M ■ 翼01 凪 凹 01r 8▲G [卩闘mv 畑 oe
T −cnNOtOGy VoL 24
,
No.
1,
1990時 間
と
制
度
化
石 川 晃 司
*Time
asInstitution
KOji
Ishikawa
工nthe experimental world
.
time cannot exist without having any relationship to man.
From
thispoint of view
,
‘
time asinstitution
’has,
in
genera1,
two phases;(A
)’time’
embodied as an institutionand (B)
‘
timel as the field which enables various institutions(the institutions embodied as such )to comeinto
being.
(A
)isformed
by
our,
more or less,
constitutive activities,
which are based 叩 on (B).
Inother words
,
human
activities cannot be as sロch without (B
).
(B
)maybe
called‘
temporality’
.
‘Time
as institution
’
means (A)in a narrow sense ;
however ,
from another angle of theinitial
order,
(B)likelanguage and self
・
consciousness shouldbe
interpreted as a kind
of
institution and shouldn
’
tbe
separatedfrom
(A>.
On the contrary,
it
is
the most serious problem,
at the present time in modem industrialcountries , to incorporate (
B
)into
〔A
)E
In
this paper are arguedhow
time asinstitution
turns out to beorder
,
control andpower
and how this situation should be estimated.
目 次 1
.
は じめ に・
・
… … … ・
… 一・
… … ・
… ・
… … … ・
… ・
・
552.
制 度の諸 層… … … … ・
… … …
… ・
… … ・
一
・
… … ・
57
) ) 》 ) 12nj4哨
制度へ の視角… … … ・
… … … …
… … ・
・
.
_
57 反 省 的 意 識と制度化的 意 識・
… 一・
… ・
… ・
・
・
・
・
… 57
制度の形 成・
… .
_ _
制 度の諸 層… … ・
… ・
・
・
・
・
・
…
。
・
・
・
・
・
・
・
・・
・
・
・
・
…
60・
・
…
一・
・
一・
・
・
・・
・
・
・
・
・
・
…
61 3.
〈時間 〉の制 度 化・
… ・
… ・
… … ・
・
・
…
… ・
・
…
… … ・
・
65 ) ) )19
国
n δ 制 度と時 間・
… … ・
・
… ・
… … ・
・
・
・
・
・
・
… … ・
…
65 〈制 度 として の時 間 〉の態様… … … … ・
… ・・…
65 時間の 制度 化と支 配■
■
・
… … ・
… … ・
・
・
・
・
・
… … 67
4.
時 間 性。
歴史。
制度化… ・
… … … ・
・
… … … ・
・
691
) 歴史とし ての時 間・
… … … ・
… ・
… ・
… … … ・
・
69
2
) 現 代における時間支配の進 展・
・
・
・
…
… ・
… 一… ・
70
5.
お わりに一
く自己一
組 織 化 〉の方へ・
・
… … ・
… … … ・
・
741.
は じ め に 人 間の思 考に は く中心 と周 縁 〉,
〈秩 序と無 秩 序 〉,
〈光 と 闇〉,
〈日常と非 日常〉,
〈内部と外 部 〉 とい っ た よ うに 二項 対 立 的に世 界を分 節 化し てゆ く傾 向が ある。 こ の理 由は,
おそ ら く,
人間が 自ら を確証 するため に は,
他 者 * 教 養 課 程 講師 平成元 年 11 月 22 日受 付 (あ るい は他 在 ) を 疎 外 (外 化 )せ ざる を え ない とい う事 態に よっ てい る。 つ まり,
私 が 〈私 〉である た め に は必 然 的に 〈私でない もの〉 を媒介 せ ざ る を え ない。 もち ろ ん,
〈私〉は く私 が 属 す る共 同 体 〉でもい い し〈私でない もの〉は 〈私が属さない共同体〉であっ て もか まわ ない。 如 上の 二項 対立 の図式の な か に あっ て, 前 者はすべ て 〈私 (た ち)〉の側に帰属する。 逆に云 え ば,
後 者はすべ て 〈彼 ら〉の側に属する。 前者はすべ て意味に よっ て満一 55 一
相 模工 業 大 学紀要 第 24 巻 第 1 号 た された世 界であ り
,一
定の 秩 序を有 する世 界で ある。 そ し て,
重 要なこ とは,
〈中心〉は く周 縁 〉な く して は存 在 し得ない とい っ たよ うに これ らの 二 項 が 相 補 的 な 関 係 に あ り切 り離 すこ とが で き ない とい うこ とで あ る。 ま た,
〈原 初 的 な 無 秩序〉の中に 〈秩 序 〉 を 定立 した ときに 同 時に く私 (た ちの世 界 )〉が成 立 する とい う こ と で あ る。こ の 〈秩序〉の定立は , 人 間に と っ て本質的で あ る。 逆に云 え ば, 対 自 的 な 意 識 (自己意 識)を持つ こ と は 人 間に とっ て本質的で あ り
,
こ の 自 己 意 識に よっ て世 界の分節化が可 能 とな り,
〈無秩 序〉の 中に 〈秩 序 〉 を 打 ち 立て るこ と,
つ ま り く私た ちの世 界 〉を造 り上 げるこ とが可能に な るの である。〈秩序〉が もたら さ れるこ とは
,
云 うまで も な く一
定 の く制 度 化 〉が存 在 する ことを意味してい る。 制 度 化に よっ て 秩 序は可 能に なる。 右 も左 もわ か ら ない混沌の世 界の中に,
右 や 左,
あるい は東西南北 とい っ た 方 位をも た ら し,一
年 を日に定め るとい っ た作業に よっ て, 私た ちは 〈秩序 〉の基本 的な枠組みを 〈制 度 化 〉 して ゆ く。 私た ちの社 会は様々な 制 度に よっ て満た されて お り, こ の制 度 な くして は社会は存立 しえない。 また,
個 々人は 関 係の うえで徹 底 的に社 会へ と連 結されてい る か ら , 如 上 の 事 態は,
言葉を換え れば 個 々人 もま た く制 度 化=
秩 序 化〉なくし て は存 在 しえ ない こ とを意味し てい る。 人 間 存 在に とっ て , 秩 序 化=
=
制 度 化は本質的 要 件を な し て い るとい うこ とができる。 時 間は,
こ の制 度の一
つ と し て捉 えら れ る べ き で あ り,
そし て おそらく,
ある面では最 も く根 源 的 な制 度〉 あるいは く制 度の根源 〉 を なし て い る。 つ ま り,
時間は 様 々 な制 度の結 節 点の様な位 置を占め て い る。私たちに とっ て時 間は様々な貌を もっ てい るが
t
社会 科 学や 人文 科 学に お い て時 間を取 り扱お う とする とき, 自 然 科 学に おける時 間とは違っ た困 難に 遭 遇 するこ とに な る。 例えぽ,
古典 物理学 的 なレ ヴェ
ル で問題に さ れ る 時 間は,一
般に連 続 的 ・普遍的・ 統合 的 な尺 度 として の 時 間であ り,
また客観 的地 平と して の時 間で ある が,
こ れに対し社 会科学や 人文科 学に お い て 問題に な る時間 は,
あ くま で も く経 験 として の時間〉であり,
尺 度と し ての時 間が問題になるとして も それは私た ちに とっ て如 何 なる意味を有 する か とい う次 元に おい て で あっ て,
ま た地 平と し ての 時 間が問題に なるに し てもそ れは 〈生 ぎ ら れる地 平 として の時 間〉に他 な らない。 こ の 〈経験的 時間〉は単に平準 化さ れ た一
定の量に収斂されるもの で は な く,
そ の中に 質 的な差 異を含 む もの として 捉えられ る。 私た ちは唯一
の時 間を生 きて い る わけで は な く,
様 々 に抽 象され,
形式 化された様々な時間 を 生きてい る と い うべ きで ある 。 そし て, こ の様々な 時 間は決して 固 定 的 な もので はな く,
相互に包 含・
移 行しあい,
ま た解 体 や 構築の可能 性を常に秘め た ダ イナ ミッ クな性 格 を 持っ てい る。 時 間に 関して こ の よ うな 事 態が生 じ るの は,
経 験 的 な 世 界に お い て は時 間が私た ちの 相 関 者に な る か らで あ る。 す なわ ち,
私た ち か ら独立 した客 観 的 秩 序とし て の 時 間が存 在 するとして も,
私た ち はそ れを私た ち流に受 容して お り,
私た ち が知 りうる時 間は その意 味で 〈人 間 化さ れ た時 間 〉である。 そ し て,
人 間 化 する とい う と き,
私 た ちがそ れ と意 識 すると否 と に か か わ らず,
人間 に あっ た よ うに 〈制 度 化 〉して い るこ と を意 味し て お り, 人間 化さ れ た時 間は, これ ま た 私 た ちがそ れ と意識 する と否 とにかかわ らず,一
定の 制 度 とし て私た ちに作用す る。 す なわ ち,
私た ちに とっ て時 間 とは一
種の制 度 化の.
