点で、ベーシック産業的な機能を果たしています。
可欠ですが、それはベーシック産業が稼ぐ資金の流れに支えられているわけです2。ベーシック産 業の規模が、地域経済の規模、活力を決定していると言えます。 (2)富山のベーシック産業と「工業の半世紀」 現在の富山県は工業が盛んですが、昭和初期までは、工業は石川県の方が盛んでした。ところ が、大正から昭和にかけて、富山県では豊かな水量と落差を利用した水力発電所の建設が活発 に行われ、その電力を販売するために、ときには京浜地帯の8分の1という低廉な電気料金で活発 な企業誘致が行われました。 その結果、富山県の工業は、昭和 10 年にはじめて生産額で石川県を抜き、昭和 17 年には職 工 5 人以上工場の生産額で全国 9 位となりました。以来富山県は工業県として発展してきたわけ です。富山県のベーシック産業は製造業だといえます。 しかし、昭和46 年のニクソンショック、昭和 48 年の変動相場制移行などを契機に円高が進行し、 昭和 50 年代前半には日本の経常収支黒字が急増して貿易摩擦が激化、さらなる円高の進行に 伴ってNIESなどとの国際競争が激化します3。これに対応するため、製造業では合理化、機械化 が進み、製造業の雇用吸収力も低下し、頭打ちになります(図表 1)。 こうした経済環境の変化だけが原因ではありませんが、図表2 のように富山県の人口は、昭和 5 年国調で石川県を抜いたのですが、50 年後の昭和 55 年国調で再び石川県に抜き返されました。 この50 年は、富山県にとって、まさに「工業の半世紀」だったといえます。 2 なお、ベーシック産業とノン・ベーシック産業の区分は固定的なものではありません。ノン・ベーシック産業から、ベー シック産業への転換もありますし、逆もあり得ます。 3 その後 1985 年(昭和 60 年)のプラザ合意におけるドル安容認により、円高はさらに進行します。
(3)広域テリトリー産業・事業所と富山 サービスや商業は、製造業とは異なり国際競争の影響を受けません。このため、昭和50 年代以 降、広域を管轄する企業・行政のオフィス機能、広域的な商業機能やサービス業が新たなベーシ ック産業として姿を現しました。この結果、交通通信網の発達に伴って、3大都市圏のほか各地方 ブロックの「地方中枢都市」(札幌、仙台、広島、福岡)や、四国の高松、北陸の金沢が成長しまし た。また、各県では、同様に県庁所在都市が成長しました。 これらのサービスや商業機能の多くは、排他的なテリトリーを持っています。例えば、地方中枢 都市や高松、金沢には企業のブロック支店が多く置かれていますが、当然そのブロック内には、こ れらに匹敵する機能は置かれ得ません。こうしたブロック支店や国のブロック出先機関の立地は、 基本的に個々の企業の本社や省庁がどのようにブロックを区分し、統括するブロック事業所をどの 都市に配置するかに依存します。そして、それは地理的な位置(空間的中心性)や交通網の状態 (交通の結節点性)に大きく左右されます。逆に、ブロック支店等が集中する都市には交通需要も 集中し、それが交通の結節点化を促進し、さらに立地上の優位を高めるメカニズムが働きます。一 方で、交通情報通信網の発展によって、適切なテリトリーの広さが変化(広域化)し、テリトリーの再 編も行われます。図表3は、都市の広域管理機能を表す指標を整理したものです。地方中枢都市 (いわゆる札仙広福)や高松、金沢がランクを上げているのに対して、横浜や新潟などがランクを下 げていることがわかります4。これは、狭域のオフィス事業所(営業所等)の機能をブロック支店等に 集約化するなどの再編が行われていることを示すと考えられます。 4 2000 年には富山の順位は上昇していますが、これを過大に評価してはいけません。 ! " # $% & '( )* + , -. / # $% & '( )* + , -. / # $% & '( )* + , -. / # $% & '( )* + , -. / ( )0 12 34 5 67 89 .: ! " # $ % & ' ' " # ' % ( ' ! " # ) % * ! ( " # ) % ( ) + ( & ( % , * )
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商業でも、広域の商圏を持つ都市には、その広域商圏を狙ってますます魅力ある施設が集積 し、さらに広域性を強めていきます。 活性化の対象として考える地域のサイズより大きいテリトリーを持つ産業や事業所を「広域テリ トリー産業・事業所」と定義しますと、それは経済基盤説でいうベーシック産業としての機能を果 たすことがわかります。たとえば、ブロック広域支店には、管轄する他県を担当する職員が配置さ れますが、その経費は他県での売上げから拠出されるわけです。つまり、広域支店は他県の仕事 で県内に雇用を作り、その人件費や活動費用の支出を通じて県内経済を潤し、また、対事業所サ ービス業等に対する需要を作り出します。 業種や事業所によってテリトリーのサイズは様々ですが、対象とする地域が県なら県よりも広域 のテリトリーを持つ産業や事業所がどの程度存在するかが、その県の産業の活力を示すと考える ことができます。したがって、地域経済の活性化を図るには、広域テリトリー産業・事業所の振興や 誘致に着目することが不可欠です。
これを各県内の都市で見ると、県庁所在都市に都市機能が集積し、2 番手都市は、かつては 保有していたこうした機能を失っていきます5。富山県内での高岡市発展の制約は、こうした「広域 テリトリー型事業所」の立地問題と、製造業の雇用吸収力低下問題が重なっていると考えられます。 しかし、富山市も、県域を超えるような広域テリトリー機能では、残念ながら、金沢に比べて比較劣 位にあります。しかし、その差は、たとえば仙台と東北各都市の差に比べると小さいと言えます。 図表4 は、愛知教育大の阿部先生6が企業の広域支店のテリトリーを指標に日本の都市体系の 変化を分析したものですが、この中で北陸をみると、金沢市が昭和 35 年まで広域管理機能で優 位にありましたが、製造業の集積を背景に昭和 45 年に富山市が金沢市と並びます。しかし、製造 業の時代の終わりと共に、昭和55 年には再び金沢市が単独となり、優位を回復したことがわかりま す。 しかし、金沢と富山の差はそれほど大きなものではありません。それは、金沢に置かれる「北陸 支店」の管轄エリアがおおむね北陸3県であり、小さすぎる点(静岡県よりも小さい)にあります。こ の結果、図表 4 でみるように、東北や四国などが完全な独立ブロックであるのに対して、北陸は、 名古屋を中心とするブロックの中の2次的ブロックとなっています。規模の小さい北陸を名古屋や 大阪のブロックに含め、北陸支店を置かない企業も多いのです。このことが金沢の優位を制約して いるといえます。 (4)富山に残されている戦略的分野は 地理上の配置をみると、富山はブロックレベルのテリトリー型産業には若干分が悪いと考えられ ます7。一方、今日のブロックレベルのテリトリー型産業のほとんどは、対面接触が必要な業務を行 うものです。