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青山ビジネスロー レビュー第 5 巻第 2 号 (5) 下級審の判断ア第 1 審 ( 岡山地裁平成 25 年 3 月 27 日判決 ) イ控訴審 ( 広島高裁岡山支部平成 26 年 1 月 30 日判決 ) 3 判旨 ( 最高裁平成 27 年 10 月 8 日第一小法廷判決 ) 4 本判決の論理 (

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【目次】 1 はじめに 2 事案の概要 (1)概要 (2)事実関係 (3)主たる争点 (4)当事者の主張  ア Y の主張  イ X の主張

債務免除益事件の最高裁判決に含まれる諸問題

-最高裁平成 27 年 10 月 8 日第一小法廷判決-

Problems of A Japan's Supreme Court ruling of classification in Employment

income about a director's Gain from the unincorporated Association's

forgiveness of debt,-Judgement of the Supreme Court of Japan, 1st Petty

Bench, October 8, 2015

木山 泰嗣* 判例研究 要約 法人が役員に対して債務免除をした場合に、当該債務免除によって役員に生じた利益は債務 免除益として所得を構成すると考えられている。最高裁平成 27 年 10 月 8 日第一小法廷判決は、 この点についてさまざまな問題を提示している。 本稿は、同判決を判例研究の素材とし、この事件に含まれる諸問題について検討を行ったも のである。具体的には、⑴債務免除益に対する所得課税―どのような所得を構成すると考える べきか、⑵通達が定める非課税規定―旧所得税基本通達 36 - 17 の規定に基づき非課税とする ことは、租税法律主義に違反しないか、⑶所得税法 183 条 1 項と非課税規定との関係―給与に あたる債務免除益について源泉徴収義務が生じないことはあり得るのか、という 3 つの問題で ある。 この 3 つの問題を考えるためには、前提として最高裁平成 27 年判決の論理を分析すること も重要になるため、まずは本判決の論理を、考えられる論理 A と論理 B の 2 つに分けて整理 し、その捉え方に言及した。 そのうえで、上記 3 つの諸問題に対する検証の結果、⑴については、その所得区分は個別具 体的に検討すべきであること、⑵については、創設的非課税を定めたものではないと考えるこ とができるため、租税法律主義に違反するとまではいえないこと、⑶については難しい問題で あるが、所得税法 183 条 1 項の「給与等……の支払」には、収入金額に算入されない給与は含 まれないと解することができるとの考え方を示した。 *青山学院大学法学部教授

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(5)下級審の判断  ア 第 1 審(岡山地裁平成 25 年 3 月 27 日判決)  イ 控訴審(広島高裁岡山支部平成 26 年 1 月 30 日判決) 3 判旨(最高裁平成 27 年 10 月 8 日第一小法廷判決) 4 本判決の論理 (1)所得税法 28 条 1 項と同法 183 条 1 項 (2)債務免除益と所得税法 28 条 1 項 (3)本件旧通達の適用等について 5 検討 (1)債務免除益に対する所得課税―どのような所得を構成すると考えるべきか (2)通達が定める非課税規定―旧通達の規定に基づき非課税とすることは、租税法律主義に違反しない か (3)所得税法 183 条 1 項と非課税規定との関係―給与にあたる債務免除益について源泉徴収義務が生じ ないことはあり得るのか

1 はじめに

1)  貸付金などの金銭債権について債務の免除(債務者の側からみると債務免除であり、債 権者の側からみれば債権放棄である2)。以下「債務免除」という。)がなされた場合、これ によって債務者個人が得た利益は、債務免除益として所得を構成し、当該債務免除によっ て返済が不要となった債務の金額は、所得税法上、収入金額又は総収入金額に算入される ことになる。債務免除がなされれば、免除された債務の額について返済が不要になるため、 当該免除額については一般的に、あらたな経済的価値の流入があったと評価することがで きると考えられるからである。そこで、これが原則として所得にあたることについては、 特に異論はないであろう(包括的所得概念3))。所得税法の規定をみても、「経済的な利 益」(所得税法 36 条 1 項かっこ書)が生じた場合には、「当該利益を享受する時における 価額」(時価)が収入金額又は総収入金額に算入される、と定められているからである (同法 36 条 2 項)。  もっとも、その所得区分については、債務免除益であればこの所得になる、ということ ではない。そもそも、所得税法が定める 10 種類の所得区分は、当該利得の性質やその原 1) 本稿は、木山泰嗣「判批」税経通信 71 巻 1 号(2016 年)189 頁に、大幅な加筆・修正を行ったもの である。 2) 鳥飼貴司「債務免除(債権放棄)と課税―民法学理論に整合する税法解釈とは何か―」鹿児島大学 法学論集 47 巻 2 号(2013 年)185 頁参照。 3) あらたな経済的価値の流入があれば、その原因を問わず「所得」があると捉える考え方を包括的所 得概念といい、反復継続性のある利得に限り「所得」があると捉える考え方(制限的所得概念)と区 別される(金子宏『租税法〔第 20 版〕』(弘文堂、2015 年)183 - 184 頁参照)。ここにいうあらたな 経済的価値の流入とは、純資産の増加をもたらすものであり(純資産増加説)、別の言葉で表現すれば、 担税力の増加をもたらすものである。

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因(発生の態様)などに応じて定められているものであるため4)、これを前提に所得区分 を判定することになるところ、債務免除益についてのみ別に考えるべき根拠はみあたらな いからである。実際に、近時の裁判例でも、債務免除益を配当所得(みなし配当)とした ものもあれば5)、事業所得にあたるとしたものもあり6)、不動産所得にあたるとしたものも あるし7)、一時所得にあたるとしたものもある8)。ただし、これとは異なる見解も存在する ため、本稿で検証を行いたいと思う。  本件で問題とされたのは、権利能力のない社団が行った9)同社団の理事長に対する貸付 債権(理事長からみると借入債務にあたる。)の免除である。この債務免除によって生じ た利益(債務免除益)が「給与等……の支払」(所得税法 28 条 1 項、183 条 1 項)にあた るとされ、源泉徴収義務が生じているにもかかわらず、源泉所得税の納付を行っていな かったとして、当該権利能力のない社団に対して、納税告知処分及び不納付加算税の賦課 決定処分がなされた。  下級審では、いずれも上記各処分が違法と判断され、これらの各処分は取り消された10) これに対して上告審では、異なる判断がなされた11)。異なるのは、上告審では、債務免除 益が所得税法 28 条 1 項の「給与」にあたるとされた点である。ただし、それにもかかわ らず、当該法人が源泉徴収義務(同法 183 条 1 項)を負わない事情があるかどうかについ て審理を尽くす必要があるとして、最高裁は差戻しを命じた。  最高裁の判断はシンプルに過ぎするため、判決文を読むだけでは、所得税法の解釈で生 ずる諸論点についての明瞭な答えが得難いものになっている12)。諸論点のことを、ここで は諸問題というが、本稿で取り上げる諸問題は、以下のとおりである(ほかにも細かな論 点はあるが、特に諸説あり、本判決の理解にとって重要と考えられる論点に限定した。)。 ⑴ 債務免除益に対する所得課税―どのような所得を構成すると考えるべきか。 ⑵ 通達が定める非課税規定―旧所得税基本通達 36 - 17 の規定に基づき非課税とするこ とは、租税法律主義に違反しないか。 ⑶ 所得税法 183 条 1 項と非課税規定との関係―給与にあたる債務免除益について源泉徴 4) 金子・前掲注 3)202 - 203 頁参照。 5) 東京高判平成 22 年 6 月 23 日税務訴訟資料 260 号順号 11455(最決平成 23 年 6 月 24 日(不受理) 税務訴訟資料 261 号順号 11704)、大阪高判平成 24 年 2 月 16 日訟務月報 58 巻 11 号 3876 頁。 6) 大阪地判平成 24 年 2 月 28 日訟務月報 58 巻 11 号 3913 頁(確定)。ただし、同事案は、事業所得に 該当するか否かが争点となっていたものではない。 7) 仙台高判平成 17 年 10 月 26 日税務訴訟資料 255 号順号 10174(最決平成 19 年 10 月 2 日(不受理) 税務訴訟資料 257 号順号 10795)。ただし、同事案は、不動産所得に該当するか否かが争点となってい たものではない。 8) 東京地判平成 27 年 5 月 21 日裁判所 HP。 9) 権利能力のない社団は「人格のない社団等」として、法人税法上は法人とみなされる(同法 3 条)。 10) 岡山地判平成 25 年 3 月 27 日税務訴訟資料 263 号順号 12184、広島高岡山支判平成 26 年 1 月 30 日 公刊物未登載。 11) 最判平成 27 年 10 日 8 日裁判所時報 1637 号 1 頁。 12) 実際にも「控訴審では資力喪失による債務免除益の特例の適用については判断されていないことな どから、結末が予測しにくいという声もある」といわれている(週刊税務通信 3380 号(2015 年)8 頁)。

