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書評 東出加奈子 『海港パリの近代史 セーヌ河水運と港』

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Academic year: 2021

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I. はじめに  海港パリを標榜する書名から、先ず読み手の既成概念を揺さぶる本書は、この水都を成 り立たせ、近代首府の基盤を支え続けたセーヌ水系とその諸港の働きを吟味する。同水系 航路が大洋と結ぶことで水都へ与えうる海港としての可能性(と現在の成就)に注目して、 新たな近代パリ史像を水辺から実証的に提起しようとする意欲作である。本書は、2013 年 に提出された著者の学位論文(奈良女子大学)に基づく。本書公刊を承け、フランス経済 史研究会・第 22 回例会(2018 年 10 月 6 日、京都)での合評会が取り上げた本研究への書 評論文を、その折に討論者を務めた評者と著者との議論も交えながら、草していく。  序章も触れる、首府の統治へ中世パリ水上商人組合を軸とする商人頭が与ってきた事跡 や、カペー朝期以降、市紋章にあしらわれた河舟の姿が物語る舟運網に根差した港湾都市 としてのパリの展開ぶりは、フランス史における周知の事柄である。水都としてのダイナ ミズムは、しかし 19 世紀を迎えるや鉄道網の拡張に連なる舟運ネットワークの衰退で、本 書が垣間見る第二帝政期以降、その活力が喪失されると見做されてきた。さらに海岸線を 帯びぬ内陸部の、首府の河岸へ、海港としての役割を付そうとした企てに関し、水都の港 湾機能も含め、これまでの研究史で本格的な検討は殆ど為されてこなかったのが実状であ る。本書は、かかる論点へ接近しようとする。  II. 本書の構成  本書は次のように、2 部 9 章から成る。  序 章:セーヌ河水運とパリの港    第 I 部 パリの港      第 1 章:水運の実態      第 2 章:河川行政の変容       第 3 章:港の役割と機能       第 4 章:フォブールへの拡張   第 II 部 伝説の「海港パリ」      第 5 章:海港パリ計画      第 6 章:水運と鉄道  書 評

東 出 加 奈 子

『海港パリの近代史 

セーヌ河水運と港

評 者 : 市 川 文 彦 (EHESS)

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     第 7 章:蒸気船の登場  終 章  初めに序章では、本書全体をつうじ「都市史と交通史の観点から」(3 頁)、両側面の関 係性を意識しつつパリと、その水系の働きの検討作業を中軸に、近代フランス内陸水運の 長期的発展の背景を探る課題が設定される。この水都の発展と、その統治構造が舟運、水 上商人層との密接な関係に負ってきた首府の歴史的経緯を確認し、さらに近代フランス舟 運を巡る内外の研究史が整理される。第 6 章、終章でも論じられるように、既存の研究史は、 とりわけ鉄道史研究の興隆と共に、19 世紀半ば以降の物資輸送の主役が鉄道登場を機に、 水路から鉄路へと交代したとする近代化論的構図が定着しているが、ここで著者は、この「定 説」に疑問を投げかける。  先ず「第 I 部 パリの港」はセーヌ水系の河面から眺望しうる、首府の都市史の再構成 を試みながら、研究史上、<埋もれて>しまった河港(「あとがき」)の「発掘」と実態検 証に臨む。  その第 1 章では、19 世紀の到来とともに人口増加が加速した首府の成長に伴う物資輸送 力の拡充に舟運と河港が大きく寄与し、18 世紀末から 20 世紀初頭までパリへの筏、舟運 輸送量が長期成長を果たした状況を輸送統計の吟味によって実証している。また道路整備 は時間的、財政的費用を要して遅滞しがちであったが、1820 年代のデータから当該期のパ リで用いられる生活物資、さらに産業用原材料としての塩・穀物・燃料・一部の建築資材 の大半に関しては専ら水運に依存していた事情を明らかにした。  第 2 章は首府の水系管理に視点を置き、パリ市及びセーヌ県の河川行政にも投影された 県知事と警視総監が演ずる<二人の Préfet >問題を描き出す。首府における革命期から第 一帝政期にかけての行政機構整備と河川行政の制度化が論じられ、当初は県による河川管 理、市による河岸・河港の商業施設管理に区分され、さらに水辺の商業活動全般の監視を 警視総監が当たったが、河川と河岸・港を隔てる境界線の設定、三者の行使しうる権限を 巡って管轄権問題が生じるに至った。  第 3 章ではパリの諸河港の役割を、河岸、橋の整備策と結びつけつつ検討される。その 河川行政も、県知事による舟運関連の徴税管理、警視総監による舟運業務全般の管理へ新 たに再編される。市内の各河港は警視総監の許、商品別に荷揚げ港・販売港が新たに割り 当てられ、船上での取引が効果的に進み、さらに河岸整備、架橋によって馬車への荷積み が容易になり市内外の商品流通拡張へ大いに寄与することになった。さらに市財政立て直 しのため、1805 年より航行入市税やセーヌに密集していた河上の定住商店(洗濯船など水 面に固定された河舟等も含む)への徴税が導入され、パリの有力な財源となっていく。課 税のための事前業態調査から詳細が明らかにされる数々の定住商店の規模、生業の実態 の一端が本章(56-58 頁)で取り上げられるが、19 世紀初頭パリ商業の動態が垣間見えて 興味深い。さらに架橋工事が県知事による計画主導の許、財政上の制約から直営ではな

