在 日ア ジ ア 人 の ガ ヴ ァ ナ ン ス 論 的 考 察
初
瀬
龍
平
要 旨 本 論 で は 、1980年 代 か ら2000年 代 に至 る 時期 で 、在 日ア ジ ア 人 の 単 純 労働 就 労 に 焦 点 を 合 わ せ て 、 出入 国 の ガ ヴ ァ ナ ン ス と 滞 在 の ガ ヴ ァ ナ ン ス の 機 能 を 分 析 す る 。 そ の 内容 は 、(1)最 近 にお け る在 日ア ジ ア 人 の 構 成 の 変 化 を 明 ら か にす る こ と 、(2)合 法 的 に入 国 し て 、 単 純 労働(あ る い はそ れ に 近 い 労働)に 従 事 す る 人 々 の 状 況 を 概 観 す る こ と 、(3)出 入 国 管 理 体 制 と の 関 連 で 、 在 日ア ジ ア 人 の 入 国 と 長 期 不 法 滞 在 の 状 況 につ い て 分 析 す る こ と 、(4)在 日外 国 人 の 権利 保 障 につ い て 、 国 際 人 権 レ ジ ー ム の 国 内 適 用 と 市 民 社 会 の 役 割 か ら検 討 す る こ と であ り 、(5)最 後 に、 議 論 の全 体 を 整 理 し 、今 後 を 見 通 す 上 で 、 重 要 な視 点 を確 認 す る こ とで あ る 。 キ ー ワー ド 在 日ア ジ ア 人 、 出入 国 の ガ ヴ ァ ナ ンス 、滞 在 のガ ヴァ ナ ン ス Ⅰ.は じ め に:2種 類 の ガ ヴ ァ ナ ン ス 人 が ど こ に住 み 、 ど の よ う な 生 活 を す る か は 、 ミ ク ロ に は 、 当 人 の 選 好 と 選 択 に よ っ て 決 ま る 。 し か し 、 マ ク ロ に み れ ば 、 選 好 と 選 択 の 幅 は 、 そ の 人 の 生 き る 時 代 と 場 所 に よ っ て 、 異 な っ て く る 。 こ の 主 な 規 定 要 因 と な っ て い る の は 、 社 会 常識 、 産 業 構 造 、 労 働 市 場 、 社 会 政 策 で あ る 。 こ の こ と は 、 人 の 国 内移 動 に つ い て も 、 国 際 移 動 につ い て も い え る 。 人 の 国 際 移 動 の 場 合 、 一 般 的 にい っ て 、 経 済 的 合 理 性 が 国 際 移 動 を 促 進 す る の に対 し て 、 社 会 的 惰 性 と 国 家 理 性 は 国 際 移 動 を 阻 害 す る 方 向 に働 く 。 国 際 社 会 に お い て 、 人 の 国 際 移 動 を 正 規 に 管 理 し て い る の は 、 各 国 の 出 入 国 管 理 体 制 で あ る 。 特 定 の 複 数 の 国 家 間 で 、 特 定 種 類 の 人 の 国 際 移 動 を 認 め る 場 合 にも 、 そ の 移 動 を 管 理 す る の は 、 関 係 す る 諸 国 の 国 家 で あ る 。 し か し 、 こ こ で 確 認 し て お く べ き こ と は 、 出 入 国 管 理 に 伴 う 国 家 意 思 は 、 決 し て 一 枚 岩 の 意 思 で は な い こ と で あ る 。 日本 を 例 に と っ て み る と 、 法 務 省 、 文 部 科 学 省 、 外 務 省 、厚 生 労 働 省 の 意 思 は そ れ ぞ れ 別 様 で あ り 、 経 済 界 で も 大 企 業 団 体 と 中 小 企 業 団 体 の 意 思 は 、 同 じ で は な い 。 そ の と き ど き の 出 入 国 管 理 の 法 体 系 は 、 諸 意 思 の 調 和 点も し く は1種 の 妥 協 の 産 物 で あ る 。 そ こ で 、 原 則 と し て 単 純 労 働 者(未 熟 練 ・ 非 専 門 業 種 向 け の 労働 力)の 導 入 を 拒 否 し て い て も 、 実 際 に は こ の 種 の 労 働 力 が 入 っ て く る の を 、 黙 認 す る こ と が 行 わ れ る 。 あ る い は 、 日系 人 だ け を 特 別 扱 い し た り 、 正 規 の ビ ザ が 、 興 行 、 就 学 生 、 研 修 生(及 び 技 能 実 習 生)の ビ ザ の よ う に 、 実際 に 単 純 労 働 者 の 導 入 で あ っ た り す る 。 さ ら に言 え ば 、 特 別 永 住 者 ・永 住 者 以 外 は 、 ど の よ う な ビ ザ 資 格 で あ っ ても 、 ビ ザ 切 れ 延 長 ・不 法 滞 在 者(以 下 、 長 期 不 法 滞 在 者 と 略)と な る 可 能 性 が 小 さ く な い 。 国 家 の 統 治 能 力 だ け を も っ て 、 外 国 人 の 出 入 国 を 完 全 に 管 理 す る こ と は で き な い 。 人 の 国 際 移 動 の ガ ヴ ァ ナ ン ス(governance)1に は 、 政 府 以 外 の ア ク タ ー も 関 係 し て い る 。 そ の 移 動 が 非 合 法 な 場 合 の 代 表 例 は 、 中 国 の 各 種 の 蛇 頭 組 織 で あ る(莫1999)。 そ の 他 の 国 で も 送 り 出 し 、 受 け 入 れ の 非 合 法 ブ ロ ー カ ー(し ば し ば マ フ ィ ア 、 暴 力 団)が 存 在 す る 。 移 動 が 合 法 の 場 合 で も 、合 法 ・非 合 法 の ブ ロ ー カ ー が 登 場 す る 。 日本 で は 、1980年 代 後 半 ∼90年 代 始 め に 農 山村 過 疎 地 の 地 方 自治 体(東 北 、 四 国)が 、 ア ジ ア か ら 花 嫁 を 導 入 す る プ ロ モ ー タ ー と な っ た 。 こ れ ら 以 外 に も 、 家 族 、 親 戚 、 同 郷 者 な ど で 形 成 す る 移 動 の た め の 私 的 ネ ッ ト ワ ー ク が 、 無 数 に 形 成 さ れ る 。 こ の よ う に 、 人 の 国 際 移 動 の ガ ヴ ァ ナ ン ス に は 、 出 入 国 の ガ ヴ ァ ナ ン ス を 越 え る も の が あ る 。 そ こ で は 、 あ る 程 度 、 統 治 機 構 な し の ガ ヴ ァ ナ ン ス(governance without government)が 展 開 さ れ る (Rosenau and Czempiel 1992)。 さ ら に 、 人 の 国 際 移 動 に は 、 必 ず 移 動 後 の 労 働 や 生 活 の 問題 が 関係 し て く る 。 出 入 国 管 理 体 制 は 、 人 の 国 際 移 動 だ け で な く 、 滞 在 期 間 、 就 労 の 可 否 な ど 、 移 動 後 の 滞 在 条 件 も 管 理 し て い る 。 し か し 、 そ の ガ ヴ ァ ナ ン ス の 正 当性 も 能 力も 、 滞 在 者 の 生 活 の 内容 にま で 及 ぶ も の で は な い 。 こ こ か ら 先 は 、 受 入 国 の 人 権 レ ジ ー ム(regime)2の 所 管 領 域 と な る 。 各 国 と も 、 滞 在 す る 外 国 人 に 対 し て 、 法 体 制 の 整 備 と 社 会 政 策 の 実 施 が 問題 と な る 。 社 会 政 策 で は 、 中 央 政 府 が原 則 を 決 め る が 、 そ の 実 施 細 則 に 関 し て は 、 地 方 政 府 の 協 力 が 必 要 と な る 。 さ ら に は 、 地 方 政 府 が 、 中 央 政 府 を 越 え る イ ニ シ ャ テ ィ ブ を 発 揮 す る こ と が あ る 。 い う ま で も な い こ と だ が 、 外 国 人 は 、 そ の 土 地 で は 、 住 民 な の で あ る 。 外 国 人 が 日常 生 活 の 上 で 接 触 す る の は 、 地 方 自治 体 、 と く に そ の 窓 口で あ る 。 彼 ら は 、 生 活 者 と し て 地 方 自治 体 へ の 要 望 をも っ て い る 。 国 家 や 地 方 自治 体 の 政 策 に加 え て 、 外 国人 住 民 の 生 活 と 人 権 を 保 障 す る も の と し て 、外 国人 自体 の イ ニ シ ャ テ ィ ブ が 大 切 で あ る 。 ま た 外 国人 の 運 動 を 支 え 、 外 国 人 と 協 働 す る 当事 国 の 市 民 か ら の イ ニ シ ャ テ ィ ブ も 大 切 で あ る 。 外 国 人 住 民 は 、 自分 た ち の 権 利 を 獲 得 す る た め に 、 自発 的 に社 会 運 動 を 進 め る 。 そ こ に は 、 当事 国 の 市 民 も 参 加 で き る 。 し か し 、 出 入 国 関 連 法 律 上 の 不 法 滞 在 者 の 場 合 、 自ら の 権 利 獲 得 の た め に 、 公 共 空 間 に登 場 す る こ と は で き な い 。 彼 ら は 、 そ の 存 在 が 公 け に 見 え る こ と に よ っ て 、 当局 か ら本 国 送 還 さ れ る こ と を 恐 れ る か ら で あ る 。 こ の 場 合 、 当 国人 市 民 の 協 力 が 決 定 的 に重 要 と な る 。 外 国 人 の 人 権 保 障 につ い て は 、 人 権 レ ジ ー ム の確 立 が 必 要 で あ る 。 そ れ が 有 効 に作 動 す る に は 、NGOな ど 市 民 社 会 の 活 性 化 が 必 要 で あ る 。 外 国 人 の 人 権 保 障 で は 、 国 際 的 人 権 レ ジ ー ム が 、 か な り の 程 度 、 有 効 に 作 動 し て い る 。 す な わ ち 、 国 際 的 人 権 諸 条 約 が 当該 国 の 法 体 制(の 整 備)を 通 じ て 、人 権 保 障 上 、 少 な か ら ぬ影 響 力 を も 1本 論 で は 、「ガ ヴ ァ ナ ン ス と は 、 政 府 と い う 組 織 的 で フ ォ ー マ ル の枠 組 み に、 非 組 織 的 あ る い は イ ン フ ォ ー マル な枠 組 み が加 わ っ て 、政 治 的 な 価 値 配 分 や 意 思 決 定 を行 う こ と 」 と 定義 す る 。 2本 論 で は 、「レ ジ ー ム と は 、社 会 的 課 題 の 解 決 、 運 用 に つ い て 、行 為 者 間 で 共 通 の 了解 に 至 っ た ル ー ル 、規 範 、 慣 習 の集 合 」 と 定義 す る 。
