親の集団精神療法の経験 : 思春期青年期登校拒否児の親を中心に
14
0
0
全文
(2) . 親の集団精神療法の経験 -思春期青年期登校拒否児の親を中心に-. 奥. 緒. 村. 晶. 子. 言. 児童青年期精神科臨床 では,子 どもへの approachと平行 して親援助 は不可欠で,症例に応じて各 種技法 が工夫されている. 特に思春期青年期症例の場合には, 子 ども自身が援助を要求しない, 或 ingou tが日常化することも多いので, 親援助 は必須の は拒否 す る こ と も 稀 で は な い し 激 しい act ,. こととなる, 親援助は, 大別して2つの方向があると考えられる, l i tとしてみて精神 療法的 approachをして行く場合 親自身をc en ework的に子 どもとの相関のみに注目して行く 場合 ② 親を親と してみてcas 前者は, 親の性格偏偽 や不安 が大である場合に, 後者は, 親役割の混乱がありその調整を主目的 l rapy が普遍化しつつある今日, 現実的には両方が組み合 にする場合に施行される が, Fami y The わされることも多く, 夫々 に長所短所が体験されてい る所である,. ①. 1. 親の集団療法への要 請 roachを試みたの は,思春期青年 著者 が北海道立精神 衛生センター在 職中に,親の集団療法的 app i i n ng の機会もないままに, ra 期精神医学 は新しい分野で北海道で は研究者も少く 専門的な知識やt rgy を要し 現実に受け皿 が非常に少い状況で症例 が殺到して来て,親の個別面接には多くの人的 ene 需要に応じきれなかっ たことに端を発してい る. しかし, そうした現実 的問題もさることながら, 事をして行く 中で, 以下のような限界を体 i l t s og caseworker s ycho ,p , 保健婦等と共に親面接の仕 験したことも関係 している.. 親は, 我 が子 が問題を持っ た時に, 罪障感, 孤立無援感に打ちのめさ れ不安に圧倒 される, 治 t世の中で自分だけが何故…”との気持は持続 療者との個別面接は突込んだ approach はできる が,t し孤独感悲槍感の中で内閉的気分 が持続し易い. 経験し ② 子 どもの発達, 年令特性, そこでの親子の相関等を問題にして面接する時, 親は自分の か持っ ていないの は当然だ が, そこで治療者 は解説者ないし教師的役割の要に迫られることも多 く, 親は知的に理解しても, 体験的に受けとり日常の親子の関わり方に普遍化して 行くことに困 難がある, 換言すると個 別面接の場合は親は近 視眼的で体験 が狭いと いう限界がある. べて判 ③ 個別面 接では, 親は治療者に依存し易く 自信喪失した親 程, 主体性を失って治療 者にす 断や指示を求め易く, 治療者や親役割の代行等の行きすぎをしたり, 親自身の自発性, 役割意識 の開発を困難にしたりする危険がある,. ①. 215.
(3) . 奥 村 晶. 子. ④. 以上のことは, 親が生き生 きと 子 ども に関わる日常の中から情緒を開発するよりも 親が我が , 子を知的に理解し接して行こうとす る傾向を生み易い. このことは 生きた親子関係 の形成や子 , ども の自我の展開に失敗し表層的技法 に陥る危険性を持っ て来る . そうした治療上の問題点は, 勿論, 個別面接 の技法上の失敗といえばそれ迄であるが i l ‐med ca ,co f fの場合治療 者側の苦悩 にもなり得 る所から 私共 は一 つの発展として集団療 法を試行する方向 ta s , に向 っ た の で あ る,. 2. 親の集団療法の概要 治療者, 補助治療者の2名を担当とし 集団を10~15名程度 o ens stem で 開 始 し た 勿 論 y , , p . , i t n ake 面接 は肌目細かく して集団療法 への動機づ けを作って導入するよう配 慮した 集団療 法につ , いて治療法側が共通の理解と し心がけたのは次の諸点である . ① ② ③. 本音を出し合い自由 で許容的な話し合 いの場を形成 する . 親自身が自分達の問題と して相互に話し合っ て行けるよう配慮 し専門的な解説 は最低限 に抑え. る.. 子どもの行動の裏 にひそむ子ども の心を感 じる感受性を潤養 するよう に励ます , ④ 現実に親が考え, 行っ ていることが 子どもにとっ て有意味なことか 親役割 について の自己 , , 吟味を励ます, ⑤. 適切な親役割遂行 の中での夫婦相関 家族相 関の吟味と自己のあり方の吟味を励ます , ,. ここ では, 治療者はできるだけ司会役 に引込んで場を提供し 治療的雰囲気の形成を問題にする , こと になる, 尚, 集団療法の常として参加者 に秘密保持を前提 にしてもら たの は勿論 で それが っ , 保証される相互信頼が初め て自由な話題を展開し得るも のであるの は当然だろう , 私は, この集団療 法を通し多くのことを学 び得たので 此処に反省 をこめ こ の総括を試 みるこ , , とによっ て, 参加して下さ った親達や治 療者達に感謝 の意を表したい , 喪1, 相談来所者集計 その 集団療法の期間は,昭和56年10月 ~58年9月 の2年間であるが 本人 , 対象者 父 母 他 著者 の転勤に伴っ て継続 は困難になり自然解消したのは非常 に残 来所者 小 念である. ウ ム ハ 4 学 男{ ) 2 っ ん つ ム 生 この間に集団療法 に参加したものは 62例の 子 どもの親達で 女( 2 I ) , , 中学 小学生4例, 中学生23例, 高校生32例 その他3例である 子ど Q U 12 , , 2 1 2 ) 男( O X Uu 生 もの性別 では男子34例, 女子28例. 6 2例の概要 をみたのが表1で 女( 1 1 ) 高校 ある. 子 どもが最初から来所 してその後も継 続来所 し平行面接 で 1 男( 7 ) 8 4 16 生 きたもの, 子どもは1~2回程度来所しても治療意欲が乏 しく途 1 女( 5 ) 10 3 15 2 そ 中で中断してしまっ たもの, 子 どもは比較 的早期 に問題解決し親 の 男{ 3 ) I I 3 I 他 の混乱や学習が中 心のも の, 親のみの来所相 談で結局 子どもは来 女( ) 0 3 4 男( ) 14 7 33 I 2 め 20 4 28 2 計 女{ 6 2 ) 34 11 61 3 計(. その他:教師, 教育相談担当者 216. 所しなかっ たもの等, 種々のも のを含むが 子 どもが来所したの , は62例中34例で, 半数近くのものは親援助 にのみ終始してし、るこ. とが判る, 表1か ら, 男子特 に中学生は 親としては連 れて来 に , くし・こ と が 判 る.. 思春期青 年期症例 では, 相談機関 でさえも “本人を連 れて来な ,.
