ミュージック・ケアにおける活動の質的研究
石 上 浩 美
ISHIGAMI Hiromi
問題
近代以降,学校教育は社会が前世代から次世代へと連続しながら発展していくための知識, 技能,行動様式などの文化伝承を計画的・組織的に実践する役割を担ってきた。本来,子ども は一人ひとりが異質な個として存在し,環境の中で他者と関わりながら生活している。だが, 学級をはじめとする学校教育の場では,斉一な教材をすべての子どもが共通に使用し,一斉指 導方式による効率的な教授が行われる。たしかに,教育行政面では,これまでも絶えず指導形 態や手法の工夫,カリキュラムの改変や評価方法の見直しが行われ,時代の要請に対応し続け てきた。しかし,依然として知識や技能の習得を最重要課題とせざるをえないのが学校現場の 実情でもある。そうした意味では,学級は子どもたちが集まる集団の場でありながら,実態と しては個体主義的な学び が営まれてきたと言うことができるだろう。 子どもは,外から与えられる刺激を一方的に受け入れるだけの受動的な存在ではありえない。 ピアジェの構成主義的な発達理論に典型的に示されるように,子どもは外部世界に関心を持ち, 能動的に関わり,自らの力で知識を構築していこうとする存在である。ただし,義務教育とい う制度自体が子どもを均質なグループで編成し(年齢別学級の編成),最適な方法で教授を行 うことを通じて,子どもに必要な知識を均一に獲得させることを目的として成立しているとい う点では,個体主義的な学習観を前提にしていることは否定できない。この傾向は障害を持つ 子どもに対して,より顕著に現れている。 平成19年4月より,障害を持つ子どもに対して,障害種別やその程度など,個別のニーズに 応じたきめ細やかな指導がなされる特別支援教育が始まり,障害を持つ子どもを取り巻く学校 環境は少しずつ変わろうとしている。学校教育法71条によると,「特別支援学校は,視覚障害 者,聴覚障害者,知的障害者,肢体不自由者又は病弱者(身体虚弱者を含む)に対して,幼稚 園,小学校,中学校又は高等学校に準ずる教育を施すとともに,障害による学習上又は生活上 の困難を克服し自立を図るために必要な知識技能を授けることを目的とする。」とある。また, 盲・聾・養護学校小学部・中学部学習指導要領(平成15年12月26日一部改正)第一章第2節教育課程の編成第1―4によると,「学校における自立活動の指導は,障害に基づく種々の困難 を改善・克服し,自立し社会参加する資質を養うため,学校の教育活動全体を通じて適切に行 うものとする。(中略)個々の児童又は生徒の障害の状態や発達段階等を的確に把握して,適 切な指導計画の下に行うよう配慮しなければならない。」とある。 これらをふまえて,特別支援学校の場では,「準ずる教育」として知識・技能的側面の発達 と,「種々の困難を改善・克服し,自立し社会参加する資質を養う」をいう社会性発達の両方 を視座に入れて,特別支援教育コーディネーター,および障害を持つ子どもを担当する現場教 諭が中核となって「個別の指導計画」を作成,指導を行っている。指導方針・目標は作成され るが,実際の指導は担当教諭の経験と技量によって,教諭と子どものマンツーマン形式の指導 が行われ,個々の言語発達訓練や行動訓練が優先されがちである。 だが,学校はあくまでも集団の場であり,道徳性や社会性の獲得は,特別支援学校において もまた個体発達的な観点だけではあり得ない。集団の場における作用や効果が十分に議論され ないまま,個の知的発達を最重要課題とせざるを得ない実情は,通常の学校と同様の課題であ る。問題は,学校という枠組みの中に限定した学びの実践における教育的効果には限界がある ことをふまえて,学校や学級では,集団の場における子どもの多用な発達や教育方法を考え, 常に工夫・改善する必要性があるということである。 本研究では,特殊教育諸学校に勤務する現職教諭による,学校の枠組み(学習指導要領上の 制約)の中ではできない音楽療法実践を心理学の立場から観察・分析しようと試みた。さまざ まな障害を持つ子どもにとって,学校以外の場で音楽療法セッションに参加することには,ど のような意味あいや発達支援的効果があるのか。また,音楽の場で,参加者は何をどのように 受容し,表現し,その過程で何を学ぼうとしているのかを明らかにしたい。
音楽療法とは