っ て い る 。 人 の 国 際 移 動 に つ い て は 、 難 民 救 援 の た め の 国 連 難 民 高 等 弁 務 官 事 務 所(UNHCR)が 活 躍 し て い る 。 国 連 ・移 住 労 働 者 権 利 条 約(1990年 採 択)も 、締 約 国 は 少 な い も の の 、2003年7.月 に 発 効 し て い る 。 滞 在 の ガ ヴ ァ ナ ン ス で は 、 国 家 の 法 と 社 会 政 策 の レ ジ ー ム を 中 心 と し な が らも,内 外 人 の 自発 的 イ ニ シ ャ テ ィ ブ 、 地 方 自治 体 の 行 政 レ ジ ー ム 、 そ れ に 国 際 的 人 権 レ ジ ー ム が 、1つ の ま と ま り を も っ た 複 合 体 と な っ て お り 、 国 際 移 動 後 の 生 活 ・人 権 保 障 体 制 と し て の ガ ヴ ァ ナ ン ス の 機 能 を 果 た し て い る 。 こ の ガ ヴ ァ ナ ン ス の 中で 、 国 際 的 人 権 レ ジ ー ム を 現 場 の 個 別 の 人 権 保 障 と 結 び つ け る も の と し て 、 人 権 専 門 家 やNGO、 NPOな ど が 果 た す 役 割 は 、 大 き い 。 こ れ が 、 市 民 社 会 の 役 割 で あ る 。 出入 国 の ガ ヴ ァ ナ ン ス と 、滞 在 の ガ ヴ ァ ナ ン ス の 両 方 に 関 係 す る 存 在 と し て と く に 重 要 な の が 、 非 合 法 的 存 在(不 法 労 働 者 あ る い は 不 法 滞 在 者)と し て の 外 国 人 単 純 労 働 者 で あ る 。 彼 ら は 、 合 法 的 滞 在 者 と 合 わ せ て 、 外 国 人 と し て 滞 在 国 の 法 的 コ ン ト ロ ー ル 下 に入 る こ と に な る 。 以 上 の 議 論 を 概 念 図 で 表 わ し た の が 、 図 「 出入 国 ・滞 在 の ガ ヴ ァ ナ ン ス 」 で あ る 。 本 論 で は 、1980年 代 か ら2000年 代 に 至 る 時 期 で 、 在 日ア ジ ア 人 の 単 純 労 働 就 労 に 焦 点 を 合 わ せ て 、 出 入 国 の ガ ヴ ァ ナ ン ス と滞 在 の ガ ヴ ァ ナ ン ス の 機 能 を 分 析 し て い く 。 以 下 、 第1に 、 最 近 に お け る 在 日ア ジ ア 人 の 構 成 の 変 化 を 明 ら か にす る 。 第2に 、 合 法 的 に入 国 し て 、 単 純 労 働(あ る い は そ れ に 近 い 労 働)に 従 事 す る 人 々 の 状 況 を 概 観 す る 。 第3に 、 出 入 国 管 理 体 制 と の 関 連 で 、 在 日ア ジ ア 人 の 入 国 と 不 法 長 期 滞 在 の 状 況 に つ い て 分 析 す る 。 第4に 、 在 日外 国 人 の 権 利 保 障 に つ い て 、 国 際 人 権 レ ジ ー ム の 国 内 適 用 と 市 民 社 会 の 役 割 か ら 検 討 し て い く 。 最 後 に 結 論 部 で 、 議 論 の 全 体 を 長期不法滞在 不法就労 国際人権法 外 国人労働 者受入れ 政策 出入国ガ ヴァナ ンス 国境管理 政 府及び 諸 機関 在 日 外 国 人 国内法制 (国 際 人 権 レジ ー ム) 滞在ガヴ ァナンス 外国政府 国 際 ブ ロー カ ー 市民社 会 正当化の範 囲 重複部分 政府の権 限範 囲 図 出入 国と 滞 在 の ガ ヴ ァ ナ ン ス
整 理 し 、 今 後 を 見 通 す 上 で 、 重 要 な 視 点 を 確 認 す る 。 あ ら か じ め 断 っ て お く と 、 本 論 は 、 独 自の 実 証 研 究 を 進 め た 上 で の 成 果 で は な い 。 本 論 で 使 う デ ー タ は 、 近 年 急 速 に 進 ん で き た 、 在 日外 国 人 に 関 す る 社 会 学 的 調 査 の 成 果 を 借 り た も の で あ る 。 最 近 の 状 況 の 見 取 り 図 と し て は 、 英 語 文 献 で はYoko Sellekが 包 括 的 な 議 論 を 展 開 し て お り 、 デ ー タ も 新 し く 正 確 で あ る(Sellek 2001)。 日本 語 で は 、 枚 挙 の 逗 も な い ほ ど 多 く の 論 文 、 著 書 が 発 表 さ れ て い る 。 そ の な か で も 、梶 田孝 道 、 宮 島 喬 な ど は 、 国 際 的 比 較 と い う 視 点 で 、 在 日外 国人 問 題 を 議 論 し 、 社 会 学 的 に 理 論 化 を 試 み て い る(梶 田1994;梶 田 ・ 宮 島2002)。 駒 井 洋 、 奥 田 道 大 、 鐘 ヶ 江 晴 彦 な ど は 、 社 会 学 的 な 実 態 調 査 を 指 導 し て い る(奥 田 ・ 田 嶋1995;駒 井2002;鐘 ヶ 江2001)。 若 手 研 究 者 で は 、 駒 井 、 奥 田 、 鐘 ヶ 江 な ど の グ ル ー プ に 加 え て 、 梶 田、 宮 島 な ど の グ ル ー プ や そ の 他 の 独 立 研 究 者 が 、 精 力 的 に社 会 調 査 を 進 め て い る 。 そ の 結 果 、 在 日韓 国 ・朝 鮮 人 だ け で な く 、 ブ ラ ジ ル 人 、 中 国 人 、 韓 国 人 、 フ ィ リ ピ ン 人 、 タ イ 人 、 イ ラ ン 人 、 バ ン グ ラ デ シ ュ 人 、 ベ ト ナ ム 人 (難 民)な ど の 社 会 的 実 態 が 、 明 ら か に な っ て き て い る 。 本 論 は 、 レ ジ ー ム と ガ ヴ ァ ナ ン ス と い う 政 治 学 的 理 論 枠 組 を 使 っ て 、 在 日外 国 人 の 現 状 を 理 解 し よ う と す る も の で あ る 。 こ の 点 で は 、 梶 田 、 宮 島 の 理 論 化 と は 、 異 な る 方 向 か ら 問題 に 迫 る こ と に な る 。
Ⅱ
.最 近 の 在 日外 国 人 の 変化
『 出 入 国 管 理 統 計 年 報 』(法 務 省 大 臣 官 房 司 法 法 制 部 編)に 拠 っ て 、 最 近 の 在 日外 国 人(外 国 人 登 録 を し た 正 規 の 滞 在 者)の 変 化 を み て い く と 、2001年12月31日 現 在 で 、 総 数 は177万8千 人 で あ る 。 こ の 数 は 、1986年 末 で86万7千 人 、1991年 末 で121万9千 人 、1996年 末 で141万5千 人 で あ っ た か ら 、 こ の15年 間 に2倍 に 増 加 し た こ と に な る 。 次 に 、 国 籍 別 の 推 移 を み る こ と に し よ う 。 第1に 、 ブ ラ ジ ル 人 、 ペ ル ー 人 で あ る が 、 ブ ラ ジ ル 人 は 、1986年 末2千 人(在 日 外 国 人 総 数 の 0.3%)、1991年 末11万9千 人(9.8%)、1996年 末20万2千 人(14.3%)、2001年 末26万6千 人 (15.0%)と 増 加 し て き て い る(1998年 、1999年 に や や 減 少 す る が)。 ペ ル ー 人 も 、1986年 末550人 (0.1%未 満)、1991年 末2万6千 人(2.2%)、1996年 末3万7千 人(2.6%)、2001年 末5万 人(2.8 %)と 、 絶 対 数 は 大 き く な い が 、 増 加 し て き て い る 。 彼 ら の 増 加 は 、1990年 の 出 入 国 管 理 及 び 難 民 認 定 法(以 下 、 入 管 法 と 略)の 改 正 と 関 係 し て い る 。 こ の と き 、 定 住 者 ビ ザ が 新 設 さ れ 、 こ の ビ ザ が 日 系 の2世 、3世 に 発 給 さ れ る こ と に な っ た 。 彼 ら が 日本 国 内 で 就 く 職 業 に は 、 制 限 が 課 さ れ な い こ と に な っ た 。 い わ ゆ る 単 純 労 働 が 、「 日本 社 会 と の つ な が り 」 と く に 「 日 本 社 会 と の 血 の つ な が り 」 を も つ 外 国 人(イ ン ド シ ナ 難 民 、 日系 人)に の み 、 公 式 に 開 放 さ れ た(法 務 省 入 国 管 理 局 1998:96)。 日 系 人 の 増 加 は 、 と り わ け1990年 代 に 顕 著 で あ っ た 。 第2に 、 フ ィ リ ピ ン 人 と タ イ 人 で あ る が 、 フ ィ リ ピ ン 人 は 、1986年 末1万9千 人(2.2%)、1991 年 末6万1千 人(5.1%)、1996年 末8万5千 人(6.0%)、2001年 末15万7千 人(8.8%)で あ っ た 。 タ イ 人 は 、1986年 末2千9百 人(0.3%)、1991年 末8千9百 人(0.7%)、1996年 末1万8千 人 (1.3%)、2001年 末3万2千 人(1.8%)で あ っ た 。 両 者 と も 、 絶 対 数 、 相 対 数 の 両 方 で 増 加 傾 向 が明 ら か で あ る 。 と り わ け 、 フ ィ リ ピ ン 人 は 、2001年 で は 在 日外 国 人 で 第3位 を 占 め る ま で に 至 っ て い る 。 こ の 理 由 は 、 興 行 ビ ザ で 滞 在 し て い る フ ィ リ ピ ン 女 性 と 、 日本 人 男 性 と 結 婚 し た 女 性 の 増 加 に あ る と 思 わ れ る 。 第3に 、 イ ラ ン 人 、 バ ン グ ラ デ シ ュ 人 、 パ キ ス タ ン 人 で あ る が 、 イ ラ ン 人 は 、1986年 末9百 人 、 1991年 末3千4百 人 、1996年 末8千4百 人 、2001年 末6千 人 で あ っ た 。 こ の よ う に 、 イ ラ ン 人 は 、 1980年 代 後 半 か ら1990年 代 の 前 半 に 急 増 し 、1990年 代 後 半 に は 、 減 少 が 始 ま っ て い る 。 次 に バ ン グ ラ デ シ ュ 人 で あ る が 、 彼 ら は1986年 末1千2百 人 、1991年 末2千5百 人 、1996年 末5千9百 人 、 2001年 末7千9百 人 で あ っ た 。 こ の 数 値 で み る 限 り 、 バ ン グ ラ デ シ ュ 人 は 、1980年 代 後 半 に 急 増 し 、 そ れ 以 降 も 逓 増 し て い る 。 最 後 に パ キ ス タ ン 人 で あ る が 、 彼 ら は1986年 末1千2百 人 、1991年 末3千7百 人 、1996年 末5千1百 人 、2001年 末7千9百 人 で あ っ た 。5年 刻 み で み て 、 パ キ ス タ ン 人 は 逓 増 し て き て い る 。 こ の3力 国 の 人 か ら 、 多 く の 不 法 就 労 ・ 不 法 滞 在 者 が 出 て い る 。 