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年メキシコ連邦選挙の分析うPAN側は連邦選挙委員会の決定を尊重する立場を明確にし メキシコの民主制度が機能していることを国内外に主張したのであった こうして二〇〇六年選挙の過程において九月五日に勝者が決定するまでの二ヶ月間 メキシコの民主制度が正常に機能しているのか否かにつ

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Academic year: 2021

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二〇〇六年七月二日に実施されたメキシコ連邦選挙は接 戦を極め、最終的な勝者の決定は九月五日の司法判決へと 持ち越されることとなったことに加えて、民主制度そのも のの正統性に対して広汎な議論を呼び起こしたという点で 特別な意味を持つものであった。二〇〇〇年に行われた前 回 の 連 邦 選 挙 で は、 国 民 行 動 党 ( Partido Acción Nacional 以 下、 P A N と 略 す ) の ビ セ ン テ・ フ ォ ッ ク ス ( Vicente Fox ) 大 統 領 が、 七 一 年 間 続 い た 制 度 的 革 命 党 ( Partido Revolucionario Institutional   以 下、 P R I と 略 す ) に よ る 一党支配体制から政権の座を奪う結果となり、政権交代も 政治的混乱に陥ることなくスムーズに行われた。こうして PRI支配体制の平和的終焉をもたらした二〇〇〇年選挙 は、メキシコで公正で自由な政党間競争に基づく選挙が行 われるようになったことの証とみなされ、この二〇〇〇年 選挙を境にメキシコには民主主義が定着したとの楽観論が 広まっ た * 1 。そのため、外国のメディア、政府、および市民 団体が二〇〇六年選挙へ寄せる関心は薄く、二〇〇〇年に 比 べ て 選 挙 監 視 団 員 の 数 も 減 少 し た (表 1 参 照 ) 。 と こ ろ が、こうした楽観論を裏切るかのように、二〇〇六年選挙 の勝敗をめぐる対立は混乱を極め、八月にはメキシコ社会

特集

左派

」と

左派

を揺るがすほどの大規模な 抗議行動を引き起こす結果 となった。そして、選挙後 の混乱は、はたしてメキシ コの民主主義は機能してい るのかどうか、というメキ シコの政治体制のあり方に 対して根本的な疑問をつき つけることになったのであ る * 2 。 同 大 統 領 選 挙 は、 現 政 権 を 担 う 中 道 右 派 政 党 P A N の フ ェ リ ー ペ・ カ ル デ ロ ン ( Felipe Calderón ) 、 左 派 の 民 主 革 命 党 ( Partido de la Revolución Democrática   以 下、 PRDと略す) 率いる「みんなのための同盟 ( Coalición por el Bien de Todos ) 」 (以下、CPBTと略す) のアンド レ ス・ マ ヌ エ ル・ ロ ペ ス・ オ ブ ラ ド ー ル ( Andrés Manuel López Obrador ) 、 中 道 の P R I 率 い る「メ キ シ コ の た め の 同 盟 ( Alianza por México ) 」 (以 下、 A P M と 略 す ) の ロ ベ ル ト・ マ ド ラ ッ ソ ( Roberto Madrazo ) の 三 大 政 党 候 補 に 加 え、 社 会 民 主 主 義 オ ル タ ナ テ ィ ブ 党 ( Partido Alternativa Socialdemócrata ) の パ ト リ シ ア・ メ ル カ ー ド ( Patricia Mercado ) と「新 た な 同 盟 」 ( Nueva Alianza ) の ロ ベ ル ト・ カ ン パ ( Roberto Campa ) と い っ た 二 名 の 新 党 候補、そして無所属候補一名の計六名で戦われた。とくに 二〇〇六年に入るやいなやPANのカルデロン候補とCP BTのロペス・オブラドール候補の間で熾烈な戦いが繰り 広げられた。投票日が近づくにつれて、選挙戦は各自の政 策の利点を主張することによって有権者の支持を集めよう とするよりも、むしろお互いの弱点を摘発し、相互に中傷 合戦を繰り広げることによって相手陣営の支持率を低下さ せることを狙ういわゆるネガティブ・キャンペーン的な性 質を強めていったのであった。 こうして二大候補間で繰り広げられた激しい選挙前の争 いは、選挙が行われた後に選挙結果の是非をめぐる両陣営 による対立へと引き継がれることとなった。選挙が行われ た四日後の七月六日早朝、選挙管理委員会はPANのカル デロン候補がCPBTのロペス・オブラドール候補にわず か〇 ・ 五八%の得票率差で勝利したと宣言した。 ところが、 ロペス・オブラドール陣営がこの選挙結果に異義を唱えて 選挙結果の再集計を選挙法廷に訴えたことから、次期大統 領候補の決定は九月五日の司法判決に持ち越されることと なった。その間、ロペス・オブラドール率いるCPBTは 支持者を全国から動員して大規模な抗議行動を起こし、選 挙プロセスにおける不正や不透明性を指摘することによっ て既存の民主制度に疑問を投げかけた。一方、現政権を担 メキシコ人 外国人 81,620 943 1994 年連邦選挙 13,225 397 1997 年中間選挙 38,433 860 2000 年連邦選挙 14,489 180 2003 年中間選挙 13,589 693 2006 年連邦選挙 選挙監視員数(人) 表 1 IFE 認可の選挙監視員規模の推移