そして(ブロックレベルの)「テリトリー化」は、この対面接触に必要な(社員や消費者 の)移動時間の制約を原因として生じているのです。したがって、新幹線等の高速交通機関が整 備されれば、移動時間が短縮されることで最適なテリトリーサイズが変化し、必ず何らかのストロ ー効果が発生するという問題もあります。 一方、より広い全国レベルでは、富山は日本の中央部に位置していることから優位性があるとい えます8。ブロックレベルを超える、全国あるいは世界レベルのサイズを持つ広域テリトリー産業の 例としては、製造業や観光産業などがあります。したがって、製造業等の振興は富山県の産業活 性化に効果の高い方策の一つであると言えますし、そうした製造業の集積は、昭和 45 年までの例 のように、間接的にブロックレベルのテリトリー型産業の集積促進にもつながると考えられます。 なお、ストロー効果については、製造業は対面接触とは異なるメカニズムで立地するため、高速 交通機関の整備は、むしろ富山の製造業の立地上の優位を改善することになります。 観光については、図表 5 のよう に、石 川 県の 方が 県 外 客 も 宿 泊 者も多く、ベーシック産業 性が高 いことが分かります。石川県のよう 5 福島や鳥取のように県庁所在都市が県の中心からはずれていると、こうした関係は崩れます。
6 阿部和俊(“Major Cities and the Urban System of Japan”『経済地理学年報』vol.50,No.2,(2004))から一部を改変(矢印追 加。1990 年図と注の一部を省略等)して引用
7 ブロックレベルの広域テリトリー事業所の立地を促進する方策については別稿に譲ります。 8 これを活かすには、国内及び国際的な広域交通網の整備充実が不可欠です。
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に、富山県も観光をベーシック産業化させていく必要があります。しかし、これには、石川県をはじ め、競争相手が多いのです。本県の特色ある資源を活かすとともに、従来の県内客中心から、県 外客、国外客の増加をターゲットとして、宿泊客の増加につながる振興策の具体化が望まれま す。 以上を踏まえ、以下では、影響力が大きい製造業(情報ソフトウエア産業を含む)の活性化 に焦点を絞りたいと思います。昭和 40 年代までとの違いは、「経済のグローバル化」です。この問 題への対応がなければ、富山の活性化は限定されたものになると考えます。 2 先進諸国の製造業のあり方を考える まず、富山の問題を考える前提として、先進諸国の製造業一般の問題について整理します。 (1)グローバル化とは 一般論として、市場は広いほど効率的になります。市場が広く市場の参加者、消費者が多く需 要が大きいほど、供給者に規模の経済、分業の利益が生じ、供給コストが低下します9。また、市場 への供給者が多いほど競争により市場は効率化します。 古代ローマの経済的な繁栄の主な要因は、このような広域市場の成立だったと考えられます。 ①地中海を活用した効率的な海上輸送10、②隅々まで整備されたローマ街道、③治安の向上によ る交通・取引の安全と④商取引等制度の共通化、安定化によって、細分化されていた地域市場が 統合され、広域市場が生まれました。この広域市場の中で低コストの地域が競争に勝ち、生産を 大規模化させ、その結果、経済が効率化したのです。しかし、一方で、ローマの軍団の主体であっ たイタリアの自作農は、エジプトや北アフリカの穀倉地帯との競争に敗れ、農業経営者としては没 落することにもなります。しかし、適地で効率的な生産が行われることにより、人々は豊かな生活を 享受することができました。帝国内の人々は、今日、我々がグローバル化と呼んでいるもの 繁 栄と競争の激化 を体験していたのです。 今日の世界は、多数の国家が共存しており、一見、古代ローマとは異なるように見えます。しか し、船舶や航空機などの効率的な輸送技術や情報通信技術の発展に加え、米国のいわゆる国際 的「警察」活動やWTOなど国際間の諸制度の整備によって世界的な広域市場が成立しています。 この結果、まず製品貿易の活発化が先行し、ついで投資の安全性が向上したことによって、資本、 技術や工場の国際間の移転が進んでいます。かつて小国であることは、市場が狭いために産業 が規模の経済により効率化できず、また資源がないために豊かになれないと考えられていましたが、 今、史上はじめて、小国であることが経済的に不利ではない国際経済環境が生じているのです。 このように、基本的には、経済のグローバル化(=市場の広域化)は、人々の生活を豊かにする ものです。しかし、高コストの先進諸国では、古代ローマの自作農の例のように、グローバル化の 進行過程でさまざまな問題が生じることも事実です。問題は、先進国の高い付加価値と労働コス トです。自由貿易による商品の移動、投資安全性の向上による資本の自由な移動によって、先 9 アダム・スミスは『諸国民の富 』(岩波書店、1969(原著 1776))で「分業は市場の広さによって制限される」と述べて います(p.19)。 10 古代ローマ時代の輸送コストに関する研究によると、海上輸送コストを1 とした場合、河川が 4.9、陸上輸送コストが 28 とされています(K.グリーン『ローマ経済の考古学』平凡社、1999、pp.84-86)。ローマ帝国が地中海を薄皮のように取り 囲む国家だったことが、帝国の輸送システムをきわめて効率的にし、それがローマ繁栄の重要な要因の一つとなった と考えられます。
進国の企業や労働者は、開発途上国の企業や労働者との直接的な競争に直面しているわけで す。 (2)開発途上国の発展と先進国 先進工業国は、経済発展が大きく進んだ結果として、第一に国内市場が豊かであり、第二に労 働市場の特質は高賃金です。先進国と開発途上国等をつなぐ「貿易」を通して両者の関係をみま すと、先進国は魅力ある輸出品を持ち、高価格で輸出できます。したがって生産コストも高くてもよ いために、労働市場は高賃金が可能になります。一方、開発途上国は、相対的に魅力ある輸出 品が少ないため、輸出品の価格は低く、国内に残る付加価値も小さくなり、労働市場は低賃金で ある必要があります。 しかし、経済のグローバル化が進み、開発途上国に投資が行われ、模倣や技術の移転が進み、 開発途上国自身の努力で質の高い労働力が育成されることで、開発途上国は技術を急速に向上 させ、より魅力の高い製品を輸出できるようになりつつあります。そして、それは従来先進国が生産 してきた製品と重なりつつあるわけです。 この結果、高コスト・高所得を前提とした先進国と低コスト・低所得を前提とした途上国の製品が 直接ぶつかりあうことになり、先進国の高賃金は低下への圧力を受けることになります。もちろん、 これは一過性の問題ではありません。 なお、本稿は、モノ(ソフトウエア製品を含む)を作る産業について考えていきますが、人が対面 して行うサービスや商業などは、人がその場において行うものですから、モノのように簡単に「輸 送」できません。このため、こうした分野は、一般に国際競争から守られていると言えます。では、こ うした分野にわが国の産業の中心をシフトさせるべきかといえば、そうではありません。