第4に 中 国 人 で あ る が 、1986年 末8万4千 人(9.7%)、1991年 末17万1千 人(14.0%)、1996年 末23万4千 人(16.6%)、2001年 末38万1千 人(21.4%)で あ っ た か ら 、 そ の 急 増 傾 向 は 、 明 ら か で あ る 。 彼 ら は 、 こ の15年 間 に 、3倍 に 増 え て い る 。 こ の ま ま の 傾 向 が 続 き 、 下 述 の よ う に 韓 国 ・ 朝 鮮 人 の 減 少 傾 向 も 、 現 状 の ま ま 続 く と す る と 、 こ れ か ら5年 ∼10年 で 、 中 国 人 の 数 が 韓 国 ・ 朝 鮮 人 の 数 を 上 回 る こ と に な る か も し れ な い 。 中 国 人 の 滞 在 資 格 は 研 修 、 留 学 、 就 学 、 技 術 、 人 文 知 識 ・ 国 際 業 務 、 企 業 内 転 勤 、 家 族 滞 在 、 日本 人 の 配 偶 者 等 、 な ど 多 様 で あ る 。 毎 年2千 人 前 後 が 、 留 学 生 ビ ザ か ら 、 就 労 の で き る 在 留 資 格 に 変 更 し て い る(法 務 省 入 国 管 理 局1998:102)。 か つ て の 華 僑 は 、 福 建 省 の 出 身 者 が 多 か っ た 。 し か し 、 今 日の 中 国 人 は 、 上 海 、 北 京 な ど 全 国 各 地 か ら の 出 身 者 で あ る 。 彼 ら の 活 動 は 、 世 界 全 体 に お け る 中 国 人 の 活 性 化 現 象 の1部 と み る こ と が で き る 。 そ の ダ イ ナ ミ ズ ム は 、 お そ ら く 日本1国 の 出 入 国 管 理 能 力 を 超 え る も の で あ ろ う 。 第5に 韓 国 ・ 朝 鮮 人 で あ る が 、 そ の 数 は 、1986年 末67万8千 人(78.2%)、1991年 末69万3千 人 (56.9%)、1996年 末65万7千 人(46.4%)、2001年 末63万2千 人(35.6%)で あ っ た 。 こ の よ う に 、 在 日韓 国 ・ 朝 鮮 人 は 、 相 対 比 で 急 速 に 減 少 し て き て お り 、 絶 対 数 で も 減 少 傾 向 は 、 明 ら か で あ る 。 戦 前 に 日本 に 移 住 し て き た 世 代 は 、 す で に70歳 を 越 し て お り 、 そ の 数 は 自 然 減 少 し て き て い る 。 そ れ に 加 え て 、1985年 の 国 籍 法 改 正 以 降 、 韓 国 ・ 朝 鮮 人 男 性 と 日本 人 女 性 の 間 か ら 生 ま れ た 子 ど も は 、 日本 国 籍 を 取 得 で き る よ う に な っ て い る 。 ま た 日本 人(男 も し く は 女)と の 結 婚 は 、1999年 で 結 婚 総 数9.573組 の う ち の86.2%に 達 し て い る 。 さ ら に は 、 日本 国 籍 を 取 得 す る 帰 化 者 も 、 少 な く な い(1952-2000年 に24万3762人)。 こ の ま ま で 推 移 す れ ば 、21世 紀 の 半 ば に は 、 国 籍 上 の 外 国 人 と し て の 在 日韓 国 ・ 朝 鮮 人 は 、 小 さ な 存 在 と な る 可 能 性 が 高 い 。 し か し 、 エ ス ニ ッ ク 集 団 と し て の 韓 国 ・ 朝 鮮 人 は 、 残 る こ と が で き る 。 そ の た め に は 、 民 族 名 の 使 用 と か 、 民 族 文 化 、 民 族 教 育 、 民 族 語 教 育 が 、 必 要 と な っ て い る(坂 中2001)。 現 在 で は 、1960年 代 以 降 に 生 ま れ た 新 し い 世 代 が 、 約 60%に 達 し て い る(民 団2003b)。 彼 ら に は 、 戦 前 朝 鮮 の 記 憶 は も と よ り 、 戦 後 日本 の 記 憶 も な い 。 日本 社 会 へ の 完 全 同 化 を 避 け よ う と す れ ば 、 エ ス ニ ッ ク に は コ リ ア ン 、 国 籍 は 日本 と い う コ リ ア 系 日本 人 が 、 半 世 紀 後 に は 主 流 に な っ て い る か も し れ な い 。 海 外 に 住 む コ リ ア ン 全 体 で み れ ば 、 在 日
コ リ ア ン の60-70万 と い う 数 は 、 海 外 コ リ ア ン 総 数588万 人(1999年 、 米 国 に206万 人 、 中 国 に204万 人)の10%程 度 で あ る(朴2002:3-4)。 在 日コ リ ア ン が 、 日本 以 外 の 世 界 に 目 を 向 け る 時 代 が 始 ま っ て い る 。 次 に 、 外 国 人 の 新 規 入 国 に 注 目 し て み た い 。 し か し 、 そ の 際 、 一 般 傾 向 を 通 時 的 に 検 討 し て も 、 あ ま り 意 味 が な い 。 注 目 す べ き な の は 、 急 激 な 増 加 と 、 急 激 な 減 少 で あ る 。 そ こ に は 、 出 入 国 管 理 体 制 の 変 化 が 関 係 し て い る か ら で あ る 。 バ ン グ ラ デ シ ュ 人 の ピ ー ク は 、1988年 の13.994人 で あ り 、 翌 年 の1989年 に は 、2.742人 と 急 に 減 少 し た(因 み に 、2001年 で は3.043人)。 パ キ ス タ ン 人 の ピ ー ク は 、 同 じ く1988年 で あ り 、 そ の 数 は19.106人 で あ っ た 。 そ の 翌 年 の1989年 に は5.938人 と な り 、 2001年 に は4.602人 で あ る 。 両 国 人 の 減 少 の 原 因 は 、1989年1,月 に 日本 と 両 国 と の ビ ザ 相 互 免 除 協 定 が 一 時 停 止 に な っ た こ と で あ る 。 同 様 に 、 イ ラ ン と 日本 と の ビ ザ 相 互 免 除 協 定 は 、1992年4Aに 一 時 停 止 に な っ た 。 そ の 影 響 を 受 け て 、 イ ラ ン 人 の 新 規 入 国 の ピ ー ク は 、1991年 の47.127人 と な り 、 翌1992年 に は14.314人 に 減 少 し た(因 み に 、2001年 で は3.081人)(総 合 研 究 開 発 機 構1993; Yamagishi and Morita 2002)。 ビ ザ 相 互 免 除 協 定 の 停 止 は 、 入 国 者 を 規 制 す る に は 、 有 効 で あ っ た 。 し か し 、 そ の 措 置 の 効 果 は 、 一 た ん 入 国 し た 外 国 人 が 不 法 長 期 滞 在 者 に な る こ と を 予 防 で き る も の で は な い 。 こ こ で 、 長 期 不 法 滞 在 者 の 統 計 を 検 討 す る こ と に し よ う 。 そ の 総 数 は 、1990年7,月 で106.497人(男66.851人 、 女39.646人)か ら1993年5月 の298.646人(男192.114人 、 女106.532人)ま で 逓 増 し 、 そ の 年 を ピ ー ク と し て 、1998年1月 の276.810人(男149.828人 、 女126.982人)か ら2002年1月 の224.067人(男 118.122人 、 女105.945人)と 、 次 第 に 減 少 し て き て い る 。 そ の 間 に 、 総 数 の ピ ー ク は 、1993年 で あ っ た の に 、 女 の ピ ー ク は 、1997年7月 の128.102人 で あ っ た 。 大 雑 把 に 言 え ば 、1990年 代 後 半 か ら は 、 男 も 女 も と も に 逓 減 傾 向 に あ る(『 国 際 人 流 』1994年4月 、98年4月 、2002年5月)。 男 性 の 長 期 不 法 滞 在 者 の 増 減 に つ い て 言 え ば 、 一 番 先 に 注 目 さ れ る の が 、 イ ラ ン 人 、 バ ン グ ラ デ シ ュ 人 、 パ キ ス タ ン 人 の 動 向 で あ る 。 確 か に 、 イ ラ ン 人 は 、1990年7,月 の645人 か ら 、1992年5.月 の39.898人 と 急 増 し 、 そ の 後 は 次 第 に 減 少 傾 向 に 入 り 、2001年1.月 に は4.158人 と な っ て い る 。 バ ン グ ラ デ シ ュ 人 の 場 合 に は 、1990年7月 の7.130人 か ら 始 ま り 、1992年11Aの8.047人 が ピ ー ク で 、 以 降 逓 減 傾 向 で 、1998年1月 に5.326人 と な っ て い る 。 パ キ ス タ ン 人 の 場 合 も 、1990年7月 の7.867 人 か ら1993年 ま で ほ と ん ど 変 わ ら ず 、 そ の 後 も 少 し ず つ 減 る 程 度 で 、1998年1月 に は4.505人 と な っ て い る 。 換 言 す れ ば 、 バ ン グ ラ デ シ ュ 人 、 パ キ ス タ ン 人 と も に 、 ビ ザ 相 互 免 除 協 定 の 一 時 停 止 以 降 は 、 多 く の 人 が ビ ザ 切 れ ・ 不 法 滞 在 を 選 ん だ こ と に な る 。 こ の 他 に 、 男 性 の 増 減 に か な り 影 響 し て い た の は 、1992年5.月 に27.832人 の ピ ー ク を も つ マ レ ー シ ア 人(1990年7.月5.023人 、1998年1 ,月5.340人 、2002年1.月5.280人)と 、1993年5.月 に25.624人 の ピ ー ク を も つ タ イ 人(1990年7.月 4.062人 、1998年1A15.542人 、2002年1 A8.020人)で あ っ た 。 他 方 、 一 般 的 増 加 傾 向 に あ る の は 、1992年5Hの22.312人 と1996年5 Hの22.549人 と い う2重 の ピ ー ク を も つ 韓 国 人(1990年7月 8.793人 、1998年1月20.792人 、2002年1月20.747人)、1994年5月 の27.152人 と い う ピ ー ク を も つ 中 国 人(1990年7月7.655人 、1998年1月22.778人 、2002年1月15.749人)で あ る(『 国 際 人 流 』
