大学生アスリートの自己形成における
本来感と随伴的自己価値が精神的健康に及ぼす影響
江田香織
1)・伊藤正哉
2)・杉江 征
3)The Effect of Contingent Self-Esteem and Authenticity in College Athlete’s
Self-Development on Their Mental Health
Kaori Eda
1, Masaya Ito
2, and Masashi Sugie
3Abstract
The purpose of this study was to examine the effects of sense of authenticity (SOA) and contingent self-esteem (CSE) in college athletes’ self-development on their mental health. University students (n=241) answered the sense of authenticity scale (SOAS) and the contingent self-esteem scale (CSES) administered as indicators of self-development, and the General Health Questionnaire-28 (GHQ-28: somatic complaints, anxiety and insomnia, and severe depression). They were classified as athletes (n=156) or non-athletes (n=85). The results of examining the effect of SOA and CSE were as follows. SOA promoted the mental health in athletes and non-athletes. CSE promoted anxiety and insomnia in athletes, but showed no effect on any subscales of the GHQ-28 in non-athletes. Almost no difference in CSE was seen between athletes and non-athletes, although SOA was higher in athletes than non-athletes. The effect of CSE on anxiety and insomnia among athletes did not disappear with the influence of SOA. It has been suggested that SOA and CSE are located at opposite poles conceptually. However, the commitment of athletes to the athletic setting was promoted by their self-worth contingent on sporting achievements, which lead to performance enhancement. This indicates that neither SOA nor CSE is necessarily located at opposite poles conceptually for athletes. These results suggest first the possibility that there are states of SOA and CSE characteristic to athletes, and second the need to consider self-development from both of SOA and CSE in relation to athletes.
Key words: athletes, contingent self-esteem, self-esteem, self-development