(4) . 親の集団精神療法の経験 -思春期青年期登校拒否児の親を中心に-. がこの数値は示し けれ ば判 らない”という援助の仕方では,家族は途方に暮れる他ないであろうこと が て ている, 私共の経験では, 親援助のみでも家族内力動の変 容をもたら し子 どもの改善につな っ ずる と べき である 信 ・ 行くことを知るので, 子 どもを連れて来れなくとも手 は打つ が父を同伴出 途中から母 と 来所したもの 父が母と共に が 最初から 1例である , , 又, 父親来所は1 が割合としては大きい , 子ど 席したものとが大体同数である, 中学生の父親より高校 生の父親の方 がある, もの年令による父親の子 どもへの接し方, 夫婦の相関等, 分析するとき興味深いもの 62例の症例の相談来所当初の時点の主訴を示したの が表2である. 主訴 は多岐に亘るものが 表2. 主訴別集計 自 社会 症 証 診 就 行 動 問 の アフ ター 身 明精神 擬 発上 多い が, 最も大きいもの 1 主 対 覚的 状の精神 訴 体 的ら 断書 格 達の問 問 職 明 個のみを集計 した, 行動上 象 ・ 資源 計 問 題か症 上 教育 上 ケ の問題とした不適 応児が31 題 え 題 の題 な状 岨 訴 者 ・書 リ ム 例で半数を占め, 次いで心 小学男 り ” リ ム 女 1 ▲ 生 身症的訴えを表面化させて I 中 学 男女 に り ワ ′ 12 い る も の が18例 で あ る こ 生 高 男 校 女 生 その 他 男. つ ム. に J Q U. I. 男. 12. 女. 6. 2. 計. 18. 2. %. I. 2. 3. 3. 8 7. 11. I. I. 2 2. .. 16. 17 15 3. I. 2. 女. 計. ワ 十. I. I. 2. 34 28. 2. 15. I. 2. 2. 31. 2. 4. 62. 6,5. l o o. 0.0 3,2 2 9.0 3.2 4.8 3,2 5. ,. の主訴別区分 は, 精神衛生 センターの統計処理上の区 分である が, 行動上の問題 には, 登校しない (神経症. 的登校拒否及 び怠学) ,反 抗, 暴力, 引きこもり, 非 行傾向等, 各種のもの を含 む.. 0例が登校拒否である が, 神経症的登校拒否, さみだれ登校, 怠学 62例の診断名 は表3である, 5 ・ 化等が関与しているもので, あえて区別 し i l t r sona 傾向のもの を含む, これに は本人の pe y ,家族の文 なかっ た, 相談機関の常として多様のもの が持込まれる が, 症状の表現形を超えて子 どもそのもの を理解し, 成長促進的親子 関係の再構 成を日標に 表3. 診断名別集計 するという ことで集団 療法に入れたものである, 対 診 不 家 青 場 神 集 心 チ 保 団不適 庭 春期面 経 質・ 因 2年間, 月2回第2, 4木曜午後3時間を 定例 ッ 象 断 登 内暴力 無 繊 反 計 化した中での出席 状況は表4である, 机を口の字 過 気 力 黙 敏 応 応 ク 留 者 名 校 型に並 べ自由な話し合いの形である. 1回~2回 リ ム 小 学男 リ ム リ ム の来所の中には, 精神衛 生相談に多くを, そして リ ム 生 女 即時的効果を期待し直ちに親の考える“治癒”を求 中 男 1 2 I 学 女 10 I めたものもあり,集団療法になじめなかっ たもの, 生 11 I I 9 高 男 1 i 本 人も来 所 し継 続 的 approach が可 能 と なり 1 17 校 女 16 1 ← 生 15 I I 11 I ~2回の面接で親 が今迄の態度を変 容して行けた そ 男 3 I I I の 女 0回と出席回数の多かっ た ものが含まれる. 20~3 他 ものは, 子 どもの病理の著 るしいもので分裂病に I I 34 男 28 2 2 発展した行っ たもの等であった, 28 計 女 22 I I I I I I 計 50 3 3 I I I I I I 62. 217.
(5) . 奥. 村 晶 子. 喪4, 出席状況. で き ; 蒼. 1. 2. 3. 4. 5. 6. 7. 8. 9. 回. 回. 回. 回. 回. 回. 回. 回. 回. 小 学生 家族のみ 本人も来所 I I 中学生 ? リハリ { ム U 家族のみ I Q U 本人も来所 2 I 高 ハ h▲ V ”1 ” ’1 11 校生 家 族 の み に Jr へ りI 本人も来所 I そ の他 家族のみ 2 本人も来所 I 家族のみ. 計 本人も来所 計. 11 7. 4. 8. 1 3 V 3. l in “ J1 19 15 1 qQ 8. I. 上 上 上 計. I. I I I. 1 0 20 30 回以回以回以. I. I. 3. I I. I. 2. 4 12 11. I. I 14 I 18 2 I. I. I. 3 4. I. 3. I. I. I. 4. I. I 28 I 34. I. 4. 5. I. 2 62. 表5, 対象児の予後 他機関へ 不登校 再登校・不登 不明 校状態の改善 通所中 休学 退学 通院 入院 小学生. 2. 中学生. 14(※4). 高校生. 20 (※ 9). I 3 1 1. I 3. I. 3. その他 計. %. 3 6(※13 ) 58,1. 計. I. 4. I. 4. 23. I. 3 , 2. 32. I. 10. 62. 5. 3. i. 4. 3. 8.I. 4.8. 1.6. 6,5. 4.8. 3. 16.I l o o 0 .. 家族集団療法 に参加 した親達 の子 ども達の2年後の予後を調査したものが表5であ る 何らかの ,′ 形にしろ改善 を示 しているものが3 6例である. 医療機 関へ通入院して いるものの大多数 は 親が頻 , 回来所したに拘 らず子 どもの病理 の重かっ たものが多い 症 状持続のも のは・~2回 の来所のみで . 本人も来所しないで終っ たものが多 い. 3,. 同じ悩みを持つものとしての連帯感 -se l fhe lpg roup 的雰囲気の形成-. 親の個別面接 の場合, 親は自責 感 孤独感が強くあるが 面接 の場合では 不安 混乱 困惑等 , , , , , を抑制して親らしい親 になろうとの意図が無意識的 にでも働く場合も多い 勿論 これは 治療者 , , , 側の技法 に関わること であろうが 集団 の場では同じ治療者の場合でも ro のひとりひとりが困 , ,g up 惑し混乱しているので 最初から治療者とは立場 のちがう“我々”の感情を生む これは l , s efhelpgroup . 等にあるのと同様のものと言えよう. 今日の青少年の問題が大部分の親達に方途を失 なわせて 専 , 門機関も判然とした助言 や方針を示し得ない状況下では s l fhelpgroup 的雰 囲気 は当然なのかも , e し れ な い.. 勿論, 此処で, 治療者 は, 親の不安 焦燥 怒り等 の感情を充分 に受容し共感的 に理解しようと , , の配慮をして行く が, 此処で次の様な展開をみる. 218.