1994年4.月 、97年12.月 、98年4.月 、2001年5.月 、2002年5月)。 女 性 の 長 期 不 法 滞 在 者 の 増 減 傾 向 を 調 べ る と 、 こ の 間 を 通 し て 、 減 少 を は さ み つ つ も 、 全 体 的 に 増 加 傾 向 に あ る の が 、 フ ィ リ ピ ン 人 で あ る 。 そ の 数 は 、1990年7Aに13.044人 で あ り 、 そ の 後 も 増 え つ づ け 、1998年1月 に は27.119人 と な っ て い る 。 以 降 逓 減 し 、2002年1月 で は19.193人 で あ る が 、 そ の 絶 対 数 は あ ま り 減 っ て い な い 。 次 に 注 目さ れ る の が 、 タ イ 人 で あ る(1990年7月 は7.461 人)。 そ の ピ ー ク は 、1993年5月 の29.759人 で あ り 、1997年1月 で も22.674人 で あ っ た 。 し か し 、 近 年 急 速 に 減 少 し て お り 、2002年1.月 で は8.905人 と な っ て い る 。 こ の 他 、1997年7月 に ピ ー ク が く る 韓 国 人(31.375人)、 中 国 人(15.228人)も 、1990年 代 後 半 ま で 女 性 が 逓 増 し た 要 因 で あ る (現 在 で は 、 や や 逓 減 傾 向)。 2002年1月1日 現 在 で 、 長 期 不 法 滞 在 者 は 総 数224.067人 で あ る 。 そ の 内 訳 を み る と 、 短 期 滞 在 者163.271人(全 体 の72.9%)、 興 行 ビ ザ 入 国 者11.154人(5.0%)、 就 学 生9.953人(4.4%)、 留 学 生4.442人(2.0%)、 研 修 生3.264人(1.4%)で あ る(『 国 際 人 流 』2002年5H)。 し か し 、 興 行 ビ ザ 入 国 者 、 就 学 生 、 研 修 生 は 、 長 期 不 法 滞 在 者 で な く と も 、 実 質 的 に 単 純 労 働 者 化 し て い る 。
Ⅲ
.合 法 入 国、 単 純 労働
興 行 ビ ザ 入 国 者 、 就 学 生 、 研 修 生 、 あ る い は 日 系 人 は 、 合 法 的 に 入 国 し 、 単 純 労 働 に 従 事 す る こ と に な る(浅 野1997;坪 谷2002)。 興 行 ビ ザ の 多 く は 、 フ ィ リ ピ ン か ら の 女 性 の 歌 手 、 ダ ン サ ー に 向 け て 発 行 さ れ て き て い る 。 そ の 数 は 、 年 に よ っ て 、 増 減 が あ る が 、1980年 代 後 半 以 降 現 在 ま で 、 毎 年2万 人 か ら5万 人 で あ る 。 1998年 で は 、36.550人 で あ っ た 。 問 題 は 、 彼 女 た ち の 業 務 内 容 で あ る 。 彼 女 た ち に 期 待 さ れ 、 彼 女 た ち が 現 実 に 行 っ て い る 業 務 は 、 ス ナ ッ ク 、 バ ー な ど の ホ ス テ ス 役 で あ り 、 し ば し ば 売 春 で あ る (Ballescas 1992;Caoutte and Saito 1999)。 フ ィ リ ピ ン 女 性 が 日本 に 興 行 ビ ザ で 登 場 す る1980年 代 中 頃 ま で は 、 日本 人 の 男 性 が フ ィ リ ピ ン に 買 春 に 出 か け て い た 。 フ ィ リ ピ ン 女 性 に み る 限 り で は 、 興 行 ビ ザ は 、 正 規 の ビ ザ で あ る の に 、 社 会 的 に 大 き な 問 題 を 含 ん だ も の で あ る 。 こ の こ と は 、 日本 政 府 も 、 フ ィ リ ピ ン 政 府 も 知 っ て い る 。 合 法 入 国 が 不 当 な 労 働 に 直 結 し て い て 、 そ れ が こ の20年 間 黙 認 さ れ て き た こ と は 、 政 府 の ガ ヴ ァ ナ ン ス の 限 界(あ る い は 意 図)を 示 す も の で も あ る 。 フ ィ リ ピ ン 側 は 雇 用 と 外 貨 に 関 心 を も ち 、 日 本 側 は 遊 興 に 関 心 を 寄 せ て い る 。 彼 女 た ち を 救 っ て い る の は 、 日本 の 市 民 団 体(た と え ば 、1986年 設 立 の 「 女 性 の 家HELP」(東 京))で あ る 。 就 学 生 ビ ザ は 、 高 等 学 校 や 日本 語 学 校 な ど 、 大 学 、 短 大 、 専 門 学 校 入 学 前 の 学 生 に 発 給 さ れ る も の で あ る 。 制 度 と し て は 、1990年 の 入 管 法 の 改 正 と と も に 、 始 ま っ た 。 し か し 、 そ れ 以 前 か ら 、 実 質 的 に 就 学 生 向 け の ビ ザ が 「 そ の 他 の 」 在 留 資 格 で 発 給 さ れ て い た 。 こ れ が 本 格 化 す る の は 、1983 年 の 中 曽 根 首 相 の 「 留 学 生10万 人 計 画 」 で あ っ た 。 そ れ は 、 当 時1万 人 で あ っ た 留 学 生 を2000年 ま で に10万 人 に し よ う と い う 構 想 で あ っ た 。 法 務 省 は 、1984年 に 就 学 生 向 け の ビ ザ の 取 得 手 続 き を 大 幅 に 簡 素 化 し た 。 そ の 結 果 、1983年 に は 約3500人 で あ っ た 新 規 入 国 者 が 、1988年 に は 約10倍 の35.000人 以 上 と な っ た 。 と り わ け 、 中 国 人 は 、1983年 の160人 か ら1988年 の28.256人 と 飛 躍 的 に 増 加 し た 。 こ の 勢 い は 、1998年 の 上 海 事 件(学 費 を 払 っ た に も か か わ ら ず 、 ビ ザ が 下 り ず 、 上 海 の 日 本 総 領 事 館 に 中 国 人 が 連 日数 百 人 押 し か け た)と 、 そ の 後 の 日本 語 学 校 の 整 備 で 一 度 、 落 ち 込 む こ と に な っ た が 、1992年 に は 総 数36.555人(う ち 、 中 国 人27.367人)で ピ ー ク に 達 し た 。1996年 に 再 び 落 ち 込 み 、 総 数9.436人(う ち 、 中 国 人2.567人)と な り 、2001年 に は23.932人(う ち 、 中 国 人 15.519人)に 復 活 し て い る 。 就 学 生 は 、 現 在1週 間 に28時 間(も と は20時 間)の ア ル バ イ ト が 認 め ら れ て い る 。 し か し 、 彼 ら は 、 そ れ 以 上 の 時 間 を 単 純 労 働 に 向 け て き た 。 法 務 省 は 、 表 向 き 単 純 労 働 者 の 導 入 を 拒 否 し な が ら 、 実 質 的 に 就 学 生 の 単 純 労 働 者 化 を 促 進 し て い た 。 政 府 は 、 研 修 生 と い う 形 で も 、 実 質 的 に 単 純 労 働 者 の 導 入 を 認 め て い る 。1993年 に 法 務 省 、 外 務 省 、 通 産 省 、 労 働 省 、 建 設 省 の5省 は 、 共 管 の も と に 、 外 国 人 研 修 制 度 を 運 営 す る 国 際 研 修 協 力 機 構(JICTO)を 発 足 さ せ た 。 研 修 生 と し て は 、(1)政 府 機 関(JICA、 海 外 技 術 研 修 者 協 会= AOTSな ど)が 途 上 国 か ら 招 く(受 け 入 れ る)研 修 生 、(2a)企 業 が 単 独 で 海 外 の 子 会 社 な ど か ら 招 く も の で 、JICTOが 受 け 入 れ を 支 援 す る 研 修 生 、(2b)中 小 企 業 の 団 体 の 責 任 で 招 く も の で 、 JICTOが 受 け 入 れ を 支 援 す る 研 修 生 、 及 び(3)入 管 に 直 接 に 申 告 す る 研 修 生 が あ る 。2001年 で 全 体 の 総 数 は 、59.064人 で あ る 。 内 訳 は 、 政 府 の 受 け 入 れ 者12.626人(21.4%)、 民 間 の 受 け 入 れ で JICTOが 支 援 す る 者37.423人(63.4%)、 入 管 直 接 申 告 者9.015人(15.3%)で あ る 。 JICTO支 援 研 修 生37.423人 に 限 定 す る と 、 中 国 人26.837人(71.7%)、 イ ン ド ネ シ ア 人4.155人 (11.1%)、 フ ィ リ ピ ン 人2.090人(5.6%)で あ る 。 年 齢 、 性 別 で み る と 、25∼29歳 の 男 性 、20∼24 歳 の 女 性 が 多 い 。 研 修 の 業 務 は 、 繊 維 ・ 衣 服 、 食 品 、 機 械 、 金 属 ・ 加 工 、 建 設 、 農 業 で あ り 、 団 体 受 け 入 れ 型 で は 、 繊 維 ・ 衣 服 が 約3分 の1で 、 そ の 他 に 食 品 、 建 設 、 農 業 等 と な っ て い る 。 研 修 期 間 は 、1年 以 内 で あ る 。 し か し 、 彼 ら は 労 働 者 で な い の で 、 賃 金 を 受 け 取 っ て お ら ず 、 研 修 手 当 て と し て 、 団 体 監 理 型 受 け 入 れ で 毎 月68.126円(平 均)を 支 給 さ れ て い る 。 政 府 は 、1993年 か ら 技 能 実 習 生 の 制 度 を 始 め た 。 こ れ は 、 研 修 生 で 評 価 試 験 に 合 格 し た 者(ほ ぼ 全 員 合 格)が 、 研 修 修 了 後 、2年 を 限 度 し て(1997年3,月 ま で は1年 間)、 今 度 は 働 け る 制 度 で あ る 。2001年 度 で 技 能 実 習 へ の 移 行 を 申 請 し た 企 業 数 が7.459社 、 申 請 人 数 は22.268人 で あ る 。 こ の 申 請 者 の 内 訳 は 、 中 国 人15.846人(71.2%)、 イ ン ド ネ シ ア 人3.355人(15.1%)、 ベ ト ナ ム 人1.891 人(8.5%)で あ る 。 企 業 規 模 で み る と 、7割 ま で が 従 業 員50人 以 下 で 、 圧 倒 的 に 中 小 企 業 で あ る 。 賃 金 は 、 平 均 月 額12.1万 円 で あ る 。 彼 ら は 労 働 者 で あ る に も か か わ ら ず 、 健 康 保 険 、 厚 生 年 金 保 険 、 労 災 保 険 、 雇 用 保 険 に 加 入 し て い な い 者 が い る こ と が 、JICTO白 書 で も 指 摘 さ れ て い る 。 明 ら か に 、 技 能 研 修 生 は 、 期 限 付 で の 単 純 労 働 者 の 雇 用 で あ る 。 そ れ は 、 中 小 企 業 の 要 望 を 充 足 す る も の で あ る(国 際 研 修 協 力 機 構2002;梶 田 ・ 宮 島2002:86-94;駒 井2002:92-129)。 1980年 代 後 半 、 日本 で は 、 外 国 人 労 働 者 を 受 け 入 れ る か ど う か で 、 鎖 国 論 、 開 国 論 、 あ る い は 必 然 論 な ど 、 一 時 盛 ん に 議 論 さ れ た 。 し か し 、1990年 代 の 前 半 に バ ブ ル 経 済 が は じ け る と 、 長 引 く 不 況 の 中 で 、 外 国 人 労 働 者 問 題 へ の 関 心 は 低 下 し て き て い る 。 そ こ に は 、 不 況 に な れ ば 、 外 国 人 の 労 働 の 必 要 性 が 無 く な る 、 と い う 社 会 的 雰 囲 気 が 強 か っ た 。 し か し 、 上 述 の よ う に 、 不 況 の 中 で も 、