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収義務が生じないことはあり得るのか。  本稿では、最高裁平成 27 年判決(本判決)の事案と判旨を紹介し、同判決に示されて いる論理を分析したうえで、上記の各諸問題について私見を述べたいと思う。  

2 事案の概要

(1)概要  本件は、権利能力のない社団である X(被上告人、被控訴人、原告)が、その理事長で あった A に対し、同人の X に対する借入金債務の免除をしたところ、所轄税務署長から、 上記債務免除に係る経済的な利益が A に対する賞与に該当するとして、給与所得に係る 源泉所得税の納税告知処分及び不納付加算税の賦課決定処分を受けたため、国である Y (上告人、控訴人、被告)を相手に上記各処分(ただし、上記納税告知処分については審 査請求に対する裁決による一部取消し後のもの)の取消しを求めた事案である。   (2)事実関係 ア X は、青果物その他の農産物及びその加工品の買付けを主たる事業とする権利能力の ない社団である。  A は、昭和 56 年頃、X の専務理事に就任し、平成 6 年 3 月 17 日から同 22 年 6 月 17 日までの間、X の理事長の地位にあった。 イ A は、昭和 56 年頃から、X 及び金融機関から繰り返し金員を借り入れ、これを有価 証券の取引に充てるなどしていたが、いわゆるバブル経済の崩壊に伴い、借入金の弁済 が困難であるとして X に対し借入金債務の減免を求めた。これに対し、X は、平成 2 年 12 月以降、A に対し度々その利息を減免したものの、その元本に係る債務の免除に は応じなかった。 ウ (ア)A は、平成 17 年 7 月 31 日、株式会社 B から借入金債務の免除を受けたが(以 下、この債務の免除による経済的な利益を「平成 17 年債務免除益」という。)、その後 は後記エ(イ)の債務の免除を受けた同 19 年 12 月まで、A の資産に増加はなかった。  (イ)A は、同人の平成 17 年分の所得税の更正処分等を不服として異議申立てをし たところ、所轄税務署長は、平成 19 年 8 月 6 日、上記異議申立てに対する決定をし、 その理由中において、平成 17 年債務免除益について平成 26 年 6 月 27 日付け課個 2 - 9 ほかによる改正前の所得税基本通達 36 - 17(以下「本件旧通達」という。)の適用が ある旨の判断を示した。本件旧通達は、その本文において、債務免除益のうち、債務者 が資力を喪失して債務を弁済することが著しく困難であると認められる場合に受けたも のについては、各種所得の金額の計算上収入金額又は総収入金額に算入しないものとす る旨を定めていた。 エ (ア)X は、平成 19 年 12 月 9 日の理事会において、A からの X に対する借入金債務

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の免除の申入れについて、A 及び上記借入金債務を連帯保証していた同人の元妻が所 有し又は共有する不動産を買い取り、その代金債務と上記借入金債務とを対当額で相殺 し、相殺後の上記借入金債務を免除することを決議した。  (イ)A の X に対する借入金債務の額は、平成 19 年 12 月 10 日当時、55 億 6323 万 0934 円であったところ、X は、A 及び同人の元妻から、その所有し又は共有する不動 産を総額 7 億 2640 万 9699 円で買い取り、代金債務と上記借入金債務とを対当額で相殺 するとともに、A に対し、上記相殺後の上記借入金債務 48 億 3682 万 1235 円を免除し た(以下、この債務の免除を「本件債務免除」といい、これにより A が得た経済的な 利益を「本件債務免除益」という。)。  (ウ)なお、本件債務免除当時の X の専務理事であり、A が X の理事長を退任した 後に X の理事長に就任した C は、A が納税義務を負う所得税に係る調査を担当した所 轄税務署の職員に対し、X が本件債務免除をした理由について、前記ウ(イ)の異議申 立てに対する決定において平成 17 年債務免除益に本件旧通達の適用がある旨の判断が 示されており、その後も A の資産が増加していないことから、A に資力がなく、X に 対する借入金の弁済が不可能であると判断するとともに、X に対する A の理事長及び 専務理事としての貢献を考慮したものである旨を述べている。 オ 所轄税務署長は、平成 22 年 7 月 20 日付けで、X に対し、本件債務免除益が A に対 する賞与に該当するとして、本件債務免除等に係る平成 19 年 12 月分の源泉所得税の納 税告知処分及び不納付加算税の賦課決定処分(以下「本件各処分」という。)をした。  X は、本件各処分を不服として異議申立てをし、所轄税務署長によりこれを棄却する 旨の決定がされたことから、審査請求をしたところ、国税不服審判所長は、上記納税告 知処分のうち一部を取り消す旨の裁決をした。   (3)主たる争点  本件訴訟における主たる争点は、以下の 2 点である。 ① 本件債務免除益が給与所得(「給与等」)にあたるか。 ② 本件旧通達の適用等により X に源泉徴収義務は生じないといえるか。  本件各処分が適法といえるためには、本件債務免除によって X に源泉徴収義務が生じ たといえることが必要になる。そのためには、所得税法 183 条 1 項が規定する源泉徴収義 務が発生するための要件が満たされていることが必要になる。そこで、本件債務免除が 「給与等……の支払」(同法同条同項)にあたるといえるかが問題となる。  このうち「給与等」にあたるかどうかは、支払の対象が給与所得(同法 28 条 1 項)に あたるかどうかの問題である。そこでまず、そもそも本件債務免除益が「給与所得」にあ たるかどうかが問題となる(争点①)。また、仮に給与所得にあたるとされる場合でも、 本件債務免除益に本件旧通達の適用などがあれば、源泉徴収義務が生じないと考える余地 もある。そのため、次に、本件債務免除益に本件旧通達の適用などによって源泉徴収義務