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く私企業へ委託して遂行される方式は、近世の運河建設から今日の PFI(Private Finance Initiative:民間資金主体事業)へ連なるフランスの公共事業の特徴的、伝統的な一形態で あり、この方式で首府の近代水路整備が促進された経緯を論じる。  第 4 章は、首府郊外地区(faubourgs)へのパリ諸港ネットワークの拡張化と、その背景 を跡付けようとする。首府人口増に伴う物資輸送量の伸長はセーヌ河の混雑化をもたらし、 市内での通行専用の架橋増加が航行への制約を招来し始めると、舟運輸送が滞り、河港の 幾つかと、かつての橋上の商店群は市中心部から周辺部への移動を強いられた。さらに第 二共和政期の中央市場建設計画の具体化により、河港は、販売港として帯びていた商業機 能が諸港から分離され、荷揚げ作業に特化した物流拠点として専ら荷捌きを担うことにな った。食糧卸売り機能は将来の新中央市場へ集約されることになり、今後の生活物資大量 流入に対応しうる保管庫用地等も、より上流・下流へ拡がる市郊外地区で手当てせざるを えなかった。これに連動した企てがウルク、サン・ドニ、サン・マルタンの三運河建設で あり、ここでも国家と県の公的主導に拠りながら私企業への委託により推進された。著者 は中でもセーヌ県シャラントン(Charenton)市の事例に注目し、セーヌ上流部カリエール 港の樽荷揚げ運搬人の新組織と、その法的規制との関係を吟味する。明らかにされたのは、 市直轄の新たな商業組織の賃金決定にみられる警視総監の認可関与に加え、同市長の有す 賃金決定権等が顕す市権限の一定の自律性であり、パリとも異なる、セーヌ県下の複層的 な地域自治構造が検証される。  次いで「第 II 部 伝説の「海港パリ」」では、旧体制期以来の<海港パリ>確立に向け た英仏海峡と首府とを直結しようとする様々な運河建設の企てを吟味し、鉄道との関係、 蒸気船就航による既存の舟運ネットワークの変容状況を取り上げる。  第 5 章ではパリ近郊の河舟博物館史料も用い、パリから、とりわけディエップへ至る水 路新設に拠る首府河港の海港化が 17 世紀以来、度々、構想されてきた過程と、それらへ込 められた意図の吟味に当てられる。ル・アーヴルと結ぶ内陸の海港ルーアンからパリまで はセーヌ河舟運が用いられたが、大型船の遡行が困難なため、小型船への貨物積み替えを 余儀なくされ、これに替わる新ルートとしてディエップまでの新運河建設が模索された。幾 度も計画されながら、かかる<夢>は現実のものとならなかった故に、パリ海港化の企て 自体が<伝説>と化した。しかし、これを正夢とするための様々な試みに関与した技師の 中から、後のセーヌ河改修への貢献者も生じ、海港化計画は現実へ諸影響をもたらした。  第 6 章は、19 世紀的大革新を体現する鉄道の登場と、貨物輸送市場を巡る鉄路と水路の 関係を検討する。殊にパリ=ルーアン間は舟運の大動脈セーヌ河と並行する鉄道が 1840 年 代に開通し、両者の並立関係が始まった。著者は輸送統計に拠り上記区間は 1840 年代半ば から 50 年代初頭まで鉄道輸送が一貫して成長する一方で、舟運輸送は年次ごとの増減をみ せながらも概ね取扱い貨物量を維持しており、(一時的な輸送減少から)「再び取り戻し」「復 活」を遂げ(132 頁)、鉄道との輸送競争で決して劣勢とはならなかった状況を強調する。 1846 年以降、国策としての全国的な鉄道敷設と運河改善・国内航行河川整備が併進したこ

