戦後の谷崎潤一郎 : 新資料に寄せて
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(2) (120) 戦後 の谷崎潤一郎. 狐 の湯 ﹄ の ロー ザ は、 オ ー ス ト ラ リ ア人 の ピ ー チ ェ. 白 日夢 ﹄ の ド ク タ ー は益 田隆 、 ﹃ 嬢 役 な ど で出 演 。 ﹃ 白. 、 0 ﹁ 楽 屋 のお も かげ ﹂ 翁中 央 公論 ﹂ S 0 4/ 1︶ によれ ば. 色 々と︾ ︽ な ど、 ︽ 相 談 ︾ に応 じ た よ う であ る。 丸 尾 の. て いた と の こと であ り、 谷崎 の ﹁ 観 客 にな って楽 し み. 谷 崎 は ﹁こ の次 には脚 本 を書 い て演 出 す る よ﹂ と 言 っ. 第 二部 は ﹁ 残 酷 物 語 ﹂ と 題 さ れ、 む ち ・血 の酒 宴 ・. た い﹂ でも、 ︽乗 り出 し て、 演 出 ま で引 受 け てみ た い. ス ・ブ ラ ウ ンが演 じ た ︵ 写 真 1︶。. 恋 の歌 ・め く ら と アベ ック ・ド ラ ムと ド ラ ム ・洸 惚 ・ 春 風 の いた づ ら ・恋 と 私 ・ト ラ ン ペ ット は浮 気 も の ・. と 以 外 、 分 か ら な いが 、 丸 尾 長 顕 の ﹁ 夢 中 で迎 え る七. も も 切 り魔 の ク シ ャミ ・楽 し い ス テ ップ ・血 に飢 え た. 周 年 ﹂ によ れ ば 、 ︽ヌ ー ドを フ ロント の穴 へ突 落 す こ. 1. グランド0フ ィナー レ。中央 ピーチェス・ ブラ ウン。 その右,益 田隆。. リ エを ︽思 う存 分 踊 ら し て欲 し いと注 文 を出 し︾ た こ. そ の ︽案 ︾ の具 体 的 な 内 容 は、 こ の 一文 か ら は、 谷 内. には、 ︽部 分 的 に案 を出 し ︾ た だ け と いう こと であ る。. は ﹃白 日夢 ﹄ と ﹃白 狐 の湯 ﹄ を 原 作 と し て提 供 し た外. 谷崎 の ﹁ 観 客 にな って楽 し み た い﹂ によれ ば 、 谷崎. ド ・フ ィナ ー レ﹂ に春 川 ま す み が出 演 し た。. 、 ﹁いも 虫 ご ろご ろ﹂ と ﹁グ ラ ン 谷内 リ エ ︵ 写真 2︶. 6景 。 ﹁ ンド フ イナ ー レの全 1 洸 惚 ﹂ に谷 崎 が推 薦 し た. 男 ・いと せ め て ・花 見 ご ろも ・いも虫 ご ろご ろ ・グ ラ. と︾ や ︽グ ラ ンギ ニ ョー ル のよ う な も のを︾ 出 す こと. 写真.
(3) 光 江 細. (121). 谷 内 リエ. 2. つい ては、 不 明 の点 が多 いが、 橋 本 与 志 夫 ・石 崎 勝 久. O∪バH〓c四o 〓>rr﹄ ︵ 東 宝出 版 ・ ↓〓u zあ 〓H 著 ﹃. 1 9 8 2年 刊 ︶ に よ れ ば 、 昭 和 二 十 八 年 一∼ 二 月 の. ク ロち ゃん の愛 称 で呼 ﹁一日だ け の恋 人 ﹂ に出 演 し、. ば れ た。 そ の後 、 昭 和 三十 三年 十 一∼ 二月 の ﹁ 夜ごと. 日ご と の唇 ﹂ に六 年 ぶ り に出 演 し て、 強 烈 な 個 性 を 見. せ た、 と あ る が、 日本 では、 余 り人 気 は出 な か った よ. う であ る。 ま た、 丸 尾 長 顕 編 ﹃日劇 ミ ュー ジ ック ・. ホ ー ル のす べ て﹄ に谷 ロリ エと し て出 て いる女 性 と同. 一人 物 だ と す れば 、 ﹁日劇 M H の初 期 に 一度 登 場 し た. 谷 崎 自 身 が書 いたと の こと であ る が、 今 、 これ を確 認. 白 日夢 ﹄ の部 分 は 丸 尾 が翻 案 し て脚 本 を書 いた が、 ﹃. 白 狐 の湯﹄ は ジ ック ・ホ ー ル のす べ て﹄ によ れば、 ﹃. 丸 尾 長 顕 の著 書 ﹃回 想 小 林 一三﹄ や ﹃日劇 ミ ュー. あ る。 日本 でよ リ ア メリカ で評 価 さ れ た こ の踊 子 に、. の舞 台 に立 った。 日本 人 よ り外 人 受 け のす る踊 子 ﹂ と. ガ スに出 演 し て以来 、 名 声 高 く、 帰 朝 後 ま た 日劇 M H. いた。 シ ョウ ・ダ ンサ ーと し ては第 一人 者 で、 ラ スベ. 日 日光 浴 を し てわざ と肌 を黒 く焼 い て いると 言 わ れ て. こと のあ る非 常 に特 異 な エキゾ テ ィ ックな 踊 子 で、 毎. す る こと は 出 来 な い。 いず れ に し ても、 日劇 ミ ュー. な お 、 実 際 に谷 内 リ エの踊 りを 見 た渡 辺 清 治 氏 によ. す エピ ソー ドと言 ってよ い の ではな いだ ろ う か。. 谷 崎 が 早 速 目 を付 た こと は、 谷 崎 の優 れ た鑑 賞 眼 を 示. 梨 枝 子︶ に な お、 谷 崎 が推 薦 し た と いう 谷 内 リ エ ︵. の谷 崎 の関 心 の強 さを、 軽 視 す べき ではあ るま い。. ジ ック oホ ー ル、 お よび ヌ ー ド ・シ ョウと いう も の へ. だ った こと は確 か な よう であ る。. 気 持 も あ る︾ と 語 って い る の で、 谷崎 がか な り積 極 的. 写真.
(4) (122) 戦後 の谷崎潤一郎. れ ば 、 彼 女 の踊 り は身 の こ な し が 日本 人 離 れ し て い て、. 度 々見 ているし、小説 に書 いた こともあ 2 0。 乗 り出 し て、 演 出 ま で引 受 け てみ た い. て、 丸 尾 君 に構 成 も 演 出 も 任 せ る こと に. を 提 供 し て、 あ と は、 部 分 的 に案 を 出 し. ﹁ 白 日夢 ﹂ と ﹁白 狐 の湯 ﹂ の 二 つの作 品. 気 持 も あ る のだ が 、 今 回 は初 め てだ か ら、. 郎 ︵ 談︶. 歯 切 れ が 良 く 、 そ し て粘 り の あ る 、 見 て い て気 持 ち の い いも のだ った そ う であ る 。. み. 観 客 にな っ し. い. 日劇 ミ ュージ ック ・ホー ルは好 き で、. 崎 潤. た て. し た。. し か し 、 出来 上 った脚 本 を 見 ると、 残. 酷 な と ころがあ る の で、 あ れ は困 る、 演. 出 で柔 か く し ておく よう にと、 頼 ん でお. いた が、 ど うな る こと か と心 配 だ。. 谷 内 リ エは シ ョウ の踊 子 と し ては異 色. の あ る 存 在 だ と 思 う。 一番 ミ ュー ジ ッ. ク ・ホ ー ル的 な 踊 子 だ か ら、 是 非 、 谷 内. に思 う存 分 踊 ら し て欲 し いと注 文 を 出 し. てお いた が、 それ が実 現 し た の で楽 し み だ。. ま た ヒイ キ の春 川 ます みが、 私 の作 品. だ か ら と いう の で ﹁ 白 日夢 ﹂ に出 演 し て. く れ る の は、 ま こと に嬉 し い。. これ を 最 後 に映 画 界 に入 る そう だ か ら、. そ の はな む け にな れば あ り が た い。. 白 日夢 ﹂ の ド クタ ー に扮 す 益 田隆 が ﹁. る のも 、 変 って い て面 白 いと期 待 し て い Z つ。.
(5) ミ ュージ ック ・ホ ー ル の舞 台 で演 出 され. ァ メ リ カ人 や旅 行 者 や 日本 の上 流 階 級 が主 な 観 客. ︵日本 の ベ スト ・シ ョウ は 日劇 M H で見 ら れ る。. たら、 色 々と 日劇 M H の記 事 や写真 を掲 載 し て. る か、 ち ょ っと 見 当 が付 か な いが、 今 ま. で、 い つも 満 員 であ る。︶. と にか く私 の作 品 や案 が、 ど ん な風 に. でと違 った多 少 異 色 あ る シ ョウ にな り そ. と、 紹 介 し てく れ ま し た。. のジ ャ ンルと し て のM Hが、 よく こ こま で成 長 し たも. う だ か ら 、 わ た し はむ し ろ、 観 客 の側 に. のだ と、 泌 々嬉 し く思 います。 これ も みな観 客 の皆 様. 決 し て自 惚 れ る ワケ ではあ りま せ ん が、 新 し い演 劇. 少 し健 康 を そ こね て いる の で、 舞 台 稽. のお蔭 であ ると感 謝 し て います。. 廻 って楽 し み た いと 思 って いる。. 古 に立 ち 合 え な い のが、 か えす が えす も. 長. 顕. 無 我 夢 中 の七 年 でし た。 でも、 や っと 日劇 M H の基 礎 は確 立 し た よう に思 う 国∽o>﹁>∪∪. の です 。 近 着 の ア メ リ カ の雑 誌 ま .を 見. と いう お手 紙 を も ら った ほど です。. 嫌 が い いん です よ﹂. ﹁ミ ュージ ック ・ホ ー ルを 見 た後 、 二 三 日 は 大 変 機. 公 演 御 覧 にな り ま す が、 松 子夫 人 か ら も. 先 生 は 日劇 M Hを ヒイ キ にし て下 す って、 殆 ん ど毎. 白 日夢 ﹂ です。 か せ た のが こ の ﹁. 谷 崎 潤 一郎 先 生 に御 案 を 頂 い て、 そ の第 一の花 を 開. な ら ぬと いう こと です 。. でな い日本 独 自 の ヌー ド ・シ ョウを立 派 に開 花 せ ねば. 満 七 周 年 を 迎 え て、 痛 切 に感 じ る こと は、 サ ル真 似. 残 念 だ。 * * *. 夢中 で迎 え る七周 年 寝出家の手謳 尾. と う と う七 年 と いう歳 月 が、 流 れ てし ま った。 全 く、. 丸. 光. 江 細. (123).
