う,合法的ではない取り組みを契機に放送の 同時配信が始まった。NHKは震災発生から6 時間半後に公式配信を決断。民放も決断には 時間を要し,配信を行わなかった局もあった3)。 当時と比べると,この5 年で同時配信への放 送事業者の取り組みも社会的認知も大きく前進 したことは間違いない。 しかし,緊急時はともかく平時の同時配信 については,民放は一部の局を除き4)消極的で ある。その姿勢の背景には,2006 年から提供 しているワンセグ5)が,災害のような緊急時や ワールドカップサッカーのようなスポーツ等の大
はじめに
4月14日,震度 7の地震が熊本県を襲った。 16日未明には本震とみられるマグニチュード 7.3 の地震が起き,その後も激しい揺れが続いた。 こうした状況を受け,NHKと在京キー 4 局1)は 14日,放送を緊急ニュースに切り替えてほどな く,インターネット(以下,ネット)への同時配 信を実施した。 5 年前の東日本大震災では,地震発生の17 分後,Ustream2)上にユーザーの1人が NHK の放送をカメラで撮影した映像を配信するとい「これからのテレビ」を巡る
動向を整理する
Vol.8
~ 2016 年 1月-4 月~
メディア研究部村上圭子
通信放送融合時代のテレビを取り巻く動向を可能な限り網羅的に把握し,俯瞰して論考する不定期のシリー ズ。本稿のVol.8 では 2016年1月から4月までを取り上げる。この内容は 3月1日に NHK 放送文化研究所で実施 した文研フォーラム「これからのテレビはどこに向かうのか」で報告した内容に新たな動向を加筆したものである。 後半にはフォーラムで実施した吉田眞人総務省大臣官房審議官との対論の内容も抜粋で紹介した。 2016 年も,動画配信と4K・8Kについては活発な動きがみられている。海外事業者の新規参入等もありVOD の年だった 2015年から一転,2016年は年頭からライブ配信や同時配信等,リアルタイム配信のサービス開始や議 論が相次いでいる。4K・8Kについては 8月の衛星基幹放送の試験放送開始に向けて準備が進んでいる。8Kは 2016年が放送元年となる。総務省からは実用放送のチャンネルの方針も示された。 以上のように,テレビ新サービスを巡る動きは 2016年も目まぐるしく続くであろう。しかし,視線を少し先に向 けると,経済も情報通信の環境も現在とは大きく異なる姿が想定されている。経済環境は,東京オリンピック・ パラリンピック後,更に少子高齢化と過疎化が進みゼロ成長時代を迎えるとされている。情報通信環境は,モバ イル通信の次世代規格 5G のサービス提供が開始され,放送と遜色ないサービスが IP で提供できる時代が到来 するともいわれている。 来るべき未来に備え,テレビ・放送のサービスと役割を再定義すべき時が来ている。そのためには,現業を毀 損しかねないサービスでも積極的に乗り出す覚悟や,業界横並びで進んできた道から時に決別する勇気が求めら れる。最新動向を把握するための基礎資料と認識を提示する。イベント以外には,あまり視聴されてこなかった という苦い経験がある。同時配信も伝送路が ネットに置き換わっただけで恒常的なニーズは 見込めず,権利処理やサーバー費等にかかるコ ストに見合うビジネスにはならない,だから踏 み出さない,というのが大方の姿勢であろう。 一方のNHKは,「 経 営 計画 2 015 -2 017年 度6)」で「公共メディア」を標榜し,多様な伝 送路を活用してより多くの国民にNHKの番組 や取材情報を提供していく姿勢を示している。 2015 年秋には総合テレビの同時配信の検証実 験を行い7),2016 年度も実施の予定である。 しかし,この同時配信を実サービスとするかど うかについては,民放等から懸念が示されて いることに加えて,受信料制度の将来像とも大 きく関連してくるため,あくまで今はまだ検証 の段階であるとしている。 以上のような放送事業者の事情もあり,これ まで,モバイル,特にスマートフォン(以下,ス マホ)向けに展開される動画配信はVODサー ビスが主で,リアルタイム配信サービスはほと んど存在してこなかった。 では,スマホでのリアルタイム配信にニーズ がなかったか,といえばそうではない。“今しか” 視聴できないものを見たい,もしくは,“なんと なく”視聴したいという,本来テレビのリアルタ イム視聴が持つ両極の特性,いわば“超”能 動と“超”受動ともいえるニーズは,スマホにお いても当然のことながら存在する。前者は例え ば,平日夜のスポーツ中継である。その時間は 仕事等でテレビのある自宅には帰れないので, 職場や外出先で視聴したいというニーズ。ま た,友達や恋人と,SNSやメッセージアプリ上 で,もしくはじかに時間を共有しながら同じ番 組で盛り上がりたいというニーズもあるだろう。 後者は例えば,家族のいる居間のテレビでは なく,寝室で寝そべって,あるいはお風呂で1 人ぼーっと視聴したいというニーズである。 これらに対応するようなサービスが相次いで 開始されているのが最近の傾向である。スポー ツ好きの人向けには,3月に野球,サッカー, 大相撲等のスポーツ中継を7 種類束ねて提供 するアプリ,スポナビライブの提供が開始され た。提供事業者であるソフトバンクのスマホ ユーザーであれば,月額 500 円で利用できる8)。 また,テレビ離れが進む10 ~ 20 代向けには, 2015 年末にLINE LIVE9)が,さらに2016 年 4 月にサイバーエージェントとテレビ朝日(以下, テレ朝)が共同運営するAbemaTV10)がサービ スを開始した。AbemaTV では,既存の放送の 同時配信ではなく,ユーザーやアーティスト等 によるライブ配信や,10 ~ 20 代の目線で調達 したVODを時間編成したオリジナルチャンネ ル等が無料で提供されている。 以上のように,2016 年に入ってリアルタイム 配信サービスの風が一気に吹き始めた感があ る。こうした中,自宅のテレビの前に座るすべ ての世代の人達に対し,半世紀以上にわたりリ アルタイム視聴にこだわって番組を提供してき た放送事業者は,今後,どのような動きをみせ るのか。特に,テレビから離れてスマホへ移行 している若年層へのアプローチは喫緊の課題の はずである。各局や業界の判断が注目される。 本 稿は,2016 年の1月から4月までのテレ ビを巡る動向について,これまで述べてきたリ アルタイム配信の動きを中心に述べると共に, 2016 年に試験放送がスタートする4K・8Kの衛 星基幹放送の最新動向にも触れる。これらは, 3月1日にNHK 放送文化研究所(以下,文研) が実施した文研フォーラム「これからのテレビ
はどこに向かうのか」で筆者が報告した内容 に,その後の動向を加筆したものである。ま た,報告後に行った総務省の吉田眞人大臣官 房審議官との対論の内容も抜粋で紹介する。 なお,本稿が対象とする時期の主な動向をまと めた一覧表11)は,分類表と共に本稿の最後に 示したので本文と併せて参照されたい。
1.リアルタイム配信の最新動向
1-1 ライブ配信と同時配信
