中国語「遮莫」「任他」等の受容と「さもあらばあれ」
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(2) 11. ご モ. 富. 古 み一. な項 恵美子. やぁ. 」. に う. 」 ね. 田. よ. な ら. 目. 任 「 等. の. 「 ハ目. ム 「. どO. さ. も. お. も. ぁ. のが多いことを示している。︵中巻 十六国語学体系本、㏄ 頁 Ⅱ 行︶ 一方、山田孝雄博士は﹁漢文の訓 讃 によりて停へられたる語法 L の なかで、 ﹁或は、漢文の訓讃の為に慣用せら れて、今日成語の如くになれる ものあり。たと へば、. 就中︵ナカンヅク︶ 加之︵シカノミナラズ︶ 遮莫任地︵サモアラバア ン︶. 作られた﹂、もしくは﹁漢文訓特 読有語 である﹂とまでは言及してい い。︶ すなむち、山田博士は﹁ さも あらぱあれ﹂が成語となった経緯 ついては漢文訓読が深く関わって いると考えておられるのである。 鈴木一男氏は﹁今日では固定訓が与えられているが、古くは必ずし 制法が一つになっていない﹂ 例と して、山田博士の右の引用部分を き、﹁就中・加之・遮莫﹂の訓の立 成は ついて考えておられる。注 ︵ Ⅰ 歌語﹁さもあらばあれ﹂と、漢文 訓 読の中での﹁遮莫﹂﹁任地﹂訓 の 語としての﹁サモアラバアレ、 ﹂は たして同じものであろうか。もし. じものであるなら、どのような経路 を通って定着していったのであ ぅか。また、それ以前に古典中国五 拍の ︵日本語の中での漢字起源の. この上は どうであろうとまま よ。 そ. 原頭送箔 侍御諸﹂. 別君祇 有相思 夢、遮莫. 干出典高 山。. ﹁杜甫、書堂飲助夜復 激辛 営 下馬月 丁賦諸口入穿野. Ⅱ 注﹂遮莫、 猶偶数 也。. ﹁ 苓参. ロ 通雅釈講﹂遮莫 猶言侭 敦也。壺 侯真也。. んならよしや。 任也 。遊楽。 唐 以来 の俗語。. ﹁遮莫ロサモアラバアン. 大漢和辞典の﹁遮莫﹂の 頃 面板十一 番一六人夏は次の如くである。. 一|一 漢語﹁遮莫﹂﹁任地﹂等の立 思味と位相. 一、漢語﹁遮莫﹂﹁任地﹂等. 詰 まで追った なも いの 。は そあ のま 上り 、 和歌に用話 い ら れ と 立 さ 試 れる にほ くど いに 語 本語におけ忌 る 古 典 中 国 語 めの一例と語 なの れ生 ば成 幸・ い定 で. れないが、漢文訓読によって頻繁に使用されることによって一まと りの成語となった﹂と読み取れる。 ︵しかしながら﹁漢文訓読によっ. 墜 別にもこれらの君が存在したかも 述べている。これは﹁漢文訓読. の如きこれなり。﹂︵第四十六 結章 諦三五八頁︶. 一 外来語としる てた のめ ﹁、 漢外 語 ﹂語 え国. た. ひ に た. 遮 「 」 莫 。 。. " 一一. ねば 。別にいだすなり。﹂として、歌語 として一まとまりで使われた も. て と. し. は な て ま. も. 引. 1. 回読 ろ.
(3) 10. 目 じく﹁遊楽﹂の 項. ぬ鶴 竪者、遮莫 郷鶏下 五更 それはそ , ヮであろうとも遮莫。. 版、一九七セ年 改訂版、中華書昼 では、﹁遮莫﹂の語義を五つに分か. ち、 次のような説明をしている。. ︵ こ猶 五保敦也。 此 ︵鶴林玉露︶説。字小作柄 莫、折末、折腫、. 折摸 、者莫 、者接 、者磨 。 n 杜甫、︵書堂 飲既夜、復 激李 尚書下馬、月. ﹁遊楽ロサモアラバア ン. ﹁ 白 、谷川 民詩口唯擬騰 々作間車、 遊楽不道使君恩。. ミ. ︶猶 元本論或 不問 也。折莫 、折 末、者廣 、者真岡。 0% 参 ︵原頭. い、ままよ。どうでもいいわい﹂と いった意味を含んでいる。︶. 以下が条件 何 になっているものばか りである。この機能に加えて、﹁ え. ない。﹂となる。挙っている用例は、全て句頭での使用例であり、遮莫. に 日本語訳をつけると﹁たとえ 1 であろうとも、えいまま よ、かまわ. 惟有詩禁不 得、. さもあらばあれ。まま ょ。 従他。 莫 遮. 同じく﹁任地﹂の 頃 口任地口 誌﹂. ﹁充填放言諸口身外功名一任他。. 五十朗次韻事 形曹病起 書 口 任地 惟痩 不勝次。. また、小川環樹博士の﹁唐詩概説 口 ︵岩波書店中国詩人選集第一八巻. 送箔 侍御︶諸 口﹁別君祇 有相思 夢 、遮莫千 山輿高山。﹂︵以下用例格︶試 ︵. が異なる。︶. 