(6) . 親の集団精神療法の経験 -思春期青年期登校拒否児の親を中心に-. ①. 家庭 生活の中で, 困らされている自分の子 ども への批判や攻撃, 今迄, 親としてやっ て来た苦 労や努力等についてのく どきやなげき が, 自己紹介的に比較的出易い. これは, 母性であること, i ta r s sとしての 年令的にも中年期になっ ていること等 が関係していることだろう が, 親自身のca 効果を生む, i ta r s sになると同時に, それを聞い 集団療法では, 一人の親の気持の表出は, その人自身のca どもと同じような言行 に悩まされ, 同じ i ている他の親のca t ar s s にもなる場面も多い. 自分の子 ように親と して悪戦苦闘している, 或 はして来た親達 は, 大きく鎖き共鳴しながら聞いている間. ②. i ta r s s的体験になる, に, 自分で自分の問題を持出したと同様のca しての混乱 が話される時,古く が入 て来て同じような親と b が変 新しい て i ③ s r mem e っ s son e っ , から参加している membe r は, 共通体験 が話された後であると, 巻き込まれずに, 余裕をも って 新しい memberの話を聞き, 充分な共感を示す ・ことが可能になっ てくる, r が, そ ④ 新しい membe r が混乱して話をしている時, 集団療法の場面では, 前から居る membe. の混乱を受容して, 同質の体験をしたこと, その中で自分なりの工夫をした歴史等, 体験的に語 r には慰め勇 気づけられる体験であり個別面接にはな る場面もある, そのことは, 新しい membe. い新鮮な体験になること も多い, ⑤ 混乱している新 しい membe r が慰めや勇気を分け与 えようとして自分の工夫 rに,古い membe や苦労の経験を話す時, その人はその作業を通して, 自己確認し更に自己受容し自己補強をして r には, 先輩にならいつつ自分 行こうとの手 がかりを与えることになる. 同時に, 新しい membe りにもなり得る. なりに工夫をして子どもとの関わり を持とうとの手 がか・ ⑥ 繰り返し, 親同士が語る混乱や不安を集団 が受容し共感して行く時に, 集団の中には次第に, “ ” 彼。我の対比の中で, 自分の子どもだけが大変なのではなく, 親の子育て が大変なのだとの 我々 の意識が醸成されて行く, そして, 集団の中に, 親として勇気を以て取り組まね ばと の気分 が萌 芽してくるが, これは, 自分の子 どもだけに注目し一人で考えていた時 に感じなかっ た安定感を もたらすものでもある, ⑦ こうした経過の中で, 親は自分の子 どもの一 つ一 つの行動に目を奪われて来ていたことをのり こえ, 集団の体験を通して, 今日の青少年に共通の問題なのだろうとの視野の拡大をはかられる ことが可能になる. それと同時に, 子どもの行動や症状の出現は, 多様なもので, 発達年代特有 の反応である ことも理解して行けるようになっ てくる, ⑧ ・そうした membe rの相 互的関係は, 更に拡大して, 集団療法の場以外での仲間意識の醸成も作 i i s s に陥 っ た member が他の l fhel り se pgroup と し て の 働 きも 時 に 為 す こ と と な る, 即 ち, cr ,. r に電話で話をして気持をとりなおし切り抜けたりすると か, 相互に電話で語り合う こと membe “ で, 気分の発 散をしたり孤独感を和ら げたりすること ができるのである, こうしたことは, 他を ” “ 自信喪失し自己低 格感に陥っていた親 支えている” , 役に立っ ている自分 の意識に なるから, の自信回復, 自己成長に結 びついて 来ることもあるし, 又, 逆に孤独ではなく他者に支 えられて いる体験もす ることになるので, 問題がおこる迄, 家庭の中でいささか自己中心的に唯我 独尊的 な生活感情を身につ けて, それでよ しとしていた親 が, 打ちのめされた中から自己反省して 行く 機会になり, 人間関係の大切さの認識になっ て行く. 言ってみれ ば, 人は人の中で 生きている体 験に結びついて行くのである,. 219.