(6) (124) 戦後 の谷崎潤一郎. よ﹂ と、 叱 ら れ ま し た。. そ こ で、 関 西 以来 三 十 年 以上 も 親 し く し て頂 い て い る御 厚 情 に甘 え て、 御 無 理を 願 った と こ ろ、 言 下 に、. ﹁ヌー ド を フ ロント の穴 へ突 落 す こと は出 来 な いか. う な も のを と いう こと か ら ﹁ 血 に飢 え た男 ﹂ が、 そ し. と の御 提 案 か ら ﹁ 洸 惚 ﹂ が、 グ ラ ンギ ニ ョー ル のよ. あ れ に存 分 に踊 ら せ てみ た ら︱ ﹂. ﹁ 谷 内 リ エ君 は今 ま で見 た 一番 面 白 い踊 子 だ か ら、. と いう先 生 の案 か ら ﹁ 血 の酒 宴 ﹂ が生 れ ま し た。. ね ?﹂. 御 快 諾 を 得 た の で、 飛 び 上 る ほど 嬉 し く 思 いま し た。 ﹁先 生 の御 覧 にな り た い シ ョウを 上 演 し よ う では あ り ま せ んか﹂ と いう のが、 私 の提 案 でし た。 第 1部 は先 生 の作 品 ﹁ 白 日夢 ﹂ と ﹁ 白 狐 の湯 ﹂ を 中 心 に構 成 し ま し た。 武 智 鉄 二先 生 も ﹁白 日夢 ﹂ を テ レビ で放 送 す る企 画. いと せ め て花 見衣 に花 び らを. て、 ﹁ 細 雪 ﹂ にあ る. し た。 ﹁ 白 狐 の湯 ﹂ は度 々上 演 さ れ た傑 作 です が、 思. 秘 め てお か ま し春 の名 残 り に. を も って いら れ た の で、 大 い にそ のお 知 恵 を 拝 借 し ま. い切 ってM H向 き に ア レ ンジ さ せ て頂 き ま し た。 先 生. シ ョウ化 し て見 た のが ﹁ 花 見 ご ろも﹂ です。 こんな わ. と いう歌 を、 私 は大 変 好 き な の で、 そ の和 歌 の心 を. に濡 れ た肌 の美 し さ を 充 分 に出 し てみ た いと 思 いま す 。. け で第 2部 は谷 崎 先 生 に捧 げ る シ ョウと い った形 にな. は苦 笑 いし て いら れ ま し た が、 白 狐 に扮 す る白 人 の水. 日本 舞 踊 も 出 来 る マ ンボ の名 手 、 豪 州 生 れ のピ ー チ ェ. り ま し た。. 女 は こ の舞 台 を 最 後 に映 画 界 に専 念 す る そう です 。. 先 生 の作 品 と いう の で出 演 す る こと にな り ま し た。 彼. 谷 崎 先 生 が御 ヒイ キ の春 川 ます み が、 一年 半 ぶ り に. ス ・ブ ラ ウ ン嬢 を 得 た こと は、 こ の上 も な い喜 び です 。 第 2部 の ﹁ 残 酷 物 語 ﹂ は、 色 々先 生 と 相 談 し て構 成 し ま し た が、 さ て、 脚 本 が出 来 上 ってみ ると ﹁こ ん な 血 が 滴 る よ う な シ ョウ は残 酷 す ぎ て、 怖 い.
(7) 光 江 細. (125). 二 、 谷 崎 潤 一郎 と ス ト リ ップ 関 連 略 年 表. 数 え年 二十 九 歳 ︶ ◆ 大 正 三年 ◆ ︵1 9 1 4 甲 寅︶ ︵. 十 六 ︶ な ど の彫 像 シ ー ンに影 響 し たか ?. 生 き た大 理石 像 ﹂ は、 秦 豊 吉 ※キ ャバ レー の シ ョウ ﹁. 著 ﹃日劇 シ ョウよ り帝 劇 ミ ュージ カ ル スま で﹄ P l 4. 9 によれば 、 秦 豊 吉 が見 た 一九 二〇年頃 、 既 に ロンド. ンのヴ ァライ エテ ィー劇 場 では珍 し い出 し物 では な く. 金 のヴ ィナ ス﹂ と いう名 で、 女 が全 身 に金 の発 案 で ﹁. ※ ド イ ツでは、 1 9 0 9年 に画 家 フラ ン ツ ・ト ー マン. 朝 日新 聞 し. な か った の で、 影 響 は主 と し て文 献 を 通 じ た 間 接 的 な. ★ 戦 前 は、 西洋 の裸 体 文 化 に直 接 ふ れ る機 会 が 得 ら れ. 横 浜 ゲ ー テ座 し 。 升 本 匡彦 著 ﹃ だ った と言 う ︵. 映 画 に対 す る検 閲 が、 日本 の他 の映 画 館 に比 し て寛 大. ※ゲ ー テ座 では、 観 客 が外 国 人 であ ると いう 理由 か ら、. な って いた。. 粉 を 塗 って舞 台 に出 た。 彫 刻 の名 作 を手 本 にし た活 人. も の に留 ま った と 推 定 さ れ る。. ﹃ 金 色 の死︱ 或 る富 豪 の話 ︱ ﹄ 翁東 京. 宝塚 と 日 秦豊 吉 ﹃ 画 が 流 行 し た のも そ の頃 であ る ︵. 7 2 o4∼ 1 ︲. 金 色 の死 ﹄ の構 想 に影 響 す る所 が あ った か ? 劇し。 ﹃. 数 え年 六 十 二 ◆ 昭 和 二十 二年 ◆ ︵1 9 4 7 丁亥 ︶ ︵ 歳︶. 数 え年 二十 七 歳 ︶ ◆ 大 正 十 一年 ◆ ︵1 9 2 2 壬成 ︶ ︵ 2 ゲ ︲ テ座 で映 画 ﹁アナ ト ー ル﹂ 上 映 ︵ 升本 9 ●1 ※ ﹃ア ヱ ・マリ ア﹄ に よ れ ば、 映 画 ﹁アナ ト ー ル﹂ の. ただ し、 大 き な額 縁 の中 で半 裸 の モデ ルが ポ ーズ を 作. ヴ ヰ ナ ス誕 生 ﹂ が 日本 に於 け る スト リ ップ の噌 矢 。 た ﹁. 1 。1∼ 0 2 東 京 新 宿 の帝 都 座 五階 劇 場 で上 演 さ れ. キ ャバ レー の場 面 に、 大 理石 の彫 像 と 見 ま ご う裸 体 女. り、 わず か の時 間 、 幕 を 開 くだ けだ った。 翌 年 9月 ま. 匡彦著 ﹃ 横 浜 ゲ ー テ座 り. 痴 人 の愛 ﹄ 公 一 七︶ ・ ﹃ 肉塊﹄ ︵ 性 の シ ョウが出 る。 ﹃.
(8) (126) 戦後 の谷崎潤一郎. で帝 都 座 では同 種 の作 品 が 次 々 に上 演 さ れ た ︵ 秦豊吉. 、 5 人 気 を呼 ぶ ︵ 同 年 9 ●4∼ 0 1 ●2 H ●1∼ 2 同 劇. 郎 原作 ﹃ 肉 体 の門﹄ を上 演 。 半 裸 のリ ンチ ・シー ンで. カ ル スま でし。. 場 で再 演 ︶ ︵ 秦 豊 吉 著 ﹃日劇 シ ョウより帝 劇 ミ ュージ. 著 ﹃日劇 シ ョウよ り帝 劇 ミ ュージ カ ル スま でし 。 5 oH ︵ 雨 ︶ 京 都 市 長 和 辻 春 樹 の紹 介 で和 辻 夫 人 が京 大 の辻 博 士 を 谷 崎 宅 に連 れ てく る。 ﹃ 細 雪﹄ 下巻 の完 結 が 近 か った が、 執 筆 を 禁 じら れ る、 酒 も 禁 じ ら. ★ 夏 の初 め 、 高 島 屋 社 長 飯 田直 次 郎 か ら 阪 大 内 科 布 施. 症 の始 ま り。. られ ︵ 中 略 ︶ 半 年 ほど ブ ラハヽ し てゐ た︾。 ← 高 血 圧. た こ ろ、 血 圧 が非 常 に高 く な って、 医 者 に執 筆 を停 め. 翁松 竹 七 十 年史 5 。. な って、 ジ ャー ナ リ ズ ム の話 題 と な った のも こ の頃. ら全 裸 に近 い ストリ ップ を 見 せ た のは、 これ が本 邦 初. 抗 ﹂ な ど で旗揚 げ 公 演 。 ヘレ ン滝 ら が出 演 。 踊 り な が. の実 態 を 写実的 に演 出 し た ﹁闇 の夜 の手 記 ・悲 し き 抵. 3 o3∼ 浅 草 の常 盤 座 で、 劇 団 ﹁ 新 風 俗 ﹂ が街 娼. ◆ 昭 和 二十 三年 ◆ ︵1 9 48 戊 子︶ ︵ 数 え年 六 十 三. 信 良 博 士 の自 家 血 注 療 法 を 教 え られ る。 8月 の或 る 日、 0∼ 0 0。 阪 大 病 院 布 施 内 科 へ行 く。 血 圧 1 5 2 治 療 を受 け て 0∼ 8 0 と 顕 著 な効 果 数 日後 、 2回 目 に行 った時 に は、 1 2 ︲. 3年 5月 ﹁オ ー ル読 ※ ﹁ 映 画 に つい て の雑 談 ﹂ ︵ 昭和 2. れる ︵ コ同血 圧 症 の思 ひ出 ﹄ ﹃京 洛 そ の折 々し 。. が出 た の で、 昭 和 二十 四年 五 月 末 、 下 鴨 に転 居 し た頃. 物 ﹂ 谷崎 潤 一郎 ・高 峰 秀 子 ︶ で、 谷 崎 は ﹁ 今度東 京 ヘ. 歳︶. ま で、 3 年 く ら い治 療 を 続 け た。 一時 中 断 し て い た. 行 った時 、 帝都 座 シ ョウや常 盤 座 を初 め て見 た。 ﹃ 肉. ※ ﹃﹁ 細 雪 ﹂ 瑣 談 ﹄ によ れ ば 、 ︽下巻 の初 め を 書 い てゐ. ﹃ 細 雪 ﹄ 下 巻 の執 筆 も 再 開 でき た ﹁高 血 圧 症 の思 ひ. 体 の門﹄ は見 た か った け れ ど見 ら れ な か った﹂ と発 言 。. ※座 談 会 ﹁谷崎 潤 一郎 を か こむ座 談 会 観 る話 ・食 べ. で、 大 評 判 にな った。 永 井 荷 風 が楽 屋 を訪 ね る よ う に. 出し 。 4 帝 都 座 五 階 劇 場 で空気 座 が、 田村 泰 次 8 ●1∼ ︲.
(9) 光. 江 細. (127). 隆 ﹂ の こと か ?. 踊 る益 田 3 ●2 ●1∼ 3 ●2 帝 都 座 五 階 劇場公 演 ﹁. 見 た。 ハダ カ の中 ではあ れ が 一番 いい﹂ と 発 言 。 S 2. 都 で見 た が面 白 か った。 帝 都 座 は、 この間 益 田 隆 のを. 体 の門 ﹄ の芝 居 は、 空 気 座 ではな くイ ンチキ な のを京. 肉 昭和 3 読 物 時 事 し で、 谷 崎 は ﹁﹃ る話 ﹂ ︵ 2年 9月 ﹁. 犬 丸 家 ︶ には話 し てな か った。 見 に行 く こと は、 実 家 ︵. 潔 と いう感 じ が し て シ ョ ックを受 け た。 スト リ ップを. ※笹 沼 千 代 子 は、 スト リ ップ は こ の時 が初 め て で、 不. 沼 千 代 子私 信 ︶。. 6 笹 行 った こと はな いと 記 憶 し て いる ︵H 8/ 9/ 1. た こと が あ る だ け で、 松 子 ・笹 沼 喜 代 子 ・宗 一郎 と. は、 既 に行 った こと が あ る風 だ った。 ヘレ ン滝 は、 花. 美 人 だ と 思 った が、 潤 一郎 は好 ま なか った。 常 盤 座 に. ※ ヘレ ン滝 ・メリ ー松 原 と も に、 笹沼千 代 子 は と ても. ︵ 橋 本 与 志 夫 ﹃ヌ ー ドさ んし. ※常 盤 座 は ヘ レ ン滝 、 ロ ック座 は メリ ー松 原 の時 代. た女 線 ﹂。. 端 康 成 原 作 ﹃浅 草 紅 団 ﹄ と デ カ メ ロンシ ョウ ﹁覗 か れ. ※ ﹃松 竹 七 十 年 史 ﹄ によ れ ば 、 こ の日 の常 盤 座 は、 川. こ の時 、 ﹃ 少 思 い決 し た よう に言 った こと も あ った。. 浮 気 を し ても 構 わ な いよ﹂ と涙 を流 し な が ら、 子に ﹁. 勧 め てみ た が、 淡 々と 聞 き 流 し ていた。 谷 崎 の方 が松. だ。 或 いは他 の女 性 の場 合 な ら と松 子 が本 心 で浮 気 を. る人 の手 枕 か ひな く て明 け ぬ る朝 の静 心 な き ﹂ と詠 ん. ※ こ の頃 か ? 瀑 渡 亭 に起 き 伏 し す る頃 、 ﹁た のめ つ. 母 L を既 に執 筆 開 始 。. ﹃ 少 将滋幹 の ﹃ 武 州 公 秘話 ﹄ 続 編 を 止 め て、 他 のも の ︵. 5 笹 沼 千 代 子 私 信 ︶。 ︵H 9/ 5/ 2 0 ・6 嶋 中 雄 作 宛 書 簡 、 ﹁ 毎 日新 聞﹂ 連 載 物 は ︲ ︲. 客 席 は男 ば か り で、 品 が良 いと はと ても言 え な か った. 道 か ら観 客 の顔 や頭 を 撫 で て いた。楽 屋 へ行 った のは. 松子 将 滋 幹 の母﹄ の原 稿 が机 の上 に載 せ ら れ ていた ︵. 7 午 後 、 谷 崎 潤 一郎 ・笹 沼宗 一郎 ・千 代 子 で、 5 ●2. 日劇 の時 で、 こ の時 は 行 か な か った。 千 代 子 が スト. ﹁ 薄 紅 梅 ﹂ ﹃侍 松 庵 の夢 5 。 ← 老 人 性 イ ンポ テ ン ツの始. 笹 沼千 代 子 日記 ︶。 常 盤 座 ・ロ ック座 を観 に行 く ︵. リ ップ に同 行 し た際 は、 これ 以 後 、喜 美 子 と 一緒 だ っ.