一国が存立 していくには、必要なモノを輸入する必要があります。その輸入原資を稼ぐためには、輸出産業が 必要です。モノを作る産業は、まさにベーシック産業なのです。 (3)「競争力」と付加価値 先進国側の対策として誰でも頭に浮かぶのは、「効率化」です。これは、企業単位では普遍的 な戦略ですが、一国単位で考えると、単純な問題ではありません。ここでは主に「効率化」と「付加 価値」の関係を整理します11。 ① 効率化と外国為替レート 外国為替レートは、中国の人民元切り上げ問題にみられるように、一国産業の「競争力」に極め て大きな関係があります。そこで、問題を単純化するために国際収支は貿易収支のみで構成され ていると仮定し、こうした場合に、一国全体の効率化努力で、その国全体の競争力が増加するか どうかを考えます。効率化で競争力が向上すれば、対外的に売れる財は増え、輸出が増加するよ うに見えます。しかし、国際収支が貿易収支のみで決定されるこの世界では、輸出代金総額と輸 入代金総額は一致しなければなりませんから、変動相場制下ではそれは為替レートによって調整 されることになります。したがって、国をあげての効率化努力は、為替市場の自動調整(わが国の 11 ここでの単純な整理は、いわゆる「構造改革」の一側面を理解する一助にもなると考えます。
場合は円高)によって簡単に無に帰すことになります。 もちろん、国際収支が貿易収支のみによって構成されるという仮定は単純化しすぎています。 まず外貨準備増減があります。これは、外貨の売り買いの潜在的圧力となって、為替レートを中長 期的にはバランスさせる方向に力を与えます。すなわちこれは調整のタイムスパンを長くするものと 考えることができます。次に大きな項目として資本収支があり、さらにいくつかの項目があります。し かし、競争力の変化が貿易収支に作用し、それが競争力の変化を相殺する方向に為替レートを 変えるというメカニズムは変わりません。 つまり貿易収支を中心に考えると、それ以外の要素は、貿易収支で考慮したことを一定方向に ずらすものと考えることができます12。たとえば資本収支の影響について考えますと、わが国の長期 にわたる貿易収支黒字の背景には、資本収支の赤字があります。この赤字が、貿易収支だけの収 支バランスよりも為替レートを円安にし、それがわが国に過剰な貿易上の競争力を与えていると考 えることができます13。いずれにせよ、一国の競争力は効率化のみで単純に決まるのではないこと、 国際収支はそれをキャンセルする方向に働くということがわかります(それほど単純ではないという 説明は後述)。 すなわち、為替レートは、外貨と円の需要がバランスするように決まるわけですが、これには貿 易収支が大きな影響力を持っています。したがって、他の要素を固定して考えると、これは輸出と 輸入が一定の割合でバランスすべきことを意味します。そのためには、競争力のない企業・業種と 競争力のある企業・業種は、ある割合でバランスして存在しなければなりません。つまり、競争力の ある企業・業種があれば、ない企業・業種も「必ず」存在しなければなりません。競争力の問題は 個々の企業・業種の問題であり、本来は一国全体の問題ではないといえます14。 ② 非効率化と付加価値 しかし、このことは国全体としての効率化努力を無意味とするものではありません。効率性が低 下した競争力の低い企業や業種が継続的に増加すると、輸出が減少しますから為替レートも継続 的に切り下がります。このため、製品の外貨ベースの輸出価格は低下し、それをカバーするために 輸出数量が増加しなければなりません。つまり、同じものを輸出していても、よりたくさん働かなけれ ばならなくなります。 一方、円安で原材料などの輸入物価は高くなりますから、国内の付加価値は両側(輸出製品 価格の低下と、輸入原材料価格の上昇)から削られて低下し、国民の生活水準は低下するわけで す。戦前と現在を比較すると、我が国の貿易依存度は、現在の方が低いのですが、これは、今日 では、わが国が必要とする輸入品の付加価値が低く、ために輸入が小さい一方で、わが国の輸出 12 なお、資本収支と外貨準備増減の合計は経常収支に一致し、比較的コンスタントですが、資本収支と外貨準備増 減の割合の変化は為替レートに大きく影響します。そして、資本収支には、各国の金利(政策)の影響があります。 13 その背景には、国内需要が不足しているという問題があります。国内需要が不足しているために輸出依存度が高く なることで貿易黒字になり、国内需要の拡大が見込めない国には投資先としての魅力がないために海外投資が増え 資本収支が赤字になっていると考えることができます。 いずれにせよ、いわゆる「競争力」問題の大きさ、危機感の大きさにもかかわらず、わが国産業の国際競争力は、一 国レベルでみれば十分以上に強いのです。もちろん、個々の業種の問題は別です。 14 業種、企業ごとの競争力格差が大きいか小さいかは国の産業構造にもかかわります。仮に競争力の低い業種等の 競争力が構造改革によって向上し、業種・企業間の競争力格差が縮小した場合、もともと競争力が強い自動車や電 子機械の競争力は、向上するのではなく必然的に低下することになります(為替レートが円高にふれますから)。もっと も、構造改革で競争力が向上した業種が各種の障壁によって貿易から隔離されていた場合には、貿易関連業種のコ スト低減に間接的に寄与する可能性もあります。しかし、結局、それは為替レートの変化によって相殺されます。
品の付加価値が高くなっているためと考えることができます。 ③ 効率化と付加価値 このように一国の付加価値の長期的な確保のためには、効率化が大事です。しかし、(さらに) 問題はそれほど単純ではありません。 効率化によるコストカットを考えてみます。コストとは、輸入原材料・生産財を除けば、必ず国内 にあるどこかの企業、個人の作る付加価値やレント等で構成されています。したがって、効率化は、 単純な賃金等の切り下げはもちろん、外注費の削減、生産技術の革新によるコスト削減の場合で あっても、結局、それは国内の付加価値等の削減を意味するのです。 問題は、低コスト化による製品当たり付加価値の減少をカバーする水準まで、その低コスト化に よる競争力向上によって輸出数量を増大させうるかどうかです(これには、シェアの拡大か、市場 規模自体の拡大が必要)。単に、効率化がシェアや生産数量の低下を防ぐという防衛的なレベル にとどまる場合、効率化とは、結局、一国内の付加価値の縮小を意味するに過ぎないことになりま す。この場合、効率化は、競争力の低下と同じ(マイナスの)方向の効果を国民の所得にもたらす ことになります。すなわち、それは、一国民全体の所得水準を切り下げ、それを開発途上国の水準 に近づけることを意味します。 現在のわが国における効率化努力は、多くの業種で防衛的なものが多いと考えられますから、 結局それは、わが国国民の所得減少をもたらす方向に作用していると考えられます。しかし、これ は企業の存続にはやむを得ないことです。コストの節減、効率化は、企業にとっては普遍的課題 であり進められるべきものです。 しかし、それのみでは、一国の経済全体(国民の所得といってもよいのですが)は縮小していく だけです。