1) 筑波大学人間総合科学研究科 〒305−8574 茨城県つくば市天王台1−1−1 筑波大学体育科 学系棟 2) 国立精神・神経センター精神保健研究所成人精神保健部 〒187−8553 東京都小平市小川東町4−4−4 3) 筑波大学心理学系 〒305−8570 茨城県つくば市天王台1-1-1 連絡先:江田香織 E-mail: [email protected]
1 Graduate School of Comprehensive Human Sciences, University of Tsukuba
1-1-1 Tennoudai Tsukuba-city Ibaraki 305-8574
2 National Center of Neurology and Psychiatry, National Institute of Mental Health, Department of Adult Mental Health 4-1-1 Ogawahigashi Kodaira Tokyo 187-8553 3 Institute of Psychology, University of Tsukuba 1-1-1 Tennoudai Tsukuba-city Ibaraki 305-8570 Corresponding author: Kaori Eda
はじめに アスリートは心理的・身体的に競技に強くコ ミットメントすることで競技力を向上させてい るため(金崎・橋本,1995),彼らの経験する 世界は自ずと競技場面が中心になっていく.そ のため,彼らの自己形成においては,スポーツ 場面での経験が大きな役割を担っている.ス ポーツ経験による自己形成に関する研究では, 中込(1993)に代表されるように,アスリート の特徴であるスポーツに限定された領域を手が かりとする同一性を想定し,いくつかの主張が なされた.スポーツマン的同一性(e. g . ,高見 ほか,1990)は「自分はどういう運動選手なの か,どういう運動選手になりたいのかなどの主 観的感覚」および「スポーツ経験を通じて得た 自己確認や,スポーツに関与することで自分を 確認していく心理的態度」という,競技場面を 手がかりとして得られる同一性感である.アス リートが競技に専心する上では,このような感 覚および態度は競技への動機づけとしての機能 を持ち,必要なことと考えられる. 一方で,スポーツマン的同一性の高いこと が,青年期の発達課題(同一性形成)への取り 組みを消極的にしてしまう危険性が主張されて いる(西平,1973;中込,2004).すなわち, スポーツマン的同一性が 隠れ蓑 (疑似同一 性:pseudo-identity)として機能(作用)する ことにより,青年期の発達課題への取り組みを 消極的にする可能性が指摘されている. スポーツマン的同一性に対するこのような二 面性は,スポーツマン的同一性という概念が自 己形成の一側面のみを捉えてきたことによるの ではないかと考えられる.山田(2003)は,自 己形成を 日常場面における行為や経験といっ た(外的)環境との関わりをベースとして,そ の外的活動とそれに付随する内的活動(諸感覚 や評価)との相互作用によってもたらされる自 己の発達およびその過程 と定義している.そ して,認知(内的側面)と行為(外的側面)と は本来分けて考えられる問題ではなく,この両 側面から自己形成をとらえることにより,より 力動的・統合的な人間理解が可能となると主張 している.スポーツマン的同一性に関する研究 で使用された スポーツマン的同一性尺度(高 見ほか,1990) において,最終的に扱われた 項目は「スポーツで有名な人間になろうとする 希望を持っている」,「私は先生(コーチ)が自 分に望んでいることを理解している」,「私は周 囲の人たちが期待していることに応えることが できる」などである.山田(2003)の観点から これらの項目を検討すると,競技経験上で必要 な心理的能力を備え,競技での成果によって得 られる達成感,またはそこで築かれる対人関係 による適応感を反映していると考えられ,競技 経験による自己形成の外的要素を多く扱ってい ると捉えられる.つまり,先行研究では競技経 験による自己形成の外的要素を手がかりとして スポーツマン的同一性を構成し,検討してきた と言える.そのことについては,自我同一性形 成に付随して生じる自我発達がスポーツマン的 同一性には認められず,自己形成の内的要素を 扱ってはいないとの指摘がなされている(中 込,1993).先に述べた疑似同一性の問題は, 自己形成の外的要素に関わる経験に比して,内 的要素に関わる経験が少ないために生じると考 えられるが,これまでの研究では外的要素への 検討はされていたものの,内的要素からの自己 形成を捉えきれていなかったために,この問題 の指摘に留まったと示唆される.