(10) (128) 戦後 の谷崎潤一郎. ま り。. ◆ 昭 和 二十 四年 ◆ ︵1 9 4 9 己 丑︶ ︵ 数 え年 六 十 四 歳︶ 9 京 都 市 左 京 区 下 鴨 泉 川 町 五 番 地 に転 居 、 4 ●2. と 呼 ん で いる。 恐 ら く 日劇 小 劇 場 時 代 にも、 見 に行 っ た の であ ろう。. ◆ 昭 和 二十 五年 ◆ ︵1 9 5 0 庚 寅 ︶ ︵ 数 え年 六 十 五 歳︶. 次 郎 先 生 の春宵 対 談 ﹂ 掲 載 。 自 ら のイ ンポ テ ン ツを仄. 4 ﹁ 主 婦 の友 ﹂ に ﹁ 文 豪 谷 崎 潤 一郎 先 生 と石 坂 洋. 月 ま で こ こ に住 む。. め か す 発 言 あり。. ﹁後 の瀑 渡 亭 ﹂ と 呼 ば れ る。 以 後 、 昭 和 三十 一年 十 二. ※潤 一郎 は下 鴨 の瀑 渡 亭 時 代 か ら、 よく スト リ ップ を. ◆ 昭 和 二十 六年 ◆ ︵1 9 5 1 辛 卯 ︶ ︵ 数 え年 六 十 六. 見 に行 く よ う にな った。 清 治 も 一緒 に行 く こと が あ っ た。 東 京 でも お供 を し た。 日劇 ミ ュージ ック ・ホ ー ル. 歳︶. ﹃ヌ ー ド さ んし。. 越 路 吹 雪 。 大量 の ヌー ドダ ンサ ーが出 演 ︵ 橋 本 与 志夫. 菊 田 一夫 作 ﹁モ ルガ ンお雪 ﹂ 上 演 。 主 演 ・古 川緑 波 、. 7 第 1回 帝 劇 コミ ック オ ペラと し て 2 o6∼ 3 ●2. 8/ 1∼ 2/ H︶ こ では、 奈 良 あ け みが出 て居 た ︵S 2 3 と が 記 憶 に残 って いる ︵1 9 9 8/ 8/ 3 2渡 辺 清 治 氏 直 話 ︶。 8 o0 後 の 日劇 ミ ュージ ック ・ホ ー 2 日劇 小 劇 場 ︵ ル︶ が本 格 的 な スト リ ップ シ ョウ ﹁ 女 の楽 園 ﹂ を 上 演 。. 続す る ︵ 橋 本 与 志 夫 ﹃ヌー ド さ んじ 。. 緒。. ンお 雪 ﹄ を 一度 見 て欲 し い。 裸 も出 る。 松 本 四郎 も 一. 3 ●3 古 川 緑 波 か ら 谷 崎 潤 一郎 宛 書 簡 。 ﹃モ ルガ. ※谷 崎 は、 ﹃過 酸 化 マンガ ン水 の夢 ﹄ で、 日劇 ミ ュー. ※ ﹁北 原 三 枝 も 出 て い た が、 気 が 付 か な か った﹂ と. 以後 、 昭 和 二十 七 年 一月 ま で、 スト リ ップ シ ョウを継. ジ ック ・ホ ー ルを ﹁日劇 小 劇 場 ミ ュージ ック ホ ー ル﹂.
(11) 光. 江 細. (129). ﹃老 い のく り こと﹄ にあ る こと か ら、 谷崎 が見 た こと 歳︶. 数 え年 六 十 七 ◆ 昭 和 二十 七 年 ◆ ︵1 9 5 2 壬 辰 ︶ ︵. 、 ︲ o8 ︲ 大 倉 喜 七 郎 の招 待 によ り 松 子 が重 箱 へ行. が確 認 でき る。 谷崎 潤 一郎 ﹁ 芸 術 新 潮 ﹂ に徳 川 夢 声 と の対 談 ﹁. く。 志 賀 直 哉 o広 津 和 郎 夫 妻 ・福 田蘭 童 夫 妻 な ど と 一. 4 素 描︱ 芸 道 漫 歩 対 談 61 ﹂ 掲 載 。 自 ら のイ ンポ テ ン ツ. 志 賀 直 哉 日記 ︶。 座 ︵. ※潤 一郎 は起 き ると眩 量 が す る の で欠 席 と いう こと で、. を 明 言 し て い る。 5 ●2 渡 辺 清 治 と千 萬 子 が結 婚 す る。 ← 千 萬 子 と. 5 笹 沼 喜 代 子 夫 人 と 江 藤 喜 美 子 の帯 に谷 崎 が 7 ol. と 等 を 語 った 翁小 説 新 潮 ﹂ 1 9 5 5 / 7 福 田 蘭 童. る こと、 好 き な コキ ー ルや ビ フテキ が食 べら れな い こ. 源 氏 物 語 ﹄ の原 稿 が続 け にく く な ってい 高 血 圧 で、 ﹃. 蘭 童 が松 子 を代 わ り に誘 い出 し た。 松 子 は、 潤 一郎 が. コ同血 圧 和 歌 を揮 亀 す る際 、 激 し い眩 量 に襲 わ れ る ︵. の交 流 の始 ま リ. 症 の思 ひ出 し 。. ★ 年 末 か 二十 七 年 の初 め に、 伊 東 で小 児科 を開 業 し て. 3渡 辺清 治氏 直 話 ︶。 行 って いた ︵1 9 9 8/ 8/ 2. ※ 谷 崎 潤 一郎 は京 都 でも 九 条 な ど の ストリ ップ によ く. 9/ 6和 田 利 政 ﹁ 上 山 草 人 の思 い出し 。 S2. ﹁ 樟蔭文学﹂ プ oシ ョウを 見 て帰 った こと が あ った ︵. め に来 京 し た時 、 夜 、 二人 で京 極 を散 歩 し、 スト リ ッ. ミ ュージ ック ・ホ ー ルを 引 受 け る こと に な った の で、. 谷 崎 潤 一郎 に弟 子 入 り の約 束 を し て い た の で、 ﹁日劇. 人 の運 営 委 員 の 一人 に就 任 。 丸 尾 長 顕 は 大 阪 時 代 か ら. ※ こ の時 、 丸 尾 長 顕 が 日 劇 ミ ュージ ック ・ホ ー ル の五. の問バH〓 c四 o 〓>FFし 。 ︵ 橋 本 ・石 崎 ﹃↓〓国 Zあ 〓日. り咲 き、 スト リ ップ追 放 を 宣 言 し て日劇 小 劇 場 を閉鎖. ︲ 公職 追放 が解 け た小 林 一三 が東 宝社 長 に返 l 。3. ﹁ 谷 崎 さ んと生 魅 し 。. いた古 く か ら の友 人 泉 田知 武 に血 圧 を計 って貰 う。 極. 暫 く 小 説 は書 け ま せ ん ﹂ と 断 り に来 た 。 す る と 谷 崎 潤. 8 中 旬 ? 上 山 草 人 が映 画 ﹃源氏物 語﹄ 出 演 のた. コ同血 圧 症 の思 ひ出 し 。 め て高 か った が、 知 ら さ れ ず ︵.
(12) (130) 戦後 の谷崎潤一郎. 4 ・2 ●8 ※丸 尾 長 顕 の ﹁ 夢 中 で迎 え る七 周 年 ﹂ ︵S 3 2 発 行 日劇 ミ ュー ジ ック ・ホ ー ル ・ ﹃白 日夢﹄ パ ン フ. 一一 一 一 ﹄︶。. く れ る方 が有 り難 い﹂ と言 った ︵ 丸 尾 長 顕 ﹃回想 小 林. ま せ てく れ る ミ ュージ ック ホ ー ル の責 任 者 にな って て. 一郎 は、 ﹁そ れ は そ の方 が い いだ ろ う 。 俺 は俺 を 楽 し. ブ ・ハー バ ー﹂。 丸 尾 長 顕 の意 見 で、 ヌー ドを復 活 さ. 5∼ 5 o5 日劇 ミ ュー ジ ック ・ホ ー ル で ﹁ラ 4 ●2 2. 起 き た り の生活 が続 く ︵ コロ所 太 平 記5 。. ※右 半 身 が多少 不自 由 にな り、 二十 九 年 秋 ま で寝 た り. ひ出 5 。. 、 2 冒同血 圧 症 の思 ︲ 日ま で 福 田家 の2階 座 敷 で仰 臥 ︵. 部 を 見 に行 った際 、新 橋 駅 到 着 直 前 に異 常 が生 じ る。. い スト リ ップ ・テ ィーズ に対 し て、 最初 か ら半 裸 体 で. レ ット︶ によ れ ば 、 谷 崎 は 日劇 M Hを 殆 んど毎 公 演 見. ︲ 3 ●6 1∼ 3 日劇 小 劇 場 を 日劇 ミ ュージ ック ・ホ ー. す る ヌー ド ・シ ョウを 目 指 す よ う にな った ︵ 石崎 勝久. せ た。 以後 、次 第 に ヌー ドが主 体 にな る ︵ 丸 尾 長顕編. ルと 改 称 し、 ﹁ 東 京 のイヴ ﹂ で こけ ら落 と し公演 。 高. ﹃ 裸 の女 神 たちし 。. る。 松 子 夫 人 か ら も ﹁ミ ュージ ック ・ホ ー ルを 見 た後 、. 級 な 音 楽 シ ョウ の上 演 を 目 標 と し、 舞 台 装 置 を 岡 本 太. ※谷 崎 が 日劇 ミ ュージ ック ・ホ ー ルを好 んだ のも、 そ. ﹃日劇 ミ ュージ ック ・ホ ー ル のす べ てし 。. 郎 に依 頼 し、 出 演 者 には越 路 吹 雪 ら 一流 所 を集 め た が、. の為 であ ろ う。 渡 辺清 治 氏 ︵1 9 9 8/ 8/ 3 2直 話 ︶. 二 三 日 は大 変 機 嫌 が い い ん です よ﹂ と い う 手 紙 を も. ︲ 日ま で で打 ち切 ら れ た 全 く の不 入 り のた め 、 公 演 は 3. によ れ ば 、 ﹁ 潤 一郎 は局 部 丸 出 し はグ ロテ スクだ と言. ※以後 、 日劇 ミ ュージ ック ・ホ ー ル では、 猥 褻 感 の強. ︵ の国バロ〓 C2o 〓>FFし 。 橋 本 ・石 崎 ﹃↓〓問 Zあ 〓日. い、 日劇 ミ ュージ ック ・ホ ー ル のよ う な綺 麗 な ヌー ド. ら った。. ※ ﹁ 東 京 のイ ヴ ﹂ の時 には、 谷 崎 も 招 待 され た ︵1 9. を 好 んだ ﹂ と 一 言 つ。. 6 ●7 十 一世 茂 山 千 五 郎 狂 言 小 謡 ・小 舞 公 演 ﹃ 細. 2渡 辺 清 治 氏 私 信 ︶。 9 9/ 9/ 2 4 o4 松 子 ・重 子 と新 橋 演 舞 場 の春 のを ど り 昼 の.
