頭 頸 部 腫 瘍30(1)53-60,2004
マ イ ク ロ ア レイ解 析 に よる食 道 癌
リ ンパ節 転 移 関連 因子 の検 索
猫協医科大学病理学(人 体分子)
川
又
均
表
原
文
江
藤
盛
孝
博
論 文要 旨 ヌ ー ドマ ウス に て転 移 能 を有 さ ない ヒ ト食 道 扁 平 上皮 癌 細 胞T.Tnを,in vitroで ク ロ ー ニ ン グ を行 い, 遊 走 能,細 胞-細 胞 間接 着 能,細 胞-基 質 間接 着 能 の 高 い 亜株 を分 離 した。 次 に,ヌ ー ドマ ウ ス 同 所 性 移 植 モ デ ル を用 い て,そ れ ら亜 株 の 中 か ら リ ンパ 節 へ の転 移 能 を有 す る細 胞T.Tn-AT1を 分 離 した 。 さ らに,親 株 T.Tnと 転 移 株T.Tn-AT1を 用 い,マ イ ク ロ ア レイ解 析 に て リ ンパ 節 転 移 関 連 因子 の 同定 を試 み た 。 マ イ クロ ア レイ解 析 は30merの ヒ トオ リ ゴ ヌ ク レオ チ ドを9,206個 ス ポ ッ ト して い るCodeLinkTM Bioarrayを 用 い て行 っ た 。 両 細 胞 間 で 発 現 が2倍 以 上 異 な る もの は114個 で,T.Tn-AT1細 胞 にお い て発 現 が低 下 して
い る遺 伝 子(86個,75.4%)が 多 く見 ら れ た 。発 現 が異 な る 遺伝 子 の う ち機 能 が わ か って い る もの の多 くは, 炎 症 細 胞 や 癌 細 胞 の 接 着,遊 走,増 殖,分 化 な どに 関与 す る もの で あ った 。
Key words:食 道 扁 平 上 皮 癌(squamous cell carcinoma of esophagus),転 移(metastasis), 同 所 性 移 植(orthotopic inoculation),マ イ ク ロ ア レ イ(microarray)
諸 言 食 道 は上 部 消 化 管 に属 す る管 状臓 器 で,そ の 粘 膜 は重 層 扁 平 上 皮 で 覆 わ れ て お り,そ こに 発 生 す る悪 性 腫 瘍 の ほ と ん ど は扁 平 上 皮 癌 で あ る 。 食 道 癌 は 他 の 消 化 器 癌 (胃癌,大 腸 癌)と は早 期 癌 の 定 義 が 異 な り,リ ンパ 節 転 移 の 有 無 が 早 期 癌 の 定 義 の重 要 な 因子 に な っ て い る。 す なわ ち食 道 癌 は 表在 癌(粘 膜 内癌,粘 膜 下層 浸潤 癌) で も高 頻 度 に リ ンパ 節 転 移 を 認 め,リ ンパ 節 転 移 の 有 無 が 生 命 予 後 に 関連 して い る1)。この よ う に 食 道 癌 は 消 化 管 癌 の 一 つ と して扱 わ れ て い る が,そ の生 物 学 的特 性 は む しろ 頭 頸 部 癌 と類 似 して い る 。 現 在 まで の 多 くの研 究 で,食 道 癌 の リ ンパ 節 転 移 に 関 す る臨 床 病 理 学 的 因子 の解 析,あ る い は食 道 癌 リ ンパ節 転移 を制 御 す る 因子 の 同定 が試 み ら れ て い るが,未 だ確 定 的 な 因 子 は 同定 さ れ て い な い 。 本 研 究 で は,転 移 能 を 有 さ な い ヒ ト食 道 癌 細 胞 株 T.Tnよ りin vitroで 接 着 能,遊 走 能 の 異 な る 亜 株 を 分 離 した 。 次 に,そ れ ら亜 株 の転 移 能 を,最 近 我 々が 構 築 した ヌ ー ドマ ウス 同所 性 移 植 モ デ ル2)を用 い て検 索 し, 高転 移 株 を分 離 した 。 さ らに,親 株 と転 移 株 の 遺 伝 子 発 現 の 差 をマ イ ク ロ ア レ イ に て解 析 し,食 道 扁 平 上 皮 癌 の リ ンパ 節 転 移 に 関与 す る遺 伝 子 候 補 を検 索 した 。 実 験材 料 な らび に 実 験 方 法 (1)細 胞 実 験 に は,胸 部 食 道 原発 の 中分 化 扁 平 上 皮 癌 よ り分 離 樹 立 さ れ た ヒ ト食 道 扁 平 上 皮 癌 細 胞 株 で あ るT.Tn細 胞3)を用 い た 。