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うPAN側は連邦選挙委員会の決定を尊重する立場を明確 にし、メキシコの民主制度が機能していることを国内外に 主張したのであった。こうして二〇〇六年選挙の過程にお いて九月五日に勝者が決定するまでの二ヶ月間、メキシコ の民主制度が正常に機能しているのか否かについて、メキ シ コ 国 民 の 幅 広 い 層 を 巻 き 込 む 激 し い 対 立 が 続 い た の で あった。 そ れ で は、 な ぜ 選 挙 結 果 を め ぐ る 対 立 が こ こ ま で 混 乱 を 極 め た の で あ ろ う か。 そ の 主 な 理 由 は、 選 挙 プ ロ セ ス の あ ら ゆ る 段 階 で、 選 挙 の 運 営 を 担 う 連 邦 選 挙 管 理 員 会 ( Instituto Federal Electoral   以 下、 I F E と 略 す ) や 選 挙 法 廷 ( Tribunal Electoral del Poder Judicial de la Federación   以 下、 T E P J F と 略 す ) と い っ た 民 主 主 義 の根幹となる選挙制度に対して国民の信頼が揺らいだこと である。すなわち、敗北を喫した政党が選挙結果に不服を 抱いた場合、特定の法的手続きにしたがって、IFEやT EPJFに対して異議申し立てを行うことが認められてい る。その際、IFEやTEPJFによる裁決が正当なもの として受け入れられるためには、関連ある情報を適正に公 開するとともに、すべての政党を公平に扱い中立的な立場 を保つことによって、選挙制度への信頼を高めることが必 要とされる。ところが、選挙制度が特定の政党を利するよ う な 決 定 を 行 っ た り、 情 報 公 開 に 応 じ な か っ た り し た 場 合、異議申し立てを行った側は、制度に対する不信感を募 らせ、 制度の枠内で解決策を求めようとする動機が薄れる。 その結果、街頭での抗議行動や座り込みなど、別の方法で 主張を認めさせようとする行動に出るのである。二〇〇六 年メキシコ連邦選挙後の混乱は、まさにこの民主制度への 不信感の広まりが根底にあったといえる。 本稿では、IFEおよびTEPJFが選挙プロセスにお い て「公 平 性 」「透 明 性 」 を 欠 い た こ と が、 国 民 が 選 挙 結 果および民主制度への不信感を募らせることにつながり、 選挙後の混乱を招くにいたったダイナミズムを検証するこ とを試みる。以下、第一に、民主主義に関する一般的議論 に言及しつつ、なぜ選挙管理委員会や選挙法廷といった選 挙制度が、一国に民主主義を定着させるために重要な役割 を果たすのかについて簡単に論じる。第二に、二〇〇六年 メキシコ連邦選挙における、選挙前、選挙当日、および選 挙後を含む一連の「選挙プロセス」を時系列的に観察する ことによって、IFEとTEPJFなどの選挙制度に対す る不信感の高まりが、制度の枠組みを超えた解決策の模索 へとつながったメカニズムを検証する。ここではとくに、 選挙結果の「部分的」再集計を命じたTEPJFと「全」 再集計を求める運動との対立に焦点を当てる。第三に、カ ルデロン候補の勝利を確定したTEPJFの最終判決に対 する 「全」 再集計派の対応を検証する。 具体的に、 ロペス・ オブラドール率いるCPBTによる抗議運動と、市民によ る票の数え直しを実践することによってメキシコの民主制 度に対する信頼感を回復させることを目的とする「市民に よる再集計」 ( Recuento Ciudadano ) 運動の動向を考察する。 最後に、二〇〇六年連邦選挙後の混乱はメキシコの民主主 義の進展において何を意味するものであったかについて考 察を行い、論考をしめくくる。

現 在、 あ る 政 治 シ ス テ ム に お い て 自 由 ( free ) 、 競 争 的 ( competitive ) か つ 公 正 ( fair ) な 選 挙 が 定 期 的 に 行 わ れ て い れ ば 民 主 主 義 で あ る と す る、 「手 続 き 民 主 主 義 」 の 定 義 が 幅 広 く 受 け 入 れ ら れ て い る * 3 。 す な わ ち、 「自 由 な 」 選 挙 とは、ある適齢期に達した個々人は選挙する権利を普遍的 に与えられ、自らの判断によって候補者を選び投票に参加 す る こ と が で き る こ と を 意 味 す る。 「競 争 的 か つ 公 正 な 」 選挙では、選挙がある特定の政党によって独占されるので はなく、複数政党の自由な参入を認める。それと同時に、 選挙管理委員会は、政党同士が公平な競争を行うための基 盤を確保するよう努めねばならない。さらに、選挙が「定 期的に」行われていることが保証されていれば、有権者の 投票によって選ばれた代議士が任期途中で為政者の恣意で 解任されることを防ぐばかりでなく、有権者が現政権に不 満を抱いている場合、次の選挙で政府を変えることができ る。つまり、民主主義とは、国民が自らの政府を選び、コ ントロールする手続きが保証された政治体制である。 そして民主主義の定着とは、この民主主義の「手続き」 を尊重する規範が社会に広まる状態を指す。つまり、現行 の「手続き」にしたがってもたらされた選挙結果を正統な ものとして受け入れ、また結果に対して不服がある場合に は、定められた「手続き」により異議申し立てを行う行動 の パ タ ー ン が 恒 常 化 す る こ と を 意 味 す る ( O'Donnell 19 96 36 。 こ れ ら の 定 義 に 照 ら し 合 わ せ る と、 二 〇 〇 六 年 連 邦 選挙後の混乱は、民主主義の「手続き」を尊重する機運の 低下と理解されることを後述する。

以上の民主主義の定義にしたがうと、民主主義が機能す るためには、選挙プロセスを管理する制度、すなわち選挙 の番人ともいうべき選挙管理員会および選挙法廷が適切な 情報公開を行い、中立性を保ち、自由、競争的、かつ公正

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な選挙の実施を推進せねばならない。また、選挙プロセス の政治的操作を未然に防ぐためには、これらの選挙制度が 行政府・立法府から独立した機関であることが必要条件と なる。実践を通じて選挙制度が国民の信頼を得るようにな ると、民主主義の「手続き」を尊重する規範が広まってゆ き、ひいては民主主義の定着へとつながってゆくと考えら れる。 メ キ シ コ で I F E が 独 立 機 関 と な っ た の は、 一 九 八 八 年 に 前 カ ル ロ ス・ サ リ ー ナ ス ( Carlos Salinas ) 大 統 領 が 疑 惑 選 挙 に 勝 利 し た 二 年 後 の 一 九 九 〇 年 で あ っ た。 そ れ 以 前、 選 挙 の 監 視 は 連 邦 選 挙 委 員 会 ( Comisión Federal Electoral ) の 管 轄 で あ っ た が、 同 委 員 会 は 行 政 府 直 属 の 機 関 で あ っ た た め そ の 中 立 性 に は 疑 問 が 抱 か れ て い た。 一九八八年の大統領選挙では、当初は野党候補のクアウテ モ ッ ク・ カ ル デ ナ ス ( Cuahutémoc Cárdenas ) 候 補 が 優 勢 を保っていたが、開票作業中、突然停電に襲われた。再び コ ン ピ ュ ー タ が 作 業 可 能 と な っ た と き に は、 逆 転 し て サ リーナス候補が優勢となっておりそのまま勝利につながっ たことから、コンピュータの不正操作疑惑が大きく取沙汰 されたのであった。こうした疑念を晴らすために、サリー ナス政権は一九九〇年に選挙監視機関を行政府から独立さ せてIFEを設置し、また一九八九年にはIFEの決定に 異議申し立てを行う権限を持つTEPJFが設立された。 その後一九九三年、一九九四年に実施された選挙制度改革 に よ り I F E が よ り い っ そ う 独 立 性 を 高 め た ( Eisenstadt 1999 : 88 -90 ) 。 そ れ と 同 時 に、 選 挙 競 争 の 高 ま り が P R I 一党支配から多党制へのシフトを促すと、IFEやTEP JFが自由、競争的、かつ公正な選挙を保証するために機 能しているという認識が広がり、これらの選挙制度に対す る信頼が高まっていった。 一般に選挙といっても、そのプロセスは数ヶ月に及ぶ。 IFEの公式な定義によると、選挙プロセスは、連邦選挙 の場合、投票が行われる前年の一〇月に開かれるIFE評 議会準備セッションに始まり、TEPJFが選挙結果の正 統性を正式に認めるまでの期間を指す ( IFE 2006 b ) すな わち、選挙が公正、自由、競争的であったかどうかは、選 挙前の選挙キャンペーン、政党への公的資金の偏りのない 支給、報道機関の中立性、開票作業の透明性までをも含む あらゆる側面から評価される必要がある。選挙プロセスを このように定義すると、選挙監視とは、選挙当日だけでな く、投票前から投票後まで含むことが理解される。具体的 に二〇〇六年連邦選挙プロセスとは、二〇〇五年一〇月六 日から二〇〇六年九月六日までの一一ヵ月間であった。次 章 で 述 べ る よ う に、 二 〇 〇 六 年 連 邦 選 挙 プ ロ セ ス に お い て、選挙前の準備期間の段階からすでにIFEおよびTE PJFの監視機能についての不信感が高まり、その結果、 選挙結果に対する異議申し立ては、現行制度の枠を超えた ところでの抗議活動として活発化していったのである。