ブ ラ ジ ル 人 、 中 国 人 、 フ ィ リ ピ ン 人 な ど の ア ジ ア 人 は 、 単 純 労 働 の 場 か ら 撤 退 し て い な い 。 そ の 理 由の 一 つ は 、 サ ー ビ ス 産 業 が 日本 人 の ブ リ タ ー 、 学 生 の ア ル バ イ ト 、 主 婦 の パ ー ト タ イ ム 、 ア ジ ア 系 の 移 住 者 な ど に 、 い っ そ う 安 い 労 働 力 を 求 め て い る こ と で あ る 。 も う 一 つ の 理 由 は 、 も っ と根 源 的 で あ る 。 不 況 と 言 っ て も 、 す べ て の 業 種 が 完 全 に 不 況 な の で は な い 。 日系 人 は 、 群 馬 県 太 田 市 、 静 岡 県 浜 松 市 、 愛 知 県 豊 田市 な ど で 、 自動 車 製 造 、 電 子 部 品 製 造 な ど の 労 働 に従 事 し て い る 。 彼 ら の 雇 用 形 態 は 、 大 企 業 で の 、 業 務 請 負 業 者 を 通 じ て の 間 接 雇 用 で あ る 。 そ れ は 、 日本 に お け る 労 働 需 要 の2重 構 造 の 下 部 に 適 応 す る 。 彼 ら は 、 深 夜 勤 務 を 受 け 入 れ 、 ま た 企 業 の 要 請 の 変 化 に応 じ ら れ る フ レ キ シ ブ ル な 労 働 力 で あ る 。 彼 ら の 家 族 構 成 員 も 、 従 家 族 者 と し て 、 コ ン ビ ニ 向 け の 弁 当 工 場,農 協 、 漁 協 、 産 業 廃 棄 物 処 理 場 な ど で 働 い て い る 。 彼 ら に は 、食 堂 、 小 商 店 、 旅 行 業 な ど 、 エ ス ニ ッ ク ・ビ ジ ネ ス を 営 む 者 も あ る 。 日系 人 は 、 い ま で は 、 地 域 社 会 に 定 着 し つ つ あ る 。 彼 ら は 、 生 活 エ ン ジ ョ イ 型 、 あ る い は 消 費 志 向 型 に 転 換 し つ つ あ る 。 lV.出 入 国 の ガ ヴ ァ ナ ン ス 1980年 代 半 ば ま で 、 戦 後 の 日本 政 府 は 、 出 入 国 管 理 で は 外 国人 の 単 純 労働 者 の 導 入 を 拒 否 し 、 国 内 に滞 在 す る 外 国 人 に は 、 国籍 条 項 な ど を も っ て 外 国 人 を 差 別 す る 方 針 を 標 榜 し て き た 。 こ の2つ の 原 則 が 、 社 会 的 に 崩 れ 出 す の は 、1980年 代 で あ る(近 藤2002)。 法 的 に は 、 出 入 国 管 理 で は 、 1990年 の 入 管 法 の 改 正 が 、 新 し い 状 況 に 対 す る 対 応 で あ る 。 在 日外 国 人 の 滞 在 に 関 し て は 、1978年 の 国 際 人 権A規 約 、 同B規 約 、1980年 の 女 子 差 別 撤 廃 条 約 、1981年 の 難 民 条 約 な ど へ の 加 入 が 、 国 内 的 に 大 き な 影 響 力 を も つ こ と に な っ た 。 そ れ は 、 国 際 人 権 レ ジ ー ム の 国 内 的 適 用 の 問 題 で あ っ た 。1990年 代 後 半 に な る と 、 出 入 国 管 理 体 制 の 綻 び が 、 国 際 人 権 レ ジ ー ム で 補 修 さ れ よ う に な っ た 。 ふ り か え っ て み る と 、 近 代 日本 で 、 外 国人 の 単 純 労 働 者 を 採 用 し な い と い う 原 則 は 、 一 度 と し て 現 実 に 採 用 さ れ る こ と は な か っ た 。 第2次 大 戦 期 に は 、 日 中戦 争 後 に 青 年 男 子 を 戦 争 に狩 り 出 し 、 そ の 結 果 生 じ た 労 働 力 の 不 足 を 補 う た め に 、 日本 政 府 と 産 業 界 は 、 朝 鮮 人150万 人 、 中 国 人5万 人 を 強 制 連 行 し た 。 彼 ら は 、 国 内 の 炭 坑 、 建 設 現 場 な ど の 労 働 に従 事 さ せ ら れ た 。 対 照 的 に 、 第2次 大 戦 後 に 、 日本 国 家 は 、 外 国 か ら 単 純 労働 者 の 導 入 を 拒 否 す る 政 策 を 標 榜 す る こ と に な っ た 。 し か し 、 国 内 に は 、 旧植 民 地 人 の 韓 国 ・ 朝 鮮 人63万 人 が 住 ん で い た(1972年 末)。 彼 ら は 、 公 務 員 、 大 企 業 の 社 員 、 公 立 学 校 教 員 な ど の 職 か ら 排 除 さ れ て お り 、 単 純 労働 、 廃 品 回 収 や 自営 業 、 パ チ ン コ 業 経 営 な ど の 業 務 に 従 事 し た 。1960-70年 代 に 、 東 北 、 九 州 地 方 か ら 関 東 、 関 西 な ど 大 都 市 圏 へ の 出 稼 ぎ(季 節 労働)は 、 在 日韓 国 ・朝 鮮 人 労働 の 不 足 分 を 補 う も の で あ っ た と み る こ と も で き る 。 こ の よ う な 事 実 にも か か わ ら ず 、 多 く の 日本 人 は 、 日本 経 済 は 、1960年 代 に外 国 人 の 労 働 力 を 借 り ず に 、 急 成 長 を 遂 げ た と 思 い こ ん で き た 。1980年 代 半 ば 以 降 は 、 上 述 の よ う に 、 新 た に入 国 し た 中 国 人 、 バ ン グ ラ デ シ ュ 人 、 パ キ ス タ ン 人 、 イ ラ ン 人 、 フ ィ リ ピ ン 人 、 韓 国 人 、 マ レ ー シ ア 人 、 あ る い は 日系 の ブ ラ ジ ル 人 、 ペ ル ー 人 な ど が 、 実 質 的 に 単 純 労 働 に従 事 し て き た 。
日 本 政 府 、 と く に 法 務 省 は 、1960年 代 に 外 国 か ら 契 約 労 働 者 を 導 入 し た 西 ド イ ツ(当 時)、 フ ラ ン ス な ど の 例 か ら 、 一 た ん 入 国 し た 外 国 人 労 働 者 が 、 契 約 期 限 切 れ 後 に 定 住 化 す る 危 険 を 警 戒 し て き た 。 確 か に 、1989年1A以 降 、 日本 ・ バ ン グ ラ デ シ ュ 問 の ビ ザ 相 互 免 除 協 定 と 、 日本 ・ パ キ ス タ ン 間 の ビ ザ 相 互 免 除 協 定 が 一 時 停 止 さ れ 、 ま た1992年4Hに 、 日本 ・ イ ラ ン 間 の ビ ザ 相 互 免 除 協 定 が 一 時 停 止 さ れ た こ と に よ っ て 、 そ の 直 後 か ら バ ン グ ラ デ シ ュ 人 、 パ キ ス タ ン 人 、 イ ラ ン 人 の 新 規 入 国 が 、 上 述 の よ う に 、 激 減 し た 。 以 上 の 措 置 が 入 国 制 限 に も っ た 効 果 は 、 明 ら か で あ っ た 。 し か し 、 そ の 措 置 が 、 そ れ ぞ れ の 人 々 の 長 期 不 法 滞 在 化 を 強 め る 効 果 を も っ た こ と も 、 上 述 し た 通 り で あ る 。 こ の 措 置 は 、 一 旦 出 国 し た 場 合 、 再 入 国 の 見 通 し を 無 く し て い た 。 1990年 に 改 正 さ れ た 入 管 法 は 、 高 度 の 知 識 や 専 門 性 を も つ 者 に つ い て 、 投 資 ・ 経 営 、 法 律 ・ 会 計 業 務 、 技 術 、 人 文 知 識 ・ 国 際 業 務 、 企 業 内 転 勤 な ど 、 ビ ザ 資 格 を 明 確 に す る と と も に 、 単 純 労 働 者 に つ い て は 、 締 出 し の 原 則 を 掲 げ つ づ け 、 不 法 就 労 の 外 国 人 を 雇 っ た 者 と 不 法 活 動 を 助 長 し た 者 に 対 し て 不 法 就 労 助 長 罪(3年 以 下 の 懲 役 ま た は200万 円 以 下 の 罰 金)を 設 定 し た 。1990年 に 、 こ れ ま で い わ ば 留 学 生 ビ ザ の 特 別 扱 い を し て き た 就 学 生 と 研 修 生 に つ い て も 、 明 確 に 就 学 と 研 修 と い う ビ ザ 資 格 を 新 設 し た 。 あ わ せ て 、 上 述 の よ う に 、 定 住 者 ビ ザ が 新 設 さ れ 、「 日本 社 会 と の つ な が り 」 と く に 「 日本 社 会 と の 血 の つ な が り 」 を も つ 者 に は 、 単 純 労 働 へ の 就 労 を 認 め る こ と に な っ た 。 そ の 結 果 と し て 、 ブ ラ ジ ル 人 で 「 日本 人 の 配 偶 者 等 」 の 資 格 で 滞 在 す る 者 が 、1992年91.816人 、 1997年113.319人 、2000年101.623人 と い う よ う に 、 多 く な っ た 。「 定 住 者 」の 資 格 で 滞 在 す る 者 は 、 1992年 に55.282人 、1997年 に111.840人 、2000年 に137.649人 と 増 加 し た 。 前 者 の 資 格 の 者 は 、 多 く が 日 系2世 で あ り 、 後 者 の 資 格 の 者 は 、 多 く が 日 系3世 で あ あ る 。 彼 ら の 中 に は 、 日本 人 と 血 縁 で な く 、 家 族 と し て つ な が っ て い る 者(子 、 配 偶 者)も 含 ま れ て い る 。 因 み に 、 新 規 入 国 者 数 で み る と 、「 日本 人 の 配 偶 者 等 」 資 格 の 者 が 、1992年 に16.815人 、1997年 に13.945人 で あ っ た 。「 定 住 者 」 資 格 の 者 は 、1992年 に247人 で 、1997年 に23.456人 で あ る 。 