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が生じないといえる事情があるかどうかが問題になる(争点②)。   (4)当事者の主張  上記各争点についての当事者の主張は、要旨以下のとおりである。 ア Y の主張  Y は、本件債務免除益は給与所得に該当すると主張した(争点①)。また、本件債務免 除益に本件旧通達の適用はないと主張した(争点②)。 イ X の主張  これに対して、X は、本件債務免除益は給与所得にあたらないと主張した(争点①)。 また、仮に給与所得にあたるとしても、本件債務免除益には本件旧通達の適用があると主 張した(争点②)。   (5)下級審の判断 ア 第 1 審(岡山地裁平成 25 年 3 月 27 日判決13)  第 1 審は、本件旧通達の規定が適用されることを理由に、本件各処分を取り消した。そ の論理は、「仮に本件債務免除益が給与等に該当するとしても、本件債務免除益に本件通 達を適用せず、源泉取得税額の計算上これを給与等の金額に算入すべきものとしてされた 本件各処分は、本件通達を適用しなかったことについての合理的な理由が示されていない 以上、平等取扱いの原則に反し違法であるというほかなく、取り消されるべきである」と いうものであった。つまり、本件債務免除益が給与所得にあたるとしても、通達の規定が 適用されるため課税はされない、というものである。  この通達の規定について、第 1 審は、次のように、その趣旨を明らかにしたうえで、こ れが非課税規定を意味していると結論づけた。そして、こうした非課税規定は、源泉所得 税額の計算においても妥当すると判示した。 「 債権者から債務免除を受けた場合、原則として、所得税法 36 条 1 項にいう「経済的な 利益」を受けたことになり、免除の内容等に応じて事業所得その他の各種所得の収入金額 となるものであるが、例えば、事業所得者が、経営不振による著しい債務超過の状態とな り、経営破綻に陥っている状況で、債権者が債務免除をしたなどという場合には、債務者 は、実態としては、支払能力のない債務の弁済を免れただけであるから、当該債務免除益 のうちその年分の事業損失の額を上回る部分については、担税力のある所得を得たものと みるのは必ずしも実情に即さず、このような債務免除額に対して原則どおり収入金額とし て課税しても、徴収不能となることは明らかで、いたずらに滞納残高のみが増加し、また、 滞納処分の停止を招くだけであり、他方、上記のような事情がある明らかに担税力のない 者について課税を行わないこととしても、課税上の不公平が問題となることはなく、むし 13) 岡山地判平成 25 年 3 月 27 日・前掲注 10)。

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ろ、課税を強行することについて一般の理解は得られないものと考えられることから、こ のような無意味な課税を差し控え、積極的な課税をしないこととしたものである。 (略)本件通達の定めにおいて用いられている『資力を喪失して債務を弁済することが著 しく困難』であるとの文言は、所得税法 9 条 1 項 10 号及び所得税法施行令 26 条の各規定 において用いられている文言と同じであり、これらの各規定における当該文言の意義につ いては、所得税基本通達 9 - 12 の 2 において、「債務者の債務超過の状態が著しく、その 者の信用、才能等を活用しても、現にその債務の全部を弁済するための資金を調達するこ とができないのみならず、近い将来においても調達することができないと認められる」場 合をいうとされているから、本件通達の定めにおいても、当該文言が上記と同じ意義を有 するものとして用いられているものと解される。  すなわち、本件通達は、上記のような場合に受けた債務免除益への非課税を規定したも のと解されるのであり、このような規定の内容及び上記認定のとおりのその趣旨からすれ ば、本件通達による上記非課税の取扱いは、所得税法等の実定法令に反するものとはいえ ず、相応の合理性を有するものということができる。そして、もとより本件通達が法令そ のものではなく、これによらない取扱いが直ちに違法となるものではないとしても、本件 通達が相応の合理性を有する一般的な取扱いの基準として定められ、広く周知されている ものである以上は、課税庁においてこれを恣意的に運用することは許されないのであっ て、本件通達の適用要件に該当する事案に対して合理的な理由もなくその適用をしないと することは、平等取扱いの原則に反し、違法となるというべきである。  なお、本件通達は、上記のような場合に受けた債務免除益については、「各種所得の金 額の計算上収入金額又は総収入金額に算入しないものとする」とのみ定めているが、この 定めは、給与所得に係る源泉所得税額の計算上給与等の金額に算入しないとする趣旨も含 むものと解される。〔下線は筆者〕」 イ 控訴審(広島高裁岡山支部平成 26 年 1 月 30 日判決14)  控訴審も、第 1 審と同じ結論を採用した(控訴棄却)。もっとも、第 1 審が仮に給与所 得にあたるとしても、課税されないと論じたのに対し、控訴審は、以下のとおり、本件債 務免除益の給与所得該当性について詳細な検討をしたうえで、これにあたらないと判示し た。 「 所得税法 28 条 1 項は、『給与所得とは、俸給、給料、賃金、歳費及び賞与並びにこれ らの性質を有する給与(以下「給与等」という。)に係る所得をいう』と規定している。 同項が給与所得を包括的に規定している趣旨からすると、給与所得を実質的に解し、雇用 契約に限らず、これに類する委任契約などの原因に基づき提供した労務(役務)の対価と して支給されるものも給与等に含むものと解される。したがって、法人の役員が法人から 支給を受ける報酬も、役員の労務又は役務の対価とみることができることから、給与所得 14) 広島高岡山支判平成 26 年 1 月 30 日・前掲注 10)。

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に含まれると解される。  そして、所得税法 183 条 1 項は、給与等の支払をする者に対し、その支払の際、その給 与等について所得税を徴収することを義務付けている(源泉徴収義務)。 (略)前提となる事実等及び上記認定事実をもとに、本件債務免除が『給与等』に該当す るかどうか、検討する。  前提となる事実等及び上記認定事実によれば、A 理事長は、長年被控訴人の理事長を 務めていた者であり、A 理事長は、有価証券取引等の資金を被控訴人から借り入れてき たが、バブル崩壊後、借入金の返済に窮し、被控訴人に対し、平成 2 年以降、債務免除及 び利息の減免を希望していたところ、被控訴人は、債務免除をせず、源泉徴収しないこと を倉敷税務署に確認の上利息を減免し、毎月 500 万円ずつ利息の支払を受けていたこと、 平成 19 年 8 月 6 日、A 理事長の課税処分に対する異議決定において、平成 17 年の債務 免除益について、A 理事長に資力がなく債務の弁済が著しく困難であると判断され、本 件通達が適用され、平成 17 年以降も A 理事長の資産の増加がなかったことから、被控訴 人の理事会においても、A 理事長に資力を喪失し弁済が著しく困難であると判断し、本 件各不動産の売却代金を借入金債務と相殺した後に残存する本件債務を免除した(本件債 務免除)ことが認められる。 (略)したがって、本件債務免除は、役員の役務の対価とみることは相当ではなく、『給与 等』に該当するということはできないから、本件債務免除益について、被控訴人に源泉徴 収義務はないというべきである。〔下線は筆者〕」  

3 判旨(最高裁平成 27 年 10 日 8 日第一小法廷判決

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 これに対して上告審である本判決は、原判決を破棄し、以下のように、本件債務免除益 が所得税法 28 条 1 項の給与にあたると判示した。 「 所得税法 28 条 1 項にいう給与所得は、自己の計算又は危険において独立して行われる 業務等から生ずるものではなく、雇用契約又はこれに類する原因に基づき提供した労務又 は役務の対価として受ける給付をいうものと解される(最高裁昭和 52 年(行ツ)第 12 号 同 56 年 4 月 24 日第二小法廷判決・民集 35 巻 3 号 672 頁、最高裁平成 16 年(行ヒ)第 141 号同 17 年 1 月 25 日第三小法廷判決・民集 59 巻 1 号 64 頁参照)。そして、同項にい う賞与又は賞与の性質を有する給与とは、上記の給付のうち功労への報償等の観点をも考 慮して臨時的に付与される給付であって、その給付には金銭のみならず金銭以外の物や経 済的な利益も含まれると解される。  前記事実関係によれば、A は、X から長年にわたり多額の金員を繰り返し借り入れ、 これを有価証券の取引に充てるなどしていたところ、X が A に対してこのように多額の 15) 最判平成 27 年 10 日 8 日・前掲注 11)。

(9)