.
.
■
■
ロ
所 産で あ り,
制度とし て結 晶したものだ とい うこ とがで ぎる。 概し て制 度 化とい う と き, 私 た ちの生 活 を ゆるやか に 基 礎づ ける もの か ら 権 力 や支配 に その ま ま接 続 するよ う な もの まで,
様々な次元 が 考 えら れ る。 そして こ の こ と は時間に関し て も 同じ よ うに 云い うるの だ が,
時 間の場 合は特に他の様々 な 制度とは違っ た局面を持っ てい る。 とい うの も,
時 間は他の制 度と同様に 〈制 度 と して結 晶 化 し たもの〉とい う次 元で存 在して い る が,
同時に 〈諸 々 の制 度 を 可 能にする地 平 〉 とい う他の制 度に は ない側 面 を 持つ か らで ある。 制 度 化 が 可能で ある た め に は,一
定の時 間が 〈底 〉 とし て 必要 と さ れ る。 つ ま り,
単 なる一
個 人の 目論 見にす ぎな か っ たものが, 多 くの人に よっ て受 け入れら れ,
パ タ ン 化 され,
制度と し て完 全なもの に なっ てい くため に は, 時 間 とい うフ ァ ク ター
が 必要不 可欠である。 いわぽ,
この と き時間は制 度化 を 可 能にす る く地 平 〉とし て存 在 して い るこ とに なる。時 間と制 度の関 係は,
制 度 として結晶化し た時間
,
制度化を可能にする地 平 とし て の 時 間,
とに二 重化さ れ て い る。 は (誤解を お それ ずに云 え ぱ ) 即 自的に私 た ちに よっ て生きられてい る時間で あ り,
は時間 を些 か な り とも対 自的に捉え返 し形象 化し たものだ とい うこ とができる。 〈制 度 とし ての時 間〉とい うとき,
専らの観 点を指 す こ とに な るが
,
これ は と全 く別 個に考え一 56 − 一
時間 と制 度 化 (石 川 晃 司) ら れ るべ きものでは ない 。 否
,.
の側 面 を制 度と して組 み込 も う として い る点 が,
現 在 最 も大 き な 問 題 と して私 た ちの前に立ち塞が っ てい る とい うべ きであ る。 本 稿で は, 〈制 度と し て の時間 〉 が 秩序や支配・
権力 の問題へ と どの ように介入 し て ゆくの か,
また こ の事 態 は どの ように標 定 さ れ るべ き なの か, につ い て論 じ る心 算である。 その際,
制 度 や 時 間が私た ちの存 在に とっ て どの よ う な意 味を 持つ の か を,
で きるだ け溯源 的 な 次 元 に立 ち帰っ て確 定 す る作 業か ら始め る。 とい うの も, 殊 に 〈制 度 〉概 念につ い て は近代哲 学を超える契 機をその中 に 内 包して い る よ うに お もわ れ, こ の視 点 を 射 程に 入 れ て こそ実 り多い議論が展 開でぎる と考え る か ら で あ る。2.
制 度の 諸 層 1) 制度へ の視 角 通 常,
私たちが く制 度〉とい う とぎ,
法 律・ 規 則や習 慣を,
ま たそ れ らに よっ て成 立せ しめ られて い る諸々 の 組織を即 座に思い浮かべ る 。 確か に これ らは く制 度 〉の 典 型 例を成 して い る が,
しか し く制 度 〉を これ らに限る こ とは く制 度 〉の 概 念を余り に も狭 く解 釈 するこ とに なD ,
本 来,
こ の 概 念がもっ て い る豊饒な意 味を失わ せ る ことに な る。 法 律や規則・
慣 習が 成 立する背 景に は必 ず それ を 生み 出す 何らか の 必 然性が存在する。 法律・
規 則○
慣 習 ●諸 組 織はこ の必 然 性が言 語に受 肉し さ らに結 晶 化・
形 象 化し た一
種の表象 representations で あ り,
〈制 度 〉の本 質を捉 えるた め に は,
こ の必 然 性の 次元に まで 降 りな けれ ばな ら ない。 私た ちが 経 験 的に,
眼に 見 え るもの とし て知っ てい る制 度の背 後に は,
眼に見え な い制 度の ようなものがあ り,
ま た,
そ れが現 在 ある姿を と るに到っ た 歴 史 的な沈澱が存 在して お り,
こ の 次元 を.
視 界に入 れ なけれ ば制 度の問 題を充全に論 じ き るこ とは で き ない。一
般に,
制 度 化とは,
混沌の 世界を 分節化 し,一
定の 秩 序をそこ に打ち立て るこ と を 意 味 して い る。 どの よ う な 生 物であ れ,
自 然に対 する本 能 的な反応・
本 能 的 な 自 己組 織化の 次元 まで考 慮すれ ば,一
定の制 度 化された 世 界を有して い る とい うこ と が で きる。 もち ろん,
人 間 も 例 外 で は ない か ら,
生 物 的 次元 に おい て一
定の 制度 化 された 世界を有し てい る。 だ が,
人間の場 合,
自己意 識 (対 自的意識 )を もつ こ とに よっ て,
こ の制 度 化を自覚的 な過 程 として取 り出 すこ とがで きる。 程 度の差はあるに して も,
こ の よ うに制 度 化が 自覚 的 な 過 程に もた ら さ れ ると き,
かつ て の 本 能的な反応・
本 能的な自己 組織化の 意 味は必 然 的に変 容 を 受 け ざ る を え ない。 ま た,
た んな る本 能 的で習 慣 的な反 応 を 超 えた,
そ れ 自 体の 目的をも つ 制 度 を 創 出して ゆ くこ と も可能と なる。 規 則 や 法 律,
等の 狭 義の制 度は ・ 明示 的 反 省 的意識に よっ て 合 目的 的に 措 定 される。 近 代哲 学の 出発点 をな し,
長 くそ れを支 配して きたデ カル ト哲 学 に沿えば,
究 極的な根拠は コ ギ F すな わ ち 考 える我・
理性に 求め ら れ, こ こ で の関 連で い えぽ合 目 的 的 な制 度の みが真に 人 間 的な もの と して 認 定されるこ とに なる。 つ ま り,
人 間の制 度が 人間に よっ て生 み出さ れ た ことは 自 明で ある が,
こ の人 間の 本質を 意識 (反省的意識・
構成的 意識} に のみ求め るな らば,
そ れに よっ て構成 さ れる明 示 的な 制 度の みが真に 人 間 的 制 度 と して認 定 され る こ とに な る。
人 間は確かに意 識 領 域をもつ こ とに よっ て 他の動物 か ら区 別さ れ て お り,
その意 味で意 識が 人間の本 質 領 域 を な す と考 え るこ とに吝か では ない。 だ が,
こ の こ とは 直ちに,
人間の本 質 領 域が意 識に限 定され るこ と を意 味 する わけで はない。 意 識を他の動物か ら 人 間を区別する 領 域と し て措 定 するとき,
それ以外の 領 域は人 間の本 質 を 形成し ない もの と し て捉えてい る よ う な印象を 与え る。 だ が,
人間は 意 識 を もつ こ とに よっ て,
そ れ以 外の 領 域は必然的にその影響をうけ ざる を えない 。 つ ま り,
人 間は意 識 を 他の 動 物か ら区 別 される領 域 と し て もつ が,
こ の こ とに よっ て その存 在全体 が 〈変容 〉を受 けて お り 〈人間 化 〉さ れて い る と考え る方が 正 し いc 人 間の制 度を創 り出 すのはい うま で も な く人間で あ るQ だ が,
人 間とい う とき その 存 在の全体 性 が 意 味 さ れ て お り, 制 度 もま た こ の次 元か ら 問 わ れる 必要がある。 つ ま り,
制 度は 人 間 存 在の全 体か ら析 出 する もの と解さ れるべ きで あ り,
意 識 全 体に よっ て創 出さ れた制 度は制 度の典 型 例 を な すよ うに はみえて も,
制度の全 体か ら表 出し た一
部にす ぎない。 もち ろん,
