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軍機処上諭档中の中琉関係史料: 沖縄地域学リポジトリ

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Title

軍機処上諭档中の中琉関係史料

Author(s)

鄒, 愛蓮; 外間, みどり(訳)

Citation

史料編集室紀要(27): 59-64

Issue Date

2002-03-26

URL

http://hdl.handle.net/20.500.12001/8248

Rights

沖縄県教育委員会

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史 料 編集 室 紀 要 第

27

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2002)

軍機処上諭梢 中の中琉 関係史料

中国第一歴史梢薬餌副館長

翻訳 外 間み ど り 清朝 は順治十年 (1653)か ら光緒九年 (1879) までの二百年 間、琉球王国 と親密で友好 的な宗藩 関係 を保 持 してきた。頻繁 に行われた冊封 ・朝貢 ・賞賜 ・謝恩お よび海上での遭 難救助 な ど様 々な公 の交流往来の中で、清朝の中央政府機 関は大量の中琉関係梢案文書 を 作 り出 した。 これ らの梢案 には題本 上奏本 ・奏摺 ・表文等の官僚の上奏文、詔書 ・勅命 ・ 諭 旨 ・諭祭文等の皇帝 の詔令文書、また苓文 。知照 ・移会 ・移付等、各機 関が中琉の交流 往来の事務 を処理す る中で出てきた往復文書、 さらに 「琉球案」 をめ ぐって中国 と日本両 国で往復 、交渉 され た照会 ・問答の覚 え書 き等の文書がある。上諭梢 は これ らの梢案 の中 で最 も重要 な部分 である。 この八年来、中国第一歴史梢案館 では関係職員 を組織 して、上 諭梢 の中琉 関係 史料 について調査 を行 って きたが

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余冊 の梢案 の中か ら、最終的 に

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余件 の 中琉 関係 史料 を選び出 した。本文ではこれ らの梢案史料 について簡単な紹介 を したい。

1。上諭楢 中の中琉 関係史料の形成

上諭 は晴代 の皇帝 が 日常の政務 を処理す る中で発布 した命令や指示であ り、上諭梢 とは 軍機 大 臣が皇帝 の各種 の上諭 をま とめ写 した桔 冊で、 「上諭簿」 とも称 され、明発上諭 ・ 廷寄上諭 。電報電 旨な どが含 まれ、諭 旨と通称 され る。 「諭」 とは、最 も早い時期 には、上級機 関か ら下級機 関に指示 ・命令す るものの通称 で あって、君 臣が ともに使用 できるものであった。『宋史』職官志 には 「官吏は梼諭 を用い な て以 て人民 を告諭 し、皇帝 は戒辞 を徹 して以て百官 を諭すO」の記載 があるO晴代 にな る と、皇帝か ら下達す る諭令 にはすべて 「上」の文字が頭 に冠 され、 これ によって 「上諭」 は皇帝が専用す る文書 となった。 「旨」 とは本来 は考 え とい う意味である。唐 朝の時か ら 皇帝が臣下 を派遣す る ときに 口頭で伝達す る命令 を 「聖 旨」 と呼ぶ よ うになった。晴代 は

ZoUAilian (TsouAillien),trams.HoKAMAMidori:ArchivesHoldingsofImpeiarlEdictsoftheCouncil