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︱ ︱ 現 政 権︵ P A N ︶候 補 に 有 利 な 選 挙 戦 二〇〇六年大統領選挙戦は事実上、現政権PANのカル デ ロ ン 候 補 と C P B T の ロ ペ ス ・ オ ブ ラ ド ー ル 候 補 の 一 騎 打ちとなった。両候補は選挙直前まで接戦を繰り広げ、ど ちらが大統領選を制することになるのか、予測をすること がきわめて困難な状況であった。図1が示すように、三月 まではロペス・オブラドール候補が一貫して優勢を保って いたが、四月になるとカルデロン候補の支持率が上回ると いう状況に転じた。この情勢の変化には、現政権がカルデ ロン候補の選挙キャンペーンを支持し、こうした政府の不 公正な介入に対してIFEが適切な処置を講じなかったと い う 背 景 が あ る。 そ し て、 「公 正 な 」 選 挙 プ ロ セ ス を 保 証 しないIFEに対して、次第に不信感が募っていった。と くに、選挙戦がかなりの接戦である場合、些細なできごと 図 1 選挙前動向(候補者支持率の推移) (出典) 紙(2006 年 6 月 14 日付)より作成。 39 38 41 35 33 35 37 30 31 31 38 40 39 35 28 29 25 23 22 22 23 3 4 2 3 1 1 1 1 1 0 5 10 15 20 25 30 35 40 45 1 月 2 月 3 月 4 月 5 月 3 日 5 月 24 日 6 月 14 日 (%) ロペス・オブラドール(CPBT) カルデロン(PAN) マドラッソ(APM) メルカード(オルタナティブ) カンパ(NA) 1

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が勝敗を左右するため、選挙プロセスの公平性についてよ り多くの関心が集まったといえよう。 それでは、具体的にどのような形でロペス・オブラドー ル 候 補 側 に 不 利 な 事 態 が 展 開 し た の だ ろ う か。 第 一 に、 フォックス大統領が選挙キャンペーン期間中に現政権下で 施 行 さ れ た 政 策 の 成 功 を テ レ ビ な ど の メ デ ィ ア を 通 じ て さ か ん に 宣 伝 し た り、 カ ル デ ロ ン 候 補 を 支 持 す る 発 言 な ど を 行 っ た り し た こ と が 挙 げ ら れ る。 現 政 権 が 特 定 の 候 補に有利な行動を公に行うことは選挙プロセスの公平性の 原則に反する。それは、政策成果のアピールなどの現職利 点 ( incumbent advantage ) を 利 用 し て 有 権 者 の 支 持 を 集 めることができるからである。この観点から現職の大統領 が選挙キャンペーンに介入することは禁じられているが、 フォックス大統領の行動はカルデロン候補の支持率上昇に プラスに働いたと考えられた。第二に、カルデロン陣営は 劣勢が明確になった三月以降、反ネオリベラル経済政策を 掲げるロペス・オブラドール候補は「メキシコ経済を混乱 に陥れる」と大規模に宣伝することによって、同候補に対 する人々の恐怖心を煽り彼の支持率低下を狙った。ここで 問 題 と な っ た の は、 P A N の 主 要 な 支 持 基 盤 で あ る 企 業 家 調 整 審 議 会 ( Consejo Coordinador Empresarial ) な ど が こ う し た ネ ガ テ ィ ブ・ キ ャ ン ペ ー ン へ 出 資 し た こ と に よ り、選挙戦が過度の中傷合戦へと泥沼化したことであった ( National Democratic Institute 20 06 。 こ の よ う な 事 態 に 対して、 PAN寄りと見られていたルイス・ウガルデ ( Luis Ugalde ) を幹事長とするIFEが歯止めをかけることがで きなかったことが、IFEの公平性に対する疑念を誘発し たのであった。 ま た、 市 民 団 体、 国 際 機 関、 お よ び 独 立 系 の シ ン ク タ ン ク が そ れ ぞ れ 独 自 に 社 会 プ ロ グ ラ ム 等 の 公 的 資 金 が 不 正 に 選 挙 目 的 に 使 わ れ て い な い か の 調 査 を 行 い、 選 挙 前 に 調 査 結 果 を 発 表 し 政 府 に 提 言 を 行 っ た。 具 体 的 に、 非 政 府 団 体 の 市 民 同 盟 ( Alianza Cívica ) 、 国 連 開 発 計 画 メ キ シ コ 事 務 所 ( UNDP-México ) 、 独 立 系 シ ン ク タ ン ク の フ ン ダ ー ル 分 析 調 査 セ ン タ ー ( FUNDAR, Centro de Análisis Investigación ) な ど は、 貧 困 削 減 を 目 的 と し た 社 会 プ ロ グ ラム支出について聞き取り調査を行い、その結果をもとに 報告書を発表した。一様に、以前に比べて公的資金の流用 は減少したが、依然として二〇〇六年選挙キャンペーンに も使われていた可能性を指摘している が * 4 、筆者が調べたか ぎりではIFEがこうした警告に対して現政権に注意勧告 などを行った証拠は見つからなかった。この結果が事実で あるならば、選挙プロセスは、社会プログラムを管理する 現政権PANのカルデロン候補に有利な形でさらに歪めら れたといえるだろう。 以上のように、PANのカルデロン候補に有利な事態に 対して適切な処置を怠り、選挙プロセスの公平性を保つこ とができなかったIFEに対して、投票が行われる前から すでに不信感が高まりつつあったことが理解される。

