慢性呼吸器疾患と軽度認知症害の関連
﨑谷 亜美
1,2),白仁田秀一
1,2),日髙 晴菜
1,2)猿渡
聡
1,2),渡辺
尚
1,2)要旨:[目的]慢性呼吸器疾患(Chronic Respiratory Disease : CRD)の軽度認知障害(Mild Cognitive Impairment : MCI)の要因について調査する。[対象]CRD110名から,MoCA-J (Japanese version of Montreal Cognitive Assessment : MoCA-J)が26点未満の MCI 群62名と 26点以上の非 MCI 群48名を対象とした。[方法]MCI 群と非 MCI 群で諸項目の比較検討を 行った。また,比較項目で有意差が認められた項目を従属変数とし,独立変数を MCI の有無 としたロジスティック回帰分析を行い,MCI に対する影響因子の抽出を行った。[結果]MCI は110名中62名で有病率は56.4%であった。非 MCI 群と MCI 群を比較した結果,年齢, mMRC 息切れスケール(modified British Medical Research Council:mMRC),最大呼気口腔 内圧(maximum expiratory pressure:MEP),握力,膝伸展筋力,Timed Up and Go test (TUG),6分間歩行距離(six minute walking distance:6MD),The Nagasaki University Respiratory ADL questionnaire(NRADL),Hospital Anxiety and Depression Scale(HADS) 不安,Life Space Assessment(LSA),低酸素血症の有無に有意差が認められ,MCI 群で各項 目の悪化傾向が認められた。MCI の影響要因には,年齢(オッズ比1.153),LSA(オッズ比 0.972),低酸素血症の有無(オッズ比3.368)が抽出された。[結語]CRD は低酸素血症や非 活動性により,MCI が多いことが予測される。また,CRD の半数以上に MCI が併存してい ることが示唆された。
キーワード:慢性閉塞性肺疾患,軽度認知障害,低酸素血症,Life Space Assessment
Ⅰ.背景
認知機能障害は患者個人の日常生活動作 (Activities of Daily Living:ADL)障害だけで はなく,本邦の社会経済的問題ともなってい る1)。そのため,軽度認知障害(Mild Cogni-tive Impairment:MCI)の状態から早期に発 見し,認知症に進行させないことが本邦の重要 な課題となっている。MCI とは健常者と認知 症の間の状態で,認知機能(記憶,決定,理由 づけ,実行など)のうち 1 つの機能に問題があ 1)長生堂渡辺医院 リハビリテーション科 〒847-0873 佐賀県唐津市海岸通7182-58 電話:0955-72-2770 FAX:0955-73-5697 E-mail : [email protected] 2)NPO 法人 はがくれ呼吸ケアネット
原 著
るが,日常生活には支障がない状態である。そ のため,日常の診療では MCI を識別すること は困難であり,日本語版軽度認知障害スクリー ニ ン グ 検 査( Japanese version of Montreal Cognitive Assessment : MoCA-J)などの専門 の検査を必要とする。
慢 性 呼 吸 器 疾 患( Chronic Respiratory Disease : CRD)と MCI について,慢性閉塞性 肺 疾 患( Chronic Obstructive Pulmonary Disease : COPD)に対する MCI について,報 告は多く,COPD には認知機能障害を呈して いることが多い2)。しかし,それら COPD と 認知機能の報告において,一般的に認知機能に 影響を与える運動耐容能や筋力または身体活動 などを含めた理学療法の項目等の検討はされて いない。また,COPD を含め,CRD に対する MCI の 報 告 が 本 邦 に お い て 非 常 に 少 な く, あっても小規模検討が主である。しかし,先行 研究の少なさに反し,臨床上では CRD に対し ても,MCI 疑いを検出することが多く,CRD の MCI の要因について検討する意義がある。 そこで,本検討は CRD の MCI 群と非 MCI 群 との間に,低酸素血症の有無や増悪入院歴また は身体機能などの相違を検討する。また,その 相違があった項目から CRD の MCI に対して, どのような影響因子と強く関連するか調査し た。
Ⅱ.対象と方法