(7) . 奥. 村 晶 子. 4. 日常生活の具体的できごとを話題にすること こ う し た ca i t r a s s と集団形成の proce s sの中で, 治療者は, 集団療法の中で話題 は、 抽象化, 概 念化さ れたものでなく, そういう風に親が抽象的, 概念的に感じる に到った根拠になった具体的日. 常生活 の詳細について報告してもらうよう に方向づ ける. 個別面接では 治療者に理解 解釈され , , てしまうような簡単なできごとであっても, 具体的できごとの詳細を再現する話し合い は, 共通の. 理解の学習の場 になり得るのである. 治療者 は, 朝の起床, 食事, 部屋の片づけ 外出 服装 趣 , , , 味, 勉強等, 日常のすべてのことが話題 にされるように場を進める, 特定の症状-例えば登校拒否 の状況, 非行の状況等一だけがと りあげられて は不毛である, ①. 家庭内でのできごとの詳細を, 参加している membe r達に判るよう に喋ること は, そのできご との場面を再現する必要が生じる, そしてそれは, 必然的に反省の機会を提供 することになる , 他 の member が, よ り 理 解 を 深 め たく 質 問 し た り す る と 話 して い る member 自身 その時に気 , , づ かなかっ た点に, 気づいて来た りもする, それは 親としての自分の動きと子どもの動きにつ ,. いて, 感情的にならずに再吟味す る機会になる. ② 詳細を聞いた他 の membe r が, 話 した membe rとは相違する感じ方, 理解のしかたを発言した りすると, 参加している各 membe r は, 一 つの事象に, 種々のみかたがあ り得ることを体験し, 多面的なみかたのあることを知り, 以後, 話されたできごと について, 種々のみかたを考えてみ. ようとの気持をも つようにもなっ てくる,. ③ membe rの困惑している日常生活 の状況の詳細な発言は, 喋っ ている親だけでなく, 他の親達 も同質 の体験をしていることを知ることも多い. 各 membe r は, そうした言行が我が子だけの特 別のことではなく, この年代の 子 ども に共通 した特性 であることを知 っ て むしろ安定して子 ど , も を み●ら れ る よ う に な る. そ して, 親 と し て 問 題 に し て い る こ と が 問 題 をも っ て しま っ た 思 春 ,. 期~青年期年代の子 どもの共通の病理の現われであることを知る. 我が子の異常 訳の判らない , と思っ ていた事態が, membe rの子 ども達 に共通してあるのは, 子 ども達が健康 な子 ども達とは ちがう”弱さ”があるのだという意味の共通理解 になって行く, ④ 日常生活の詳細を語り合うことを通し, 親世代と子 ども世代の生活規範の相違を確認すること にもなる, 親の世代が持っている生活感情を, 子●どもに押しつけているかもとの反省 にもなって ⑤. 行く, membe rの困惑して, その詳細について発言したことが, その membe rに特有のもので, 他の. member の 子 ども に はそ の よ う な言 行 が な い と い う 時, 何 故 か が 問 題 に な っ て く る. member は,. 子 ども の性格の相違や学校環境の相違等を問題にもするが, 何よりも, そうしたことになるのは , 親として我が子との関係のとり方が中心に問題 になってくる, この場面は 必然的に 子どもが , , ing o act tを起こす前の予防的な親 子関係の持ち方の学習の場にもなっ て行く可能性がある, u ⑥ 日常生活の詳細を喋ることは, 子 どもを理解することから 子 どもとの関係を改善 し解決して , 行こうとの摸索的作 業を group の中にひきおこす. membe rの中で, 同じような問題を経験し解 決した人, 即ち子 ども に理解の及ぶようになった membe rが, group の中で, 自分の理解を他の membe r に教示する立場 に置 かれると, その理解の体験を喋っている間に, 自己理解, 自己洞察 は強化されて行くこと になる. membe r全体が混乱の中にあっても, 理解を深めようとの場面で 子どもとの関係を調整し解決して行こうとの姿勢で, 基本的な愛情 の表現のしかたを工夫するよ う にも な る,. 220.
(8) . 親の集団精神療法の経験 -思春期青年期登校拒否児の親を中心に-. ⑦. 治療者は, memberに日常生活の詳細を喋ることを促す中で, 子どもとの相関, 特に情緒的交 流のあり方を具 体的 に把握できるように励ます, 親として, その場面で, 子どもに応答する仕方 はそれしかなかったのか, 他にも方法 があったのか, そうした応答をした時の親の気持は どうで あったのか, 子どもは どう感じたのであろうか, 他のやり方では どう感じるだろうか等を吟味で きるように励ます, これは, 親が自分の感情だけでなく, 子ども は何を感じ, 何を意図している のか,子 どもの気持を感得する ことになり,親として子 どもを受容し共感できる情 緒の育成になっ て 行く.. 5. 1). 治療と子 どもとの関係 親子相関の中で子 ども に どう伝達するか. 前述のように, 子ども が治療に参加したもの, 来所を拒否したもの等, 種々である が, 集団療法 の過程の中では, 子どもにできるだけ早期に, 親が親治療に参加していることを伝達してもらうよ うにすること が肝要である.. 子 どもに, 親 が因惑して相談機関に行ったことを秘 しておくことは, 子 どもとの間に秘密を作 ることになり, 敏感な子どもは, 秘されている こと自体に, 親の自分に対する攻撃的意味を感じ る危険がある, 又, 秘密 がばれた時には, 親が自分に正面から向き合うこ とを避けたこと に恨み の気持を持つかも知れない. 早期に子 どもに正しく伝達しておくことが鍵だろう, ② 子どもに伝達する場合, 子ども が問題行動をもってしま ったから治療相談機関に行 っていると だけ伝達すると, 子 どもは自責感や親への攻撃的気分を持つだろう, 親として, 子どもの理 解が できなく なったこと, 子どもも苦 しいだろう が, 親としても混乱してしまい親ではなくなっ てい るようなので,混乱を解決し子 どもにとって望ましい 親になるための学習に行っているのである, 換言すると親 が親自身のために行 っているのである ことを, 正直に明言する必要 がある. このこ. ①. とが, 子 どもに正しく伝達されると, 分離不安が大きく親を離さないような子 どもでも, 治療時 くれたりする, には逆に快く送り出して. ③ 親は, 家庭で以前とは違う対応をして子 どもに不審感が出現したり した時に-例え ば以前には 部屋の掃除のこと等をうるさく 言 っ ていたのに, 此の頃は何も言わない等-, 集団療法の学習で 親自身 が考え直したこと-子 どもを強制するよりも自由にさせた方 が子 どもが自分で責任をもっ てやれるようになる筈だとの期待等-を, 率直に語り, 子 どもの意志や考えを引き出せるように なる, こうした会話 は, 親子の間で集団療法の場面で体験したことを, 子 どもに話したりできる i ion を 展 開 し て 行 く こ と が可 能 に な る, よ う に な り, 親 子 の commun cat. (注) 我が子に秘密にして相談来所して行く 中で, もし親達 が変容して行っ た時, 子 どもは, そ れが, 自分にとって望ま しい変 容であったとしても, その裏に何かを感じ疑 惑は不信を深める危. 険性が大きいことに留意しなくてはならない. ④ こうした家庭での親子の交流の変 容が, 集団の場面で報告されることは, 仮に子 どもが治療に 来 所 して い ない 場 合 で も,member 全 体 に 我 が 子 に 直 接 approach して行こうとの意識に結 びつい roachの仕方を工夫し合い, 結果を工夫し合った て 行 く, member 同士が, 相互に我 が子へのapp り で き る,. 親と子の相関は, 以下のように分 けられるだろう. i i l t onsh e a p は一応保持され ”) 当初から,親が子どもを同伴して来所できる場合,子どもと親とのr i i t ており, 親子のcommun ca on にはそれ程の矛盾のない場合 が多く, 治療の進展と共に意志の疎 ⑤. 221.