︵ 七 月 二 ∼ 六 日 ︶

選 挙 結 果 へ の 不 信 感 の 高 ま り か ら     再 集 計 を 求 め る 異 議 申 し 立 て へ 七月二日午前八時に、投票が開始された。今回の選挙で は、 四 一 七 八 万 九 六 九 五 人 の 有 権 者 が 投 票 し、 投 票 率 は 五 八 ・ 五 五 % で あ っ た。 選 挙 前 に 予 想 さ れ て い た と お り、 大統領選挙はカルデロン候補とロペス・オブラドール候補 の 間 で 接 戦 と な っ た が、 同 夜 一 一 時 に 発 表 さ れ た I F E の ウ ガ ル デ 幹 事 長 の 発 言 が 選 挙 結 果 を め ぐ る 緊 張 を 一 気 に 高 め る こ と と な っ た。 選 挙 結 果 は、 当 初、 三 段 階 の プ ロセスを経て発表される予定だった。まず、二日夜に、無 作為抽出法で七七三七の投票所を選びその結果に基づいて 選 挙 結 果 を 予 測 す る「開 票 速 報 ( Conteo Rápido ) 」 が 発 表 されることになっていた。続いて、各投票所からIFEに 送られた開票結果をリアルタイムで報告する「暫定的結果 (

Programa de Resultados Electorales Preliminares

) 」 ( 以 下 、 P R E P と 略 す ) の 発 表、 そ れ か ら 三 〇 〇 の 選 挙 区 ご と に 集計された結果をIFEがチェックし最終的にコンピュー タで集計する 「選挙区結果 ( Computos Distoritales ) 」 (以下、 C D と 略 す ) に 基 づ く 七 月 六 日 の 正 式 結 果 発 表 が 予 定 さ れ て い た。 と こ ろ が、 「開 票 速 報 」 計 算 の 段 階 で、 カ ル デ ロ ン候補とロペス・オブラドール候補の得票差があまりにも 小さいため無作為に選んだサンプルをもって最終的な結果 を予測することは不可能と判断したIFEは、この結果発 表の予定を変更した。ウガルデ幹事長は、二日夜一一時、 選挙戦はかなりの接戦であること、および混乱を避けるた め「開票速報」結果を公表しない旨を伝えたのであった。 この声明によって選挙結果に対する不確実性が一気に増す 14,027,214 36.38 PAN 13,624,506 35.34 CPBT 8,318,886 21.57 APM 1,085,966 2.81 オルタナティブ 384,317 0.99 NA 得票数 得票率(%) 政党 表 2 7 月 3 日に発表された大統領選挙の    暫定的結果(PREP) (出典)IFE ホームページ(http://www.ife.org.mx/     documentos/Estadisticas2006/index.htm     2006 年 10 月 23 日アクセス)

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と、人々の関心はIFEのウェブサイトで同時中継されて いるPREPへと集中したのであった。 二日に開票が開始されてからリアルタイムで公表された 開 票 結 果 の 集 計 は、 三 日 未 明、 九 八 ・ 四 五 % の 投 票 所 の 集 計 が 報 告 さ れ た 時 点 で い っ た ん 打 ち 切 ら れ、 P R E P が 発 表 さ れ た。 P R E P に よ る と、 P A N の カ ル デ ロ ン 候 補 と C P B T の ロ ペ ス・ オ ブ ラ ド ー ル 候 補 の 得 票 数 差 は 四〇万二七〇八票、 その得票率差はわずか一 ・ 〇四%であっ た (表 2 参 照 ) 。 と こ ろ が、 こ の P R E P の 信 憑 性 に 対 し て疑問が投げかけられ、IFEへの不信感を増長する結果 となった。まず指摘されたのは、IFEによるコンピュー タ不正操作の可能性であった。メキシコ国立自治大学で物 理 学 を 教 え る ル イ ス・ モ チ ャ ン ( Luis Mochan ) 教 授 は、 リアルタイムで公表された開票結果が不自然なカーブを描 くことを示した (図2) 。彼の説明によると、 開票が始まっ た当初からPREP集計が終わるまでの間、両者の得票率 の推移を示すカーブが交わることがなかった。つまり、最 終的な数字は近似しているにもかかわらず、一貫してカル デロン候補の得票数がロペス・オブラドール候補のそれを 上回り、一度も順位が逆転 しないのはきわめて不自然 である、というのが彼の主 張である。ここから、集計 を行うIFEのコンピュー タが不正に操作された可能 性が指摘され た * 5 。この不正 操作疑惑に加えて、たとえ 暫定的とはいえどもPRE Pには多数の集計ミスが見 受けられたこともPREP およびIFEの集計結果に 対する信頼を低下させたと 41 40 39 38 37 36 35 34 33 32 31 得票率 カルデロン ロペス・オブラドール マドラッソ 開票率 0 10 20 30 40 50 60 70 80 90 100 (出典)    (http://em.fis.unam.mx/public/mochan/elecciones/ 2006 年 10 月 23 日アクセス) 図 2 PREP における各候補者の得票率の推移 PAN CPBT APM オルタナティブ NA 得票数 得票率(%) 政党 表 3 7 月 6 日に発表された大統領選挙の    正式結果(CD) (出典)*2 と同じ。 15,000,284 35.89 14,756,350 35.31 9,301,441 22.26 1,128,850 2.7 401,804 0.96 いえよ う * 6 。 こうして選挙結果に対する不確実性が高まるなか、七月 六日に発表された正式結果であるCDでは、カルデロン候 補とロペス・オブラドール候補の得票差がさらに縮まった (表 3 参 照 ) 。 こ の 正 式 な 選 挙 結 果 に 基 づ き、 I F E は、 得 票 数 差 二 四 万 三 九 三 四 票、 得 票 率 差 は 〇 ・ 五 八 % で カ ル デ ロン候補が大統領選挙の勝者であると宣言した。CDにお いてはPREPについて指摘された集計ミスは大部修正さ れたものの、その集計結果は依然として精緻さに欠くもの であった。とくに、多くの投票所で有権者登録数よりも投 票総数が多いという奇妙な状況が発覚した。こうして多く の投票所での結果において数字上の不一致が散見されたと いう事実は、再集計を行った場合に上位二候補のわずかな 得票差が覆され、勝者が逆転することを意味する。これを 論拠にロペス・オブラドール陣営は選挙結果を不服とし、 TEPJFへ再集計を求める異議申し立てを行うことを決 めたのであった。また、市民社会においても再集計を支持 す る 動 き が 見 ら れ、 イ プ ソ ス・ ビ ム サ ( Ipsos Bimsa ) 社 が 七 月 末 に 実 施 し た 世 論 調 査 に よ る と 回 答 者 の 四 八 % が 再集計を行うべきだと答えた ( El universal , 27 de julio de 20 06 ) * 7 。 こ う し て 選 挙 結 果 の 再 集 計 に 対 し て 幅 広 い 支 持 が 存 在 し た こ と は、 選 挙 結 果 の 集 計 お よ び 発 表 過 程 を 通 じ て、メキシコ社会においてIFEへの信頼が低下したこと の表れといえるだろう。