制 度の 創 出に あ たっ て意識 が 関与 して い るこ と は自 明で ある。 だ が,
同 時に この場合の意 識と は単に デ カル ト的 な 純 粋 構 成 的 な 意 識 を意 味 する もの で は ない こ と も自 明で ある。2
) 反 省 的 意 識 と 制 度 化 的意識 〈意 識 と対 象 〉の 二元論とい う近 代 哲 学が含み込ん だ ア ポリ アを乗 り越え よ う とする一
連の 試みの な か で,
〈制 度 〉の概 念に 着目 し た の は, 晩 年の メ ル ロ=
ボ ン テ ィ で あ っ た。 メ ル ロ ポ ン テ ィ 哲 学の 根 本 的 主 題の一
つ一
一
相模工 業 大 学 紀 要 第 24 巻 第 1 号 が
,
如上の 〈意 識と物 質 〉の 二 元 論を どの ように し て止 揚す るかに あっ たこ と は疑い が ない。 処 女 作 『行 動の構 造 』に お い て,
物でも概 念で もない く行動 〉や 〈構 造 〉 とい っ た概 念を主 題に採 り二 元 論 的 図 式を回 避し よ う と して い るこ と,
ま た, 『知覚の現象 』学に おい て 〈意 識 主体〉とい う観 念に 対 し て 〈身 体主体 〉 とい う観念 を 対 峙さ せ た こ と,
等はその象 徴 的 な 現 れであ る。 こ の と き,
意識を超え た,
否,
意 識をも含み込 むよ う な 存 在の 次 元に 焦点をあて てい るこ と を意 味して お り,
既に後の 〈制 度 〉 を想 起さ せ る観 念を垣 間み せ てい るとい える。 〈意 識の哲 学 〉に対するメ ル ロ = ポ ソテ ィ の 批判の 要 諦は, 意 識の前にあっ て は全てが純 粋対 象 として徹 底 的 に搆 成されるもの になっ て しまい,
逆に意 識は徹 底的に 構成 する主 体 と な り,
自 らが存 立せ し め られて い る とい ロ の■
■
う契機を 排 除し て し ま うとい う点にある。 こ の哲 学にあ っ て は
,
意 識 と対 象が切 り離さ れ,
相互に含みあっ てい るとい う契 機は無 視 されるの である。 また,
デ カル ト的 な世 界に あっ て は,
意識は瞬 間 的 な もの で あ り持 続 的 な 次元 を獲 得し てい ないため に,
各 々の意 識に とっ て世 界 もま た その都 度の 瞬 間的な存在で し かな くな り,
相 互に 持 続 的 な 次 元 を獲 得する こ とができな くなっ て し ま う。 つ ま り意 識 ・物 ・持 続 性とい っ た次 元は機 械的な結びつ きし か もたなくなっ て し まうの である。 メ ル ロ = ポ ン テ ィ は周知の よ うに フ ッサー
ル 現 象 学の 最 後の思 想 的境位すな わ ち 「生活 世 界」の立場を基 本 的 に 継 承 し た。 フ ッ サー
ル 現 象 学 そ れ 自体は意 識の哲 学か ら出 発 し て お り, その意 味で は近代哲 学の基 本的な流れ に沿 う もの である が,
こ の意 識の哲 学 をさ まざま な現 象 学的還元を使っ て 厳 密 化して い っ た果て に,
見い だ され たもの は意識に先 だ っ て存 在する く生 活 世 界>Lebens
−
welt に他な ら なか っ た。 いわば,
デカル ト的な く我思 う〉の背後に は,
そ れを 可能に する 〈地 平 〉 として の生 活 世界が控えて お り, 出発 点に据えられる べ きは 〈我〉 で はな くこ の生 活 世 界 そ れ 自体 なの で ある。 そして,
こ の生 活 世 界に おい て人 間は事 実 として事 物・
他 者 との交 流 を保っ て お り,
この とき 人 間の主体を なすもの は 〈意 識 〉で は な く <身 体〉 (厳 密に メ ル ロ=
ポ ン テ ィの用 語 を 使 え ば 〈現 象 的 身 体 〉)なの である1) 。 メ ル ロ=
ポ ン テ ィは こ の 『知覚の現 象学 』に おける 〈身体 主 体 〉の理 論 を,50
年 代 以 降の後期 思 想に おい て 〈制 度 〉 (ない しく制 度 化 〉)institution の概念を 手がか りに して さ らに敷衍・
深 化 し よ うと し てい た よ う に 思 え る2) 。 事 実,
『講義 要綱』 (邦 訳 「言 語 と 自然 』)におい ても 「もし 主体が制 度 化 的であっ て構 成 的で ない と し た ら」3)と語り,
こ の 概 念を 「意 識の哲 学の もろ もろの難 点に対 する治療 薬」D と し て構 想 し てい るQ 木 田 元は 「メ ル ロ=
ポ ンテ ィと 「制 度 化 」の概 念 」 と 題 された 論 文の な か で,
制度化の概 念は フ ッ サー
ル の 〈構成>Konstitution
(constitution ) との対応に おい て 考案されてい る と し,
『講 義 要 綱 』の独 訳 者で あるア レ ク サ ン ドル・
メ トロ の次の よ う な指 摘を紹 介して い る。 メ トロ に よれ ば, メ ル ロ=
ポン テ ィは講義の 中で,
制 度 化の概 念に二 重の 意 味 を 認め て いた とい うQ す な わち,
こ の概 念は,一
つ に は(超 越的, ない し純 粋な
,
ない し学 的な)意 識に よっ て遂 行される constitution との 対 比に おい て使わ れ て お り,
次に 政 治 的 。 国 家的 ・法 的なinstitution
,あるい はもっ と一
般 的に 文 化の多 少 な り とも緊 密な ま と ま り を もっ た多様 な領 域を 指すため に 使われて い る5) 。 メ ル ロ = ポ ンテ ィに とっ て,
デカル ト的 方 法つ ま り構 成 的 意 識か らで はな く,一
種の共存の領 域か ら出発し な け れ ば な ら ない こ とは自 明の こ とで あっ た。 この領 域の 存 在 自体は 明 瞭である が,
その構 造は明ら かに なっ てい ない。 メ ル ロ=
ポン ティ が 企図 し たのは,
こ の構造を明 らか にするこ とで あっ た 。 既に 『知 覚の現 象学 』に おい て, 構成的 意 識よ りもさ ら に根 源 的な身体 主 体の構 想を 定 立 し た と き,
構 成 より もより抽 象 度 が 低い,
つ ま り,
よ り感性 的で 身 体的 次 元に近い制 度の概 念に着目して ゆ く道 筋はつ け られて いた とい うべ きで ある。 メ トロ が報 告 して い る二 重の意 味は,
相 互に密 接に連 結 して お り切 り離すこ とがでぎない。 constitution に は 云 うま で もな く く憲法 〉の意味が あり, 他の習慣・
法 規に対し て もっ とも抽 象 度が高い次 元にある こ とは象徴 的で ある。 こ の共存の 領 域に おける意 識の あり方を,
メル ロ = ポ ンテ ィは 『知覚の現 象学 』におい て は身 体 的意 識と し て 規 定 し てい っ た が,
さらに これを 後 年,
制 度 化 的 意 識 と して精 緻 化し た と考 え ら れる。 制 度 化 とは,
メ ル ロ=
ポ ンテ ィの定義に よ れぽ,
「ある経験に,
そ れ との連関で 他の諸 経 験が意味を もつ ように な り, 思考可能な一
系 列 つ まりは一
つ の歴 史 を な すに い た る その よう な持 続 的な 諸 次 元を与 える出 来 事一
ない し,
私の うちに残 存 物と か残滓 と し て で は な く, ある 後 続へ の 呼びかけ, ある 未 来の要 求と して の一
つ の意 味を沈 澱させ るよ うな 出 来 事 」e)を意 味して い る 。 意 識を構 成 的で は な く制 度 化 的一
58一
時 間 と 制度化 (石 川晃司 ) に捉え るこ と に よ り
,
意 識の哲 学の諸々の難 点,
す な わ ち意 識の瞬 間 性や他 者との共 存不可 能性,