こういった問 題とより深く関わっていくためには,自己形成 の内的な要素にも同時に注目する必要がある. 自己形成を二側面からとらえる視点として, 外的要素としての随伴的自己価値(Contingent Self-Esteem)注1)と,内的要素としての本来感 (Sense of Authenticity) と を 対 置 す る 議 論 (Kerins,2003;伊藤・小玉,2005)が有効であ ると考えられる.この議論においては,自己に ついての価値感覚が外部の基準に依存しておら ず,自分らしくいられるだけで感じられる自己 の価値感覚を本来感とし,一方で,自己価値の 感覚が何らかの外的基準に依存しており,その 外的基準上で高いパフォーマンスを達成できた 時のみにおいて得られる自己の価値感覚を随伴
的自己価値と捉えている.いくつかの研究で は,随伴的自己価値が不安定で脆弱であるがゆ えに,精神的健康を阻害することが報告されて いる(Harter, 1993, 1997;Harter et al., 1996; Neighbors et al., 2004).本研究で対象とするア スリートの置かれている環境を考えてみると, アスリートはアスリートという社会的な役割を 主要な手がかりとして自己を築いてくことが多 いため,その他の役割についての探索体験が少 ない傾向にあると言われている(Ogilvie and Howe, 1982;Petitpas et al., 1992).実際にアス リートは彼らの自己価値の手がかりの多くを競 技に求めていることが明らかとなっており(江 田ほか,2007),またアスリートの心理臨床で も,競技に自己の価値感覚の多くを求めている と思われるアスリートが競技での不調や怪我, 引退などの危機を契機に,精神病理的な範疇の 問題まで抱えることとなった事例が報告されて いる(中込,1999;中込,2000;中込・高橋, 1995).このようなアスリートに見られる精神 的不健康状態は,自己形成における随伴的自己 価値への偏りと関係することが推察される. 一方で,本来感は精神的健康を促進する働き を持つことが報告されている(Kernis,2003; 伊藤・小玉,2005,2006).また,先行研究に おいて,アスリートは自己形成の外的要素に関 わる経験は多いものの,内的要素に関わる経験 が少ないために,疑似同一性という問題を呈す るといった指摘があったこと,そして本来感が 自己形成意識を促進することが確認されている ことからも(伊藤・小玉,2006),アスリート の自己形成において内的要素を伴うことが彼ら の自己形成を促進し,そうした自己の成長が精 神的健康を促進すると予想される. 山田(2003)の考えに従えば,このような自 己形成の両側面が相互作用によって自己が育ま れるものと考えられる.アスリートの自己形成 に関する先行研究では,こうした自己形成の外 的要素を独立変数,内的要素を従属変数とし, それらの関係性を扱った研究はいくつかある が,それらを自己形成指標として同時に取り上 げ,他の変数に与える影響について検討した研 究は見当たらない.そのため本研究において は,それら二側面をもって自己形成指標とし, さらにそれら二側面間に生じる相互作用も含め て検討することとする. 本研究は,アスリートの自己形成を多面的に とらえる最初の研究として,自己形成の各側面 が精神的健康に及ぼす影響を検討することを本 研究の目的とした.すなわち自己形成が精神的 健康に与える影響をモデル化し,これまでのア スリートにおけるパーソナリティ研究と同様 に,非アスリートとの比較によってアスリート に特徴的な自己形成と,それによる精神的健康 への影響を検討することとした. 方 法 調査対象者 体育の専門学部を備える,茨城県内の大学の 学生241名(男性141,女性100名,平均年齢20.05 ±1.33歳)を調査の対象とした.そのうちアス リートは156名(男性111名,女性45名)であり, 非アスリート群は,過去に競技経験のある学生 を除く,85名(男性30名,女性55名)となった. アスリートの競技レベルを表1 に示した注2). 調査時期および手続き 大学の講義時間中および部活動時間中に無記 名・個別記入形式の質問紙を配布し,各自記入 したものをその場で回収,または一週間後の同 授業において回収した.これに加えてアスリー ト群においては,部活動時にも配布,回収を 行った.部活動時間中に配布・回収したのは水 泳部(14名),陸上部(27名),男子バスケット ボール部(43名)であった.その他のアスリー 表1 アスリートの競技レベル
