1 はじめに 「備長炭電池」は,1994年に科学実験プロデューサー・ 米村傳治郎によって考案された電池である(1)。備長炭・ 食塩水・アルミニウム箔・キッチンペーパーといった台 所にある身近な材料で,簡単に作ることのできるリサイ クル電池として着目され,1996年,日本科学技術振興財 団主催の「第一回科学技術体験活動アイディアコンテスト」 で科学技術長官賞を受賞している。 2 現行の中学校理科用教科書との関連 「備長炭電池」は,平成28年度用の5社の中学校理科用 教科書すべてに掲載されており,単元の中の位置は導入 の場面で1社,主要な学習活動の場面で2社,発展的内容 として2社であった。 表1に中学校理科用教科書の中での「備長炭電池」の取 り扱いを示した。 図1,図2(2)は教育出版の教科書の「備長炭電池のつく り方」と「放電後のアルミニウム箔のようす」の記載例 で他の教科書も同様である。
* 兵庫教育大学大学院連合学校教育学研究科学生(Doctoral program student of the Joint Graduate School in Science of School Education, Hyogo University of Teacher Education)
** 岡山大学(Okayama University) 兵庫教育大学 教育実践学論集 第22号 2021年 3 月 pp.109−116
備長炭電池の放電時の正極,負極の酸化還元反応についての
電気化学的な実験による検証
谷 川 直 也*,喜 多 雅 一**
(令和2年7月2日受付,令和2年12月23日受理)Examination of redox reactions of the positive and negative electrodes on
electrical discharge in Bincho chacoal battery by electrochemical experiments
TANIKAWA Naoya*
,KITA Masakazu**
In 1994 Denjiro Yonemura a producer of scientific experiments devised an example of air batteries,"charcoal battery," which can be easily constructed of familiar materials: charcoal, salt water, aluminum foil, and paper towel."Charcoal battery" is also treated for junior high schools in all current science textbooks, which do not deal with the redox reactions of positive and negative electrodes on electric discharge. This study has examined these redox reactions by means of electrochemical experiments and proposed an appropriate treatment at junior high school level.
Key Words: Charcoal battery,Air battery,Redox reactions on electrical discharge
出版社 名称 場面 主な記述 啓林館 備長炭とアルミニウムはく を使った電池 導入 ① 電池をつくる ② 電気エネルギーを取り出せる か調べる 東京書籍 木炭電池 本文 〔電気エネルギーへの変換〕 電流を長時間とり出した後,アル ミニウムはくは,ぼろぼろになっ た。これらのことから,電流が流れ ることで化学変化が起こっている ことがわかる。 教育出版 塩化ナトリウム水溶液と備 長炭,アルミニウムはくを 組み合わせた装置 本文 電気エネルギーを長時間取り出し 続けたあと のアルミニウムは く が,ぼろぼろになっていたことか ら,電気エネルギーを取り出し続 けている間,化学変化が起こって いたことがわかる。 大日本図書 備長炭電池 発展 やってみよう いろいろな電池をつくってみよう 学校図書 備長炭電池 発展 チャレンジ 電池を作ろう 表1 現行の教科書(2)(3)(4)(5)(6)の記述(抜粋) 図1 備長炭電池のつくり方