一国の経済がその規模を維持し、あるいは成長を続けるには、「効率化によって縮小す る付加価値」分をカバーする「新たな付加価値をもった新商品等」がつぎつぎに市場に投入される 必要があります。新たな付加価値をもった新商品が出番を待っているときにのみ、その新しい分野 に資源を投入するために、既存分野の効率化が不可欠なのです。 人類の経済発展は、このように、新しい商品の投入と既存分野の効率化がセットで行われること で実現されてきたのです。逆に、一国経済でみるとき、①付加価値の高い新たな商品等の開発、 市場投入と②効率化の二つのバランスがとれていなければ、(②のみが大きいとき)それは国内的 には「構造的」不況を、国際貿易では付加価値の高い輸出品の減少をもたらすことになります。 ところが、まさに現在のわが国は②が強く、一方で①が十分でない状況が続いているのです15。 わが国が抱えている問題は、②の「効率化」が不足している点にあるのではありません。問題は① です16。もちろん、これが難しい問題であることは事実です17。 15 わが国は、長期にわたって貿易収支の黒字を続けています。これは、わが国が、一国全体としてはすでに過剰な国 際競争力を持っていることを意味します。この意味で、わが国経済は既に極めて「効率的」なのです。いわゆる「内外 価格差」問題は、業種単位で見れば大きな問題ですが、一国単位で見れば、競争力と為替レートの議論で明らかなよ うに、(競争力に係わる問題としては)比較する必要のない(価格差の)問題を論じているのです。構造改革による競争 力の向上が叫ばれていますが、構造改革の課題が一国全体の「効率化」のみにあるとするなら、それは認識に誤りが あるといわざるを得ません。構造改革は、魅力ある付加価値の高い新商品の開発が継続的にできる仕組み作りの方 向に重点がなければなりません。 16 後段で触れますが、 では基礎的な研究開発が重要になります。ところが、これはリスクが高いため、政府資金の役割 が重要になります(18 ページの「米国モデル」参照)。ところが、2000 年代に入って、中国や韓国はもとより米国や英国 が、政府の科学技術関係予算を急速に伸ばしつつある(いずれも年間10%台の伸びで、各国とも政府予算全体より も伸び率が高い)のに対して、わが国は一桁低い(3%程度で、政府予算全体の伸び率よりも低い)状況です(文科省
(4)プロダクトサイクル理論からみた先進国製造業 ここで、効率化と付加価値向上の問題を、より具体的に検討するために、効率化や付加価値と 技術の関係にかかわる R.バーノンのプロダクトサイクル(PLC)理論18の視点を援用して、 先進工業国と開発途上国の関係を整理します。 ① プロダクトサイクル理論とは 図表 6 のように、製品には誕生から成長、成熟といったライフサイクルがあり、新しい一つの製 品は、米国のような先進国で開発、誕生(開発期)し、徐々に普及し、ニーズ、販売量が増え、生 産額は成長していきます(成長期)が、ある程度普及が一巡すると成熟期に入り、次のより高機能 で同種の機能を果たす新しい製品との競合が始まり、衰退期に入るというものです。 そして、こうしたプロセスでは、製品のステージに応じて製品の生産に適した国が順次、先進国 から開発途上国に移行していく傾向があるとされます19。 一国の経済は、こうした様々な段階にある多様な製品の組み合わせによって成立しています。 そして、わが国は、この中で生産技術が重要な「成長期」製品に強みを持ってきました。ところが、 従来、低価格の成熟期製品に優位を持っていた開発途上国が、経済のグローバル化による投資 や技術力の向上によって、成長期の製品に進出してきたために、わが国産業の生存領域で競合 が激化していると理解することができるわけです。 の「第3 期科学技術基本計画」関連資料)。本稿の観点が正しいとするなら、わが国の経済産業政策はひとり袋小路 に入り、本来進むべき方向から大きくはずれる方向に進み続けていることになります(脚注26 参照)。 17 これは、かつてシュンペーターが取り組んだ問題に係わるわけですが、現在は、経済学よりも経営学の方が有効性 が高い可能性があると考えます。具体的には、経済学と経営学の中間領域にあるイノベーションのメカニズムの解明 が中心的課題の一つになります。
18 R.バーノン『多国籍企業の新展開』ダイヤモンド社、1973。なお、PLC は Product Life Cycle。
19 赤松要の「雁行形態論」(赤松要「わが国産業発展の雁行形態」『一橋論叢』36(5)、1956)も、同様のことを述べてい ます。
② プロダクトサイクル理論とコスト競争力 ここで、開発途上国との競争激化への対応策として「コスト削減」を検討します。その具体策とし ては、第一に賃金格差の是正、第二に生産技術の改善が考えられます。 第一の賃金格差の是正は、付加価値幅の縮小を意味しますから、国全体としては「競争力の 低下」と同じ方向の影響を国内経済に与えることになります。しかし、様々な方策をとっても十分で ない場合は、最終的にはこれに依存することになりますし、個々の企業にとっては重要な選択肢と 言えます。 この問題をプロダクトサイクルにしたがって製品分野ごとに見ると、特に成熟期や衰退期にある 製品分野では、製品機能や生産技術の革新はほぼ終了し、技術は開発途上国に広範に移転し ています。つまり技術力の差がないのですから、賃金レベルが競争力に直接影響するようになりま す。取りうる方策は、賃金格差の是正や海外移転等になります。第二の生産技術の改良による対 応も、一国全体でみると、究極的には製品1個当たりの付加価値の縮小20を意味します。したがっ て、国内の付加価値を維持するには、生産技術の改良による価格低下を武器に、製品当たり付 加価値低下を上回る伸び率で生産・輸出数量が増える必要があります。これをプロダクトサイクル にしたがって製品分野で見ると、成長期にある製品分野では、製品機能の革新はおおむね終了 していますが、高品質の製品を低コストで作る生産技術の革新が続いています。こうした段階では、 生産技術の革新を行いつつある企業や国がある程度競争力を維持できます。そして、成長期は 市場の拡大が続いていますから、効率化による付加価値の減少を数量の拡大でカバーできるの です。たとえば、自動車製造産業では、省エネや電子化などの分野で製品機能の革新が継続さ れつつも(この意味で開発期製品の性格もある)、競争力の源泉の多くは、生産技術にあるといえ ます21。このように、自動車のような複雑性の高い製品分野ほど、高度な生産技術によって競争力 を維持できると考えられます22。 しかし、こうした分野は、開発途上国の追い上げによって縮小しつつあります。このため、国や 地域の産業活性化策としては、コストの削減だけではなく、可能な限り、次に整理する「付加価値」 の創造を促進する方策が必要になります。ここまで、「開発期」製品にはふれませんでしたが、それ は付加価値の創造に関係があります。 (5)製品の付加価値と価格競争 先に、開発途上国との競争激化に係わる視点として「効率化」と「付加価値」の2つを上げました。 ここでは先進国における「付加価値」の高い製品開発の問題を考えます。 