後︵

│ │﹁ 全 ﹂再 集 計 vs﹁ 部 分 的 ﹂再 集 計 七月六日にIFEが選挙結果を発表して以降、あらゆる 方面からその再集計を要求する動きが活発化していった。 具体的に、選挙結果の評価に関する多様な主張は大きく分 けて次の三つの立場にまとめることができる。第一に、現 政権のPANは、IFEは自由で公正な選挙プロセスを導 くために適切な役割を果たし、民主制度としての機能を果 たしたと述べた。また、CD発表当初は、カルデロン候補 勝利の祝福ムードを盛り上げようとしたが、その後、異議 申し立てに対する選挙裁判所の判決が下されるまで自粛す る立場に転じた。第二に、ロペス・オブラドール率いるC PBTは、多くの集計ミスは現政権PANとそれを支持す るIFEによるシステマティックな不正操作によるもので あ り、 そ の 不 正 選 挙 に 基 づ く 結 果 を 修 正 す る た め に は、 一三万四七七のすべての投票所の投票結果を集計し直すべ きだ、と主張した。第三に、政党以外にも市民社会のなか から再集計を要求する運動が出てきた。ただし、市民社会 グループは「全」投票所の再集計 ( recuento total ) を懇願 する点ではCPBTと一致するが、その論拠は著しく異な

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る。それらのグループによると、多数の集計ミスは、不正 操作によるものか、あるいは単なる計算ミスに起因するの かは不明であるが、あらゆる疑惑を晴らすことによって全 国民を納得させ、メキシコの民主制度に対する信頼を取り 戻すことがより重要なのであ る * 8 。メキシコ民主制度の推進 役であるはずのIFEに対する不信感の高まりから生まれ た後者二つの運動は、それぞれ異なる方法で「全」再集計 要求を実現するべく運動を展開していった。 ま ず ロ ペ ス・ オ ブ ラ ド ー ル 陣 営 は、 不 正 や 計 算 ミ ス に よ る 疑 わ し い 選 挙 結 果 に つ い て 証 拠 と と も に T E P J F に 対 し て 異 議 申 し 立 て の 手 続 き を 行 う 一 方 で、 全 国 か ら 支 持 者 を 首 都 に 動 員 し て「平 和 的 な 抗 議 運 動 ( Resistencia Pacífica ) 」 を 開 始 し た。 ま ず 七 月 九 日、 異 議 申 し 立 て の 法 的手続きに関する証拠書類の提出が始められた。その内容 は、選挙キャンペーンにおける公平性の欠如やコンピュー タ不正操作についてIFEのウガルデ幹事長の責任を問う 正式文 書 * 9 、五万に及ぶ投票所の選挙結果における計算ミス や不正の証拠となる証言、 ビデオ・テープ、 CDなどであっ た( La jornada, 10 de julio de 2006 ; Reforma, 14 de julio de 2006 )。その後、TEPJFが再集計を行うか否かの判 決 を 下 す 八 月 五 日 ま で の 間、 追 加 的 な 証 拠 書 類 の 提 出 を 行った。そうした法的手続きを進める一方で、ロペス・オ ブラドール陣営は、毎週日曜日の午後、メキシコ市の中心 部 に あ る 憲 法 広 場( zócalo ) に 支 持 者 を 集 め て 集 会 を 行 っ てきたが、七月三〇日には「全」再集計要求を掲げる最大 規模の動員を行うことによって、審議中のTEPJFに圧 力をかけた。メキシコ連邦区警察によると、同日の動員数 は「二〇〇万人」に上っ た ** * 。その最大規模の集会後、全国 から集まった支持者達は憲法広場およびレフォルマ通りに テ ン ト を 張 っ て 居 座 り、 「全 」 再 集 計 が 行 わ れ な い か ぎ り 占拠をやめない意向を表明したのであった。 他方、政治社会に関する批判的記事で定評のある『プロ セソ ( Proceso ) 』誌と市民同盟を中心とする市民社会グルー プは、市民による選挙結果の「全」再集計の実現を目指し て 動 き 始 め た。 具 体 的 に、 七 月 二 八 日、 『プ ロ セ ソ 』 は I FEに対して市民が再集計を行うために投票用紙やその他 の選挙結果関連書類を閲覧できるよう要請した。その他に も、 八〇〇を超える市民団体や個人が同様の要請を行った。 そのなかには、 日刊紙の『ウニベルサル』紙、 非政府団体、 および約二〇〇名の大学関係者などが含まれていた。選挙 結 果 が 発 表 さ れ た 直 後 か ら、 『プ ロ セ ソ 』 は ホ ー ム ペ ー ジ を通じて「市民による再集計」運動に参加するよう読者に 呼びかけた結果、一万八〇〇〇人から署名を集めることに 成功した。そして、市民による再集計が許可された場合、 市 民 同 盟 が そ の 作 業 を 組 織 す る こ と に 同 意 し た の で あ っ た。 こうした二つの方向からの「全」再集計要求の動きにも かかわらず、八月五日、TEPJFの七人の判事は全員一 致 で、 全 投 票 所 の 九 ・ 〇 七 % に 相 当 す る 一 万 一 八 三 九 投 票 所 に 対 し て の み 再 集 計 を 命 じ る 判 決 を 下 し た。 こ の 判 決 を 受 け て、 「部 分 的 」 再 集 計 は 八 月 九 か ら 一 三 日 の 間 に 行 われることとなった。TEPJFが「全」再集計に応じな かった主な理由は、次の二点に集約される。まずCPBT は三〇〇ある選挙区のうち二三〇の選挙区についてしか具 体的な異議申し立てを行わなかった。また、CPBTが提 出 し た 選 挙 不 正 に つ い て の 証 拠 の 信 憑 性 が 疑 わ れ た ( El universal , 5 de agosto de 2006 ) 。その後、各政党の監視の 下で「部分的」再集計が行われたが、その結果がTEPJ Fから発表されたのは一二日後の八月二五日であった。そ の内容は、カルデロン候補については八万一〇八〇票、ロ ペス・オブラドール候補については七万六八九七票を無効 とするものであった。その結果、両候補の得票率差はさら に 狭 ま り 〇 ・ 五 六 % へ と 修 正 さ れ た も の の、 大 統 領 選 挙 の 結果を変えるにはいたらなかった。 この時点で、IFEのみならずTEPJFという選挙制 度に対しても不信感が囁かれるようになった。 とくに、 「部 分的」再集計が実施されてからその結果が発表されるまで 約二週間を要したことについて、市民グループは「部分的 な集計のやり直しにもかかわらず、なぜこれほど時間がか か る の か 」 と 疑 問 を 抱 い た。 つ ま り、 「部 分 的 」 再 集 計 プ ロセスの「透明性」が問題視されたのであっ た ** * 。 また、 「部 分 的 」 再 集 計 判 決 そ の も の を 受 け 入 れ な か っ た C P B T は、 「す べ て の 票 を 数 え 直 す こ と に よ っ て 選 挙 プ ロ セ ス を 透明化することに躊躇するのは、PANが敗北したことを 隠蔽しようとする証拠である」との認識を強めるにいたっ た ( El universal , 8 de agosto de 2006 ) 。すなわち、選挙結 果への信憑性を高めるために行われたはずの「部分的」再 集 計 で あ っ た が、 か え っ て 選 挙 プ ロ セ ス の「透 明 性 」「公 平性」に対する不信感を高めるという皮肉な結果となって しまったのである。こうして、選挙制度への信頼がますま す薄らいでいくなか、九月五日、二〇〇六年連邦選挙結果 の正統性に対する最終的な司法判断が下された。