(9) . 奥 村 晶 子. 通 は得易い, ( ) 当初親が来所して後, 子どもを同伴してくる場合. 親の意識変容 により親子の間で対話が可能 口 になり,r l i i t e a onsh p が回復して子 どもを同伴することができるよう になっ たもので, 基本的な親 子関係は保持されている, ◎ 親のみの来所で, 子ども は来所 しない場合. (1) 親が相談面接 の中で自己変容して, 子 ども に接する態度を改めただ けで 問題が解決して , しま う 軽 症 の も の,. (1 1) 親子の力関係の中 で, 親が子ども に遠慮して言い出しかねて居 る場合 親の事なかれ主 義 , ないしは現状維持志向が, 子 どもと決してよ い相関にはなっ てはいないこと に親自身気 づか. ない, 或 は気づいても行動をおこせない親の弱さの表現と みること が可能である , ( 1 1 1 ) 子 ども の自己主張, ac i t tが激しく, そのことに親自身が振りまわされている場合, ngou ing o act tに如何に対応するか, ac i t u tに迄到らないような対応のしかたの学習の方が ngou 先行し, 子 どもを同伴するのには相当 の時日を要してしまう, 2). ion や act 子 どもの regress ing out か ら 成 長 を どう 理 解 す る か, ,. 子 どもの regression や act ingout の 意 味 は, 親 に と っ て 理 解 の 及 ば な い こ と も 多 い 特 に act . , ing t ou ・の激しい場合は, 親は, その現象に振り廻されるだけで終始してしま い勝ちであるから, 屡々 話 題の中心になる. 親の集団療法 では, 子 どもの act i ion の 理 解 を 詳 細 にす る こ と が ng out , regress 治療の中心を為し親 の成長を促す場面も多い, ①. 親が, 子 ども を受容して行く努力をす ると, 子どもがr i egr e s s on することは, 集団の membe r の共通体験になるから, 当初r i egr e s s on に戸惑っていた親も経過の中では, 自己保証 の証拠とし て受け止められるよう になり易い. ② 個別面接 では, r i egr e s s on は, 問題行動のみでなく更 にその上に問題が起きたとの困惑が先行. ③. ④. する場合が多いが, 集団面接で, 多かれ少なかれ membe rのす べてが体験すること であると, 親 はみ・ じめにならず に, 受容の必要を membe r同士確認して勇気づ けられて行ける. 治 療 者 は, regress ion は, 子 ども が 親 と の re lat ion を 回 復 し て 行 っ て い る 過 程 で あ る こ と, 幼. 児期からの親子関係の再体験で,そのことを通して 子 どもは情緒的安定を回復していること等を , 解説しなければならない, r i egr e s s on の程度や期間は差があ るから, 著しく長期 に及ぶ場合, そ の membe r が自責的 になっ たりひけ目を持ったりしないで, 受容して行けるよう支持して行くこ とを要する. ion の 話 題 の 経 過 の 中 で, 親 が 子 ども の regress regress ion を 可 愛 い い, 初 め て 子 ども に 今 迄 と. ちがっ た真実の愛情を感 じた等の発言に出たら これは親 子の真実の触れ合いとして共感するこ , とが肝要であ ろう, ⑤ act ing ou tが話 題になる場合, 親 は子どもの行動の激しさに圧倒され 徴に入り細 に亘って状 , 況を報告しがち である. 治療者としては, 一応 それを受容しつつも 子どもの ac i t ngoutの 契 , , 機になっ た事実に焦点をあわせて行くことが治療的 であり その方が集団 は 行動の劇的側面 に , , のみ注目することなく学習することが可能になる. 事前の家族内のやりとりの詳細を語っ てもら う こ と は,そ の member に と っ て 子 ども と の 関 わ り 方 の 反 省 の 機 会 に な る し 他 の member に は , ,. ほんのわずかな行き違いが次第に感情的禿離を形成して行くことの理解にもなる 結果としてac i t ng , outに到 った子 どもの心の動きを集団全団が把握 できた時,子 ども にとっ ても重大な反応をおこし 222.
(10) . 親の集団精神療法の経験 -思春期青年期登校拒否児の親を中心に-. づ き, 子 どもの繊細さに憎然 てしま うこと が, 親の些細で不用意で無神経 な一言であることに気 i t ngoutが起きたかに焦点化し, どんな騒ぎで ingou tの話題は, 何故 ac とする場面も多い, act あっ たかは, 結果にしかす ぎないとの治療者の方向づけが必要である. 後 一翌日であっ たりも ingou tが話題になっ た時は, 治療者 は,一応, 子 どもが落ちついた , ⑥ act r ことが必要である, membe する が--, 親として後 始末を どうしたかについても焦点化して行く 見出す 重大な意味を は, 事件 が終了 したのでよい のではなく, この後の親子の真実の話し合いに “ あの一言が最後に お母さんの が尋ねたら , こと が多いことを体験する, 子 どもが落ついてから親 頭に来た”等の表現か ら子どもの心のひだを知るからである. 動 き を 確 認 して ingout につ い て は, 治 療 者 側 が相 当 に 介 入 して 親 と 子 の 心 の ion t s regres , ac. 行くことの 必要な場面と考えられる,. 夫との 相関関係のとり方の話題 親役割の問題から, 夫と 子 どものことに焦点をあわせて話題を展開して行く中で, 集団の中で, 大部分の家庭 が一般的中流意識の核 の協力体制の とり方 が問題と して浮かぶことも多い. 現代は, rも大体均一化して居り, 夫婦の関係も一応保 家族 が多いので, 私共の集団療法に参加した membe 低所得階級で夫婦の離反の著 し 持されているの で, 治療は進展し易かったように思われる, 数回, であった, 私共の取扱っ た症 いもの が参加し, 夫婦の問題が話題になった が, 相互に気まずいもの 相違するだろうし, それ 例と, 児童相 談所等 が取扱う崩壊家 庭の症例とで は, 夫婦の問題は目から 成して行く責任 があるのでは だけに, 治療者 としては生活水準や 生活感情を充分顧慮して集団を構 6,. ない だ ろ う か,. 