2015 年の動画配信を巡る動きは,Netflixや Amazon等,海外のOTT事業者の市場参入 に象徴されるVOD 一色の年であった12)。2016 年に入ってからも,レンタルビデオ事業者のゲ オや,ヤフーの子会社の動画配信サービス事 業者 GYAOによる新サービス開始の動き等が 続いている。しかし,それにも増して目まぐる しいのが,「はじめに」でも述べたリアルタイム 配信の動向である。 ここで改めて,用語の定義を明らかにしてお く。筆者は,番組表(タイムテーブル形式のも の)等,決まった時刻に沿って行われる配信を, 総称してリアルタイム配信としている。そして, このリアルタイム配信の中で,放送と同じ番組, もしくは同じチャンネルを,放送と同じ時間に 配信することを「同時配信」,ネットオリジナル コンテンツを配信することを「ライブ配信」とし た。実際には,放送番組の素材の一部をライ ブ配信に活用したり,放送主体とは別の事業 者が,チャンネルの一部の中継番組を購入して 事業者のプラットフォーム内で同時配信したり する等の峻別しにくいサービスも存在するが, 本稿では論点を明確にするため,あえてこう分 類した。1-2 “インターネットテレビ局”の誕生
「基本的にはマスメディアを目指しています。 (中略)1日1,000万人くらいの人が見れば,可 能性が出るというか,1つのメディアを目指せる と思っております13)」 4月11日,ブログの運営やネットゲームの開 発を行うサイバーエージェントとテレ朝が協業し て興した会社が運営する“インターネットテレビ 局” AbemaTVが開局した。上記で引用したの は,サイバーエージェントの社長でAbemaTV プロデューサーの藤田晋氏の,開局記者会見 での発言である。発言通り,このサービスは, 会員登録は一切不要で全番組が視聴可能な, 地上波テレビと同じ無料広告型のビジネスモデ ルである。アーカイブ視聴サービスもあるが, こちらは月額 960 円。藤田社長は,「みんなタ イムシフトになっちゃうと,『受け身で見る広告 ベースのメディア』という価値が薄れて,ほか のものと同じになってしまう。なので,あえて 高めの価格設定です14)」と話す。 “テレビ局”のターゲットは,スマホで SNSや メッセージ,ゲームや動画視聴をシームレスに 楽しむ10 ~ 20 代である。チャンネルはスマホ 画面のスワイプ15)でザッピングでき,番組には 開始からの累計視聴数が表示され,コメントを 見たり書き込んだりすることもできる。開局時 のチャンネル数は 24。ニュースとバラエティー のチャンネルは運営側が制作している。ニュー スチャンネルの看板番 組『AbemaPrime』に は,「大人の事情をスルーする」というキャッチ コピーが掲げられた。その他にラインアップさ れたチャンネルや内容も,既存の放送とは大き く異なる(図1)。趣味系はかなりディープに, バラエティー系はかなり緩めに編成されている。 そして,こうしたチャンネルと,ユーザーやアーティスト等がライブ配信するプラットフォーム AbemaTV FRESH! が同列に並びザッピング 対象となっているのも1つの特徴である。自宅 のテレビに親しんでいる世代は見てくれなくて 結構,あえてそう割り切った作りにも思える。 テレ朝からは約30人の社員が新会社に出向し て番組制作に加わっているが,早河洋会長は 「とにかく藤田さん(社長)の言うことに従え16)」 と指示しているという。筆者も早速視聴してみ たが,確かにネット上に忽然と若者向けのテレ ビ局が出現した感があり,ニコニコ動画の登場 以来の衝撃を受けた。 4月21日に発表されたサイバーエージェント の決算説明会17)では,1日の視聴累計数が 4月 17日には1,000万回を超え,週間のアクティブ ユーザーも100万人を記録する等,順調な滑り 出しのようである。5月からは広告も本格的に 挿入していくという。ただ,“1日1,000万人”が 視聴する無料広告型マスメディアを目指すとい う道のりは,そう容た易やすくはない。 国内の10 ~ 20 代は現在約 2,427 万人18)だ が,この世代には既にYouTubeやニコニコ動 画等の動画共有サービスが浸透しており,そこ にはライブ配信機能も内包されている。またラ イブ配信単体のサービスとしては,2015 年末 に,メッセージアプリを運営するLINEが,同 世代をターゲットにLINE LIVEを開始してい る。こちらは従来のテレビのようなタイムテー ブルやチャンネルという概念は存在せず,公式 アカウントが任意の時間に配信を行うスタイル である。開始時間をLINE ユーザーにPUSH 通知する仕組みで集客を図り,サービス開始 から約 3か月で累計視聴者数 1億人を突破し た19)。人気番組の1つ,LINE自身が制作し, 毎日正午から1時間程度配信する『さしめし』 は,ゲストの2 組が目の前に置かれたカメラに 向かって昼食をとりながらひたすらトークする だけの番組だが,毎日累計で 50万人強がリ アルタイム視聴している。番組をサムネイル20) 付きで SNSに共有できたり,配信後にアーカ イブ化され無料視聴できたりする等の機能は, AbemaTVにはない強みである。 また,スマホでリアルタイム視聴する場合, 最大の課題は通信料金である。ユーザーは通 信キャリアとの契約で1か月に利用できるデー タ量が決まっており,上限を超えると通信制限 がかかり低速となり,動画視聴はおろか,ウェ ブページの閲覧やメールの利用さえも難しくな る21)。通常の速度に戻すには追加料金を支払わ なければならない。これは日常生活の多くの部 分をスマホに依存しがちな若者には特に気にな 図 1 「AbemaTV」のチャンネル一覧 ©AbemaTV
る問題である。このため,容量が大きく通信料 金がかかる動画の視聴シーンは,自宅や学校, カフェなど Wi-Fi環境が整った場所に限られて くる。リアルタイムで視聴するためにわざわざ Wi-Fi環境を探すほど若者を惹きつける番組が 出てくるのか,それとも,近年急速に進む屋外の Wi-Fi環境が整備されれば解決が進む問題なの か。ちなみにLINEは2016 年夏からMVNO22) サービスに参入し,LINEの格安スマホを使え ば,LINEをはじめ,Facebook,Twitterの利 用についても通信料をデータ量にカウントしない サービスを開始すると発表している23)。 ネットの中にテレビの流儀をまるごと放り込 んだ AbemaTVは若者にどこまで支持される のか。ニーズに応じてどうサービスの姿を変え ていくのか。そして,テレ朝は,この協業から 何を学ぶのか。既存の放送事業者にとっては 特に大きな関心事であろう。
1-3 S-VOD 事業者の模索