(13) 光 江 細. (131). 丞 の節 付 け、 千 五 郎 の型 付 で発 表 。当 日谷崎 は東 京 に. ば 、 千 五郎 の還 暦 祝 い の会 のた め に谷 崎 に頼 み、 千 之. 狂 言 役 者 ︱ ︱ ひね くれ半 代 記﹄ によ れ ※茂 山 千 之 丞 ﹃. 予ヨ﹄. ひ出 し 。. 4年 にな っても 完 治 し て いな い ︵ 冒同血 圧 症 の思 昭和 3. で病 床 にあ る。 そ の後 も 二 三年 間 激 し い眩 量 が続 き、. ︲ 日ま 相 手 の名 前 は思 い出 せな か った。 8 ︵7?← 月 2. び に行 く。 そ の 一ヵ月 ほど後 、 新 京極 の スト リ ップ劇. 森 よ。 顔 を知 ら れ たく な いた め ら し いな﹂ と語 った ︵. 崎 君 も スト リ ップ見 る ため に髪 を 分 け る って言 ってた. 美 人 座 支 配 人 ・森 福 二郎 と話 す 。 そ の時 、 吉 井 は ﹁谷. 7 吉 井 勇 が、 初 め て浅 草 の公 園 劇 場 と美 人 座 を見、. 場 で大 き な マスクを し た谷 崎 と会 う。. 福 二郎 ﹃はだ か の楽 屋 し 。. いた。 プ ログ ラ ム の誤 植 に つい て叱 ら れ、 下 鴨 に御 詫. 7号 ︵ S8 京 都﹂ 3 ※雑 誌 ﹁ 2/ H︶ の ストリ ッパ ー の座. 常夏﹂ ﹁ 等 火 ﹂ あ た り ま で進 ん イ プ ライ タ ー原稿 は ﹁. 行 幸 ﹂、 タ 源氏 物 語 ﹄ 新 訳 の第 一稿 は ﹁ 8 初 め ﹃. 当 時 は京 京 都 と スト リ ップ﹂ に、 京 極小 劇場 ︵ 談会 ﹁ 都 で唯 一の スト リ ップ劇 場 。 元 は大映 にも あ った︶ に ﹁ 谷 崎 潤 一郎 が 一度 見 に来 た よう だ﹂ とあ る。. 博 士 の診 察 を受 け る。 笹 沼夫 人 ・登代 子 ・喜 代 子 の見. 約 十 日間 な ど、 障 害 が次 々 に起 こり、 沼津 の飯 塚 直 彦. 炎 が 二 三 日 ・三 叉 神 経 痛 が 一週 間 以上 ・記憶 の空 白 が. き り読 め な く な って いた。 終 日安 静。 この後 、 耳 下 腺. 異 変 、 欄 間 に掛 け てあ った伊 藤 博 文 の額 の文 字 が は っ. 毎 日 ヨシさ ん の足 の拓 本 を 取 った。 谷 崎 は ヨシさ ん の. の方 へ二三軒 降 り た所 に借 り て いた仕 事 場 で、 谷 崎 は、. ※ ヨシさ ん が来 て暫 く し て、 仲 田 の前 の雪 後 庵 か ら海. 太 平 記﹄ の百 合︶ が勤 め始 め る。. コロ所 布 谷 ?︶ の紹 介 で ヨシ ︵ ★ 夏 頃 、 松 子 の従 妹 ︵. 血 圧 症 の思 ひ出 し 。. 冒同 でいた。 死を考 え、 涙 が 止 らな い こと も あ った ︵. 舞 いを 受 け る。 病 室 で暫 く話 し た が、 会話 に辻 棲 を 合. 回封 じ に指 輪 か ネ ック レ スを 買 い与 え よう と し た が、. 、 、 6 ●8 2 前 日 灸 を 据 え て貰 った所 朝 か ら体 調 に. わ せ る こと は出 来 た が、 相 手 と自 分 の関係 は解 っても 、.
(14) (132) 戦後 の谷崎潤一郎. ヨシさ ん は断 った。 拓 本 作 り に疲 れ ると 、 ヨシさ ん に 歳︶. ◆ 昭 和 二十 八年 ◆ ︵1 9 5 3 癸 巳 ︶ ︵ 数 え年 六 十 八. た り ま で散 歩 に出 た り、 松 竹 座 や朝 日会 館 を 覗 い てみ. 3、 4月 頃 か ら健康 状 態 好 転 し 、 5月 には河 原 町 あ. 背 中 を 踏 ん で貰 って、 ﹁ 痛 い、 痛 い、 痛 いけ ど い い気 持 だ ﹂ と 言 った と 言 う ︵ 伊 吹 和 子 ﹃わ れ よ り ほか にし 。 ← ﹃癌 癒 老 人 日記 ﹄ の モ デ ルの 一つ。. 圧 症 の思 ひ出し. た り出 来 る よう にな って いた。 ︵ コロ所 太 平 記 ﹄ 冒同血. を 受 け る。 二週 間 仕 事 を 休 み、 薬 を飲 む こと にな った. ★ 夏 頃 にな って、血 圧 が落 ち 着 く 。 ただ し、 眩 量 は続. 9 ●2 松 子 ・重 子 と 上 京 、 神 経 科 のQ博 士 の診 察. が、 眩 量 は 一層 悪 化 し た ︵ 冒同血 圧 症 の思 ひ出 し 。. く れ た。 迎 え に出 て いた 運 送 店 の主 人 に背 負 わ れ な い. 子 ・恵 美 子 の他 に、 森 田 紀 二郎 も京 都 ま で付 き添 って. 転 換 のた め に、 冬 に向 う京 都 に敢 え て戻 る。 松 子 ・重. ※ ただ し、 日劇 小劇 場 時 代 にも 、 メ リ ー ・ローズ の名. 5∼ ︶ が初 舞台 。. の恋 文 ﹂ 第 六景 の雪 だ るま役 で、 春 川 ま す み ︵1 9 3. 5∼ 8 ●0 日劇 ミ ュージ ック ・ホ ー ル ﹁ 7 ●︲ 人魚 3. コ同血 圧症 の思 ひ出 し 。 く ︵. と 駅 の ブ リ ッジ を 渡 れ な いな ど 、 眩 量 が ひ ど か った. で、 バ ー レ スク に出 演 し た こ と が あ る ︵ 橋 本 ・石 崎. 0 。3 ︵H ・6嶋 中 鵬 二宛 書 簡 0 4 日︶ 気 分 7 では 2 1 2 4. G高 血 圧 症 の思 ひ出 し 。. 0工︼ の国バ︼宣一 ﹃ ↓〓国 Z︻ C∽目 0 〓>rr﹄︶。. 2 セ ンチ の ※新 聞 で好 評 を 得 た。 自 慢 は劇 場 一を 誇 る 9. 0 末 にA県 の N氏 を 再 び 呼 ん で、 2月 末 ま で灸 を 1 1 据 え て貰 う が、 眩 量 は悪 化 す る 一方 だ った ︵ 冒同血 圧. バ スト。 シ モー ヌ oシ モ ンに似 て い る の で、 劇 場 内 で. 。 翁週 刊 新 潮 ﹂ 1 9 56/ 0 1/ 8︶. は 通 称 シ モ ンち ゃ ん。 身 長 五 尺 二 寸 八 分 、 十 五 貫. 症 の思 ひ出 し 。 ﹃ H ・7 高 血 圧 症 の思 ひ ︲ 猛 烈 な 眩 量 に襲 わ れ る ︵ 出し。. ※ダ ル マち ゃん が ニ ックネ ー ム にな った ︵ 丸 尾長 顕編.
(15) 光 江 細. (133). は、 日劇 ミ ュージ ック ・ホ ー ルのす べ て の出 し物 ︵ ま. ミ ュージ ック ホ ー ル出 演 な ど のため に四回休 んだ 以外. ※以後 、 春 川 ます み は、 昭 和 三十 二年 九 月 ま で、 O S. ﹃日劇 ミ ュージ ック ・ホ ー ル のす べてし. う。. は、 O S M ︵ O S ミ ュージ ック ホ ー ル︶ の誤 り であ ろ. ホ ー ル でも 大 阪 のO S K の方 が居 心 地 よ し︾ と あ る の. ※ ﹃過 酸 化 マ ンガ ン水 の夢 ﹄ に ︽同 じ ミ ユウ ジ ツク. 3渡 辺清 治 氏 直 話 ︶。 行 った ︵1 9 9 8/ 8/ 2. 5 2 ol. ﹁ 内 外 タ イ ム ス﹂ 四 面 に 日 劇 ミ ュー ジ ッ. 1 9 5 5 乙未 ︶ ︵ 数 え年 七 十 歳 ︶ ◆ 昭 和 三十 年 ◆ ︵. る 四年 間 の二十 一公演 ︶ に出 演 し た。 ※ 谷 崎 は春 川 ま す み の大 フ ァ ン で、 千 萬 子 が 何 度 も 見せ て 渡辺千 萬 子 ﹁ ミ ュージ ック ホ ー ルにお 供 し た ︵ あ げ た い最 近 の フ ァ ッシ ョン﹂ ﹃谷崎 潤 一郎 文 庫 ﹄ 月. 恋 には七 つの鍵 があ る﹂ に つい て の記事 。 ク ・ホ ー ル ﹁. 3潔 甲 午 ︶ ︵ 数 え年 六 十 九歳 ︶ ◆ 昭 和 二十 九 年 ◆ ︵. 北 条 誠 は ス ペイ ン、 ト ニー谷 は国 定 忠 治 、 三林 亮 太 郎. 村 松 梢 風 は中 国 、 東 郷 青 児 は パリ、 小 牧 正 英 は ロシ ア、. 報 4︶。. ★ ﹃過 酸 化 マンガ ン水 の夢 ﹄ では、 こ の年 あ た りか ら、. は仮 想 国 。. 恋 を 開 く 酒 の鍵 ﹂、 三 島 由 紀 夫 は ギ リ シ ャを 舞 台 に ﹁. 重 子 ︶ か ら 日劇 ミ ュージ ック ・ 家人 ︵ 松 子 ︶ と珠 子 ︵. 3 ●4. 恋 には七 つの鍵 があ る﹂ 広 告 。 ︽開 場 三 ク ・ホ ー ル ﹁. ﹁ 内 外 タ イ ム ス﹂ 四 面 に 日 劇 ミ ュー ジ ッ. ホ ー ル に連 れ て行 って欲 し いと 言 わ れ て いた こと に な って いる。. 橋 本 ・石 崎 こけ ら 落 と し に春 川 ま す み も 出 演 ︵. 本 丸 尾 長 顕 構 成 ・演 出 ︾ 出 演 者 ジ プ シ ー ・ローズ ・. 児 ・小 牧 正 英 ・北 条 誠 ・ト ニー谷 ・三林 亮 太 郎 共 同 脚. 二島 由 紀 夫 ・村 松 梢 風 ・東 郷 青 周年 記念特 別公 演 一. 0 〓>rr﹄︶。 O〓H の国バロ〓︻ C∽目 ﹃ ↓〓国 ZH. 伊 吹 ま り の写真 入 り。. 7 ●9 大 阪 梅 田 に O S ミ ュージ ック ・ホ ー ル開 場 。. ※ 谷 崎 潤 一郎 は O S ミ ュー ジ ック ・ホ ー ル にも よ く.
