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人間行動進化学から見た今どきの若者

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Academic year: 2021

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Ⅰ.はじめに  人間行動進化学とは,人間の行動や心理を進 化生物学の視点から理論的,実証的に研究する 学術領域である。進化心理学と呼ばれる方が一 般的だが,単に心理学の一分野に止まらず,進 化人類学,人間行動生態学,ヒューマンエソロ ジー(人間行動学)とも重複する学際領域なの で,ここではより包括的な学問名として人間行 動進化学を用いる。人間行動進化学が前提とす るのは,ヒトは生物界の一員であり,ヒトの行 動は他の動物の行動と同様,長い進化的背景を 有し,自然選択によって形成されてきたという ことである。というと,人間行動の社会・文化 的側面は扱わないのかという疑問も生じようが, 生物学的基礎を踏まえた上で,社会や文化の影 響を分析することもこの学問の重要な役割であ る。本稿では,人類進化を背景にして,「今ど きの若者」 について考察してみたい。 Ⅱ. 人間行動進化学 と 今どき  人間行動進化学が扱う時間のスパンは,数百 万年のオーダーである。人類がチンパンジーの 祖先と分岐したのはおよそ700万年前であり, 人類の中でもヒト属が出現したのが約180万年 前である。さらに我々ホモ・サピエンスが誕生 したのは約20万年前であり,農耕・牧畜の開始 は約 1 万年前である。したがって,農耕や牧畜, 文明の誕生などが,進化学のスケールではつい 最近の出来事であり 「今どき」 にあたる。他方, 「今どきの若者」 といった場合の時間スケール は,せいぜい10年程度であろう。この時間スケ ールの隔たりはあまりに大きい。とはいえ,今 どきの若者を考えるにあたって,そもそも先史 時代あるいは小規模伝統社会の若者とはどうい う存在だったのかをきちんと知っておく必要が ある。言い換えれば,生物としてのヒトの若者 は,近縁種のチンパンジーやゴリラの若者とは 違うどんな特徴を備えていたのだろうか。 Ⅲ.ヒトの思春期の生物学的特徴  思春期といえば,二次性徴が発現し,身体が 一気に大きくなる成長のスパートが生じる時期 である,と誰しも思い描くであろう。では,そ のような思春期の特徴は他の動物でも見られる か,と言えば,そうではない。伴侶動物の代表 であるイヌやネコは, 1 歳前後までほぼ直線的 に体重が増え続け,成体体重に達すると繁殖を 開始する。一般的な哺乳類では,若者・思春期 がない,もしくはごく短いか不明瞭である。ヒ トと最も近縁なチンパンジーにおいてさえ,成 長のスパートは見られないことが報告されてい る。図 1 は,ヒトとチンパンジーの体重の成長 曲線であるが,体重増加率で見ると,直線的な 増加率と比較して,チンパンジーは10歳までは 増加率が高く,10歳以降増加率が急速に鈍る。 対してヒトでは,10歳まで増加率がむしろ抑え られ,12〜15歳の頃に非常にシャープな増加率 の ピ ー ク が 見 ら れ る(Gurven and Walker,

〈特別講演〉

長谷川 寿一*

人間行動進化学から見た今どきの若者**

児童青年精神医学とその近接領域 60( 3 );301─305(2019) **大学改革支援・学位授与機構 **e-mail: dozix5102@mac.com ** 2018年10月13日,東京大学本郷キャンパス内において開催 された第59回日本児童青年精神医学会総会 「特別講演」 で ある。