定額 VOD(以下,S-VOD)事業者の中にも, サービスにリアルタイム配信を組み込む事例が 増えてきている。最も積極的なのが,日本テレ ビ(以下,日テレ)の子会社 Huluである。 同時配信については,2015 年11月に開始し た「FOXチャンネル」に加えて,FOXインター ナショナル・チャンネルズの教育専門チャンネル 「Baby TV」,2016 年 3月からは「ナショナルジ オグラフィックチャンネル」と,海外の3チャン ネルで実施している。同じく3月には有名アー ティストのライブコンサートの生配信も実施し た。更に2016 年シーズンからは,プロ野球の 読売巨人軍が主催する公式戦全 72 試合のライ ブ配信も開始している。いずれもパソコンのみ の視聴だが,追加料金はかからず Huluの利 用料の月額 1,000 円で視聴できる。巨人戦につ いては既に日テレオンデマンドで月額 1,500 円 で提供されており24),サービスは併存すること になる。グループ企業ならではのコンテンツ強 化策といえよう。 NTTドコモとエイベックス・デジタルが運営 するdTVも,FOXチャンネルの同時配信やアー ティストのライブ配信等に取り組んできた。4月 からはフジテレビ(以下,フジ)のニュース専門 のライブ配信チャンネルホウドウキョクと事業 提携し,ニュースクリップの配信を開始した。 これはリアルタイム配信ではないが,最新情報 が随時更新されるため,アプリ(サイト)にリ アルタイム性が加わることになる。 両者の取り組みは,ユーザーのアクセスの 習慣化を図る1つの模索であろう。そのため, 取り組みはまだ小規模にとどまっている。た だ,こうした動きは今後,番組やチャンネルを 同時配信し,そこから同じ番組の見逃し配信, 更に有料VODにつないでいくという,いわば 配信サービスのシームレス化へ発展していく兆 しなのかもしれない。1-4 苦悩するモバイル放送サービス
欧米と比べて,ネット配信に向けた対応が 鈍いとしばしば指摘される日本の放送事業者 だが,ユーザーのデバイスシフトへの対応につ いては,放送を活用し,世界的にも早く,か つ画期的な取り組みを行ってきた歴史を持つ。 逆に,こうした歴史があったからこそ,結果的 にネットを活用した同時配信の取り組みが欧米 に比べて遅れてしまったといえなくもない。こ こからは,これまでの連載でほとんど触れて こなかったモバイル向け放送サービスについ て振り返っておく。サービス第1号は,2004 年に開始した移動 体向け衛星デジタル放送サービスモバHO! で ある。放送事業者とテレビメーカー,自動車 メーカー等 88 社が出資した「モバイル放送」が 5 万円強の専用端末上で,月額基本料 400 円 +2,000 円前後の各種プランで最大40 チャン ネルのサービスを展開した。しかし2009 年,ワ ンセグが広がる中でサービスは終了した。 第 2 号となるワンセグは,2006 年に開始し, 現在もサービスが続いている。このサービス は1990 年代後半に開始された地上デジタル放 送化(以下,地デジ化)に向けた議論の中で 検討され,ISDB-Tという方式が考案された。 この方式は,地上デジタル放送の1チャンネル 13セグメントのうち,12セグメントをハイビジョ ン用に割り当て,残りの1セグメントを携帯電 話用に割り当てるという日本独自の放送方式 である。セグメントの部分受信のため新たな 基地局の整備は必要なく,携帯電話側に専用 チューナーを搭載すれば専用端末は必要なく, 画質はテレビで受信するよりは落ちるものの, 地上波放送と同じ内容が遅延なく届く,世界 でも類を見ないモバイル向け放送サービスで あった。当時は「“どこでも”テレビの時代25)」 として新たなビジネスモデルの可能性が語られ る等,前向きな議論も多くみられた。通信キャ リア各社による専用チューナーの搭載も進み, 新機種に標準搭載されるようになっていった。 2011年の東日本大震災時には,被災地で避難 しながら災害情報を入手できる手段として活躍 し,その存在意義が高く評価された26)。 しかし,視聴習慣を伴うメディアとしてはな かなか浸透してはいかなかった。サービス開始 から4 年経った 2010 年に文研が行った調査に よると,「ワンセグが何かわからない」と回答し た割合は 25%で,認知こそ高いものの,週 1回 以上視聴すると回答した割合は 7%であった。 この数字は統計を取り始めた 2008 年からほぼ 横ばいのままであった27)。また民放各局では, 放送法で義務づけられた同時(サイマル)放 送の他,独自編成番組の制作や,通信サービ ス活用による放送連動サービスのトライアルも 数多く行われたが,ビジネスとして花開いたも のはほとんどなかった。 こうした中,2010 年前後からスマホが急速 に市場を席巻していく。それに合わせて,スマ ホには画質の良いフルセグのチューナーも同時 に搭載することで,受信環境によってワンセグ とフルセグの自動切り替えを行う等の工夫も考 案された。しかし,スマホのシェアの半分以上 を占めるiOSについてはワンセグチューナーを 搭載することができず,Android OSについて も,搭載は現在一部の機種にとどまっている。 この 4月に発表された内閣府消費動向調査 によると,2016 年 3月末時点で,スマホの普 及率はついにスマホ以外の携帯電話(いわゆ るガラケー)の割合を上回った28)。日本 独自 の画期的な放送サービスであったワンセグは, ガラケーの減少と共に存在感を薄めていくこと になっていくであろう。 次に登場したのが,2012 年にサービスを開 始した“日本初のスマホ放送局”のモバキャス及 び,そのオリジナルチャンネルであるNOTTV である。残念ながら2016 年 6月末に姿を消す ことが既に決まっている。 このサービスは,地デジ化によって空いた VHFの帯域を活用した,ISDB-Tmm方式に よる携帯向けマルチメディア放送の1つである。 総務省によって本格的にサービス検討が開始 されたのはワンセグが始まった翌年の2007年。
地上波と同じ内容を放送するワンセグとは異な り,今後本格化する通信放送融合時代に相応 しい周波数有効活用の姿として,映像・音声の 組み合わせやダウンロードサービス,地図情報 のデータキャスト等,まさに“マルチメディア” によるビジネスモデルが想定された。モバキャ スは,VHF 帯のうち,アナログ放送の9 ~ 12 チャンネルの部分(V-Highと呼ばれる)を使っ た全国向け放送サービスを行ってきた。 もう1つ,ワンセグと大きく異なるのが,放送 波を伝送するための新たな基地局の整備であ る。このコストを回収する目的もあり,サービス は有料モデルとされた。ハード整備及びチャン ネル運営についてはNTTドコモが主体となっ て進めたが,在京キー局もNOTTVの運営会社 mmbiに出資し,フジはソフト事業者として参入 する等,放送事業者も深く関わってきた。 モバキャスのサービス内容は,ニュースとバラ エティーのオリジナルチャンネルNOTTVとCSの 専門チャンネルを集めたチャンネルプラットフォー ムである。有料モデルのためターゲットは広く, 時代劇,スポーツ,AKB48と多様なチャンネル を揃えて,料金体系もパックやチャンネル単体等, 様々なメニューを用意した。しかし結局,放送 を受信できる専用チューナーが搭載されたのは NTTドコモのAndroid OSのスマホのみであり, 契約は150万件前後で足踏み状態となった。ま た,マルチメディア放送が本来目指すはずの放 送波の新たな活用についてもほとんど挑戦され ないままであった。