3 問題の所在と本研究の目的 すべての教科書において,「備長炭電池」の放電の際の 電極で起こる反応式の記述は見られなかった。ボルタ電 池やダニエル電池では具体的な放電時の化学反応が扱わ れているが,「備長炭電池」は生徒に導入で興味付けを行 うための電池作り,または発展として扱われていて化学 変化についての議論はない。 また,「備長炭電池」の放電の際の反応についての先行 研究は次の2例に限られる。 2002年亀丸ら(7)ならびに東京書籍の教師用指導書は, 負極で起こる反応式を,Al → Al3+ + 3e-としている。一方, 正極で起こる反応について,「炭に吸着された酸素が正極 の働きをしている物質なので,空気電池ともいわれている。」 と記されているにとどまり,反応式は記されていなかった。 正極で起こる反応式については,2010年尾関・山口(8)は, 「一般に「備長炭電池」では備長炭の細孔内の炭の表面で 2H2O + O2 + 4e- → 4OH- のように酸素の還元が起こっ ていると考えられ,空気電池と呼ばれている。」と報告し ている。 本研究は,「備長炭電池」の放電の際の反応が,次に示 す反応式のように進むのかを実証的に明らかにすること を目的とする。 負極 Al → Al3+ + 3e - 正極 2H2O + O2 + 4e- → 4OH - ここで,放電前後のアルミニウム箔の質量変化と空気 中の酸素濃度の変化を酸素濃度計により測定した。得ら れた結果から,両極で実際に起こっている化学反応を特 定し,中学生または高校生に化学反応を扱う探究教材と なり得るかどうかを検討した。 4 検証実験 「備長炭電池」を作成し,放電後の負極のアルミニウム 箔の質量変化,正極の酸素濃度の変化を測定した。 4−1 「備長炭電池」の正極,負極での化学反応の同定 〔備長炭の活性化〕 備長炭の場合,使用開始以前に多くの物質が吸着して いる可能性があるので,吸着している物質をすべて取り 去り,空気以外に吸着しているものがない状態にした(9), 1。 〔「備長炭電池」の作成〕 (1)準備物 備長炭,キムワイプ,塩化ナトリウム,蒸留水,アル ミニウム箔〔家庭用アルミニウム(厚さ11μm)研究 所用アルミホイルラボホイル(厚さ30μm),CAPTAIN STAG BBQホイル(厚さ60μm)〕,100 mLビーカー1個, ガラス棒1本,薬さじ1本,マグミキサー1個,駒込ピペッ ト1本,のこぎり1本,分析用電子天 (ケニス株式会 社製HR202i) (2)実験方法 ① 活性化した備長炭の条件をそろえるために,直径 が等しいものを選び,約7 cmに切断して大きさをそ ろえた。 ② 活性化した備長炭にキムワイプ(6 cm×10 cm)を 巻きつけた。 ③ 蒸留水50 mLに,塩化ナトリウムを飽和するまで 溶かした。 ④ 駒込ピペットを用いて,キムワイプ全体が湿るよ うに,飽和塩化ナトリウム水溶液を約2 mL滴下した。 ⑤ その上にあらかじめ,分析用電子天 (ケニス株 式会社製HR202i)で質量を測定したアルミニウム箔(6 cm×12 cm)を巻きつけた。 〔アルミニウム箔の質量の測定〕 (1)準備物 「備長炭電池」,太陽電池用モーター(ナリカRF-510TN) 1個,オールインワンデジタルマルチメーター(ナリカ) 2個,電流計(ケニスサイエンスキューブ 電流センサー) 1個,銅線1本,実験用リード線6本,ストップウォッチ 1個,ドライヤー1個,分析用電子天 (ケニス株式会社 製HR202i)1個,アスピレーター1個,真空ゲージ付ポ リカデシケータ―(ケニスPC-250KG)1個 (2)実験方法 ① リード線をアルミニウム箔と,備長炭に巻きつけ た銅線に接続した。 ② 太陽電池用モーター(規格:10∼15 mA),デジタ ルマルチメーターを接続し,一定時間(30分間)の 電流,電圧の変化を10分おきにデジタルマルチメー ターで測定した。なお,電流値はケニスサイエンス キューブの電流センサーを用いて測定した。電流値 は7 mA∼14 mAの間で変化したが,放電電流の値は 本研究においては系統誤差の範囲内であり一定とみ なすことができる。 ③ 30分後アルミニウム箔を取り外し,蒸留水に浸し 図2 放電後のアルミニウム箔のようす