T.Tn細 胞 の 生 物 学 的 な 特 性 は 既 に 報 告 して い る4)。T.Tn細 胞 のin vitroで の 細 胞 倍 化 時 間 は 23.5時 間 と短 く,非 常 に高 い 増 殖 能 を示 した 。p53は 免 疫 染 色 にて 核 に異 常 集 積 し,exon 6(codon 213)に one point mutationを 認 め,転 写 因 子 と して の 機 能 を失 って い る。 β-cateninのexon 3に 変 異 は 認 め ず, Western blottingに て 軽 度 の 発 現 を認 め,免 疫 染 色 に て わ ず か な細 胞 膜 へ の 染 色 を示 した 。 ま た,TCFプ ロ モ ー ター を用 い た 転 写 解 析 の 結 果,wnt-APC-TCF経 路 の 恒 常 的 な活 性 化 は見 ら れ な い こ と を確 認 し て い る (表 原,川 又,未 発 表 デ ー タ)。 さ ら に,E-cadherinの 発 現 は軽 度 で,Gelatinaseの 発 現 は 低 く,そ の イ ン ヒ ビ タ ーTIMP1,TIMP2は 高 い 発 現 が 認 め ら れ る 。 T.Tn細 胞 の腫 瘍 原性 に 関 して は,7×106個 で ヌ ー ドマ ウ ス背 部皮 下 に移 植 して も腫 瘍 を形 成 しな い が,再 構 成 基 底 膜 成 分 で あ るMatrigelと 混 和 して 移 植 す る と腫 瘍 を形 成 す る 。 しか しな が ら,リ ンパ 節,遠 隔臓 器 に転 移 は認 め られ な か っ た 。 ま た,5×104個 のT.Tn細 胞 を ヌ ー ドマ ウ ス の尾 静 脈 か ら注 入 した場 合 も,肺 を含 む い ず れ の臓 器 に も腫 瘍 は形 成 され なか っ た 。 T.Tn細 胞 の培 養 に は10%(容 量/容 量)牛 胎 児 血 清 (Sigma, St. Louis, MO),100μg/mlス トレ プ トマ
別 刷 請 求 先:〒321-0293
栃 木 県 下 都 賀 郡 壬 生 町 北 小 林880 猫 協 医 科 大 学 病 理 学(人 体 分 子) 川 又 均
イ シ ン,100U/mlペ ニ シ リ ン(Life Technologies, Inc., Gaitherburg, MD),0.25μg/mlア ン ホ テ リ シ ンB(Life Technologies, Inc.)を 含 む ダ ル ベ ッ コ 改 変 イ ー グ ル 最 小 必 須 培 地(ニ ッ ス イ,東 京)と F-12(Life Technologies, Inc.)培 地 の 混 合 培 養 液 (1:1)を 用 い,空 気 中 に5%の 割 合 で 炭 酸 ガ ス を 含 む 培 養 器 内 で37℃ に て 培 養 を 行 っ た 。
(2) in vitroに お け る 遊 走 能 の 高 い 細 胞 亜 株 の 分 離 T.Tn細 胞 の 細 胞 浮 遊 液 をinvasion chamber (Falcon; Becton Dickinson Labware, Franklin Lakes, NJ)のupper chamber(底 面 に8μmの poreを 持 つ)に 植 え 込 み,72時 間 培 養 後,こ のpore を す りぬ け てlower chamberに 移 動 し,さ ら に 底 面 に 付 着 し 増 殖 を 始 め た 細 胞 を 回 収 し た 。 そ の 細 胞 の 細 胞 浮 遊 液 を,新 し いinvasion chamberのupper chamberに 植 え 込 み,同 様 の 処 理 を5回 繰 り返 し,遊 走 能 の 高 い 細 胞 群 を 分 離 し た(図1A)。 さ ら に 限 界 希 釈 法 に て 細 胞 を ク ロ ー ン 化 し,各 ク ロ ー ン を 遊 走 能 の 高 い 亜 株 と し た 。 (3) in vitroに お け る 細 胞-基 質 間 お よ び 細 胞-細 胞 間 接 着 能 の 高 い 細 胞 亜 株 の 分 離