│ │ カ ル デ ロ ン 勝 利 の 司 法 判 決 九月五日、二〇〇六年連邦選挙結果の正統性に対する司 法判決の言い渡しは、多数の抗議団体が選挙法廷の建物を 囲むという物々しい雰囲気のなかで執り行われた。選挙法 廷の判事は、各政党・選挙連合から提出された選挙の無効

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または不正に関する異議申し立て合計三七五件に対する判 決 文 を ひ と つ ひ と つ 読 み 上 げ た。 そ し て 八 月 に 行 わ れ た 「部 分 的 」 再 集 計 の 結 果、 P A N の フ ェ リ ー ペ・ カ ル デ ロ ンが大統領選挙の勝者であることを正式に宣言した。その 判決の要旨は以下のとおりである。 (a)選挙キャンペーンに関して、PANの主要な支持基 盤である企業家グループがロペス・オブラドール候 補を中傷する内容の過激な広告へ出資したことは違 法である。 (b)フォックス大統領が選挙キャンペーン期間中、自ら の政策実績を誇張することによって自党のイメージ をアップすることを狙い、カルデロン候補に有利な 選挙状況を作り出したり、ロペス・オブラドール候 補 に 批 判 的 な 発 言 を 行 っ た り し た こ と は 不 適 切 で あった。 (c)しかしながら、こうした選挙プロセスへの介入行動 が選挙結果に及ぼした影響は間接的なものにすぎな い。 (d)CPBTが提出したコンピュータ不正操作などの選 挙不正に関する証拠は不十分であるため、選挙結果 が不正行為によって歪められたと判断することはで きない。 (e)したがって、選挙プロセスおよび結果は正統性を持 ち、カルデロン候補が正式な勝者である。 レフォルマ紙が実施した世論調査によると、七四%の回 答 者 が こ う し た 司 法 判 決 を 支 持 す る と 答 え た ( Reforma , 6 de septiembre de 2006 ) 。しかし、この司法判決は、 「全」 再集計を求める二つの運動に選挙結果を正統なものとして 受け入れさせるにはいたらなかった。むしろ、TEPJF に対する不信感を増長させる方向に働いたのである。この 判 決 に 対 し て、 C P B T が カ ル デ ロ ン 候 補 の 勝 利 を 認 め ず、 「全 」 再 集 計 以 外 の 解 決 策 は 受 け 入 れ な い と す る 立 場 を固持したのは予想どおりであったが、一方、市民グルー プのリーダーによるTEPJF批判は国内外で幅広い注目 を集めた。とくに、メキシコ国立自治大学の政治学者であ る ジ ョ ン・ ア ッ カ ー マ ン ( John M. Ackerman ) 教 授 ら の 主張には多くの支持がよせられた。彼によると、TEPJ F は、 「部 分 的 」 再 集 計 が 大 統 領 選 挙 の 勝 敗 に 影 響 を 与 え るものでないとの判断から、選挙結果の正統性を認めカル デロン候補の勝利を宣言した。ところが、論争の的となっ た「部分的」再集計の詳細、たとえば再集計によってどの 投票所で何票無効になったかなどについてのくわしい情報 を提供しなかった。さらに、上記の(a)および(b)に ついて、こうした非難されるべき行為が選挙結果に与えた 影響の具体的な「程度」について検討していない。もし、 これらの「間接的」な影響が緻密に検討された場合、わず か二三万票が勝敗を決めた今回の接戦では、結果が変わっ ていたことも十分ありえたのだ。したがって、IFEやT EPJFといった選挙の番人が自ら選挙結果に対する疑念 を生み出したといえる ( Los Angeles Times, September 22 , 20 06 ) ** * 。 こ う し た 選 挙 制 度 が も た ら し た 自 己 壊 滅 的 な 帰 結 に対して、二つの「全」再集計運動は現行制度への「信頼 再構築」と「否認」という別々の方向へ発展してゆくこと になった。