(16) (134) 戦後 の谷崎潤一郎. 4 日ま で ︵ ※ 3 月 4 日 か ら 4月 2 ↓〓国 橋 本 ・石 崎 ﹃ ZH O〓日 の問バロ〓︻ 0 〓>rr﹄︶。 C∽目. 2 ︵ ※ ﹁ 朝 日新 聞﹂ 6 ●1 3︶ 面 ﹁ 人 寸 描 ﹂ 欄 によ れ ば 、 谷 崎 は京都 で稽 古 に立 合 った。. に よ れ ば 、 六 月 十 一∼ 十 二 日。 木 下 順 二 ﹃ 赤 い陣 羽. ﹁ ※権 藤 芳 一 ﹁ 武 智 鉄 二資料 集 成 ︵5と ︵ 上 方 芸 能し. 織 ﹄ と 二本 立 て。 第 一回 オ ペ ラ ・プ テ ィ公 演 。 入 浴. ﹁内 外 タ イ ム ス﹂ 四面 に、 K R ︵ラジ オ東. 京 テ レビ︶ が 日劇 ミ ュージ ック ・ホ ー ル の ﹁ 恋 に は七. 見 せ た。. 6 3 ●2 0 つの鍵 が あ る﹂ を 4月 8 日 か ら毎 週金 曜 2 1時 1分 か ら 、 。 0 2分 間 8回 にわ た って テ レビ放 送 す ると出 る ★ 春 、 ﹃過 酸 化 マンガ ン水 の夢 ﹄ では、 家 人 ︵ 松 子︶. 7. ﹃過酸 化 マンガ ン水 の夢 ﹄ では、 美 津 子 ︵ 千萬. シ ー ンは ストリ ッパ ー の スタ ンド ・イ ン で紗 幕 ご し に. と珠 子 ︵ 重 子 ︶ が 河 原 町 の 京 劇 で映 画 ﹁ 裸 の女 神. 告 に ︽今 パ リ で評 判 の艶 笑 人 気 バ レ スクが そ っく り御. 0/ 4/ 2 四面 ﹁ ※ ﹁ 内 外 タ イ ム ス﹂ S 3 裸 の女 神 ﹂ 広. 族 揃 って見 に行 った記憶 が あ ると の こと。. >巨 r8 ”①︼ 〓 ︵ ︶﹂ を 見 た こと にな って 2 ””8 ュ 8 一 , 2渡 辺 清 治 氏 私 信 によ れ ば 、 家 いる。 1 9 9 9/ 9/ 2. ※ ﹁国 文 学 ﹂ 1 9 9 8/ 5イ ンタ ビ ュー ﹁ 渡 辺千 萬 子. たか?. 日 ま で。 確 認 は でき な いが、 実 際 には谷 崎 潤 一郎 が見. 4 が、 ﹁ 恋 には七 つの鍵 があ る﹂ は 3月 4 日か ら 4月 2. ジ プ シー ・ローズ が良 か った と言 う こと にな って いる. 子 ︶ が 一人 で ﹁ 恋 には七 つの鍵 が あ る﹂ を 観 に行 き、. 覧 にな れ ま す ! 長 篇 総 天 然 色 裸 の女 神 パ リ 一流. 氏 に聞 く﹂ によ れば 、 千 萬 子 が ミ ュージ ック ホ ー ル ヘ. ヘは必 ず谷 崎潤 一郎 と 一緒 。 谷崎 は丸 尾 長 顕 と親 し く、. 芸 能 人 総 出 演 監 督 ジ ャ ン ・ルー ビ ニャ ック︾ と あ る。. 白 狐 の湯 ﹄。 谷崎 の作 品 の初 め て のオ ペ ラ化 で 演出 ﹃. 終 わ ると楽 屋 へ行 って、裸 の美 女 に取 り囲 ま れ て、 す. 何 った と いう のは フ ィク シ ョン。 ミ ュージ ック ホ ー ル ″. あ った。 狐 の入 浴 シー ン に ヌ ー ドが出 て話 題 にな った. ご く 嬉 し そうだ った。. 6 ●4 大 阪 三越 劇 場 で関 西 オ ペラ公 演 。 武 智 鉄 二. ︵ 橘 弘 一郎 ﹃谷 崎 潤 一郎 先 生 著 書 総 目 録 し 。.
(17) 光. 江 細. (135). 8 ●8. ﹃過 酸 化 マンガ ン水 の夢 ﹄ によれば 、 谷 崎. 松 子︶ ・珠 子 ︵ 潤 一郎 は、 家 人 ︵ 重 子︶ を連 れ て、 日. ◆ 昭 和 三 十 一年 ◆ ︵1 9 56 丙 申 ︶ ︵ 数 え年 七 十 一 歳︶. ﹁ 中 央 公論 ﹂ に ﹃ 鍵 ﹄ を連 載 。. ※郁 子 が木 村 を 相 手 に アク ロバ ット のよ う な真 似 を し. 2 1 ●5∼ 1. 愉 し み﹂ 全 二十 景 を 見 る。 春 川 ま す みが気 に入 る。 猫. た、 と あ る のは、 スト リ ッパ ーが行 う アク ロバ テ ィ ッ. 劇 ミ ュージ ック ・ホ ー ルで、 丸 尾 長 顕脚 本 の ﹁ 誘惑 の. のよ う な感 じ のす る顔 ・シ モ ー ン ・シ モ ン式 の顔 でな. ク ・ダ ン スを念 頭 に置 いたも の であ ろう。. ﹃ 嶋 中 鵬 二氏 に送 る 正 月 以 来 、 高 血 圧 症 が起 こる ︵. いと愛 着 を感 じ な い。 8 誘 惑 の愉 し み﹂ は 7月 3 ※ ﹁ 橋 2 日 か ら 8月 2 日ま で ︵. ※谷 崎 潤 一郎 は小 浜 奈 々子 も 好 み だ った よう で、 昭和. 年 二月 に引 退 す る ま で、 ト ップ ・スタ ーと し て活 躍 。. 色 の手 袋 ﹂。 小 浜 奈 々子 が初 出 演 。 以後 、 昭 和 四十 七. 2 ・6 日劇 ミ ュージ ック ・ホ ー ル で ﹁ H ●3∼ 1 桃 2. 湯﹄ ﹃ 刺 青 ﹄ な どを オ ム ニバ ス形 式 で ヌ ー ド化 し、 装. 諾 を 得 た。 ﹃ 白狐 の 鍵﹄ ﹃ 猫 と庄 造 と 二人 のを ん な ﹄ ﹃. そ こ で武 智 鉄 二 が谷 崎 作 品 の ヌー ド化 を 申 し 入 れ、 快. ﹁羽 衣 ﹂ ﹁ 海 人 ﹂ 公演 。 谷崎 が見 て、 非 常 に感 心 し た。. 9 0 S ミ ュージ ック ホ ー ル で武 智 鉄 二 の ヌ ー ド能. 手 紙 ﹄ ﹃鴨 東 綺 諄 著 者 の言 葉し. 三十 七 年 に楽 屋 で 一緒 に撮 った 写 真 があ る。. 置 は小 磯 良 平 、 音 楽 は朝 比奈 隆 、 演 技 指 導 は森 繁 久 弥 、. ↓〓門 Z目 0〓H + の国バHE︻ C∽目 0 〓>rr﹄︶。 今・石継岬 ﹃. ※小 浜 奈 々子 は ﹃過 酸化 マ ンガ ン水 の夢 ﹄ と ﹃ 柳湯 の. に は い い コメ デ ィァ ンが いるね﹂ と感 心 し て いた と言. バ レ エは近 藤 玲 子 に依 頼 す る予定 だ った が、 種 々 の事. 9 ・ 事 件﹄を 武 智 鉄 二 が 映 画 化 し た ﹃ S3 紅 閏 夢﹄ ︵ 2 にも特 別出 演 し た。 8 ●1 封 切 ︶ り 5 H .3 2 夜 9時 1分 か ら N H K テ レビ で佐 々木 茂 索 と の対 談 ﹁ 谷 崎 潤 一郎夜 話 ﹂ 放 映 。 ﹁ストリ ップ はよ. 改 田博 三 ﹃ う ︵ 上 方 ヌー ド盛衰 記 し 。. ホ ー ル専 属 の コメ デ ィ ァ ン立 原 博 ら に つい て、 ﹁ 大阪. 情 か ら 実 現 し な か った。 谷 崎 は、 O S ミ ュー ジ ック. く 見 る﹂ と 語 る。.
(18) (136) 戦後 の谷崎潤一郎. 能 楽 コ ント﹂ で、 ﹁羽 衣 ﹂ ﹁ ヌ ー ド能 ﹁ 葵 の上 ﹂ に基 づ. つの饗 宴 ﹂ 上 演 。 第 一部 は、 武 智 鉄 二 構 成 ・演 出 の. 2 6 H ・6 ︲∼ ︲ ・2 日劇 ミ ュージ ック ・ホ ー ル で ﹁三. 鰻 頭 を 食 べた谷崎 が、 渋 い顔 を し た の で、 入 門 の件 は. た が、 そ の時、 深沢 七 郎 が手 土 産 と し て用意 し た 田舎. 谷 崎 宅 へ丸 尾長 顕 が深 沢 七 郎 を連 れ て来 た こと も あ っ. 紹 介 し 、 門 下 に加 え る よ う依 頼 し た。 そ の後 、 熱 海 の. 言 い出 さ な か った。 それ か ら間 も な く、 日劇 の楽 屋 で. 丸 尾 長 顕 に会 った際 、 潤 一郎 は、 ﹁深 沢 を 弟 子 にす る. 2 o5 深 夜 1時 か ら 日劇 ミ ュージ ック ・ホ ー ル で. の拭 き 掃 除 を し ている こと が、 そ の頃 、 話 題 にな って. これ は、 深 沢七 郎 が正 宗 白 鳥 の所 に出 入 り し て、 便 所. ︵1 9 5 7 丁 酉 ︶ ︵ 数 え年 七 十 二. く 。 谷 崎 が見 た か ど う か は不 明 。. ◆ 昭 和 三十 二年 ◆. 開 か れ た深 沢 七 郎 の ﹃ 楢 山 節 考 ﹄ 出 版 記 念 会 に谷 崎 潤. いた せ いも あ る ︵ 丸 尾長 顕 ﹁ 楢 山 節 考 ざ んげ ﹂ ﹁ 経済. こと は いや だ ね、 正 宗 君 に でも頼 み給 え﹂ と 断 った。. 一郎 も出 席 。 丸 尾 長 顕 の司会 で、 中 央 公 論 新 人 賞 審 査. 5/ H、 2、 S 6/ 1入 門 依 頼 の際 の写真 も 往来 ﹂ S 5 5 ︲. 歳︶. 員 伊 藤 整 ・武 田泰 淳 ・三島 由 紀 夫 の挨 拶 、 正 宗 白 鳥 の. あ る︶。. 公論 ﹂ 臨 時 増 刊 号 に掲 載 。 春 川 ます みも 登 場 す る。. 中央 私 の好 き な六 つの顔 ﹄ ︵ 談 ︶ を 写真 付 で ﹁ 5 ﹃. 祝 辞 、 深 沢 七 郎 に よ る自 作 ﹁楢 山 節 考 ﹂ ギ タ ー独 奏 の 巌 後 、 友 情 出 演 で スト リ ップ oシ ョウが演 じ ら れ た ︵ 懐 か し き 文 士 たち 戦 後 篇 し 。 谷大 四 ﹃. 顕 の勧 め で ﹃楢 山 節 考 ﹄ を書 いた。. ストと し て日劇 ミ ュージ ック ・ホ ー ルに出 演 。 丸 尾 長. 3 日か ら 7月 ︲ 日ま で んお 耳 を 掻 いて頂戴 ﹂ で、 5月 2 2. ※ 日劇 ミ ュージ ック ・ホ ー ルだ と す れ ば 、 ﹁そ よ風 さ. 沼 千 代 子 日記︶。. 9 午後 、 笹 沼千 代 子 と スト リ ップ に行 く ︵ 5 o2 笹. ※中 央 公 論 新 人 賞 受 賞 後 間 も な く 、 丸 尾 長 顕 と嶋 中 鵬. ↓〓国 Zあ 〓あ 国困 〓c望 o 〓>rrb 。 ︵ 橋 本 ・石 崎 ﹃. ※深 沢 七 郎 は、 昭 和 二十 八年 、 桃 原 青 二 の名 でギ タ リ. 二 が付 き 添 って、 赤 坂 の福 田家 で、 深 沢 七 郎 を 谷 崎 に.