Type I collagen(2.5mg/cm2; Falcon; Becton Dickinson Labware)でcoatingし た6ウ エ ル マ イ ク ロ プ レ ー ト(Falcon; Becton Dickinson Labware) にT.Tn細 胞(7.5×104個)を 植 え 込 み,直 後 に60 rpmで10分 間 震 盪 し,非 接 着 細 胞 を 除 去 し た 。10日 間 培 養 後 に,増 殖 し た 細 胞 をtrypsin(0.05%)な ら び にEDTA(0.53mM)で5分 間 処 理 す る こ と に よ り 回 収 し,新 し いType I collagenでcoatingし た プ レ ー ト に 細 胞 を植 え 込 ん だ 。 直 後 に60rpmで2分 間 震 盪 し, 非 接 着 細 胞 を 除 去 し た 。 以 後,同 様 の 操 作 を3回 繰 り返 し,基 質(Type I collagen)と の 接 着 能 力 の 高 い 細 胞 群 を 得 た(図2A)。 続 い て,得 ら れ た 細 胞 を100mm 径 プ ラ ス チ ッ ク ペ ト リ 皿(Falcon; Becton Dickin-son Labware)に 植 え 込 み,細 胞 がconfluentな 状 態 に な る ま で 培 養 後,trypsin(0.05%)な ら び にEDTA (0.53mM)で20分 間 処 理 を 行 な い,培 養 皿 か ら は が れ た 浮 遊 細 胞 を 除 去 し た 。 同 様 の 操 作 を3回 繰 り返 し, 細 胞-基 質 間 お よ び 細 胞-細 胞 間 接 着 能 の 高 い 細 胞 群 を 得 た(図2B)。 さ ら に,そ れ ら の 細 胞 群 を 限 界 希 釈 法 に て ク ロ ー ン化 を行 い,亜 株 を 得 た 。 (4)ヌ ー ドマ ウ ス に お け る 亜 株 の 腫 瘍 原 性 ・転 移 能 の 検 索 親 株T.Tnお よ びin vitroで 得 ら れ た 種 々 の 亜 株 の 腫 瘍 原 性 ・転 移 能 を,ヌ ー ドマ ウ ス を 用 い て 検 討 した 。 ま ず,各 細 胞(1×107個)を ヌ ー ド マ ウ ス 背 部 皮 下 に 移 植 し,そ の 腫 瘍 原 生,浸 潤 能,転 移 能 が 明 ら か に 親 株 と異 な る亜 株 を ス ク リー ニ ング した 。 次 に,転 移 能 の変 化 を 同所 性 移 植 モ デ ル2)で確 認 した 。 ヌ ー ドマ ウ ス を ネ ン ブ タ ー ル(30-50mg/kg)で 麻 酔 後,腹 壁 正 中 を切 開 し,肝 を脱 転 し,胃 を展 開 す る と食 道 下 部 が 確 認 で き る 。 胃 の前 壁 を小 切 開 し,そ こか ら シ リ ン ジ を挿 入 し, 食 道 の 内腔 側 か ら粘 膜 下 に細 胞(1×106個)を 移 植 し た 。移 植 後,ヌ ー ドマ ウ ス の状 態 を観 察 しなが ら,4-13 週 間後 に屠 殺 し,食 道,胃,肺,肝 臓,脾 臓,腎 臓,腹 膜 お よ び リ ンパ 節(縦 隔 な らび に腹 腔 内)を 摘 出 した 。 摘 出臓 器 は10%ホ ル マ リ ン に て24時 間 固 定 し,ヘ マ トキ シ リン ・エ オ ジ ン染 色 に て 組 織 像 を観 察 した 。 (5)マ イ ク ロ ア レイ解 析 親 株T.Tnな らび に転 移 能 を有 す る亜 株 か らISOGEN (日本 ジ ー ン,富 山)を 用 い,modified acid-guanidi-nium-thiocyanate-phenol-chloroform(AGPC)法 に てtotalRNAを 抽 出 した 。 そ れ ぞ れ の 細 胞 よ り抽 出 したRNAを 鋳 型 と し,ラ ン ダ ム プ ラ イ マ ー と逆 転 写 酵 素 に てcDNAを 合 成 し,マ イ ク ロ ア レ イ 解 析 用 の プ ロ ー ブ と した。 マ イ ク ロ ア レイ 解 析 は30merの ヒ トオ リ ゴ ヌ ク レ オ チ ド を9,206個 ス ポ ッ ト し て い る CodeLinkTMのBioarray(Motorola, Anaheim, CA)を 用 い て行 っ た 。 