Title
乳児家庭全戸訪問事業の現状調査∼沖縄県内の2自治体
の調査から∼
Author(s)
名城, 健二
Citation
沖縄大学人文学部紀要 = Journal of the Faculty of
Humanities and Social Sciences(15): 33-41
Issue Date
2013-03-15
URL
http://hdl.handle.net/20.500.12001/11741
〈調査報告〉
乳児家庭全戸訪問事業の現状調査
~ 沖縄県内の 2 自治体の調査から ~
名城 健二
要 約 乳児家庭全戸訪問事業の現状を把握するために、沖縄県内の 2 自治体にインビュー 調査をした。調査の結果、評価できる点は、①母子全員に会うことを前提に重層的な 体制が構築できている、②養育者との面談の際に客観指標(アンケート用紙)を用い ている、③行政内の関連部署や医療機関と連携を取っているであった。課題と思われ る点は、①外部の関係機関との連携が限られている、②外部の関係機関とのケース対 応会議の頻度が十分でない、③訪問者の研修の機会が少ない、④継続支援に限界がある、 ⑤訪問者の職種に偏りがある、⑥予算面に限界があるであった。課題を抱えている可 能性のある家庭の支援において、継続支援を展開するために母子保健分野にソーシャ ルワーク的な視点と人材が必要ではないかと考える。 キーワード:保健師、母子保健推進員、継続支援、訪問者、ソーシャルワーク はじめに わが国は、少子化対策の拡大を図るために、2003 年に制定した次世代育成支援対策推進法を 2005 年から 10 年間の時限立法とし施行している。2004 年からは、次世代育成支援対策を推 進するために児童福祉法を一部改正し、児童虐待防止対策等の充実、強化を含む乳幼児、児童 の健全育成のための方策を推し進めている。それらの方策の一環として、乳幼児やその養育者 を対象としたいくつかの事業が区市町村を中心に展開されている。その中で、2004 年に創設さ れた乳幼児の自宅を訪問する「育児支援家庭訪問事業」1)は、地域の子育て上の問題改善に ついて必ずしも十分な効果を挙げてない(高野ら:2006)ことや 2009 年に創設された「乳児 家庭全戸訪問事業(通称、こんにちはあかちゃん事業)」2)においても、対象家庭は必ずしも 簡単に訪問者の受け入れに同意しているわけではない(来生:2009、中村ら:2010)との指摘 がある。つまり、困難事例や家庭訪問を前提にした支援が必ずしも上手く展開できていない現 状があると言える。 乳児家庭全戸訪問事業(以下、本事業)は、2007 年に創設した「生後 4 か月までの全戸訪問事業」 を 2009 年度から児童福祉法に位置づけ、全国の区市町村に実施の努力義務が課せられた事業 である。本事業の目的は、生後 4 か月までの乳児のいる全ての家庭を訪問し、様々な不安や悩 みを聞き、子育て支援に関する情報提供等を行う共に親子の心身の状況や養育環境等の把握や 助言を行い、支援が必要な家庭に対しては適切なサービスにつなげ、乳児家庭の孤立化を防ぎ、 乳児の健全な育成環境の確保を図るものとされている。しかし、先に述べたように現状の本事 業は、全てが上手く展開できているとは限らず、沖縄県内においても同様のことが起きている と思われるが、筆者が調べた限りにおいては本事業の実態調査がなされていない。沖縄大学人文学部紀要 第 15 号 2013 沖縄県内における乳幼児を取り巻く生活環境をデータでみると、合計特殊出生率は 1.87 と全 国平均の 1.39 を上回り全国で最も高いが、19 歳以下の若年出産率は全国平均 1.3 と比べ 2 倍の 2.6(沖縄県福祉保健部健康増進課:2011)、離婚率は全国平均の 2.01 を上回り全国で最も高い 2.6 (沖縄県企画部統計課:2011)、と決して良い状況とは言えないであろう。今後、乳児とその養 育者を対象とする本事業の果たす役割は益々重要視されるもとの理解し、沖縄県内における本 事業の実施状況を把握したいと考えた。 1.調査目的 沖縄県内の本事業を実施している自治体を調査し、本事業の実態と課題の把握を目的とした。 2.調査対象及び期間 沖縄県内の人口規模、世帯規模が近似の 2 自治体を調査対象とし、2012 年 8 月に調査を行った。 