1.対象 当院で2014年 1 月から2020年 5 月までに外来 で呼吸リハビリテーションを実施した病状が安 定期にある CRD 患者110名を対象とした。研 究の同意を得られなかった者,認知症検査であ る MMSE( Mini- Mental State Examinaton : MMSE)が24点未満の認知症疑い者,基本動 作や ADL 動作に介助を要する者を除外した (表 1 )。CRD の病態の対象は,肺結核後遺症2名, 気 管 支 拡 張 症 4 名,COPD79 名,ACO (Asthma and COPD Overlap : ACO)5 名,間 質性肺炎(Interstitial Pneumonia : IP)12名, CPFE( combined pulmonary fibrosis and emphysema : CPFE)8 名であった。 倫理的配慮として,ヘルシンキ宣言に則り, 対象患者に不利益にならないよう使用データを 匿名化保管し,個人情報保護に努めるととも に,情報の漏洩防止を徹底した。また,本研究 の実施にあたり各患者に説明するとともに,評 価結果の使用について口頭にて同意を得た。 2.方法 本検討の MCI の判定 MoCA-J を用いて行っ た。 MoCA-J と は,軽 度 認 知 機 能 低 下 の ス ク リーニングツールであり,多領域の認知機能 (注意機能,集中力,実行機能,記憶,言語, 視空間認知,概念的思考,計算,見当識)につ いて評価する検査である。合計得点が30点満点 であり,26点未満が MCI とされている3)。し 表 1 対象特性 測定値 年齢(歳) 73.5±8.9 性別(男/女)(名) 88/22 FVC(ml) 2200.2±765.2 %FVC(%) 71.9±20.4 6MD(m) 346±121.3 mMRC 2.0±1.1 CAT(点) 17.1±8.2 MMSE(点) 27.2±2.5 MoCA-J(点) 23.0±4.7 FVC:努力性肺活量 %FVC:予測値努力性肺活量 6MD:6 分間歩行距離
mMRC:modified British Medical Research Council CAT:COPD Assessment Test
MMSE:Mini- Mental State Examinaton
MoCA-J:Japanese version of Montreal Cognitive Assessment
かし,MCI の判定において,MoCA-J は MCI のスクリーニングツールであり,MCI を確定 診断できるものではない。そのため,本検討に おいて MoCA-J で26点未満であった MCI 疑い を MCI として定義し,MoCA-J が26点未満を MCI 群,26点以上を非 MCI 群とした。 MCI 群と非 MCI 群で比較する項目とロジス ティック回帰分析による関連を調査する項目に ついて,呼吸機能の評価は予測値努力性肺活量 (% forced vital capacity : %FVC),予測値1秒 量(% predicted Forced Expiratory Volume in one second : %FEV1)とした。息切れの評価は mMRC 息 切 れ ス ケ ー ル( modified British Medical Research Council : mMRC)とした。 身体機能の評価は吸気筋力検査である最大吸気 口 腔 内 圧( maximum inspiratory pressure : MIP),呼気筋力検査である最大呼気口腔内圧 (maximum expiratory pressure : MEP),握力,
膝伸展筋力,Timed Up and Go test(TUG),6 分間歩行距離(six minute walking distance : 6MD )と し た。QOL 評 価 は COPD Assess-ment Test( CAT )と し た。精 神 の 評 価 は Hospital Anxiety and Depression Scale
(HADS)4)とした。ADL の評価は The Nagasaki
University Respiratory ADL questionnaire ( NRADL )と し た。生 活 活 動 範 囲 の 評 価 は
Life Space Assessment(LSA)5)とした。特性
からも年齢,低酸素血症あり(6MD 終了時経 皮的動脈血酸素飽和度89%未満と在宅酸素療法 の処方者の合算者),増悪入院歴あり(検討開 始 1 年前の増悪入院者)とした。 MEP と MIP ま た は 呼 吸 機 能 の 測 定 は, MINATO 医科学株式会社製の電子式診断用ス パイロメーターオートスパイロ AS507を用い て,MEP,MIP ま た は %FVC,%FEV1 を 測 定した。それぞれ 2 回以上測定し,最大値を用 いた。 握力の測定は,デジタル式握力計(竹井機器 工業製)を使用した。測定肢位は立位で,左右 の上肢を体側に垂らした状態で最大握力を 2 回 測定し,その最大値を用いた。 膝伸展筋力はハンドヘルドダイナモメーター ( mTas,アニマ社)を用いた。端座位で,下腿 遠位部の前面にセンサーパッドを当て,下腿の 後方に位置するプラットホームの支柱と固定用 ベルトを膝関節が90度屈曲位となるように長さ を調節し連結した。測定では等尺性膝伸展運動 を最大努力にて行わせた。