その結果,計上された累積 損失は約1,000 億円に上り,放送開始からわず か 4 年でサービス終了が決断されたのである。 4つ目のサービスが,2016 年 3月に開始し たi-dioである。これは,地デジ化後に空いた VHF帯のうち,低いほうの帯域(V-Lowと呼ば れる)を使用する地域ブロック向けのマルチメ ディア放送である。これはエフエム東京が主体 となって進めるラジオを軸としたサービスである ため本稿で詳細には触れないが,全国で基地 局の整備を行わなくてはならないこと,スマホ への専用チューナーの搭載が厳しいこと等,モ バキャスと同じ課題を抱えてスタートすることに 対し,ビジネスモデルとして成り立つのかとの不 安の声も少なくない。ただ,放送波の強みを生 かしたドライバー向けの安心・安全サービスや 自治体利用,IoT時代に即した放送と通信を 組み合わせたサービス等でビジネスモデルを構 築し,ラジオ放送については無料広告モデルで 展開する方向で進められている。今度こそ携帯 向けマルチメディア放送の本領発揮を期待した いものである。 以上のように,日本では地デジ化のプロセス の中で,あくまで放送波を活用することでユー ザーのデバイスシフトに対応しようとしてきた。 確かに当時は,IP 網の整備やスマホの普及 がこれほど急速に進むとは想像できなかった。 だが,もはや今日では,基地局整備にかかる 高額なコストや専用チューナーをスマホに搭載 する困難さ等,放送サービス実現に向けた課 題を乗り越えることよりも,ネットによる配信拡 大に向けた課題を乗り越えることを考えるほう が現実的になってきている。これは,次章で 述べる4K・8Kの放送サービスにも通ずるテー マである。 更にモバイルの世界では,2020 年から超高 速で大容量伝送が可能な,放送波と遜色のな い次世代規格 5G のサービスが開始される予 定である。もちろん,5Gが全国に普及してい くのかどうかはまだみえない。しかし,来るべ き2020 年に向けて,放送事業者はネット配信,
特に同時配信を中心としたリアルタイム配信の 取り組みをこれまで以上に加速させていく必要 があることは間違いないであろう。ただ,現状 では同時配信実施に向けては課題も多い。次 項以降で詳しくみていく。
1-5 同時配信の課題
~ NHK「試験的提供 B」検証結果から~ 日本でワンセグが開始され,次いでマルチメ ディア放送についての議論が開始された2007 年,イギリスでは,公共放送 BBCが放送の同 時配信及び見逃し無料サービスを開始した。さ らに,BBCのイニシアチブで商業放送を巻き 込んだ共通のプラットフォーム作りも行われてき た。現在,ヨーロッパ各国ではイギリスと似た ような形で,同時配信と見逃し無料サービスが 展開されている。 一方,日本の場合,NHKの同時配信が可能 となったのは,改正放送法が施行された 2015 年 4月1日からである(ただし常時接続は除く)。 現在,熊本地震の際にみられるように,災害 時等の緊急時においては実運用しており,そ れ以外については検証実験を行っている段階 にある。 検証実験は 2 つのパターンで実施している。 1つ目は大型スポーツ中継等を広く一般向け に同時配信する「試験的提供 A29)」。もう1つ は,受信契約者から募集した約1万人に対し て,総合テレビを1日16 時間以内同時配信す る「試験的提供 B」である。本稿では,放送 事業者が同時配信を日常的なサービスとして 提 供する際の課題を考えるため,2015 年10 ~ 11月に実施した試験的提供 B の検証結果 についてみていく。 図 2 は,2016 年2月にNHK が 検 証 結果に ついて課題別に整理した報告資料である。視 聴ニーズ,システム負荷等の技術検証,権利 処理の3点から検証が行われた。ここでは視 聴ニーズと権利処理につい てより詳細にみていく。 *同時配信 ~ユーザーニーズはどこに?~ 今回の実 験には,受信 契約者の中から,NHKネッ トクラブを経由して募集し た約 9,000人と,一般の調 査会社を経由して募集した 約1,000人が参加した。募 集方 法を2 種 類にしたの は,ネットクラブ会員は日 頃からNHKに親しみを感 じる人が多いと思われるた め,一般視聴 者のニーズ 図 2 出典:NHK広報発表資料(2016年2月4日)や,両者の違いを把握するためである。「ネッ トクラブ実験参加者」は,1 週間の期間中に 1度でも利用した人が 66.4%だったのに対し, 「一般視聴者」は,2 週間の期間中に1度でも 利用した人は 8.9%にとどまり,結果は大きく異 なった。 ネットクラブ実験参加者にはアンケートも実 施した。図3は,ネット同時配信サービスに今 後期待することを聞いた結果である。この結果 について,筆者なりに,①すべての放送内容 を視聴したい,②同時配信だけでなく見逃し 配信も欲しい,③ NHK 総合だけでなく,他の NHKのチャンネルや民放も視聴したい,の3 つのポイントにまとめ直して,実施に向けた課 題を洗い出しておきたい。 ①は権利処理に関わる課題である。次項で 詳しく述べる。②は,NHKの固有の問題とし て,現在,NHKオンデマンド(以下,NOD)で 有料見逃し配信を行っているということがある。 NODは現在,受信料とは会計を分離してサー ビス単体での黒字化を求められており,有料 パックで提供している見逃し配信は,NODサー ビスの主軸となっている。そのため,同時配信 と見逃し配信をシームレスに展開しようと すると,NODのサービスのあり方を根本か ら見直す議論を同時に行っていかなけれ ばならない。一方,民放に目を転じると, 自社サイト及び共通ポータルサイトTVerで 広告付き見逃し配信をようやく始めたばか りであり,番組の権利処理もなかなか追 いついていない。こうした中,チャンネル すべてを権利処理しなければならない同 時配信については消極的な発言がなされ ることも少なくなく30),2 つのサービスをつ なげようとする議論もほとんど出てきてい ない。つまり,②のニーズについては,NHKと 民放,それぞれ対照的な事情から,現状では なかなか実現しにくい状況がある。同時にそれ は,③についても実現困難であることを示して いるのである。 *同時配信~権利処理の課題~ 前項①の,すべての放送内容を視聴した いというユーザーのニーズに応えていくために は,放送事業者は,映像をはじめ作家や脚 本家等の著作者,俳優や歌手等の実演家等, 関係する権利者に対し,放送と併せてネットで 配信するための権利処理を行わなければなら ない。NHKは試験的提供 Bを行うにあたり, 検証実験であることを権利者に説明し,追加 の支払いは行っていない。その上で,配信で きたのは配信対象時間の 78%であった。配信 できなかった 22%は,スポーツ関連の映像等, 契約上ネット配信権がないもの,制作から時 間が経過し権利者の確認が困難なもの,権利 者からの許諾が得られなかったもの等であっ た。この22%については,配信の際に実験参 加者が視聴できないよう,映像に“蓋かぶせ” 出典:NHK広報発表資料 図 3 ネット同時配信サービスに今後期待すること (ネットクラブ実験参加者) (MA)