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とも舟運輸送力の進展に寄与したと論じる。  第7章では、舟運上の一大変革となった外輪蒸気船に関し、パリ周辺での 1825 年就航か ら使命を終える 1860 年までの輸送状況を検討する。当初、それは貨物輸送が期待されたが、 貨物収納量、またセーヌ水系上の停泊場所が限定されたため、代わって旅客輸送に大きな 用途を見出した。著者は、この転機が外輪蒸気船をして「観光船として娯楽の大衆化」(162 頁)を導きせしめ、また水都と郊外を結ぶ近距離航路として生活路線になることで、首府 の新たな水上レジャー創出とメトロ開通までの日常的な近代都市交通網の起点の一つとし て位置付ける。また郊外での蒸気船観光が、利用客の馬車、鉄道乗り継ぎを組み込み、こ こに様々な交通手段の近代的な複合的連結の端緒を見出そうとしている。  終章は、改めて本書各章の議論を振り返り、セーヌ河舟運の発展要因を四点に総括する。 その第一は 19 世紀前半のパリ諸河港の拡張であり、第二は海港パリ実現のための多年に亘 る運河計画と一部運河の改修工事実施である。第三はパリ舟運ネットワークを支えた諸運 河を含むセーヌ水系、諸河港、橋梁の整備に尽くした土木技師の創意と貢献であり、第四 は首府の人口増加速に伴う商品流通の急拡大が貨物輸送市場全体を膨張させて、鉄道貨物 伸長にもかかわらず舟運輸送は成長を継続できたとする結論の提示である。併せて今後の 研究課題として、「行政と河川商業の関わり」「水運と港」(163 頁)の関係を論じるうえで、 商業会議所が果たした役割の吟味が必要となることを挙げて、締めくくる。    III. 本書の貢献  本書は 19 世紀前半パリを主題とするフランス舟運論の研究史へ新たな一ページを拓き、 検討対象地フランスでの研究史の空白をも埋めるばかりでなく、たゆまぬ一次史料の発掘 と検証作業によって新たな史実の発見と確定へ貢献している。先述のように、国立公文書 館(AN)史料等によってセーヌ河畔に立地した商工業展開の実態とそれへの課税基準、市 内橋梁の運営委託事情が細かく解明され(第 3 章)、さらに著者が見出したシャラントン市 史料からパリ市外のセーヌ県下都市事業に関する当該市、警視庁それぞれの管理権の状況 が浮き彫りにされた(第 4 章)。本章では市直轄商業組織の運営を巡る市長と警視総監、両 者の権限について論じるが、パリ市の事例と比べての県知事の立場、関与ぶりについても、 評者には気になるところである。  本書の第二の意義は、著者がパリを軸とする舟運網の働きを改めて近代フランス交通史 という、より大きな枠組みの中へ相対的に位置付けて、その特質を具体的に探ろうとして いることである。セーヌ県統計を用いて、実証的に 1820 年代の舟運と道路による品目別輸 送状況(第 1 章)を比べ、また AN 史料を用いた 1830-50 年代の水路・鉄路輸送間の比較(第 6 章)を試みて、各輸送路の時期別動向を検証し、さらに 20 世紀初頭までの水上輸送長期 統計(第 1 章)を検討しながら、舟運輸送力の安定的、自律的成長の継続状況が明示され、 定説化する近代フランス舟運衰退説への疑義を呈する。著者による「定説」への反論は、 パリ市文書館史料等をも用いた実証に基づく、明快さをもつ。