等を避け るこ と がで き る と考 え たのである。 「制 度化さ れたも の は,
その主体の活 動その ものの 直接の 反 映で は な く,
あとに なっ てその主体自身に よっ て で あ れ一
全 面 的に再生 さ れ るとい うわけで は ないが一
取 りあ げ なお され うるも の なの であ り,
ち ょ うど蝶 番の よ うに他 者た ち と私の あ い だに, 私と私 自身との あい だに あるの であ り, わ れ わ れ が 同 じ一
つ の世 界に 所 属し て い る こ との帰 結で あ り保 証だ か ら」ηで ある。木田が 指 摘 するよ うに
,
こ の よ うな制度 化の概 念が く保 存と乗 り越 え〉を中心 に して考え ら れて い る こ と は 注 記 さ れ な け れ ば なら ない。 「行為を過 去に よっ て説 明 する こ と も未 来に よっ て説明する こともいずれ も不可能 である。 『過 去と未 来 と は た が いに こだまし合 うの だ』 と言わ れて い る か ら,
過 去が未 来を準備し,
その 未 来に よっ て過 去が保 存され,
取 り上げなお さ れ,
乗 り越え ら れるとい う過 去と未 来との 内的循環の関 係がこ の制 度 化 の 現 象の本 質 をなす もの と思わ れ る。 こ の よ うに,
制 度 化の 現 象はいわ ゆ る時 熟と深い関わ り がある」8) 。 個 人 的 意 識に とっ て 明証と して く設立 〉さ れ た も の は,
〈言 語 身 体 〉 を もつ こ と に よっ て他 者に も理 解 さ れ る こ とに な り,
共 同 性 と して の 明証が確立 され る。 さ ら に,
〈文 字に よ る表 現〉を獲得するこ とに よっ て,
持続性 の 次 元を獲 得 し,
歴 史のな か で く沈 澱 〉し,
追 理 解さ れ, また さ まざまに変形 されて ゆ くこ と が 可能と な る9) 。 こ の よ うに 考 える とき 「真理 とは沈 澱の別 名であ り,
沈澱 と はそ れ 自身わ れわれ の現在の うちに全 存 在が現 前 し てい るこ とで ある」1°) とするメ ル ロ = ポ ンテ ィ の言 葉 も理 解される。 すな わ ち,
私た ち自 身 も世 界 も制度 化 的 に形成さ れてい るもの で あっ て み れぽ,
現 在の なか に は あ ら ゆ る過 去が 現 前 し て お り (全歴 史 が 凝 縮 さ れて おり), 現 在に 存在 し て い る私 もまた全歴 史 を 体現 し て い るこ とecな る。 そ し て
,
未 来に向か っ ても歴史は制度 化 的に 進 展 し て ゆ くこ とに なる。 つ ま り,
現 在と過去 との一
種の 往復の なかか ら,
さまざま な紆 余曲 折を経て 形 成 さ れ てゆ くこ とになるの である11)。 こ の よ う な制度化 的 世 界 を 可 能に し てい るのは,
い わ ば 時 間の もつ 脱自的 構 造で ある。 時 間の脱自的構 造につ い て,
木 田は次の よ う に述べ て い る,
「彼が かつ て フ ヅ サー
ル になら っ て形 成した定式に従え ば,
「私 を 定 義化 し他のあ ら ゆ る 現 前 を 条 件づ け る私 自 身の現 前 (Urpre・
sents > が同 時に脱 現 前 化 (Entgegenwartigung ) で あ り,
私 を 外へ 投 げ 出 す 』とい うことに ほ かなら ないJn
) 。 そ し て, この制度 化 的主体は脱 自性が ゆえ に間主観 的で もあり う る。 私 自 身が自己へ の 完 全 な 現 前で はない か ら こそ,
私の志 向は 裏をか か れ 挫 折 もする の で あ り, ま た,
私 自身の 身 体の 可 能 性が呼び覚 ま さ れた りも するの である。 「間 主観的存在 である か らこ そ,
この主 体に よ っ て制 度 化さ れ た ものが 「他者に よっ て も取 りげ なお さ れ』 乗 り越え られ うる の で ある」「3) 。 メ ル ロ=
ポン テ ィ が,
主 題化し た さ まざま な概 念 例 えば,
構 造,
行動, 知 覚,身体, 制 度,等はすべ て 〈意 識 と対 象 〉 とい う二元論図 式 を 超 え る ため に持ち 出されて い る。 この中で も構 造の 概 念は,
構 造主義 (レ ヴ ィ = ス トロー
ス)との関 係 も相 俟っ て,
制 度 的 世界の分 析を経 て の ち,
よ り深 化 されて ゆ く。 木田は,
構 造の概 念に つ い て 正鵠を得た立 言を して い る。 すな わ ち,
メ ル 卩 = ポ ンテ ィ に とっ て,
構 造は物で もな け れ ば観 念で も な く,
「そこ に入 り込ん で くる諸 要 素 をある内 的 原 理に よ っ て 組織 するもの」で あ り, 〈意 味 〉で あ る。 た だ,
こ の「構 造が担っ て い る意 味 」は物に よっ て媒 介 され た 「鈍重な 意 味 」 である。 あるい は 「構 造 とは,
わ れ わ れ の外に あっ て は自然や 社 会の組 織の うち に,
われわれの 内に あ っ ては シ ン ボル機 能と し て現 存 するもの」であり,
これ こそが 「われわれ と社 会 的 歴 史 的 世 界との あいだに ある一
種の 回路 」,
つ ま り,
人 間の世 界へ の脱 中 心 化 と,
社 会 的 事象の 人間へ の中心化 とを理 解さ せ て くれるもの な の で ある。 人 間に とっ て 歴史は構造 化された も の で あり
,
こ の く構 造 的 歴 史 〉 とは , 物に よっ て媒 介 され, 事 実 性の係 数 を 負わ さ れ た 意味で あるこ の構造の ジ グ ザ グ な 再 構 造 化の過 程 に他な ら ない 。メ ル ロ
ー
ポソ テ ィ は その哲 学 の 出 発 点か らし て,
透 明 な意 識とい うデカ ル ト以 来の観 念に疑 義を呈して いた。 『行動の構 造 』や 「知覚の現象学 』に おい て 〈行動 〉 〈構 造〉〈知 覚 〉の概 念 を 取 り上 げ,
意識 主 体に 対し て 〈身 体主体 〉とい う観 念を 主 題化 し た こ と は,
その現れ であ る。 こ の観 点が敷衍され,
深化 される こ とに よっ て 〈制 度的 主 体 〉の 観 念が 生 み 出 さ れ た。 こ こ に 至っ て,
意 識 は持 続 的な 次 元,
歴 史 的 な 次 元,
主体と世 界 とが相 互に 交 流 し媒 介 しあい ながら生 成 して ゆ く弁 証 法 的 次 元を開 い て い っ た とい うこ と がで ぎる。 周 知の ように,
メル ロ コ ポ ン テ ィ は 「サル トル とウル ト ラ ・ ポル シ ェ ヴィ ズム 」14) の なか で
,
サ ル ト ル の 「全 面 的 自 由 」の立場 を徹相 模工 業 大学紀要 第
24
巻 第1
号 底 的に批 判し た が,
身 体 主 体 また制 度 的 主 体の立場か ら す れば,
人 間は様 々な条 件に よっ て取 り巻かれて し か存 在 しない ことは い う まで もな く,
人間そ れ 自体 ある い は 意 識そ れ自体が一
種の く所産〉であっ て, な に もの に も 拘 束さ れ ない 自 由な るものが意 識の 前に開 けて い る とす るの は,
デカル ト的 意 識の残滓を ひ きつ っ た夢 想に過 ぎ ない 。 メ ル ロ = ポ ンテ ィ は戦後の フ ラ ン ス に あっ て,
た ん に哲 学の みな ら ず政 治・
社 会 評 論におい て も指 導的 な 役 割を果た した。 既に初 期の政 治 論 文 集 「ヒュー
一
マ ニ ズ ムとテ 卩 ル 』 (1942)で,
歴 史 とい う舞 台に お ける 主観 的 正 義 と客 観 的 裏 切 り〉の ドラマ,
つ ま り,
