1.行動発達からみた人間の特徴 ヒト以外のサル類は、出生直後から自力で母にしがみつき、吸乳することが出来、急速に身体成長が進行し、さら に移動・運動が可能となっていく。ほかのサル類と比較して、出生直後のヒト乳児は、母の支持がなければしがみつ くことが出来ないし、吸乳も母の介助が必要であり、自力で生命を維持することが出来ない。しかも、起き直り、ハ イハイなどの移動、ヒトに特有の歩行様式が出来るまでには、一般的に1年を要する。成長と行動発達から見たヒト の特徴は、成長発達過程がきわめて緩慢であり、自力で生命を維持することが出来るようになるまでに、きわめて長 期の時間を必要とするところにある。 しかし、このようなヒトの特徴は、行動発達研究から見ると、同時に大きな長所でもある。つまり、成長や行動発達 が緩慢であることは、身体成長や行動発達がどのような経過を辿るか、身長と体重の増加の関連性がどのようになっ ているか、体幹と手足の成長がどのような関連性を持ちつつ発達するか、運動発達に伴って周囲のヒトやおもちゃな どの物との関わりがどのように変化するか、運動発達と言語発達の間に何らかの関連性があるのか、また異なる行動 間の発達関連性はどうなっているか、といった発達過程の解明が可能となるからである。 2.身体成長と行動発達 幼稚園児から高校3年生までの身長や体重などの身体成長を概観すると、小学校5年生(11歳齢)の頃まで、男子が 女子よりもわずかに高く重い傾向を持ちつつ、ほとんど単調に増加する。この頃から中学1年生(13歳齢)までの2 年間ほどは一過的に女子が男子を凌駕し、中学校2年生(14歳齢)の頃から、女子の身体成長の増加が横ばいとなり、 さらに成長を続ける男子が女子を追い越す結果、男子が女子よりも高く重くなり、高校3年生(18歳齢)になると、そ の差はほとんど一定となる。 この身体成長の結果は、女子は、11歳齢から12歳齢にかけて身体成長が急速に進行する時期があり、この成長のス パートの直後の12歳齢から13歳齢の頃に性成熟の指標である初潮が見られるようになる。つまり、女子は小学校5、 6年生の頃に急速に身体成長が進行し、その直後に性成熟が見られるようになる、つまり身体成長という量的拡大と、 性成熟という質的変化の間には何らかの大きな関連性のあることを意味している。一般的には、男子は女子から1, 2年遅れて性成熟に達すると推定されているが、詳細は明らかではない。このような身体成長と性成熟が世代の進行 に伴って早くなっていく傾向は、文化や民族、生活習慣などの違いを超える共通性があり、この傾向は発達加速現象 といわれ、我が国のみならず諸外国においても共通の現象である。 次に、出生から、いわゆる乳幼児期の身長と体重の身体成長を出生から1歳齢の頃まで6か月間隔で概観すると、 身体成長はほとんど単調に増加し、1歳齢の頃に増加する傾きが変化し、さらに単調に増加する。このことは、乳児期 から幼児期に移行する1歳齢の頃に、身体成長のパターンが変化するということであり、このことは乳児と幼児の身 体プロポーションが異なってくることを意味する。換言すると、出生から1歳齢までの乳児の身体の特徴である丸々 とした体つきから、幼児期のスリムな体つきへと変化する変化点が1歳齢の頃ということになる。つまり、1歳齢と いう時期は、乳児から幼児への移行期をあらわし、身体成長から乳児期と幼児期を分ける分水嶺ということになる。 以上述べたように、身体成長の特徴は、青年期と成人期を分け、乳児期と幼児期を分ける大きな目安となるのである。 特別演習Ⅱ 後期第8回(11月19日)講話概要
心を育てる(2)
-乳幼児の成長と発達-
南 徹 弘
Tetsuhiro MINAMI ― 21 ―3.乳児期・幼児期の行動発達 1)乳児期の成長と行動発達 乳児期は、出生から1歳齢の頃までの期間を指し、行動発達の特徴などから、①出生-3か月齢頃、②3か月 齢頃-6か月齢頃、③6か月齢頃-9か月齢頃、および④9か月齢頃-12か月齢頃、の4発達段階に分けられる。 次に、乳児期の4発達段階における行動発達の特徴を概観する。 出生の直前と直後の時期は、特別に周産期といわれ、乳児の行動発達にとって、また母子ともにさまざまの問 題や障害の発生と関連して医学的にもきわめて重要な時期である。また、出生のおよそ1か月齢までの期間は、 特に新生児期として他の時期から区別される。出産後のおよそ1か月間の母親は、3、4時間おきのおむつ交換 や授乳などで24時間の子どもの世話に追われるなど、身体上、および心理学的にも大きな負担となる時期である。 ①出生-3か月齢頃:仰向けやうつぶせのままで、自力では姿勢を変えることが出来ない、腹ばいで頭を上げよ うとするが十分に上げることが出来ない、こぶしを握ったままのことが多く指を開き物を握ることが難しい、 母でなくともあやされると笑顔を示す、あやす相手と視線を合わせることが出来る、手の先やこぶしをじっと 見つめる(hand-regard)行動を示す、など体幹あるいは身体全体を用いた運動や移動などはまだ十分には出来 なくて、近くの人や物などへの関わりの多い時期である。 ②3か月齢頃-6か月齢頃:寝返りが出来るようになり、周囲を見渡すことが出来るようになる、両手で突っ 張って胸部を床から起こすことが出来るようになる、近くの物を見て手を伸ばして触る引っ張るなど、見た物 に手を伸ばす協調動作が出来るようになる、背中を反らせ足を反対側に動かして仰向けからうつぶせ姿勢を取 ることが出来るようになる、短時間ならばうつぶせ姿勢を取って頭を上げることが出来るようになる、といっ た身体全体を用いた運動をすることが出来るようになる。