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乾隆時期 に、大学士張廷玉の建議が採用 され、諭 と旨の選定 。処理の規則 が規定 された。 両者 の区別 は、皇帝が特別 に発布す る命令 を 「諭」 と称 し、大臣が皇帝に奏請 して発布 さ れ る指示 。意見 を 「旨」 と称 した。ただ し奏請 して発布 され るものであって も、国内外 に 発表す る命令 については 「諭」 と呼んだ。電報 ・電 旨は清朝後期 に電報で発布 された皇帝 の命令 である。 上諭 が下達 され る形式はその秘密の程度 によって異なる。 国内外 に公 に示 して もよい上 諭 は、内閣が文書 の写 しを下級機 関に発送 し、 「明発上諭」 あるいは 「明発諭 旨」 と称す る。 この種 の上諭 は 「某年某月内閣奉上諭」 あるいは 「某年某月 内閣奉 旨」で始ま り、結 尾 に署名 はない。 内容 が比較的機密 で国内外 に公 に示す ことのできない諭 旨は、軍機大 臣 が起草 し、皇帝の審査決定 あるいは朱批 を-たのち、軍機処か ら兵部に渡 され駅砧 によっ て、直接 、命令 を受 ける人物 に発送 され る。 この種 の諭 旨は 「寄信諭 旨」。「寄信上諭」あ るいは 「廷寄諭 旨J・「廷寄上論い 「字寄上諭」等 と称 され 、特に機密性が強い ものについ ては 「密 寄上諭 」 と称 された。 その書式は 「軍機大 臣字寄 (或いは 「密寄」)某某人、某 年某月奉上諭」では じま り、 「為此寄信前来」の句で結んでいる。 これ らの大量で各種各様 の上諭 をきちん と整理 された記録 として保存 してい くために、 清朝 は康 無朝 か ら正式 に秦抄 (訳注:抄写 してま とめる)制度 を実施 した。 この作業 は内 閣に よって行 われ た。初 めは半月、一 ケ月 あるいは数 ヶ月 を一冊 とし、冊は折 り畳み式の もの を 「諭 旨桑存」 とよび、簿冊式の ものを 「上伝梢」 とよんでい る。軍機処成立後、皇 帝 の た め に上 諭 を起 草 す る こ とが軍機 処 の主 要 な仕 事 とな り、 した が って乾 隆元 年 (1736)か ら軍機処が起草す る諭 旨は、皇帝の決裁 を- る と、すべて軍機処 に戻 され、軍 機処 の当直の章京 によって 日ごとに、また条 目ごとに特定の簿冊に記録 され るよ うになっ たO-月 ごとに一冊 に した ものを 「現月梢」 とし、毎年別 に 「現月梢」の副本一部 をつ く る。季節 に よって分 けて 「春季梢」・「夏季桔」・「秋季梢JI「冬季梢」 とし、 「四季桔」 と 総称 した。 これ らの梢冊は軍機処 において作成 され るので、 これ を 「軍機処上諭梢」 と称 してい るO 中国第-歴史梢案館 の所蔵す る軍機処上諭梢 は、乾隆元年 (1736)か ら宣統三 午

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まで合 わせて

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余冊ある。 ここで紹介す る中琉 関係 史料 は これ らの梢冊の中 か ら調べ出 した ものである。 この他 にまた 「洋務梢」。「電寄梢J・「寄信枯」等の特定項 目 に関す る上諭梢 も今回紹介す る史料 に含 まれてい る。 中琉 関係 に関す る上諭 で数量的に多 い ものは明発上諭 である。すなわち軍機処が起草 し、皇帝の決裁 を-てあ と、内閣 よ り礼 部 ・福建等 の関係街 門や省 に執行す るよ う通知 し、国内外 にも知 らせ る上諭 である。 これ らの梢案史料 は春 夏秋冬の各梢冊の中に分散 してお り、その内容 は中琉 関係 の各方面 に及 んでい る。

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史料 編 集 室 紀 要 第 27号 (2002) 軍機処では毎 日皇帝が下 した諭 旨を登録す ると、その諭 旨を兵部 に渡 して発送 させ る。 軍機処で作成 された諭 旨の草稿 は、当直の章京が領班 の章京 と一緒 になって監督 し、 日ご とに全部焼却す る。軍機処は文書処理 の過程 で、毎 日発せ られた諭 旨を簿冊 に記録、保存 して、後 日の調査 の備 えとす るが、起草 した一切 の諭 旨の草稿 はすべて焼却 して しま うた め、上諭梢の価値 は非常に重要である。すなわち上諭梢は完全 に諭 旨の正本、原本の法的 価値 を備 え持 ってい ると言 える。

2.