主 観 的に は 正 義 と考 えて行 動 して もその個 人 を 離れ た歴 史とい う舞 台 に おいては そ れが裏 切 りとし て現れ るこ とが あ りうる こ とを主 題 化 して み せ て いる。 だ が, 彼の本 流で あ る哲 学の延 長 上 で,
本 当の意味で歴 史 的 次 元,
社会的 次 元に 対 す る入射 角を 手に入 れ たの は制 度 (制 度 化 ) 的意 識の 概念が生み出さ れ て い る か らで ある。 メ ル ロ =・
k’
ン テ ィ の制 度 (制 度 化 ) 的 意 識の概 念は, 私た ちが 通常制 度と し て知っ てい る く対 象 世 界 〉に対 す る新 しい見 方を提示する。 すな わ ち,
そ れ は単な る 対象 では な く, 私た ちに よっ て 生ぎられ てい るものであ り,
私た ち に よっ て生み出されたもの で はあるが,
同時に私 た ちを 生み 出し た もの で も ある とい うこ と,
また,
世界 が 徹底的に制度化 されて い るこ と と私たちが制 度 化 され て い るこ ととがパ ラ レ ル で あるこ と,
構 成 的 意 識は 確か に制 度を創り出し はする が, その 構成的 意 識は世 界か ら 隔 離 された 絶 対 的 な 立 場に到 達して い る わけで はな く, そ れ 自体 が 制 度 化されて い ること,
等を教え る の で あ る。 そし て, 逆に制 度の方か ら見 るな らば, 私た ちの構 成 的 意 識に よっ て創 りあ げられた制 度のみ が制 度 なの で は な く,
私た ちの存 在に よっ て一
とい うこ とは , つ ま り世界に よっ て析出 された制 度まで含め て,
制 度の問 題 を考 えな け ればな ら ない こ と を意 味 する。3
) 制 度 の 形 成 バー
ガー
リュ
ッ ク V ン は制 度の問 題に つ い て (おそ ら くはメ ル ロ=
ポ ンテ ィの制 度の分析に示唆を う け な が ら } 社会的 次 元か ら興味深い考 察を 示し てい る。 彼らの 制 度 論 は, 制 度の概 念 を 狭 く, つ ま り私 たち が先に狭義 の制 度 と して指 摘し た もの だけ を 制 度 とし て捉 えて い る 嫌いがある が,
制 度の形 成お よび意 味に つ い て教 える と こ ろが多い。 バー
ガー
= リ=
ッ クマ ン に よれ ば,
人 間の全ての活 動 は一
定の 習慣 化す なわ ちパ ター
ン (範 型 ) 化を免 れ え な い。 こ の習 慣 化 (パ ター
ソ化 ) の も た らす 効 用は,
個 人 を薪た な決断の重 荷か ら解 放 し,
労 力の節約 を 可能にす る とこ ろ に ある。
習慣化された行 為に含 ま れる意 味は 「彼の一
般 的 な 知 識 在 庫,
つ ま り彼に よ っ て 自 明 視 され て お り,
手も とに あっ て彼の 将 来の計 画 実 現の た めに役 立つ 知 識 在 庫,
の な かにルー
テ ィ ン と して貯えられ」15),
同じ ような状 況に遭 遇 し た ときに,
私た ちが その状況に 対 する対 応を一
か ら考え直さ なけ れ ばな ら ない とい う苦 労か ら解 放 する の である。 こ のよ うな 習慣化が制 度 化の前 提 条 件 を なし てい る。 習 慣 化が個 人の次 元 を 離 脱し共 同 性の次 元を確立する と き,
制 度 が もた ら さ れる。 バー
ガー=
リュ ッ クマ ンは , 全 く異なる文化 的。
社 会 的 世 界に 育っ た二 人の 人 間A ,
B が同 じ場 所で生活し始め る場合を想定し て説明して い る。A
とB
は,
各々 , 自 らの習 慣 化 された行 為類型を持 っ てい るが,
彼らが 相互関 係の なか に入れ ば,
そこ か ら 派 生 する一
種の 類 型 化が生 じ, 「こ の類型化は特 定の行 動パ ター
ンに よ っ て表 現さ れ る よ うに な る」 1の 。 そ し て,
こ の過 程で A,
B は相互に 自らの役割 を認識 す る よ うに なる。 このこ とに よっ て もたら され る最も重要な成果は 「両者の 相互作用 が予測 可能 な もの と なる」1 η こ とで あ る。 予 測 可能性に よっ て,
両者はか な りの程度緊 張か ら 解放され,
「別個に,
あるい は共 同して,
携わ るあ ら ゆ る外 的 作 業に おいて,
時 間と精力を節約で きるばか りで な く, そ れぞれの心 理学上の経 済に おい て も時 間と精力 の倹約が 可能になる」t8) 。 い わ ば,
先ほど述べ た 個 人 的 行 為の類 型化の効 用と同じ効用が生 じ るの で ある。 つ ま り,ルー
テ ィ ン の 領 域が広 くな り,決 断 や一
からの 思考の 重 荷か ら解 放され,
安 定 し た領 域を確 保 し てゆ くの だ。A
,B
の間にお け る相互作用 的行 為の類型化は制度 化 の初 期 段 階をなして い る。 厳 密な意 味で い え ばこ の行 為 の類 型 化に あた っ て も一
定の時 間が 不可欠であ る が,
世 代か ら世 代へ と受 け 継がれてゆ くこ とに よっ て,
つ ま り, よ り大きな時 間の フ ァ ク ター
が導入 さ れ るこ と に よ っ て,
制 度 化は よ り強固 な もの と な り,
客観性 とい う性格 を強 く帯び てゆ く。 バー
ガー=
リュ ッ クマ ンは,A
,B
両者が子供を持っ て い ると想 定 して,
こ の か ん の事 情 を 説明 して い る。A 。
B
にとっ て彼 らが 形 成した 類 型は, 程度の差 こ そ あ れ 彼らの手の元に あるが,
そ れ 以外の 者, 例 えば彼 らの子 供が こ の関 係の なか に参入 し て くる一 60 一
時 間と制 度化 (石川 晃司) と事情は異 なっ て く る。 子 供た ち は, か の類 型 (制 度 ) の形 成に何等与っ てい ないわけ だ か ら
,
「そ れは彼らに とっ て はあたか も 自然の ように , 少 な くとも その位 置づ けが不 透 明 な,
ひ とつ の現 実 として あ ら わ れる」19) 。 つ まり,
自然 現 象が客 観 性を持ち所 与 と し て現れ るの と 同 じ意味で,
彼らに とっ て これは所 与の社 会 的形 成 物と し て現 れるの であるb ま た,
こ の こ とに よっ て逆に,
親で ある A , B に とっ て も,
こ の類型 (制 度 )は 強 固なもの と なり,
彼らか ら離れた客観 的な意 味を有 する ようにな る。 そし て 「こ の よ うなもの とし て考え ら れた世 界は意 識のなか で固定性 を獲 得する」20) よ う に な る 。 後続の世代に とっ ては こ の こ との持つ 意味は よ り大 き な もの とな る。 後続の世 代に とっ て, 制 度は 「個 人の出 生に先 立っ て存在して お り,
彼の 生 活 史 上の 記 憶で は 追 跡しえ ない一
つ の歴 史 を もっ てい る。 そ れは彼 が 生まれ る前か ら そ こにあ り,
彼が死ん だ後 も そこ にあ りつ づけ るであ ろ う。 し かも, この歴史 自体が 既存の制 度の 伝統 として,
客 観 性 とい う性 格 を もっ てい る」!1) 。 この伝 統 はい うま で もなく,
個 人の記憶のな かIC
保 持さ れて い る もので はな く, 集団の記憶の なか に保持さ れ てい る。 自 らの手になる制 度に 関して は , 自らの個 人 的な記憶を辿 れぽその意 味に到 達 するこ とが で きるが, かな りの時間 を経た後で はその意味は不鮮明 な もの とな り,
辿 りき れ ない もの となる。 そこ で当 然の こ となが ら制 度 的世界は 正当 化 legitimation を要 求する こ と に な る。 つ ま り,