(19) 光. 江 細. (137). ト リ ッパ ー に会 い に行 って ﹁ 触 ってく る よ﹂ と楽 屋 へ. す み が特 に贔 員 だ った。 千 代 子 を 待 た せ て置 い て、 ス. の案 内 状 を、 毎 回、 谷 崎 に送 って いた。 谷崎 は春 川 ま. で出 迎 え て案 内 し てく れ た。 丸 尾 長 顕 は、 日劇 小 劇 場. 行 く と、 必 ず 丸 尾 長 顕 が 日劇 小 劇 場 の小 さ い入 り 口ま. ※谷 崎 潤 一郎 が福 田家 か ら車 で笹 沼千 代 子 ら と 一緒 に. 6︶o 312 ︲. 見 上 げ て いた と 言 う ︵ 稲 沢秀 夫 ﹃ 秘 本 谷 崎 潤 一郎 ﹄. て行 った こと も あ った。 舞 台 のす ぐ傍 へ行 ってじ っと. が あ る時 代 に、 千 代 子 を 浅 草 の ストリ ップ劇 場 へ連 れ. が った。 谷 崎 は丸 顔 が好 き だ った。 戦 後 の屋 台 や闇市. ク ・ホ ー ル ヘ連 れ て行 った。 男 と 一緒 に行 く の は嫌. ※谷 崎 は笹 沼 宗 一郎 夫 人 千 代 子 を よく 日劇 ミ ュージ ッ. い て頂 戴 ﹂ ではな いか と言 う。. O∪バロ〓c望o 〓>FF︶ 。 本 ・石 崎 ﹃↓〓∪ zあ 〓H. こ の頃 か ら丘 る り子 が スタ ー の仲 間 入 りを 果 たす ︵ 橋. 4∼ 2 ・8︶o ※正 し く は ﹁メヶ メヶよ ろめ け﹂ ︵H ・1 ︲ 2. 代 子 日記 ︶。. を 見 る。 虎 の門 の福 田家 で食 事 。 熱 海 へ帰 る ︵ 笹沼千. ク oホ ー ル の スト リ ップ シ ョウ ﹁シ スタ ー ・ボ ーイ﹂. 0/ 8/ 3︶o 翁週 刊 文 春 ﹂ S 4 2 、 2 5 ︲ ・︲ 午 後 笹 沼 千 代 子 と 一緒 に日劇 ミ ュージ ッ. が 出 演 す る時 は お 葉 書 下 さ い﹂ と葉 書 を 書 き 送 った. ※ こ の時 、 谷 崎 は、 ﹁ど んな所 でも い いか ら、 あ な た. 2/ ︲ ﹁キ ネ マ旬 報 ﹂ 増 刊︶。 ︲ 3. ﹃日本 映 画俳 優 全 集 ・女 優 編 ﹄ 1 9 8 0/ ウ に出 演 ︵. ※以後 、 フリ ー でナイ ト ・ク ラブ な ど の フ ロア ・シ ョ. ↓〓国 zあ 〓H の国バH〓c四o 〓>FF5 。 ︵ 橋 本 ・石 崎 ﹃. 垂 ら し た。 御 飯 の時 も そうだ った ︵H 8/ 9/ 9 1笹 沼 5笹 沼千 代 子 私 信 ︶。 千 代 子 直 話 、 1 9 9 7/ 5/ 2 6∼ 9 ●5 ﹁一つの船 に二人 の船 長 ﹂ を 最 後 7 ●2 1 に、 春 川 ま す み は 日劇 ミ ュージ ック ・ホ ー ルを 退 団. 5笹 沼 千 代 子 私 信 によ れば 、 メリ ー ※ 1 9 9 7/ 5/ 2. 螺 旋 階 段 を登 って行 った。 千代 子 は、 ﹁ 心 臓 麻 痺 を起. 4 ﹁内 外 タ イ ム ス﹂ 四面 広 告 によれ ば 、 出 演 者 ※ H o︲. て いた こと は覚 え て い る の で、 ﹁そ よ風 さ ん お耳 を 掻. 松 原 ・ヘレ ン滝 ・ジ プ シー ・ローズ ・春 川 ます み が出. こさな い でよ﹂ と言 った。 潤 一郎 は嬉 し いと よだ れを.
(20) (138) 戦後 の谷崎潤一郎. 0 公論﹂ S0 楽 屋 のお も か げ し 。 4/ 1丸 尾 長 顕 ﹁. ﹁ 中央 ※ 谷 崎 潤 一郎 は丘 る り 子 も 好 き だ った と 言 う ︵. ヌ ー ル の シ スタ ーボ ー イ ら。. 敏 江 ・古 川 敏 郎 、 バ ー青 江 、 バ ー ・ジ ミ ー、 ボ ン ・. は、 小 浜 奈 々子 ・丘 る り子 のほか、 両 性 の美 貌 ジ ー ナ. か った の で、 あ れ か ら後 の動 静 を 聞 く。 M ・H時 代 よ. Hを止 め てか ら ど こ へ行 っていた のか様 子 が分 か ら な. そ こ で二 三度 踊 り、 癖 が付 いた。 春 川 ます み は、 M ・. と はな か つた のだ が、 近 頃 熱 海 に ナイ ト ク ラブ が出 来 、. 挨 拶 に来 る のを 待 つ間 に松 子 と 踊 る。 十 年 来 踊 つた こ. り少 し体 が 肥 え 過 ぎ た よう に思 わ れ る。 京 都 に い るう. ↓〓国 Z︼ の同バ︻〓一 C∽H O 〓>FF﹄︶。 ﹃ 0工H. 雀 さ ぎ り ・シ ャ ン バ ロー な ど が 出 演 ︵ 橋 本 ・石 崎. 7 ●0 日劇 ミ ュージ ック ・ホ ー ル ヘ行 った ︵7 ● 2 。 ︲ 2千 萬 子 宛 書簡 ︶ 7︶ 7 o3∼ 8 ●1 ※演 目 は ﹁夏 の夜 は いたづ らも の﹂ ︵ で、 小 浜 奈 々子 ・月 城 ゆ り ・丘 る り子 ・瞳 は る よ ・朱. ﹃四月 の日記し 。 ち にも う 一度 会 う約 束 を す る ︵. イ﹂ を 見 に行 った、 と あ る のは ﹁メ ヶ メ ヶ よ ろめ け﹂. ︲ 千萬 子 宛 書 簡 。 ﹁ 昨 日、 僕 は 日劇 の ミ ュー 7 o2. 数 え年 七 十 三 ◆ 昭 和 三十 三年 ◆ ︵1 9 5 8 戊 成 ︶ ︵. の こと 。. ジ ックホ ー ル ヘ行 き ま し た。 す っか り顔 ぶれ が変 って. 歳︶. 7∼ 5 ●5 日劇 ミ ュージ ック ・ホ ー ル の ﹁こ 2 ●2 れ は カ ック ン! ︵シ ョ ックや わ ぁと で、 イ ンテリ ・. 美 人 ぞ ろ ひ にな り、 出 し物 も大 へん面 白 く な り ま し た。. ※ こ の前 、 日劇 ミ ュージ ック ・ホ ー ル の ﹁ゲ イ ・ボ ー. ﹃ 私 の言 葉 ﹄ を ﹁週 刊新 潮 ﹂ に掲 載. ヌ ー ド の草 分 け ・小 川 久 美 が デ ビ ュー。 ただ し、 丸 尾. 今 度 君 が来 たら是 非 案 内 し た いと思 ってゐま す ﹂ と あ. 1 ●6. 0 長顕 ﹁ 楽 屋 のお も か げ ﹂ 翁中 央 公 論 ﹂ 昭 和 0 4/ 1︶ に. 8 悦 惚 ! 魅 惑 の瞬 間﹂ に島 淳 子 初 9 ●6∼ 0 1 o2 ﹁. 祖 父 谷 崎 潤 一郎 し 。 る ︵ 渡 辺 たを り ﹃. よ れ ば 、 乳 房 が小 さ い の で谷 崎 は好 ま な か った と言 う。 4 ●4 1 松 子 ・千 萬 子 ・清 治 と ナ イ ト ク ラブ 田園 に 春 川 ま す み の ナイ ト シ ョウを 見 に行 く 。 春 川 ま す み が.
(21) 光 江 細. (139). ﹁ 中央公 ※ 谷 崎 潤 一郎 は島 淳 子 も 好 き だ った と 言 う ︵. 出演。. る。 三 ヵ月 の静 養 を 医 師 か ら忠 告 され る。 ← 以 後 右 手. 婚 式 のお祝 い の被 紗 の箱 に揮 宅 中 、 右手 に麻 痺 が起 こ. に疼 痛 を覚 え、 執 筆 が 不自 由 とな る。. 0号 S 3 o6︶ よれば 、 右 手 が痛 潤 一郎 全 集 月 報 第 2 4 む よ う にな って か ら は、 寒 い 日 に は 日劇 ミ ュー ジ ッ. 没後 版 谷 崎 谷 崎 先 生 の心 の片 隅 に﹂ ︵ ※丸 尾長 顕 の ﹁. と あ る。. ク ・ホ ー ル に行 か な く な った。. 論 ﹂ S 0/ 0丸 尾 長 顕 ﹁楽 屋 のおも かげ し 。 1 4 0 8 朝 、 山 口広 一宛 書 簡 2 新世 界 の ヌード 0 ﹁ 1 .2 6 シ ョウな ど も ち ょ いと 覗 い て見 た い気 が し ていま す﹂. ※ 昭 和 三十 一年 頃 か ら、 関 西 の ストリ ップ界 か ら、 局. ﹁ 愛 撫 の園 ﹂ で、 多 喜 万 利 デ ビ ュー。. 2 4 2 ︲ ︲ ・3∼ S 3 ・2 ●2 日劇 ミ ュージ ック ・ホ ー ル. 東 京 の都 心 以 外 は、 特 出 し シ ョウ にな って行 った。 し. 部 を も 隠 さな い特 出 し シ ョウが始 ま り、 関 東 地 方 でも、. か し、 日劇 ミ ュージ ック ・ホ ー ルは方 針 を変 え な か っ. 5 ・5 ●9 の笹 沼 千 代 子 日記 によれば 、 谷 崎 は多 ※S 3 1 喜 万利 が お気 に入 り だ った。. 裸 の女 神 た ちし 。 た ︵ 石 崎 勝久 ﹃. ご と の唇 ﹂ 含ド ・ ド∼ 馬 ・Nじ で、 小 浜 奈 々子 ・六. 夜ごと 日 ※演 目 は江 戸 川 乱 歩 原 案 の ヌー ド連 続 殺 人 ﹁. 笹 沼 千 代 子 日記 ︶。 を 飲 ん で、 別 れ、 福 田家 に帰 る ︵. が 訪 ね て来 る。 一緒 に 日劇 の ストリ ップ ヘ行 く。 お茶. は目 の つり上 が った エキゾ チ ックな容 貌 で、 く ね く ね. 上 方 ヌー ド盛 衰 記﹄ によ ると、 多 喜 万 利 ※改 田博 三 ﹃. リ ー ・ロー ラ ンサ ンの少 女 のよ う な特 異 で妖 麗 な 風 貌 。. 8 mo マ 6 六 歳 か ら バ レ ー を 始 め た モ ダ ン娘 。 身 長 1. によれば 、 映 画 スタ ー佐 山 亮 の遺 児。 松 竹 歌 劇 団 出 身 。. ※丸 尾 長 顕 編 ﹃日劇 ミ ュージ ック ・ホ ー ルのす べ て﹄. ↓〓u 橋 本 ・石 崎 ﹃ 年 ぶ り の 谷 内 リ エな ど が 出 演 ︵. し た感 じ の ス ローも のが得 意 。 日本 人 よ り外 人 向 き。. 、 H .0 2 虎 の門 福 田家 に 登 代 子 ・喜 美 子 ・千 代 子. C∽H O 〓>rrし 。 Z目 0〓目 の同バロ〓一 8 止 宿 先 の虎 の門 の福 田家 で笹 沼 源 之 助 の金 H .2.