トは体育専攻学生を対象とした講義において調 査を行った.
調査内容
以下に示す調査内容を含む質問紙を作成した. 1.随伴的自己価値尺度 Paradise and Kernis (1999)のContingent Self-Esteem Scaleを伊藤・ 小玉(2006)が翻訳した,随伴的自己価値尺度 を用いた.個人の自尊感情がどの程度,外的な 達成や期待に随伴しているのかを測定する.全 15項目からなり, 5 件法で回答を求め,得点が 高いほど,随伴的自己価値が高いことを示す. 2.本来感尺度 個人が自分らしくあると感じ て い る 全 般 的 な 感 覚 を 測 定 す る 伊 藤・ 小 玉 (2005)の本来感尺度を用いた.本来感とは, 個人が自分らしくあるだけで感じられる全般的 な自己の価値感覚のことである.本来感を感じ ている個人の状態を記述した7 項目からなり, 5 件法であり,得点が高いほど本来感が高いこ とを示す. 3.随伴的自己価値尺度の妥当性指標 これま での研究でアスリートを対象にして,随伴的自 己価値尺度を検討した研究はない.そこで,ア スリートにおける構成概念妥当性を検討する指 標として,自尊感情(山本ほか,1982),自律性 (Ryff,1989),自己像の不安定性(Rosenberg, 1965), 賞 賛・ 承 認 へ の 依 存( 上 地・ 宮 下, 2001)を取り上げた.自尊感情は自分に対して これでよい(good enough)と感じるような自 分自身に対する肯定的感情の程度を測定すると されており,随伴的自己価値とは負の相関が予 想される.また,随伴的自己価値が高い場合, 外的な評価イベントへ依存すること(承認・賞 賛への依存)によって自己像は変動(自己像の 不安定性)し,また自己自身による決定(自律 性)は難しくなることが予想される.以上か ら,随伴的自己価値と自尊感情,自律性との間 には負の関係が,自己像の不安定性,承認・賞 賛依存との間には正の関係が予想される. 1)自尊感情 山本ほか(1982)が翻訳した Rosenberg(1965) の 自 尊 感 情 尺 度 を 用 い た.自分に対してこれでよい(good enough) と感じるような自分自身に対する肯定的感覚 を問う10項目に対して 5 件法で回答を求め た.得点が高いほど,自尊感情が高いことを 示す.なお,先行研究(伊藤・小玉,2006) にならって項目番号8 「もっと自分自身を尊 敬できるようになりたい」を除いた9 項目の 合計得点を自尊感情得点とした. 2) 自 律 性 Ryff(1989)のPsychological Well-being Scaleを基にして,西田(2000)によっ て作成された心理的well-being 尺度の下位尺 度である.本尺度は8 項目からなり, 6 件法 で評定を求めるが,先行研究(伊藤・小玉, 2005)との結果の比較を可能とするため,伊 藤・小玉(2005)と同様に,因子負荷量の高 い3 項目のみを使用した.得点が高いほど, 自律性が高いことを示す.その3 項目とは 「自分の生き方を考えるとき,人の意見に左 右されやすい」,「自分の考え方は,その時の 状況や他の人の意見によって左右されがちで ある」,「重要なことを決めるとき,他の人の 判断に頼る」である. 3)自己像の不安定性 「私は自分自身に対す る考えが,とても変わりやすい」や「私はあ る日の自分自身に対する考えが,次の日には 全く違うことがある」といった5 項目からな り,5 件法で,得点が高いほど自己像が不安 定であることを示す(小塩,2001). 4)賞賛・承認への依存 「私は,優れた人や 目上の人から認められたいという気持ちが強 い」や「注目の的になっている人を見ると, うらやましくてたまらない」などの12項目か らなり,6 件法である.得点が高いほど,賞 賛や承認への依存が高いことを示す. 以上に挙げた尺度は全て各項目を単純に加算し た合計得点を,その構成概念における程度を 表すものとして操作的に定義した.
4.日本版General Health Questionnaireの28 項目型短縮版(GHQ28) 臨床的精神状態をよ り正確に反映していると思われるGHQ28を使 用した.Goldberg(1978)によって作成された ものを,中川・大坊(1985)が翻訳した,日本 語版を使用した.4 因子構造であり,各因子は