「その制度の意味 を そ れ を 正 当 化 する さまざ ま な 図 式 を 用い て 彼ら に説 明して や るこ とが必 要になる」黝 の で あ る。 制度的秩 序は拡大されてゆ くに し たがっ て,
「そ れ に対 応し た さま ざまな 正 当 化 図 式からなる天 蓋 を 発 達 さ せ , 認識 論上の 解 釈 と規 範 的 解 釈の双 方 を 防 禦 する天 幕 を 自 らの上に張 りめ ぐ らす よ うに な る 」23〕。
も ち ろん,
こ の全体にわ た る秩 序 化ば強 固に なるに つ れて 権 威を付 与 さ れ,
また そ れ を 逸 脱し た場 合に課さ れ る制 裁 措 置も 強 固 な もの として確 立さ れて ゆ くこ とに なる。一
制度 が形 成される端 緒は, バー
ガー
ニ リュ ッ クマ ン が 指摘す るよ うに, 習 慣 化・
類 型 化に求め ら れ る が,
そ れ が 制 度 と し て の枢 要な性 格を 帯び るの は時 間 性 (歴 史 性 }の次 元が導入 さ れ た と きである。
制 度は一
定の時 間 性 (歴 史 性} の な か で自 らを 「生 成 」 させ てゆ く。 制度は最 初か ら完 成 され た 固 定 的 な もの とし て与え られ てい る わけで は な く, 歴史のな かで磨 き あ げ られ,
つ ま りさまざまに 変 形 され 発 展さ せ られてゆ く。 こ の過 程は,
別の角度か ら みれ ば, 制 度の な か に経 験 的に獲 得された知 識がルー
テ ィ ン化され 在 庫 として 蓄積されてゆ くこ と を意 味し て い る。 つ ま り,
曲が り な りに も一
定 期 間存続して きた制 度の な か に は歴史的な叡 智が詰め込まれて お り,一
見し た とこ ろ 如 何に単 純 に見 え よ う と も,
その制 度の 背 後に は膨 大 な 知 識 在庫が 控 えてい るの である。 しかも, こ の 知 識 在 庫の大 半は,
反 省 的 意 識に よるとい うよ りも むし ろ経 験や感性と一
体化して形成さ れ た もの で あ り,
明 示 的なもの と し て私た ち に示 されて い る の はその な か の極 く一
端にす ぎ ない 。 制 度は さ ま ざ ま な作 用 連 関の なか か ら析出 して くるもの で あ り, 単 な る合 理 的 形 成 物で はな い 。 制度は そ の な かに不透明な歴史的沈澱を宿し て お り,
こ の歴史的 沈澱は と りも なお さず 自然醸成 的 な 意 味 の地帯を形 成して い る。
もち ろ ん,
反 省 的・
構成 的 意 識 に よっ て理 論 的 な 知の次元へ と も た ら され, そ れに よっ て 明 示 的な体 系 を 備 える こ と も ある。 だ が, そ うし た 見 え る制度は広大な領域 を 形 成 する見 え ない 制 度の一
部 を な すにす ぎ ない し, 同 様に, 理 論 的 な知 とい えど も広 大 な経験 的叡知の世界の部 分 的 な 取 り上 げ 直しとい う側 面 を強 くもた ざ る を え ない 。 理論的知 が既存の 知の世 界に 新しい一
面を付け 加え,
ま た制 度に新しい価 値 を 付 け 加 えるこ との可能性 を否 定 するもの で はない とし て も,
で あ る。 これ まで私た ち は,
人 間の意 識が構 成 的な側 面に限 定 されるもの で はな く制 度に よっ て嵌 入を受け て お りそれ 自体が制 度の所 産であるこ と, 意 識がその在 り方 として 制 度その もの を な す こ と,
等 を指 摘 して きた。
そ し て,
これに対 応 する世 界 もま た制度に よっ て徹 底 的な嵌入 を 受 けて お り,
制 度に よっ て成立せ し め ら れ てい るこ とを 指摘し た 。 人 間に とっ て 世界 と は,
と り も な お さず 「人 間 化 さ れた世 界 」を意味し てい る。
世 界は人 間の相 関 者 と して 現 れ るの で あっ て,
人間か ら別個に 独立し た世界 を考えるこ とは論 理 的に い っ て 不可 能である。 その意 味 で は人間 を論じ るこ と は, 世 界 を 論じる こ とと同 義であ る。 個人 と して の 人 間は人 間の歴史のなか に 高々七十余 年 登 場して 消 えてゆ く存在にす ぎ ない が,
か れの なか に は人 間の全 歴 史 過 程 が 〈関係 と し て〉凝縮され てい る と 考 えるべ きである。 い わ ば,
個 人 と人 間=
人 間 的世界 は , 〈関 係と し て〉相即 する側面 を もっ て いる 24) 。 4) 制 度 の諸層 これ まで私た ちは,
私たち に よっ て形 成さ れ た制度に一 61 一
相 模工業 大 学 紀 要 第
24
巻 第1
号 つ い て見て きた。 人 間的世 界は徹底 的に制 度化されて お り, そこ に含まれる私た ち個々 人 も例 外で は あ りえ な い 。 人 間的世 界は 「私 たち が形 成 した 」 制 度に よっ て満 た されて お り,
とりもなお さず制度 化 が 人 間 的 世 界 を 成 立 さ せてい る要件を な して い る。 こ の制度 化は明示的な 次 元で, つ まり反 省 的な意 識に よっ て捉 えられ合目的に 行 わ れる場合も あ る が,
大 半は 明 示 的 な 次 元に現 れずよ り深い層に広 大な領域 と して沈 澱し暗 黙の う ち に作動し て い る。 だ が, これまで見て きた制 度は , 程 度の差はあれ, 人 間 どう しが意識 しあっ て い る相 互 作 用に基づい て形 成 さ れた制 度で ある。 (制 度が 不透 明な側 面をもつ よ う に な る と は云っ て も, これは ひと度 形 成 され た 制 度 が 独 立 し た領 域をもつ よ うにな り, そ れ 自体と し て増 殖して ゆ く 傾 向 を もつ とい うこ と である。 こ の場合であっ て も,
制 度が形 成される端 緒が意識 的な 相 互作用であるこ とを 排 除 する もの で はない。 尚, この 問題につ いて は後に 論じ る。) 「制度の形 成」の項でバー
ガー
= リ=
ッ ク V ンが挙 げたA
,B
相 互 間の作 用に よっ て類 型 化= 制度化が 行わ れ るモ デル を 私た ち は既に見 たが, これはA , B とい う 独立 し た人格を 措 定し,
その相 互 作 用 を 基に し た議 論で ある。 つ ま り, これはい わばア ダ ム とイ ヴを最初に措 定 して制 度の形 成 を 論じ る議論である。 私た ち は最 初の人 間で も ない 限 り社 会のなか に生まれて くるのだ か ら,
こ れ が 制 度 形 成の重 要 なモデル と し て妥当する こと を 認め るに吝か で は ない。 だが,
人間が 社 会 的に形 成される と い うことが真実であるとす れ ば, ま た根源的 な 次 元か ら 行論し よう とす れ ば,
こ の ようなア ダム と イ ヴ を最初に 措定 し て か か る わけに はゆか ない 。 社 会性に関 しては社 会 性そ れ 自体か ら出 発 す る 他 ない。 つ ま り, 最初の人 間 は ど う して可能なの か,
人 間は どの よ うに し て人 間に な っ たのか, 根源 的な人 間の社 会 性 を 規定す る もの は何 か,
等の問 題が残っ てい る。
制 度の問 題 を 論じる に は こ の 次元 も射 程に 入 れ な け れ ば な らない。人間で あ るこ との本質は
,
対 自的意識に よっ て形 成さ れ た観念の世界をもつ こ とに ある。 こ の対自 的意識をも つ こ とに よっ て, 人 間は類的 本質存 在 と なるこ と がで ぎ る。 全ての生 物は,