音楽には,構成要素(音色,リズム,旋律,和声を含む音と音とのかかわり合い,形式など) や表現要素(速度や強弱など)といった演奏上の形態とメソッドがあり,演奏家はそれらを知 識・技法として獲得することを目的に活動している。一方,音楽そのものを聞くこと・演奏す ること・音楽の場に参加することによって,情動の安定やストレス解消などの認知面への作用 があることが報告されている(たとえば波多野.1987;谷口.2000)。また,音楽を聞くことや 演奏することを活用した実践では,老人・障害を持つ人々に対するリハビリテーション効果や 発 達支援効果などさまざまな効果があることが報告されている(たとえば Alvin.1966; Bunt.1994;稲田, 2000など)。これらの技法についてそれぞれが理論化したものが,音楽療法とよばれている。音楽療法は,多くの近接学問領域から理論を構築し,一般的には Fig.1のよ うな構成であるが,音楽療法の対象や技法は現在も多種多様な立場があリ,その運用方法もさ まざまである。
加賀谷式音楽療法とは
加賀谷式音楽療法(加賀谷.1983)は「音楽の特性を生かし心と心を響かせあう」という目 的で,実践の現場からボトムアップ的に創案された集団音楽療法活動である。単に音楽を聞い たり,楽器を弾いたり,歌を歌ったりといった技術的な側面ではなく,人と人の関係性の構築 や集団の中における相互作用を重視する観点からセッションは構成されている。 加賀谷(1983)によると,「人間と音楽の係わり合いはそれを伝え,感じ,共感しあうとい う原則の上で成り立っており,音楽の特性としては,色やかたちで表すことのできないもので あり,時間的空間の芸術であり,十人十色であり,どんな演奏をしても,楽しみ方をしても自 由である。」という。つまり,加賀谷式音楽療法は,一種のオーケストレーションを前提とし た集団音楽療法理論であり,これを基盤とした実践に独奏(個別指導)はありえない。また, 集団や場の構成によって,常にセラピスト(実践者)の即興性と,障害を持つ子どもの予測す ることが困難な反応との相互作用から,セッションの躍動的な効果が期待できる技法である。 Fig.1 音楽療法のおもな関係領域目的
本研究の目的は,加賀谷式音楽療法を基礎理論とした集団音楽療法「ミュージック・ケア」 実践参加者の中から重点観察対象となる子どもの行動・言動などを観察・記録・分析するため の指標を作成し,以下3点について明らかにすることである。 1)ミュージック・ケアという集団音楽療法の場の効果を明らかにする(場の効果)。 2)障害を持つ子どもの発達に,集団音楽療法はどのように作用し影響を与えているのかを明 らかにする(個の発達への効果)。 3)障害を持つ子どもと保護者,指導者(以下セラピスト),副指導者(以下コセラピスト) の関わり方を参与観察から明らかにする(関係性の効果)。 ミュージック・ケアは,加賀谷式音楽療法を基礎理論として,特殊教育諸学校に勤務する教 諭による独創的な構成によってプログラムが進行する,障害を持つ子どもを対象とした集団音 楽療法活動である。本研究では,この理論と手法に基づいて行われた2006年度の活動観察記録 から,ミュージック・ケアという実践活動そのものの意味あいを,場の効果,個の発達への効 果,関係性の効果の3点から考える。ミュージック・ケアの概要
ミュージック・ケアには,さまざまな障害を持つ子どもが参加している。セラピストが楽曲 を選定し,コセラピストが支援するという形態で,即興も交えた独自プログラムを展開してい る。プログラムの内容や進行は指導者の人柄・専門性にあふれたものが,参加者の顔ぶれや, その日の状況に応じて工夫されている。 参加者は子ども20名程度とその保護者,参与観察者4―5名で,年度始めに参加者を募集し, 毎回ほぼ固定化したメンバー(親子,兄弟姉妹)が月1回のセッションの場を楽しんでいる。 ミュージック・ケアの構造と,期待される効果をまとめるとFig.2のようになる。初回参加時 は,場の雰囲気に圧倒され,不安を感じ馴染めなかった子どもが,セッションに継続的に参加 するうちに,ミュージック・ケアという場における「楽しさ」・「調整」・「理解」を習得してい る。そして,場を楽しむ過程で学んだことを,子どもそれぞれ個別の課題や発達・成長へと展 開していると考えている。観察方法
本年度の活動では,保護者の研究調査協力同意が得られた聴覚障害の子ども(一部重複障害 もあり)3名と,軽度発達障害の子ども1名を調査対象とした。「参与観察のためのお楽しみ 度チェックリスト」( Table 1)を観察の指標として,年間9回,1セッション60―75分の観 察を行った。全セッションに対象児全員が毎回参加しているわけではないので,それぞれ2∼ 4回分の観察記録から,記述内容を分析した。観察事例についてのカンファレンスは,N 女子 大学ドレミ研究会ii が担当した。以下,調査対象児のプロフィールをTable.2に示す。年齢は 2007年3月現在のものである。 Fig.2 ミュージック・ケアの構造と期待される効果Table.1 参与観察のためのお楽しみ度チェックリスト