3.調査方法及び内容 調査は、あらかじめこちらで作成した調査内容を事前に担当者へ FAX し、調査当日に半構造 化面接を行った。担当者は、両自治体とも本事業を担当する保健師で、調査内容の再確認時はメー ルや電話を使用した。調査内容は、自治体の概要(人口、世帯数、高齢化率、出生率、3 歳児未 満の乳幼児率、生活保護世帯率、児童扶養手当受給率、離婚率、本事業実施率、自治体から児 童相談所への虐待通告数)と厚生労働省が 2009 年に示した「乳児家庭全戸訪問事業ガイドライ ン」の中のキーワードを参考に「訪問者の職種」、「家庭に対するサービス内容」、「関係機関と の連絡調整」、「ケース対応会議」、「訪問者の研修」についての実態と更に筆者が把握したい内 容で「訪問支援することによる家庭状況の変化」、「家庭訪問しても不在の場合の対応方法」、「本 事業の課題」とした。 4.倫理的配慮 本事業の担当者に本調査の主旨説明を行い、自治体が特定できないよう配慮することを条件 に執筆の了解を得た。 5.調査結果 ①両自治体の概要 2012 年 3 月現在の両自治体の概要をみる。人口規模は 56,000 名~ 59,000 名程、世帯数が 20,000 世帯~ 22,000 程で沖縄県内においては比較的人口の多い地域である。高齢化率は A 自 治体 15.6% で B 自治体 13.45%、出生率は A 自治体 12.9% で B 自治体 15.2% となっている。3 歳児未満の乳幼児率は、A 自治体 3.9% で B 自治体 4.43%、生活保護世帯率は A 自治体 1.73% で B 自治体 1.9%、児童扶養手当受給率は A 自治体 4.0% で B 自治体 3.6%、離婚率は A 自治体 1.24% で B 自治体 1.15%、本事業の実施率は A 自治体 93.6% で B 自治体 89.9%、自治体から児童相談 所への虐待通告件数は A 自治体 9 件で B 自治体 2 件となっている(表 1)。 表1 両自治体の概要 項 目 A 自治体 B自治体 1 人口 約 59,000 名 約 56,000 名 2 世帯数 約 22,000 世帯 約 20,000 世帯 3 高齢化率 15.60% 13.45%
4 出生率 12.90% 15.20% 5 3 歳児未満の乳幼児率 3.90% 4.43% 6 生活保護世帯率 1.73% 1.90% 7 児童扶養手当受給率 4.00% 3.60% 8 離婚率 1.24% 1.15% 9 乳幼児全戸訪問事業実施率 93.60% 89.90% 10 自治体から児童相談所への虐待通告数 9 件 2 件 2012 年 3 月現在 ②訪問者の職種 訪問は、保健師、助産師、看護師、母子保健推進員(以下、推進員)が担っている。第 1 子は、 新生児訪問で助産師が家庭訪問(以下、訪問)し、ハイリスク状況(以下、ハイリスク)の場 合は保健師が訪問している。第 2 子以降で 4 か月未満の子は地域の推進員が訪問するが、ハイ リスクと判断される場合は保健師が訪問している。本事業を担当し訪問を行う保健師 3 名 ~9 名、 助産師 3 名、看護師 0 名 ~1 名、推進員 23 名 ~28 名となっている(表 2)。推進員は、全地区 にいることが理想であるが、両自治体とも充足率は 50% 程度である。助産師は、両自治体とも 行政職員ではなく地域の人材を活用し、報償費を支払う形で訪問を依頼している。 ソーシャルワーカーである社会福祉士や精神保健福祉士の有資格者の配置はなく、状況に応 じて行政内の高齢者や児童、障害者関連の部署に配置されているソーシャルワーカーと連携を 取っている。ある自治体は、外部の病院等のソーシャルワーカーに報償費を払い訪問を依頼す る体制と予算を準備しているが、実績はないとのことであった。 表 2 本事業担当の職種とその人数 職 種 名 A 自治体 B自治体 1 保健師(家庭訪問対応保健師数) 10 名(9 名) 3 名(3 名) 2 助産師 3 名 3 名 3 看護師 0 名 1 名 4 母子保健推進員 28 名 23 名 5 社会福祉士・精神保健福祉士 0 名 0名 2012 年 8 月現在 ③家庭に対するサービス内容 訪問の際に、独自のアンケート用紙を用いて乳児の様子や母親の健康状態、家庭の状況、育 児の協力者の有無等の把握を行い、基本的に乳児の顔を見るようにしている。