マ イ ク ロ ア レイ 解 析 に て 得 ら れ た遺 伝 子 の詳 細 はNCBI遺 伝 子 ・文 献 デ ー タ ー ベ ー ス に て検 索 し,報 告 さ れ て い る機 能 に 従 っ て 分 類 した。 結 果 (1) in vitroに お け る遊 走 能,細 胞-基 質 間 お よ び 細 胞-細 胞 間接 着 能 の高 い亜 株 の 分 離 invasion chamberを 用 い た 方 法 で 遊 走 能 の 高 い 細 胞 亜 株(T.Tn-Mgr)が 分 離 で き た 。 な お, in vasion chamberのupper chamberのfilterをMatrigelで coatingし,基 底 膜 を破 壊 しな が らの 遊 走 能(浸 潤 能) の高 い 細 胞 の分 離 も試 み た が,親 株T.Tn細 胞 は浸 潤 能 が 弱 く,24-72時 間 で は,全 く細 胞 がlower chamber に移 動 せ ず,そ れ以 上 の観 察 で はMatrigelが 崩 壊 し て しま うた め,高 浸 潤 亜 株 の分 離 は で きな か っ た 。 一 方 ,親 株T.Tn細 胞 はType I collagenに 対 す る 接 着 能 は 高 く,10分 間 の 接 着 処 理 で は 多 く の 細 胞 が Type I collagenに 接 着 を示 した 。 しか し な が ら,60 rpmの 震 盪 で 処 理 時 間 を2分 間 に す る と,ご くわ ず か な細 胞 が 接 着 す る のみ と な っ た 。 通 常 の細 胞 の 継 代 に使 用 す る 濃 度 の カ ル シ ウ ム キ レ ー ト剤EDTA(0.53 mM)と 蛋 白分 解 酵 素trypsin(0.01%)は,細 胞 一細 胞 間 の 接 着 あ る い は細 胞 基 質 問 の 接 着 を 破 壊 す る 。 T.Tn細 胞 は通 常2分 間 程 度 で,ほ と ん どす べ て の 細 胞 がsingle cellに な るが,ク ロ ー ニ ン グ の 結 果20分 の 処 理 で も細 胞-細 胞 間の 接 着,細 胞-基 質 間 の接 着 が 保 た
図1 A: in vitroに お け る 遊 走 能 の 高 い細 胞 亜 株 の 分 離 B: in vitroに お け る 細 胞-基 質 問 お よび細 胞-細 胞 間接 着 能 の 高 い細 胞 亜 株 の 分 離 れ て い る 亜 株 が 分 離 で き た。 そ れ ら の細 胞 はT.Tn-AT と命 名 し,通 常 の 継 代 はtrypsinの 濃 度 を0.2%に す る こ とに よ り,細 胞 に与 え る傷 害 を最 小 限 に し,継 代 培 養 した 。 T.Tn-Mgrク ロ ー ン もT.Tn-ATク ロ ー ン も単 層 培 養 に お け る細 胞 の 形 態 は親 株 細 胞 と比 較 して差 は な く, 細 胞 増 殖 能 の 変 化 も見 られ なか った(デ ー タ ー は示 して い な い)。 (2) T.Tn-MgrとT.Tn-ATの ヌ ー ドマ ウ ス で の 腫 瘍 原性 と転 移 能 T.Tn-Mgrあ る い はT.Tn-ATよ りそ れ ぞ れ3ク ロー ンを 選 別 し,ヌ ー ドマ ウ ス背 部 皮 下 で の腫 瘍 原性 を 評価 した 。T.Tn-ATク ロ ー ンはMatrigelな しで も腫 瘍 を 形 成 し,親 株 よ り大 きな腫 瘍 を形 成 した 。 さ らに,1部 の動 物 で は,肺 胞 内 の毛 細 血 管 に腫 瘍 塞 栓 を認 め た 。 一 方,T.Tn-Mgrク ロ ー ンの 腫 瘍 原 性 は 親 株 の そ れ と 変 わ らず,浸 潤 能 ・転 移 能 の 亢 進 も見 られ なか っ た 。 そ こ で,T.Tn-ATク ロ ー ンの 一 つ で あ るT.Tn-AT1の 腫
表1 ヌ ー ドマ ウ ス 同 所 性 移 植 で のT-Tn細 胞,T.Tn-AT1細 胞 の 腫 瘍 原 性 と 転 移 能