あらためて「付加価値」について整理しますと、付加価値とは、コスト(の裏返し)だと考えるとわ かりやすいでしょう。企業にとって、付加価値額は、売上額から原材料、外注費などの外部への支 払額(と減価償却費)を差し引いたものです。つまり、その企業で新たに付け加えた価値ということ 20 輸入原材料・生産財を節減するような生産技術の改善のみで、国際競争に耐える価格競争力が得られれば、一国 でみた付加価値の低下は無いと言えますが、そうしたケースはまれでしょう。 21 一方、アルミサッシ製造業は、後述する市場密着性などのために比較的国際競争から守られていますが、プロダ クトサイクルの観点からみると、製品機能の革新も生産技術の革新もおおむね終了し、全体的には成熟期に入り、競 争力の源泉は、技術開発力から流通システム等に移行していると考えられます。流通系分野から出発したトステムの 成功の背景には、こうしたサッシの製品ライフサイクル・ステージ上の変化があると考えられます。 22 後述しますが、生産技術の改良には、単なるコスト低減だけでなく製品の付加価値を向上させる部分があります。
なのですが、その価値を付け加えるために、資本や労働を使いますから、結局、付加価値額は、 賃金、利子、利潤に分配されることになります。これらは企業内部で使われた生産要素のコストで す。つまり、付加価値が高いとはコストが高いことを意味すると考えてよいわけです23。しかし、高い 付加価値を実現するためには、その製品が高い価格で消費者に売れる必要があるわけです。高 い価格を消費者が受け入れるだけの価値のある製品が、「付加価値の高い」製品ということにな ります。 しかし、「高い価格を消費者が受け入れるだけの価値がある」という状況は、固定的ではありま せん。様々な要因がそれに影響を与えます。その中で大きいのは、製品自体の使用価値、魅力で あり、ついで競争相手の存在です。競争相手の出現によって価格競争になれば、もはや消費者は 高い価格を受け入れなくなり、「付加価値」は低下していきます。逆に価格競争を避けられれば、 その製品は高い付加価値を維持できるわけです。 これを先進国産業にあてはめると、結局、高コストの先進国産業が生き残れる分野とは、基本 的に先進国が低コストの開発途上国と価格競争しなくてもよい製品分野であるという常識的な結 論になります。そうした分野とは、使用価値、魅力が高い製品、かつ開発途上国の市場参入の困 難性が高い製品という2つの条件を満たす製品分野です。つまり、こうした分野を探索することが 先進国産業が生き残る条件の検討に不可欠です。市場参入が困難な分野とは、第一に高度の 「生産技術開発力」、生産技能を要する分野、第二に高度の製品技術、「製品開発力」を要する 分野、第三に高い製品企画力かつ製品のプロダクトサイクルがきわめて短期間で時間的に開発 途上国の追随が困難な分野であり、さらにこれらの分野の中で、使用価値、魅力が高い製品を作 り出していくことが重要と考えられます。 (6)先進国が優位を持つ分野 プロダクトサイクル理論が、(付加価値の高い)新しい製品がまず米国で誕生することを想定し ているように、先進国には、新しい製品を作り出す環境あるいは豊かな先進国市場に適した新製 品を生み出す環境面で、次のような優位があると考えられます。先進国産業が高い付加価値を維 持するには、こうした優位を生かしていくことが不可欠と考えられます。 ① 技術、技能の分厚い蓄積 先進国には、次のように、経験を積んだ人材、組織、豊かな資本が存在します。それは、新しい 製品を開発する基盤として有効に働くと考えられます。 ア 組織的な高度研究開発のための環境 先進国には、長い産業化の過程で高度の技術教育や職業訓練を受けた人材が存在します24。 また、先端的な技術開発を行うには、大規模な資金と人材の投入が行える機関や大企業の存在 が必要ですが、その多くは豊かな市場と繁栄の蓄積を持つ先進国にあります。すなわち、先進国 には、中長期的な視野を持った高度の研究開発を組織的に行える環境があります。 23 したがって、付加価値(コスト)が高い先進国が、高い付加価値のまま、コスト(付加価値)が低い開発途上国に価格 競争で勝てないのは自明であると言えるわけです。先進国が、高い付加価値(コスト)を維持したいなら、その生存領 域は価格競争をしなくてよい分野しかありえないことも自明といえます。 24 しかし、例えば高等教育を受けた人材や大学院を終了した人材をみると、すでにわが国は量で中国に抜かれていま すし、同世代人口でみた比率でも韓国に負けています。また、高度の技能を持つ熟練技能者も減少を続けています。 この意味で必ずしも優位があるとは言えない状況です。
イ 製品開発の敷居が低い環境 先進国では、開発途上国に比較して、小企業、個人レベルでも開発に必要な豊かな資金力が あり、一方、試作品づくりを引き受けてくれる高い技術・技能を持った分厚い中小企業の集積があ りますから、製品開発のための試作などが活発に行われます。このため、高度、先端的な分野以 外の様々な分野でもイノベーションが起きやすいと考えられます。 ウ 長期的な視点の研究が可能な環境 先進国では、国民が高等教育を受ける割合が高いため、大学等の教官層等に厚みがあります。 このため、大学の教官等の長期的視野の研究をシーズとしたイノベーションが起きやすい可能性 があります。充実している公的試験研究機関も同様の役割を果たします。 ② 豊かな市場へのアクセス 先進国産業は、豊かな先進国に立地していることで、先進国の多様な変化する市場ニーズをよ り的確、迅速に把握することが可能ですから、それにより高い付加価値を確保する可能性が開か れているはずです。ただし、一国が生存していくために必要な輸入をまかなうためには、輸入原資 を稼ぐ輸出産業が必要です。このためには、豊かな市場へのアクセス上の優位によって、国内市 場だけでなく、他の国に輸出できる競争力を持たねばなりません。たとえば、イタリアのファッション 産業は、そうした機能を果たしていると考えられます。 ア 開発期製品のインキュベーター市場 まったく新しい製品は、当初は、開発負担が大きいこと、製造技術が成熟せず製造コストが嵩 むこと、機能が理解されず売れないことなどから、高価格にならざるを得ません。しかし、先進国に は、こうしたものを買う余裕のある人口がかなりの規模で存在しています。この意味で先進国の豊 かな市場は、新しい製品を育てる揺りかご、保育器(インキュベーター)の役割を果たしうるのです。 これは、消費財だけでなく、生産財や中間製品でも言えることです。 イ 他品種少量製品の豊かなニッチ市場 開発途上国等では、消費者のニーズは、低所得の制約の中で、基礎的、基本的な生活に係わ る分野に集中します。ところが豊かな先進国では、高所得の結果として基礎的な生活消費の割合 が低くなるため、それ以外の個人の多様な嗜好が市場に顕在化し、多様なニッチ市場が成立しま す。そして、豊かな先進国市場では、これらニッチ市場の規模も小さくはありません。こうした好み のうるさいニッチ市場のニーズを認知し把握し、商品化しうるのは、その豊かな市場で生活してい る企業人のみです。 また、ニッチ商品であっても、他の国のニッチ層に向けて輸出されたり、一般消費者に受け入れ られる商品に育っていくこともあります。この場合は、上記アの開発期製品のインキュベーターとし ての役割を先進国のニッチ市場が果たすことになります。 ウ ニーズ変動の激しい流行商品の市場 豊かな市場でウエートが高い、嗜好性の強い商品のニーズは、流行等に左右されます。こうし た流行による急速なニーズ変動に対応する機動的な商品の企画、開発、デザイン、生産について は、先進国市場に住む企業人に優位があります。
