371 巻 頭 言
新型コロナウイルス対策と個人の自由
吉 田 宗 弘
新型コロナウイルス感染者が減らない。本稿執筆の 2021 年 1 月 8 日には首都圏の知事の 要請に応えて政府も再度の緊急事態宣言を発出した。さらに関西と東海地区にも発出されよ うとしている。 このような状況ではあるが,日本は欧米に比して PCR 検査陽性で定義される新型コロナ ウイルス感染者数が少ない。山中伸弥先生はその理由に Factor X という日本特有の要因が あるとされた。専門家・素人が入り混じり Factor X に関し様々な意見を述べている,それ らを大別すると,BCG 接種,あるいは過去に近縁のコロナウイルスに何度も感染している ため,新型コロナウイルスにある程度の耐性がある,などの生物的要因,様々な理由で日本 人がマスク装着などの要請に対して自主的かつ統一的な行動を起こしやすい,などの社会行 動的要因に分けられる。後者に関して,多くの日本人は「良いこと」と肯定的に捉えている。 一方,西欧では,マスク装着や外出自粛などを行政が要請すると国民の反発が大きい。こ のため罰則付きの外出禁止令などを出さざるを得ない。昨年暮れにドイツのメルケル首相が 感情丸出しで懇願するようにクリスマスでの外出自粛を訴えていたが,ドイツの感染者が劇 的に減少したとは聞いていない。また,年末にフランスでは,夜間外出禁止令に反発して約 2500 人がパーティを開催したという。このような西欧の人々の行動を日本人の多くは「自 分勝手で他人の迷惑を考えない」と否定的に見る。 西欧の人々が個人の行動制限に反発するのは,現在の個人行動の自由の多くが市民の多大 な犠牲の上に勝ち取った権利という認識があるからだろう。逆に,日本人が私権制限にあま り反発しないのは,現在の日本での個人行動の自由の多くが大戦後に主に米国から付与され たものであり,勝ち取ったものでないことに起因するのだろう。西欧の人々の行動は感染予 防の観点からは明らかにマイナスであるが,民主主義の成熟,あるいは人権の尊重という観 点からはマトモな行動といえる。筆者は西欧の人々の行動が正しいと擁護しているのではな い。マスク装着や外出禁止に従わない欧米の人は,健康維持よりも個人の自由行動に高い価 値観を置いていると述べているのである。 このようなことを述べたのは,筆者自身が公衆衛生の授業の中で,「公衆衛生は集団の健 康を維持するための方法と実践に関する科学であるが。健康をすべての価値の最上位におく 健康全体主義に陥ってはいけない」と述べてきたことと,新型コロナウイルス対策とが整合 していないと感じるからである。授業では,「力士という職業選択は確率論的に寿命を縮め るが,横綱を夢見て大相撲の世界に飛び込む若者を制止することはできない」と説明してき た。力士の短命は個人の問題にほぼ集約されるが,新型コロナウイルスは他者への感染と医 療崩壊という第三者への影響が大きいから同列でない。他者への迷惑という点では,受動喫 煙防止と同じと考えれば個人の行動制限もある程度はやむを得ないだろう。しかし,社会的 生物であるヒトに,外出自粛,ソーシャルディスタンス,家庭内マスクは負担が大きいとも 感じる。 昨年 4 月以降,外出時にマスクを装着するようになった。他人の目とマスクがないと店に372 入れないことが大きかった。しかし振り返ると,今年は風邪に一度もかかっていない。それ どころか喉が痛いことも経験しなかった。マスクはウイルスの吸い込みには効果が薄いが, ウイルスの放出に対しては効果があるように感じる。多くの人がマスクをして飛沫を放出し ないのでマスクをしていないヒトも恩恵を受けているように思う。結局,感染予防対策は, 各人が納得し強制的でない形で進めるのが現実的であろう。個人の自由に重きを置く人に は,一律強制ではなく,十分に誠実に説明を尽くし納得してもらうことだろう。その意味で は,日本の施政者には,効果がどうであったかは別にしてメルケル首相を見習って欲しいと 思う。