9 死因贈与
モ デ ル
Aは、生前、子のBに対し、自分が死んだときは全財産をB に与えたいと言っており、Bとともに法律事務所を訪れ、公正 証書遺言をする準備をしていました。しかし、公証人役場に出 向く直前にAが死亡してしまったため、公正証書は作成されま せんでした。Aの生前の意思を証明できる資料は、弁護士がA とBから希望を聴き取った際のメモだけです。法
務
1 死因贈与の意義 死因贈与は、贈与者の死亡によって贈与の効力が生じる契約です(民 554)。 死因贈与には、その性質に反しない限り、遺贈の規定が準用されま すが(民554)、死因贈与の方式については、遺贈に関する規定の準用は ないものとされています(最判昭32・5・21民集11・5・732、判タ73・51)。し たがって、自筆、公正証書等の遺贈の方式による必要はなく、そもそ も、その合意内容が書面化される必要もありません。 そのため、口頭による死因贈与も可能です。一般にその立証は事実 上難しいといえますが、本モデルでは、A・Bがそろって法律事務所 を訪問しており、弁護士のメモが残されていますから、死因贈与契約 が認定される可能性があるでしょう(東京高判平3・6・27判タ773・241参照)。 2 死因贈与契約の撤回 死因贈与には、その性質に反しない限り、遺贈の規定が準用され(民554)、遺贈はいつでも撤回ができるとする民法1022条も準用されます (最判昭47・5・25民集26・4・805、判時680・40)。死因贈与においても、遺 贈と同様に贈与者の最終意思が尊重されるためです。なお、この撤回 権は、贈与者本人のみが行使できる一身専属的な権利であるため、相 続人へは承継されません。 ただし、負担付死因贈与契約については、贈与者による一方的な撤 回が認められるのは、「やむをえないと認められる特段の事情」がある 場合に限定されています(最判昭57・4・30民集36・4・763、判時1042・96)。 民法550条は、書面によらない贈与は撤回できるとしており、この撤 回権の方は一身専属的なものではありません。書面によらない死因贈 与についても、下級審判例は民法550条の適用を認めているものがあ り、贈与者の死後、贈与者の相続人や相続財産管理人による撤回が認 められた例もあります(前掲東京高判平3・6・27、横浜地判昭37・7・28下民 13・7・1581、判タ135・99)。 3 死因贈与執行者 死因贈与においても、遺言執行者に関する規定が準用されるため、 死因贈与執行者の指定・選任が可能です。なお、執行者の選任等につ いては、モデル61を参照してください。 そして、死因贈与執行者は、執行に必要な一切の行為をする権利義 務を有しますから(民554・1012)、例えば、相続人が相続登記をして受 贈者に対する死因贈与の登記が妨害されたような場合には、死因贈与 執行者が相続登記の抹消登記手続などを請求できるとされています (東京地判平19・3・27判時1980・98)。 また、後述のとおり、公正証書によって死因贈与契約書を作成し、 死因贈与執行者を指定しておくと、相続人による協力がなくても、執 行者による死因贈与の登記申請が可能となります。
税
務
1 相続税の課税 死因贈与は、相続税法上、遺贈に含まれるものとされており(相税1 の3一)、死因贈与と遺贈は、相続税法上は同じものとして扱われます。 死因贈与による財産取得時期は、相続・遺贈と同様に相続の開始の 時とされています(相基通1の3・1の4共 8)。死因贈与による受贈者は、 相続開始を知った日の翌日から10か月以内に相続税の申告・納税を行 わなければなりません(相税27・33)。 受贈者が贈与者の一親等の血族(その代襲相続人となった直系卑属 を含みます。)及び配偶者以外の場合、相続税額が2割加算されるのも、 遺贈と同様です(相税18)。 2 不動産取得税 以上のとおり、相続税法上は、死因贈与は遺贈とほぼ同様の課税が なされます。 しかし、不動産取得税に関しては、遺贈と死因贈与とでは扱いが異 なります。相続人に対する遺贈は非課税となるのに対し、死因贈与の 場合は相続人が受贈者であっても課税されます。 不動産取得税は、形式的な所有権移転については非課税とされてお り、「相続(包括遺贈及び被相続人から相続人に対してなされた遺贈を 含む。)による不動産の取得」に対する課税はありません(地税73の7一)。 しかし、地方税法上は、相続税法のように死因贈与を相続や遺贈に含 めるとの規定はなく、贈与と同様に課税されることになります。登
記