公し猶云仮知 也。者 真岡。﹁李白︵が 年行光 ﹁遮莫 枝校長百丈. じく日本語訳をつけると、﹁たとい 、 t であろうとも﹂となる。︵一︶. 同 ぬ首代多遅 往 。遮莫姻親 連帝城、不 如営鼻白箸 櫻 ﹂︵以下用例格︶︵. 不. ているが、おなじ条件 何 といっても 、その中に選択 項が 入っている点. どちらであろうとも﹂となる。︵一︶と同じく句頭での使用で意味も似. 一九0 。 へ︶では次の如く説明されて いる。︵︵︶内は古田 注。以下岡. 伍長押 ン. みに日本語訳をつけると﹁ちである か1 であるかを論ぜず 、 問わず、 任 他二 ンラン︶ タ. じ 。振り仮名は省略︶. さもあらばあれ遮莫シャバク シ︶従他 ジュウ︵ ショ ウ︶ タ ︵ジン︶ゼ ︵. の花を看るべし遮莫杏園 勝則 処、. たとい⋮⋮であってもの 義 。﹁杏園 は別の処に勝るともさもあら ぱあれ、 亦た 須からく帰りて傍杖. 帰 るを憶 う、絶 ︶。一句の初めにあっ. デ. 那須帰責 傍村花﹂宝 運 、寒食. てその 句 全体にかかることが多い。0任地の 例。﹁さもあらばあれ明 月. い、ままよ。かまわない﹂の意味が この話自体にはない。︶. ︶と同じく句頭での使用で条件句 を構成するが、︵一︶と違ってえ ﹁. の画楼 に下るを任地明月下面 楼 ﹂ ︵ 李益 、情を写す 、絶 ︶。任地をた. ︶猶云甚腰也 。 者鞍 、著大、 折真岡。﹁李白余寒女時ま ︵上略︶. ﹁下童 辞 若妻、去後悔遮莫 ?﹂︵以下用例格︶︵これは疑問詞用法であ. 面. も亦た人を動かす佳景無情弥勒人﹂︵羅隠 、牡丹、律 ︶は感情のな い. る。﹁何 ﹂にあたる。日本語訳する と﹁いかばかり﹂となる。多く句末. とい かのと読む方が原義に即する。任 是の例。﹁さもあらばあれ情無 き. 草木であるのにの意で、亦の上まで かかる。桂一字のことがある。︵. 一一. ". 僧鐘 遮莫隷農 昏 。﹂︵以下用例格︶︵日本語訳すれば﹁必要が無 い﹂とな. 得 眼帯不足、 ︶ 猶 五菓 要也 。 n 陳 博良︵ 和張蛸 モ初夏 詩光 ﹁短夜. に用いられるが、句頭の場合もある Ⅱ. 古田恵美子. 孟. 下 ﹁ 任 ﹂、﹁ 従他 ﹂略 ︶. らぱあれ﹂. また、近代中国の古典学者 張相の ﹁ 詩 詞曲語辞 睦粍 ﹂︵一九四五年初. 中国語﹁遮莫﹂﹁任地﹂等の受容と﹁さもあ.
(4) 9. 語 「 一 が. で. あ. の之 他. 各れ 多で詩 分は. て. 「任地 いら. 受. 醐あ. 仙窟 、 ヒ 三本. 寺. る. (. 四. Ⅴ @ユ た. ノ Ⅰ. る. 仙 窟 o-.. 遊 「. 写 本. の. 司|四. の. 代 としてはより古い時代の古訓を 反映しているとされる。口遊仙窟ヒ. いずれも南北朝時代に入ってからの ものであるのが残念だが、訓の. 3、陽明文庫本嘉慶︵ 一三八九︶ 点. 2、真福寺本、文和︵ 一三五一こ 点. 醍. を 見 つ. 年. の. 康. 、 遊. のものは 円万葉集目の山上憶良日 沈 病自哀文 L に書名が見えるので. 本 では上代から読まれていたらしい. ここでは醍醐寺本の例を挙げる。︵ 古典保存会影印本三十 ウ Ⅰ 索 木四セ 三行︵注 2 ご. サモアラハ ンア. イタセ : 精|神 サム. 造. 点本. ﹁サマラバレ﹂は﹁さもあらぱあ﹂ れの母音連接忌避の法則による 縮約形と考えられる。つまり、さ ﹁ ・も・あら・ ば ・あれ﹂が全体で一. おける 円 遊仙窟Lの略号︶としている。︵注3︶声点は﹁平 ・平 ・上 ・ 平櫛・平﹂である。︵ 勉誠社販二五五。 へ1Ⅰ 1リ . 一た ノれⅡ︶. 図書寮本類聚名義抄は、遊仙窟の古訓を多く引用しているが、莫 ﹁ 借﹂の和訓に﹁サマラバレ﹂を挙げ 、出典を﹁遊﹂︵図書寮本名義抄に. 訓点資料の中での使用は以上である が、訓点資料と密接な関係があ る古辞書の中に﹁遮莫﹂﹁任地等 ﹂の和訓の記述が見出せる。. ﹁遮莫﹂部分に対して、真福寺本訓 は令と右訓 ﹁サモアラ ハア ︵ 字擦り消え︶﹂、陽明文庫本は訓 とム 古ロ 訓﹁サモアラハアレ﹂がある。. 々. 性の強い語である。また、使われ た時代もかなり下り、 唐代 以後で あ る。それに対して日本で所謂訓点 資料といわれる文献は、仏典や漢 籍 ︵明経道・紀伝道︶が殆どで、口語 的な漢文に対して訓点を付けたも のは数少ない。