瘍 原 性,浸 潤 ・転 移 能 を 同所 性 移 植 モ デ ル にて評価 した。 親 株T.Tn細 胞 は 同所 性 移 植 で は 食 道 粘 膜 下 に微 小 な 腫 瘍 を形 成 す る の み で あ り,リ ンパ 節 お よ び遠 隔臓 器 に は転 移 を認 め なか っ た(表1)。 一 方,T.Tn-AT1細 胞 は,食 道 壁 全 層 にお よぶ 腫 瘍 を形 成 し,リ ンパ 管 な らび に血 管 侵 襲,腹 膜 播 種 が 観 察 され た 。 さ ら に一 部 の マ ウ ス で は リ ンパ 節 転 移 を認 め た(表1)。 肺 を 含 む 遠 隔 臓 器 転 移 は,観 察 期 間 内で は 明 らか で は なか った(表1)。 (3)マ イ ク ロ ア レ イ解 析 T.Tn細 胞 とT.Tn.AT1細 胞 の 遺 伝 子 発 現 の 差 を マ イ ク ロ ア レ イ にて 解 析 した。両細 胞 は基本 的 に同 じク ロー ンで あ るた め,マ イ ク ロ ア レ イ に よ る遺伝 子 発 現 の プ ロ フ ァイ ル は極 め て 類 似 して いた 。 しか しな が ら,そ の 生 物 学 的 特 性 の 違 い を反 映 してか,一 部 に 発現 の 異 な る 遺 伝 子 が 存在 した(表2,表3)。 これ らの 遺伝 子 の 中 で, 発 現 が2倍 以 上 異 な る もの は114個 で,T.Tn-AT1細 胞 にお い て 発 現 が 低 下 。 も し くは 発 現 が 消 失 して い る 遺 伝 子 の 割合 が 多 く(86個,75.4%),発 現 が 充 進 し て い る 遺伝 子 は28個(24.6%)で あ っ た(表2)。 マ イ ク ロ ァ レイ で得 られ た114個 の 遺伝 子 をデ ー ター ベ ー ス に て 検 索 す る と,そ の 機 能 が 部 分 的 に で も解 析 され てお り, 遺伝 子 に名 前 が つ け られ て い る ク ロ ー ンが83個(73%), 名 前 が つ い て い な い ク ロ ー ンが31個(27%)存 在 した 。 機 能 が わ か っ て い る 遺伝 子 の多 くは,増 殖,分 化,細 胞 死 あ る い は 炎症 細 胞 や癌 細胞 の接 着 ・遊 走 に 関与 す る も の で あ っ た(表2,表3)。 考 察 in vitroで 遊 走 能 が 高 い こ と を 指 標 に 分 離 さ れ た T.Tn-Mgrは ヌ ー ドマ ウ ス に て 浸 潤 ・転 移 能 は 充 進 し て い な か っ た 。転 移 過 程 は腫 瘍 細 胞 と宿 主 と の多 くの相 互 作 用 か ら成 り立 っ てお り,腫 瘍 細 胞 にお け るあ る特 定 の能 力 だ け が突 出 してい て も,転 移 形 成 に はつ なが ら な い こ とを示 して い る 。一 方,細 胞 一基 質 問,細 胞 一細 胞 間 の接 着 力 の 高 いT.Tn-AT1が 転 移 能 を示 した。 一 般 に, 接 着 力 の喪 失 が 浸 潤 ・転 移 能 の獲 得 につ なが る と考 え ら れ て い るが,腫 瘍 発 生 過 程(Carcinogenesis)の 初 期 に はそ うで あ るが,既 に腫 瘍 化 してい る細 胞 に とって は, 細 胞 間 で接 着 し細 胞 塊 を形 成 し,基 質 へ の 接 着 力 が 高 い 方 が 転 移 形 成 に と っ て は有 利 な場 合 が 多 い 。 特 に,異 所 環 境 で 宿 主 の免 疫 細 胞 な どか らの 攻 撃 を受 け た 時,あ る い は異 所 環 境 で 腫 瘍 細 胞 が 増 殖 で き る環 境(足 場)を 整 え る と きは,細 胞 間 の接 着 あ るい は基 質 へ の 接 着 力 の 高 さ は有 利 に働 くと考 え ら れ る。 近 年 マ イ ク ロ ア レ イ解 析 に よ り,各 種 腫 瘍 組織 の 遺伝 子 発 現 プ ロ フ ァイ リ ング が 可 能 にな っ て きて お 軌 ヒ ト 食 道 癌 組 織 にお い て もす で にい くつ か の報 告 が され て い る5-9)。