1 仮登記による順位保全 死因贈与については、贈与者が生存中であっても、本登記まではできませんが、仮登記(不登105)をすることができ、順位保全が可能で す。ただし、仮登記をしても贈与者による撤回権の行使を阻止できる 効力はありません。 その場合、贈与者の受贈者に対する「平成〇年〇月〇日始期付贈与 (始期 〇〇の死亡)」(日付は契約日)を原因とする所有権移転登記 の仮登記をします(登研352・104)。これは、贈与者の死亡時を始期とす る始期付の請求権を保全するための仮登記(始期付所有権移転仮登記) となります(不登105二)。 2 仮登記の申請手続 仮登記の申請は、贈与者と受贈者の共同申請で行います(不登60)。 ただし、登記義務者である贈与者の承諾があれば、登記権利者であ る受贈者が単独で申請することもできます(不登107①)。その場合、実 印を押印した承諾書を作成し、印鑑証明書とともに添付する必要があ ります(不登令7①五ハ・19②)。なお、承諾書に添付する印鑑証明書には 作成後3か月以内という制約はありません(登研477・109)。また、仮登 記の登記申請について承諾する旨の条項が記載された公正証書があれ ば、印鑑証明書は不要です(昭54・7・19民三4170)。 登記原因証明情報(不登61)として、死因贈与契約書などが必要とな ります。しかし、仮登記の申請においては、登記識別情報や登記済証 は不要です(不登107②)。 登録免許税の税率は1,000分の10です(登税9・別表1一(十二)ロ⑶)。 3 本登記の申請手続 贈与者が死亡した後は、死因贈与の効力が生じており、本登記が可 能となります。ただし、贈与者がすでに死亡しているため、贈与者の 相続人全員と受贈者とが共同申請する必要があり(不登60)、相続人全 員につき作成後3か月以内の印鑑証明書を添付する必要があります(不
登令16)。 この本登記の申請に当たっては、登記原因証明情報(不登61)として、 死因贈与契約書などが必要となるほか、仮登記の場合とは異なり、登 記識別情報又は登記済証が必要となります(不登22)。 登録免許税の税率は1,000分の20です(登税9・別表1一(二)ハ)。ただ し、すでに仮登記がなされており、仮登記に基づく本登記がなされる 場合には1,000分の10になります(登税17①)。 ケース 死因贈与執行者が指定されていた場合 土地の死因贈与についての契約書が公正証書で作成され、その際に死 因贈与執行者が指定されていました。この場合の登記手続はどのように なされますか。 死因贈与執行者が選任されている場合には、登記義務者である贈与者 の代理人として、執行者が登記申請をすることができます。つまり、死 因贈与執行者と受贈者の共同申請となります。 公正証書で死因贈与執行者が指定されているのであれば、その公正証 書が代理権限を証する書面となり、贈与者の印鑑証明書の添付は不要で す(不登規49②二、登研566・131)。もっとも、この場合には遺言執行者の印 鑑証明書(作成後3か月以内)が必要です(不登令16、登研70・48参照)。 一方、公正証書によらない書面で死因贈与契約書が作成されている場 合には、その契約書に贈与者の実印による押印があり、その印鑑証明書 (3か月以内の制約はありません。)が添付されていることが必要となり ます(登研566・131)。 このような書類が整っていれば、贈与者の死後、相続人の協力を得ら れない場合であっても、死因贈与を原因とする所有権移転登記が可能だ といえます。
12 贈与税の配偶者控除
モ デ ル
夫Aと妻Bは、婚姻期間が20年以上経過した夫婦です。居住 用不動産に関して、贈与税の配偶者控除があるとのことなので、 夫Aは、自分の単独名義となっている自宅の土地建物の一部を、 妻Bに贈与して、自宅を自分と妻Bとの共有にしようと考えて います。税
務
1 配偶者控除の概要 通常の贈与税は、贈与された金額から基礎控除である110万円(相税 21の5、措法70の2の3)を差し引いた金額に対して課税されます。 配偶者に対する贈与では、夫婦の婚姻期間が20年以上経過しており、 贈与する財産が居住用不動産又は居住用不動産を取得するための金銭 の場合であれば、一定の要件を満たせば、基礎控除110万円のほかに 2,000万円の配偶者控除を受けることができます(相税21の6)。合計す ると2,110万円の控除ができることになりますが、配偶者控除は基礎 控除に先立って行われます(相基通21の6 6)。 なお、この配偶者控除の適用が受けられるのは同じ配偶者からの贈 与につき1回限りです。 2 適用要件 贈与税の配偶者控除2,000万円の適用を受けるための要件は、次の とおりです(相税21の6)。① 贈与が行われたとき、夫婦の婚姻期間が20年以上経過しているこ と。 この場合、20年以上とは、婚姻届出をした日から贈与がなされた 日までの期間が20年以上でなければなりません(相税令4の6②)。 ② 贈与された財産が居住用の不動産か居住用不動産を取得するため の金銭であること。 ③ 贈与を受けた年の翌年3月15日までに、贈与を受けた居住用不動 産(又は贈与を受けた金銭で取得した居住用不動産)に贈与を受け た者が居住し、かつ、その後も引き続き居住する見込みであること。 