て水洗いした。ドライヤーとキムワイプで,アルミ ニウム箔の水分を取り除き,デシケーター内に入れた。 ④ デシケーターにアスピレーターを接続し,減圧乾 燥を半日行った。 ⑤ アルミニウム箔の質量を分析用電子天 (ケニ ス 株式会社製HR202i,最小 量単位±0.1 mg)で測定 した。 〔酸素の濃度の測定〕 (1)準備物 酸素濃度計(ケニスサイエンスキューブ 酸素センサー 分解能:0.006%)1個 電流計(ケニスサイエンスキューブ 電流センサー)1個 電圧計(ケニスサイエンスキューブ 電圧センサー)1個 ケニスサイエンスキューブ本体1個 プラスチックカップ(SOLOコールド用カップ414 mL) 1個 アクリル板(18 cm×18 cm)1個,ガラス管(外径5 ㎜) 2個,ゴム管2個 ピンチコック2個,高真空用グリース(東レ・ダウコー ニング)1個 アルミテープ2枚,アクリル管(直径5 cm×長さ10 cm) 4本 (2)実験方法 ① プラスチックカップの底にセンサーの直径と同じ 大きさ(2 cm)の穴をあけ,センサーを差し込んだ。 ② アクリル板に直径5 ㎜の穴をあけ,ガラス管を差 し込み,ボンドで固定し,気体置換用の穴とした。 ③ アクリル板に直径2 ㎜の穴を2つあけ,配線用の穴 とした。 ④ アクリル板の四隅にアクリル管を図3,図4のよう に,ボンドで固定し,支柱とした。 ⑤ 気体置換用のガラス管は,上部にアルミテープ, 下部にゴム管を接続し,ゴム管はピンチコックを用 いて,閉じた。 ⑥ 酸素センサーとプラスチックカップの接合部,ア クリル板とプラスチックカップの接触部分,ガラス 管や配線の穴に,真空グリースを竹串で少量塗り, 気体の漏れがないようにして,密閉性を高めた。 ⑦ 酸素の濃度の測定は6回行った。 なお,容器内の酸素の体積を理想気体の状態方程 式から求め,得られた酸素の体積を容器の体積で割っ た値を酸素の体積パーセントとするために酸素の濃 度の測定時には,気圧と気温も測定した。 4−2 「備長炭電池」のモデル実験 U字管(容量:120 mL)を用い,アルミニウム板(20 ㎜×70 ㎜×0.5 ㎜),備長炭と同様の活性化処理済みの炭 素棒(直径5 ㎜×100 ㎜)を電極とした「備長炭電池」の モデル実験装置(図5)を用いて,次の測定を行った。なお, 水溶液の調製には超純水(富士フィルム和光純薬株式会社) を用いた。アルミニウム板,炭素棒は電解質水溶液に, それぞれ50 ㎜,75 ㎜浸漬させた。 図3 実験装置の概略 図4 実験装置の写真 図5 「備長炭電池」のモデル実験装置 Al 板 炭素棒 1 mol/L 食塩水
〔起電力の測定(外部抵抗なし)〕 ① アルミニウム板(20㎜×70㎜×0.5㎜)の研磨 2の 有無による比較を行った。 ② 電解質水溶液は1 mol/L 食塩水を用いた。 ③ 電解質水溶液に窒素ガスを吹き込み,溶存酸素DO の追い出しの有無による比較を行った。溶存酸素濃 度は溶存酸素計(SATOTECH社製WA-20117SDJ-DO) を用いて測定した。 〔外部抵抗(1.5 V-0.3 A の豆電球)を接続し,放電させた 時の化学変化〕 ① 両極表面の観察を行った。 ② アルミノン試薬を用いて負極近傍の電解質水溶液 中のAl3+の生成を調べた。 ③ フェノールフタレイン溶液を用いて正極近傍の液 性を調べた。 ④ ポータブル溶存水素計(トラストレックス製ENH-1000)を用いて両極近傍の溶存水素濃度DHの測定を 行った。 ⑤ 放電後に生成する白色物質の同定と実験条件によ る生成量の比較を行った。 5 結果と考察 5−1 「備長炭電池」の正極,負極での化学反応の同定 (1)アルミニウム箔の質量の測定 家庭用アルミニウム箔(厚さ11 µm),研究所用アルミ ホイルラボホイル(厚さ30 µm),CAPTAIN STAG BBQホ イル(厚さ 60 µm)を用いたときの30分放電後のアルミ ニウム質量の測定結果を表2に示す。 ※測定値は家庭用アルミニウム箔は2回(30分×2),研 究所用アルミホイルラボホイル,CAPTAINSTAG BBQは 各3回(30分×3)の平均値を示す。 ※理論値の計算方法については 3に示す。 本研究で,検討を行った3種類のアルミニウム箔の質量 の減少量と,計算から求められるアルミニウム箔の質量 の減少量の理論値を比較したところ,表2より厚さ60μ mアルミニウム箔を用いたとき,理論値との差が0.1 gと なり,理論値に一番近い測定結果が得られた。 これは,先行研究(10)でも指摘されていた,イオン化せ ずに脱落する金属アルミニウムによる誤差が小さくなっ たためと考えられる。実際に,90分間放電を行った厚さ 60 μmアルミニウム箔を観察しても,穴等の目視で見ら れる欠損は見られなかったが,11,30 µmの厚さのアルミ ニウムでは,放電後のキムワイプに,2∼3 ㎜のアルミニ ウム片の付着,アルミニウム箔に目視可能な2∼3 ㎜の欠 損が確認できた。 以上の実験結果は,負極において,電気量に比例し, Al → Al3+ + 3e- の反応が進んでいることを示すものであ る。しかし,Al3+/Alの変化は,電極電位と溶液のpHへの 依存性(11)を考慮すると,pH=4.5以下の場合にのみ起こ る。 今回,電解質水溶液である飽和塩化ナトリウム水 溶液のpHはほぼ5.6程度で,電極電位と溶液のpHへの依 存性(12)を考慮すると,Al(OH) 3/Alの酸化還元対が起こ りうる反応となる。ここで起こりうる反応は2Al + 6H2O → 2Al(OH)3+ 3H2となる。 実際のアルミニウム箔には酸化皮膜があることが知ら れており,Alの酸化膜は,Cl-が吸着すると,耐食性が著 しく低下し,Cl-は酸化膜内に拡散し,Al 2O3をAlCl3に変 化させるので,Al3+が溶解する(13)。また,酸化被膜でお おわれた金属と溶液の系における反応において,3nm以 下の被膜の場合,量子力学的トンネル効果のため,電子移 動に対して被膜は障害にならない。酸化被膜の厚さが10 nm以上の場合,酸化物の影響を受けると記されている(12)。 アルミニウムの表面の酸化被膜は厚さ数nmから数十nmの 緻密な丈夫な膜であると記されている(12)ので,表面の酸 化皮膜の影響を「備長炭電池」のモデル実験で検討した。 (2)酸素の濃度の測定 図6に4-1〔酸素の濃度の測定〕で行った酸素濃度の変 化を示した。
予想されている正極の反応:2H2O+O2+4e- → 4OH- によ
り,空気中の酸素が化学量論的に消費されているのかを 電気量から理論値 4を求めて,実測値と比較した。空気
放電時間 / min
酸素 濃 度%21.6
21.4
21.2
21.0
20.8
0 5 10 15 20 25 30
表2 30分放電後のアルミニウムの質量減少量 図6 酸素濃度の経時変化(各データは6回の測定の平均値で 標準偏差を各点にバーで示した)中の酸素のみが消費されたと仮定すると,放電30分後の 酸素濃度の変化の理論値は,0.39 %である。 図6より,酸素濃度は,経過時間とともに徐々に一定値 に向かって減少していく傾向にある。また,放電直後の5 分間の減少量は特に大きいことがわかる。 しかし,30分間の酸素濃度の減少量は6回の測定の平 均が0.17 (標準偏差0.15)%であり,理論値0.39 %の約半 分である。 このことは,「備長炭電池」の放電反応は空気中の遊離 の酸素に加えて,備長炭自身に吸着されている酸素が同 程度関与していることが示唆される。 次に,30分経過後の酸素濃度はどのように変化してい るのかを調べるため,モーターを回し続け,酸素濃度の 変化を測定した。図7にその結果を示す。なお,図6の30 分後の酸素濃度の値は6回の測定の平均値であるため, 表7の1つの系だけで測定した30分後の酸素濃度の値と異 なっている。 180分間の放電で,酸素濃度は減少し続けた。ほぼ一定 の割合で減少していることから,備長炭電池の反応で空 気中から継続的に酸素が供給されていたと言える。 5−2 「備長炭電池」のモデル実験 そこで,「備長炭電池」のモデル実験をU字管内で,ア ルミニウムの酸化皮膜の有無,脱気処理の有無(溶存酸 素を減少させるための窒素ガス処理の有無の略)の条件 下での起電力の測定,放電後の電解質水溶液中の化学種 の同定を行った。 