事例1 A 女児の観察記録より 11月の観察記録 初めはボーっと(鳴子を)鳴らしているが,泣いている子を見つけると,その子の前に立って,し ばらく鳴らす。セッションに参加していない他の子には,「ちゃんとやるように」手話で指示する <他者への支援行為:役割的参加Ⅳ―3> 鳴子の流れ(セッション展開)をわかっているようで,まるでセラピストのように(他児に)見本 を見せていた。しかし,セラピストの方を見ていなかったので,最後に音を止める(リズムタイミン グが)のがわからず,1人だけ音を出してしまった。その時はハッとした表情をして「しまった!」 という感じだった。 <自分の失敗認知:同調性Ⅱ―1> そのため,その後(鳴子セッション終了後)は,セラピストをじっと見ながら手を動かし(模倣), 他の子たちの前を歩いて指示していた。(中略)2回目の休符では(4ビートの4拍目;蟐=120), セラピストに(目で)合図をしてもらったので,(ほぼリズムに合わせて)止めることができた。 <場における教訓帰納:同調性Ⅱ―1> A女児は年間を通してミュージック・ケアという場を楽しみながら,集団における居場所が 開かれていったと思われるケースであった。音楽を知覚として感じることは A 女児には不可能 ではあるが,A 女児自身,周囲の参加者の様子をよく観察しながら,模倣に集中しようとする 行動からは,感覚として音楽を受容しているといえる。セッション参加初期には,同行してい る弟に対して母親を独占したいがためにか攻撃的な行動が目立ったが,継続的に参加するうち に,攻撃性は低下していることが観察記録からわかった。後半時期には「擬似母親的役割」行 動も観察される(たとえば他児への関心との支援など)ようになってきた。姉弟の関係が少し ずつ変化し,それが他児や集団に対しても開かれ,自分より幼い子にやさしく接したりするこ とにもつながってきたようにも受けとめられる。ただし,A 女児の参加の仕方は非常に積極的 である半面,セッションの流れに対するテンションの低下,自分の認知レベルを超えてしまう 場合や周囲のミスマッチが起こると,行動そのものが停止してしまう傾向があった。 事例2 B 男児の観察記録より 9月の観察記録 他児が新聞をビリビリと破いているのに新聞をじーっと見て(読んで)いた。その後セラピストの 所に行き,腕のあたりを叩いたり頭突きをしたりする。部屋の中を徘徊しながら新聞を破っている。
セラピストの近くにくると毎回セラピストに頭突きをする(意図的接近)。父親の所にも寄って行っ て頭突きをする。(中略)セラピストに指示されると新聞を破り始める。歩きながらビリビリと破り, 破ったものを自然に手から離して(床に放置)その後も入り口付近徘徊していた。 <特定の他者への働きかけ:集団の力動Ⅲ―2> 10月の観察記録 (セッション開始時)新聞を読んでいる(見ている)が,セラピストに(新聞をたたくように;4 ビート蟐=140 )促されると叩き始める。リズムは合っていなかった。「両手で叩く」というこができ ず。(中略)立ち上がるとウロウロし,セラピストに後ろからドーンとして抱きつく。その後セラピ ストをキックすると,逆にセラピストからの反撃にあい,背中の上から乗られる。部屋の中を走り出 すが,セラピストが視界に入ると接近,おぶさりじゃれている。 <特定の他者との幼い遊び:集団の力動Ⅲ―2> B男児は自分のペースでセッションに参加しながらも,特定のプログラムではセラピストに 促され先頭を務めるなど,グループの中でのリーダー的役割もこなすことができた。セラピス トとの関わりは二項関係的であるが,セッションは必ずしも B 男児を中心に構成しているわけ ではないので,時には B 男児がセラピストの興味を引くために攻撃性行動(キック,頭突きな ど)もあった。B 男児の攻撃性行動には,その時々によって異なる意味があることもセラピス トから報告されている。セラピストは B 男児の挑発に流されることはなく,あくまでも集団全 体を見ながらプログラムを進めるため,B 男児は徐々に場に応じた行動や反応(たとえば順番 を待つ,他者にお礼を言うなど)ができるように変化していった。