訪問の受け入れ は大方の家庭は良好であり、行政が提供する母子保健サービスについて資料や口頭で情報提供 を行っている。育児に対する不安等があれば、その都度対応するようにしているが、推進員の 訪問で気になる世帯があれば保健師や助産師につないでいる。 保健師が中心に訪問するハイリスクの判断は、母子手帳の申請や出生届を提出する際の窓口 でのアンケート用紙記入時のリスクチェックの結果や医療機関(産婦人科)からの情報提供に て行っている。中には、アンケートを取れずに状況把握できない場合もあるが、後日、電話に て状況確認を行い訪問することもある。母親にメンタル的な課題ある場合や貧困等のハイリス クの家庭は、保健師が訪問している。 ④関係機関との連絡調整 行政内においては、児童関連部署の家庭児童相談員と密に情報交換を行い、必要時に同行訪
沖縄大学人文学部紀要 第 15 号 2013 問している。母親がメンタル的な課題を抱えている場合は障害福祉課、生活保護世帯の場合は 生活保護課との連携もある。 外部機関としては、近隣の産婦人科を有する医療機関との連携がある。医療機関側の判断に 委ねることになるが、母親の通院中の状態から乳児との愛着形成が難しそうな場合や母親の養 育に関する理解度や養育能力が気になる、経済的な不安がある、入院中に家族の面会がない、 乳児が未熟児、低体重出産の場合や何らかの疾患を抱えている場合は、ハイリスクとして本人 の了解を得た上で本事業担当部署に連絡が入るようになっている。対応後は、情報提供のあっ た医療機関への連絡、報告も随時行っている。また、年に 2 ~ 3 回開催されている産婦人科を 中心とした医療機関との情報交換会に参加し、相互の情報交換を行っている。小学校や中学校 のような教育機関との連携はほとんどない。 ⑤ケース対応会議 3 か月に 1 回のペースで要保護児童対策地域協議会 3)(以下、要対協)の中でケースの経過 報告が行われている。本事業担当部署から、要対協にケースを挙げることはほとんどなく、基 本的に会議に参加し情報を共有するということが多い。要対協においては、新規のケースや継 続支援しているケースの報告が主になるために、実務的なケース対応会議(以下、会議)は関 連部署と不定期(月に 2~3 回程度)に行っている。状況に応じて外部の関係機関との会議を開 くこともあるが、年間数件程度と限られた回数である。その他に、毎月の推進員の定例会の中 で困っていることを出してもらい、その中で対応についての検討を行っている。助産師とは、 その都度情報交換・共有を図っている。 ⑥訪問者の研修 新任の推進員は、沖縄県小児保健協会が主催する 3 日間の養成講座に参加している。自治体 独自で研修は行っていないが、推進員の毎月の定例会にて情報提供や交換を行いながら、困っ た事例の対応を検討しその中で関わり方のポイント等を本事業担当の保健師が行っている。本 事業内で外部講師を招いた研修は開いてないが、他の研修で虐待関連の外部講師を年に 1 回招 いている。新人の推進員は、毎月の定例会後に残ってもらい小グループで研修を行うこともある。 ⑦訪問支援することによる家庭状況の変化 本事業そのものが、基本的に原則 1 回の訪問となっているため家庭状況の変化があったかど うかは分からない。ただ、状況に応じて就学前まで継続支援することもある。養育者がメンタ ル的な課題を抱えている場合や望まない出産、多子による経済的な不安定、出産前に病院への 受診がなく出産した経緯がある等の理由で継続的な支援になることがある。中には、病院や保 健師、推進員との関わりの中で愛着形成がしっかりできるようになったケースや訪問時のアン ケートでマタニティブルーの母親を発見し、精神科の医療機関につなぎその後も電話にて状況 確認をしながらフォローしたケースもある。 ⑧家庭訪問しても不在の場合の対応方法 一家庭の訪問は 3 回までとし、推進員が訪問して不在の場合は、後日保健師が訪問するとの 不在票を置いている。訪問で会えていない家庭は、電話にて状況確認を行い 3 歳児までに乳 幼児健診等で保健師が必ず会う機会を設けるようにしている。全く会えなかったのは、昨年度 (2011 年度)10 件以内である。基本的に訪問の拒否はほとんどないが、ごくまれに「必要ない」「大