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Ⅳ.ヒトはどのような古環境で進化してきたか  「今どき」 の若者を進化的に論じるにあたっ てもう一つ欠かせない論点は,ヒトが進化して きた古環境はどのようなものであったのかとい うことである。言い換えれば,古の若者はどの ような生活をしていたのだろうか。人間行動進 化学では,ヒトが進化した環境を進化的適応環 境(Environment of Evolutionary Adaptation: EEA)と呼ぶ。EEA はヒトの進化で重要であ った環境要素の集合であり, 1 )高栄養,高エ ネルギーの獲得困難な食物に特化, 2 )食料獲 得その他に対する高度な道具(技術)使用, 3 )集団内での協力による生業,社会運営, 4 )両親, 3 世代,血縁,非血縁者の協力によ る子育てと高度な知識伝達といった特徴を有す る。  ヒトの最近縁種であるチンパンジーは,霊長 類としては例外的に肉食もするが,獲得が比較 的容易な果実食を中心とし,食物獲得のための 道具利用もごく萌芽的である。まれに仲間と食 物を分け合うこともあるが,全体としてみれば 食物を他者に依存しない 「個食者」 である。食 物獲得に限らず,集団内での共同作業や援助行 動もほとんど観察されない。  子育ては母親だけで行ない,他個体による養 2006)。思春期のスパートが目立つのでよく注 目されるが,10歳以前に成長が抑制される成長 遅延もまたヒトに固有なのである。  このような思春期のヒト特異性は,脳の成長 と関係している。ヒトの脳の成長は,10歳すぎ まで増加し続ける。他方,チンパンジーの脳重 量は, 2 〜 3 歳で成体と同じサイズに達してし まう。脳は代謝的にはきわめてコストが高い器 官であり,脳の成長には多くのエネルギー(栄 養)を要するため,脳の成長期には身体発達が むしろ抑制される。思春期のスパートは,脳の 発達が一段落したところで,それまでの遅れを 取り戻すかの如く,大人にむけた身体づくりが 一気に進む時期なのである。  ところで脳重量は,12歳頃までにほぼ止るが, 脳の機能的なシナプス結合が完成するまでには さらに時間がかかり,とくに高次認知を司る前 頭葉機能は20代後半にならないと完成しない。 身体は大人並になっても,思春期の若者は自己 制御や自己抑制が大人のようにはできない。思 春期には,性ホルモンが大量に分泌され,身体 と心のバランスの大きく揺らぐ。いじめも不登 校も窃盗(万引き)も,中学生期にピークが重 なるが,これらの問題行動は,ある意味,生物 界で飛び抜けて脳が進化したヒトという生物の 生活史(成長)戦略の副産物と言えなくもない。 図₁ ヒトとチンパンジーの体重の成長曲線(GurvenandWalker,2006) (-.+&*' !%#%  $"! , ) + & 0  /  /1     

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能になり,社会の階層化が加速した。  このような変化の中で,若者の生き方も大き く変化した。思春期・若者期が大人社会の準備 期間であり,技術や社会知識を学び体得する時 期であることには今も昔も変わりはないが,現 代社会では学校での教育を通じて,より効率的 に学習する制度が整った。また,伝統社会では, ほぼ毎日が年長者からの直伝によるオンザジョ ブトレーニング(OJT)だったが,現代社会で は,大人との縦の人間関係が相対的に希薄とな り,学校で共に学ぶ同世代の横の繋がりがより 強くなった。社会運営への関りも同様であり, かつて若者たちは,大人たちが社会問題を解決 する姿を目の当たりにしてきたが,今日の若者 にとって社会を運営するとはどういうことかに ついて現実感覚が薄れている。 Ⅵ.X 世代,Y 世代,Z 世代  前置きが長くなったが,今どきの若者につい てより具体的に述べてみたい。アメリカの世代 区分でしばしば取り上げられるのが,X 世代, Y 世代,Z 世代である。この世代区分は我が国 でも概ね当てはまっているので,簡単に紹介し てみよう。  X 世代は,おおよそ1960〜70年代半ば生れの 世代で,テレビが爆発的に普及した時期に幼少 期を送ったマスメディア世代である。ミー・ジ ェネレーションとも呼ばれ,個人主義的であり, 社会の出来事に対して冷めている。日本の 「し らけ世代」 や 「新人類」 とほぼ重なる。Y 世代 は,1970年代半ばから90年代前半に生まれの世 代であり,インターネット環境の中で育ったパ ソコン/ケータイ世代である。そして,「今ど きの若者」 にあたる Z 世代が,1990年代半ば 以降生れのスマートフォン世代であり,現在20 代前半より下の若者たちである。  Z 世代の特徴は,デジタルネイティブで,パ ソコンよりもスマートフォンでインターネット 環境と繋がり,オンラインで仲間とのコミュニ ケーションをとる若者たちである。プライバシ ーの保護に敏感で,実名を用いる Facebook を 育援助は見られないわけではないがごく例外的 である。文化の芽生えというような社会的知識 の伝搬や行動の地域差も一部でみられるが,ヒ トと違って文化が累積的に積み重なることはな い。  狩猟採集時代のヒトの食生活は,類人猿の伝 統食料である果実に加えて,根茎,ナッツ,肉 を大量に摂取した。高栄養のこれらの食物の獲 得には高度なスキルを要し,子どもや若者は容 易に得ることができないものだった。チンパン ジーとは異なり,古環境のヒトの子どもや若者 は自分の食いぶちを自分だけでまかなうことが できず,年長世代に大きく依存してきた。ヒト の大きな脳の成長を可能にした高栄養・高エネ ルギーは,上の世代から社会的に供給されるも のだったのである。ヒトの特徴である高度な社 会性は,子育てを助け合う協同と密接に関係し ながら進化・発達してきたと考えられている。  小規模伝統社会に生きた古の若者についてま とめると,両親だけでなく協力的な共同体社会 のメンバーに囲まれて育ち,自力では得ること のできない高栄養の食事を採りながら,ゆっく りと脳機能を発達させ,技術や社会的知識を年 長者から日々学んでいた,という姿を描くこと ができる。 Ⅴ.古環境と現代環境のかい離  近代産業化社会に入り,社会の有り様は,伝 統社会のそれとは大きく様変わりした。国家と 地方公共団体が,伝統社会に代わって,人々の 社会生活を規制するようになった。人々が生業 のために所属意識を抱く組織も,勤務先という 経済単位に代わった。貨幣経済が浸透し,前述 した EEA の 4 要素のうち,「集団内での協力 による生業,社会運営」 が大きく崩れ,皆で力 を合わせて困難を乗り越え生きていくというラ イフスタイルは,分業化が進み各人が糧として の金を得るために社会のピースとして働くスタ イルへと変化した。狩猟採集社会では,個人の 蓄財は実質的に不可能でありほぼ平等社会であ ったが,農耕・牧畜開始以降は,富の蓄積が可