図8に「備長炭電池」のモデル実験の起電力の結果を示す。 (条 件:① 電 極(未 処 理),pH=5.25(23.0℃),溶存酸 素量DO=7.2ppm(23.3℃)(未脱気);②電極(未処理), pH=8.36(26.2℃),DO=1.2ppm(26.2℃)(脱 気 済);③ 電 極(処理済),pH=5.25(23.0℃),DO=7.2ppm(23.3℃)(未 脱気);④電極(処理済),pH=5.39(23.5℃),DO=1.4ppm (23.5℃)(脱気済)) 表3は条件①∼④をまとめたものである。 図8から,1 mol/L 食塩水中において,アルミニウム板 を研磨処理した条件③,④の方が,未処理の①,②に比 べて高い起電力が得られ,酸化皮膜が起電力を低下させ ていると考えられる。同時に塩化物イオンCl-が負極のア ルミニウムAl上の酸化皮膜と反応して,イオン化に関与 していることを示唆している。また,脱気処理の有無(条 件①と②または③と④で起電力に大きな差が無いことから) は起電力に与える影響は少ないと考える。 表4に外部抵抗(豆電球(1.5 V-0.3 A))を接続し放電 させたときの,負極の観察,負極近傍の電解質水溶液の 溶存水素濃度,負極近傍の電解質水溶液とアルミノン試 薬との反応,正極の観察,正極近傍の電解質水溶液のフェ ノールフタレイン溶液との反応の結果を示す。負極の脱 気処理を行った下欄の溶存水素の測定値が大きいことか ら,溶存酸素が少ないほど負極の電極反応の速度は大き いことが明らかとなった。 ほとんどの実験系で,負極近傍の電解質水溶液はアル ミノン試薬との反応し赤色沈殿を生成したことから,ア ルミニウムイオンAl3+の生成が明らかとなった。 図8 「備長炭電池」のモデル実験の起電力の経時変化 図7 30分以降の酸素濃度の経時変化 酸素 濃 度% 経過時間 / min 表3 モデル実験の条件制御 表4 30分間放電後の正極,負極近傍の1 mol/L食塩水の 分析結果
また,図9に示すように,1mol/L 食塩水を電解質水溶 液として,放電開始前に正極側にフェノールフタレイン 溶液を2滴滴下しておいたところ,正極では,放電開始直 後から,正極近傍の電解質水溶液が赤変するようすを観 察することができた。先に記したように放電開始直後は 炭素棒に吸着された酸素O2が正極活物質として消費され るが,それが消費されると,別の活物質(後述するよう に水が活物質となる)に替わることを示唆する。 図9の左図の溶存酸素が未脱気の方がフェノールフタレ イン溶液の赤変する範囲が大きいことから,正極の電極 反応には溶存酸素が使われているが,右図は溶存酸素の 濃度が1/10の状態でも水酸化物イオンの生成を示してお り,水の還元が起きていると考えられる。 図10に1 mol/L食塩水を電解質水溶液として,10日間放 電後のU字管の底にたまった沈殿の様子を示す。 先 述 し た 電 極 電 位 と 溶 液 のpHへ の 依 存 性(11)よ り pH=5.6で生成が期待された水酸化アルミニウムAl(OH)3 の白沈と推定され,白色沈殿に,1 mol/L NaOHaqを過剰に 加えると溶解し,1 mol/L NH3aqを過剰に加えても溶解しな いことから,水酸化アルミニウムAl(OH)3が確認された。 また,表3の結果から溶存水素がこれらモデル実験で観 察されたことから,負極では次のような電極反応が起き ていると考えられる。 2Al + 6H2O → 2Al(OH)3 + 3H2 尾関(8)らは,「備長炭電池」における水の重要性を指 摘しているが,表3ならびに図9の右図より,正極の反応 を,水が活物質として反応していると考えると,
2H2O+2e- H2+2OH- -0.83 V vs. SHE(14)