上諭楢 中の中琉関係史料 の内容

軍機処上諭梢 (洋務梢 ・電寄梢 を含む)か ら探 し出せた中琉関係 史料 は今 の ところ257 件 、乾隆朝が36件、嘉慶朝が52件 、遺光朝が93件、威豊朝が37件、同治朝が24件 、光緒朝 が15件 である。史料 の時期 は乾隆二年 (1737)か ら光緒九年 (1883)まで、内容 は主 に下 記 のい くつかの分野 に含 まれ てい る。 1 冊封任の派遣に関す るもの 清朝 は合計8回、琉球 に冊封使 を派遣 してい る。軍機処上諭梢 に見 える記載 は5回、す なわ ち乾隆二十年 (1755)全魁 ・周煙 を派遣 して尚穆 を冊封 、嘉慶五年 (1800)超文棺 。 李鼎元 を派遣 して尚温 を冊封、嘉慶十三年 (1808)斉鰻 ・費錫章 を派遣 して尚潮 を冊封、 道光八年 (1828)林鴻年 ・高人鑑 を派遣 して尚青 を冊封、同治四年 (1865)超新 。干光 甲 を派遣 して尚泰 を冊封 した記載である。つま り乾隆朝か ら琉球国に冊封使 が派遣 され るた び に、清朝の皇帝が発布す る諭 旨や上諭 はみな特別 に記載 された。 これ らの諭 旨の内容 は 以下の とお りである。 (1)冊封使 の選 出 と準備。礼部 に翰林院 ・内閣中書な どの役職 か ら冊封使 の選 出お よび選 出 された冊封使 との接見を命 じた もの、関係部門に冊封使 が琉球 に赴 く際に携帯が許 さ れ る物 品、船隻お よび経費わ決算報告の指示 を命 じた ものな どが含 まれ る。 (2)冊封使 に対す る要求。冊封使 は職 を越 えて余計な ことを してはい けない こ と、琉球側 か らの贈金 を額外 に受 け取 ってはいけない こと。 また冊封使が琉球関係 の書物 に 目を通 してい るか、琉球 の風土や民情 に対す る理解 の情況な どを調べた ものが含 まれ てい る。 (3)冊封使 に対す る帰国後の奨励 と賞罰。冊封位が冊封 の任務 を終 え帰 国す る と、その琉 球 での行動 を詳 しく調べ、ある者 は表彰 され、ある者 は戒告を受 け、ある者 は奨励 され、 またある者 は降格処分 を受 けた。 (4)姻祖 への加封。 毎回冊封使 が琉球-赴 く際、ある者 は遭難す るも吉祥 を得 て命拾い し

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た り、またある者 は往復無事 に航海できた りした。清朝 はこれ を海神蛎祖 の保護である と見な し、冊封使 の出発前 あるいは帰国後に、 しば しば蝿祖-の称号を追加 し、姫祖 の 地位 の向上 を行 った。かつ毎回加 え られ る封号はすべて皇帝の御筆であったため、上諭 梢 には これ に関わ る記載が残 ってい るのである。 2 琉球の貢使、請封使の接待に関す るもの 清一代 を通 して、琉球 国は百回に も上 る使節 を派遣 して清朝 に進貢、請封 を行 った。毎 回、貢使 の入 国接待、北京- の護送 に始 ま り、貢使が北京 を離れ琉球 に帰 国す るまでの数 ヶ月間の各種 の重要な行動 について、上諭 の中には多 くの記載がある。 これ もまた上諭梢 に見 られ る中琉関係 の最 も多い内容 の部分であ り

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件 中

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件余 が これ である。例 えば 貢位 の北京入京前 にあっては、福建省 な どの地方官に命 じて、貢使 の接待 、北京-の護送、 北京までの道 中での世話等が割 り振 りされ る。責任 の北京入京後 にあっては、礼部や内務 府 な どの官員 に命 じて、酒宴-の招待、進貢晶を鑑賞 した り、観劇や数人 が集 って詩 を連 ね る聯詩- の招待 、また賞賜 な どが行われ る。貢使が北京 を離れ帰国す るにあたっては、 琉球国王 。王妃 。王男 ・使 臣に対す る賞賜品 リス ト、頒布 され る詔等の文書や皇帝御筆 に よる扇額等 の記載 がある。 また頁使 を接待、護送す る過程で、期 限に遅れ た り、充分な接 待 ができなかった官員 に対す る謹責 な どの記事 もある。 3 琉球の官生に関す るもの 調べ 出 され た軍機処上諭梢 には、主 に道光帝や 同治帝が慣例 によ り、琉球の官生が国子 監で学ぶ ことを許可す る上諭 、琉球 の官生 を酒宴 に招待す る上諭 、 さらに官生に付 き従 う 随行人 の定員 を制限 した諭令 な どがある。 4 海上での遭難救助に関す るもの 中国 と琉球 は蓮か大海 を隔てて交流往来 した。その往来は唯一航海 に頼 り、海難事故 は よく発生 した。そのため歴 史上、中国 と琉球は ともに遭難船 の救助 を非常 に重視 した。清 朝 は琉球の遭難船 の救助 を最 も重視 してお り、伝統的な人道主義や 、また藩属国に対す る 懐柔政策 を持 ち出 してい るので、清朝の皇帝が遭難船 の救助 に関 してたびたび直接 口を挟 んだ りしてい る。特 に乾隆二年