日系 人 で は 、 明 ら か に 、2世 か ら3世 へ と 、 世 代 交 替 が 進 ん で い る 。 そ の こ と は 、 日系4世 の 問 題 が 生 じ る こ と も 意 味 し て い る 。 定 住 者 ビ ザ は 、 日系 人 を 単 純 労 働 者 と し て 導 入 す る こ と を 目 的 と し て 、 新 設 さ れ た か ど う か に つ い て は 、 い ま の と こ ろ 、 真 実 は 不 明 で あ る 。 公 的 に は 、 そ の 目 的 は 、 別 の と こ ろ(在 日韓 国 ・ 朝 鮮 人 の 特 別 永 住 者 と 、 日本 人 の 血 筋 を 引 く 者[日 系 人 、 中 国 残 留 日本 人]と の 平 衡 措 置)に あ っ た 、 と 説 明 さ れ て い る 。 し か し 、 そ の 意 図 の 所 在 が ど こ に あ っ た に せ よ 、 定 住 ビ ザ の 新 設 と 、 そ れ に 伴 う 「 日本 人 の 配 偶 者 等 」 ビ ザ の 活 性 化 は 、 次 の2つ の 意 味 で 絶 妙 な 政 策 で あ っ た 。1っ の 意 味 は 、 日 系 ブ ラ ジ ル 人 は120万 人 で あ り 、 そ の 定 義 が 拡 大 さ れ る に せ よ 、 数 に は 一 定 の 限 界 が あ る と み え た こ と で あ る 。 第2の 意 味 は 、 日 系 人 に つ い て 同 じ 血 筋 と い う 神 話 が 成 立 し 、 国 民 に 広 く 受 け 入 れ て い る 単 一 民 族 信 仰 と い う 神 話 と 共 鳴 で き た こ と で あ る 。 こ の 一 致 の 思 い こ み に よ っ て 、 定 住 化 問 題 か ら 、 注 意 が 逸 ら さ れ る こ と に な っ た 。 新 入 管 法 の も と で 、1993年 に 技 能 実 習 生 の 制 度 が 発 足 し 、 研 修 生 、 技 能 実 習 生 を 取 り 扱 う JITCOが 設 置 さ れ た 。 彼 ら は 、 縫 製 、 建 設 、 食 品 加 工 、 水 産 加 工 、 農 業 な ど の 単 純 労 働 に 従 事 し て い る 。 さ ら に 、2000年3.月 の 第2次 出 入 国 管 理 基 本 計 画 は 、 研 修 生 ・ 技 能 実 習 生 の 枠 を 拡 大 す る
こ と(ホ テ ル 従 業 員 を 含 む)、 外 国 人 を 介 護 労 働 者 と し て 導 入 す る こ と 、 及 びITな ど 高 度 の 技 術 者 と し て 外 国 人 を 導 入 す る こ と を 提 案 し て い る 。 現 行 の 出入 国 管 理 体 制 で は 、 外 国 人 に 対 し て 、 不 法 入 国(上 陸 ・入 国)罪(3年 で 時 効)、 不 法 残 留 罪 、 不 法 在 留 罪(2000年 に 新 設 、 時 効 無 し)が 設 け ら れ て い る 。 い ず れ も 、3年 以 下 の 懲 役 、 禁 固 、 も し く は30万 円以 下 の 罰 金 が 課 さ れ る 。 し か し 、 余 罪 が 無 い 限 り 、 執 行 猶 予 が つ き 、 入 管 に 送 ら れ て 、 日本 か ら の 強 制 退 去 と な る 。 強 制 退 去 さ れ た 者 は 、5年 間 は 再 入 国 で き な い(2000年 の 改 定 ま で は1年 間)。 以 上 の 措 置 は 、 多 く 場 合 、 単 純 労 働 に 従 事 す る 不 法 就 労 者 に 適 用 さ れ て い る 。 し か し 、 こ の よ う な 措 置 に よ っ て も 、 長 期 不 法 滞 在 者 を 決 定 的 に 削 減 で き て い な い 。 近 年 長 期 不 法 滞 在 者 が 漸 減 し て い る 最 大 の 原 因 は 、1990年 代 か ら の 日系 人 の 導 入 で あ る と 思 わ れ る 。 そ れ 以 外 、研 修 生 の 増 大 、 技 能 実 習 生 の 新 設 、 あ る い は 就 学 生 の 再 増 大 な ども 、 長 期 不 法 滞 在 者 減 少 の 要 因 と な っ て い る の で あ ろ う 。 V.滞 在 の ガ ヴ ァ ナ ン ス 現 在 、 日本 で 単 純 労 働 に 従 事 し て い る 外 国 人(以 前 か ら の 在 日韓 国 ・朝 鮮 人 、 中 国 人 を 除 く)と し て は 、(1)入 国 は 合 法 的 で あ り 、 就 労も 合 法 的 で あ る が 、 労 働 条 件 が 必 ず し も 良 好 と い え な い 者 (日 系 人)、(2)入 国 は 合 法 的 で あ り 、 就 労 も 合 法 的 で あ る が 、 労働 条 件 が 劣 悪 で あ る 者(興 行 ビ ザ で 入 国 、 滞 在 す る フ ィ リ ピ ン 女 性)、(3)就 労 し な い と い う 条 件 で 、 合 法 的 に 入 国 し な が ら 、 入 国 後 は 不 良 な 労 働 条 件 で 働 く こ と に な る 者(研 修 生 、 技 能 実 習 生)、(4)入 国 は 合 法 的 で あ り 、 就 労 も 一 定 限 度 で 認 め ら れ て い る が 、 不 良 な 条 件 で 働 く 者(就 学 生 、 留 学 生)、(5)入 国 は 短 期 ビ ザ で 入 り 、 す ぐ に 非 合 法 に 働 き 出 す 者(は じ め か ら 不 法 就 労 者)、(6)長 期 不 法 滞 在 者 と し て 不 良 な 条 件 や 劣 悪 の 条 件 で 働 い て い る 者(上 記 の2∼5の 類 型 か ら の 長 期 不 法 滞 在 者)が い る 。 彼 ら の 問 題 は 、 労働 ・ 生 活 条 件 の 改 善 と 、 非 合 法 的 存 在 の 救 済 で あ る 。 後 者 の 問題 は 、 非 合 法 的 存 在 を 合 法 的 存 在 に 変 え る と い う こ と で あ る 。 一 般 的 に い え ば 、 ア サ イ ラ ム(asylum)の 問 題 で あ り 、 日本 で い え ば 、 ケ ー ス 毎 の 在 留 特 別 許 可 の 問 題 で あ る 。 外 国人 は 、 ど の よ う な 資 格 で 入 国 す る にせ よ 、 家 族 呼 び 寄 せ や 、 日本 人 と の 家 族 形 成(結 婚 、 子 ど も の 誕 生)を 通 じ て 、 日本 社 会 に 定 着 し 、 永 住 化 す る 傾 向が 出 て く る 。 こ の こ と は 、 決 し て 日本 に滞 在 す る 外 国 人 に 限 ら ず 、 す べ て の 国 に 生 活 す る 外 国 人 に つ い て 、 一 般 的 に み ら れ る こ と で あ る 。 だ か ら こ そ 、 日本 政 府 は 、 外 国 人 の 単 純 労 働 者 を 受 け 入 れ る こ と に 警 戒 的 で あ っ た 。 し か し 、 そ の 警 戒 にも か か わ ら ず 、 外 国 人 に 日本 定 住 の 傾 向 が 起 き て き て い る 。 ふ り か え っ て み る と 、在 日韓 国 ・ 朝 鮮 人 の コ ミ ュ ニ テ ィ も 、 そ の 一 般 的 法 則 通 り に 形 成 さ れ た 。 将 来 を み る と 、 日系 人 に つ い て 、4世 にも 定 住 の 資 格 を 認 め る こ と に な る 。 し ば し ば 指 摘 さ れ る よ う に 、 日本 社 会 は 、 在 日外 国 人 の 権 利 に 対 し て 、 差 別 的 に 取 り 扱 っ て き た 。 こ の 状 況 に 対 し て 、 日本 人 と 同 等 の 権 利 を 要 求 し て 、 社 会 運 動 を 展 開 し た 主 力 は 、 在 日韓 国 ・ 朝 鮮 人 で あ っ た 。 そ の 他 の 外 国 人 や 日本 人 の な か に も 、 こ の 運 動 と 協 働 し 、 あ る い は こ れ を 支 援 す
る 人 々 が い た 。 そ の 歴 史 を 簡 単 に た ど れ ば 、1970年 代 に は 、 日立 製 作 所 職 員 採 用 、 日本 育 英 会 奨 学 金 貸 与 、 日本 電 電 公 社 職 員 採 用 、 司 法 研 修 生 の 受 け 入 れ 、 地 方 自体 職 員 採 用 試 験 の 国 籍 条 項 廃 止 な ど が 、 運 動 の 成 果 と な っ た 。1980年 代 に は 、 公 営 住 宅 ・公 団 住 宅 入 居 、 国 民 金 融 公 庫 ・住 宅 金 融 公 庫 貸 付 な ど の 国 籍 条 項 廃 止 か ら 始 ま り 、 国 民 年 金 加 入 、 国 民 健 康 保 険加 入 、 児 童 手 当 支 給 、 国 立 ・ 公 立 大 学 教 員 採 用 の 開 放 に ま で 、 制 度 が 改 変 さ れ た 。1990年 代 に は 、 永 住 者 に つ い て 外 国 人 登 録 時 の 指 紋 押 捺 が 廃 止 さ れ 、 い く つ か の 政 令 指 定 都 市 で 消 防 職 員 を 除 く 全 職 員 の 採 用 資 格 か ら 国籍 条 項 が 廃 止 さ れ た 。1999年 の 外 国 人 登 録 法 の 改 正 に よ り 、 指 紋 押 捺 制 度 が 全 面 的 に撤 廃 さ れ た 。 そ の 間 に 、 高 校 総 体 、 高 校 野 球 も 、 日本 の 高 校 に相 当す る 外 国 人 高 校 にも 開 放 さ れ る よ う に な っ て い る 。 し か し 、2002年 に は 、 国 立 大 学 の 受 験 資 格 が 朝 鮮 高 級 学 校 な ど 民 族 学 校 の 卒 業 生 にも 開放 さ れ る よ う と し て い た の に 、2003年3月 に は 、 文 部 科 学 省 は こ れ を 認 め な い 決 定 を し た 。 以 上 の 成 果 は 、 確 か に在 日外 国 人 と 日本 人 の 協 力 に よ る 権 利 獲 得 運 動 の 成 果 で あ る 。 し か し 、 こ の 運 動 と 共 鳴 し な が ら 、 そ れ に 劣 ら な い 効 果 を も っ た の が 、 国 際 人 権 レ ジ ー ム の 働 き で あ っ た 。 国 際 人 権A規 約 、 同B規 約 署 名(1978年)に 合 わ せ て 、住 宅 関 係 の 国籍 条 項 が 廃 止 さ れ た 。 難 民 条 約 へ の 加 入(1981年)の 結 果 、国民年 金 、児童 手 当な どから 国籍条 項 が撤廃 され た。 女子 差別撤 廃条 約 へ の 加 入(1980年)の 後 、1985年 の 国 籍 法 改 正 で 、 日本 国 籍 に 関 し て 父 親 と母 親 の 平 等 原 則 が 成 立 し た 。 