また、両手足を突っ張り四肢を用いて身体全体を支 えることが出来るようになる、腹ばいの姿勢から両手足を広げ「飛行機」の姿勢をすることが出来るようにな る、首が据わり上肢を起こして安定した座位を取ることが出来るなど、身体全体の成長発達が一定の段階に達 する。 ③6か月齢頃-9か月齢頃:四つバイや高這いの姿勢を取ることが出来るようになる、大きな物を触る動かすと いった対象操作が出来るようになる、おもちゃなどを持ち替えることが出来るようになる、離乳の開始や手近 の物を口に入れなめる行動が多く見られるようになる、ハイハイが上手になり、つかまり立ちが出来るように なる、といった移動や身体運動が急速に発達する。 ④9か月齢頃-12か月齢頃:ハイハイや高這いによる移動が活発になる、手を持つと数歩歩くことが出来るよう になる、小さな物をつかむつまむことが出来るようになり粗大の動きから微細な動きが出来るようになる、携 帯電話やリモコン、計算機などを耳に当てるなど母親や周囲のおとなの模倣が出来るようになる。 2)乳児期から幼児期への移行期(1歳齢前後) 1歳齢を迎えるようになると、乳幼児は多くの側面で大きな変化を示すようになる。1歳齢の時期は、身体成 長と同じく、乳児から幼児への行動発達の転換の時期でもある。この移行期に見られる行動の特徴について、次 に概観する。 1歳齢の移行期に見られる大きな現象は、歩行の開始である。直立し歩行することが出来るのは、動物界の中 で、ヒトだけであり、ヒトと他の動物を分ける大きな目安はこの点にある。そのために、生物人類学あるいは自 然人類学の研究は、ヒトが進化のどの時点で、どのような経過を経て歩行を始めたかという点に集中している。 大阪の乳幼児を対象とした調査から、およそ50%の乳幼児は12か月齢で歩行を開始する、那覇市と広島市で 行った乳幼児の調査においても、同様の結果を示し、したがって歩行開始時期には地域による差はない、母乳・ 混合乳・人工乳という栄養摂取の違いによる差はない、といったことが明らかとなっている。また、歩行発達過 程は、まずハイハイが発達し、伝い歩きが見られようになった直後に歩行が見られるようになり、一度歩行が完 成すると、ハイハイやつかまり移動は急速に消失する。保育園児を対象とした食行動の発達については、7か月 齢頃から食物や皿などを見る行動が増加し、11か月齢に食器や食具を持つようになると、口に運ぶ途中でこぼし ても自分で食べようとする、このような乳幼児の様子から保育士の給仕が減少し、12か月齢までには、自分で食 べることが出来るようになる。このように、歩行開始の直前には、食行動がある程度の段階に達する。 ― 22 ―
1歳齢の頃には、多くの興味深い行動が見られるようになり、自分では出来ない、とれない物が欲しいときに、 母親など身近なおとなの手を取って、自分の代わりに取らせる(クレーン行動)、自分の興味のある物を指さす、 親など身近なおとなの注意を引く(共同注意)、などの行動を示すようになる。この指さしは、発語の前駆現象で あると言われてきたが、幼児の指さしに、周囲のおとなは「あれは時計だね」とか、「何を見ているの?」などの言 語反応を示し、幼児の語彙の獲得と関連することが明らかとなった。また、1歳齢以後、発語に先立って言葉の 理解が急速に進行する。 3)幼児期(1歳齢以後) 1歳齢を境として、幼児期を迎えると、幼児は、言葉の繰り返し、言葉の組み合わせ、発語(1語文、2語文)、 事態の理解と言語表現、遊び、おもちゃ、模倣などの行動が多面的に、しかも急速に発達する。例えば、冷蔵庫 やゴミ箱の中から適当な物を取り出したり、入れ直したり、おもちゃのボタンを押して音声や音楽を聴いたり、 音楽に合わせて手をたたく、体を揺らす、ミニカーなどを並べる、積む、言葉を組み合わせて新しい表現をする、 といったことが出来るようになる。この時期の特徴は、遊びが複雑になり、音を聞き分ける、身体を用いてリズ ムを取る、なによりも語彙の獲得が急速に進み、言語発達が進行することである。 2歳齢頃を過ぎると、遊びがさらに複雑になり、集中して遊ぶ時間が長くなる、積み木を何段も積み上げる、 オモチャの汽車を接続する、得意なポーズをする、簡単なゲームが出来るようになる、興味のある絵本などを集 中して見る、簡単な会話が出来るようになる、などが見られる。 4.まとめ:乳幼児の行動発達-赤ちゃんの不思議- これまで概観してきたように、出生後、ほとんど寝てばかりいた新生児が、粗大な動きに始まり、次いで微細な動 きや運動が出来るようになり、やがてハイハイやつかまり立ち、そして歩行が出来るようになる。乳児と幼児を分け る1歳齢の頃には、指さしや共同注意、言葉の理解が出来るようになり、その後は複雑な遊び、発語、語彙の獲得、 会話が急速に出来るようになる。この経過の中では、人間の生活の中で必要な能力が、ある時には単独に、またある 時には相互に関連しつつ発達していく。乳幼児は、ヒトとしての遺伝的特徴の中で、ゲノムの指示に従いながら、自 らの環境から必要なことを吸収しつつ発達し、生涯発達に必要とされる基本的な能力や知識を、わずか3年間であって も、凝縮して身につけていく。このように考えると、行動発達研究とは、ヒトがどのような過程を経て人間へと変化 していくかを解明する分野であるといえよう。 ― 23 ―