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 近代交通史の視角からは、さらに旅客輸送における諸交通手段の重層的複合化(第 7 章) の始動、また運河・橋梁建設、運営に散見されるフランス的様式としての私企業委託方式 (81、87、106 頁)が検証されたことも意義深い。本書の諸事例にみる公共的な社会インフ ラストラクチャーの私企業委託は、今日のフランスでの水道・高速道路・空港経営にも及 ぶ PFI の源流の一つと数えられ、同方式の利害得失の評価にも結びつく重要な視点を、本 書は照射するのである。  IV. 本書から提起される論点  次いで本書の議論が提起する様々な論点のうち、二点に絞って触れておく。  ① 先ず本書全体の検討課題として設定された 19 世紀前葉・中葉のパリ周辺での舟運輸 送と鉄道輸送との関係の検証について。序章、第 6 章、そして終章で繰り返し提起された、 この課題への著者自身の結論は、当該期パリの商品流通の増大化を承けた貨物輸送市場の 拡張が、河川・鉄道・道路の三路に亘って「それぞれが競合していくのではなく、共存し ていくことになった」(137 頁)状態を生み出したとする。つまり首府の輸送需要の急増が 三つの路それぞれに、均しく膨大な積み荷をもたらし、鉄道輸送量の急伸をして舟運貨物 を減少せしめた型での、反比例的な競合関係ではなかったとする。この状況評価において 留意すべきは、評者も著者と見解を共にする 20 世紀中葉まで長期に続く舟運貨物輸送の着 実な成長論のうち、そのメカニズムの把握が焦点となる。  舟運が鉄道に対抗しえた、その競争力の源泉は、本書が論じた首府等の貨物輸送市場の 膨張、水運航行路の整備化のみならず、さらに注意を払うべきは貨物運賃の在り方、輸送 手段選択に関するする荷主(需要側)の意向、また 19 世紀中葉から第三共和政末期までの 国策としての交通政策であろう。  貨物運賃では、19 世紀全般と 20 世紀前半期に亘り、常時、鉄道よりも低廉であった舟 運が有利な価格競争力を有していたことが既に検出されている1 。また一例として、第二帝 政期においてなお、幹線鉄道網と稠密な舟運ネットワークの双方を享受していた北部地方 での大口荷主であったサン・ゴバン社(Saint Gobain:ガラス製造業)は、資材調達、さら に製品供給の輸送路として水鉄両路を併用した。同社は貨物の運賃、移動日数、重量、嵩 高、品目、気候条件による輸送状況に応じて、利用手段を細かに選好し直していたと共に、 最終目的地への経由地、経路も、利用手段の選択基準としつつ、舟運輸送に大きく傾斜し ていた2 。この荷主側の意向という要素は、全国的幹線鉄道網の完成期である第二帝政期に 先立つ、本書が対象とする 19 世紀前半期には一層、舟運利用の利便性と結び付いて舟運貨 物増へと作用した可能性が見出される。

1 Fumihiko ICHIKAWA “Canals and Transport Policy in the XIXth century France”, Dominique BARJOT et Patrick FRIDENSON dir. Le Japon et la France, Regards Croisés PUFP, Paris, 2015, pp.149-150.

2 市川文彦「近代フランス地域企業家群と輸送体系再組織化策:舟運=鉄道連係への新機軸」 『企業家研究』第 6 号、2009 年、44 頁 .