の反応が起こっていることも考えられる。 ここで,V vs.SHEは標準電極電位の単位である。 標準電極電位の値は標準水素電極(Standard Hydorogen Electrode)を0 V(基 準)と し,そ れ に 対 す る(versus) とすることを示す略号である。 (3) 「備長炭電池」の起電力について 4-1 「備長炭電池」の正極,負極での化学反応の同定の検 証実験では,放電直後の開回路電圧(0 minの起電力)は 1.089 V(家庭用アルミニウム箔(厚さ11 µm)を用いた場 合),0.744 V(研究所用アルミホイルラボホイル(厚さ30 µm)を用いた場合),1.066 V(CAPTAIN STAG BBQホイ ル(厚さ60 µm)を用いた場合)の測定値が得られた。 4-2 「備長炭電池」のモデル実験で得られた開回路電圧(0 minの起電力)は1.1 V∼1.5 Vであった。 5 結果と考察の検討結果から,「備長炭電池」の電極の 反応の候補には
負極:Al3++3e- Al −1.66 V vs.SHE…(1)
もう一つの候補として
Al(OH)3+3e- Al+3OH- −2.31 V vs.SHE…(2)
正極:2H2O+O2+4e- 4OH- +0.40 V vs.SHE…(3)
もう一つの候補として
2H2O+2e- H2+2OH- −0.83 V vs.SHE…(4)
が考えられる。(これらの標準電極電位の値は文献14より 引用した。) 起電力の組み合わせは大きい方から,(2)と(3)で2.71 V,(1)と(3)で2.06 V, (2)と(4)で1.48 V, (1)と(4) で0.83 Vとなる。 4-2 「備長炭電池」のモデル実験の開回路電圧(0 minの 起電力)の値1.1 V∼1.5 Vが,0.83 V∼2.71 Vの間にある ということから,「備長炭電池」の放電時の電極反応が条 件によってこれらの反応,おそらく(2)と(4)で1.48 V, (1)と(4)で0.83 Vが主に起こっていると考えられる。 これが,中学校の教科書にその詳細な化学反応式が載 せられない理由と考えられる。 6 結論 「備長炭電池」の放電時の電極反応の候補を絞り込むこ とができた。 すなわち,放電時の負極の電極反応は,Al → Al3++ 3e -だけではなく,Al+3OH-→Al(OH) 3+3e-も起きていること, 放電時の正極の反応は空気電池と呼ばれる2H2O +O2+4e -→4OH- だけではなく,2H 2O+2e-→H2+2OH-も起きている Al板:研磨なし,DO=7.3 ppm(26.1 ℃) pH=5.37(25.5 ℃) 図10 10日間放電後のU字管にたまった白色沈殿 DO=8.0 ppm(25.2 ℃) pH=5.35(25.7 ℃) DO=0.8 ppm(25.3 ℃) pH=5.29(25.3 ℃) 図9 1mol/L 食塩水を電解質水溶液として,放電開始後30分 後の正極近傍の様子
可能性を見出した。 このように,溶存酸素計,溶存水素計などを用いるこ とで,電極近傍で何が起こっているかを探究する教材と なる。 備長炭(純度は高くても87%(8))は炭素棒と異なり, 空孔が多く,酸素を吸蔵しやすいこと,食塩水を浸み込 ませたキッチンタオルをセパレーターとすることで備長 炭電極とアルミニウム箔電極の間の距離が小さく,アル ミニウム箔の表面積が大きい,高い電流値が得られやす い構造になっている。 「備長炭電池」は災害時などに台所にあるもので緊急用 に自作でき,防災教育などでも扱うことができる一般市 民の間でも知られた電池である。 本研究では,「備長炭電池」の構造から,(−)Al|NaClaq |C(+)の電池式で表される化学電池だと考え,電極反 応で生成する物質が分析しやすいように,小型のU字管 を用いたモデル装置を作成し,検証実験を行った。この 検証の過程が中学校や高等学校の課題研究などの探究教 材の参考になるものと考える。 教科書で議論できないが,課題研究などで放電時の電 極反応を追究していくことは,深い学びにつながる探究 教材として有用である。 また,「備長炭電池」は備長炭に吸着された空気中の酸 素が正極活物質となる「空気電池」としても知られている。 今後の課題として,備長炭に吸着された酸素だけが正 極活物質として反応しているのか,溶存酸素や大気中の 酸素が新しく吸着され反応しているのか,を検証するこ とが挙げられる。 1:備長炭の活性化の手順(9) (1)準備物 1000 mLビーカー3個,希硫酸,水酸化ナトリウム,蒸 留水,ガラス棒,フライパン,IHクッキングヒーター, 備長炭(備長炭之助 特選高級備長炭) (2)実験方法 ① 3 %に希釈した希硫酸水溶液の入ったビーカーに, 備長炭を半日浸した。 ② ①の後,3 %に希釈した水酸化ナトリウム水溶液の 入ったビーカーに,備長炭を半日浸した。 ③ 蒸留水を沸騰させたビーカー内で,備長炭を30分 間煮沸させた。 ④ 弱火で加熱したフライパン上で,備長炭を30分間 乾燥させた。 2:耐水ペーパー(#600,#1000)で蒸留水を付けて金 属表面を磨いた後,蒸留水に浸漬後,エタノールに浸 漬し,自然乾燥させて用いた。 3:負極の反応:Al → Al3+ + 3e- によるアルミニウム 箔の減少量の理論値は,以下のように,計算によって 求めた。 なお,放電中の電流値は,ケニスサイエンスキュー ブの電流センサーで測定した平均値を用いた。研究所 用アルミホイルラボホイル(厚さ30μm)を用いた30 分間毎の3回(合計90分)の放電実験では,各30分の 電流値は,7 mA ∼9 mAの変動幅であった。CAPTAIN STAG BBQ(厚さ60μm)を用いて,同様の実験を行っ た場合は,8 mA∼14 mAの変動幅であった。 電気量/C=平均電流値/A×モーターの回転時間/s アルミニウムの物質量/mol=電気量/C÷96500 C/mol アルミニウム箔の減少量/g=27 g/mol× ×アルミニウ ムの物質量/mol 4:電気量 /C= 平均電流値 /A ×モーターの回転時間 /s 反応する酸素の物質量/mol=電気量/C÷96500 C/mol÷ 4 反応する酸素の体積/L=酸素の物質量/mol×気体定数 (R)×温度/K÷圧力/Pa R=8.31×103 Pa・L/K・mol この実験系では,プラスチックカップと粘土で作った 密閉容器内で酸素濃度の測定を行ったため,容器に備長 炭と蒸留水を入れ,メスシリンダーに移し替えて容器の 体積を測定したところ260 mLであった。 よって,予想される酸素濃度の変化の理論値は,理論 値/%=酸素の体積/L÷0.26 L×100 で求められる。 ― 文 献 ― ( 1 )井上護編集『NHKやってみようなんでも実験vol.1』 日本放送出版協会,p16,1996 ( 2 )細矢治夫.養老孟司,丸山茂徳ほか27名 文部科学 省検定済教科書中学校理科用『自然の探究 中学校理科 3』教育出版,pp.18-19,2016 ( 3 )岡村定矩,藤嶋昭ほか49名 文部科学省検定済教科 書中学校理科用『新編 新しい科学3』東京書籍,p.31, 2016 ( 4 )塚田捷,大矢偵一,江口太郎,鈴木盛久ほか58名 文部科学省検定済教科書中学校理科用『未来へひろが るサイエンス3』啓林館,pp.102-103,2016 ( 5 )有馬朗人ほか62名 文部科学省検定済教科書中学校 理科用『新版 理科の世界3』大日本図書,p.167,2016 ( 6 )霜田光一,森本信也ほか29名 文部科学省検定済 教科書中学校理科用『中学校 科学3』学校図書,p.108, 2016 ( 7 )亀丸寛一・大山寛・山下宙征・佐藤成哉「活性炭を 用いた空気電池の教材開発」『化学と教育』50巻(6号) pp.466-467,2002 ( 8 )尾関徹・山口忠承「備長炭電池を長時間働かせる工夫」 『化学と教育』58巻(4号),pp.172-173,2010 3 1
( 9 )鈴木智恵子『身近な化学の実験と化学の基礎』東洋 館出版社,p93,1998 (10)赤穂吏映・松永茂「アルミー木炭電池の研究」『大阪 教育大学附属高等学校池田校舎研究紀要』39巻2010 (11)世利修美『金属材料の腐植と暴食の基礎』成山堂書店, p135,2009 (12) 佐藤敏彦『アルマイトの電気化学』軽金属出版株式 会社,pp.118-129,1982 (13) 日本化学会編『教育現場からのQ&A』丸善株式会社, pp.134-135,2003 (14) 喜多英明・魚崎浩平『電気化学の基礎』技報堂出版 株式会社,pp.254-259,1995 ― 謝 辞 ― 本研究を進めるにあたり,岐阜聖徳学園大学 藤澤里紗 実習助手には実験を補助いただき大変お世話になりました。 本論文をまとめるにあたり,英文要旨について同大学 教育学部のJohn Spiri准教授にはご校閲を頂きました。こ こに感謝いたします。