生物である とい う点で 無機的 な 世界 か ら疎外 されて お り, そ れ 自体で異 和 を なし てい る。 こ れを吉本隆明に倣っ て 〈原 生 的 疎外〉 と呼ん でおけば, 人 間はさ らに 自己意識を もつ こ とに よっ て さ らに疎外 さ れた領域 を 所 有 してい る とい うこ とがで きる。 生物は外 界に対 す る一
定の 反 応様式 を もっ て お り,
その 意 味で習 慣 化され類型化さ れ た領 域を もっ て い る。一
般に人間以 外の生物の 場合, 習慣化=
秩序化の 意 味は, その 〈個 体〉 を 超 え 出るこ とは あ りえ ない。 仮に,一
定の共 同 生 活 を 営ん で い るように見 える動 物の場 合で あっ て も, そ れ は本 能的 な 次 元の もの で あ り, 自 覚 的 な 過 程に もた ら されて い る わけで は ない。
これに対 し,
人 間の場 合,
対 自的意 識を通 し て他者との関 係に 入 り込むこ と に よ っ て,
制度化=
秩 序化の意 味は, 個体と して の人間で はな く く私た ち〉に こそかかわ るこ とに なる。 自 己 を 確 証 す る対 自 的 意 識は, 必 然 的に他 者・
他在を媒 介に せ ざる を え ない。
他者とい う契機を中心 に して み た場 合,
個 体 と し ての人間は, 事 実と し て他 者との交 流の世界 すなわち.
■
〈私た ち〉の世 界に生 きて い る こ とに な る。 対自 的意識 を所 有 するこ と と他 者との相 互性の関係に入るこ とは厳 密に 同 時 的で ある。
人 間が 自己 意 識を所有し人間に なっ た とき, 同時に 〈私た ちの世界〉の 台 座が形 成さ れ るの で あ り,
他 者との間に, 様々 な対立・
抗 争が あるとし て も そ れは共 同的な世 界を前提 として の こ とで あ る。 先 に,
私た ちは,
世 界か ら独 立し た意 識 など存 在せず,
人 間と はその具体的 な 形態におい て は社会的諸関 係の総体 である とい うマ ル クス の言葉を 引 用 し たが, こ の人間の 社会性は初原的 レ ヴ ェ ル に おい て も妥 当 するの で ある。 前 反 省 的意識次元 に おい て,
既に 〈私た ち〉の交 流 が 成 立して い るので ある。 対 自的 意識をもつ こ とに よっ て 自 らを 世 界から観 念 的 に分離する こ とは, 混 沌と し ての 〈地> fond を差異化 してその上に一
定の意 味 を もつ く図>figure
を描 き出す こ とを 意 味 し てい るが,
こ の く図 〉 は,
人 間の場 合,
最 初か ら共同化さ れ た く私 た ち〉の世 界と し て与えら れ る の で ある。 こ の最 初の制 度 化 を 根 源 的 制 度 化 と呼ぶ とす れ ば,
こ の根 源 的 制度化に は, 言語や時間が根本 的 な要 因 として か かわっ て い る。 つ ま り, 言 語は自己意識が受 肉し た もの と し て, ま た時間は自 己 意 識の本 質を な す 脱 自的構 造と密 接な 連 関 を 有 するもの と し て。 ま た,
こ う い いたけ れば, 言語や時 間はそ れ 自体が根 源的 な制度を なして い る。 人 間 は 〈私 た ち 〉の世 界を整備し てゆ くため に, さ ま ざま な類型化を 行い,
さらに慣 習・規則・法律とい っ た合 目的的 な諸 制 度 を 案 出し てゆく。 だ が,
〈地 〉とく図 〉の 根 源的差 異 化, 自 己 意 識の受 肉 とし ての言語, さらに は 自 己 意 識の脱自的 構造を 可 能}こする時 間が, そ れ らの 諸 一 62一
時 間 と制 度 化 (石 川 晃 司〉 制 度の背 後にいわ ば根 源 的 制 度の よ うに控え てい るこ と を 忘 れるわ けには ゆ か ない。 これらの 自態は
,
い わば, 狭義の制 度 化 を 可 能にする 〈地 平〉 を形 成してい る。 こ こ まできて,
私 た ちは制 度に三つ の層を読み取るこ とがで きる。
す な わ ち,
まず 第一
に最 も 表 層の次 元 と し て,
目に 見え る制度が あ り,
これは反 省 的 意 識に よっ て 合目的に創 出 さ れ,
構 成 的 意 味の世 界をつ く りあげて い る。 次に,
目 に見 えない制度が あ り, これは知 識 在 庫とし て し まい込まれて し まっ た もの,
制 度 が 人 間の手 を離れ そ れ 自体で さ ま ざまな 影 響を受 けながら沈澱 させ たもの, ま た明 示 的 な 次 元に まで もたら され るこ と な く 形成さ れ たもの,
等の総 体を意 味してい る。
これ は,
私 た ちの反 省 的 意識の次元 とい うよ りは存 在の次 元におい て形 成された もの で あり,
自然発生的な意 味の地 帯 を 形 成して い る。
こ の と は 相対的 な 独 立性を保ち な が ら 相互に浸 透しあっ てい る。 つ まり に おい て形 成された もの が の な か1・
t蓄積保 持さ れ,
が Vこよっ て取り上 げ 直された りする とい っ た よ うに。
これ ら を く制 度 化され た制度 〉 と呼ん で お く とすれば, 最 後に, 最 も深 い層 と し て, 諸々 の制 度を 可能にする く地 平 と して の 制 度〉が ある。 こ の層は,
〈人間〉そ れ自体 を 可 能にする 本質 的・
普遍 的構 造の次 元を形 成する一
種の 〈底〉 で あ り,
これ な くし て は全て の 人 間的現 象は 不可能であ る。 これ らの 三つ の層は 〈制 度 とし ての時間〉を考える場 合 も 切 り離す ことが で ぎ ない。
注 ユ) こ の 問 題 にっ い て は, 拙 稿 「メル ロ = ボ ンテ ィ と 政治哲 学 」(『法学 研 究 』第 57 巻 第3
号, 昭 和 59 年3
月,
所 収 )で 論じて い る。 メ ル ロ = ボ ンテ ィ は 『知覚の現 象 学」冒 頭に おい て 「現象学的 還元 の最も偉大 な教訓は 完 全な還元 が不 可能だ とい う こ と で あ るj
と 述べ , 生活 世 界か ら出 発 すべ きこ とを言 明する。 2) メ ル ロ ニ ボン テ ィ の 後 期 思 想に お い て 「制 度 化 institution」の概念が 重要な役割を 担わ されて い る こ と は疑い が ない 。 晩 年の コ レー
ジュ・
ド・フ ラ ン ス で の 講 義 に おい て こ の 主 題 を 取 り上 げてい る (その 要旨につ い て は 『講義要 網』(邦 訳 『言語 と 自然 』)に 収め られて い る) し,
『見え る もの と 見 えない もの』に付さ れた 「研 究ノー
ト」の なか で も, この主 題 を意 識し て書かれた と思われる箇 所 がか な りある。 た だ,
残 念 な こ とに メル m = ボ ン テ ィ の 急逝に よっ て く制 度論〉の全面 的 展 開は お こ なわ れ な か っ た。 メル P = ボ ン テ ィ がこの主 題 にっ い て 語っ た こ と は あ ま り に も 断 片 的に過 ぎ, それ を基に し て彼の 考 えて い た く制 度〉 像を構 成 する こ と に は無理 が あ るが,
木 田 元 は 「メル ロ=
ボ ン テ ィ と 「制 度 化 」の概 念 」 (中 央大 学 文 学部 紀 要 』 第89
号, 昭 和 53 年3
月,
所 収 ) と 題 す る 優 れ た 論 文の な か で手 際よ くま とめ, 問 題 点を指 摘 して い る。 以下 の 部分は,
木 田論 文 も参 考 に しな が ら,
本 稿で の私の 関 心に した がっ て ま と め る。
3) Merleau・
Ponty,’
L
’<
institution
>dans
1’
histoire
personnelle et publique’
,
dans
1〜65配 〃 露6号 decozarg ,
Paris
,Gallimard
, 1968, p.