また、時代も唐時代以後の文献に対するものは少ない。 したがって中国語﹁遮莫﹂﹁任地﹂に対してどんな訓が当ててあったの かを知る資料は非常に少ない。. 現在探せる範囲の比較的古 い時代 の訓点資料の中では一種のみ、. 例. 永一. に そ. 。. 本. は日 1. そ年. 日. l. ゴ月リブ. の 以. の. Ⅰ 亦 そ 如 ". ". 着 遮. 本代. がにの. 成俊 覚の. く. り. 詞以. 愚字 ご解 し. 便 わ. く. 古田. 使此. も. 述 ご 意味、. で あ. 」 ね 宋 は. 漢詩. 記 たるれるの. は 唐 日 時. 難よ. さも. 語は 棄教. 当. 「 壮述. |. 一|二日本の訓点資料等での 訓 み. 国. 先に一章一節で述べたよ う に,元の 中国語﹁遮莫﹂﹁任地﹂等は口語. の. (の. の. る る. の. 句. た し. 通. 味ら. 」. 遮. ⅡⅠ. あ. わ機. まご。 こ. 月白 口 。 興 と 小 こ 列居 こ性感 説で 路易. いに文俊 訳る即 語語 共 は.
(5) 8. ト からも、アクセントの滝はうか らバ の一箇所であるので、一話とし. 訓 ﹁サモアラバアレ﹂については先 節 で述べたが、一方、当時には 中. 外国語である古典中国語﹁遮莫﹂﹁任地﹂等に対する翻訳としての 和. 一|三平安漢詩文への流入. て認識されていたと考えられる。後 で触れるが、和歌の中にも﹁さま. 国語を外国語としてそのまま使用す る場合があった。日本での日本人. まとまりの 語 として認識されたこ とになる。また声点が示すアクセン. ら ばれ﹂の用例が見出され、短歌 の初句・三旬 で ﹁さもあらぱあれ﹂. による漢詩・漢文製作の場である。. ヨ丈草 ピ ﹁遮莫﹂一例﹁任他﹂一例﹁後. で調べてみると、多くの例を見出す ことができる。. ﹁遮莫﹂﹁任地﹂等について 日 菅家 文 草ヒ ﹁菅家後集目日日本詰紐﹂. が 使われる︵と表記される︶もの が多い。これらは実際には﹁サマ 一 フ バレ﹂と発音されたと考えられる。 観 宿院本類聚名義抄では﹁ 遮﹂字 の項 ︵ 仏 上五八 1︶で﹁ | ︵ 遊︶. 使っている人物は菅原道真. 色色﹁遮莫﹂一例﹁任地﹂一例︶大江 堅二口︵﹁遮莫﹂一例︶大江匡衡︵遮 ﹁. 莫 ﹂にアチ キナ シ、サモアラ ハア ン﹂、﹁ 莫 ﹂字の項︵借上一一 2︶で﹁遮 莫 ︶﹂に﹁ナニカ ハスル、サモ プラハアレ﹂、﹁ | ︵ 借 ﹂字の項︵法中 セ. 莫 ﹂一例︶藤原岡光︵﹁遮莫﹂六例 ︶らである。日日本 誌紀﹂所収のも. 以下、いく っか例を挙げる。. ﹁菅家後集﹂ 四セ 0 ︵岩波書店古典 文学大系. ね紀 虚士 題新衆 之 二組 瑠璃地上水漫漫 遮莫銀河 在 碧天 腸石秋声 如読話. 四セ三 外し. 八 3︶で﹁莫| ︵ 借 ︶﹂に﹁サマラハレ﹂の和訓がある。すな ねち、﹁莫. 目木下五三丁 ウ 2︶に﹁遮莫﹂に. のだけで﹁遮莫﹂が十六例にのぼる 。︵﹁任地﹂は無かった。︶. 箭. 惜 ﹂は現存図書寮本に近いと考え も れる 原撰 本を受け継いでおり、﹁遮 莫 ﹂は増補されている。 色葉字類抄では サ の畳字の部. 対して﹁サマプラハレ 、サモアラ ハ レ﹂の訓があり、続けて﹁任他国﹂ とある。 伊呂波字類抄になると、同じ サ畳 字 ︵八巻心オ巴に﹁遮莫﹂に﹁サ モアラ ハアレ﹂とあり、やはり続け て ﹁任地 同﹂とある。. 第二旬 は ﹁銀河が碧天にあろうともどうでもよい︵地上が美しいか. 暗知泉眼遂 無 限. 訓例は図書寮 本 類聚名義抄におけ る 口遊仙窟L 古訓であると考えて よ. ら ︶﹂の意味ととることができ、 中 国語﹁遮莫﹂の条件句 なっくる機能. 以上、訓点資料及びその周辺の古 辞書の和訓を見てきた。最古の付 いだろう。﹁サマラバレ﹂という縮 細形の訓が出てくるためには﹁サモ. および意味に忠実である。. 幸枝君臣交歓 種. 秋月一朝 菊 早寒. 九月尽日、題残菊、. 応太上皇 製、. ﹁菅家文草 ヒ 四六一︵岩波書店古典 文学大系四六三がし. アラバアレ﹂という形が先にあった と 見るべきだからだ。したがって 図書寮 本 類聚名義抄の成立年代︵ 平 安 後末期︶には﹁遮莫﹂或いは﹁莫. 古田恵美子. 惜 ﹂の和訓として﹁サモアラバ ア レ﹂が成立していたことが確実で あ る。. 中国語﹁遮莫﹂﹁ 任他 ﹂等の受容と﹁さもあ らばあれ﹂. 五.
