日本労働研究雑誌 1 20 年前には,自分が何をしていたのか。特集 にちなんで自分を振り返ると,最初の著書である 『学校・職業・選抜の社会学』を執筆していた頃 である。この本は,1980 年代後半のアメリカ留 学時代の博士論文をもとにしたもので,論文自体 は,日本を比較対象に,アメリカにおける若者の 雇用問題の発生メカニズムをあぶり出すという意 図をもっていた。当時はまだ,「school to work transition 学校から職業への移行」という言葉も日 本ではほとんど使われていなかった。日本労働研 究機構(当時)による,高校生の進路に関する追 跡調査の報告書が刊行され始めた時期でもある。 この本と前後して,英語でもいくつかの論文を 発表した。著者としては,個人ベースのアトム化 された市場で行われる交換や,個人間のパーソナ ル・タイを通じたジョブマッチングと,組織間の 関係が介在する制度的リンケージとの対比を通じ て,労働市場の構造を社会学的に解明するという 意図をもっていたのだが,今から見れば,実績関 係や一人一社主義といった日本型システムが高校 から職業へのスムーズな移行をたすけていること に着目した一連の研究は,ことに海外では,日本 賛美の研究として読まれすぎたかもしれない。 90 年代前半までは,「スムーズな移行」という 枠組みがまだ通用した。そこに変化が起きたの は,高卒無業者の増大が目に見えるようになって からである。東京の高校をフィールドに調査を行 い,それをもとに東大教育学部紀要に発表した論 文「進路未決定の構造」(1996 年)は,おそらく この現象に最初に注目した実証研究のひとつでは なかったかと思う。「スムーズな移行」の変調が 研究者の関心を集め始めるのである。 90 年代後半以後,日本労働研究機構を中心に, 「無業者」や「フリーター」の析出メカニズムを 探る研究が精力的に繰り広げられていった。雇用 市場の変化や,若者たちの意識の変化などと関係 させつつ,「スムーズな移行」を支えてきた制度 が,時代の間尺に合わなくなったという認識か ら,制度の谷間に落ち込む若者の雇用問題が注目 されるようになったのである。そこに「ひきこも り」や「ニート」といった自立をめぐる「若者問 題 youth problems」と重ねあわせて雇用の変化 をとらえる視線が加わり,雇用問題は若者問題の 中核を占めるようになった。 00 年代後半に入ると,小泉構造改革の影響や, 「格差」の顕在化,08 年秋以後の世界的な経済危 機の影響などが重なり合い,「ワーキングプア」 や「ネットカフェ難民」「派遣切り」といった, 貧困や不平等の問題,あるいは少子化の問題と関 連づける研究が増えていく。若者の雇用の中で相 当数を占めるようになった非正規職が,いわば常 態となる時代を背景とした変化である。 この 10 年ほどの研究の変化をあえて単純化し てみれば,若者の心や人間関係の問題をクローズ アップしようとする心理学や精神医学からのアプ ローチと,労働市場や雇用制度の変化といった構 造問題に注目する経済学や社会学からのアプロー チ,さらには,家族や学校といった社会化エー ジェントの変化に着目する研究とが,若者バッシ ングや若者擁護の言説と重なりつつ,若者問題と いうアリーナの中で,若者の雇用問題の解明に 与ってきたといってよい。 労働需給の変化に伴い,職業への移行の変調が 問題となるのは,日本の場合,移行の期間もその インターフェイスもごく限られた局面しか持た ず,やり直しが難しいからである。しばしば指摘 される,新卒一括採用の桎梏である。それも就職 活動の早期化・長期化により,教育を犠牲に成立 している。そのコアの部分はいっこうに変わらな いまま,移行の過程での漏れが大きくなること で,市場の柔軟性を高めるという皮肉な結果に なっている。 人が育ち,変わる過程を含め,社会全体として 若者の transformation(変態,脱皮)をいかに保 障・補償するのか。もはや transition という,方 向性を定めた視点自体が時代の間尺に合わなく なっているのかもしれない。 (かりや・たけひこ オックスフォード大学教授)
20年を振り返る(PDF:136KB)
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