金員の貸付けを繰り返し行ったのは、同人が X の理事長及び専務理事の地位にある者と してその職務を行っていたことによるものとみるのが相当であり、X が A の申入れを受 けて本件債務免除に応ずるに当たっては、X に対する A の理事長及び専務理事としての 貢献についての評価が考慮されたことがうかがわれる。これらの事情に鑑みると、本件債 務免除益は、A が自己の計算又は危険において独立して行った業務等により生じたもの ではなく、同人がXに対し雇用契約に類する原因に基づき提供した役務の対価として、X から功労への報償等の観点をも考慮して臨時的に付与された給付とみるのが相当である。  したがって、本件債務免除益は、所得税法 28 条 1 項にいう賞与又は賞与の性質を有す る給与に該当するものというべきである。〔下線は筆者〕」  このように判示したうえで、本判決は次のように差戻しを命じた。 「本件債務免除当時に A が資力を喪失して債務を弁済することが著しく困難であったなど 本件債務免除益を同人の給与所得における収入金額に算入しないものとすべき事情が認め られるなど、本件各処分が取り消されるべきものであるか否かにつき更に審理を尽くさせ るため、本件を原審に差し戻すこととする。」

4 本判決の論理

 本判決はシンプルな構成となっているため、その論理を理解することがまずは重要にな るが、判決文からこれを読み取ることは容易ではない。そこで、以下では、所得税法の規 定とその解釈を示すことで、最高裁平成 27 年判決が本件をどのような論理で捉えている のかについて分析したい。   (1)所得税法 28 条 1 項と同法 183 条 1 項  所得税の納付は、申告納税制度が原則である(国税通則法 15 条 1 項、2 項 1 号、16 条 1 項 1 号、2 項 1 号、所得税法 120 条 1 項)。もっとも、例外的に、所得税法が定める所定 の支払がある場合に、その支払の際に支払者に天引き徴収を行わせる源泉徴収制度が採用 されている(所得税法 181 条 1 項、183 条 1 項、199 条、204 条 1 項、207 条、209 条の 2、 210 条、212 条)。源泉徴収制度は合憲と解されているが16)、あくまで申告納税制度の例外 にあたるものである以上、法文に明確な規定がある場合に限られると考えるべきである。  本件では、申告納税制度の例外としての「給与等……の支払」に対する源泉徴収義務の 規定(所得税法 183 条 1 項)の適用が問題になっている。この点については、本件債務免 除益が給与所得(所得税法 28 条 1 項)にあたるとなれば、所得税法 183 条 1 項の定める 「給与等」に該当することになるため、そもそも本件債務免除益は給与所得に該当するの かが問題となる。 16) 最大判昭和 37 年 2 月 28 日刑集 16 巻 2 号 212 頁。

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  (2)債務免除益と所得税法 28 条 1 項  この点について、本判決は、上記のとおり、所得税法 28 条 1 項の定める給与所得の定 義ないし要件について、同所得の先例である最高裁昭和 56 年 4 月 24 日第二小法廷判決17) を参照したうえで、「雇用契約又はこれに類する原因に基づき提供した労務又は役務の対 価として受ける給付をいう」としているが、最高裁昭和 56 年判決により「一応の基準」 として定立されていた規範が、微妙に変容されているようにも思える。具体的には、同 56 年判決によって「使用者の指揮命令に服して提供した労務の対価として使用者から受 ける給付」とされていた規範部分である。使用者の指揮命令に服して提供したものを「従 属性」要件というが、近時、この従属性要件は給与所得の必要要件ではない、と判示した 裁判例がある18)。本判決では、上述のとおり、この従属性要件が削除されているようにみ える。また、使用者からの給付でなくてもよいとされた(その限りにおいて最高裁昭和 56 年判決は射程外であるとされた19))最高裁平成 17 年 1 月 25 日第三小法廷判決20)も参照 されており、給付の対象が「使用者から受ける」にはなっていない。さらに「労務の対 価」と判示されていた最高裁昭和 56 年判決の規範部分に「役務の対価」でもよいことが 加えられている。これらの点については、給与所得の意義及び要件としての給与概念の変 容とも思われる判示であるが、本稿の直接のテーマではないため、ここでは割愛する21)  以上の定義ないし要件を前提に、債務免除益は「賞与又は賞与の性質を有する給与」に あたるとしたのが、本判決である。所得税法 28 条 1 項は「俸給、給料、賃金、歳費」「賞 与」を例示列挙したうえで、さらに「これらの性質を有する給与」も給与所得にあたると 規定している。本判決は、本件債務免除益が、同条同項に例示されている「賞与」にあた るか、少なくとも「賞与……の性質を有する給与」にはあたるとした。この点については、 債務免除益が原則として経済的利益として所得を構成するものであり、本件ではその利益 を受けた者と与えた者との関係が「雇用契約又はこれに類する原因」(雇用類似関係)に あることから、一般的には支持される結論であるといえよう(なお、本判決は上記関係の みに着目しているのではなく、債務免除に際して理事長等としての責献が考慮された事実 を指摘している。)。   (3)本件旧通達の適用等について  このようにして本判決は、給与所得(給与等)にあたらないとした原判決を破棄したが、 自判せずに差戻しを命じている。その理由は上記のとおりであり、第 1 審のような本件旧 17) 最判昭和 56 年 4 月 24 日民集 35 巻 3 号 672 頁(弁護士顧問料事件)。 18) 東京高判平成 25 年 10 月 23 日裁判所 HP(最決平成 27 年 7 月 7 日(不受理)公刊物未登載)。 19) 増田稔「判解」『最高裁判所判例解説民事篇 平成 17 年度(上)』(法曹会、2008 年)52 - 53 頁。 20) 最判平成 17 年 1 月 25 日民集 59 巻 1 号 64 頁(ストック・オプション事件)。 21) 同テーマについては、木山泰嗣「給与概念の確立と変容」青山法学論集 57 巻 4 号(2016 年)115 頁で掘り下げて論じているので、こちらを参照されたい。

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通達の規定が適用される事情の有無を審理させるものと考えられる。  しかし、第 1 審のように同通達の規定を非課税規定と捉え、合理性があるから適用しな いと平等原則に反するという論理を前提にしているものなのか、別の理由により上記事情 を審理させるものなのかが判然としない面もある。差戻しの理由部分に「など」が 2 回あ り、必ずしも本件旧通達の適用のみを前提にしていないと読み取れる面もあるようにみえ るからである。  しかし、本件旧通達の規定が適用されるような事情がある場合、そもそも担税力のある 所得を認識することができないということもできるため、仮に通達の規定がなくとも課税 の対象になる所得とはいえないと考えるべき場合があると思われる(詳細は後述する。)。 この点について本判決をよく読むと、「給与」に該当するといっているが、「給与所得」に あたる、とはいっていない。こうした用語の使い分けに正確な意味があるとすれば、本判 決は、旧通達の規定する事情があるかの検討に「所得」にあたるかの判定を考慮させる趣 旨であると理解することができるであろう(論理 A)。他方で、「給与」と「給与所得」 についての用語の使い分けには大きな意味があるものではないと考えれば、第 1 審のよう な論理(本件旧通達の規定の適用の検討)を前提にしていると考えることもできる(論理 B)22)  以上の点は、判決文からは判然としないが、前者(論理 A)であると理解するのが、 所得概念を前提とした法解釈としては理論的であると思われる。この論理 A を導く議論 は、以下の諸問題の検討において明らかにしていきたい。  