(6) 7. 見. く. で. 詠. 六. ら. 放任道一任. サモア ハ ア ラ ン 任. 三宅橘園 ︵漢語文典叢書第二巻二三一。 へ下3行から︶. アント訓ジ大 テ抵同意ナリ. 道楽. 任教任他従合 従追従 他 径数枚散位 教 故造遮莫 聴也従信鏡任従聴遮 楽焼 渠従祢 以上智サモアハ ラ. 任従ドウ ジャアラフトマトョ マ ト調ス下 皆同. サモアン ラハア. ゆ 諸蕃象. 以下 いく っか例を挙げる。. よう である。. なむち解釈に近いもの 1 よりも、 定 訓を重視する傾向が見られる。 ﹁遮莫﹂﹁任地﹂等に対しても﹁サモアラバアレ﹂の訓が定着してくる. や 難訓話に対する註釈書も大量にあ らわれる。平安・鎌倉期に較べると 室町期 以降の訓読は、全体的に翻訳 としてその文脈に即した 訓み|す. 時代が下り江戸期に入ると漢文訓読 自体の研究が盛んになり、助辞. と. に. 一1匹、江戸漢学での解釈. に. ぅ. 中国語﹁遮莫﹂﹁任地﹂等の受容と﹁さもあば らあれ﹂ 古田恵美子. 郭公鳥其 欺不敗昔文不変 沼 ︵こぞの. ととぎすの 初 声を聞いたのだから他はも い て 示唆している。日新撰万葉. な. 兄. 佳例意気 満園残 百千田 許心 錨虫 分寸猶嫌 手打看 非菅借花 衆情 老 呑 育英道歳華 閲 第四 何 は﹁残菊の香気が園に満ちていて も、放っておけ。︵どうでも いいわい︶心に銘じて︵園を︶去る﹂と第 五旬に続く。条件句を作り、. 観による。︶. 鳴 旧字 芝. も 、どうでもいい。 でもいい。︶﹂. 例は漢詩と和歌の接点の場にっ. の漢詩に翻訳する菅原道真を. 学. |. よ. と. い。︵新編国歌大観解説︶しかしな がら、それは百年もたたぬ ぅ. も. 漢 詩. あ. @@@. Ⅰ. 人 て. よ. 斯. う. ぅ. 祝. 便女. 、. さ留. 早. 然. 達. が語てに. 展し. のな 代言. 以. 当. 伝い口 っ後. る. 発. あ. 現と 伐. る. 国同で 回 に語 時 も 立値の 代唐. 化. し. の 朝. 驚外ど回. 、. く. 中. ほ ろ な 如. 胎中. に の き. 文違. 。. 持ち. 莫. べ層ち 使 」 以. もの発に. 心. 。現存する新撰万葉集伝本の漢詩 部分には室町以前の訓点が見. する漢詩人達だけの、謂わ ぱ 机上 の翻訳ゲームであったかもし. 時代には、まだ一首の和歌を一篇. 忘. 第四句の意味は、﹁季節を過ぎた 鴬 がいくらまだ鳴き立ててい. よめ 人しらず﹂. ね歌の方は古今集夏の部所収。 歌 番号は一五九、詞書は﹁題し. 遮莫 残鴬舌尚多. 窓開 側 夏隣 聞処. 郭公暁 枕駐声過. 去歳今年不変 何. ふ るしてしほととぎすそれかあらぬ かこゑ のかはら ぬ︶. 去年 2頁. 大 き. 詩 と. う. 』こ のの. の. 中国語 ﹁任地﹂の意味に合っている:. 因. 次の 例は菅原道真の撰とされる日新撰 万 葉菜﹂のものである。︵新編 歌. 63 基 鳴. ら. 64 う. 漢ず尚. ぅ. よ. ど. られ中葉 れな ない.