最後に、カルデロン候補の勝利を確定した司法判決に対 して二つの「全」再集計運動がどのように反応したのかに ついて考察する。まずロペス・オブラドール率いるCPB Tは、TEPJFの判決を以下のように解釈した。TEP JFが「全」再集計要求を却下したことは、選挙プロセス を「透 明 化 」 す る こ と を 拒 ん だ こ と を 意 味 す る。 そ の 理 由 は、 カ ル デ ロ ン 候 補 の 敗 北 を 覆 い 隠 す た め で あ る。 こ う し た 特 権 を 握 る 少 数 者 の 利 益 を 擁 護 す る 選 挙 法 廷 は、 民 主 主 義 の 原 則 を 侵 し て い る。 す な わ ち、 I F E の み な ら ず、 T E P J F も 選 挙 不 正 に 加 担 し て い る。 し た が っ て、選挙プロセスの「透明性」および「公平性」に対する 働きかけに応じない現行制度は、メキシコの民主主義を守 ることを怠り機能不全に陥っている。これを理由に、CP BTは独自の民主政府を創設する意向を表明した。司法判 決が下された九月五日夜、ロペス・オブラドール陣営は憲 法広場で集会を開いて「平和的な抗議運動」の継続を宣言 したことに続き、メキシコの独立記念日にあたる九月一六 日、 同 広 場 で「全 国 民 主 主 義 集 会 ( Convención Nacional Democrática ) 」 を 開 催 し て、 ロ ペ ス・ オ ブ ラ ド ー ル が「正 統な大統領 ( Presidente Legítimo ) 」であることを宣言した。 一 方、 『プ ロ セ ソ 』 と 市 民 同 盟 率 い る 市 民 グ ル ー プ は、 選 挙 プ ロ セ ス お よ び 結 果 に 対 す る 疑 惑 を 取 り 払 う こ と に よ っ て メ キ シ コ の 選 挙 制 度 に 対 す る 信 頼 を 回 復 す る こ と を 目 的 と し て「全 」 再 集 計 を 要 求 す る 活 動 を 続 け て い っ た。 ま ず、 七 月 二 八 日 に『プ ロ セ ソ 』 が 市 民 に よ る 再 集 計 を 行 う た め に 投 票 用 紙 や そ の 他 の 選 挙 結 果 関 連 書 類 を 閲 覧 す る こ と を I F E に 申 請 し た が、 九 月 五 日、 I F E は 以 下 の 理 由 か ら こ の 要 請 を 却 下 し た。 第 一 に、 二 〇 〇 二 年 に 制 定 さ れ た 連 邦 情 報 公 開 法 ( Ley Federal de Transparencia y Acceso a la Información ) およびIFE内 部規定は、 市民の要請に応じて公務員は個人情報以外の 「書 類 ( documento ) 」を公開する義務を定めている。しかし、 投 票 用 紙 は、 選 挙 に 使 用 さ れ た 後 は、 書 類 と し て の 資 格 を失う。したがって、書類とみなされない投票用紙は、上 記の情報公開法および規定の適用外である。第二に、連邦

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選挙法 ( Código Federal de Instituciones y Procedimientos Electorales ) の 第 二 五 四 条 は 選 挙 法 廷 の 最 終 判 決 後 に 投 票 用 紙 は 焼 却 さ れ ね ば な ら な い こ と を 定 め て お り、 I F E 評 議 会 が 投 票 用 紙 の 保 管 お よ び 焼 却 を 遂 行 す る 権 限 を 有 す る ( Proceso, 10 de septiembre de 20 06 。 同 市 民 グ ル ー プは、連邦情報公開制度 ( Instituto Federal de Acceso a la Información Pública   以下、 IFAIと略す) という別ルー トを通じて投票用紙へのアクセスを試みた。しかし、現行 の連邦情報公開法によるとIFEなどの独立機関による情 報公開は各機関の裁量に任されているため、IFAIは介 入できないことが判明した ( IFAI Boletín de Prensa, 25 de agosto de 2006 ) 。その後も投票用紙が「書類とみなされる か否か」をめぐって市民グループとIFEの間で司法論争 が繰り広げられたが、市民による「全」再集計が実現化す るにはいたっていない。こうして現行の選挙制度への信頼 回復に向けた試みが実を結ばないまま、一二月一日にカル デロン新大統領率いる政権が発足することになったのであ る。

本稿では、メキシコの選挙制度が二〇〇六年連邦選挙の プロセスにおいて「透明性」および「公平性」を欠いたこ とが選挙制度に対する不信感を招き、選挙結果ひいてはメ キシコの民主制度のあり方をめぐる対立および選挙後の混 乱の引き金となったことを考察してきた。二〇〇六年選挙 については、すでに選挙キャンペーン期間の段階から、I FEやTEPJFといった選挙の番人が自由、競争的、か つ公平な選挙の実施を保証する役割を果たしていないとの 認識が広まっていた。 さらに、 選挙結果をめぐる不確実性、 および「部分的」再集計によってのみカルデロン候補の勝 利を確定した司法判決を契機として、選挙制度に対する不 信感はさらに深まっていったのである。 冒頭で述べたように、二〇〇〇年に実施された前回の連 邦選挙において、PANのフォックス大統領が長年続いた PRI支配に終止符を打ち政権交代がスムーズに行われた ことから、二〇〇〇年の段階でメキシコには民主主義が定 着したとの楽観論が支配的となった。しかし、二〇〇六年 連邦選挙結果をめぐる混乱が示すとおり、こうした結論を 下すのには時期尚早であることが理解される。一般的に民 主主義の定着とは、社会の各アクターが既存の制度的枠組 みを受け入れ、不満がある場合はその枠内で対立、もしく は紛争を解決しようとする規範が社会に広く浸透する状態 を指す。ところが、二〇〇六年選挙に見られた選挙プロセ ス の「公 平 性 」「透 明 性 」 を め ぐ る 議 論 は、 メ キ シ コ が こ うした規範を確立するために葛藤している現状を如実に物 語っている。 今 ま で 述 べ て き た 七 月 の 連 邦 選 挙 以 外 に も、 二 〇 〇 六 年、民主主義定着に関する楽観論を疑問視する事例がいく つか見られた。八月のチアパス州知事選挙ではPRD候補 とPRI候補が接戦を繰り広げた結果、上位二候補間で勝 者をめぐっての同様の対立が発生した。また、一〇月のタ バスコ州知事選挙では政党支持者同士の間で暴動が多発し た 結 果、 数 名 の P R D 支 持 者 が 逮 捕 さ れ る 事 件 が 発 生 し た。二〇〇六年に起こった選挙にまつわるこうした一連の 混乱は、メキシコ各地において選挙制度が民主的手続きを 監視する役割を果たしているとは言い難い状況を示唆して いる。したがって、メキシコに民主主義が定着したか否か について、二〇〇六年末の時点で予断は許されないといえ るだろう。 ◉謝辞 本 稿 を 執 筆 す る に あ た り 優 れ た リ サ ー チ 補 助 を 行 っ て 下 さった Judith Joffe-Block 氏に感謝申し上げる。 ◉注 * 1   メ キ シ コ の 二 〇 〇 〇 年 連 邦 選 挙 に 関 す る 詳 細 な 分 析 は、 Domínguez and Lawson, eds. ( 2004 ) を 参 照。 著 者 ら は 二 〇 〇 〇 年 選 挙 を メ キ シ コ の 民 主 的 選 挙 の 進 展 に お い て「要 と なる( pivotal )」 もの と 特 徴 づけ、 同 書 に寄 稿 さ れた 論 文 か ら前述のメキシコ民主主義に対する楽観論がうかがえる。 * 2   二 〇 〇 六 年 六 月 二 三 日 付 け I F E 発 表 の 統 計 資 料 に よ る。 く わ し く は、 表 1 参 照。 メ キ シ コ で は 六 年 ご と に 大 統 領 選 挙 と 議 会 選 挙 を 同 時 に 行 う 連 邦 選 挙 が 行 わ れ、 連 邦 議 会 議 員 の み の 改 選 を 行 う 中 間 選 挙 は 三 年 ご と に 実 施 さ れ る。 選 挙 監 視 の 目 的 は 選 挙 プ ロ セ ス に お け る 不 正 お よ び 腐 敗 を 監 視 す る こ と に よ り 公 正 な 選 挙 の 実 現 に 寄 与 す る こ と で あ る た め、 選 挙 監 視 員 の 数 が 多 い こ と は 選 挙 が 不 正 で あ る と の 認 識 が 強 い こ と を 意 味 す る。 た だ し 通 常、 中 間 選 挙 よ り も 連 邦 選 挙 に お い て よ り 大 規 模 な 選 挙 監 視 が 行 わ れ る。 ま た、 メ キ シ コ 人 が 正 式 に「監 視 員( observador acreditado )」 と し て I F E に 認 可 さ れ る 一 方 で、 外 国 人「監 視 員 」 は、 メ キ シ コ の 選 挙 プ ロ セ ス の 発 展 を 観 察 に 来 た「外 国 人 訪 問 者( visitante extranjero )」 と し て I F E か ら 選 挙 プ ロ セ ス に 立 ち 会 う こ と を 許 可 さ れ る。 し か し 実 際 に は、 メ キ シ コ 人 監 視 員 と 同 様、 投 票 の 監 視、 お よ び 開 票 に 立 ち 会 う こ と が 許 可 さ れ る た め、 実質的な違いはない。 * 3   民 主 主 義 の 定 義 に 関 す る 詳 細 な 議 論 は、 Dahl ( 197 1989 )を参照。 * 4   く わ し く は、 Alianza Cívica ( 20 06)、 UNDP-México ( 2006 )、 お よ び FUNDAR ( 2006 ) を 参 照。 こ れ ら の 調 査 で は、 主 に 社 会 開 発 省( Secretaría de Desarrollo Social ) 管 轄 の貧困削減政策であるオポルトゥニダデス ( Oportunidades ) な ど に つ い て、 そ の 支 出 が 選 挙 前 に 不 自 然 に 増 加 し て い な い