夫の協力が得られない, 理解 母親 が親役割取得を志して 努力しはじめると, そのことに就いて 夫々に相違している が, この してくれ ない等の悩み が話されるよう になる, 勿論, その程度は, 夫は外で働き妻として母とし 年代の日本の夫婦のあり方の基本的姿 は共通していること, 即ち, がみ えてくる, て家 庭を守る, 子 どもに力んで母子一体感の中で介入している自分の姿 れすぎ, 家庭の中 心で, 自己 ② 当初, 夫に批判攻 撃的である場合にも, やがて, 現在の生活 に慣 陥 ていたかも知れないと 中心性, 支配性を発揮 し, 夫に対しても子どもに対しても視野狭窄に っ の反省に流れて行く. br は, 夫々自分の ③ 結婚してから今迄の夫への接し方, 夫のやり方等が話題 になる中で, mem e 家庭の現在を, 過去の時間的経偉との関わりの中でみるようになる, r は, 父親は男 性で母親 は女性で ④ 夫への批判や攻撃から, そのように進展して行く中で membe はないこと, 男性の特性があるこ あり, 夫を自分の思うように操作する こと が協力を得ることで と等, 共通の体験と して受入れ られるようになる. して普通程度であ るとすれ ば, ⑤ 更に, 夫を父親として受 容できた時 は, 夫も男性と して父親と ことに改めて気づき, さわ 自分も母親と して特別 立派でも駄目でもなく普通といっ た, 当り前の. ①. やかに安定する. 中だけで夫や子 どもをみていた r ⑥ 夫との関係で相互受容を体験できた場合, membe は, 家庭の い 支配や過干渉 を脱 立場から, 人間関係の中で生きているとみる立場に移っ て行ける ことも多 , えよう, して, 夫々の 家族成員を社会との関わりのなかでみる謙虚さとも言 ⑦ 夫婦の人間関係 は次のよ うにみてよいだろう. は良く 相互受容が成り 立っ てい ”) 当初か ら両親 が揃っ て来所する場合 は, 夫婦の間で意志の疎通 223.
(11) . 奥 村 晶 子. ることが多いので, 夫の協力 の問題が話 題になる時 ”ウチでは , , そんな問題はない”と安定 でき ると同時に, 他 の membe rに相互依存, 相互受容 してやっ て来た歴 史を語 ること になる これは , , 夫攻撃的 母親 には教示的要因と なり得 る , ( ) 夫攻撃の時期 は, 大多数 の membe 口 r に存在するが, その中 で, 妻主導型ないし妻支配型 の家族 像が問題になっ て来た時 子どもを理解する と同じように , , 夫の立場 に立っ てみて夫を理解 しよ うと努力 するよう になると その経 過の中 で夫が変容 し協力 体制がと , れるよう になる, ◎ その経 過の中 で 夫に上手く伝達 できない 夫が頑固だと , 感じた membe , r は, 集団 の中に夫を 引き入れて, 他の membe rの協力 の中で夫と の協力を努力しよ うとす る この型は数としては少 , . に) 集団が, 夫婦の相 関を問題 にして動 いてい る時に 夫と の相関が逆 に深刻になり, 生活史を遡 っ , て自 信喪失 する membe r が出る場合もあるが, その時 には 集団 の支持機能が働き 慰めや励ま , , しのse l f he l ‐ p 的作用が為されて行く. 相当長期化しても集団が支持して行くのは 一応 家族と , , して機能 している水準にあるからであ ろう , 7, 治療者の留意点 親の集団療法を実施して行く試行錯誤 の中から 治療者 とし て留意して行くべき何点 かも体験し , た. しかし, これ は 何も新しいことではなく当然のことであ , ることも思 い知っ た訳であるが - , 応纏めて みよう, ①. 治療者 の中に医 師が入 ることは 医師 の立場からみて集団療法 を実施する時に必要なことを経 , 験したが, 医師と しての留意 点は次のように纏 められよう , 名) 医師が, 在来 の日本 の精神医療の型にはま て 診断機能を のみ, 或 は狭義の医療のみを行う っ , ということを至上 にする思想を持つことは避けねばな らない 医師が ca s ework 的視点 を導入し, , i co ‐med fの働きを評価 できる時 こうした集団療 法も可能になる t cals af , . 注)これは, 医師がs f fの有力 な一員としている場 合のことだろう 相談来所者は 他 t a f f t . a , のs より医師 に権威を与えるので 医師に相 談援助 の視点がな ければ , , 援助 は中断して終る, 教育研 究所 や児童相談所等 嘱託医のみの所 では 医師にそれ程の権威 は置か なし、ので, 違う展開を期 , , 待できるが, 力動精 神医学的視 点が不充 分になるだろう , ( ) 医師としては, 治療t 口 eam のl eade rの役割を期待されて居り, その役割を果し治 療t eam を牽 引して行く必要がある, その場合 次の諸点が問題であ る , , (1) 思春期, 青年 期の子 どもの病像は 確定診 断が困難 な場合も多 いが, 一応の診断とその根 , 拠 をs f に示 せ る こ と, taf. (1 1) その子 ども の現在の症状の成立機制について 力動的観 点から の解釈を与 えること (各種 , 病像について の一般 的解説 も含む) , (m) 思春期, 青年期心性について s f fに解 説できること(一般 的知識の伝達ではなく 話題 a , t , になっ ている事柄 についての解釈のしかたを力 動的にできるというこ とを意味する) , ( IV) 親子関 係の成 り立ち 持ち方 につい て個々の症 例についても解釈し , てみること (これは, 人間関係論的家族 理解と 子どもの発達とを顧慮して為 されねばならな い) , (V) こうした力動精 神医学的視点に立 た上で tf f全体 の治療 っ s a の方向性の統 合をはかり, 意 , 志の統一, s f同士 の相互受容 を目標 にしなく て はならない t af . ◎ 親の集団療法に医 師が介入する時 注意 しないと集団全体が 医師 に依存し学習の場にしよう , , 224.