「身体症状」「不安と不眠」「社会的障害」「うつ 傾向」である.全28項目からなり, 4 件法であ る.得点が高いほど精神的に不健康であること を示す. 5.競技レベルと競技経験 1)競技への関わり方 あなたはどのよう にスポーツと関わっていますか.あてはまる ものの番号を○で囲んでください. という 教 示 に 対 し て,「1 .日常的にスポーツを 行ってはいない」「2 .サークルに所属して スポーツを楽しんでいる」「3 .部活に所属 し競技力の向上を主な目的とし,競技者とし てスポーツを行っている」「4 .どこかに所 属せず,スポーツを自主的に楽しんでいる」 「5 .その他」の 5 つを用意した. 2)競技レベル 1 )において「 3 .部活に 所属し競技力の向上を主な目的とし,競技者 としてスポーツを行っている」と回答した者 にのみ,さらに あなたの競技レベルについ てお答えください.あてはまるものの番号を ○で囲んでください. と教示をし,以下の 5 つの回答を用意した.「世界選手権・オリ ンピック等日本代表」「日本選手権・インカ レ決勝,準決勝出場」「日本選手権・インカ レ出場」「地方大会出場」「その他」の5 つを 用意し,さらに「過去2 年間の成績を念頭に 考えてください.」という注意書きを付け加 えた上で回答を求めた. 結果と考察 1.随伴的自己価値尺度についての検討 随伴的自己価値尺度の構造と信頼性 本尺度 はParadise and Kernis(1999)のContingent Self-Esteem Scaleを伊藤・小玉(2006)が翻訳した 新しい尺度であるため,尺度の構造と信頼性の 確認を行った.随伴的自己価値尺度15項目それ ぞれの分布状況を確認したところ,歪みはみら れなかった.そこで,伊藤・小玉(2006)と同 様の構造がみられるのかを検討するため,全15 項目について主成分分析を行った.本研究では アスリートと非アスリートを別個に分析した. その結果,アスリート群では固有値が第1 主 成分(3.92)と第 2 主成分(1.78)との間に最 も大きな衰退をみせていたが,項目1 ,項目 3 ,項目11,項目12,項目13の負荷量が .40以 下と低かった.そのため,負荷量の低かったこ れらの項目を除外して,10項目で再度主成分分 析を行ったところ,固有値が3.62で,すべての 項目が第1 主成分に .40以上で負荷しているこ とから,1 主成分構造での使用に耐えられると 判断された.さらに,α係数を算出したとこ ろ,α=.80であり,十分な内的整合性を備え ていることが示唆された. 非アスリート群についても同様に,上述した 10項目で主成分分析を行ったところ,固有値が 3.90で,すべての項目が第 1 主成分に .40以上 で負荷しており,α=.82であった.以上の結 果から,それぞれの群において十分な信頼性が あるものと判断されたため,得られた10項目で 尺度を構成した.各群の主成分分析の結果と各 項目ならびに合計得点の記述統計量を表2 に示 した. 随伴的自己価値尺度の構成概念妥当性 随伴 的自己価値とその妥当性指標として用いた各尺 度との相関関係を求めた.結果を表3 に示し た.全体として,随伴的自己価値と妥当性指標 との間には中程度から弱い相関関係がみられ た.これらは本研究での予想や先行研究(伊 藤・小玉,2006)に合致した結果であった.こ れらの結果から,随伴的自己価値尺度について の構成概念妥当性がほぼ確認されたと判断し た.以後の分析では,10項目を加算した得点を 随伴的自己価値の程度を表す指標として用い た. 2. アスリート・非アスリートにおける随伴的自 己価値と本来感が精神的健康に与える影響 諸変数におけるアスリート・非アスリート間 の差 アスリートと非アスリートの精神的健康 度の差について検討するため,アスリート・非 アスリートそれぞれのGHQ28尺度の下位尺度 と随伴的自己価値および本来感についてt 検定 を行った.結果を表4 に示した.表 4 によると GHQ28尺度の下位尺度においては,有意傾向