本 来 の マ イ ク ロ ア レ イ 解 析 に よ る 遺 伝 子 発 現 の プ ロ フ ァイ リ ング は 個 々 の 遺 伝 子 の 発 現 に と らわ れ る の で は な く,全 遺伝 子 の 発 現 パ タ ー ン を認 識 し,腫 瘍 の 特 性 を識 別 す る こ と に意 味 が あ る 。 しか しなが ら,遺 伝 子 発 現 の パ ター ン を比 較 す る た め に は,全 遺 伝 子 産物 の発 現量 を知 る 必 要 が あ る 。 ヒ トの 全 遺 伝 子 産 物 は約20万 個 あ る と考 え られ て お り,そ れ ら全 遺 伝 子 を乗 せ た 解析 用 の ツ ー ル(DNAチ ップ あ る い は ア レ イ ス ラ イ ド)が 開発 され,デ ー タ分 析 用機 器 が 発 達 す れ ば,現 在 ヘ マ ト キ シ リ ン ・エ オ ジ ン染 色 で 病 変 の 組 織 像 を観 察 して い る の と同 じ よ うに 遺伝 子発 現 パ タ ー ンで 組 織 を`観 察'す る こ とが可 能 に な る と考 え られ る 。 そ の 場 合,個 々 の 遺 伝 子 の特 徴 は 問題 に せ ず,発 現 パ タ ー ンで の み組 織 の特 性(異 常 か正 常 か?あ る い は 異 常 で あ れ ばそ の質 は?) の評 価 が可 能 に な ろ う。 そ の一 方 で,本 研 究 に応 用 した よ う に,マ イ ク ロ ア レ イ解 析 は,2つ 以上 の特 性 の 異 な る サ ン プル 間 で 発 現 量 に差 の あ る遺 伝 子 を ス ク リー ニ ン グ す る,つ ま り個 々 の 遺 伝 子 の機 能 に こ だ わ り,特 性 の 差 を 説 明 し う る遺 伝 子 を拾 い上 げ る解 析 に も応 用 可 能 で あ る 。 従 来Northern blotting,定 量 性RT-PCR, subtraction screening, differential displayな どの 方 法 で 行 わ れ て い た検 索 を,極 め て短 時 間 で,比 較 的正 確 に,大 量 に 解析 す る こ とが 可 能 で あ り,ス ク リー ニ ング と して は 理 想 的 な方 法 で あ る 。 こ の場 合,比 較 す る サ ン プ ル 間 の 遺伝 子 発 現 プ ロ フ ァ イ ル は,異 な る特 性 以外 は 可 能 な 限 り類 似 してい る方 が,そ の 解 析 結 果 の解 釈 が 容 易 に な る 。今 回 の 検 討 で は親 株 に対 して,転 移 株 で は 遺 伝 子 発 現 が 下 が った も の が75%以 上 で あ り,転 移 能 の 獲 得 に は,遺 伝 子 発 現 のgain(転 移 促 進 遺 伝 子 の発 現 獲 得)よ りloss(転 移 抑 制 遺 伝 子 の 発 現 消 失 ない し低 下)の ほ うが重 要 で あ る と理 解 で き る。 この こ と は,発 癌 の プ ロ セ ス(癌 遺 伝 子 の 活 性 化 よ りも む しろ癌 抑 制 遺 伝 子 の 不 活 化 の ほ うが 重 要)と 類 似 して い る と考 え ら れ た 。 マ イ ク ロ ア レ イ解 析 は,発 現 ば か りか 遺 伝 子 変 異 の 解 析 も可 能 で あ る。 限 られ た 領 域 で あ れ ば,翻 訳 領 域,あ るい は プ ロモ ー ター な どの 変 異 も簡 便 に検 索 で きる 。 本 研 究 で 得 られ た 。 食 道 癌 リ ンパ 節 転 移 に 関与 す る可 能 性 の あ る候 補 遺 伝 子 は,そ の発 現 量 を ヒ ト食 道癌 組織 で 検 索 し,リ ンパ 節 転 移 との 関 連 を 有 す る か否 か を検 討 す る必 要 が あ る。 あ るい は,培 養 細 胞 で そ の発 現 量 を人 為 的 に 変化 させ,浸 潤 ・転 移 能 に直 接 的 に 関与 して い る か 否 か の検 索 を進 め る必 要 が あ る 。 こ の よ う に,マ イ ク ロ ア レ イ に よ る 遺 伝 子 解 析 (gemonics)は,そ の 解析 手 段 の 特 徴 を 知 っ た 上 で, 既 存 の技 術(genetics)と 組 み 合 わせ る こ と に よ り,癌 研 究 に極 め て有 用 な 情 報 を もた ら して くれ る と考 え られ