(12) . 親の集団精神療法の経験 -思春期青年期登校拒否児の親を中心に-. ものになる. rの自由な体験交流学習の場とは相違した と働くので, membe rに総括的ないし総論的な解説や説 明 二 ( ) 担当者 が, 集団療法を展開して 行く中 で, 集団の membe i f fmee t ng で判断された時, 医師 は知識の伝 達者として ta があっ た方 が, 集団が進展 して行くとs i の再 学習と か, 依存的退行や 集団に介入することが要請される, 例え ば, 登校拒否の mechansm r全体を納 得させ得るだろうし, その i ingout の me sm や意味を解説す ること が, membe chan act 言 てみれ ば, i h i .集団療法の経 l t a ons e p を子 どもと結んで行けよう, っ 後, member はより深いr 一 あろう つで , f fの邪 魔にならず頼りにな れるテコ入れ役は医師の役割の t 過の中でs a 準備を作っ づ て心の けを為し 動機 時に明確な 導入する rを集団に ② 集団療法の治療者は, membe 迄 t できる n ake面 前に, 親が期待 ,i ておく 必要 がある. 具体的には, 当初, 集団療法に導入する 必要 がある. 親は, 我 が子のこ 接において親の学習意欲や自己変 容の必要の認識等を高めておく 一応の解説を与えることで準備 がで とで混乱している訳 であるか ら, 治療関係を形成した上で, 親 i sm とか, 青年期の子 どもの特性とか, その時期の きるだろう, 神経症や登校拒否等の mechan か そうしたことの一応の解説を 子関係の持ち方 (幼児期と は明らかに相違して いる) であると , 得できる迄説明する, こ 与えた後, 集団療法は, 同じ悩みを持つ親達の学習の場であることを納 参加し積極的に自 己学習 うした用 意が充分にできた後に集団療法に導入 した親達は, 集団療法に あ た場 合には, 集団の中に身を置 の場 として利用 し成長して行けたが, その作業 が中途半端で っ 集団療法の場面を利用する為 くことに抵抗を示したり, 話題 が無意味であると拒否 したりして, た 当然のこと な がら, 治療 の受入れの気持にはなり得ない, 或は, その為に時 間的落差を要し , f 意志統一の下に為さ れること が f 者 が介入して作 る group で あ る か ら, 動 機 づ け の 開 発 は sta の 鍵だろう, 場が安定 して継続さ れないと集団療 ③ 治療者 は集団の場の形成を第一 にすること が肝要であり, r ひとりひとり が, 相互受容, 相互学習をす 法は失敗する, 場の形 成において は, 集団の membe 痛みを分 け合い, 担い合 って行く場 る場で, 話をすること, その話に耳を傾 けること で, 共通の 別や比較にならないように介 であるように運営 して行く要 がある. 決して相互批判や, 自他の区 就 いての知 識 を不可欠と. cs に ing 的 素 養 と groupdynami 入する. その為に は, 治 療 者 に counsel 己開示して行けるよう励ま ことを自 r が, 常に自分の するだろう. そして, 具体的には, membe. して行けるようにする, その問題を解決できた, ないし解決 ④ membe r に共通の体験 が話題になって行く 時, 治療者は, 言う風に集団で動いて行かないよ できる人が勝者で, 解決できず混乱してい る者 が劣者であると rが相互に交換 し合って, 共通の体験を うに配慮する, その問題を話題にし, 同じ立場で membe i i t on の為 成するcommun ca 学習し定着させて行っていると把握す る, こうした配 慮は, 集団を形 成して 中に醸 気を集団の r が相互受容し学習して行く仲間であるとの雰囲 に必要であり, membe rと比較 し優越感と劣等感 の両極に陥 r は, 得てして自分を他の membe 行くことになる, membe ける, り勝ちなので, 比較はで きるだ け避けるように集団に働きか ように集団に働き かけて行く ⑤ 治療者 は, 集団療法において ひとりひとりの話題を話し易くする うに留意 rのみに集中しているとの観を集団 が持たないよ のである が, その時に, 特定の membe 面的なことだ rの全員に話してもらうように配 慮するという表 する, それは, 治療者 が, membe 味する, r が感じるものに, できるだけ焦点化する配 慮を意 roupmembe けでなく, 重要な話題と g 理解するの 特性を )子 どもの発達や思春期青年期の ィ 治療者 として取り 上げたい話題というの は,( ←う親 )子 どもの情緒的動きを受容するのに理解し易いものであるか否 か, 口 に有用 である か否か,( 気 な雰囲 あく迄も自然 と子の人間関係の形成の学習になり得る か否か, が視点になる が, それは 225.
(13) . 奥 村 晶 子. ⑥. ⑦. で吐露されるように応 答して行く 但し 治療者側の そうした意図が , , , 決して露骨にならない配 慮が必要 である.. この年代 の女性集団の常と して 比較的多弁な membe rも多い. しかも我が子のことで自責感 , , 劣等感 で小さくなっ ていた 時に 集団療法 に参加 すると 治療 の場面が日頃の憂さ を晴らすお喋 , , りの場面 になる 可能性も大きい こうした中年女性 のお喋りは , i t ar s sの効果はある , それ自体ca かも知 れないが, 治療と しては失敗ということ になるだ ろう 集団 療法の場 でca i t , ar s s をするの は我が子との相関の中での問題等を語 ることのみに限定 し 単に時 間をうめ るお喋り に流れない , ように配慮していかねばな らない 尚 同様に 沈黙している . , membe r にも注目し導 入して行く , のは勿論 である,. 