表2 随伴的自己価値尺度についての主成分分析結果と記述統計a )b ) a )*のついている項目は逆転項目であり得点を反転してある. b ) アスリート:n=156(男性 111,女性 45) 非アスリート:n=85(男性 30,女性 55) 表3 各変数の記述統計とそれらの単相関関係a ) a )**:p<.01,*p<.05,†:p<.10 b )n=156(男性:111,女性:45) c )n=85(男性:30,女性:55) 表4 各尺度に対するアスリート・非アスリート間のt 検定a ) a )**:p<.01,*:p<.05,†:p<.10
ではあるが身体症状においてのみ,アスリート が非アスリートよりも低い値を示した(t(240) =1.77,p<.10).また本来感においてアスリー トが非アスリートよりも有意に高い値を示すこ とが明らかとなった(t(240)=2.50,p<.05). これまでのアスリートのパーソナリティ研究 において,アスリートは非アスリートよりも健康 的なパーソナリティを持っていると言われてき た(e. g., Morgan, 1978).また,本来感に関す るこれまでの研究では,本来感と精神的健康と の関連が認められていた(伊藤・小玉,2005; Kernis, 2003;Sheldon et al., 1997).このこと から,アスリートが非アスリートよりも有意に 高い本来感を示すのであれば,アスリートは非 アスリートよりも精神的に健康な状態を呈する 可能性が考えられる.しかし本研究の結果で は,GHQ28尺度の下位尺度において身体的症 状,およびその他の下位尺度についてのアス リート・非アスリート間の差は,アスリートの 方がわずかに低い値を示したものの,その差は 大きなものではなかった.ここにアスリートの 本来感の特異性が推察されるようである. アスリートが非アスリートよりも高い本来感 を示したのは,彼らが日々競技に専心する中 で,アスリートとしての社会的に認知された役 割をすでに獲得しており,競技における達成や 成功など,自己実現の場を非アスリートよりも 多く持っていることによるものと思われる.つ まり,アスリートゆえ生じる,本来感に関する 手がかりの多さが,本来感の高さと関連してい ると考えられる. しかしそれらは環境によってもたらされると ころが大きく,本来感が示す「自分らしさの感 覚」を獲得するというよりは,「アスリートと しての自分の感覚」である可能性が考えられ る.そのため,そこで培われる本来感は直接的 に精神的健康とは結びつかない可能性が考えら れる.この点については,今後アスリートに特 化した本来感について詳細に検討し,解明して いく必要があると思われる. アスリート・非アスリートにおける随伴的自 己価値と本来感が精神的健康に与える影響 随 伴的自己価値,本来感のそれぞれについて,尺 度の合計得点を説明変数として設定し,GHQ28 の下位尺度である身体症状,不安と不眠,社会 的活動障害,うつ傾向の4 変数それぞれの合計 得点を基準変数として設定した.なお,精神的 健康度の下位尺度間には相関関係が考えられる ため,基準変数の誤差間に共分散を設定した. この多変量重回帰モデルについてアスリート 群,非アスリート群の多母集団同時分析を構造 方程式モデリングにより検討した.このモデル の分析において有意水準1 %で偏回帰係数が有 意でなかったパスを全て同時に削除した.その 結果,モデルの適合度はx(2 df:6)=9.153,(p= .100), x2/ df=1.526,GFI=.988,AGFI=.916, CFI=.990,RMSEA=.046であった.最終的な モデルと各説明変数の偏回帰係数及びモデルの 適合度を図1 に示した.図 1 の偏回帰係数を見 ると,アスリートでは,不安・不眠に対して随 伴的自己価値が有意な正の影響を与え(β=.17, p=<.01),本来感はGHQ28下位尺度全てに対 して有意な負の影響を与えていた(身体的症 状:β=−.22,p<.01; 不 安・ 不 眠:β=−.28, p<.01;うつ傾向:β=−.30,p<.01;社会的活 動障害:β=−.26,p<.01).一方,非アスリー トでは,身体的症状,不安・不眠,うつ傾向, 社会的活動障害それぞれに対して,随伴的自己 価値は影響を与えておらず,本来感がそれぞれ に対して有意な負の影響を与えていた(身体的 症状:β=−.29,p<.01;不安と不眠:β=−.31, p<.01;うつ傾向:β=−.38,p<.01;社会的活 動障害:β=−.35,p<.01). 本来感がアスリート・非アスリート両群にお いて精神的健康を促進したことから,先行研究 と同様に,アスリートにおいても本来感が精神 的健康を促進する影響を持つことが明らかと なった.これまでアスリートを対象とした実証 研究において,このような自己形成を多面的に とらえる観点にはほとんど注意が向けられず, 特にその内的要素についての検討はほとんどな されていなかった.しかし,アスリートにおい