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て挙げられる。ただし,そのエビデンスを具体 的に示すことはなかなか難しい。  一例を挙げれば,直近の全国大学生協連の調 査によれば,大学生の一日の読書時間は,23.6 分,前述のネット利用時間の五分の一以下であ り,ゼロと回答した大学生が初めて過半数を超 えたとのことである。他方,文科省の子どもの 読書の現状調査(平成30年)によれば,不読率 ( 1 ヶ月に 1 冊も本を読まなかった生徒の割 合)は,小中学生は中長期的に改善傾向にある が,高校生は依然高い状況にある(過半数)で あった。かつては世代や時代,文化を超えた知 識の体系(教養)を身につける上で読書は必須 であったが,今の10代後半の大半の若者にとっ て読書習慣は風前のともしびとさえ言える。  自然との触合いについて,文科省の子ども・ 若者白書(平成30年版)では,学校以外の団体 などが行なう自然体験活動への参加率が減少傾 向にあると述べられている。ただし小学生につ いての調査結果であり,中高校生については不 明である。  公での意見表出の具体例は,個人的な印象に なってしまうが,大学の講義中あるいは講義後 の質問が,この約20年間に激減した。教師側の 問題である可能性もあるが,同僚教員の多くが 同様な印象を抱いている。「目立ってはいけな い」 という行動傾向は若者の中で広く蔓延して いるようだ。このことは,「好きな仲間とだけ つきあいたい」 「仲間の反応をうかがう」 こと と表裏一体のようにも思える。精神科医の岩宮 恵子氏は,「グループ内での関係性の維持が学 校生活の最重要課題」 であり,かつての 「対人 恐怖」 から今は 「ぼっち恐怖」 に変化したと指 摘している(岩宮,2015)。 Ⅷ.人間行動進化学から見た今どきの若者  近年の人間行動進化学が明らかにした先史時 代のヒトの最も重要な特徴(チンパンジーとの 相違点)は,ヒトが共同体生活を営み文化を蓄 積してきたということである。共同体世界を通 じて,サピエンスは気候変動の激しい自然環境 避け,Twitter や Instagram で画像を含む短い メッセージで交流する。言い換えると Z 世代は, 短時間での情報収集(モバイル情報 1 画面滞在 時間が10秒以下),短時間での大量コミュニケ ーション(数分以内に10名以上との同時チャッ ト),個人情報の隠ぺい(複数アドレスの使い 分け,Facebook 回避)を得意とする。  我が国の10代のインターネット利用時間( 1 日あたり)を見ると,2012年には PC ネットが 32.4分,モバイルネット75.7分だったのに対し, 2016年には PC ネットが15.3分と半減し,モバ イルネットが108.2分と1.4倍に増加している (総務省情報通信政策研究所調査)。 Ⅶ.今どきの若者の特徴  上述の Z 世代の情報行動からも明らかなよ うに,今どきの若者は,主にスマートフォンを 介して 1 日に約 2 時間インターネットと繋がり, 目まぐるしい速度で情報収集し,親しい同世代 の仲間うちで交信している。情報収集能力とい う点で言えば,人類史上最強の若者たちと言っ ても過言でないほどである。  ただし,収集した情報が読まれた傍らから捨 て去られるとしたら,情報活用につながらない。 集めた情報や知識を分析し,さらに有意義な新 しい情報に高めて発信することによって,情報 は輝きを増す。情報を他者に伝えないまでも, それをきちんと咀嚼することによって自分の心 が豊かになる。今どきの若者が,情報収集能力 だけでなく,情報分析能力についても史上最強 かといえば,かなり疑わしい。むしろ,情報収 集だけを目的とした情報収集依存症的行動が街 中ではしばしば観察される。SNS 上でのチャ ットについても依存症的側面があり,仲の良い SNS 仲間のメンバーから外れることは難しい ようである。  Z 世代が相対的にしなくなったこと,出来な くなったことをリストアップしてみると,対面 コミュニケーション,読書,長文の読み書き, 公での意見表出,ヴァーチャルでない五感を通 した現実感覚,自然との触合いなどが候補とし