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かどうか検証している。 また受益者へのインタビューを行い、 便 益 の 受 け 渡 し の 条 件 と し て 特 定 の 政 党 へ 投 票 す る よ う 圧 力 がかけられたかどうかについて調べている。 * 5   モ チ ャ ン 教 授 が 発 見 し た 不 自 然 な カ ー ブ に つ い て、 I F E は「カ ル デ ロ ン が 優 勢 だ っ た 地 域 の 投 票 所 の 方 が 開 票 お よ び 集 計 作 業 が ス ム ー ズ に 進 ん だ た め、 早 期 に P R E P に 反 映 さ れ た た め 」 と の 説 明 を 行 っ た。 し か し、 こ う し た 説 明 に 納 得 し な い モ チ ャ ン 教 授 率 い る 科 学 者 グ ル ー プ は、 引 き 続 き 集 計 結 果 に 不 自 然 な 傾 向 が 見 ら れ る か ど う か に つ い て 数 量 的 な 研 究 を 行 っ て お り、 そ の 成 果 を ウ ェ ブ サ イ ト で 公 開 す る と と も に、 出 版 の 準 備 を 進 め て い る。 く わ し く は http://em.fis. unam.mx/public/mochan/elecciones/ を参照。 * 6   集 計 ミ ス の 例 と し て、 多 く の 投 票 所 で 連 邦 議 会 選 挙 の 結 果 は 集 計 さ れ た が、 大 統 領 選 挙 の 結 果 は 空 白 の ま ま で あ っ た こ と が 挙 げ ら れ る。 ま た、 い く つ か の 州 で は、 連 邦 議 会 選 挙 の 得 票 総 数 が 大 統 領 選 挙 の 得 票 総 数 を 上 回 っ た。 こ れ ら の 現 象 が、 と り わ け C P B T が 優 勢 な 地 域 で よ り 頻 繁 に 見 ら れ た こ と か ら、 ロ ペ ス・ オ ブ ラ ド ー ル 率 い る C P B T が 不 利 に な るよう不正が行われたのでは、 との疑惑が抱かれた( Proceso, 9 de julio de 2006 )。 * 7   こ う し た 再 集 計 を 要 求 す る 動 き は、 メ キ シ コ 国 内 の み な ら ず、 『ニ ュ ー ヨ ー ク・ タ イ ム ズ 』 な ど の 海 外 メ デ ィ ア で も 支 持された(

New York Times, July 7

, 2006 )。 * 8   市 民 同 盟 な ど、 複 数 の 市 民 団 体 の 代 表 か ら な る グ ル ー プ、 「選 挙 プ ロ セ ス の 評 価 に 関 す る 市 民 会 議( Comité de Conciudadano de Seguimiento del Proceso Electoral )」 は、 市民社会側からの 「全」 再集計要求の内容をプレス・コンファ レンスなどで発表することを通じて主張してきた。 * 9   七 月 二 一 日、 T E P J F に 提 出 し た 報 告 書 の な か で、 I FEはこうしたCPBTからの非難に対して 「根拠に乏しく、 憶測の域を出るものでない」 との反論を行った ( El universal, 22 de julio de 2006 )。 * 10   P R D 市 長 が 治 め る メ キ シ コ 連 邦 区 の 公 安 局 が 発 表 し た 二 〇 〇 万 と い う 数 字 に 対 し て、 現 P A N 政 権 管 轄 の 連 邦 予 備 警 察 は、 動 員 数 は わ ず か 一 八 万 に 満 た な い と 発 表 し た( El universal, 31 de julio de 2006 )。 いずれにせよ、 メキシコ史上、 類を見ない規模の動員であったことは広く報道された。 * 11   一 九 九 四 年 以 来、 市 民 同 盟 に 選 挙 監 視 な ど で 協 力 を 行 っ て き た 米 国 サ ン・ フ ラ ン シ ス コ に 拠 点 を お く 非 政 府 団 体、 グ ローバル・エクスチェンジ ( Global Exchange ) のメキシコ部 門担当者との会談に基づく。 * 12   上 述 の「選 挙 プ ロ セ ス の 評 価 に 関 す る 市 民 会 議 」 も、 八 月 二 五 日 発 表 の「部 分 的 」 再 集 計 の 結 果 に 関 し て 同 様 の T E P J F 批 判 を 発 表 し て い る( Comunicado de prensa, 27 de agosto de 2006 )。 ◉参考文献 Alianza Cívica (2006 ) Construcción de indice de transparencia

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  ― ― (1989 ) Democracy and Its Critics. New Heaven: Yale University Press. Domíguez, Jorge I., and Chappell Lawson, eds. (2004 ) Mexico's Pivotal Democratic Election: Candidates, Voters, and the Presidential Campaign of 2 000

. Stanford: Stanford University

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参照

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