る。
参 考 文 献
1) Yamada T. Alpers DH. et al : Text book of Gastroenterology, Esophageal neoplasm. 1278 - 303, 1999, Lippincott Williams & Wikins, Philadelphia. 2) Furihata T. Sakai T. et al : A new in vivo model for
studying invasion and metastasis of esophageal squamous cell carcinoma. Int J Oncol 19 : 903-907, 2001.
3) Takahashi K. Kanazawa H. et al : A case of eso-phageal carcinoma metastatic to the mandible and characterization of two cell lines (T.T and T.Tn) established from the oral tumor. Jpn J Oral Maxillofac Surg 36 : 307-316, 1990.
4) Sakai T. Furihata T. et al : Molecular and genetic characterization of a non-metastatic human esophag-eal cancer cell line, T.Tn expressing non-functional mutated p53. Int J Oncol 21: 547-552, 2002. 5) Lu J. Liu Z. et al : Gene expression profile changes in
initiation and progression of squamous cell carcinoma
of esophagus. Int J Cancer 91: 288-294, 2001. 6) Hu YC. Lam KY. et al : Identification of
differen-tially expressed genes in esophageal squamous cell carcinoma (ESCC) by cDNA expression array: overexpression of Fra-1, Neogenin, Id-1, and CDC25B genes in ESCC. Clin Cancer Res 7 : 2213-2221, 2001.
7) Hu YC. Lam KY. et al: Profiling of differentially expressed cancer-related genes in esophageal squamous cell carcinoma (ESCC) using human cancer cDNA arrays : overexpression of oncogene MET correlates with tumor differentiation in ESCC. Clin Cancer Res 7 : 3519-3525, 2001.
8) Kan T. Shimada Y. et al : Gene expression profiling in human esophageal cancers using cDNA microarray. Biochem Biophys Res Commun 286 : 792-801, 2001. 9) Kihara C. Tsunoda T. et al : Prediction of sensitivity of esophageal tumors to adjuvant chemotherapy by cDNA microarray analysis of gene-expression profiles. Cancer Res 61: 6474-6479, 2001.