5 検討

(1)債務免除益に対する所得課税―どのような所得を構成すると考えるべきか  債務免除によって債務者個人が得た利益は、「経済的な利益」にあたるため(所得税法 36 条 1 項かっこ書)、所得税法が予定している収入金額にあたることになる(正確には、 「収入金額又は総収入金額にあたる」ということになるが、以下、特に注意を要する部分 を除き、「又は総収入金額」については省略する。)。そして、この場合、「経済的な利益の 価額」として(同法 36 条 1 項かっこ書)、「当該利益を享受する時における価額」(同法同 条 2 項)、つまり時価で収入金額が決まることになる。借入債務の免除を受けた者(なお、 本判決の事案は、債務免除を行った者が法人税法上の法人であり、債務免除を受けた者が 22) 第 1 審判決は、旧通達の規定を適用しないことが平等原則違反にあたるとの理由で、この規定を適 用しているが、そのように考えるよりも、当該規定には合理性があるため、当該規定を適用すると著 しく不平等な結果をもたらすような特段の事情がない限り、同規定が適用されると考える方が、裁判 例の傾向にも合致すると思われる(最判平成 17 年 11 月 8 日集民 218 号 211 頁、東京高判平成 25 年 2 月 28 日税務訴訟資料 263 号順号 12157 等参照)。したがって、論理 B は、前者のような理由だけでな く、後者も含めた考え方として捉えるべきかもしれない。このように捉えるのであれば、論理 B も誤 りではない。

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個人である場合であるため、本稿でも法人から債務免除を受けた者が個人である場合を前 提に議論を進める23)。)は、免除を受けた債務額について返済義務を免れたことになるた め、原則として、当該債務額が経済的利益の時価として捉えられることになる。  原則として、と断ったのは、例外もあり得ると考えるからである。この点については後 述することとして、ここでは原則論について論じたい。次に問題になるのは、法人から債 務免除を受けた個人が得た利益(債務免除益)は、いかなる所得にあたるのか、というこ とであろう。いわゆる所得の種類(所得区分)の問題である。  ここでは 2 つの考え方があり得る。1 つは、法人が個人に対して行う債務免除は通常継 続的に行われるものではないから原則として一時所得(所得税法 34 条 1 項)にあたると する考え方である(一時所得説)24)。いま 1 つは、そのようには考えずに、通常の所得区分 と同様に、当該所得の性質やその原因(発生の態様)をみて個別具体的にどの所得にあた るかを判断する考え方である(個別検討説)25)  一時所得説は、法人から個人が受けた債務免除益については、法人からの贈与にあたり、 原則として一時所得にあたると考えられている点を重視するものである26)。しかしながら、 たとえば、ストック・オプションの行使益は、その利益を得た原因によってそれぞれ異な 23) 債務免除を受けた者が法人である場合には、「その他の取引」に係る収益として、これによって得 た利益が当該事業年度の益金に算入されることになると考えられる(法人税法 22 条 2 項)。この点に ついては、DES(Debt Equity Swap デット・エクイティ・スワップ)による債務消滅益について「そ の他の取引」に係る収益として益金に算入されるとしたものがある(東京高判平成 22 年 9 月 15 日税 務訴訟資料 260 号順号 11511(最決平成 23 年 3 月 29 日税務訴訟資料(不受理)261 号順号 11656))。 同判決は、法人税法 22 条 2「項の『その他の取引』には、民商法上の取引に限られず、債権の増加又 は債務の減少など法人の収益の発生事由として簿記に反映されるものである限り、人の精神作用を要 件としない法律事実である混同等の事件も含まれると解するのが相当である。したがって、混同によ り消滅した本件貸付債務の券面額から上記資本等取引に当たる 1 億 6200 万円を控除した残額は、損益 取引により生じた益金と認められる」と判示している。   また、債務免除を行った者が個人で、債務免除を受けた者も個人である場合には、「対価を支払わな いで……債務の免除……による利益を受けた場合」として、「当該債務の免除……による利益を受けた 者が、当該債務の免除……に係る債務の金額に相当する金額」(債務免除額)を「当該債務の免除…… をした者から贈与……により取得したものとみな」されることになる(相続税法 8 条本文)。 24) 田中治教授は、「一般に、法人による債務免除という行為は継続的、連続的に行われるものではな い」点を指摘し、「この種の債務免除は、一時的、偶発的になされる点に特徴があり、したがって、こ れによって生じた所得は、基本的に一時所得に当たるというべきであろう。」と述べられている(田中 治「給与所得者の経済的利益に対する課税」税務事例研究 59 号(2001 年)50 頁)。 25) 所得税基本通達 34 - 1(5)においても「業務に関して受けるもの」と「継続的に受けるもの」が 一時所得から除外されている。前者については「その業務の付随収入に該当するため」であり、後者 については「臨時的、偶発的に生ずる所得に該当しなくなるため」であると説明されている(森谷義 光=北村猛=一色広己=田中健二編『所得税基本通達逐条解説〔平成 26 年版〕』(大蔵財務協会、2014 年)252 頁)。この点から、同通達の規定においても、業務に関連するものであれば、少なくとも、そ の法律関係等によって、事業所得または給与所得になることが前提とされているといえる。 26) この見解は、「買掛金その他の債務の免除を受けた場合におけるその免除を受けた金額」が所得税 法 36 条 1 項かっこ書の「経済的な利益……に含まれる」とされており(所得税基本通達 36 - 15(5))、 かつ、「法人からの贈与により取得する金品(業務に関して受けるもの及び継続的に受けるものを除 く。)」が一時所得にあたる例とされている(同 34 - 1(5))行政解釈を前提にするようである。

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る所得区分にあたると考えられている27)。これはストック・オプションの行使益に限られ たことではない。そもそも、所得区分は、「所得はその性質や発生の態様によって担税力 が異なるという前提に立って、公平負担の観点から、各種の所得について、それぞれの担 税力の相違に応じた計算方法を定め、また、それぞれの態様に応じた課税方法を定めるた め」に設けられている28)。このことを前提とすれば、その判断についても所得の性質や発 生の態様などを個別具体的にみて行われるべきと考えられている。こうした一般的な考え 方を、債務免除益の場合にのみ修正する特殊性があるとは思われない。一時所得の要件に は、非継続性要件29)及び非対価性要件30)がある以上、それぞれの要件該当性を個々に判定 しなければならないはずである。よって、一時所得説は妥当ではないと思われる。  この点、裁判例をみても、上述のとおり、事業所得としたもの31)、不動産所得としたも のもあれば32)、一時所得としたものもあり33)、本件のように給与所得にあたる余地を認めた ものものあれば、配当所得としたものもある34)。したがって、個別検討説が妥当であろう。   (2)通達が定める非課税規定―本件旧通達の規定に基づき非課税とすることは、租税法 律主義に違反しないか  次に検討すべきことは、債務免除益はその免除額について原則として収入金額に算入さ れる(つまり、所得にあたる)と述べた点について、である。あくまで、原則として、と 断ったのは、債務免除がなされた場合でも、例外的に債務者に所得が発生しない場合もあ り得ると考えられるからである。これは、本件において第 1 審で適用された本件旧通達の 規定と所得税法 36 条の関係をめぐる問題ということもできるし、法令に明文規定がない にもかかわらず通達の規定で定められた非課税所得を認めることになる点で租税法律主義 (憲法 84 条)に反するのではないか、という問題として捉えることもできる。  旧所得税基本通達 36 - 17(本件旧通達)本文には、「債務免除益のうち、債務者が資 27) ストック・オプションの行使益については給与所得と判断されたもの(前掲注 20))、雑所得と判 断されたもの(東京高判平成 17 年 4 月 27 日訟務月報 52 巻 10 号 3209 頁(最決平成 18 年 2 月 28 日 (不受理)税務訴訟資料 256 号順号 10337))があるほか、課税実務においては、その利益を得た原因 によって給与所得、退職所得、事業所得、一時所得、雑所得にあたるとの整理がなされている(所得 税基本通達 23 ~ 35 共- 6 参照)。この点について、金子宏東京大学名誉教授は「自社の役員・従業員 以外の者にストック・オプションを与えた場合に、その行使によって生ずる利益の所得分類が問題と なるが、当事者の会社との関係により、事業所得、給与所得、一時所得または雑所得のいずれかに該 当すると解すべきである。」と述べられている(金子・前掲注 3)226 頁)。 28) 金子・前掲注 3)202 - 203 頁。 29) 「営利を目的とする継続的行為から生じた所得以外の一時の所得で」あること(所得税法 34 条 1 項)。 この非継続性要件の判断枠組みを示したものに、最判平成 27 年 3 月 10 日刑集 69 巻 2 号 434 頁がある。 30) 「労務その他の役務又は資産の譲渡の対価としての性質を有しないもの」であること(所得税法 34 条 1 項)。この非対価性要件の判断枠組みを示したものに、東京高判平成 23 年 6 月 29 日税務訴訟資料 261 号順号 11705(最決平成 24 年 9 月 27 日(不受理)税務訴訟資料 262 号順号 12051)がある。 31) 大阪地判平成 24 年 2 月 28 日・前掲注 6)。 32) 仙台高判平成 17 年 10 月 26 日・前掲注 7)。 33) 東京地判平成 27 年 5 月 21 日・前掲注 8)。 34) 東京高判平成 22 年 6 月 23 日・前掲注 5)、大阪高判平成 24 年 2 月 16 日・前掲注 5)。