丈夫です」「訪問が嫌です」と断られる、母親が就労しているので時間がない、長期に里帰りし ている場合もある。他府県からの転入者の場合は、状況の把握が上手くできていない。訪問拒 否は、第 2 子以上の場合が多く第 1 子の場合はほとんど受け入れてくれる。 ⑨本事業の課題 本事業の理解が十分に住民に浸透していないことがあり、訪問の説明をしても同意を得るの がスムーズにいかない場合や警戒されることもある。また、訪問を推進員が主に担っているこ ともあり、全家庭に専門職が訪問している訳ではなく、家族支援を含めどこまで支援していい のか分からなくなることがある。その他に、推進員の報酬が安く、推進員の熱意で本事業が展 開されているところがあり、予算的な課題がある。本事業で対応が困難な場合や継続支援が必 要な場合は、養育支援訪問事業 4)につないでいる。 6.考 察 ①本事業の評価できる点 本事業の実施において評価できる 1 点目として、本事業の目的でもあるが、母子全員に会う ことを前提に訪問を行っていることである。第 1 子の場合は助産師が訪問し、母親がメンタル 的な課題を抱えている場合や貧困世帯の場合は、ハイリスクと判断し初回から保健師が訪問し ている。虐待をする養育者の 30% ~ 70% が精神疾患を抱えている(吉田ら:2008)とされる 中、保健師が早期に関わることで虐待の予防的な関わりになっていることが考えられる。第 2 子以降の場合は原則、推進員が訪問を行い不在の場合は、後日保健師の訪問や電話にて状況確 認をしている。推進員の訪問で対応が困難であると判断し、専門的な支援が必要な場合は保健 師や助産師につなぐ体制づくりもできている。さらに、何度アプローチしても会えなかった世 帯をリスト化し、乳児健診や 1 歳半、3 歳児の健康診査の際に意識的に養育者に声かけするなど、 組織的な対応を取っている。全く会えない世帯が年間 10 件以内ということは、組織的な対応が 上手くできている結果と言えよう。母子全員に会うことを目標に、重層的な支援体制が整備さ れているということは大きく評価できる点である。 2 点目は、訪問の際に客観的に状況把握するために、アンケート用紙を用いて養育者と面談し ていることである。客観指標を用いることで、訪問するスタッフの主観的な判断に陥らない効 果があろう。また、行政窓口で行う母子手帳や出生届けの申請時にもアンケート用紙を用い早 期に家庭や育児状況の把握に努めている。 3 点目は、近隣の産婦人科を有する医療機関と情報交換を目的とした定期的な会議を開いてい ることである。ハイリスクと判断される母子の場合は、その都度医療機関から情報を受ける体 制が整えられている。このことは、早期に母子が抱える課題の解決を図るという観点から、迅 速な対応ができていると言える。行政内の他の関連部署との連携も日常的に行っており、チー ムアプローチの視点も上手く導入できていると考えられる。 ②本事業の課題と思われる点 本事業の課題と思われる点をいくつか挙げたい。先ず 1 点目は、外部の関係機関との連携が 限られていることである。行政内の関連部署との連携は日常的に行われているようだが、外部 機関となると産婦人科を有する医療機関が中心で、他の機関との連携は多くないようであった。 本事業の対象が、乳児とその養育者としていることがその理由と思われるが、乳児に就学中の 兄弟がいる場合は教育機関、養育者がメンタル的な課題を抱えている場合は精神科病院と状況
沖縄大学人文学部紀要 第 15 号 2013 に応じ多くの関係機関との連携が求められる。必要時にこれらの外部機関との連携を取ってい るが、年間で数件との状況であった。住民の生活実態やその抱えている課題を早期に発見でき る可能性のある本事業の機能からすると、課題を最初に発見した本事業担当部署が積極的に外 部の関係機関との連携を頻繁に取るべきである。現状は、関係機関との連絡調整が十分にでき ているとは言えないであろう。 2 点目は、外部の関係機関との会議開催の現状である。会議は、状況に応じて頻繁に行う必 要があるも 3 か月に 1 回の要対協のみでは回数そのものが少ない。