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 帝国 / 共和国政府による交通政策の面では、19 世紀前葉の鉄道敷設優先策から、本書が 論じたパリ周辺事例(第 6 章)の如く、1846 年以降は鉄道・舟運双方の輸送路整備の併進 へと施策が変更されて輸送力が増強される。近代フランスでは、鉄道革命ではなく、舟運 をも包摂する交通革命が生じたことを意味するが、その政策上の哲学は、著者が強調する 舟運と鉄道との共存が、それぞれの特性を活かした<棲み分け>、補完(137,162 頁)に止 まらなかった側面も注意を払うべきであろう。むしろ共存は、運賃、輸送時間、サーヴィ スを巡る水鉄両路の競争に基づき、これを新輸送体系構築の軸としながら、交通革命の推 進要因となっていくのである3 。本書にも登場するミシェル・シュヴァリエ(132 頁)は、 ナポレオン 3 世の傍らで、鉄道網拡張期にあって舟運網の整備を推進したが、同時に水鉄 両路間の競争政策によって国内輸送費を逓減させて、経済発展への寄与を意図した。併せ て当時の世評に上った鉄道による地域輸送独占問題への対応策として、彼はこの競争策を 活用しようとしていたのである4 。    以上の点からすれば、著者が主張する 19 世紀前半期舟運・鉄道・道路の三路線網の「そ れぞれが補完しあい、共存していく関係」(162-163 頁)に拠り、舟運輸送力の長期伸長、 近代フランス輸送力全体の拡張が成されたにせよ、半面、それは各路線間の競争・競合を も孕みながら、達成されたと評価される。競争なき無風ではない共存状態は、第二帝政期、 第三共和政期には、ますます拍車がかかる。全国舟運貨物移動量(ton・km)は 1850 年か ら 1930 年まで 4.3 倍へ堅調に成長したが、同期間の全国鉄道貨物移動量(同)は、88.5 倍 へと著しく高率で急伸していた。拡大する貨物輸送市場全体の中で、終始、鉄道が優位に 立ち、その貨物量構成比も急上昇させた動きは軽視できない5 。   ② 次の論点は、舟運網の全国的整備と首府パリとの利害関係と、その調整に関わる。 内陸港の海港化への企ては、河港を擁する都市の機能拡充の課題であると同時に、国土全 体の水系管理、舟運網の全国システム運営に関する課題でもあった。つまり近代舟運ネッ トワーク整備策を巡る国政と首府統治の間の政策調整の問題が、如何に表出し、また如何 に制御されようとしたのだろうか。本書の第2章と第3章では、パリ周辺での舟運ネット ワーク整備を巡る、セーヌ県知事と警視総監との権限範囲が検討されたが、国家と首府と の利害調整も、かかる<二人の Préfet >問題へ如何に投影されたのだろうか。この調整は、 著者が評価する近代フランス舟運ネットワークの自律的長期成長の在り方とも深く結びつ く論点だけに、今後の重要な吟味対象となろう。首府で頻発した<二人の Préfet >問題は、 3 F. ICHIKAWA op.cit.pp.144-149. 4 栗田啓子『エンジニア・エコノミスト:フランス公共経済学の成立』東大出版会、1992 年; 市川前掲論文(2009 年)、42、51 頁 . 5 F. ICHIKAWA op.cit.pp.145-146. なお全国的動向とは別に、パリへの移入貨物に限れば 1885 年〜 1910 年にも鉄道貨物量が舟運貨物量を上回ったものの、舟運+鉄道貨物総量に占 める舟運貨物構成比は同期間に 38%(約 320 万 t)から 47%(約 630 万 t)へと上昇し、舟 運貨物量の着実な相対的増加が認められた . 市川文彦「内陸水運ネットワーク上の近代フラ ンス流通圏構造」『経済学論究』(関西学院大学)第 68 巻第 3 号、2014 年、195-197 頁 .

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第二帝政期の新中央市場の運営、流通の面でも、首府の安寧維持とも直結する市民への安 定的な食料供給策を重視する県庁と、パリを結節点として全国に及ぶ食品集散・流通体系 維持へ衛生管理の点から深く関与する警視庁との調整問題が、上下両院、県議会等の立法 府も巻き込みながら複雑に作用していたことからも、見過ごせない論点となる6  この他に、本書の検討結果と市内の右岸・左岸問題との繋がり方など、既存の近代パリ 史研究への本書の接合や、小型蒸気船への評価なども、19 世紀前半期を取り上げる本書か ら派生する新たな興味惹く論点となる。  専ら第二帝政期、第三共和政期以降の近代フランス舟運ネットワークを軸とする輸送体 系再編を検討する評者にとっても、この意欲作は全国鉄道網完成期以前の、近代舟運網の 基盤形成と展開状況を明らかにした貴重な達成を意味する。同ネットワークの一部は、の ちの世紀転換期に競争相手だった鉄道とも連係して機能拡充を図ったが、このシステムの 有する柔軟さは本書が提示した近代フランス舟運の特性と結び付くゆえであった。本書の 登場により 20 世紀をも視野に収めた近代フランス交通・輸送史の既成の構図書き換えが一 層、進展し、また本書が提起した近現代フランス都市史に占める舟運網機能の重要性を前 提に、内外で今後の研究が深められることを期したい。公益財団法人 交通協力会・第 44 回交通図書賞「奨励賞」受賞作、2019 年。 (晃洋書房、2018 年刊、 iv+170+50 頁) 6 市川文彦「パリ中央市場の成立と近代フランスの流通システム」『市場史研究』第 9 号、 1991 年、54-57 頁 . なお著者は別稿で、首府周辺部水系の商業網を吟味している . 東出加 奈子「十九世紀ベルシーにおける河川商業―セーヌ河の労働者組織」『寧楽史苑』第 63 号、 2018 年 .

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