谷崎潤一郎のテクスト空間-大正期の作品を中心に-
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(2) その申に「孤立した峰」となってしまう谷崎の 姿を浮き彫りにし、r一般文学史の設定の方が 間違っている」という根本からの見直しを迫っ. や表現方法が示されていると考えているからで. ている。思想を含む表現内容や発表した媒体と. 読み解くことも一方策と言えよう。記憶に欠落 が存在する認識の曖昧さを含みこんだ「半羊神」. ある。谷崎が終生に亘ってく人〉を描き続けて きたことを考慮するならば、く人〉に注目して. いった視点からの従来の「文学史」の限界が露 呈しているのである。とするならば、「キーワ. の〈語り手〉r私」が、人工的な〈無国籍〉の. ード事典」に挙げられたような「どのようなこ. 言語を用いつつ、誘うもの/誘われるもののく倒. とが描かれているか」というモティーフのみに とらわれるのでなく、それがrどのようにして. 錯〉構造といった人間関係の相対化を通じて. 描かれているか」という表現構造に注目した観. 第二章では、「呪はれた戯曲」(『中央公論』. 点からの切り口が必要であり、その検証を通じ. 大8・5)を扱った。テクスト構造としては、 小説と戯曲の融合という特異な形式を採りつ つ、〈語り手〉である「私」の振る舞いにその 最大の特徴がある。く死〉や〈殺人〉という非 日常的な現実離れした出来事のリアリティを高 めるために、く疑似の記憶〉〈疑似の体験〉を 共有しつつ物語の世界へと誘ったり、メタフィ クション的に作中内作の執筆や推敲過程に立ち 合わせたり、〈禁忌〉に踏み出す動機を鮮やか. く人〉の認識の揺らぎを表現しているとした。. て新たな「文学史の設定」が可能なのではある まいか。本稿の基本的な姿勢はここにある。 さて、本稿で取り上げた作品はいずれも大正 時代の作品である。大正時代の日本は、第一次 世界大戦の勃発とその特需により、経済が大き く発展し、三井、三菱、住友、安田などの財閥 が撞頭する一方で、サラリーマンなどの新中間 層が生まれた。さらに、義務教育年限の延長や 中等学校への進学率の上昇とともに、個人主義 の風潮が起こり、「大正デモクラシー運動」が 隆盛を迎えた時代であった。この旧体制の打破. に語っている。しかも、結末でく語り手〉が〈信. 頼できない語り手〉へと変化することで、小説 内の〈真実〉を朧化し、重層的作品世界を構築. を目指す機運は文学にも及び、明治以降の自然 主義的な小説の技法が見直され、昭和初期へと 続く新たな表現機構への取り組みが始まった黎 明期である。谷崎は既に明治43年に文壇に登場 していたが、この変革の時に遭遇し、共鳴する. 第三章では、「玄弊三藏」(『中央公論』大6. かの如く「どのようにして描くか」という取り. では先行して発表した「玄弊三藏」の執筆過程. 組みを始めた時期でもあった。. が事細かに記される。実生活でr玄装三藏」を 書いた谷崎と、フィクション内の操作としてrハ. するという後の作品に連なる谷崎の語りを確認 した。. ・4)、「ハッサン・カンの妖術」(『中央公論』. 大6・11)を扱った。rハッサン・カンの妖術」. 本稿では、こういった過渡期にあたって、表. 現内容としてはr悪魔主義者」谷崎を標榜しな がら、実際にどのような形で次の時代へと続く 表現の試みを行っていたかを明らかにした。 全三章構成としたが、努めて具体的なテクス ト分析に力点を置くことに配慮し、状況に応じ て、作家谷崎潤一郎の伝記的な事実や文化的状 況や社会状況からのアプローチを試みた。結果 としてやや読みのアナーキーの観もあるかもし れないが、最終的には出来る限りテクストその ものの読みへと還元したつもりである。. ッサン・カンの妖術」内で「玄装三藏」を書く. 谷崎との境界を曖昧にし、結果として虚実のあ わいを生み出す手法を用いている。他のテクス トヘ開かれた回路の存在するテクストが、他の テクストにどのように作用するか、その〈場〉 の解明を試みている。. 「おわりに」では、大正時代の谷崎のテクス ト空間から昭和初期の文学テクストヘのつなが りの見取図を提示した。. 第一章では、r魔術師」(『新小説』大6・1). 主任指導教員 前田 貞昭. を扱った。このテクストには、く人〉というも. 指導教員 前田貞昭. のをどのように捉え、く他者〉との関係をどの ように見ているかという典型的な思考の枠組み. 一273一.
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