(22) (140) 戦後 の谷崎潤一郎. 数 え年 七 十 四 ◆ 昭 和 三十 四年 ◆ ︵1 9 5 9 己亥 ︶ ︵. 誘 惑 ﹂ は見 られ な か った﹂ ﹁ストリ ップ の和 服 は い つ. ち ゃう、 そんな 感 じ な んだ。 も っと良 いも のを キ チ ン. も お 粗 末 す ぎ る。 す ぐ 簡 単 に脱 い で パ ッと 裸 にな っ. 6o 9 千 萬 子 宛 書 簡 0 1 .2 6 ﹁日 劇 ミ ュー ジ ック ・. と着 て い て、 そ れ で裸 にな る方 が い い﹂ ﹁白 日夢 ﹂ を. 歳︶. ホ ー ル で 4月 か ら僕 の ﹃白 日夢 ﹄ に ヒ ントを 得 たも の. な いんだ か ら。 庭 には出 るが ね﹂ ﹁ヌー ドは夫 婦 で見. 見 に行 く のは 4月 にな るだ ろう。 ま だ外 に出 た こと が. 6 ∼ 5 o5 日劇 ミ ュージ ック ・ホ ー ル七 周年 2 ●2. る のは面 白 くな い。 一人 に限 る﹂ ﹁ 春 川 ます み の楽 屋. を 上 演 す る の で是 非 見 て下 さ い﹂ と あ る。. ↓〓国 豪 華 公 演 ﹁白 日 夢 ﹂ ︵ 橋 本 与 志 夫 ・石 崎 勝 久 ﹃. へは行 った こと がな か った。 あ そ こ の楽 屋 は風 通 し が. 舞 台 を 見 に行 き ま し ょう ﹂ な ど と語 る。. 病 気 が好 く な った ら 君 の 好 く て涼 し く て夏 は い い﹂ ﹁. zあ 〓目 の国バ︼〓c四 o 〓>FF﹄ 東 宝 出 版 1 9 8 2︶。 6 ? 8? 千 萬 子 宛 書 簡 。 ﹁日劇 ヌー ド シ ョウ 2 o2 2 は 五 月 上 旬 ま で長 期 興 行 の由 ﹂ と あ る ︵ 渡 辺 たを り. 白日 2 o8 2 発 行 日 劇 ミ ュー ジ ック ・ホ ー ル ・ ﹁. れ た ら、 変 な オ ー スト ラリ ア人 な ど よ りず っと い い の. だ 残 念 に思 って いま し た。 あ の子 が ローザ にな ってく. 小 浜 ナ ナ コ休 演 は私 も 甚 3 ●8 千 萬 子 宛 書 簡 。 ﹁. 夢 ﹄ パ ン フ レ ット に、 谷 崎 潤 一郎 の談 話 ﹁観 客 にな っ. 祖 父 谷 崎 潤 渡 辺 たを り ﹃ です が残 念 です ﹂ と あ る ︵. ﹃祖 父 谷 崎 潤 一郎 し 。. て楽 し み た い﹂ 掲 載 *全 集 未 収 録。. 一郎 し 。. 白 狐 の湯 ﹄ の ローザ で、 オ ー スト ラ リ ア ※ ローザ は ﹃. 3 ? 雑 誌 ﹁日本 ﹂ 五 月 号 に掲 載 す る ﹁谷 崎 潤 一郎 対談 ︵ 第 二回 と のた め に、 熱 海 の自 宅 で春 川 ま す み. 人 のピ ー チ ェス ・ブ ラ ウ ンが演 じ た。. ﹁ 面 に、 春 川 ます み の映 内 外 タ イ ム ス﹂ 〓一. グ ラ マ島 の誘 画 出 演 に つい て の記 事 。 川島 雄 三監 督 ﹁. 4 ●3 1. 昨 日、 東 大 の沖 中 先 生 が も う絶 対 大 丈 と 対 談 す る。 ﹁ 夫 だ と 言 ってく れ た﹂ ﹁ 春 川 ま す み の猫 み た いな 所 が 好 き だ ﹂ ﹁お正 月 の春 川 ま す み の映 画 ﹁グ ラ マー島 の.
(23) 光 江 細. (141). り﹂ と 佐 伯 幸 三監 督 の アク シ ョン映画 に出 演 が決 ま っ. 貸 間あ 東 京 映 画 と 専 属 契 約 を 結 び、 川 島 雄 三 監 督 ﹁. 演後 、 木 村 恵 吾 監 督 ﹁一刀斎 は背 番号 6﹂ に出 演 中 。. 続社 長 太 平 記 ﹂ に出 惑﹂ の慰 安 婦 役 、 青 柳 信 雄 監 督 ﹁. ※如 何 にす れば 楽 に 死 ね る か と いう ことば か り考 え て. 右 手 だ け の手 袋 し 。 松子 ﹁. 伊 吹 和 子 ﹃わ れ よ り ほか に﹄ ・ 崎 は ひど く落 胆 す る ︵. 生 命 に関 わ るも の では な いが治療 法 が な いと知 り、 谷. 6 虎 の門病 院 と東 大 病 院 で診 察 。 右手 の疼 痛 は、. 9?∼ 日曜 夜 十 時 半 か ら 四十 五分 ま で フジ テ レビ. 袋 し。. 松 子 ﹁右 手 だ け の手 い る と 潤 一郎 は 松 子 に 言 った ︵. て い る。 5 笹 沼 千 代 子 と 日劇 へ行 く。 春 川 ま す み が出 4 ●2 笹 沼 千 代 子 日記︶。 演 ︵ ※ ﹁白 日夢 ﹂ の こと。. で ﹁ピ ンク ・ム ー ド ・シ ョウ﹂ と いう番 組 が始 ま り、. した ︵ ﹃ 欲 望 の戦 後 史﹄ 橋 本 与 志 夫 裸 の女 神 た ち ﹄ ﹃. 日劇 ミ ュージ ック ・ホ ー ル の ヌー ドが お茶 の間 へ進 出. ※丸 尾 長 顕 は、 新 聞 に出 た春 川 ます み の ス テ ージ 写真. ﹃ヌー ドさ んし. 楽 屋 のお も か げ ﹂ 翁中央 公 論 ﹂ 昭 和 0 ※丸 尾 長 顕 ﹁ 4/ 0︶ では、 ﹁ 谷 崎 は見 な か った﹂ とす るが、 誤 り。 1 渡 辺 たを り を わ ざ わ ざ 京 都 の谷 崎 邸 に送 って来 た ︵. 0 上 方 ヌ ー ド盛 衰 記﹄ によ ると、 0 ※改 田博 三 ﹃ 1時 5分. 淳 子 らと、 ゲ スト で奈 良 あ け み ・春 川 ます み ・丘 る り. か ら H時 5分 ま で。 出 演 は、 日劇 専 属 の多 喜 万 利 ・島. ﹃ 花 は桜 、 魚 は鯛 ﹄ P 2 3 5︶。 連 載第 5 雑 誌 ﹁日本 ﹂ に対 談 ﹁谷 崎 潤 一郎 対 談 ︵ 谷 崎 潤 一郎 ・春 川 ま す み︶掲 載 二回 と ︵. 子 な ど。. 0 ﹃ 中 央 公論 ﹂ に掲 載 。 1 夢 の浮 橋 ﹄ を ﹁ 夢 の浮 橋 ﹄ の評 判 が悪 か った のは、 日述 筆 記 だ っ ※ ﹃. 5 ●9 初 日 で日劇 ミ ュージ ック ・ホ ー ル で ﹁ピ ン. の シ ャ ワー ・シー ンに影 響 し た か ? 谷崎 が 見 た か ど. た ためだ と考 え た谷 崎 は、 理想 の秘 書 を探 し始 め た。. 癌 癒 老 人 日記 ﹄ ク ・シ ャ ワー ・フ ォー リ ーズ ﹂ 上 演。 ﹃ う か は不 明 。.
(24) (142) 戦後 の谷崎潤一郎. が、 M は 女 優 を 目 指 し て い た の で、 都 合 が 悪 か った. 掛 け た。 谷 崎 は Mを 秘 書 にし た いと考 え て いた よ うだ. り、 M が 来 る と 必 ず ハイ ヤ ーを 呼 ん で、 ド ライ ブ に出. 出 入 り す る よ う にな った武 智 鉄 二 の弟 子 の M が 気 に入. 吉 構 成 ・演出 ﹁ 街 の噂 ・東 京 の下 半 身 ︵ 内 緒 で覗 き ま. 2 日初 日、 岡 田恵 ※ ﹁内 外 タイ ム ス﹂ によ れば 、 5月 1. 沼 千 代 子 日記︶。. ト リ ップ oシ ョウ に行 く。 多 喜 万利 が お気 に入 り ︵ 笹. 9 電話 で千 代 子 ・喜 美 子 を誘 って、 日劇 の ス 5 ol. 歳︶. ︵ 伊 吹 和 子 ﹃わ れ よ り ほか にし 。. し ょうと 。 多喜 万利 の ほか、 美 保 みど り、 浜 みな と、. 丁度 そ の頃 、 観 世 栄 夫 ・恵 美 子 の縁 談 に つい て頻 繁 に. ※ M は、 御 木 き よ ら。 本 名 森 某 、 魚 河 岸 問 屋 の 娘 。. リ タ ・エレ ン、 パリ の ミ ュージ ック ホ ー ルにも出 演 し. 7 午後 8時 か ら 9時 ま でN H K ラジ オ第 二放 9 ●2. ﹃ 痕 癒 老 人 日 記 ﹄ の颯 子 の足 の部 分 は御 木 き よ ら が モ. 時 が 一番 幸 せ な のだ よ﹂ と に繰 り返 し言 った と いう。. 送で ﹁ 教 養特集 文 壇 よ も や ま話 谷 崎 潤 一郎 さ んを. て いた シ ャ ンソ ン歌 手 デ デ ・ド ゥ ・モ ン マルト ルな ど. 武 智 鉄 二 に よ れ ば 、 沢 村 訥 升 の下 半 身 は、 御 木 き よ ら. 囲 ん で﹂ ︵ 谷崎 潤 一郎 ・池 島 信 平 ・嶋 中 鵬 二︶ 放 送 。. デ ル。 谷 崎 は暇 さ え あ れ ば 、 御 木 き よら の足 を 愛 撫 し、. に似 て い た ︵ 武 智 鉄 二 ﹃歌 舞 伎 俳 優 論 沢 村 訥 升 ﹄. 6年 2月 土 昭和 3 のち ﹃文 壇 よも やま話 ︵ 円蛙 下 巻L ︵ 1. が出 演 。. ︲/ 3︶。 ﹁ 演劇界 ﹂ S 5. 一 房刊 ︶ に収 録。 で ヽュージ ック ・ホ ー ル ヘは時 々行 く、. こう や って触 って いる 接 吻 し、 ﹁君 の足 は 日本 一だ 、. ※渡 辺 清 治 氏 によ れ ば 、 御 木 き よ ら は谷 崎 の秘 書 。 武. 楽 屋 へ案 内 され る﹂ な ど と 語 る。. 鹿 も ど き﹄ ﹁ 病床 に てし 。 ← 以 後 、 心臓 病 に苦 し む。. ﹃ 田英 雄 の指 示 で、 以 後 0 当世 1月 一杯 は自 宅 で臥 床 ︵. O o7午後、 猛 烈 な 心 筋 梗 塞 の発 作 に襲 われ る。 上 ︲ ︲. 智 鉄 二 の所 で恵 美 子 の友 達 だ った ︵1 9 9 8/ 8/ 3 2 渡 辺清 治 氏 直 話 ︶。. ◆ 昭和 三 十 五 年 ◆ ︵1 9 6 0 庚 子 ︶ ︵ 数 え年 七 十 五.