治療者として は, 司会役に徹 して集 団を運営して行くの であるが , 経過 の中で, 治療者と して の専 門的知識 を伝達した 方が効果的であ ると判断した時には 介入す る要があ る, 例えば, 医学的 , 心理学的知識 や 子 どもの発達 思春期青年期 の特性や家庭 内力動 , 等, 今話題 にされていることを , 通 し て, 他の membe r にも解説した方が, membe r全体の学習効果が上 がると判断した時等 であ る, この場合, 治療者の独断的 な判断 に陥 てしまう ことのな っ いように充分に留意し 判断した , 根拠を話題の中か ら明確 に示すことが必要 である 又 専門用語 を駆使 すること は避け日常的な , , 判り易い言葉 で平易に解 説することが必要だろう しかも余 り多弁にならず に終わらせたい . , ⑧ 複数 の membe が 同質のこと r を語り体 験を共有 する時 集団 は非常 によく凝集 し仲 間意識を持 , ち得るものであるか ら membe rの話題に介入し, 同質の問 題を持っている他の membe , r にも水 を向けた りすること は一般 的に行なわれる技法だろう この場 合 治療者と し ては, membe . rの , 自我 の強さに充 分配慮すること を要する 即ち 治療者が知らさ れていること でも 他 の membe , , r , には秘密にしておきたい心の傷 -個人差のあることに留意一に水を向け られたとしたら,その membe r は非常 に苦痛な場面になるだろう 水を向けて発言 を促す時 に, 治療者は, その membe . rの語る も語らないも自由という余裕 を常に残しておく , ⑨ membe rの中には, 表現の上手な人も 下手な人もし・る 治療者 からみて非常 に重要な 又その , , membe rの洞察が進 んでいることを感じさせる話でも 表現が下手な為 に他の , membe rに理解で きず に流されて は失敗 であろう 表現を補足し 集団 に理解が及ぶ ように質問をしたり言葉 を補っ , , たり, 場合によっ ては 治療者の側の言葉 で言い代えてみて その , membe rに同意を求めてみる , 等する配慮が必要である, そうすること は その m b が無視され e m ていな r e い自己保証 につなが , ⑲. る し, 他 の member の 理 解 も 深 め て 行 け る ,. 治療者 は, 集団療 法の限界 を常に念頭 に入れておく 必要があ る 個別面 接の場 合と違 って集団 , 面接においては, その場面 でつい口 にしてし ま て i っ ,s e s s on 終了後, 自らの恥部を余りに集団 に さらけ出してしまったことに傷つく場 合がある 集団を維持し情 緒交流を深 めて行きつつ,membe , r が傷 つく体験をし ないで話題を深め展開して行く配慮が必要であ る.い きおい表層的で普遍的 な , 個別療 法の実存 そのも のに迫る面接 のようにはなり得ない場合 の方が多い. 多く の親 は それで , も, 自己変容 し成長 して行くも のであるが 親自身の生活史 や l i r t sona , pe y に関わる場合には, 個 別面接 へ切りかえるか併用す る配慮が必要だろう . 結. 語. 私共の, 思春期青年期症例 の親の集団面接 において経 験したことを報告し た. この経験を通して 最終的 に, 次のことが言えるだろう . ① こ の年代の親面接の為 には 治療者 は 発達特性 年令依存的精神病 理, 親子関係の年代 によ , , , 226.
(14) . 親の集団精神療法の経験 -思春期青年期登校拒否児の親を中心に-. 立つ, 専門 る特性, 家族力動を一応身 につ けておかね ばなるまい, そして力動精神医学的観点に 性を要求 される所である. i の d が ② approach の 基 本 は, 一言に し て言えばpsychotherapy そ の も の で あ る , group ynam cs 知識を導入する要 がある,. lp l fhe が 介 す る こ と な く, 親 の grouptherapy は,se l ③ fami ytherapy と ち が っ て, 治 療 者 深 く 入. ないだろうか, roup と類似した方向を志向しても成立し, 進歩発展するの では g が望まれ 治癒 ,或 は,悪化し精神 病理を深めて ④ 思春期青年期症例は,一般に成長過程の中で改善, h l l owup を必 要 とす る も の であ る が,親 への groupapproac o 行くものであり,相当,長期間に亘るf 身につける こと で親 が子どもの理解に仕方, 受入れ方, 対応のしかた, 夫婦の協力の しかた等, ができれ ば, その後の子 ども の変化に対 応して行く自信を次第に身につけて行けるものであるの ば he で, 一 般 に は, groupt r apy の目標 は, その辺に設 定し, 短期に強力に施行すれ , それ程長期 経過をみてよい の approach は必要はなく, 治療者として は, 親との関係を保持しておく だけで, うか. ではないだろ he rapy は, それ程長期にする必要 はないの 場合も多い, 換言すれ ば, groupt ion で 一 応 の 効 果 が 期 待 で き るの で はない かとの 感 想 を 持 っ (注)crossedgroup で10回 程 度 の sess た.. 佐々 稿を終るに当り, 当時道 立精神衛生センタ ーで共に研 究実践活動に従事して下さっ た畏友, たします , 木博子, 樋口治子, 河原シゲ, 金田 地代, 布施ヱミ子の諸氏に深謝い. 参考文献 G,カ プラン : 地域 ぐるみの精神衛生. 79年 星和書店 19. D,G, ラ ン グ ス レイ, D,M, 力 プ ラ ン : 家 族 ク ラ イ シ ス 療 法 オ ー ミー ト ソ, テ ィ ン カ ー : 家 族 中 心 ケ ー ス ワ ー ク 川 島書 店. 医学書 院. 1978年. 1977年. 984年 遊佐安一郎 : 家族療法入門-システ ム・アプローチの 理論と実際 星和書店 1 984年 サルヴァ ドール・ミニューチン : 家族と家族療 法 誠信書房 1 9年 97 J,M. レー ヴィ ス他 : 織りなす 綾-家族システ ムと病理 国際医 学出版 1 岡堂哲雄編 : 家族療法と親教育 -現代のエス プリNQ215- 昭60年 985年 特集=最近の家族研 究・家族 療法, 臨床精神医学14,1 ,1 98 3年 鈴木浩二 : 家族救助信号-家族システム論と家族療法- 朝日出版社 1 98 2年 西園昌久編 家族精神医学 精神科MOOK No .2 金原出版 1. 加藤正明他編 : 講座 家族精神 医学 弘文堂 昭57年 981年 L.E, アーノル ド, 作田勉訳 : 親指導と児童精神科治療 星和書店 1 W,R, ビオン, 池田数好訳 : 集団精神療法の基礎 岩崎学術出版 1973年 池田由子 : 集団精神療法の理論と実際 医学書院 1968年. (本学 教 授. 札 幌 分校). 227.
(15)
関連したドキュメント
自分の親のような親 子どもの自主性を育てる親 厳しくもあり優しい親 夫婦仲の良い親 仕事と両立ができる親 普通の親.
音楽は古くから親しまれ,私たちの生活に密着したも
本実験の前に,林間学校などで行った飯 はん 盒 ごう 炊 すい
このため、都は2021年度に「都政とICTをつなぎ、課題解決を 図る人材」として新たに ICT職
児童について一緒に考えることが解決への糸口 になるのではないか。④保護者への対応も難し
海なし県なので海の仕事についてよく知らなかったけど、この体験を通して海で楽しむ人のかげで、海を
平成 29 年度は久しぶりに多くの理事に新しく着任してい ただきました。新しい理事体制になり、当団体も中間支援団
遠くに住んでいる、家に入られることに抵抗感があるなどの 療養中の子どもへの直接支援の難しさを、 IT という手段を使えば