B 男児にとってミュージッ ク・ケアは家族やセラピストと関わる大事な場所であり,複数の他者と同時に関わることを学 び,集団を意識するきっかけになった。 事例3 C 男児の観察記録より 6月の観察記録 たくさん新聞紙を抱えた C 君は,D 君から新聞を取られまいと,逃げるように走っていき,半周ほ ど回ると,立ち止まって D 君の様子を窺う。もう大丈夫だと(自分で)思ったのか,再びたくさん新 聞紙を抱え込んで走り回り,(すでに)これ以上持てないぐらい多くの新聞紙を抱え込んでいるのに, どんどん新聞紙を拾い上げていく。その間音楽はずっと流れている(4ビート;蟐=120―130) <気ままな一人遊び:自分が楽しめるかⅠ―1>
11月の観察記録 新聞を顔に当てたまま「お化け。」と言って歩き回る。その後,何かを考えているかのように歩き 回ってから,セラピストに突進し,バーっと持っていた新聞をかける。 <不特定他者との幼い遊び:自分が楽しめるかⅠ―4> 12月の観察記録 学生や友だち,セラピストに関わらず(不特定多数の参加者に)新聞をかけに徘徊。また新聞の束 をみんなの顔に「ペタン。」と言いながらくっつける。 <目的化された他者との関わり遊び:自分が楽しめるかⅠ―4> C男児の行動には幼さはあるものの,ミュージック・ケアという場の中で,自分なりに楽し むことができていた。また自分一人だけで楽しむのではなく,他者と関わること(遊ぶこと) を楽しみ,他者の反応を見て関わり方も目的化されていった。セッションの道具が配布される ときには,学生や他児の分も取ってきて,配布・収集も率先して行い役割的な参加をしている と判断した。ただし,自分自身の思いや計画とは異なる展開になったときは不機嫌になり母親 にやつあたりするなど,感情調整面での未熟さが残った。 事例4 D 男児の観察記録より 7月の観察記録 母親とペアになる。1回目,(4ビート1拍目;蟐=120 )「よいしょ」(というかけ声)の時と, (4ビート2,3拍目)手をトントンと打ち合わせる時は,すごく楽しそうだった。母親と手を打ち合 わせる時に「トントン」と声を出していた。(手を動かす)トントンするのが好きなようで,(リズム やテンポを無視して)何回も余分に(ビートをはずれて)母親の手と打ち合わせているときもあった。 (曲の2巡目の)もトントンと(母親と)手を合わせたくてしかたがない様子だった。しかし,集 中力が低下すると(がんばりすぎて疲れたのか?)体をだらっとさせて,母親や伯母に寄りかかった り,寝転がってしまう 。 <特定の他者への働きかけ:集団の力動Ⅲ―1> 2月の観察記録 母親が(お手本のように)動作を強調しながら見せる(教える)と,自発的に曲(のリズム)に合 わせて(指定された)身体部位を(鳴子で)叩くことができていた。だんだんテンポが早くなるとこ ろ(4ビート蟐=100−140 への緩急変換)はできないため,曲の2分の1の速度(2ビートにアレン ジし)でゆっくり鳴らしているが,その部分が終わる(元のリズム)とリズムに合わせて元気に鳴ら している。 <選別認知:同調Ⅱ―2>
D男児は掛け声のある動きが好きなようだった。大きな動作の時には興奮して手を真上に挙 げて,「わっ」と言ったり,「よいしょ」らしき言葉を言いながら,楽しそうに手を挙げていた。 参加当初は特定の他者(セラピスト,コセラピスト,母親,伯母)とのやり取りしか見られな かったが,7月頃から他児の父親との関わりがあらわれ,11月頃からは,彼が選別したと思わ れる特定の対象との関わりが見られた。相手の反応がよければ繰り返し接近し,コミュニケー ションを期待するような姿が見られた。このころには周囲の動きを見ながら,多少リズムがず れても音楽にあわせて体を動かして楽しんでいる様子も観察できた。ただし,母親が隣にいる と指示や指導があり,楽しんで活動するというよりも母親に動かされているという感じが強く なる傾向があった。母親とのやり取りでは,あまり母親の顔を見ないで横を向いていることが 多かった。母親は参加当初,常に D 男児の行動を制限しようとしていたが,セラピストの指 導もあり,徐々にD男児をミュージック・ケアという場の中で開放できるようになった。
結果