基本的に会議に参加し情報 を共有するというスタンスで、本事業担当部署からケースを挙げることないとのことであった。 個別の状況に応じ関係機関との会議を開催することもあるが、年間数件程度で頻度としては決 して多くない。本事業を担当している部署の多忙さや人材不足がその背景にあると思われるが、 関係機関との連携を強化し課題を抱える家庭に早期介入するという観点からすると、会議の開 催頻度が限られているということは課題と言わざるを得ない。不定期ではなく、定期的な会議 を開催できる体制整備が求められる。 3 点目は、訪問者の研修の実態である。厚生労働省の示しているガイドラインには、基礎的研 修、技術向上研修、応用的研修を計画的に実施することとなっているが、それらの研修が十分 にできているとは言い難い。ボランティアとしての推進員の働きは大きく評価できるが、素人 的には支援が困難な状況の家庭もあろう。困難事例の場合は、保健師や助産師が訪問する体制 づくりはできているが、推進員を中心に訪問を展開していることを考えると、訪問者のスキル 向上のための定期的な研修を自治体が行うべきである。これも、本事業担当者の多忙さや予算 的な問題が大きいと思われるが、喫緊に解決すべき課題であろう。 4 点目は、継続支援の限界である。状況に応じて継続支援を行う場合もあるが、そもそも本事 業が、生後 4 か月を迎えるまでに原則 1 回訪問するという内容のため、継続支援に関して限界 がある(ハイリスク家庭を早期に発見することに限定するのであれば、効果ありという見方も あろう)。その後の支援を要する場合においては、養育支援訪問事業につなぐことが可能だが、 全ての自治体が養育支援事業を展開している訳ではない。本調査において、1 か所の自治体は養 育支援事業を実施していたが、本事業からつながれたケースは年間 10 件程であった。本事業担 当部署での支援後は、児童関連部署にて継続的な支援を行う体制は整えられているが、同部署 にて長期的な支援を継続する方がより効果的であろう。 生活を送る上での課題で、経済的なことや夫婦間の問題等は短期間の支援での解決は難しく、 継続的な支援が求められる。訪問を積極的に行っている中で、会えない家庭が年間 10 件ほど出 ているということは、潜在的に課題を抱えている可能性のある家庭の支援ができなかったこと になる。毎年の積み重ねで、一定の割合で課題を抱えている可能性のある家庭が地域に積み残 され続けていると言えよう。そのような家庭こそが、後々地域や学校で困難家庭として挙げら れることになるかも知れない。本事業の目的である、乳児家庭の孤立化を防ぐためには、単発 支援に終わることがないように継続的な支援が重要なことは言うまでもない。現場の保健師の 支援をまとめた事例集の中にも、継続支援の必要性が記されている(小笹ら:2012)。事業の枠 を超え、10 年 ~20 年後を見据えた継続支援の方法を構築する必要がある。 5 点目は、訪問者の職種である。ガイドラインによると、本事業の訪問者は保健師、助産師、 看護師の他、保育士、推進員等となっており幅広く人材を発掘し登用しても差し支えないとし ているが、実際には保健師と推進員が主で職種の偏りがある。保健師の継続支援の実態研究に よると、保健師が個別支援技術を用いた支援を展開し、個別に忠実に支援する必要性が指摘さ れている(赤嶺:2011)。ここでいう個別支援技術とは、訪問や関係機関との連携、サービスの
導入等であり、これはソーシャルワーク機能と同様と考えて良い。虐待による死亡率を減らし た保健師活動の報告では、訪問を繰り返して機関調整してさまざまな社会資源につなげ、虐待 の背景にある生活問題の軽減をコツコツ図っている(小林:2009)とある。ハイリスク親子へ の援助的介入のためには、ソーシャルワーカーを中心とした家族支援の必要性が指摘されてい る(久保田 a:2010)。先行研究から、母子保健の分野においてもソーシャルワークの重要性が 指摘されているのは明らかであろう。しかし、保健師を対象にした子育てを地域で支援するた めに保健師に求められる知識・技術についての調査によると、ソーシャルワークに関する知識・ 技術を必要としたのは僅か 5.8% であった(柏女ら:2001)。