をする作業を行った。 今後,同時配信の実サービス化に向けて想 定される権利処理上の課題は大きく3つが考え られる。契約上の課題,著作権上の課題,コ スト上の課題である。順にみていく。 1つ目の契約上の課題とは,特にスポーツ中 継等がその典型であるが,事前に放送権とネッ ト配信権の両方を得なければならないというも のである。権利者自身が既に自社サイトでライ ブ配信をビジネスとして実施していることも少 なくなく,また,先に述べたソフトバンクとヤ フーのスポナビライブのように,ライブ配信の プラットフォーム事業者も存在する。こうした中 で放送事業者が交渉したとしても必ずしもネッ ト配信権を得られるとは限らない。また,得る ことが可能だとしてもどのくらいの費用がかか るのか,である。 2 つ目は著作権上の課題である。図 4は現行 法における,放送とネット配信の位置づけにつ いて示したものである。同時配信の課題につい て述べる前に,まずこの位置づけを確認してお く。 放送法制では,地上放送と衛星放送の一部 を基幹放送,衛星放送の一部とケーブルテレ ビ,IP マルチキャスト を一般放送としている。 通常我々が活用して いるネット配信は,ユー ザーが配信サーバーに 直接アクセスし,サー バーからデータが送ら れてくるIPユニキャス ト(インターネット配信) の仕組みである。一方, IPマルチキャストとは, ユーザーは予め事業者と契約を結び,データは 配信サーバーからではなく,事業者の持つ直近 のルーターのある送信所を経由して送られてくる (図 5)。利用する伝送路は両者とも放送ではな くIP網であるが,後者は複数のIPアドレスに 対して同一の内容を一斉に送るという特性から 放送と定義されている。代表的なサービスとし ては,ひかりTVがある。 一方,著作権法上では,IP マルチキャスト は IPユニキャストと共に,通信の範疇に入る 「自動公衆送信」と位置づけられている。ただ 図 4 同時配信に関する著作権上の位置づけ 図 5 各サービスのデータ伝送の違い 出典:総務省資料に加筆し著者作成 出典:ORICON STYLE(2006年5月17日)を参考に著者作成31)
IP マルチキャストが放送としてサービスを開始 して3 年後の2006 年,著作権法改正で放送の 同時配信(図 4では同時再送信となっているが 同義)の部分については,有線放送(ケーブル テレビ)と同等の扱いになった。 なぜこの改正が行われたのか。放送におい ては,実演家やレコード会社等の権利は「報 酬請求権」という,他者が使用することを止め ることはできないが使用後に報酬を請求するこ とができる権利であるのに対し,通信ではす べて「許諾権」,つまり他者が使用する前に事 前に許諾が必要で使用を止めることもできる権 利であったため,IP マルチキャストの事業者側 からみると同時配信するには異なるステージで 権利処理を行う必要があり,中には配信でき ないものも出てくるおそれがあったからである。 このような経緯でIP マルチキャストによる同 時配信については報酬請求権となったが,現 在議論されている同時配信は IPユニキャスト によるものであり,実演家やレコード会社等の 権利は許諾権である。NHKは,IPユニキャ ストの同時配信の部分についても,IP マルチ キャストと同様に放送とみなすことができない かと問題提起し続けている。2015 年10月の文 化庁の文化審議会著作権分科会のワーキング チーム32)にパブリックコメントを提出したのに 続き,2016 年 4月18日に開催された内閣府知 財戦略本部の検証・評価・企画委員会(産業 財産権分野 ・コンテンツ分野合同会合(第 5 回))33)でも,同時配信を放送とみなす扱いに するための検討を始めるよう発言した。問題提 起の背景には,海外では IPユニキャストによ る同時配信も放送とみなしている国が多く34), このため,そうした国では放送事業者は同時 配信サービスを日本より早い時期から開始して おり,加えて見逃し配信についても放送と同じ 位置づけでサービスを行える社会的環境を整 えることができてきたとみられるからである。 更に日本のコンテンツを海外に展開する際に も,こうした海外とは異なる日本の法律が足 かせとなりかねない,というのが NHKの主張 である。このテーマについては,3 章の総務省 の吉田審議官との対論で,総務省の見解を聞 いているので参照されたい。 3 つ目はコスト上の課題である。同時配信の ためのネット配信権の購入,権利処理にかか る権利料及び処理作業を行う人件費,配信で きない映像に蓋かぶせするためのコスト,これ らがどの程度かかるのか。NHKの今回の検 証実験では,先に述べたように権利者への支 払いは行っておらず,この点については検証で きていない。権利者団体に対しては,実サー ビスとする場合には改めて交渉を行うことにな る。民放キー局では唯一フジが CSチャンネル の同時配信サービスを行っているが,これはあ くまで有料型のビジネスモデルであり,無料広 告型の地上波については,チャンネルまるごと の実サービスは行われていない。
1-6 ローカル局からの提案
ここまで述べてきたように,放送事業者が 同時配信を行うには数多くの課題が存在してい る。こうした中,同時配信とは異なるアイデア で,スマホによるリアルタイム視聴サービスを 提案する動きがローカル局から出始めている。 3月23日,在阪民放 5局で作る「マルチスク リーン放送協議会(以下,マル協)」とNTT 西日本は,モアテレビ・サービス35)を発表した (図 6)。このサービスは,アンテナまたはフ レッツ・テレビ等で受信した放送を専用のルーターで IPに変 換し, 家 庭内の無 線 LAN 経 由でスマホでのリアルタイム視聴を可能にする ものである。ユーザーからみると宅内専用の サービスであるという制約はある。ただ,放 送事業者からみると同時配信ではないため新 たに権利処理を行う必要はなく,アプリ側に 放送と連動させるデータやコンテンツを作り込 むことができたり,視聴ログを使ったビジネス モデルを構築したりすることも可能である。 また,東京メトロポリタンテレビジョン(以下, 東京 MX)は 2015 年7月から,リクルートと協 業してエムキャス36)というアプリを作り,現在, 同時配信の実験を行っているが,そのエムキャ ス上で 2016 年 4月18日から,広島ホームテレ ビが配信を開始した。これは同時配信ではな く自社ウェブサイト上で,自社制作番組とネット オリジナル動画をぽるぽる動画として配信して きたものを,時間編成してエムキャス上にぽる ぽるTVとして展開したものである。これまでも ローカル局の番組については,VODとして全 国に発信していくプラットフォームはあった。し かし,番組単体ではなくチャンネル化すること によって,局そのものの認知を上げていくよう なこうした取り組みもまた,全国向け発信の新 たな手段になり得るかもしれない。
1-7 放送事業者に
───────スマホテレビを提案