そ の 結 果 と し て 、 韓 国 ・ 朝 鮮 人 父 親 と 、 日本 人 母 親 か ら 生 ま れ た 子 で 、 日本 国籍 を 選 ぶ 者 が 多 く な っ て い る 。 人 種 差 別 撤 廃 条 約 も 、1995年 に 署 名 し 、1996年 か ら 発 効 し て お り 、 国 内で も 法 的 効 果 を も っ て い る 。 子 ど も の 権 利 条 約 は 、1994年 か ら 国 内 で 発 効 し て お り 、 そ れ は 、 次 に述 べ る 在 留 特 別 許 可 申請 の 裁 定 に 当 た っ て 、 効 果 を も つ こ と に な っ た 。 1999年9月1日 に 、 東 京 入 管 に 長 期 不 法 滞 在 者 の5家 族(イ ラ ン4、 ミ ャ ン マ ー1)、2個 人 (イ ラ ン 、 バ ン グ ラ デ シ ュ 各1)の21人 、 同 年12月27日 に5家 族(す べ て イ ラ ン)の17人 、 さ ら に 2007年7月12、13日 に7家 族(イ ラ ン2、 フ ィ リ ピ ン 、 ペ ル ー 、 ミ ャ ン マ ー 、 コ ロ ン ビ ア 、 中 国 各 1)、1個 人(バ ン グ ラ デ シ ュ)の26人 が 、 在 留 特 別 許 可 を 求 め て 、 集 団 で 出 頭 し た(AP.F.S. 2002)。 在 留 特 別 許 可 は 、 法 務 大 臣 の 裁 可 に よ っ て 決 ま る こ と にな っ て い る が 、 裁 可 の 結 果 は 、 第 1次 出 頭 で は4家 族(す べ て イ ラ ン)の16人 、 第2次 出 頭 で は1家 族(イ ラ ン)の4人 、 第3次 出 頭(2002年9月 現 在)で は5家 族(イ ラ ン2、 フ ィ リ ピ ン 、 ペ ル ー 、 ミ ャ ン マ ー 各)の21人 に つ い て 、 在 留 特 別 許 可 が 出 さ れ た(駒 井 な ど2000)。 こ の 裁 決 で は 、 日本 人 と の 血 の つ な が り の な い 家 族 で あ っ て も 、 長 期 に 日本 に滞 在 し 、 安 定 し た 生 計 を 営 ん で お り 、 か っ 基 本 的 に 中 学 校 以 上 に 在 籍 し て い る 子 ど も を も つ 家 族 に 、 在 留 特 別 許 可 が 出 さ れ て い る 。 子 ど も の 教 育 の 権 利 を 認 め た こ と の 背 後 に は 、 子 ども の 権 利 条 約 の 効 力 が あ っ た も の と 思 わ れ る 。 従 前 は 、 主 に2つ の タ イ プ の 人 々 に 、 在 留 特 別 許 可 が 与 え られ て い た 。1つ は 、1980年 代 ま で の こ と で 、 在 留 特 別 許 可 者 の8割 か ら9割 毎 年 数 百 人 か ら1千 数 百 人)は 、 韓 国 ・朝 鮮 人 で あ っ た 。 彼 ら の か な り 多 く は 、 刑 罰 法 令 に違 反 し て 、 退 去 強 制 さ れ る と こ ろ を 「人 道 的 見 地 」 か ら 特 別 の 配 慮 を 受 け た も の で あ る 。 も う1つ の タ イ プ は 、1990年 代 以 降 の こ と で 、 日本 人 ま た は 永 住 者 と の 現 実 的婚 姻 関 係 が あ る こ と に よ っ て 、 在 留 特 別 許 可 を 与 え ら れ た 長 期 不 法 滞 在 者 で あ る 。 そ の 数 は 、
1996年 で 全 数1.511人 の う ち1.281人(84.8%)、1997年 で 同 じ く1.431人 中1.251人(87.4%)、1998
年 で は2.497人 中2.267人(90.8%)で あ る(山 脇2003)。 な お 、 在 日 韓 国 ・ 朝 鮮 人 の ケ ー ス が 激 減 し た の は 、1990年 の 入 管 法 改 正 に よ っ て 、 特 別 永 住 者 に 対 す る 退 去 強 制 事 由 が 大 幅 に 緩 和 し た た め で あ る 。
集 団 出 頭 を 実 践 的 に 支 え た の が 、NGOのAsian People's Friendship Society(APSF)で あ る 。 そ れ を 支 援 し た の が 、 外 国 人 ・ 移 民 問 題 を 研 究 す る 研 究 者 グ ル ー プ(代 表 者 駒 井 洋 教 授)で あ る 。 グ ル ー プ は 、 在 留 特 別 許 可 を 求 め る 長 期 不 法 滞 在 者 の 行 動 を 支 持 し て 、 共 同 声 明 を 作 成 し 、1999年 11.月11日 に 法 務 大 臣 に 提 出 し た 。 こ の 声 明 に は 、1ヶ.月 の 問 に 、 外 国 か ら112人 、 国 内 か ら481人 の 研 究 者 が 加 わ っ た 。 声 明 の 趣 旨 は 、 今 回 の 出 頭 者 は(1)日 本 社 会 で 、 す で に 生 活 の 基 盤 を 形 成 し 、 善 良 な 市 民 と し て 日本 社 会 と の 絆 を 築 き 、 職 場 や 地 域 社 会 の 構 成 員 と な っ て い る こ と 、(2)出 頭 者 に は8名 の 子 ど も が 含 ま れ て い る が 、 子 ど も の 権 利 条 約 を 踏 ま え た 措 置 が 必 要 で あ る こ と 、(3)子 ど も た ち は 、 日本 語 し か 話 せ ず 、 ま た 日本 人 の 子 ど も た ち と 友 人 関 係 を 築 い て い る こ と で あ っ た (駒 井 な ど2000)。 出 入 国 管 理 基 本 計 画(第2次)の 方 針 は 、(1)一 度 限 り の ア ム ネ ス テ ィ 政 策 で も 、 次 回 を 期 待 す る 不 法 滞 在 者 の 流 入 及 び 不 法 滞 在 の 長 期 化 を 誘 発 す る の で 、 不 法 滞 在 の 問 題 の 効 果 的 な 解 決 策 と は な ら な い こ と 、(2)在 留 特 別 許 可 を 受 け る 外 国 人 は 、「 日本 人 等 と の 密 接 な 身 分 関 係 」(日 本 人 と の 婚 姻 関 係 の 実 態)を も ち 、 日本 で 生 活 の 基 盤 を 築 い て い る 人 で あ る こ と 、(3)そ の 外 国 人 と 「 我 が 国 社 会 の つ な が り 」 が 深 く 、 そ の 外 国 人 を 退 去 強 制 す る こ と が 、「 人 道 的 な 観 点 等 」 か ら 問 題 が 大 き い と 認 め ら れ る 場 合 に は 、 在 留 を 特 別 に 許 可 す る こ と 、(4)「 日本 人,永 住 者 又 は 特 別 永 住 者 と の 身 分 関 係 」を 有 す る な ど 、「 我 が 国 社 会 と の つ な が り 」 が 十 分 に 認 め ら れ る 不 法 滞 在 者 に 対 し て は 、 こ れ ま で 通 り 「 人 道 的 な 観 点 」 を 十 分 に 考 慮 し 、 適 切 に 対 応 す る こ と に す る 、 と い う も の で あ る 。 以 上 の 方 針 は 、1990年 代 ま で の 裁 定 結 果 と 符 合 し て い る 。 し か し 、「 我 が 国 社 会 と の つ な が り 」 に 、 子 ど も の 権 利 ま で が 含 ま れ て い る か ど う か は 、 明 確 で な い 。 そ れ で も 、 上 記 の 集 団 出 頭 に 対 す る 法 務 省 の 裁 定 は 、 中 学 生 以 上 の 子 ど も に つ い て 、 教 育 を 受 け つ づ け る 権 利 を 認 め た も の 、 と 解 釈 さ れ る(小 学 校6年 生 以 下 に つ い て は 、 こ れ を 否 認 し た)。 こ の よ う に 、 在 留 特 別 許 可 は 、 一 般 的 ア サ イ ラ ム で な く と も 、 部 分 的 ア サ イ ラ ム に な り つ つ あ る 。 そ こ で は 、 子 ど も の 権 利 条 約 を 始 め 、 国 際 人 権 レ ジ ー ム が 効 果 を も ち 始 め て い る 。 人 種 差 別 撤 廃 条 約 も 、 こ れ か ら 国 内 的 に 有 効 性 を 増 し て く る 、 と 思 わ れ る 。 日 本 も 、 一 般 的 ア サ イ ラ ム を 実 施 す る 時 期 に き て い る と 思 わ れ る 。 す で に ア ジ ア で も 、 韓 国 、 台 湾 、 タ イ は 、 ア サ イ ラ ム を 実 施 し た こ と が あ る(早 瀬2001:10、12;駒 井 等 2000: 57)o 長 期 不 法 滞 在 者 で 不 法 就 労 者 で あ る 者 が 、 労 働 条 件 、 賃 金 不 払 い 、 労 務 災 害 、 障 害 治 療 、 病 気 治 療 な ど で 、 苦 し い 状 況 に あ る こ と は 、1980年 代 か ら 日本 の 社 会 問 題 と な っ て き た 。 彼 ら を 助 け て き た の が 、1980年 代 後 半 か ら の 「 女 性 の 家 且ELP」(東 京)、 カ ラ バ オ の 会(横 浜)、 あ る す の 会(名 古 屋)、 ア ジ ア ン ・ フ レ ン ド(大 阪)、Asian People's Friendship Society(APSF、 東 京)、 ア ジ ア 人 労 働 者 問 題 懇 談 会(東 京)で あ り 、1995年 の 阪 神 ・ 淡 路 大 震 災 の と き 生 ま れ た 外 国 人 地 震 情 報 セ ン