60.
(邦訳 「個人の 歴 史 および 公共の歴史にお ける 「制 度 化」」
,
滝 浦静 雄
・
木 田元訳 『言 語 と 自 然 』, みす ず 書 房, 1979 年, 所収,
45 頁〉。4
)Ibid.
, p.
59.
(同前, 44 頁 )。
5) 木田元 「メ ル v = ボ ン テ ィ と 「制 度 化」の概 念」, 14 頁。
6
)Merleau
・
Ponty,
op.
cit.
,
p.
60.
(メル ロ
=
ボ ンテ 1 前 掲 論文, 44 頁 )。 7)
Ibid.
,
p.
61.
(同前 )。
8
) 木 田 元,
前掲論 文, 16 頁。
9) 木 田は メル ロ=
ボー
テ ィ の制度 化の概念の 形成が 「フ ッ サー
ル の 後 期思 想に お い て重 要 な役割を果 た し た 『設 立 (Stiftung
)』お よび (Sedimentier−
ung )』沈澱とい う概 念との 出 台い が 必要で あ った」 (前掲 論 文
,
20 頁) と指 摘し,
これ らの 概 念 にっ い て次の よ うに説明を くわ え て い る。 例えば, 幾 何 学 とい う 文 化 形成体。 こ れ は最初か ら今
あ る体系 を もっ てい た わ けで は ない。 誰か に よっ て始 め ら れ た もの が
,
い ろ い ろな 入に よっ て受け 継 がれて,
拡 張 され, 修正 さ れ, 持続さ れて今あ る よ うな形 に なっ て い る。 この作 業を始め た最初 の 入 に とっ て は,
単な る 「も くろ み」の よ うな も の で あっ た で あ ろ う が, その 「も くろみ」が成 就 したとき, そ れ は 「くそれ 自体一
そ こに〉与 え ら れ てい る とい う意 識に おい て」 捉え ら れ る こ とに な る。 こ れ が 「明証 (根 源 的 明証)
J
に他な ら ない 。 「明証 と は『あ る存 在者 を,
そ れ が本 原 的に一
63一
相 模工 業大挙紀要 第 24 巻 第 1 号
10
) 11) 12)13
)14
) くそ れ 自体一
そ こに〉与 え ら れ て い る と い う意 識に おい て と ら え る』 とい うこ とであ る が, 『あ る も くろ みの首 尾 よい 実現は,
その行為主 体に と っ て は明 証で あ りそ の実 現の う ち に は, 実 現 さ れ た 意 味 が そ れ 自体 とし て本 原 的に現 存し てい る』。 この とき, 意味 形 成体が明 証的に 『設立』さ れ る の で ある』。 だ が, こ の明 証 性は, 「彼」だ けの も の で あ る。 (っ ま り 「主観の い わ ば 精 神 的 空 間 」に 存し て い るにす ぎない」 とい うわ けで ある。) で は, そ こ か ら 「客観 的 存 在を もち うる よ うな持 続 的 獲 得 物 」 「現 念的客 観 性」は どの よ うに し て生 じる の か。 v・
わ ば 「言語 身 体 (Sprachleib
)」 を も っ こ と によ っ て で あ る。
「言語共同 体 」の なか で,
ある個 人 (主観 )の 産 出行為 と産 出さ れ た もの が 他 の個人 (主 観 )に よっ て 能動 的 に追 理 解 さ れ る こ とが可 能に な り, その と き 同時に 「伝 達 を受け る者の 産 出 作 用と伝 達 する者の 産 出作 用 に おい て その精 神的 形成帯 が同一
で ある, とい う明 証的意 識 も 生 じ て くる」 (フ ッ サー
ル )の で あ り, 第一
段階の客観性が 成 立 す る。 こ の理念 的 客 観 性が幾 世代 も 通 じ て持 続 さ れるた め に は 「文 字に よる 表 現 」, 記 録 さ れ た 言 語 表 現」 (フ ッ サー
ル)が必 要 で ある。 この 記 録 さ れ た 言 語 表 現 は, 人 間に まず 最初に受 動 的に 熟 知され た 意 味を喚起 する が, こ の 受 動 的に 喚 起さ れ た意 味は能 動性に 転 化 さ れ 「再活性化」さ れ る。 つ ま り,
「書 き 記 さ れ る こ と に よ っ て,
意 味 形 成 体の根源的 存 在様態が転化 す る の であ り, そ の形 成体は い わ ば 『沈 澱』するわ け だ が そ れ を読む者が, そ れ を 再 び 明 証 的た らし め る の で あ り, 明 証 を再 活 性化 し う る の で ある」。 メル P = ボンテ ィ 『シー
二 a 』1
, 竹 内 芳 郎 監 訳, み すず 書 房, 1969 年, 150 頁。
尚,
原著は1960
年。 木 田に よれば,
フ ッ サー
ル は歴史をこ う し た 「根 源的 な意 味の設立 と意味の 沈 澱 とが相 互に共存し あい, 相互 に内 在 し合 う 生 き 生 き とした 運動 」と 考えて い た との こ と だが, こ の観 念が メル ロ = ボ ン テ nyに 大 き な影 響を与え た で あろ うこ と は い う まで もない 。 木田, 前掲論 文,25
頁。 同 前,
26 頁。 「弁証法の 冒険 』 (滝 浦・
木 田 。 田島 。 市 川 訳,
み15
) ) ) ) ) } ) ) ) ) 678901234 111122222一 64 一
すず書 房, 1972 年 )所 収。 尚, 原 著 は1955
年。
P.
L .
バー
ガー=
T.
ル ックマ ン 『日常 世 界の 構 成』, 山 口節郎 訳, 新 曜 社, 昭和52
年。 尚, 原 著 は1966
年o 同前,97
頁。 同 前, 98 頁。 同 前。 同 前, 102 頁。 同 前。 同前103
頁。
同 前, 107 頁。 同 前。 因 み に, この 関係の 「大 枠 」 をマ ル クス は 明 快に 述べ て い る。 マ ル クス によれ ば, 「諸 個 人 はい っ で も自分自 身か ら出 発し」てい るが 「もち ろ んあ た え ら れ た 歴史的諸 条 件および諸 関 係の内部に あ る 自 分 自 身か らで あっ て, イ デオ ロー
グた ち がい うよ うな 『純 粋な』 個人 と し て の 自分自身か らで は ない」(『ドイ ツ ・ イデオロ ギー
』)。 世 界 (環 界) か ら分離 さ れ た 「意識」なる もの は, 観 念論者の 頭の なか に棲 息 し てい る にす ぎ ない の で あっ て,「意 識