放送事業者以外の主体から放送事 業者に向けて,“スマホテレビ”サー ビス実施を提案する動きも出始めて いる。 NTTドコモは2015 年に民放局の 視聴を可能にするLTE-TVというアプ リを開発した。2020 年のオリンピック や災害発生時を想定すると,スマホでどこでも 気軽にテレビが見られる世界が絶対に必要だと 考え,アプリでは同時配信と一定期間の時差 再生や見逃し配信を組み合わせ,視聴者目線 の理想像を可視化してみたという。現在,放送 事業者と協業できないか模索中である(図 7)。 また,4月15日に行われた総務省の「放送 を巡る諸課題に関する検討会(第 6回)(以下, 諸課題検)」では,構成員の1人で,放送通信 関連サービスの開発を手掛けてきたインフォシ ティ代表の岩浪剛太氏から,総務省の実証実 験37)の結果が報告された。 図 6 モアテレビ・サービス利用イメージ 図 7 LTE-TV 概要 出典:「モアテレビ・サービス」発表資料より抜粋(2016年3月23日) 出典:NTTドコモ資料実証実験は,スマホ向けテレビを想定し, 岩浪氏の会社が試作したアプリを使用したユー ザー調査として行われた。アプリは「スマート フォンにおける『テレビ体験』の再現」がコンセ プトで,NHK,民放すべてを想定したチャン ネルが入っている。 また,ユーザーからみたテ レビとの同一性と共に,放送の現状のビジネス モデルとも同様にするため,各局の放送エリア と同じエリアへの配信を可能にする地域制御も 想定したという。10 ~30 代の男女18人にアプ リを体験してもらった結果,「これが使えるなら お風呂の中で見る」「会社の人と話題作りとして, これを見ながら話したりもできる」と,17人が利 用したいと回答。岩浪氏は今後更にユーザーを 巻き込んだ大規模実証実験を続け,ユーザー には“スマホテレビ”に触れる機会を,事業者 にはコストと収益性を検証する機会を持たせ, 最終的に実施するかどうか,放送事業者が事 業性をみて判断すべきと主張した(図 8)。 岩浪氏の報告に対し,構成員からは若者が 気にする通信料金,災害時の接続性等の質問 が出された。岩浪氏は補足として,5G 等の通 信技術検討の議論で出ている,大容量ビデオ 配信やリアルタイム低遅延通信といったアプリ ごとの制御を,ネットワークの中に仮想のネッ トワークを設定して行っていく「ネットワークス ライシング38)」という考え方を紹介し,5Gネッ トワーク時代の放送補完の可能性を示唆した。 東京大学教授の宍戸常寿氏は,NHKと民 放各局が共同してポータルやアプリ,ノウ ハウを共有し,必要な負担等についても連 携していくため,総務省や放送事業者が話 し合う場が必要だと述べた。 この他,新たな通信放送融合サービスの 技術,サービス内容,ビジネスモデルの検 討を行う「IPDCフォーラム」でも,2016 年 4 月26日にフォーラム内に「moreTV連絡会」 を立ち上げた。フォーラムでは“スマホテレ ビ”を実現しようと模索する,放送,通信, メーカーなど様々な事業者を横断的につな ぎ,課題を議論したり実験を行ったりしなが ら実現を図っていきたいとしている(図 9)。
1-8 小括
番組表という時間制約のもとで,広告と共 に番組を編成して視聴者に提供することは, 半世紀以上続く地上波民放の絶対的なビジ ネスモデルである。同時に,今知っておくべ き最低限の正しい情報や認識,多角的な視 図 8 ユーザーの変化に対応した「テレビ」の実現に向けて 図 9 2020 年に求められる moreTV のイメージ 出典:IPDCフォーラム総会資料より抜粋(2016年4月26日) 出典:諸課題検・岩浪氏資料より抜粋(2016年4月15日)野や多様な価値観を社会に提供していくという 放送の公共的な役割も,編成という営みを通じ て果たしてきたといえる。時代の変化と共に,こ うしたビジネスモデルも役割の果たし方も変えて いく必要があることは言うまでもないが,S-VOD サービスの拡大によって番組が1コンテンツとし て分断され,SNSの普及によって情報が断片化 される時代になればなるほど,編成という概念 を時間軸のみで捉えて形骸化させてしまうので はなく,むしろネットも含めた空間軸に立体化さ せていくべきではないかと筆者は考えてきた。そ の意味で,同時配信と見逃し配信については, 放送局横断でプラットフォームを作りシームレス に提供していくことが不可欠だと考える。 日本では,ユーザーのデバイスシフトに対し てはワンセグ等の放送サービスで,タイムシフ トに対しては有料VODでと,異なった伝送路 での提供を行ってきたこともあり,同時配信は その狭間に落ち,実現できないまま今日に至っ ていると思われる。紹介してきたように,2016 年は多様なリアルタイム配信の動きが出始めて いる。同時配信については,事業者の様々な 思惑や利害が立ちはだかり気味ではあるが, それらを超えたところでの議論や実験の場作り を期待したいものである。その際,技術先行 ではなく,ビジネスモデル,役割,法制度をバ ランスよく検討していく必要があろう。 他方で若年層に対しては,SNSやコミュニ ケーションアプリ等と連動しやすく,送り手と受 け手の立場が近い,身軽で身近なネットオリジ ナルチャンネルやライブ配信のほうが訴求しや すいのかもしれない。いささか皮肉ではあるが, 放送の同時配信が提供されなかったが故に立 ち上がってきたのかもしれないこうした数々のラ イブ配信サービスの取り組みから,放送事業者 が学べることも大いにありそうである。
2.4K・8K の最新動向と今後の課題
4K・8Kは 2016 年が節目の年となるであろう。 本章では最新動向と今後の課題を整理する。2-1 衛星基幹放送& 8K 元年
2016 年は衛星基幹放送39)による試験放送 開始の年である。8月1日には,リオデジャネ イロで開催されるオリンピック・パラリンピック に合わせて NHKが 8Kを中心に,そして2016 年内には,4月に発足したA-PAB(放送サー ビス高度化推進協会)が 4Kを中心に試験放 送を開始する。4Kについては,2014 年開始の 試験放送「Channel 4K」を経て,2015 年から 124/128 度 CS( スカパー JSAT),IPTV( ひ かりTV),ケーブルテレビ(以下,ケーブル) といった一般放送で実用放送が開始されてい るが,8Kについては 2016 年 8月からの試験放 送が放送としては初めての取り組みとなる。 実用放送のチャンネルプランもようやく見え てくる。4月13日,総務省は4K・8Kの衛星基 幹放送局(ハード)における免許申請の受け 付けを開始した。この前提となっているのが, 4K・8K実用放送に関する「基幹放送普及計画」 「周波数割当計画」「周波数使用計画」の改正 で,3月23日に総務省電波監理審議会に諮問 され,制度が整備された40)。以下,簡単にチャ ンネルに関する部分を整理しておく(図10)。 まず,4K・8Kの衛星基幹放送の実用放送は, 現在,放送に使用されていて,視聴者が受信 するために追加の視聴環境整備が不要なBS 右旋の帯域と,これから新たに放送に利用す るため,視聴者が受信するにはアンテナや家の中の配線の張り替え等の視聴環境整備が必要 なBS 左旋・CS 左旋の帯域を活用する。