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力を喪失して債務を弁済することが著しく困難であると認められる場合に受けたものにつ いては、各種所得の金額の計算上収入金額又は総収入金額に算入しないものとする。」と 定められていた。この本件旧通達の規定の適用を行い、源泉徴収義務が生じないとしたの が第 1 審判決であった(なお、非課税規定が適用される場合に、そもそも源泉徴収義務は 生じなくなるのかという点も問題になる。この点については、後述する。)。しかし、これ に対しては、所得税法や所得税法施行令(ただし、同法からの委任がある場合を前提とす る。)といった法令ではない(国税庁長官が発遣する国税職員に対する内部命令に過ぎな い)通達によって、非課税所得を定めてよいのかという批判がされることになる35)  たとえば、本件と同様に本件旧通達の規定の適用が争われた大阪地裁平成 24 年 2 月 28 日判決36)の評釈において、品川芳宣名誉教授は「このような通達の取扱いによって特定の 所得(経済的利得)を非課税とするのは、法令の根拠を欠くものであって、租税法律主義 (課税要件法定主義又は合法性の原則)違反の疑義がある。」と批判されている37)。他方で、 同判決の評釈において、伊藤義一教授は、「租税法律主義の観点から如何なものかという 問題もあるが、その議論の趣旨が、国税庁長官通達による法律の解釈が正しい解釈であっ て、それを裁判所が確認するという趣旨であると善解すれば、そこに問題はない」と述べ られている38)  たしかに、第 1 審判決のように本件旧通達の規定を「非課税規定」と捉えると、租税法 律主義違反の懸念が生ずるところであろう39)。しかし、この点については、次のように考 えることができる。そもそも、法人から個人に債務免除がなされた場合、債務免除益がス トレートに生ずるのかというと、必ずしもそうではなく(もちろん、原則として所得税法 は債務免除によって免れた債務相当額について経済的利益を得たと捉えることになる点は そのとおりであるが(所得税法 36 条 1 項かっこ書、2 項参照))、資力を喪失しており弁 済をすることが著しく困難であるような事情があるときに債務免除がなされた場合には、 例外的にではあるが、それによって債務免除益としての所得(収入)があったと解するこ とはできない、といえるのではないか。そもそも、そのような場合においては債務免除に よっても当該債務者に担税力の増加はもたらされないはずであり、そうだとすれば、当該 債務者は所得を得たといえないからである。この点については、大阪地裁平成 24 年判決 において「債務者が債務免除によって弁済が著しく困難な債務の弁済を免れたにすぎない 35) 田中治教授は「租税法律主義の見地からみて、通達限りで租税負担を強化するのが許されないのと 同様に、通達限りで租税負担を軽減、排除するのも許されない、というべきである。」と述べられてい る(田中・前掲注 24)37 頁)。 36) 大阪地判平成 24 年 2 月 28 日・前掲注 6)。 37) 品川芳宣「判批」税研 166 号(2012 年)90 頁。 38) 伊藤義一「判批」TKC 税研情報 21 巻 6 号(2012 年)42 頁。 39) 酒井克彦教授は「そもそも、租税法律主義の下で、実定法が非課税規定や免税規定を設けていない にもかかわらず、行政が課税を免除するなどということを通達することに大きな問題があると思われ る」と述べられている(酒井克彦「債務免除益に係る源泉徴収義務―国税不服審判所平成 17 年 2 月 28 日裁決の検討を契機として―」税務事例 46 巻 3 号(2014 年)56 頁)。

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といえる場合には、当該債務免除という経済的利益によって債務者の担税力が増加するも のとはいえない」と判示されていたところであるが40)、より正確にいえば、担税力を増加 させるものでなければ所得とはいえないため、収入金額に算入される経済的利益にもあた らない、ということになるであろう41)。そして、そのような場合についての規定を設けて いるのが、相続税法 8 条ただし書であり(これは個人から個人に対する債務免除が行われ た場合であるが)42)、本件旧通達であったと理解することができる43)。たしかに、本件旧通 達の規定は、相続税法 8 条ただし書の規定と異なり、法令において定められていなかった 点に妥当性の問題はあったかもしれない44)。しかし、現行法においては所得税法 44 条の 2 第 1 項の規定で明文化されている45)(そのため、妥当性の問題も現在においては解消され ているといえるであろう46)。)47)。いずれにせよ、所得税法 36 条 1 項をみても、債務免除益 40) 大阪地判平成 24 年 2 月 28 日前掲注 6)。 41) この点について、「いわばマイナスの状態がマイナスのままか、又は最大限『0』に戻ったに過ぎな い」として、債務免除によっても債務者に純資産の増加が生じないと説明するものに伊藤・前掲注 38)46 頁がある。 42) 相続税法 8 条ただし書 1 号には「債務者が資力を喪失して債務を弁済することが困難である場合に おいて、当該債務の全部又は一部の免除を受けたとき」に該当する場合には「この限りでない」と定 められている。これは同法 8 条本文が「債務の免除……による利益は、債務者の消極財産を消滅ない し滅失させるものであり、このことは実質的には、積極財産の贈与を受けることと経済的には何等異 なるところがないことに着目して設けられた」規定であるところ、「債務の免除……が、債務者が資力 を喪失したため止むを得ず、また、いわゆる道義上の見地からされる場合があ」り、「このような場合 にも、贈与とみなして贈与税を課税することは適当でない」ことから定められた規定と解されている (武田昌輔編『DHC コンメンタール相続税法』(第一法規、1981 年)1022 - 1023 頁)。 43) 本件旧通達については、「単に形式上の所得であって、免除を受けたことによってそれだけ担税力 のある所得を得たものとみるのは必ずしも実情に即したものとはいえないのではないかという問題が ある」ため、「このような状態の債務免除益については収入金額に算入しない取扱いを明らかにしたも のである」と説明されていた(後藤昇=森谷義光=阿部輝男=北島一晃『所得税基本通達逐条解説〔平 成 24 年版〕』(大蔵財務協会、2012 年)283 頁)。形式的には所得にみえるようであっても、担税力を 増加させるものでなければ所得とはいえないと捉えるべきことを考えると、そもそも所得が生じてい ない部分について収入金額又は総収入全額に算入しないことを定めた規定と理解することができる。 44) たとえば、相続税法 8 条ただし書などと比較して、非課税の明示規定を欠く点でバランスが悪いと する指摘があった(増井良啓「判批」『平成 24 年度重要判例解説』ジュリスト 1453 号(有斐閣、2013 年)209 頁)。   なお、ここで筆者が妥当性の問題といっているのは、所得税法に明文規定がなかったことが租税法 律主義に抵触するものではないとしても、原則として債務者に経済的利益をもたらすはずの債務免除 について、どのような場合に例外的に担税力がないものとして課税されないことになるのかについて の明確な基準が法文で示されている方が望ましいという考えはあり得るからである。 45) 所得税法等の一部を改正する法律(平成 26 年法律第 10 号)。 46) ただし、同規定が「総収入金額」と定められている点をとらえ、給与所得や退職所得には適用され ないおそれがあるとの指摘もある(奥谷健「判批」税務 QA165 号(2015 年)49 頁)。他方で、「各種 所得の金額の計算上」となっている点もあり、同規定の適用範囲の問題が残っていることは否めない。 47) 改正の趣旨については、「著しく債務超過の状態に陥ったこと等によりその債務者が資力を喪失し て債務を弁済することができない場合には、その債務の免除により受ける経済的な利益は形式的なも のであり、これを課税所得として捉えることは実情にそぐわないという考え方から、これまで課税し ないこととして取り扱われてきました。平成 26 年度改正では、個人の事業再生を支援する租税特別措 置を創設すること(措法 28 条の 2 の 2)にあわせ、この取扱いを法令上明確化することとされまし た。」と説明されている(佐々木誠=田名後正範「所得税法等の改正」『改正税法のすべて 平成 26 年 版』(大蔵財務協会、2014 年)103 頁)。