左右交互に 2 回測定 し,最大値を用いた。 TUG の測定は,高さ40 cm の肘掛けのない パイプ椅子に腰掛けた姿勢から,3 m 前方の ポールを回って着座するまでの時間をデジタル ストップウォッチで計測した。測定は 2 回連続 して行い,最大努力速度のもと最短時間(秒) を用いた。 6MD の測定は,呼吸リハビリテーションマ ニュアル―運動療法―第 2 版に記載されている 方法に従って実施した6)。対象者には,出来る だけ多く歩くことも含め十分な説明を行った。 その他,mMRC,CAT,HADS,LSA のア ンケート類は,個室にて面談方式の下,他の情 報が入らないように配慮し,マニュアル通りに 実施した。 統計方法は MCI 群と非 MCI 群の諸項目の比 較において,students-t test とクロス集計によ る c2検定を用いて行った。さらに CRD の関 連する因子から MCI の影響因子の抽出を行う ため,従属変数を MCI の有無とし,独立変数 を比較検討の結果で有意差が認められた項目と したロジスティック回帰分析による変数増加法 を実施した。なお,有意確率の棄却域は 5 %未 満とし,解析には SPSSver21.0または JSTAT を使用した。結果は平均±標準偏差にて記載し た。
Ⅲ.結 果
本検討の CRD に対する MCI は110名中62名 で有病率は56.4%であった。また,MoCA-J の平均点は23.5±4.2点であった。MCI 群の MoCA-J は20.5±3.1点で非 MCI 群のMoCA-J は27.4±1.2点であった。 各測定項目の結果を表 2 に示す。MCI 群と 非 MCI 群の各測定項目を比較した結果,年齢, mMRC,MEP,握 力,膝 伸 展 筋 力,TUG, 6MD,HADS 不安,NRADL,LSA に有意差 が認められた。また,低酸素血症の割合に有意 差が認められた。いずれの測定項目も,MCI 群の方が非 MCI 群よりも機能が低い値を示し た。 一 方, %FVC, %FEV1, MIP, CAT, HADS うつに有意差は認められなかった。増 悪入院歴の割合も MCI の有無に有意差は認め られなかった。 CRD の MCI の有無に影響を及ぼす因子を抽 出するために,MCI の有無を従属変数とした ロジスティック回帰分析を行った。独立変数 は,MCI の有無別に比較をした結果,有意差 が認められた項目を投入した。その結果,MCI の有無に影響を及ぼす因子に選択されたのは, 年齢(オッズ比1.135),LSA(オッズ比0.972), 表 2 MCI 有無による各因子の結果 MCI 群(n =62) 非 MCI 群(n =48) p 値 年齢(歳) 77.2±7.1 68.8±8.8 0.0001 %FVC(%) 69.7±20.5 74.8±20.1 ns %FEV1 55.4±22.6 59.3±20.8 ns mMRC 2.4±1.1 1.5±0.8 0.0001 MIP(cmH2O) 47.4±23.6 51.5±21.6 ns MEP(cmH2O) 72.3±32.5 89.3±41.2 0.021 握力(kg) 25.6±7.6 29.0±8.2 0.028 膝伸展筋力(kgf) 28.4±9.4 34.2±12.6 0.006 TUG(秒) 7.5±2.7 5.8±1.4 0.0001 6MD(m) 305.8±128.3 398.0±88.8 0.0001 CAT(点) 18.4±8.1 15.5±8.0 ns HADS 不安(点) 5.9±3.2 4.2±3.2 0.009 HADS うつ(点) 6.7±3.3 5.7±3.4 ns NRADL(点) 71.3±22.6 83.8±16.1 0.001 LSA(点) 70.8±28.5 92.5±15.4 0.0001 低酸素血症あり(%) 50% 20% 0.003 増悪入院歴あり(%) 52% 33% ns %FVC:予測値努力性肺活量 %FEV1:予測値1秒量
mMRC:modified British Medical Research Council MIP:最大吸気口腔内圧
MEP:最大呼気口腔内圧 TUG:Timed Up and Go test 6MD:6 分間歩行距離
CAT:COPD Assessment Test
HADS:Hospital Anxiety and Depression Scale
NRADL:The Nagasaki University Respiratory ADL questionnaire LSA:Life Space Assessment
低酸素血症の有無(オッズ比3.368)であった (表 3 )。
Ⅳ.考 察