「参与観察のためのお楽しみ度チェックリスト」から,35点満点で均等得点換算した4名の 結果は Fig.3のようになった。また,4つの観点についての平均( SD )は,ミュージック・ ケアという場で自分自身が楽しめるか(楽しみ)が26.5(3.41),身体的に外部に開かれた存在 になり全体のリズムや流れに同調できるか(同調)が25.0(3.46),音楽の場を共有できるか (集団の力学)が26.0(7.87),役割的な参加ができるか(役割)が13.3(7.36)であった。 B男児と D 男児役割が,他の2人と比べて数値的にはやや低いが,現時点でこの要因分析に はいたっていない。プログラムの好悪などの選択や感情レベルのものも経過観察では報告され ているが,特定化は困難である。個々の障害のレベルの違いや特性的な要因(たとえば人見知 りをする傾向など,場に対する適応など)の個人差のあらわれと考えるのが妥当であり,今後 の観察上の留意点となる。 Figure 1 聾の子どものためのお楽しみ度チェック度による個人内差また,A 女児と B 男児は前年度からの継続調査であったため,2006年3月時点のチェックリ ストと今回(2007年3月)のチェックリストと比較した。その結果は Fig.4のようになった。 A女児は楽しみ(+2),同調(+3),集団の力学(+3),役割的参加(+2)の全ての項 目で前年度よりも増加が見られた。観察報告でも,他児や弟の世話をするような関わり方や思 いやり行動が見られたという報告があった。B男児は,役割的参加のみ低下(−7)している ものの,他の3項目では楽しみ(+3),同調(+6),集団の力学(+14)と増加が見られ, 特に同調と集団力学では飛躍的に増加した。これは,場の活動に対する慣れとともに,セラピ ストの人柄に対する執着や,プログラムの内容や指導方法に対して,B 男児なりに馴染み,熟 達してきたことのあらわれではないかと推測する。
観察記録からわかったこと
4名の対象児はそれぞれ異なる障害特性を持ち,個人的な達成課題も異なる。しかし, ミュージック・ケアという場は,彼ら個人の自立支援の場ではなく,集団相互作用効果を期待 する場である。そのため,自分の欲求や行動が制限され,時にはセラピストや保護者に反発す ることもあった。しかし,継続的に参加していく過程で,場のルールや他者との関わり方を学 び,理解しようとそれぞれが努力していた。このような変化は,観察上ごくわずかではあるが, 障害特性上困難な社会性の獲得の萌芽段階であり,集団の力動が4名にもたらした作用である。 特に,軽度発達障害を持つ子どもの場合は,他児との関わり方や場の共有・共同性を認識する ことが困難なため,学校教育の場では誤解を受けたり自尊感情を傷つけられたりすることもす ることも多い。 ミュージック・ケアの場では,子ども自身の楽しみ,場に対する同調性,集団の力動,役割 の認識を観察上の指標としていたが,4児それぞれの場における学びがあり,行動は変化しつ Figure 2 A 女児と B 男児のミュージック・ケア継続参加による個人内差つあり,それはまた個人の発達にも作用を及ぼしている。
今後の課題
「参与観察のためのお楽しみ度チェックリスト」は,現時点では観察者にとっての指標で あって,個人内差を検討する上では妥当性が高いとはいえないだろう。今後は,改訂版の開発 と妥当性の検証,および既存の数量的研究方法にこだわらない質的研究方法の開発を推進し, 場の意味合いをさらに質的に明らかにする必要がある。 i 学習という用語が通常意味するものは,それ自体がきわめて個体主義的色彩が強いため,本論文で は混同を防ぐため,学びという用語を用いる。 ii N女子大学ドレミ研究会では,心理学系の院生・学生が中心となって,ミュージック・ケアの参与 観察を行い,月1回事例検討会を行なっている。 <引用文献>Alvin.J. 1975 Music therapy (Revised Paperback Edition, Originally published in 1966).London John Clare Book〔櫻林仁・貫行子(訳) 1969.音楽療法.音楽之友社〕
Alvin.J.1978 Music therapy for the autistic child London :Oxford University Press.〔山松貴文・堀慎一郎 (訳)1982.自閉症のための音楽療法.音楽之友社〕
Bunt.L.1994. Music therapy: An art beyond words. London Routledge.〔稲田雅美(訳)1996.音楽療法: ことばを超えた対話.ミネルヴァ書房〕
稲田, 2000.音楽療法.(谷口高士編著.2000.音は心の中で音楽になる:音楽心理学への招待)北大路書房 波多野誼余夫.1987.認知科学選書12音楽と認知.東京大学出版会