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が必ず「経済的な利益」として把握され収入金額に算入されると規定されているわけでは ない。債務免除によって債務者が得た利益(担税力の増加をもたらす所得)がある場合に は、その債務免除益が「経済的な利益」にあたり、収入金額に算入されると解されている はずなのである。  この点について、末崎衛教授は、「本件通達の取扱いは、X や本判決がいうように、所 得税法 36 条 1 項の解釈として当然に導かれるものであり、Y のように『特例』と捉える のは誤りでしょう。なぜなら、債務者に資力があってこそ、その債務の支払を免れたこと をもって経済的利益と捉えることができるのであって、そもそも資力がない場合に経済的 利益を得たと捉えることができないのは当然の理だからです。」と述べられている48)。「特 例」とあるのは、非課税についての創設規定という趣旨であると思われるが、まさにその ような「特例」(創設的非課税)として捉える点に誤りがあるのであって(見出しには 「特例」と記載されていたが、ここではその性質が創設的非課税かどうかを捉えている。)、 そのように捉えることから租税法律主義違反(非課税規定を通達で創設した)という疑問 が指摘されるのだと思われる。  筆者の考えでは、債務免除が行われた場合でも例外的に「経済的な利益」が生じない場 合があること及びその場合について確認をしたのが、相続税法 8 条ただし書であり、本件 旧通達であり、現行所得税法 44 条の 2 第 1 項である。このように、これらの規定は、い ずれも確認規定であって、創設規定ではない。そもそも、非課税規定を定めた所得税法 9 条 1 項の列挙事由には、損害賠償金(17 号)のように確認的非課税と考えられているも のと49)、通勤手当(5 号)のように創設的非課税と考えられているもの50)の 2 種類がある。 債務免除がなされた場合に資力を喪失して弁済をすることが著しく困難な場合については、 そもそも、所得税法 36 条 1 項かっこ書及び 2 項の解釈論として導くことができるもので ある。したがって、上記の租税法律主義違反の問題は生じないといえよう。 48) 末崎衛「判批」税務 QA122 号(2012 年)55 頁。 49) 損害賠償金が非課税とされているのは、損害を補填するものであり、そもそもそこには純資産の増 加(あらたな経済的価値の流入)はないため、所得はないからであると考えられている(大阪地判昭 和 54 年 5 月 31 日行集 30 巻 5 号 1077 頁参照)。水野忠恒教授も「これらは損害の回復であり、担税力 がないとみられるので非課税とされるのである。」と述べられている(水野忠恒『大系租税法』(中央 経済社、2016 年)154 頁)。増井良啓教授も、一般論として「損をした部分を埋め合わせるのだから、 所得にならない」と述べられている(増井良啓『租税法入門』(有斐閣、2014 年)66 頁)。 50) 所得税法の規定で非課税とされていなかったころに、通勤手当も給与所得にあたるとした最高裁判 決がある(最判昭和 37 年 8 月 10 日民集 16 巻 8 号 1749 頁)。この点から、通勤手当について非課税と した(ただし、一般の通勤者につき通常必要であると認められる部分として政令で定めるものに限ら れる。)所得税法 9 条 1 項 5 号の規定は、創設的非課税であると考えられる(中里実=弘中聡浩=渕圭 吾=伊藤剛志=吉村政穂編『租税法概説〔第 2 版〕』(有斐閣、2105 年)106 頁参照)。この点について は、通勤手当を「受領した時点においてはたしかに資産の増加をきたすものである」としつつも、「受 領後通勤のために支出される犠牲的費用である」点から、必要経費としての性質をもつ給与所得控除 額(所得税法 28 条 2 項、3 項)に含まれるものであるかなどを明らかにしなければ明確な答えはでな いはずであるとの批判もある(齋藤明「判批」『租税判例百選〔第 2 版〕』(有斐閣、1983 年)69 頁。 他に、塩崎潤「判批」『租税判例百選』(有斐閣、1968 年)72 頁等を参照)。

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 なお、ここではその効果の観点から、本件旧通達の規定を非課税規定(ただし確認的非 課税)であると説明したが、そもそも非課税規定とは、所得税法 9 条 1 項柱書にあるよう に「所得税を課さない」との文言が用いられているものを指すはずである。所得税法以外 でも非課税を定めた規定はあるが、たとえば宝くじの当選金についての非課税規定におい ても、当せん金付証票法 13 条で「所得税を課さない」という文言が用いられている。こ れに対して、本件旧通達の規定は「収入金額又は総収入金額に算入しない」との文言が用 いられている。そこで、本件旧通達の規定はそもそも非課税規定といえるのか、という問 題も厳密に考えるとあり得ると思われる。この点について、本件における第 1 審では、 「本件通達は、上記のような場合に受けた債務免除益への非課税を規定したものと解され る」と判示されている。もちろん、「所得税を課さない」とされた場合においても、「収入 金額又は総収入金額に算入しない」という効果を生じることになるため、両者を区別して 論ずる実益が果たしてあるか、という問題はあるであろう51)。しかし、本件旧通達の規定 も所得税法に明文化された所得税法 44 条の 2 の規定も「所得税を課さない」との文言で はない点には留意すべきように思う。   (3)所得税法 183 条 1 項と非課税規定との関係―給与にあたる債務免除益について源 泉徴収義務が生じないことはあり得るのか  最後に検討しなければならない難問が残されている。それは、法人から個人になされた 債務免除によって生じる利益(債務免除益)が「給与」(所得税法 28 条 1 項)にあたる場 合でも、「給与等……の支払」(所得税法 183 条 1 項)にあたらず、源泉徴収義務が生じな い場合があり得るのか、という点である。本判決がこの点についてどのような理解をして いるかを把握することは、判決文がシンプルに過ぎるため、容易ではない。しかし、債務 免除益が「給与」にあたるとしながら、「本件債務免除当時に A が資力を喪失して債務を 弁済することが著しく困難であったなど本件債務免除益を同人の給与所得における収入金 額に算入しないものとすべき事情が認められるなど、本件各処分が取り消されるべきもの であるか否かにつき更に審理を尽くさせる」として差戻しを命じている点から、本判決の 論理を読み取ることはできると思われる。  この問題を考えるにあたっては、本判決の論理を捉える(解読する)と同時に、源泉徴 収義務(本件では所得税法 183 条 1 項の規定の適用が問題になる。)と非課税規定の適用 との関係を、一般論として考えることも必要になるであろう。本件が提起されてから、諸 51) 現物給与等の「課税除外の根拠は、一部税法に非課税規定が設けられているほかは、国税庁通達で 税務執行上の細目が定められ、それによって税の実務が動いているものが多い」との説明があるが(注 解所得税法研究会編『注解所得税法〔五訂版〕』(大蔵財務協会、2011 年)491 頁)、いまひとつは「課 税しなくて差し支えない」との文言が使われている通達の各規定であろう(所得税基本通達 36 - 21 ないし 36 - 30 等)。