(7)新たな付加価値創造と先進国産業 高い「付加価値」を維持する方策としては、図表 7 のウの生産技術の改善による高品質化と、 (6)で述べた環境を活かしたエの製品開発による製品価値向上の2つが考えられます25。 ① 生産技術優位型産業 生産技術改善による高品質化は、コスト削減の項で述べた、「低コストで高品質の製品を作る」 のうちの「高品質」の側面に着目した整理です。これを付加価値の源泉とする産業を「生産技術優 位型産業」とします。これは、従来、日本が得意としてきた分野です。 今後も開発途上国との「生産技術」格差を維持できる産業分野では、引き続き競争力が維持で きるはずです。生産技術の優位を維持できる分野としては2つの分野が考えられます。 第一は、安定した生産技術が確立されていないためや、生産量が少ないために、あるいは生 産量の変動が大きいために、機械化するよりも高度な技能を持つ人の手に多く頼る方が効率的な 分野です。こうした分野では、技能の蓄積が進んだ先進国の優位がより長く続く可能性があります。 なお、先進国でこうした分野を維持していくには、開発期製品との関係が不可欠だと考えられます から、開発期製品に係わる産業問題の中でも考える必要があります。 第二は、自動車や航空機など高度で複雑な製品分野です。こうした分野では、先行して生産ノ ウハウを蓄積してきた先進国の生産技術の優位が続くと考えられます(なお、こうした高度で複雑 な製品分野は、②で述べる先進国の市場ニーズに密着した産業としての性格もあります)。しかし、 これには、大規模な企業システムが必要ですから、地域レベルの産業問題を扱う本稿では取り扱 いません。 25 ちなみに、開発期や初期の成長期とは、まさに技術的な格差によって新規参入を抑えることで価格競争を抑制でき る時期であり、完全競争からもっとも遠い時期です。先進諸国経済は、まさにこうした不安定な非均衡状態においては じめて生存が可能になると考えられます。先進国経済がこうした状態を不可欠としているとするなら、まさに「先進国経 済」においては、新古典派経済学の説明力の有効性はその部分については減ぜられることになります。均衡論的方 法したがって新古典派経済学の有効性が高いのは、プロダクトサイクル論でいう成熟期、衰退期の産業分野が中心と なると考えられます。一方、開発期ではその有効性は低く、成長期についてはその中間にあるという関係になると考え られます。 !" #$ %&'()*+,-./ !"#$%&'()*+,-)./0 !"123456780 9456:;6<=>?@6)A BCDEFG?HI3J KLMN)AOBC<PQRK S< TUVDWXV 0&'(1234546789'(:;< !"KYZ[\]^456780 KYZ[)_`\]ab"cd e0fdR7456ghijD klmnopqrsgtu<vw )xy)+z{| =&'(1234546789>?@/ !"cde\]^c}~•€•0 KYZ[)_`\]abcdef dR"7456g0hijDkl mnopqrsgtu<vw)x y)+z{| ‚ƒABCDE(F„)…• !p†‡ˆ‰)Šj‹{| !pŒ;•{| Ž•3•‘'’“()”•RL• –<ˆ•j—˜^Ž•3’“\” •j™fd)hi !"3GHIJKLMN O0MP3QRST #$V TšV ›ƒ'(12UVE(F„)…• "KYZ[)œ•\]^KYžŸ &) ¡D¢£¤KYZ[#$) ¥‘0 W&X?YZ789X?+[3;< !"cž¦\]^c}~•€•0 \]^9!" _`a&bcdefgdhij3kl\]^9m ¢£¤fd)§V¨@©@ª«¬ –^)-Ž•3•‘'’“<® ™DZ[¯#$°ª«¬–^)± •‘²³' ´ƒnoX?pqE(F„)…• r Q N s t u v + [ ; < ijwxyz/3{|3}~•
しかし、一般にこうした分野を除いて、この優位性は、開発途上国の技術力の向上や、既存製 品のライフステージが成熟期に移行し生産技術の差がなくなることで有効性を低下させてきていま す。それが今日、国内産業へのグローバル化の影響として現れているのです。 なお、この生産技術優位型産業は、この後に述べる、革新的製品開発のための技術的、産業 的基盤として重要であり、その維持発展が重要であることは言うまでもありません。 ② 開発による製品価値向上の道 以上を踏まえると、今後の先進国地域産業が進むべきもっとも有力な方向は、高い製品価値の 創出とともに開発途上国による追随の困難性が高い、開発期段階製品への移行であると考えられ ます。プロセス・イノベーションからプロダクト・イノベーションへの転換が要請されている背景には、 こうしたわが国のポジションの変化があります。 そのためには、(6)で整理したような先進国の優位に係わる、蓄積されてきた技術開発能力や 人材を活かしたハイテク分野、あるいは豊かな先進国市場を国内に持つ強みを活かした、流行型 製品やニッチ市場向けの製品分野等を強化することが重要です。それは、具体的には図表 7 中 の③「市場密着型産業」と④「革新製品創造型産業」にあたります。これらは、開発途上国の参入 困難な製品を作る(製品差別化戦略でもあります)ことでコスト競争を回避しようとするものになりま す。 このうち「市場密着型産業」は、豊かであると同時に個々の製品の需要の伸縮が激しい先進国 市場に密着した生産を行うものです。こうした戦略は、たとえば衣料品のようにデザインや色など流 行のある商品分野等で有効だと考えられてきました。生産は海外で行う可能性があるとしても、購 買力のある豊かな先進国の大市場に密着した商品の企画、デザイン、開発、流通部分は先進国 内に残る可能性が高いと考えられます。 第二の「革新製品創造型産業」は、具体的には、基礎的な研究開発と密接に結びついた革新 的な製品等(ソフトウエアやビジネスモデルなどを含む)を継続的に作り出していくものです。こうし た革新性の高い製品の生産は、高い科学的知見と高度の技術に基づいており、かつ製品機能の 改善が急速に進んでいるために、開発途上国は簡単に追随できず参入が困難です。このため、 高コストであっても先進国に優位があります。先進国産業が、成熟期や衰退期に入った製品分野 や開発途上国の進出が著しい一部の成長期製品分野から、開発期の製品を作り出し続ける製品 分野に重点を移行していくべきとする理由はここにあるのです。ただし、こうした戦略が先進国の一 国産業を支えるレベルで行われるには、革新性の高い製品を継続的に生み出せるような体制、仕 組みや開発能力をその国内に持つ必要があります26。 従来、この分野で先頭を走ってきた米国の貿易赤字をみると、今日、こうした分野には十分な市 場規模がないかに見えます。