(25) 光 江 細. (143). ︲ 英 雄 ︶ 内 科 に入 院 .3 寝 台 自 動 車 で東 大 上 田 ︵ 病 床 に てし 。 翁当 世 鹿 も ど き ﹄ ﹁ 2 ・2 退 院 。 以 後 、 銀 座 東 急 ホ テ ルに宿 泊 し、 予 ︲ ︲ 病 床 に てし 。 ﹃当 世 鹿 も ど き ﹄ ﹁ 後 の様 子 を 見 る ︵ 、 0 日 ぶ り に熱 海 4 .2 銀 座 東 急 ホ テ ルを出 て 5余 病 床 に てし 。 ﹃当 世 鹿 も ど き﹄ ﹁ に帰 る ︵. 谷 崎 は、 小 浜 奈 々子 ・丘 る り子 ・島 淳 子 な ども 贔 買. だ った ようだ が、 イ ンテリ ・ヌ ー ド の小 川久 美 の肉 体. には反 発 を感 じ て いた ら し い。 小 さ い乳 房 には興 味 が. な いと言 って いた。 ス レ ンダ ーな近 代 的 肉 体 よ り、 や. や太 り肉 タイ プ が好 み。 アク ロバ ット は気 持 が悪 いと 一 百 って いた。. 0 楽 ﹁ 中 央 公 論 ﹂ S0 果 た さな か った ︵ 4/ 1 丸 尾 長 顕 ﹁. こ の次 は、 脚 本 を 書 い て、 演 出 す ると言 って いた が、 数 え年 七 十 六 ◆ 昭 和 三十 六 年 ◆ ︵1 9 6 1 辛 丑︶ ︵. 屋 のお も かげ し 。. 申 訳 な い! ヤ ボ な 殿 方 カ ンケ イな い﹂ で、 ※演 目 は ﹁. 歳︶. 橋 春 川 ま す み ・小 浜 奈 々子 ・多 喜 万 利 な ど が 出 演 ︵. 木 ︶ 熱 海 の松 子 夫 人 か ら丸 尾長 顕 に電 話 、 5 ●8 1 ︵ ﹁ 中央公 日劇 ミ ュージ ック ・ホ ー ル の座 席 2枚 依 頼 ︵. 本 ・石 崎 ﹃↓〓閣 Zあ 〓 〇門バロ〓 c四o 〓>FFし 。. 丸 尾 長 顕 が 春 川 ます み の楽 屋 に案 内し た。 何 枚 も 写真. け付 け た。 座 席 は い つも の前 か ら 2列 目。 シ ョウ の後 、. 開 演 二〇 分 前 に、 スラ ック スを は いた女性 を 連 れ て駆. ンバネ ス、 和 服 、 ス テ ッキ、 痛 む 右手 に手 袋 を はめ て、. ホ ー ル に出 演 。 谷 崎 は ハンテ ィ ング にグ レ エの夏 のイ. 楽 屋 の お も か げ ﹂ に は、 こ の 日 が 日劇 ※丸 尾 長 顕 ﹁. ス了つ。. に言 う ﹁スラ ック スを は いた女 性 ﹂ は御 木 き よら であ. 楽 屋 のおも かげ ﹂ テ ッキを持 ち、 手 袋 を はめ て い る。 ﹁. ら ・谷 崎 潤 一郎 ・丸 尾 長 顕 の写 真 が あ る。 谷 崎 は ス. ジ ック ・ホ ー ルの春 川 ま す み の楽 屋 を訪 れ た御 木 き よ. ※丸 尾 長 顕 ﹃回想 小 林 一三﹄ グ ラビ アに、 日劇 ミ ュー. 0 楽 屋 のお もか げし 。 論﹂ S0 4/ 1丸 尾 長 顕 ﹁ 金 ︶ 春 川 ま す み が 日 劇 ミ ュー ジ ック ・ o9 ︲ ︵. を撮 る。.
(26) (144) 戦後 の谷崎潤一郎. る が、 誤 り。. ミ ュージ ック ・ホ ー ルを 見 た最 後 だ った と思 う、 と あ 〓>rr﹄︶。. 浩 之 と結 婚 ︵ ↓〓∪ zあ 〓︻ 橋 本 ・石 崎 ﹃ OUバロ〓c四o. 二人 で伺 わ せ て頂 き ま す ﹂ と言 う と、 谷 崎 は ニコリと. ※谷 崎 邸 に挨拶 に行 った帰 り際 、 松 谷 が ﹁これ か らも. ﹁日 ︵ 川旦 示﹂︶。. も せず、 ﹁いや、 春 川 君 一人 の方 が い いよ﹂ と答 え た. 0 対 談 ﹁ 伊 豆 山 閑 話﹂ ︵ 谷 崎 潤 一郎 o円 地 文 子 ︶ 1 ※ ﹁ヌ ー ド は た ま に東 京 へ行 く と 、 一寸 見 に 行 く﹂. 3 ﹁週 刊 文 春 し 。 ︵1 9 6 5/ 8/ 2. 3 ol∼ 5 ●6 日劇 ミ ュージ ック ・ホ ー ルの開 場. ﹁ 贔 買 は春 川 ︵ ま す みと ﹁ 多 喜 万 利 も 知 って いる﹂ な ど と 語 る。. 0周 年 記 念 公演 ﹁そ っと 乳 房 は夢 を 見 る﹂ に春 川 ます 1 み が出 演. ﹁ 中 央 公 論 ﹂ に ﹃癌 癒 老 人 日 記 ﹄ 連 載 ︵ ∼S. 。 7 3 ・5︶. 〓>FF﹄︶. H. ※颯 子 が 日劇 ダ ン シ ング ・チ ー ムを 辞 め た後 、 浅 草 辺. ※谷 崎 が 見 たか どう か は不 明 。. ↓〓国 zる 〓あ 国バH 〓c曽o ︵ 橋本 ・石 崎 ﹃. に いた こと も あ る ら し い、 と あ る のは、 スト リ ッパ ー. ル ー ム で老 人 が ネ ッキ ング を す る 際 、 颯 子 は ミ ュー. ※ こ の時 か ? 日劇 ミ ュージ ック ・ホ ー ルの楽 屋 で小. い ハ ット にピ ンク の貴 婦 人 ﹂。 小 浜 奈 々子 が出 演 。. 5 ●0 黒 ︲∼ 7 ●1 日劇 ミ ュージ ック ・ホ ー ルで ﹁. ジ ック ホ ー ル の踊 子 が はく よ う な サ ンダ ル ・ヒ ー ルを. 浜 奈 々子 と 一緒 の谷 崎 の写 真 あ り。 同 じ時 か ? 一 局輪. を し て いた こと を 仄 め か し たも の。 ま た、 シ ャ ワー ・. 故 意 には い て来 る。. ウ ィミ ング を見 る谷 崎 の写真 あ り。 撮 影 は共 に山 田健. プ リ ン ス ・ホ テ ルのプ ー ル で、 シ ンク ロナイズ ド ・ス ◆ 昭 和 三十 七 年 ◆ ︵1 9 6 2 壬 寅 ︶ ︵ 数 え年 七 十 七. 一一翁新 潮 日本文 学 ア ルバ ム﹄ に掲 載 ︶。 ← これ以後 、. 谷 崎 が ヌー ド ・シ ョウ を 見 た と いう確 実 な 記 録 は、 今. 歳︶ 2 春 川 ま す み が東 京 新 聞 記 者 ・映 画 評 論 家 ・松 谷.
(27) 光 江 細. (145). のと ころ発 見 でき な い。. 数 え年 七 十 八 ︵1 9 6 3 癸 卯︶ ︵. 歳︶. 2? 心 臓 発 作 が頻 々と起 こり、 再 び心 臓 研 究所 に. 終焉 の 松子 ﹁ 入 院 。 2時 間 にわ た る大 発 作 も あ った ︵. 椅 松 庵 の夢 ﹄、 伊 吹 和 子 ﹃わ れ よ り ほ か あ と さ き﹂ ﹃. ◆ 昭 和 三十 八 年 ◆ 歳︶. にし 。. 3頃 食 欲 不振 が著 し く、 癌 に違 いな いと言 って、. ★ 夏 、 軽 微 な 心 臓 発 作 で検 査 を 兼 ね て心臓 研究 所 の付 終 焉 のあ と 松子 ﹁ 一ヵ月 以 内 で退 院 ︵ 属 病 院 に入院 、. 一 2度 も 胃 の透 視 を し て貰 った が、 癌 ではな か った。. 谷 崎 が 見 たか ど う か は不 明 。. 0∼ 0 7 日劇 ミ ュージ ック ・ホ ー ル ﹁七 い 8 ●3 1 .2 ろ の欲 望 ﹂ で、 歌 舞 伎 舞 踊 ﹁黒 塚 ﹂ の ヌー ド化 が好 評。. 白 日 夢 ﹄ に主 演 す る 路 加 奈 子 に つい て。 監督映画 ﹃. 焉 のあ と さき﹂ ﹃椅 松 庵 の夢 し 。. 松子 ﹁ 終 後 に こ の食 欲 不振 が前 立 腺 肥 大 症 と知 った ︵. さ き﹂ ﹃椅 松 庵 の夢 し 。. 4 9 2 9 ッ ︲ o2∼ S 3 ・2 ●2 日劇 ミ ュージ ク oホ ー ル ヌ ー ﹁女 だ け の夜 の正 体 ﹂ で、 観 世 栄 夫監 修 によ り、. ﹁日本 風 の細 面 の美 人 よ り、 ブ リ ジ ッド ・バ ルド ーや. 点 を凝 視 す る時 が目 立 って多 く な り、 無 口 にな った。. ド能 ﹁ 小 町﹂ 上 演 。 観 世 栄 夫 は谷 崎 の義 理 の娘 婿 に当. マリ リ ン ・モ ン ロー のよ う な 、 グ ラ マーな女 性 の方 が. 島 由 紀 夫 ・死 と そ の歌 舞 伎 観 し によ れば 、 谷 崎 は試. 白 日夢 ﹄ を つく った か﹂ 翁三 ※武 智 鉄 二 ﹁な ぜ私 は ﹃. 主 演 。 奈 良 あ け みも 出 演 。. ︲ 白 日夢 ﹄ 封 切 り。 路 加 奈子 .2武 智 鉄 二監 督 映 画 ﹃. 好 き﹂ と あ る。. 路 さ ん の こと﹄ 翁 マド モ アゼ ルし *武 智鉄 二 6 ﹃. た る が、 谷崎 が 見 た か ど う か は不 明。 H半 ば 内 幸 町 イ イ ノホ ー ル で開 か れ た芸 術 祭 大 衆 小 町﹂ が 寄 席 制﹂ に ヌー ド能 ﹁ 芸 能 部 門 参 加 の催 し ﹁ 上 演 さ れ た。 谷 崎 が 見 た か ど う か は不 明。. 数 え年 七 十 九 ◆ 昭 和 三十 九 年 ◆ ︵1 9 6 4 甲 辰︶ ︵.
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