窒素−酸素および窒素−硫黄結合の開裂を伴う触媒
的転位を経由する新規分子変換反応の開発
著者
田代 大樹
学位授与機関
Tohoku University
博士論文
窒素−酸素および窒素−硫黄結合の開裂を伴う
触媒的転位を経由する
新規分子変換反応の開発
田代 大樹
令和
2 年
博⼠論⽂ 要約
第1章 序論 転位反応は結合の切断と形成により分⼦の連続性が変化する反応であり、C-H 結合のみ ならず C-C 結合やヘテロ原⼦を含む結合などの多様な結合で起こることから、有機合成に 広く⽤いられている。筆者はルイス酸性⾦属触媒による転位を経由するカスケード反応に 着⽬し、新規分⼦変換反応の開発に取り組んだ。触媒的転位を経由するカスケード反応は 基盤となる転位反応により従来の⼿法では調製が困難な中間体を発⽣させたのち、その反 応性に応じた分⼦変換反応に適⽤することで多官能基化された有機分⼦を⼀挙に構築する ことができる。この反応は特徴として、多置換かつ不飽和度の⾼い反応性中間体を経由す ることで、通常の反応では達成することの難しい位置選択性を発揮する。また、反応性中 間体を温和な条件下触媒的に発⽣させることから、調整することが困難な化学種を系中発 ⽣させ、分⼦変換反応に活⽤することができる。 この構想の下、筆者は⽐較的反応性の⾼い N-O 結合および N-S 結合に着⽬し、その結合 開裂を伴う転位を鍵とするカスケード反応の開発に取り組んだ。 第2章 銅触媒による N-アルコキシアニリンの[1,3]-アルコキシ転位反応におけるメタ位 置換基効果 ヒドロキシアニリン誘導体のN-O 結合の開裂を伴う転位反応は古くから研究されており、 アミノフェノール誘導体の合成法として広く用いられている。一方で、N-アルコキシアニリ ンの[1,3]-転位反応においても o-アミノフェノールを与える有用な手法であるが、その報告 例は極めて限定的であり、触媒的な方法論については報告されていなかった。この背景のも と、筆者が所属する研究室において N-アルコキシアニリンに対してカチオン性銅触媒を作 用させることで[1,3]-アルコキシ転位反応が効率的に進行し、対応する o-アニシジンが高い 収率で得られることを明らかにしている。この反応においてメタ位の置換基効果において 興味深い転位位置選択性が確認されたため、筆者はその選択性の解明を目的にメタ位の置 換基効果についてより詳しく検討を行なった。その結果、電子供与性かつ立体の大きい置換 基であるシロキシ基を有する基質においては立体的に空いているオルト位に転位が進行し、 電子求引性置換基であるエステル基を有する場合には立体的に混んでいるオルト位に転位 が進行する傾向を明らかにした。第3章 銅触媒によるオルト置換 N-アルコキシアニリンのカスケード型[1,3]-アルコキシ転 位−マイケル付加反応 アニリンは求電⼦置換反応においてオルト-パラ配向性を⽰すことから、メタ位選択的に 官能基を導⼊する⼿法の開発は挑戦的な課題である。近年、遷移⾦属触媒による C-H 結合 活性化を起点とするアニリンのメタ位選択的な官能基化法が盛んに研究されている。しか しながら、現状において反応点近傍の置換基の⽴体効果により反応の効率が低下するなど 未だ課題が残されている。この課題に対して、筆者は銅触媒による[1,3]-アルコキシ転位を 鍵とする反応設計により新たなメタ置換アニリンの合成法を提供できると着想した。すな わち、筆者が所属する研究室において最近、オルト置換 N-アルコキシアニリンに対してカ チオン性銅触媒を作⽤させることで o-キノールイミンを経由する[1,3]/[1,2]-ドミノ転位反応 を報告している。この結果をもとに、筆者はオルト置換 N-アルコキシアニリンの銅触媒に よる[1,3]-アルコキシ転位により⽣じる o-キノールイミンをマイケルアクセプターとして活 ⽤することでメタ置換アニリンが得られるのではないかと着想した。 検討の結果、マロン酸ジメチルなどの炭素求核剤存在下、オルト置換 N-アルコキシアニ リンに対してカチオン性銅触媒を作⽤させることで[1,3]-アルコキシ転位とマイケル付加が 連続的に進⾏し、対応するメタ置換アニリンが効率的に得られることを⾒出した。反応機構 に関する検討より、本反応は o-キノールイミンを経由して反応しており、カチオン性銅触 媒によりマイケル付加反応を促進されていることを明らかにした。 第4章 ⾦触媒によるアルキニル N-スルフィニルイミンの O-S/N-S 結合⼆重挿⼊型⾻格転 位反応 π-ルイス酸性⾦属触媒による⾻格転位反応は⾼度に官能基化されたヘテロ環の構築法と して魅⼒的な⼿法である。この反応はアルキンあるいはアルキンから誘導した⾦属カルベ ン錯体に対する官能基の求核的環化により、σ 結合開裂が進⾏し多官能基化された分⼦⾻ 格の構築を可能にする。中でも、オキシムを求核性官能基として⽤いることで多彩なヘテ ロ環状化合物の合成が達成されている。しかしながら、その⾼周期類縁体であるチオオキ シムについてはこれまでに本⼿法に⽤いられていない。そこで、筆者はチオオキシムの前 駆体としてスルフィニルイミンに着⽬し、π-ルイス酸性⾦属触媒による酸素移動反応によ り系中にチオオキシムを触媒的に発⽣できるのではないかと考えた。 検討の結果、アルキニル N-スルフィニルイミンに対して、カチオン性金触媒を作用させ ることで、チオオキシムを経由する二重挿入型の骨格転位反応が進行し、スルフェニル基お よびカルボニル基で置換された2H-アジリン化合物が効率的に得られることを見出した。
第5章 結論 「窒素−酸素および窒素−硫⻩結合の開裂を伴う触媒的転位を経由する新規分⼦変換反 応の開発」と題した本博⼠研究では、触媒的転位を経由するカスケード反応を利⽤した新規 分⼦変換反応の開発を⽬的とし、ルイス酸性⾦属触媒による N-O 結合および N-S 結合の開 裂を伴う転位反応の利⽤に焦点を当てた反応開発を⾏なった。本⼿法の特徴である中間体 の反応性を利⽤した設計により、既存の⽅法では合成の難しい有機分⼦への変換反応を開 発した。さらに触媒的転位により調整が必ずしも容易でない化学種を発⽣させ、反応性中間 体として活⽤することで、本⼿法が新規転位反応の開発においても有効であることを実証 した。 この先、基盤となる転位反応の創出とともに新たな中間体の反応性を活かした設計によ り、更なる新規分⼦変換反応が確⽴されることを期待する。