しかし、市場規模は、新たに開発される製品の魅力に依存していま 26 しかし、OECD加盟国 29 か国のハイテク産業輸出額の国別シェアを 1993 年と 2001 年で比較すると、欧米主要国 がシェアを維持ないしは拡大している(米国は 1993 年の 24.3%が 2001 年の 24.2%に、ドイツは 10.9%が 10.8%に、 フランスは 7.5%が 7.0%に、英国は 8.6%が 9.8%に)のに対して、日本は 1993 年の 21.7%が 2001 年には 11.4% へと半減に近い割合で急速にシェアを低下させています(2003 年度版『科学技術白書』p.201)。これは、米国等がプ ロダクトサイクルにおける開発期製品を中心とする産業構造を持っているのに対して、日本は成長期製品が中心であ り、その分野への韓国、フィンランド、アイルランドなどの進出によって日本のシェアが急減していることを示すものと考 えられます。開発期製品を中心とする産業構造への移行には、(単純ではありませんが、必須条件の一つとして)基礎 研究への戦略的な投資が欠かせないと考えられます(脚注 16 参照)。
す。新しい、より魅力ある製品の開発が求められているといえます27。 ③ 市場密着型産業とフレキシブルな専門化 しかし、このことは必ずしも、既存の業種や企業とは別に、まったく新しい業種や企業を作り出 すべきことを意味するわけではありません。たとえば、衣料品分野は、一般には、人類発生以来の 長期にわたる長い製品ライフサイクルを持つ分野であり、すでに成熟期に入って久しい分野だと 言えます。こうした分野では、人件費の安い開発途上国に先進国は太刀打ちできません。しかし、 先進国の変化の激しいマーケットに適合したファッション性衣料の個々の製品は、数か月というき わめて短いライフサイクルを持つ商品分野と考えることができます。こうした短期に開発期から成長 期に移行する商品では、商品がコピーされて価格競争になるまでの時間がありませんから、高付 加価値を維持することが可能です。つまり、従来型技術による成熟期の製品分野であっても、市 場を先進国市場に絞り込み、デザインや企画により商品の短ライフサイクル化(先進国市場と 密着した短ライフサイクルの製品開発)ができれば、高付加価値分野に移行することが可能になる わけです。このように、革新製品創造型産業だけでなく、市場密着型産業も、プロダクトサイクルで いう開発期における先進国の優位を生かすものと言えます。 しかし、このためには、急速な需要変動に迅速、的確に対応できる仕組みが必要です。その方 法として、エミリア・ロマーニャ州、トスカーナ州、ベネト州を中心とするいわゆる「第三のイタリア」に みられる「フレキシブルな専門化(柔軟な専門化)」あるいはクラフト産業的な産業構造といった 仕組みが必要だと考えられます28。 ④ 革新製品創造型産業の開発リスクと大学 先進諸国が取りうるもう一つの道である革新製品創造型産業は、単なる改良的な製品開発で はなく、開発途上国の追随を一定期間許さない革新性の高い製品の開発を追求するものです。 そうした革新性の高い製品開発には、より中長期の基礎的研究が必要ですが、そのような研究開 発は、当然リスクが高くなります。この結果、そうしたリスクを分散させる新たな社会システムが必要 になります。 「米国モデル」では、第一に、リスクの高い事業をベンチャー企業の多産多死によってまかなっ ていますが、それを支えるために、リスク・マネーの供給システムや敗者復活を許容する風土など シリコンバレー・モデルともいわれるような失敗が許容できるシステムがあります。第二は、リスクを 許容できる連邦政府資金の基礎研究への投入29とその成果のスピル・オーバーです。第三は、教 育と研究機能を併せ持つ大学がリスクを分担するというものだと考えられます。大学には、教育機 能を果たすことで、基礎的探索的な研究が具体的な成果を生まなくても研究者の責任問題が生じ ないという構造があります。成果を生まない場合でも、たとえば教育、研究の題材としての価値がな いわけではないからです。大学のそもそもの本質に、社会的な役割としてリスクの高い研究を行うと 27 こうした方向で解決できない部分は、所得水準の変化(低下=主に為替レートの変化)によって解決するしかないと 考えられます。 28 米マサチューセッツ工科大学(MIT)のピオリとセーブルは、第三のイタリアを紹介した『第二の産業分水嶺』(筑摩 書房、1993)において、今後の産業は、柔軟な専門化あるいはクラフト的生産技術によるものになるとしましたが、 上記のように考えると、これは先進工業国に特有の条件下で一部の産業分野のみに妥当するものということができま す。 29 もちろん、そのうちの大きな割合が大学に研究資金として投じられています。
いう性格が備わっているとも考えられます30。今日、この第三の意味での役割(及び第二に関わる 役割)は、米国だけでなく、等しく先進諸国の大学に強く期待されるようになってきていると考えら れます。 すなわち、革新製品創造型産業の振興には、第一に、リスクを許容する社会システムの構築が 求められます。第二に、革新製品開発に関連する研究開発に大学がこれまで以上に重要な役割 を果たしていくことが期待されることになります。 3 地域の産業活性化戦略 以上、第1節では、地域産業の活性化にはベーシック産業に着目すべきこと、富山のベ ーシック産業としては、まずブロックレベルの広域テリトリー事業所等の立地上の優位性 は現状では大きくないこと、一方全国レベル以上の広域テリトリー産業である製造業や観 光産業などについては相対的に可能性があることを整理し、これを踏まえて本稿では、製 造業を中心に検討を進めることにしました31。第2節では、グローバル化の中で、先進工 業国には高コスト問題に基づく制約があることを整理し、その対応策として、先進国産業 の進むべき有力な方向として、市場密着型産業と革新製品創造型産業があることを整理し ました。以上を踏まえて、この節では富山が取りうる戦略を考えていくことにします。 (1)製造業における事業所機能の立地 新しい製品等の製造には、基礎的研究、応用・製品化研究、製品開発・試作、生産技術 の開発と製造ラインの立ち上げ、量産化による効率的生産といった段階があります。そし て、段階ごとに、適するマネジメントや組織が異なるため、それぞれ独立した組織が設置 される傾向があります。 なお、これらの組織は、単純化していえば、(必ずしも一対一には対応しませんが)先 に見たプロダクトサイクルの段階ごとの重要な機能に対応するものとみることもできます。 ① 研究所、開発部門、母工場、量産工場とは 基礎研究所は、長期的な視野で、また製品分野を越えて研究を行うことが多いため、企 業内部の他組織との関係からは比較的自由ですが、大学や国立試験研究機関等との関係は 重要である場合があります。しかし、一般に立地は自由度が高いと言えます。 応用・製品化研究が行われる応用研究所は、業種によって異なりますが、一般に本社機 構や試作部門との関係が比較的強いため、それらの部門との関係に立地が規定されます。 製品開発・試作部門は、本社のマーケティング部門や試作部品外注先との関係が重要で す。本社の立地が東京や大阪に集中していること、試作部品の製造ができる技術力の高い 事業所(町工場等)が東京大田区や東大阪市などに集中していることから、東京周辺や大 阪周辺に立地上の優位があります。 「母工場」(マザー工場)は、通常、製品開発が終了して市場向けの量産製造ラインが 最初に作られる工場をいいます。新製品は頻繁な設計変更が不可避です。製品の不具合だ 30 向井「地域の視点からの大学改革:国立大学の再編統合に向けて」『高岡短期大学紀要』17、2002 31 データベース産業、コールセンターなどの非対面接触系のサービス産業やパッケージソフト製造などのソフトウエア 産業も含めて考えます。