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子どもの社会化と脳の成熟に負の影響を与えて いるのではいかと憂慮するが,専門家ではない のでこれ以上論じることは差し控える。エビデ ンスに基づく基礎研究が進むことを期待したい。 他方,臨床,実践面から考えると,大人の側か ら社会活動に若者を意図的に引き込む努力が必 要であろう。地域や学校における大人世代との 共同作業,10代の若者と小学生との交流など世 代を超えたイベントが積極的に企画されること が望まれる。アメリカの Z 世代は,SNS を駆 使して社会運動(例えば,銃器規制運動)を展 開したり,新たな事業を起業したりする傾向が あると言われるが,我が国の Z 世代にも内輪 の内集団を超えていくパワーが育つことを願っ ている。  本稿は,第59回日本児童青年精神医学会総会 (東京)特別講演をもとに加筆したものである。 講演の機会を与えて下さった,金生由紀子先生 に謝意を表したい。本稿に関連して,開示すべ き利益相反状態はありません。

Gurven M & Walker R (2006): Energetic demand of multiple dependents and the evolution of slow growth. Proc Biol R Soc B, 273, 835-841.

岩宮恵子(2015):現代の 「フツーの子」 の思春期. 笠井清登,藤井直敬,福田正人他(編):思春期学 (pp.18-22).東京,東京大学出版会. を克服し,厳しい寒冷地にも進出し,協同で子 どもを養育して,大きく精巧な脳を持つ子ど も・若者を育てあげてきた。高い知性を支える 脳の進化と共同体生活が相まって,ヒトは文化 という社会学習による知識の世代間伝達を累積 的に発展させ,衣食住をはじめ自分を取り巻く 環境を劇的に改変してきた。  そのような先史時代に生きた若者は,先に述 べたように,大人に食料を依存しながらも,年 長世代の背中を見ながら共同体を運営する仕組 みや文化・技術を学習・体得してきた。狩猟を 例にとれば,狩猟時のチームワーク,獲物をし とめる道具の作り方や使い方,獲物の分け方な どである。  今どきの若者には,そのような世代や姻せき 関係を超えた共同作業がほとんど消えてしまっ た。家族は核家族化し,両親との関係において すら情報の共有は希薄化している。かつては, 祖父母からの学びやしつけは,子ども・若者の 重要な情報源であり,とくに社会的儀礼は祖父 母から学ぶものであったが,現代社会の若者は, 祖父母に尋ねるのではなく,スマートフォンで 検索する。  社会脳仮説によれば,ヒトの脳は,困難な社 会的課題,とりわけ難しい人間関係の調整を解 決することを通じて進化してきたと説明される が,現代人の脳もいくつもの社会的課題を乗り 越えて正常に成熟していくはずである。筆者は, 若者世代に閉じた仲間(イツメン:いつものメ ンバー)同士の SNS コミュニケーションが,

参照

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