タ ー(の ち 多 文 化 共 生 セ ン タ ー と 改 称 、 大 阪)で あ っ た 。 こ れ ら 以 外 に 、 全 国 中で 、 様 々 な グ ル ー プ が 、 彼 ら の 救 援 に 当た っ て き た 。 そ の 数 は 、 無 数 と い え よ う 。 全 国 各 地 の 地 方 自治 体 、 国 際 交 流 セ ン タ ー な ど の な か に も 、 長 期 不 法 滞 在 者 の 人 権 、 生 活 、 医 療 の 保 障 に 協 力 し て き た と こ ろ も 、 数 少 な く な い 。 も ち ろ ん 、 日本 社 会 に 外 国 人 に 対 す る 偏 見 、 差 別 が 無 く な っ て い る の で は な い 。 日系 人 の 場 合 で も 、 外 国 人 で あ る 。 浜 松 市 の 例 で い え ば 、 そ の 数 は 、2001年 で11.716人 で あ る(市 の 総 人 口59万 人)。 そ の 定 着 は 「顔 の 見 え な い 」 と も い わ れ る 。 地 域 社 会 と の ギ ャ ッ プ も 、 少 な か ら ず あ る 。 1999年5月 に は 、 豊 田市 の 保 見 団 地 で 、 日本 人 住 民 と ブ ラ ジ ル 人 住 民 の 対 立 が劇 化 す る 事 件 も あ っ た 。 し か し 、 浜 松 市 で も 、 豊 田市 で も 、 ブ ラ ジ ル 人 と 日本 人 の 関係 は 、 次 第 に 日常 化 し 、 正 常 化 し て き て い る 。 東 京 都 心 の 新 宿 区、 池 袋 区 で は 、 新 来 の 中 国 人 や 韓 国人 が 安 い 住 居 や 、 勤 め 先 の 距 離 な ど の 関係 で 集 中 し て き て い る 。 彼 ら が 住 み 着 く こ と に よ っ て 、 ド ー ナ ツ 現 象 化 し た 地 域 に活 性 化 が 戻 っ て き て い る 。 飲 食 店 で は 、 エ ス ニ ッ ク な 香 り が 、 日本 人 を 引き つ け て い る 。 エ ス ニ ッ ク ・ネ ッ ト ワ ー ク は 、 同 じ エ ス ニ シ テ ィ の 人 々 を 引 き つ け る と 同 時 に 、 日本 人 を も 引 き つ け る 可 能 性 を 含 ん で い る(田 嶋1998)。 定 住 の 韓 国 人 を 中 心 と し て 、 政 治 的 権 利 を 求 め る 声 も 高 ま っ て い る 。 そ の 代 表 例 が 、 地 方 自治 体 で の 選 挙 権 を 求 め る 運 動 で あ る 。1993年 に大 阪 府 下 の 岸 和 田市 議 会 は 、 定 住 外 国 人 の 地 方 参 政 権 を 求 め る 決 議 を し た 。 そ れ 以 降 、2002年7Aま で に 、 全 国 で1.503の 地 方 自治 体 の 議 会 が 同様 の 決 議 を 採 択 し て い る(民 団2003a)。 最 高 裁 判 所 も 、1995年 に は 、 定 住 外 国 人 に 地 方 参 政 権 を 付 与 す る こ と は 、 憲 法 上 禁 止 さ れ て い な い と の 判 断 を 提 示 し て い る 。 し か し 、 こ こ1-2年 、 国 会 の 雰 囲 気 は 、 地 方 選 挙 法 改 正 へ の 動 き を 止 め て い る 。 最 近 の 例 で 注 目さ れ る の は 、 市 町 村 合 併 に 関 し て の 住 民 投 票 条 例 で 、 滋 賀 県 米 原 町(2002年3月 実 施)、 秋 田県 岩 城 町(2002年9.月 実 施)、 福 井 県 松 岡 町(2002年11.月 実 施)、 岐 阜 県 北 方 町 、 三 重 県 名 張 市 、 岡 山 県 奈 義 町 、 大 阪 府 高 石 市 、 福 岡 県 北 野 町 な ど 全 国21市 町 村(2003年1,月 現 在)で 、 永 住 外 国人 の 参 加 を 認 め る よ う に な っ て い る こ と で あ る(民 団2003c)。 愛 知 県 高 浜 市 で は 、 市 町 村 合 併 問 題 だ け で な く 、 常 設 的 に 永 住 外 国 人 の 参 加 を 認 め る 住 民 投 票 条 例 が 成 立 し て い る 。 こ こ で 、 在 日韓 国 ・朝 鮮 人 の 現 状 を み て み よ う 。 彼 ら を 取 り 巻 く 日本 社 会 の 状 況 で は 、 い ま で も 偏 見 や 差 別 は 残 っ て い る 。 法 律 問題 で も 、 戦 後 補 償 関係 援 護 法 で 、 旧植 民 地 人 に 対 す る 排 除 は 続 い て い る 。 近 年 に な っ て 漸 く 朝 鮮 半 島 と 台 湾 の 出身 の 旧 軍 人 、 軍 属 等 で 重 度 戦 傷 病 者 に 見 舞 金 と し て 400万 円 、 戦 没 者 の 遺 族 に 弔 慰 金 と し て260万 円 が 支 給 さ れ る こ と に な っ た(2001年)。 し か し 、 そ れ は 日本 政 府 の 責 任 を 認 め る 補 償 金 で は な い 。 民 族 教 育 、 民 族 語 教 育 は 、 ま だ 確 立 し て い な い 。 し か し 、 次 の3つ の 意 味 で コ リ ア ン 社 会 は 、 根 本 的 に 変 わ り つ つ あ る 。 第1の 意 味 は 、 経 済 的 地 位 の 向 上 で あ る 。 も ち ろ ん 、 す べ て の 韓 国 ・朝 鮮 人 が裕 福 に な っ た の で は な い 。 し か し 、 彼 ら の な か か ら 孫 正 義 、 辛 格 浩 の よ う に雑 誌 『 フ ォ ー ブ ス(17'oγbe8)』で 世 界 の 富 豪 に ラ ン キ ン グ さ れ る 人 た ち が 出 て き て い る 。1970年 代 ま で は 、 大 部 分 の 在 日コ リ ア ン 企 業 は 、 中 小 零 細 企 業 で あ っ た 。 し か し 、す で に1980年 代 初 期 に 、在 日コ リ ア ン 有 識 者17万 人 の う ち 、 少 な く とも1万 人 以 上 が 資 産1億
円以 上 を 保 有 す る と の 推 計 も あ る(環2002:250;辺2000)。1990年 代 に は 、 特 定 分 野 に 特 化 し た 企 業 と し て 成 功 す る も の が 、 増 え て き た 。 職 業 構 成 上 も 、 か つ て の 単 純 労 働 、 農 林 業 の ブ ル ー カ ラ ー か ら 、 事 務 職 、 販 売 業 、 サ ー ビ ス 業 な ど ホ ワ イ ト カ ラ ー 化 が 進 ん で い る 。 医 療 分 野 や 技 術 者 の 専 門 技 術 者 も 増 加 し て き て い る 。 経 済 的 に 「強 者 と し て の 在 日」 層 が 、 形 成 さ れ て き て い る 。 第2の 意 味 は 、 上 述 の よ う に 、 在 日韓 国 ・ 朝 鮮 人 の 数 が 減 っ て き て い る こ と に 関 係 す る 。 若 い 人 々 の ア イ デ ン テ ィ テ ィ で は 、 祖 国 の 韓 国 ・朝 鮮 よ り は 、 居 住 国 の 日本 に ひ か れ る 者 が 増 え て き て い る 。 こ れ も 上 述 の こ と で あ る が 、 在 日外 国 人 の 社 会 的 経 済 的位 置 を 高 め る 運 動 の 主 力 は 、在 日韓 国 ・朝 鮮 人 で あ っ た 。 民 闘 連 の 指 導 者 徐 正 禺 が 主 張 す る よ う に 、 権 利 獲 得 運 動 と 民 族 差 別 撤 廃 運 動 は 、 日本 社 会 へ の 「 同化 に抗 う 道 」 で あ る 。 し かし 、彼も 認 めるよ う に、権利 獲得 運動 には同化促 進 と見 えて し ま う 側 面 が あ る(徐1987)。 権 利 獲 得 運 動 は 、 同化 で な い に せ よ 、 統 合 で あ る こ と は 、 否 定 で き な い 。 統 合 が 同化 と 区 別 さ れ る の は 、 自ら の コ リ ア ン ・ エ ス ニ シ テ ィ を 確 認 し 、維 持 す る こ と に よ ら ね ば な ら な い 。 第3の 意 味 は 、 在 日コ リ ア ン が 韓 国 人 、 朝 鮮 人 の グ ロ ー バ ル 化 に ど の よ う に適 用 し て い く か 、 に 関 連 し て い る 。 韓 国 人 の ア ジ ア 進 出も 目覚 し い も の が あ る 。 彼 ら が グ ロ ー バ ル 化 し て い く と 、 祖 国 と 居 住 国 を う ま く 使 い 分 け る 中 国 人 の よ う に な る か も し れ な い 。 在 日韓 国 ・朝 鮮 人 の 例 か ら み る と 、 在 日外 国 人 の 社 会 的 受 容 は 同 時 に 日本 社 会 へ の 統 合 と い う 側 面 を 含 ん で い る 。 統 合 は 、 決 し て 同 化 と 同 じ で は な い 。 し か し 、 統 合 は 、 同化 に 置 き か え ら れ る お そ れ が あ る 。 そ れ を 止 め る に は 、 各 エ ス ニ シ テ ィ を 保 持 す る こ と が 必 要 で あ る 。50年 後 に 、 韓 国 ・ 朝 鮮 人 は 、 国 籍 上 日本 社 会 に 統 合 さ れ る にせ よ 、 民 族 名 、 民 族 語 、 民 族 教 育 、 民 族 文 化 を 保 持 す る こ と で 、 独 自の 文 化 的 存 在 と し て 存 続 で き る 。 そ れ は 、 そ の 時 点 で 日本 社 会 が活 性 化 を 続 け る た め に も 、 必 要 な こ と で あ る 。 最 後 に 、 在 日外 国 人 の 犯 罪 に つ い て 、 簡 単 に ふ れ て お こ う 。『 警 察 白書 』 な ど に よ る と 、 長 期 不 法 滞 在 者 の 犯 罪 の 確 率 が 高 い 、 と の 指 摘 が あ る 。 こ れ に 対 し て は 、 賛 否 の 両 論 が あ る 。 し か し 、 こ こ で 確 認 し て お く べ き こ と は 、2つ で あ る 。 第1は 、長 期 不 法 滞 在 者 の 存 在 を 社 会 的 に認 知 し な い 限 り 、 彼 ら は 、 社 会 に 統 合 さ れ て お ら ず 、 犯 罪 へ の 誘 因 が 高 ま る こ と で あ る 。 自 己 の 存 在 を 短 期 的 に し か 確 認 で き な い 者 は 、 社 会 に 対 し て 、 長 期 的 に 責 任 を も と う と し な い も の で あ る 。 第2に 、 犯 罪 の 動 機 と か 社 会 的 背 景 が い か な る も の にせ よ 、 社 会 的 負 荷 と し て は 、 犯 罪 を 取 り 除 か な け れ ばな ら な い 。 そ の た め に は 、 人 の 国 際 移 動 に 伴 う 犯 罪 の 国 際 移 動 の 拡 大 防 止 に つ き 、 い っ そ う の 国 際 的 協 力 体 制 が 必 要 で あ る 。 VI.結 び:今 後 の た め の 覚 え 書 本 論 で は 、 在 日ア ジ ア 人 の 単 純 労 働 就 労 に つ い て 、 出 入 国 の ガ ヴ ァ ナ ン ス と滞 在 の ガ ヴ ァ ナ ン ス と い う2つ の 側 面 か ら 、 分 析 し て き た 。 前 者 の 分 析 か ら 、 次 の こ と が 明 ら か に な っ た 。 第1に 、 出 入 国 の ガ ヴ ァ ナ ン ス は 、 入 国 の 管 理 に つ い て 一 定 の 効 果 を も つ が 、 そ の 効 果 が か え っ て 、 長 期 不 法 滞 在 を 促 進 す る 面 も あ る こ と 。 第2