(7) 6. ほ ついて、いつごろからあるのか、 散文での使われ方と和歌の中での. 使われ方は同じであるか、等の間 題 ほ ついて考えていきたい。したが. って、まず古い散文の中での用例と 、和歌の中での用例に分けて考察 を 進める。. ニー 一平安散文での使用. ﹁さもあらぱあれ﹂がいっごろから存在したかを見るために、平安. 代の資料から検討して行く。主伐には用例が存しない。︶. 、多かれ少なかれどの資料 平安時代の和文を資料として考える 場ムロ. もち. く. あ. もあノ. (. 七. な に. 進. い. 一任徳教. もあるのが、写本の問題である。現在 平安文学とされているものも、. どは室町以後の写本もしくは 古 活字 本 くらいしか残されていない。. かしながら、現在のところ、平安時 代の和文申の和語を研究するに. これらを使わざるを得ないのである. ミ. 特に以下に何としてあげる同字 津保物語 卜 ﹁かげろふ日記 ヒは 写本. 問題があることは夙に指摘されて いるところではあるが、. め た. ばあれ﹂についてはこれら以外に用 側 がなかったので、以上のよ う. Ⅰ 一. た 」. 用例物語. よ. の君. こと. え. 「. とみ. こま. 11. 点ま従っ. ,|. な点 いな. か保. 、. す. に本. 読. あ. 凡のか. 任従. 時. し殆に. は. に. 念頭. 大て. 少 額. 宇 津. 例話く れな. 句. て. な く. ら. ・. な. な. ⅠⅠ. ら. 遮 /. 二. れ. 釈 一日. 任地遮莫. 多司. | 事 ナ和 と し. 数間. ぱ. 他を. け て. -か 了了 ノ. (以下用例格). 田. 、. 避尚. 6. 読黄. 一 三二。 ト. ズ. レ、. カ 古. も し. 下. へ上. ズア、 ムさ. 「 も. こ と. へ 一 フ、. バ、. と月り し 々 い. リ. オ 上. 十. あ. 九 ニ カ. を 」. ム. 四 来 サモアラバ. キ ズ. /Ⅰ 訓ム. の参. ノ. 儲教. 「遮莫」. 番一. 宋サ、 青サⅡ. モ、 ア、. /. みと. らばあ. ヅ モ る ノ. 言寿. 」 ね. ト. ア ‥""i. 三 正二. / 。 フ. 本" と レ も. 箇イ き. ト. と. あ. ラ 容. 漢 (. 意俗 ナ語 しば. 次 "/ 一 き五. 典 リ -"セ テ. バ訳 れ と. て. 荻 二 口口. き約. 章で は和 中国. 口口 き先 ヰ口. ' セ 上. 訓以. ニ. ヲ. いの上. 縮の以 て. ま. 託. 来俗 歴 諸君 つ. はそ 見.
(8) 5. の. は. 等. 日. 一 口 己. -. 」 他 中. 子. O 五. も. 典 文. 学人. も. などい へば、 ﹁さもあらばれ、いま はなをしかるべきみかは﹂など ぞ ﹂ たふる 。. おもわくなどかまっておられる 身 でもないから。﹂とし、名義抄﹁遮莫﹂. ﹁ままよ、どうとでもいいたい人に いわせておこう。今はもう世間の. 石山詣での最後の部分である。 明 らかに会話文である。大系本注は. ﹁さもあらばれ﹂の形で使われてい る。. あ 。. 拝. ませ. 気. ( レ. 旧古. と も. 。. さ妻いる 頁. さ 「. と. これかれあっまりて、﹁せ かみにさ てなどがひさは ぎ けること﹂. 占. る本 っ の. 波 書 店. ら. いい 部. ( 岩. がめ 一向・. 語 と. ば. 「 保. 必もで発心) 要. う. の. しなあ も. か. な話なを ぃ物. ろ ふ. ザ. ら. ら. る意 な ち. が. 表 えな. 宮津 宇 ( 者. えいつ る 。 心のつ 宮と |. ぱ中. しな. をみ 地味か. 2. 考ぃ. 一中ひん. で て 3. ・Ⅰ @ ノ. の項をひいた ぅ えで﹁明らかにこの 当時の口語﹂と注している。﹁さも. あらぱれ﹂の﹁ さ ﹂は﹁ せかみに さてなどがひさは ぎ けること﹂を 指 しており、﹁遮莫﹂と関連づけなく ても解釈できる。. また、昔の縮約を起こしている 事 から既に成語となっていた事が ぅ かがわれる。. セ 七頁 ︶という箇所がある。この箇所を﹁ さ. 尚 、かげろふの日記に﹁いっしかみせんとありしもさもあらばも 、 やみなんかし﹂︵大系本一. もあらばれ、やみなん﹂と解する 説 もある。. 4 和泉式部日記岩波書店 旧古良文学大系本四四五頁. ﹁⋮あまり幼 きこえさせ給はねば﹂ などにくみあへるに、 御心い. とっち ぅ おぼえ給ふ。さもあらばあ ね、ちかぅ だにみきこえ じとて。 ﹁ 御 むかへに﹂ときこえさせ給へれ ば、 御せ ぅ との君だち﹁女御 ど. のの街 むかへに﹂ときこえたま へぱ、さがほしたり。. ﹁さはれ﹂とする木もある。︵京都大 学 威応永十一年木︶. ほぼ最後の場面で北の方が出て行 ナ﹂ ぅと 心を決めるところで、 心話 部分である。﹁さ ﹂の内容は﹁⋮あ まり 物 きこえさせ給はね ば ﹂をさす. と考えられる。﹁宮が北の方の所に あまりいらうしやらないのならば、. えい、もういいわい。︵自分から 出 て行こ う。︶﹂の意味と解釈できる。. この場合も﹁遮莫﹂と関連づけなく ても解釈できる。. 平安和文資料では他に﹁伊勢物ヒ 語 ﹁和泉式部日記 Lにも用例がある. が、いずれも和歌で使われているの で次節にゆずる。. 以上平安散文で使われる﹁さもあら ばあれ﹂について見てきた。. ﹁さもあらばあれ﹂は言葉そのもに の条件句の要素を含んでいる。 実際の使われ方を見ると、さ ﹁﹂の指す内容が﹁さもあらばあれ﹂の.