ても本来感が精神的健康を促進するのであれ ば,内的要素も含めて自己形成を検討すること が必要であり,今後はさらに内的要素を促進す る要因についての検討が求められる. また,随伴的自己価値がアスリートにおいて のみ不安・不眠を促進していた.表3 にあるよ うに,アスリートにおいては,単相関関係をみ ると,随伴的自己価値と身体症状,不安と不 眠,うつ傾向は弱いながらも有意な正の相関関 係 に あ っ た. し か し 構 造 方 程 式 モ デ リ ン グ (図1 )において,本来感を随伴的自己価値と ともに説明変数として設定した結果,本来感の 影響を受けて,随伴的自己価値から不安と不眠 に対して正の影響が認められたものの,その他 の指標への影響は消失した.非アスリートにお いては随伴的自己価値から不安と不眠に対して 有意傾向の,社会的活動障害に対しては有意な 正の影響が認められたが,構造方程式モデリン グではそれらの影響が全て消失した. アスリートにおいては随伴的自己価値が不 安・不眠を促進する影響は消失しなかったこと から,アスリートの自己形成においては,随伴 的自己価値の持つ影響力の強さが推察され,こ のことがアスリートの自己形成における特徴の 一端を表している可能性が考えられる.つま り,随伴的自己価値は本来感と対概念であると 言 わ れ て お り(Kernis,2003;伊藤・小玉, 2006),概念的に対極に位置するとされている ため,基本的には高い本来感を有していれば, 随伴的自己価値の影響は消失するはずである. 本研究の結果をみると,表4 に示したように, アスリートは非アスリートよりも高い本来感を 有しているにもかかわらず,随伴的自己価値が 不安・不眠に与える影響の消失が認められる (図1 ). 先に触れたようにアスリートにとって随伴的 自己価値は二律背反的であり,競技者として競 技に自己の価値感覚を求め,競技に専心し,競 図1 随伴的自己価値と本来感が精神的健康に与える影響a )b ) 【アスリート】 随伴的自己価値 本来感 身体的症状 .17** -.22** -.28** -.30** -.26** 社会的活動障害 不安と不眠 うつ傾向 【非アスリート】 a)** :p<.01, * :p<.05, †:p<.10 b)基準変数の右上に示されている値は基準変数に対する説明変数の説明率である. 随伴的自己価値 本来感 身体的症状 -.29** -.31** -.38** -.35** 社会的活動障害 不安と不眠 うつ傾向
技力を向上させることは必要なことでもある. アスリートにおいては必ずしも本来感と随伴的 自己価値が対極に位置したり,機能したりする とは限らず,それらの関係性の質が,非アス リートとは異なる可能性が考えられる. アスリートの中には,幼少期から競技に自己 の価値感覚を強く求め,そこで得られた達成感 や充実感を手がかりとして自我発達を果たす者 も存在すると考えられるため,彼らの自己形成 においては随伴的自己価値をベースにして,本 来感が育まれていくことが推察される.本研究 においては,随伴的自己価値と本来感は弱い負 の相関関係にあり,アスリート・非アスリート 間に見られるその相関の差はわずかであった (それぞれ,r=−.33,−.39 ).関係の強さという 点では両群間に差は見られなかったが,アス リート特有の本来感と随伴的自己価値が存在す る可能性が考えられる.今後この点についての 詳細な検討が望まれる. アスリートにおいてのみ随伴的自己価値が不 安・不眠に与える影響が消失しない理由につい ては,競技という特有な環境要因も考えられ る.アスリートは自己の価値感覚の多くを競技 に求めていると想定されるが,競技成績やパ フォーマンスは常に一定であることは考えられ にくく,それらの善し悪しによって気分が大き く変動する.こうした中にあって,自己形成の 手がかりの多くを外的要素に依存しているアス リートは,精神的健康を阻害される程度が高い と考えられる.随伴的自己価値と不安との関連 を直接検討した研究は見当たらないが,自尊感 情を獲得しようとすることと不安やストレスと の関連が検討され,自尊感情を獲得しようとす ることが不安やストレスを伴い,健康を阻害す ると指摘されている(Crocker,2006). 