右旋 は帯域が限られているため,普及計画では左旋 を4K・8K 放送の基本の伝送路と位置づけた。 ただし,普及のために当初は視聴者にとっ て視聴条件の良いBS 右旋でより多くの放送が 開始されることが望ましいとし,地デジセーフ ティーネット放送が終了した帯域41)で4Kを3 チャンネル展開し,加えて可能であれば,現在, BS 放送を行う他の事業者から,使用している 帯域を少しずつ供出してもらう“幅寄せ”を行 い,最大で4Kを6チャンネル割り当てる計画と なっている。 普及計画では事業者のチャンネル数の目標 も示された。NHKはこれまで先導役を果たし てきた8K 放送をBS 左旋で,4K 放送をBS 右 旋で,計 2 チャンネル行うこと,民間事業者は BS 右旋で最大 5チャンネル,この他,BS 左 旋で 6チャンネル,CS 左旋で10 チャンネル行 うことが示された。認定基幹放送局(ソフト) の免許申請は 2016 年秋頃の予定である。ハー ドについては免許申請の受け付け締め切りが 5 月13日であるため,本稿が出版される頃には, どんな事業者が参入を希望したの かがみえてきているだろう。
2-2 「左旋」の課題
衛星基幹放送の基本伝送路の左 旋は,これまで放送で全く使用して いない“フロンティア”である。事業 者の開拓精神に大いに期待したいと ころであるが,放送開始前から大き く2つの課題があげられている。 1つ目は,果たして参入する民間 図 10 4K・8K 衛星基幹放送普及計画 図 11 左旋衛星受信の方法 図 12 左旋衛星受信の場合の 住宅の改修の有無と分類 出典:NHKアイテック資料より抜粋 出典:総務省資料より著者作成事業者がどの程度確保できるのかという課題 である。左旋のチャンネル数の目標として示さ れたのは16だが,これまで在京民放キー局は 総務省の会合で再三にわたり,BS 右旋であっ てもビジネスモデルは成り立たないと,参入に は消極的な姿勢をみせてきた。左旋は先に述 べたように,BS 右旋以上にビジネス上の条件 は良くない。 2つ目の課題は視聴者側にある。左旋を受信 するためには図11のような視聴環境整備をしな ければならない。ただ,対策は個々の世帯が 置かれた状況によって異なる。対策が必要な世 帯を推計したのが図1242)である。まず推計の 前提として,左旋視聴世帯の想定を,現時点 で衛星放送の受信可能な世帯とみなしている。 すると対象世帯は国内の全世帯の約4分の3に なるが,そのうちの約3分の2(つまり全世帯の およそ半数)は現在,ケーブル経由で視聴して いる。この視聴世帯が左旋でもケーブル経由 で視聴すると想定すると,何らかの受信環境整 備が必要な世帯は残りの約3分の1(つまり全 世帯の約4分の1)となる。こうした推計をもと に普及を見通すと,2026 年頃には,衛星放送 の受信可能な世帯の大半が左旋を視聴するこ とが可能になるという(図13)。ただ,改修の 必要な約4分の1の世帯のどのくらいが,自ら の負担を伴ってまで4K・8K 放送を視聴しよう と考えるのか。またこの推計は,約半数の世 帯が 4K・8Kをケーブルで視聴することを大前 提としているが,果たしてケーブルによる同時再 放送はどこまで実施可能なのだろうか。
2-3 ケーブル同時再放送の課題
4K・8Kの衛星基幹放送をケーブルで同時再 放送するには,まず基幹放送事業者から再放 送同意を得なければならない。その前提となる のは,実際の放送と,ケーブル事業者を介し た放送が同じものであるという「同一性保持」 である。ここにいくつかの課題がある。 まず4K・8Kの衛星基幹放送は現行のケーブ ルと多重化の方式が異なっている。多重化とは, 伝送前に映像や音声,データを伝送しやすくす るために行う作業だが,4K・8Kの衛星基幹放 送ではネットを使った番組連動サービスをしや すくするため,放送でも通信 でも番組を同じIPの仕組み を使って伝送できるMMT43) という方式を採用している。 この方式に対応させなけれ ば,例えばハイブリッドキャス トのような番組連動サービス が,ケーブル経由の視聴者に は正しく届かないおそれがあ る。 次に8Kへ の対 応である。 ケーブル事業者は自らの局の 受信設備で放送を受信して, 図 13 左旋受信可能世帯率の推計 出典:NHKアイテック資料より抜粋有線(FTTH44),HFC45),同軸ケーブル)を通 じて契約世帯の自宅まで放送信号を届けてい る。そのうち,同軸ケーブルや,同軸ケーブル を一部活用するHFC方式をとっている場合は, 容量的に8Kの伝送は難しいことが多いという。 自主放送を行う事業者のうち,FTTHのみの 方式をとっている事業者は全体の4分の1弱に すぎない46)。 契約世帯では,ケーブル事業者から配付され たセットトップボックスを通じてテレビを視聴し ているが,ここへの対応も不可欠である。8Kの 信号が仮に自宅まで伝送できたという前提で考 えると,8K 放送を視聴するためのデコーダー47) チップを搭載することが必要となる。もちろん, 8Kテレビを設置する世帯は果たしてどのくらい あるのか,という大きな疑問もある。ただ4Kテ レビの場合でも,8Kデコーダー及びダウンコン バーターがセットトップボックスに搭載されてい れば,放送を楽しむことが可能である。逆にこ れらが搭載されていなければ,8K 放送は全く 見ることができない。更に,これは左旋だけで なく右旋にも共通の課題だが,著作権保護と 限定受信のための新 CAS48)への対応も考慮し なければならない。 以上を鑑みると,左旋,特に左旋の8K 放 送のケーブル同時再放送については現時点で は解決すべき課題は山積してい ると言わざるを得ない。こうし た中,同一性保持にどこまで幅 を持たせた再放送同意にするの か,特に8K 放送の事業者は現 時点ではNHKのみであるので, NHKとケーブル事業者,そし て,左旋を基本伝送路と定め た総務省で,今後,何らかの合 意点を模索していかなければならないだろう。
2-4 “コピーネバー問題”