(9) 4. 前にあり、しかも﹁あらば﹂という仮定の言葉であるにもかかわらず、 もう既に起こってしまっている 事 である場合に使われている。構文の 上 では﹁遮莫﹂が句の最初にきて、 句 全体で多くは仮定の条件 句を 作. セ︶二月蔵人歌合一︵ 新偏国歌大観以下 天暦一一年 ︵九五. 自らの運命を積極的に選んでいるよ ぅ で、意味の上で ズレ が見られる。 2. あはす. 天暦 一一年二月蔵人所の衆ゆふぐれとぃふことをだいにて. 特に出典のな い場八口同︶. あることは︶も う どうでもいいわ い。ままよ﹂という気持ちを主に 表. るのとは異なっている。しかし 意味の上では﹁ちであろうとも︵ ちで しており、全体で一つの感動詞的な 使い方である。﹁遮莫﹂と表す気持. ゆめにもみてむはなはあくまで. はるの のふぐれさまら ば れ. ひぜ のぞうきむ まさ 左 う つつまの. ちにおいては通じていると考えられ る。 下話もしくは心話 であり、当時 既 語の位相では、以上四例はすべて ム に 口語だった事がはっきりとわかる. 趣 深かろうが︶ど うだっていい。 花だけを飽きるま ﹁春の夕暮は ︵. ないがしろ. 二 一二九. で見ているのだ から﹂の意か 。歌の発想としては菅家 後集 470 、日新. また、和歌と違い、音数律に縛られ ないにも関わらず、﹁さもあらぱ. 恋. ね﹂﹁さまらぱれ﹂の形もあるので、 一まとまりの連語意識が存在した. 第四帖. 撰 万葉集﹂での ﹁遮莫﹂の趣に似ている。が、条件句は構成しない。 円古今和歌六帖 ヒ. よしのがはよしのかはれよさも あらばあれ. せになる ふちはなくはこそあらめ. ﹁ さ ﹂の示す内容は﹁かはれ よ ﹂であろう。即ち﹁吉野川の川筋が. に似ている。読みは三旬に用いてい. 岩波 旧古典大系本四二二人. 若 しおもはは. た びゃく人はさもあ らぱあれ. 口和泉式部日記L うちすてて. またなきものと. この例は条件句は構成しない。ほ ほ ﹁どうでもいい﹂と同義である。. 散文口語における使われ方に近い。 和歌とはいえ、日記の中で口常語. 4. つ るので﹁サマラバレ﹂であっただ る,。. 内容が仮定であるところ、﹁遮莫﹂. 変わるのなら変わってしまえ。 交 わ ってもかまわない﹂の 意。﹁さ ﹂の. 3. ことも確実である。. ニー三和歌での使用状況と意味. へ五行︵ 円 新古今和歌集 L ﹁伊勢物語L 工 八五段岩波旧人系本一四 セ 。. ね歌での初出 側 は﹁伊勢物語 ヒ であ る 。 1 一 一五一︶. 女 、﹁いとかたはなり。身もほろび なん。かくな せそ ﹂とい ひけれ ば、 さもあらばあれ. 思ふにはしのぶることぞ まけに ける あふ にしか へば. 顕昭 本 では﹁さもあらぱあらなん﹂ となっている。音数律からして おそらく、﹁サマラバラナン﹂と読 んだと考えられる。 ﹁ さ ﹂の内容が一首の中には明示さ れない。多分、﹁身もほろぶ ﹂ こ. 見られる。﹁あふにしか へば﹂が 仮定 条件 句 になっており、﹁遮莫﹂ @. として使われているからであろう。. となのであろう。﹁会う事さえでき ねば 死んでも構わない。﹂の意味 と 似てはいる。しかし、﹁放っておこ ぅ ﹂の意味に近い﹁遮莫﹂と違い、. 中国語﹁遮莫﹂﹁任地﹂等の受容と﹁さもら あばあれ﹂古田恵美子. Lu 4@@..