中込(1997)は スポーツ競技の心理に限定 した場合,選手がかかえる問題行動の大半がど こかで不安に関係しているといっても過言では ない(p.185) と,アスリートの生きる競技環 境が,緊張や期待といった不安を引き起こす要 因が存在する世界であることを示唆している. 随伴的自己価値を高く持つ者は,自尊感情の獲 得に動機づけられ,外的な基準を達成しようと するため,それが達成されない場合を懸念し, 慢性的に不安を抱きやすくなると考えられる. そのため,随伴的自己価値は不安・不眠にだけ 有意な影響を示し,その他の指標には有意な影 響が見られないものと考えられる. このように競技の世界においては,随伴的自 己価値の持つ影響が強いため,随伴的自己価値 と共に本来感を育むことが困難である反面,重 要でもあるため,これら二側面からアスリート の自己形成をとらえ,検討していく必要がある だろう. まとめと今後の課題 本研究では,アスリートの自己形成を本来感 と随伴的自己価値という二側面からとらえ直し た.その結果,本来感はアスリート・非アス リート両群において精神的健康を促進する働き が見られたが,随伴的自己価値においては,ア スリートのみに不安・不眠といった症状に影響 する傾向があることが明らかとなり,アスリー トの随伴的自己価値は特に不安と不眠といった 症状と関連のあることが示唆された. しかし本研究で得られた結果は,限定的な知 見である.すなわち,アスリートの随伴的自己 価値は不安・不眠という指標のみにしか影響を 与えておらず,その他の指標に対しては有意な 影響が見られなかった.さらに,不安・不眠に 与えていた影響はわずかであった(β=.17, p<.01).この結果についての解釈としては, 本研究が全般的な随伴的自己価値を扱ってお り,アスリートに特化した随伴的な自己価値を 扱っていないという点が挙げられる.本研究は 非アスリート群との比較を第一の目的としてい たため全般的な随伴的自己価値を取り上げた が,今後は,アスリートに特化した,競技やパ フォーマンスに限定した随伴的自己価値を操作 化して検討していくことが課題となる.これは 本来感においても同様に検討されるべき点であ る. また,本研究はアスリートの自己価値が随伴 的となる要因や本来感を促進する要因までは検
討していない.このようなアスリートの脆弱な 一面を実際の臨床場面で支援する際には,随伴 的自己価値や本来感を説明する要因の特定は不 可欠である.さらに,本研究では対象を大学生 と限定した.アスリートの多くは早期から競技 に従事している.そのため,自己価値が競技に 付随しやすく,本来感を育み難いものと思われ る.このような傾向は彼らの発達の過程も大き な要因の一つと考えられるため,今後このよう な点を考慮した研究が行われることが望まれ る. 注
注1 ) Kernis が定義する Contingent Self-Esteem と いう概念ついて,日本では伊藤・小玉(2006) において随伴性自尊感情と訳されている.しか し,この概念を尺度化したものについては 自 己価値の随伴性 という名前がつけられてい る.本研究では,混乱を避けるため及び本概念 の持つ意味から,これらの名前を 随伴的自己 価値 と統一し,用いることとする. 注2 ) アスリートと非アスリートの弁別は,質問項目 の「スポーツへの関わり方」において,「3 .部 活に所属し競技力の向上を主な目的とし,競技 者としてスポーツを行っている」に該当すると 回答した調査対象者,ならびに「5 .その他」 に該当すると回答した調査対象者のうち,競技 者と同等に競技力の向上を主な目的として,ス ポーツに日々関わっているという内容の記述が あった者(代表的なものとしては「(バレエやダ ンスなど芸術系の)国際大会や舞台への参加」, 「競技力を目的としているが日常生活までは競技 中心にならない」などがあった.),および質問 項目の「競技レベル」において過去から現在ま で競技を継続している者をアスリートとした. 一方非アスリートは質問項目の「スポーツへの 関わり方」において「1 .日常的にスポーツを 行ってはいない」「2 .サークルに所属してス ポーツを楽しんでいる」「4 .どこかに所属せ ず,スポーツを自主的に楽しんでいる」に該当 するものを対象とした. 付 記 本論文の作成にあたり,貴重なご指導をいただきまし た筑波大学中込四郎先生に心より感謝申し上げます. 文 献
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