そして、この配偶者控除の適用を受けるには、必要書類(戸籍謄本 (全部事項証明書)、居住用不動産の登記事項証明書、住民票の写し) を添付し、その適用を受ける旨の贈与税の確定申告をする必要があり ます(相税21の6②、相税規9)。 3 取得する居住用不動産 配偶者控除の適用が受けられる居住用不動産とは、専ら居住の用に 供する土地又は土地の上に存する権利若しくは建物で、国内にあるも のをいいます(相税21の6①)。 店舗兼住宅のように居住部分とその他の部分がある場合にも、居住 用部分につき控除が認められます(相基通21の6 1⑴)。 土地のみを贈与された場合であっても、その土地上に存する家屋の 所有者が、受贈者の配偶者又は同居の親族であるときは控除の対象と なります。この場合には、受贈者の配偶者又は同居の親族の有する借 地権の底地を取得した場合にも配偶者控除の適用があります(相基通 21の6 1⑵)。 また、居住用であれば、家屋の増築についても適用が認められます (相基通21の6 4)。
4 相続開始から3年以内になされた贈与 相続開始前3年以内になされた贈与については、その贈与財産の価 額を相続税の課税価格に加算することになります(相税19①)。 しかし、すでにこの配偶者控除の適用を受けた部分については、相 続税の課税価格には加算されません(相税19②一)。 また、贈与の年に相続が開始した場合には、配偶者控除の適用があ るものとした場合に控除されることになる金額に相当する部分が加算 対象外となります(相税19②二)。その場合には、相続税の申告書(期限 後申告を含みます。)に所定の記載事項を記載し、これを必要書類とと もに提出することが必要となります(相税令4②、相税規1の5)。 ケース① 居住用不動産を近々売却しようと考えている場合 夫Aは、贈与により自宅不動産を妻Bとの共有にした上で、近々自宅 不動産を売却しようと考えています。このような場合に贈与税の配偶者 控除を受けられますか。 贈与税の配偶者控除の適用を受けるには、贈与を受けた居住用不動産 に受贈配偶者が居住し、その後も引き続き居住する見込みであることが 要件となっています。そのため売却を前提とした贈与については、配偶 者控除の適用はありませんので、仮に売却するのであれば、しかるべき 期間が経過してから売却した方が無難でしょう。 なお、贈与を受けた者が贈与された資産を売却する場合は、譲渡所得 の金額を算定するための取得費・取得時期については、贈与者のものが そのまま引き継がれます(所税60)。また、長期・短期の所有期間を分け るときの取得時期も引き継ぎます。 夫婦間の贈与によって居住用不動産を夫婦の共有にしていた場合、居 住用資産の譲渡に関する3,000万円の特別控除(措法35)や軽減税率(措法 31の3)などの特例は、夫婦それぞれについて適用を受けることができま す。
ケース② 夫Aと妻Bが近々離婚しようと考えている場合 夫Aは、贈与により自宅不動産を妻Bとの共有にした上で、近々妻B と離婚し、残りの自分の共有持分については、離婚による財産分与とし て、妻Bに渡すことを考えています。このような場合に贈与税の配偶者 控除を受けられますか。 贈与税の配偶者控除は、贈与の時点で配偶者でなければ適用を受ける ことはできません。離婚する前の婚姻期間中であれば、配偶者控除の要 件を満たす以上、配偶者控除が適用されるものと考えられます。しかし、 手続上、配偶者控除の適用を受けるには、贈与税の申告の際に、贈与を 受けた日から10日を経過した日以後に作成された戸籍謄本(全部事項証 明書)、戸籍の附票の写しを添付しなければなりません(相税規9一)。贈 与した直後に離婚してしまうと、この要件を満たす戸籍謄本等を提出し ても配偶者であることが証明できなくなり、事実上配偶者控除の適用を 受けることができなくなります。 したがって、離婚直前の贈与について適用を受けようとする場合には、 この点につき注意が必要であり、離婚直前の贈与は避けた方がよいでし ょう。贈与による登記だけでなく引渡しも完了させ、それから離婚まで の間に合理的期間を置くという方法をとった方が実務的対応としては無 難かもしれません。
登
記
不動産の所有権全部を贈与する場合は、贈与を登記原因として、所 有権移転登記手続を行います。不動産の一部、すなわち、共有持分を 贈与する場合は、贈与を原因として、共有持分移転登記手続を行いま す。 登記手続については、モデル1を参照してください。贈与税の配偶者控除を受けるためには、居住用に贈与を受けた者が 当該不動産に居住し、かつ、その後も引き続き居住する見込みである ことが要件となっており、申告時には居住用財産の登記事項証明書、 贈与を受けた者の住民票の写しを添付する必要があります(相税規9)。 登記手続に当たっては、贈与を受ける者の住民票記載の住所が、当該 不動産の所在地と一致しているか、注意してください。