(10) 3. 集. 仁仕. 受. の. 「ん. を. い い. 恋五九三四︵拾遺抄三五三︶ いきてか ひねき物思ふ身は. ﹁ひたぶ るに死なば﹂で仮定条件を示し、﹁ それはそれでもいい﹂ の. かへし. 意 。但し、 ﹁なにかは﹂で条件句の結びが完結 しており、ここでは独立. 六八四. ょはのけしきはさも あらばあれ. 恋. して、感動 詞的に使われている。 ﹁後拾遺集﹂ むばたまの. 人の心の春日ともがな ﹁︵あなたの心さえ春の日のようにワ ,ららかならば︶他の事はどうで もよい。夜半の気色などどうでもよ い。﹂形式的には条件 句 ではないが. 7. わ. 意味の上では右のように解釈でき る。三旬なので読みは﹁サマラバレ﹂. 「構は. 悪ふ. 不二五三 恋. い. る 」 」ければって. 江匡房と. 弟子なりけるわ もはの、おやに具して人のくにへ ぬ からさま. ﹁詞花集﹂. はで容. 内. みれ. も. 。 い. と. 0. 最厳法師. 出示徳院 に百首歌たてまつりける 時. 月すむ秋もさもあらぱあれ 肩﹁ すむ秋﹂も橘の花の薫る夜に較べたら︶どうで ﹁︵人々が愛でる. 五月雨にはなたちばなのかを る 夜は. ﹁千載集 L セ 首歌めしける時、 花橘の歌とてよませ給づける 崇徳院御製. 貫一 六百. ﹁︵春で身にしみてよいと思われる はの 曙の空のみで、人々がほめた たえる桜の花だって︶どうでもよい ことだ﹂の意。. ただ身にしむは曙のそら. はるのうたとてよめる藤原委 通 朝臣 春はなほ はなのにはひもさもあ らばあれ. 托日千載集﹂春田. ﹁それはそれで構わなぃ ︵許す︶﹂意 の。. そりはてぬるかやかたをのたか. みかりののしばし のこひはさもあらばあれ. ていひつかはしける. にとてまかりけるが、 ひさしくみえ侍らざりけれ ば、たょ りほ つけ. 9. と. 置. 倒. 子. て. 赤染衛門. が. 」。 怠. O. 誌 そ の. い こ. 。. い出 レ. 甲 A も. ﹁後拾遺集﹂雄山八一二 一八かへ し 8 さもあらぱあれやまと心しかし こくは. バ. は. なの母. 穿. 恋 ほそぢにつけてあらすばかり ぞ. う. い出の か 」 が 乳た の悪の の て. 「 も. 勅撰集では 円 拾遺集 ヒが 初出である 。以下八代集の用例をあげる。. c-,. ︵本文は新編国歌大観による。︶. 拾遺. ひた ぶるにしな ばなにかはさもあらば あ れ. Ⅰ。. サわ乳乳お 11. 嚢. 芭 つ. 日 さ. 一 匂 の. 5. い 6.
(11) 2. 花 片仕 「. 他 」. く. で. 有 Ⅰ. コロ l二. 家. 美 子. な. 身. れ る理 した. 源 定ま. 一局. 構と わ続 の. な定統. り. が. ね. 大網. し. 縁て 朝参. 恵. し連. く. 俺酪性 一コ. く. 薄着で使. 五段 よ. 江 戸. カ. …. るは多な. な. 本歌 い場 類語 。 で あ れ. り. も. あ. と し と. 占. れ. 「ム人. /Ⅰ. 一 あ と も し. 三五 口口 &==,. えのも的. もは. 私. をのよ. も. は. 田. 伊 「 考. 四. さ も Ⅴ @@. ま た と. 意。 せ呆. B-,. 「 」. 意は. の の. 。. 勅 後援 係 代集. し 受 容. し例多. の. し. の 関. 』 と. かはい 』 等. 田. のず荷 柴 円. に鹿. の. わ ぬ遮. も よ い. 12 13 い. r ( 一 」. 14. 花「 の化 てら でし 倒 し入 、 て なく 代 国 五 中. 古 い用例は﹁さ ﹂の示す内容がはっ. 和歌における﹁さもあらぱあれ﹂に ついていくつかまとめをしてお きたい。 A 意味および用法について. きりしており、日本語﹁さもあ もは﹂にそれぞれ意味があり、﹁ち ︵. ということであるなら︶それでも うよい﹂と条件 句 のついた使われ方. であるが、詞花集以後は条件 句 のあるものは非常に 稀 となり、同時に. 歌語として多く使われるようになる 。意味の上では、古いもので中国. 語 ﹁遮莫﹂﹁任 地﹂と関連づけなく ても解釈できるが、趣は似通ったも. ば のが見られる。詞花集以後のものは ﹁︵何かより大切なものさえあれ. ﹁千載集ヒ一セ六 以前は初句もしく は第三旬 で. そのことは︶どうでもいい。構わな い。﹂の意味合いで成語として使わ れるようになる。 B 読みについて. っかわれている。また、﹁さまらば ね﹂の形のものもある。和歌の音韻. えぱ 変化全体のなかで考えるべき問題で はあるが、この語に限って舌口. ﹁さまらぱれ﹂と読まれていた事が推定できる。先にあげた図書寮 本. 類聚名義抄、色葉字類抄、かげろふ 日記の例も傍証となる。. C 散文で口語として使われる﹁ さ もあらばあれ﹂との違 い 散文では. 完全に口語であり、﹁遮莫﹂﹁任地﹂と殆ど無関係と考えられたが、 和. 歌の方、特に使われ初めのものには 却って﹁遮莫﹂﹁任地﹂の趣に近い. ものが見られる。和歌の﹁さもあら ばあれ﹂と散文の﹁さもあらぱあ. 意 ね﹂は全く別物とは 舌白い切れないが、和歌の方が﹁遮莫﹂﹁任地﹂の. ついて、二章で和語﹁さもあら. 味 に近い意味で使われているよ う に思われる。 三、まとめ. 一章で中国語﹁遮莫﹂﹁任地﹂などに. ぱあれ﹂について別々に考察して きたが、本章において双方をまとめ て概観したい。.