最近の4Kを巡る話題で一般消費者に最も知 られているのは,4Kの番組の録画が禁止され るのではないかという,いわゆる“コピーネバー 問題”ではないだろうか。 この問題については,筆者は4K 放送そのも のが抱える問題ではなく,民放とテレビメーカー の長年のビジネスモデルを巡る争いである側面 が極めて大きいと思われるので49),次回,その 争いの歴史を含めてしっかり触れたいと思う。 そのためここでは事実関係のみを記載しておく。 2015 年12月,NexTV-Fは放送の運用ルー ルや受信機の仕様などを定めた「高度広帯域 衛星デジタル放送運用規定 1.0 版50)」を公開し た。その中の「コンテンツ保護に関する運用 規定」において,4K・8Kコンテンツについて, 月ぎめ有料放送や無料放送(スクランブルあ り51))で録画を禁じるかどうかが「T.B.D.(未 定)52)」と記されていた(図14)。 これまで,ペイパービュー(都度課金)放送 については録画禁止の運用が行われている前 例はあったが,月ぎめ有料放送及び無料放送 では「運用不可(コピー可)」とされてきた。も ちろん公開された1.0 版は「T.B.D.(未定)」, 図 14 出典:高度広帯域衛星デジタル放送運用規定1.0版より抜粋(太枠は筆者)つまり議論の最中であり,また仮に運用規定で 「運用可」となったとしても,それを実施するか どうかは事業者の判断に委ねられる。しかし, これに対して,ネットメディアや新聞等は相次 いで,4Kの録画が禁じられるのではないかと 報道し,2016 年2月には主婦連合会とインター ネットユーザー協会,メーカーの業界団体であ るJEITAから,「運用不可」にすることとオー プンな議論を要望する意見書が提出された53)。 「運用可」を強く求めているのは民放である。 2016 年 3月の民放連の会長会見でも,消費者 に不便になるのは分かるが,高精細な映像の マザーテープが流出する可能性があり権利者 団体も禁止を求めている,という趣旨の発言が なされた。また,NexTV-Fの内部の議論では, 録画禁止が可能でないと権利者の許諾が得ら れずクオリティーの高い番組が作れなくなる可 能性がある54),との主張もあるという。 3月30日に改訂された1.1版でもこの部分は 「T.B.D.(未定)」のままである。今後,どこで どのような議論がなされていくのか,その背景 にどのような根深い問題があるのか,引き続き 取材していきたい。
3.文研フォーラムの対論から
「これからのテレビはどこに向かうのか」
ここからは,「文研フォーラム」で3月1日に 行った「これからのテレビはどこに向かうのか ~ 2030 年を見据えて~」の内容の一部を紹介 する。フォーラムでは総務省大臣官房審議官 (放送行政担当)の吉田眞人氏に御登壇いただ き,筆者が課題を投げかける形で対論を行っ た。テーマは 3点,同時配信,4K・8K,2030 年を見据えた放送行政と放送事業者の役割, であった。 対論後もテレビを 巡る状況は大きく動 いているため,対論 の中から現在(執筆 時は4月半ば)も継 続する課題を選択し て,対論の採 録で はなく,テーマごと に吉田氏のコメントとして再構成した。1)同時配信について
1-5で触れたように,日本は海外の多くの国 と異なり,著作権法上,IPユニキャストの同時 配信が放送とみなされていないため,そのこと が,放送事業者のサービス実施を阻害する要 因になっているのではないか,総務省としてど のような問題意識を持っているのかを伺った。 吉田氏 著作権法上の違いは実務的に大きな差です が,過去はともかく,今後作るコンテンツは 2 次 利用や同時再送信を前提に事前許諾をとるのは 不可能ではないはずです。もちろん権利が違う 分,手間暇やコストがかかり,ビジネスにならな いという話も分かります。だからといって,著作 権を扱う文化審議会の場で制度的な議論をしても 短期間では状況はあまり動かないのではないか。 権利者団体と放送事業者の関係にはある意 味不幸な歴史があって,同時配信だけでなくネッ トの 2 次利用が進まないのは権利処理上の問題 が多いからだとよく言われますが,これは権利 者からすると権利者悪者論的に聞こえる,そん な意見をよく耳にします。また,放送事業者は 本当に同時配信をしたいんですか,というのもありますしね。 ですから総務省は,できるだけ現行の制度 のもとで権利処理が迅速に進むような取り組み をしている「aRma55)」という団体に協力してい ます。実務的改善を積み重ねて両者が関係性 を醸成することが重要で,急がば回れ的ですけ ど,あまり上から“えいっ”というふうにやると うまくいかないのではないかと個人的には思っ ています。
2)4K・8K について
2-2 で触れたように,4K・8K,特に衛星基 幹放送で基本伝送路とした左旋については課 題が山積している。総務省は普及に向け何か 支援策を考えているのか伺った。 吉田氏 基幹放送普及計画を明らかにし,使える帯域 を明示したのが最大の支援です。ビジネスでき る環境を整えたので,後は基本皆さんでやって くださいということです。放送行政は10 年以上, 地デジ化が中核の政策だったため,それが政策 として普通のような印象があると思いますけど, そうではないんです。政府として言うと,担当す る分野の関連産業を発展させ,国民の生活を豊 かにしていくという産業政策的な視点で取り組 むのが普通なんです。そうはいっても,電波を 使う産業はやや特殊で,根っこのところを国が ある意味差配しているのは間違いありませんが, 電波の割り当て以外の点については,国はこう 支援すべきだという声を産業界の方から積極的 に寄せていただき,オープンに議論したいです。 4K・8Kの普及の主要な担い手となるケーブ ルテレビ事業者による同時再放送をいかに進め ていくか等について,吉田氏からは具体的な発 言はなく,今後推進のための場作りや何かの 支援策を考えたいと発言するにとどまった。 次に参入事業者の見込みについて伺った。 吉田氏 情報収集には放送事業者以外の事業者の方 も来ます。BS 右旋を既存事業者とは決めてい ないけれど,実績のある事業者が有利になる可 能性がある。だからその方々には,左旋に参入 するなら当面金にはなりませんが,それでもやっ てみたいならウェルカムですと申し上げています。 当然分かっています,という回答です。なぜ かというと,いわゆる狭義の放送だけで採算が とれるとは皆さん考えていなくて,今やってい る,あるいは今後展開しようと思っている他の ビジネスとの関連の中でのビジネスプランを念 頭に置いてものを見ているからです。 スケジュールがみえない地上波4Kについて も見解を伺った。2016 年 6月末にサービスを終 了するV-Highの帯域の再活用はあり得るのだ ろうか。 吉田氏 V-High の帯域は地デジ化で国民に多大な負 担をかけて空けた貴重な帯域です。いつまでも 空いたまま置いてはおけない。また,引き続き 放送に使うのか,広く意見を求めないといけない し,仮に地上波4Kに使いたい放送事業者がい れば声を出していただければと思います。帯域 が 14メガヘルツあるので,全国一律の放送を行 うチャンネルを2 つ確保するのは技術的にそれほ ど苦労せずにできると思います。 でもそれは,BS4K がもう2 チャンネル増えるのと何が違うのでしょうか。地上波の意義が, ローカル局がコミットメントして放送をしていくこ とにあると想定すると,地域別放送のできない 全国一律のネットワークに意味はあるのかという ことです。また,地デジの投資の時のように各 局が 4Kの投資をすることが必要になるが,ロー カル局にそのような体力はあるのか,という問題 もあります。更に受信サイドでいうと,国民の皆 さんにもう一度 VHFのアンテナをつけてください と言うのか,という問題もあります。 私はできないと言っているわけではないんで す。でも短期的に解決できる問題ではないと思 います。県域局127 社体制をそのまま維持しな がら,単純に2K から4Kに置き換えることがで きるのか,という点との関係で議論していかなけ ればいけない問題だと認識しています。