けでなく、生産の効率化やコスト削減のために、部品も鍛造から鋳造へ、またプラスチッ クへと変更されたり、別々の部品だったものを一つのコンポーネントに統合したり、日夜 改善が行われます。また生産方法の改善も頻繁です。したがって、母工場の生産ラインは、 こうした変更や修正に柔軟に対応できるように、手作業のウエートが高くなっています。 立地においては、開発部門や設計変更に柔軟に対応できる能力の高い下請企業群との密接 な連携が必要ですから、母工場の立地は、これらとの近接性に制約されます。 「量産工場」は、専用機械中心の効率的な工場です。母工場の生産で、製品の機能や設 計が安定し、生産技術も安定してくると、手作業を専用機械やロボットで置き換えること ができるようになり、量産工場の建設が可能になります。量産工場は、母工場とは異なっ て開発部門等との頻繁なやりとりの必要度が低下します。このため、従来は、こうした工 場を、地価が安く、広い用地や労働力を確保できる富山をはじめとする地方に建設してき ました。 ② プロダクトサイクルと量産工場 量産工場は、母工場よりも、はるかに自動化、機械化され「先端的」に見えますが、先 に見たプロダクトサイクルでみれば、母工場が開発期や初期の成長期の生産機能を果たす のに対して、量産工場は後期の成長期、成熟期や衰退期の製品にかかわるものといえます。 量産工場では、機械に依存する程度が高いため、従業員の熟練度もそれほど高い必要があ りません。また、開発部門とのやりとりもそれほど必要がないわけですから、賃金の安い 開発途上国に建設できるようになるわけです。この結果、こうした量産工場を多く抱える 日本の「地方」は、開発途上国と直接の競合関係に入り、わが国の中で最初に「グローバ ル化」の波に洗われる地域になったと考えられます。 (2)企業の発展と国、地方の産業政策 経済のグローバル化すなわち貿易や国際的な投資安全性の高まりによって、企業は、国境を 意識せずに、事業所の最適立地戦略を取りうるようになりつつあります。ここに、かつては一致して いた、企業の発展は国の発展、地域の発展であるという認識とは異なる新しい状況が生まれてい るのです。どのような企業も、地域や国の政策とは異なる独自の戦略的な判断を持っています。こ の結果、企業の発展と国・地方の政策目的(たとえば雇用確保)との間には、一定の乖離が生じつ つあるといえます。したがって、今日の産業政策は、企業の振興と地域産業の振興を分けて考え る必要が生じていると言えます。 一方、グローバル化の下で空洞化の進行が声高に叫ばれているとしても、巨額の貿易黒 字が示すように、わが国産業の競争力は、ある意味では必要以上に強いのです。また、仮 に将来競争力が低下したとしても、それは為替レートで解決される部分があります。した がって、あえて言えば、国レベルの競争力の問題は大きくないと考えることもできます32。 国レベルで重要なのは、付加価値の高い魅力ある革新的な商品を生み出すシステムづくり 32 なお、構造改革による「効率化」で国全体の競争力を上げるという方向の議論がありますが、これが(回復のきざしが あるとはいえ)長期不況下の現時点で優先度の高い問題であるかどうかは疑問です。効率化と競争力の関係は先述 のとおりであり、少なくとも、短期的な効果はないと考えます。
だと考えます33。 しかし、地方にはより切実な雇用問題があります。グローバル化が、量産工場に依存す る地方経済に大きな影響を与えるからです。すなわち、国と地方が直面する問題は異なる のであり、国全体の産業政策と地方に必要とされる産業政策にも、乖離が生じつつあると 考えられます。同時に、地方の産業政策の重要性が飛躍的に高まりつつあると考えます。 (3)プロダクトサイクルと企業誘致 各地域の経済的繁栄は、企業を構成する各種事業所のうちどの機能を持つ事業所が当該 地域に立地しているかに大きな影響を受けます。立地する機能が量産工場中心である地方 は、開発途上国との競争に、より直接的に直面するのに対して、母工場、開発部門が多く 立地する地方は、相対的に安定した経済を維持できる余地があります。 その一方で、かつては開発部門・試作部門等との関係から、東京や大阪周辺に立地して いた母工場については、交通・情報通信網の発達を背景に、高い地価、用地確保の困難な どの問題や労働力確保の面で既存工場の拡張に限界があることなどから、工場体系全体の 見直しの中で、地方の(かつての)量産工場に機能を移そうとする企業の動きもあります。 プロダクトサイクル理論を踏まえると、地方にとっては、企業の研究部門、開発部門の 誘致が重要であり、工場については母工場性の強い工場の誘致がターゲットでなければな らず、また、既存量産工場の母工場への転換を促進することが産業政策の一つの課題と言 えます。こうした戦略を推進する基盤としては、交通面では高速交通基盤の整備が、通信 面では大容量の高速情報通信基盤の整備が必要ということになります34。また、母工場や 開発部門の誘致には技術力の高い下請け工場群の育成が、研究部門や開発部門の誘致につ いては、大学、公設試験研究機関などの戦略的な(ターゲットを絞った)魅力づくりが重 要です。 4 内発的な産業育成と「産業集積」 前節では、プロダクトサイクル理論等を踏まえて地方独自の産業政策の必要性について述べ、さらに企 業誘致の考え方を整理しました。企業誘致は、もちろん、依然として有効かつ重要な産業政策の一つです。 しかし、こうした誘致企業も、独自の最適立地戦略に基づいて、ある地域に置いている事業所をいつ縮小・ 廃止し、開発途上国に移転するかわかりません。これは、特に本社機能を東京など地域外に持つ企業にお いて顕著でしょう。 こうした問題に対応するには、富山自身が魅力ある立地地域となることが不可欠です。以下で は、重要な事業所を富山に置くことが企業自身に利益がある環境づくりを進める方策として「産業 集積」の形成を考えることにします。 33 例えば、2005 年時点でのソニーの苦境は、従来、革新的な製品開発やデザイン(及びそれらに基づくブランドイメー ジ)によって高い付加価値を実現してきた企業が、量を稼げる(生産規模が大きい)一方でコストや効率性が問われる 成長期型製品に重点を移行させた(あるいは、成長期製品を優先し、革新的な製品開発やデザインを軽視した結果、 結果的に付加価値の高い製品を継続的に生み出せなかった)点に遠因があるとも考えられます。 34 地域間競争に勝つ条件というよりも、負けないための最低条件になりつつあると言えます。