(12) 中国語﹁遮莫﹂﹁任地﹂・等の受容と﹁さもあ ら ぱあれ﹂. 古田恵美子. た. 意が」 しかて. ﹁遮莫﹂﹁任地﹂などは中国 唐代以 後の口語であり、多分﹁遊仙窟﹂. や 唐詩、特に白居易などによって 日本に伝わったと考えられる。 そ し て菅原道真をはじめとする漢詩人 たちが好んで使っていた。しかし、. これら﹁遮莫﹂﹁任地﹂などに対し て ﹁さもあらぱあれ﹂もしくはその. う. ︵注4︶. ︵注2︶ ︵注3︶. ︵注,・・︶. 不十分なところもあるが、中国語、 翻訳語としての和訓、和語の関係 を、わずか一つの例ではあるが、 明 らかにしたりもりである。. が平安後期以降、訓読や和歌に使われるようになったためと推察した のである。資料の少なさと、特に和 文資料の質の悪さによって実例に. て考えてきた。訓読話かと考えられてきた語が同時に歌語である事情 に関して、平安中期に和語の口語として存在した﹁さもあらばあれ﹂. などの訓読話である﹂と意識されることもでてきたよ うである。 拙論では中国語﹁遮莫﹂﹁任地等 ﹂と和語﹁さもあらぱあれ﹂に つい. ﹁﹁遮莫﹂﹁任地﹂等は必ず﹁サモ フア バアレ﹂と訓む﹂と意識される ようになる。これは後の江戸期の漢 字書に見る通りである。 また、右の定着後、逆に、﹁﹁サモ プラハアレ﹂・は﹁遮莫﹂﹁任地﹂. 一方、平安後期・院政期以降、訓読 が機械的になっていくとともに. と. 母音忌避法則による縮約 形 ﹁さまら ばれ﹂の訓の確 側 が見られるの は 平安後期からである。. こ. 詰朝. る. 影は. の歌 中あ. し. が. 一方、和語﹁さもあらばあれ﹂の 五叩は、平安中期頃とされる﹁手淫 傑物語﹂等で既に会話文の中に出 現するので、当時の口語であった ナ とがわかる。また、﹁かげろふ日記 ヒで ﹁さもあらぱれ﹂の形が出てく るので、ある程度一まとまりの 語 としての意識が在ったと思われる。 そして条件 句 に関係なく使われて いることから、この時期において﹁ 遮 莫 ﹂﹁任他 ﹂の翻訳語と考えるには 無理があり、これらの中国語とは 虹 関係な和語として存在したと考える のが自然である。 言い換えれば、中国語﹁遮莫﹂﹁任 他 ﹂などに対して﹁さもあらぱあ ね ﹂という和訓が成立し、その語が和文の中で使われたと見るよりも、. Ⅰ よでに﹁ 斗せ b丼 セめや はつ の *ドたル ﹂と ハスノ 五咀が平安中期までに和語の口語と し てあり、それを﹁遮莫﹂﹁任地﹂ な どに対する和訓として採用したと 考. える方が 、 残されている実例と待ム口すス し。 平安中期から﹁さもあらぱあれ﹂は 和歌の中にも見いだせるよ う に なり、特に院政期からは盛んに 使 われている。これは﹁遮莫﹂﹁任他 ﹂ などが日本で漢詩文に よ く使われ、 漢文訓読の発達に伴って 、訓み よ や Ⅱ @ Ⅰ り 、 定着した ぅ えに、朗詠も盛んにな り、 声に出して読まれ耳にする 機ム云 一ま. が 増えたためではなかろうか。 和 歌での使われ初めにはまだ条件 句の. 用法が残っていたが、盛んに使わ れるよ う になった院政期から、. とまりの成句として、﹁どうでもよ い、構わない﹂の意味で使われる ょ う になる。. ら. 響慈 歌が 円 資し 口あ 語あ そ 料て 語れ と る し ぱ. の. 残.
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