また、虐待予防における訪問事業 の全国調査によると、担当部署への社会福祉士の配置が 3% と報告されている(日本子どもの虐 待防止民間ネットワーク家庭支援実行委員会:2012)。これは、生活支援を展開するソーシャル ワーク業務が母子保健分野に必要とされているにも関わらず、そのような認識が不十分で、人 材の配置も全国的にほとんどなされていないということである。今回の調査対象とした両自治 体も、ソーシャルワーカーである社会福祉士や精神保健福祉士の配置はなかった。今後、本事 業において、窓口相談段階から生活支援を展開するソーシャルワーカーの配置を検討すべきで ある。 6点目は、予算面の課題である。訪問を中心に担っている推進員の報酬費が安く、推進員の 熱意で本事業が展開されている状況がある。また、専門職が全世帯訪問することが望ましいも、 専門職を募集しても人材が集まらないことや予算面も含め人材の増員で困難な状況がある。 7.まとめ及び所感 本事業の調査結果をまとめると、本事業の評価できる点は、①母子全員に会うことを前提に 重層的な体制が構築できている、②養育者との面談の際に客観指標(アンケート用紙)を用い ている、③行政内の関連部署や医療機関と連携を取っているであった。本事業の課題と思われ る点は、①外部の関係機関との連携が限られている、②外部の関係機関との会議の頻度が十分 でない、③訪問者の研修機会が少ない、④継続支援に限界がある、⑤訪問者の職種に偏りがある、 ⑥予算面に限界があるであった。 本調査結果を踏まえ、筆者が感じた個人的な意見を 3 つ述べたい。一つは、早期介入につい てである。精神障害者の児童期における生活実態調査によると、家庭の貧困や養育者の病気・ 障害、両親の離婚、虐待やいじめを受けた体験等と精神疾患発症の関連性が示唆されている(名 城:2012)。これは、幼少期から連続性のある日常生活の中で、何らかのストレス要因が精神 疾患の発症に影響を与えたと考えられる。早期介入の重要性が言われる中、精神疾患の発症に 限らず、貧困、虐待、依存症等もその背景には生活上の問題がある(久保田 b:2010、駒村ら: 2011)ことを考えると、早期介入することでこれらの負の連鎖と言われる問題を十分に予防で きるのではないかと考える。そういう観点から、本事業のように早期から家庭に関わることの できる母子保健分野のサービスは、諸々の生活上の課題解決の方法として大きな可能性を秘め ていると言えよう。生活上の課題は、長期的な支援が必要であり、生活支援を専門にするソーシャ ルワーカーの母子保健分野の部署に配置することが必要であろう。 2 つ目として、現在、訪問時や窓口にて使用されているアンケートの調査項目の検討である。 現状では、乳児の発育・発達を中心にした項目になっている感は否めない。今回の調査では触 れてないが、生活の現状やその課題をさらにアセスメントし、生活支援を意識した質問項目を 作れないだろうか。養育者の職業や周りからのサポートの有無に関する項目はあるが、さらに 養育者の収入や夫婦間の関係、祖父母の住んでいる地域、養育者が利用中の社会制度の有無、
沖縄大学人文学部紀要 第 15 号 2013 養育者の病気・障害の有無や健康状態、借金の有無等の項目の追加を提案したい。また、虐待 を防ぐために養育者の成育歴の確認の重要性を考えると(佐藤:2009)、養育者が成長してきた 生活環境の把握も必要であろう。これらの情報は、かなりプライバシーの情報となりその聞き 取りの方法や情報管理の面からも課題はあろうが、生活上の課題を早期に発見し負の連鎖を断 ち切るという観点からとても重要な情報であると認識すべきである。 3 つ目として、乳幼児やその養育者を支援の対象とする保健師が属する課と児童家庭相談員が 属する課の統合化を提案したい。保健と福祉の立場で専門的な視点や技術が異なる部分もある が、支援の対象が重なることを考えると、相互の専門領域を統合することでより迅速に効率的、 継続的な支援が展開されることになるであろう。実現には、予算上の問題だけでなく組織の再 編成も含めた戦略的な動きが必要となろう。 8.本調査の限界 本調査は、乳児のいる家庭を支援する本事業を中心にまとめた内容であり、実際には本事業 とは別の方法で乳児のいる家庭を支援している現状もあると考えられる。また、2 自治体の調 査に限定されているために、本調査が沖縄県における本事業全般の現状では決してない。