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説論じられているところではあるが52)、その答えは判然としない。そこで、以下に、私見 を述べたいと思う。  ここで注目すべきは、本判決が使っている用語の微妙な使い分けである。いっけんする とすべて同じようにみえるところであるが(もちろん、実際には同じ意味で使われている 可能性も否めないが)、よくみると原審(控訴審)の判断については、本件債務免除益が 「所得税法 28 条 1 項にいう給与等に該当するということはできない」ことを理由に、本件 債務免除益についての「源泉徴収義務はない」としたと記されている。これに対して、本 判決の理由においては、「所得税法 28 条 1 項にいう給与所得」についての要件を示したう えで、「本件債務免除益は、所得税法 28 条 1 項にいう賞与又は賞与の性質を有する給与に 該当する」と記されていて、原審の判断として紹介したときのような「所得税法 28 条 1 項にいう給与等4に該当する〔傍点は筆者〕」とは記されていないのである。ここでの違い は「給与等」か「給与」かという「等」の有無に過ぎない。しかし、「給与等」の「等」 は、X に源泉徴収義務が発生するための要件を指している。所得税法 183 条 1 項には、所 得税法「第 28 条第 1 項(給与所得)に規定する給与等(略)の支払をする者」に源泉徴 収義務が生じると規定されており、その要件は「給与……の支払」ではないからである (「給与等……の支払」でなければならない、ということである。)。以上を前提に考えると、 本判決は、本件債務免除益が所得税法 28 条 1 項の給与所得に該当し得るものであること は認めているものの、その「支払」が源泉徴収義務の対象に該当することになる、所得税 法 183 条 1 項にいう「給与等」にあたることまでは判断していない、と考えられるのでは ないだろうか。  このように考えるのは技巧的である、との批判もあるかもしれない。しかし、このよう に考えれば、「給与」には該当するものの、「本件各処分が取り消されるべき」可能性が認 められる余地が生ずることになり、差戻しが命じられた意味も理解できると思われるので ある。本件各処分の本体(本税に相当する部分)は納税告知処分であり、その適法性の根 拠(課税要件)は所得税法 183 条 1 項が定める「給与等……の支払」だからである。  なお、この点については、「給与等……の支払」に「給与……の支払」も当然に含まれ るのではないかとの疑問もあるかもしれない。しかし、所得税法 28 条 1 項は「俸給、給 料、賃金、歳費及び賞与並びにこれらの性質を有する給与」を「給与等」というと定めて いることからすれば、本判決が認定した「賞与」であれ「賞与の性質を有する給与」であ れ、所得税法 183 条 1 項にいう「給与等……の支払」にストレートにあたるのだとすれば、 上記のような差戻しを命ずる余地はなくなるはずであるが、(差戻しを命じている)本判 決はそのようには考えていない。そうすると、本件旧通達及び所得税法 44 条の 2 第 1 項 の規定が意識されていると思われる「本件債務免除当時に A が資力を喪失して債務を弁 52) これまで挙げたもののほかに、本件についての評釈には、安井栄二「判批」税務 QA152 号(2014 年)59 頁、伊藤義一「判批」TKC 税研情報 24 巻 3 号(2015 年)1 頁等がある。

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済することが著しく困難であつたなど本件債務免除を同人の給与所得における収入金額に 算入しないものとすべき事情が認められる場合」には、「給与」にはあたるものの「給与 等……の支払」にはあたらない場合を指している、ということになるであろう。  ここで、なぜ上記事情が認められる場合には「給与」にあたるものが「給与等……の支 払」にあたらないことになるのか、という問題が生じる。この点については、上記のよう に本件旧通達の規定が、担税力がなく所得にあたらないものなので「収入金額又は総収入 金額に算入しない」と規定した確認的非課税であると考えると、そのような債務免除は、 そもそも「給与等……の支払」にはあたらないと解することができるであろう。ここで、 たとえば非課税とされている通勤手当の支払について「給与等……の支払」にはあたらな いと考えられている(所得税法 183 条 1 項に基づく源泉徴収はしない)実務との関係を考 えると53)、通勤手当も給与所得にあたると判示した最高裁昭和 37 年判決54)によれば担税力 のある所得ではあるはずだが、創設的に所得税法 9 条 1 項 5 号の規定により非課税にされ ているに過ぎないと理解することになる55)。そうすると、所得税法 183 条 1 項にいう「給 与等……の支払」には非課税所得は含まれないということになるであろう。そして、本件 債務免除益の場合は、これを非課税所得といえるかどうかは措くとしても、非課税所得と 同じく収入金額に算入しない給与であるため、やはり「給与等……の支払」に該当しない と考えられるのではないか56)  以上の考え方に対しては、最高裁平成 22 年 7 月 6 日判決57)が「所得税法 207 条所定の生 命保険契約等に基づく年金の支払をする者は、当該年金が同法の定める所得として所得税 の課税対象となるか否かにかかわらず、その支払の際、その年金について同法 208 条所定 の金額を徴収し、これを所得税として国に納付する義務を負うものと解するのが相当であ 53) この点について池本征男氏は、所得税「法 183 条 1 項では、同法 28 条 1 項に規定する給与等を源 泉徴収の対象としているから、非課税となる給与等を除いた金額が源泉徴収される(例えば、通勤手 当は非課税限度額超過部分が源泉徴収の対象とされる。)。」と述べられている(池本征男「判批」国税 速報 6130 号(2010 年)10 頁)。 54) 最判昭和 37 年 8 月 10 日・前掲注 50)。 55) 前掲注 50)参照。 56) 横領された金員について「この本件金員の移動により A は経済的な利得を得たものということが でき、これは A の所得税法上の『所得』に該当するものといえる。なお、本件金員の移動が違法ない し私法上無効である場合であっても、本件金員が現実に A の管理下に入り、同金員の取得が A の経済 的な利得であるといえる以上、所得税法上は『所得』があったとみるべきものである。」として、所得 税法 183 条 1 項にいう「支払」が認められた例がある(大阪高判平成 15 年 8 月 27 日税務訴訟資料 253 号順号 9416(最決平成 16 年 10 月 29 日(不受理)税務訴訟資料 254 号順号 9803))。   ただし、ここで所得であることを理由に「支払」にあたることが認められていることは、「支払」の 対象が理論的な所得にあたるか否かで決せられることを意味するものではないと思われる。この点だ けをとらえると、担税力を増加させるものではない債務免除については、理論的な意味での所得にあ たらないため、「支払」にあたらないという説明も可能であろう。しかし、担税力の増加があり理論的 な意味での所得ではあるはずの通勤手当についても「給与等……の支払」にあたらない(源泉徴収を しない)としている実務の取扱いについても整合的な説明をするためには、ここにいう「給与等…… の支払」には、収入金額に算入しない給与の支払は含まないと考えることが必要になるのではないだ ろうか。 57) 最判平成 22 年 7 月 6 日民集 64 巻 5 号 1277 頁。

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