CRD の MCI 群は非 MCI 群と比較し,年齢, mMRC,MEP,握 力,膝 伸 展 筋 力,TUG, 6MD,HADS 不安,NRADL,LSA,低酸素血 症ありで有意差が認められ,MCI 群で低下も しくは悪化傾向を示した。また,これらの項目 を独立変数,従属変数を MCI の有無とした重 回帰分析の結果,年齢,LSA,低酸素血症の 有無が抽出され,CRD の MCI は年齢,身体活 動性,低酸素血症の影響を受けることが示唆さ れた。 年齢が影響因子に抽出された要因について, 一般的な知見から,認知能力は,加齢に伴い神 経変性障害に脆弱になることから低下する7)。 そのため,MCI の影響要因に年齢が抽出され たと考察する。 LSA が抽出された要因において,LSA は住 居から出かけた距離および頻度を測定する検査 で,非活動的な生活や閉じこもり傾向にあると 点数に影響を及ぼす。本検討の MCI 群におい て,非 MCI 群よりも低下しており,測定値も LSA の一般高齢者の平均点よりも下回る結果 であった5)。そのため,CRD の MCI 群には非 活動的な生活を送る対象が多いことが考えられ る。非活動的な生活は,社会的交流の減少や低 水準の余暇活動により,脳内への神経伝達物質 が低下することで認知症を招く報告がされてい る8)。また、非活動的な生活は運動能力の低下 または精神面が低下する原因になり,本検討に おいても,非活動な生活が多い MCI 群は非 MCI 群よりもそれらは低下傾向を示した。日 常で行われる有酸素運動は、筋肉内から IL-6 の放出をもたらし,神経ニューロンおよびグリ ア細胞の機能的変化を及ぼすことを示唆してい る。さらに,全身持久力や筋肉を活動させる運 動は海馬形成における脳由来神経栄養因子の増 加合成が報告されている7)。非活動的な生活を 送ることは,それらの認知能力の低下を予防す る運動機能の活動が少ないことが予測される。 本検討の CRD において LSA が抽出され,非 活動的な生活は MCI に影響すると考察された。 MCI の観点からも外出頻度を多くし,閉じこ もり生活を抑制させ,運動能力や精神面または 息切れを悪化させないことが CRD の MCI 予 防に重要となることが考えられた。 低 酸 素 血 症 が 抽 出 さ れ た 要 因 に お い て, COPD に対する低酸素血症が脳神経に与える 影響について,COPD はフリーラジカル生成, 炎症,神経細胞の損傷,グリア細胞の活性化に 関連し,低酸素性による脳の傷害に対して脆弱 していることが報告されている9)。そのため, COPD の認知機能障害に低酸素血症が影響し ていることから,CRD においても同等の考察 が考えられる。また,本検討は在宅酸素療法の 処方者を低酸素血症ありとして規定している 表 3 ロジスティクス回帰分析 変数増加法の結果 偏回帰係数 有意確率 オッズ比 定数 −7.156 0.014 年齢 0.128 <0.001 1.135 LSA −0.028 0.019 0.972 低酸素血症の有無 1.214 0.022 3.368 従属変数を MCI の有無,独立変数を比較結果で有意差が認められ た項目としたロジスティック回帰分析の変数増加法による結果 LSA:Life Space Assessmentが,COPD の低酸素血症による脳血流量の増 加の反応性の低下は,認知機能を低下させると 報告されている10)。その脳血流量の反応は酸 素療法では改善が認められず,酸素療法による 認知障害の改善は一定とした根拠は得られてい ない10)。また,仮に酸素療法による認知機能 の改善が得られたとしても,軽微な認知機能障 害いわゆる MCI が残存する可能性が高いと考 察する。そのため,在宅酸素療法の処方者を低 酸素血症ありとして規定した。これらを踏ま え,低酸素血症をきたしやすい CRD におい て,MCI を併発しやすいことが考えられた。 低酸素血症をきたしやすいまたは酸素療法をし ている CRD は MCI の検査を実施し,MCI 予 防や認知症への悪化予防を考慮することが重要 である。 最後に本検討を通じて,CRD は低酸素血症 や非活動性により,MCI が多いことが予測さ れ,CRD の半数以上に MCI を併存しているこ とが示唆された。CRD の認知症予防や MCI 改 善に向け,MCI を早期発見し,認知症予防や 非活動性生活の改善に向けたプログラムが重要 である。そのため,呼吸リハビリテーションに よる患者教育や自己管理が重要と考えられる。 しかし,我々は COPD を通じて MCI レベルか ら,自己管理能力や患者教育の理解度が低下し ていることを報告している11,12)。MCI による 処理速度の低下や実行機能の低下は,症状の変 化による治療行動が遅れるなど,CRD におい て病気進行や生命予後などに悪影響を及ぼすと 考えられる。そのため,認知症や病気の進行を 抑制するためにも,MCI を併発している CRD において教育法や自己管理法を患者個々にオー ダーメイドすることや,外来リハビリテーショ ンにおける医療従事者の徹底した管理が重要で あると考えられた。 本研究の限界として,MCI が専門医の診断 のもと確定診断されていないこと。また,低酸 素血症の検査を動脈血液ガス分析で実施できて いないため,これらを考慮しなければならな い。
Ⅴ.引用文献
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