今後、 養育支援事業との関連性も踏まえた、母子保健サービス全体に関する調査を検討したい。 引用文献 赤嶺沢子『母子保健分野における保健師の継続支援内容に関する研究 ~16 事例の分析から ~』「琉球大学保 健学研究科博士前期課程保健学専攻修士論文、2011 沖縄県企画部統計課『100 の指標からみた沖縄県のすがた』沖縄県統計協会、13、2011 沖縄県福祉保健部健康増進課『沖縄県の母子保健』沖縄県福祉保健部健康増進課、15-26、2011 小笹美子、長弘千恵、斉藤ひさ子、外間知香子、屋比久加奈子『保健師等が支援している母子の事例』国際 印刷、2012 柏女霊峰、山本真実、尾木まり、谷口和加子、伊藤嘉余子、新保幸男、林茂男、中谷茂一、窪田和子『市町 村保健センターの運営及び子育て相談活動分析』「日本子ども家庭総合研究所紀要」、93-118、2001 来生奈巳子『こんにちは赤ちゃん事業と養育支援訪問事業』、「子どもの虐待とネグレクト」第 11 巻第 3 号、 313-321、2009 久保田まり a,b『児童虐待における世代間連鎖の問題と援助的介入の方略‐発達臨床心理学的視点から‐』「季 刊・社会保障」Vol.45 No.4、373-384、2010 小林美智子『こども虐待発生予防における母子保健のめざすもの』「子どもの虐待とネグレクト」第 11 巻第 3 号、323-365、2009 駒村康平、道中隆、丸山桂『被保護母子世帯における貧困の世代間連鎖と生活上の問題』「三田学会誌」103 巻 4 号、51-77、2011 佐藤拓代『妊娠期・産褥期からの支援‐妊婦への支援‐』「子どもの虐待とネグレクト」第 11 巻第 3 号、 279-284、2009 高野陽ら『子育て支援を目標とした地域母子保健活動の質的検討に関する研究』日本子ども家庭総合研究所 紀要第 43 集、131-143、2006 中村敬ら『乳児家庭全戸訪問事業(こんにちは赤ちゃん事業)における訪問拒否等対応困難事例への支援体 制に関する研究』平成 22 年度厚生労働科研究(成育疾患克服等次世代育成基盤研究事業)分担研究報告書、 1-12、2012 名城健二『精神障害者の児童期における生活実態調査‐精神疾患発症の要因を児童期の生活環境から促える 試み-』「PSWの眼 2013」,沖縄県精神保健福祉士協会,通関9号,2013, 日本子どもの虐待防止民間ネットワーク家庭支援実行委員会『全国市町村における家庭訪問事業の実態調査 報告』、2012 吉田敬子、長尾圭造『養育者に精神疾患がみられる場合の虐待事例への支援‐支援スタッフ潜む問題と周産 期からの予防-』「子どもの虐待とネグレクト」10 巻第 1 号、83-91、2008
注 1)育児支援家庭訪問事業 2004 年に創設された事業で、児童虐待防止施策等の一環として育児支援や家事援助等が必要でありながら、 積極的に自ら支援を求めていくことが困難な状況にある家庭に過重な負担がかかる前の段階において、訪問 による支援を実施し、家庭において安定した児童の養育が可能となるようにすること等を目的としている。 2)乳児家庭全戸訪問事業 2009 年度から児童福祉法に位置づけられ、全国の区市町村に実施の努力義務が課せられた事業である。 厚生労働省が 2010 年度に行った調査によると、全国の 89.2% の自治体が事業を実施しており、沖縄県は 95.1% と全国平均より高くなっている。費用負担は、国が 1/2、市町村 1/2 負担となっている。 3)要保護児童対策地域協議会 2004 年の児童福祉法の改正により、虐待を受けた児童などに対する市町村の体制強化を固めるため、関係 機関が連携を図り児童虐待等への対応を行うことも目的に設置が進められている。市区町村の判断により設 置するが、全国の設置率は 2012 年現在で 99.8% とほぼ 100% に近い状態である。 4)養育支援訪問事業 2009 年に創設され、事業の対象者は乳児家庭全戸訪問事業の実施結果や母子保健事業、妊娠・出産・育 児期に養育支援を特に必要とする家庭に係る保健医療の連携体制に基づく情報及び関係機関からの連絡・通 告により把握され、養育支援が特に必要であって、支援が必要と認められる家庭の児童及びその養育者とし ている。