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に乾隆帝が琉球の遭難船 に対 して 「よく心 して救 済す る」 よ うに との諭 旨を下 し、救助 に関す る基準が規定 されてか らは、琉球の漂流遭難 船 の救助 については地方官員 の責任 であ り、義務 となった。すなわちひ とたび救助 の必要 な事件 が起 こる と、地方官員 は直 ちに 自発的に朝廷 に上奏報告す る。 したがって上諭梢 に

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史 料 編 集 室 紀 要 第 27号 (2002) は これ に関す る記載 が非常に大 きな比重 を占めてい る。例 えば、一般 の遭難船 に対 しては、 官員 は尽力 して救助救済にあたること、遭難民に穀物 を支給す ることに関す る諭 旨がある。 また救助 に尽力 した官員 を奨励 した諭 旨がある一方 、救助 に力 を尽 くさなか った官員 を詰 責す る諭 旨がある。遭難 した貢船 に対 しては、上述 した内容 に類似 した諭 旨のほか、貢使 をいたわった り、貢使 に賞賜晶を贈 った り、琉球国王に貢使 を責めない よ うに とのべた内 容 の ものや、 このたびの進貢品は免 除す るとした等の諭 旨がある。海上での遭難 に対す る 救助 は双方の行為であるので、上諭梢 には琉球国が救助 した中国の遭難民や遭難船の記載 お よび清朝皇帝が 中国の遭難船 を救助 した琉球の官員や琉球国王 に対 して表彰 を行った り 賞賜 品を贈 った りした諭 旨がある。 5 琉球に与 えられた優遇的処置や配慮の政策などに関す るもの 乾隆二十八年 (1763)、琉球国に絹糸の購入 を許可 した上諭、乾隆五十 四年 (1789)、琉 球国に漢方薬 の原料 である大黄の購入 を許可 した上諭 、また嘉慶帝や道光帝が琉球に対 し て何度 も謝恩の買物 を次回の進貢時の進貢方物にあてるよ うに と、特別 なはか らいがな さ れた上諭 な どが含 まれてい る。 6 特別な事柄 に関す るもの ここで重要 な ものには次の よ うな ものがある。道光二十八年 (1844)、 フランス ・イギ リスの戦艦 が琉球 に入港 した事件 が発生す る と、道光帝、成豊帝が両広総督 ・闇漸総督な どの官員 に命 じて事件 の真相 を詳 しく調べ させた り、イギ リス と交渉 させた り、琉球 よ り 撤退す るよ う促 し勧告 させ た りした上諭 がある。 また光緒初年、琉球が清朝-進貢す るこ とを 日本が阻止 した事件や琉球処分案 をめ ぐって清朝の皇帝が関係大 臣にはかった一連の 上諭 があ り、また 「琉球案 」の発生後 、清政府 が東南沿海 の防備 を強化 した り、戦備 を強 化 した ことに関す る字寄上諭 な どがある。 7 その他 晴代の中琉関係 は密接 で、交流 も頻繁 である。それ ゆえ上述 した主要な内容以外 にも、 軍機処上諭梢 にはその他各方面の記載がある。た とえば琉球の商船が 中国の沿海 で盗賊 の 強奪 にあった場合、 関係地方 に迅速 に逮捕す るよ う命令 した り、逮捕 に力 を尽 くさなかっ た官員 を厳罰 に処 した り、琉球の商船 の損失 を賠償す ることに関す る諭 旨がある。 また新 皇帝が即位 したので、琉球 国に文書 を出す際の呼称 をあ らためるよ うに と指示す る諭 旨、 琉球 に貢期 をあ らためるよ うに とす るもの、冊封使節人員 の琉球 にお ける病故お よび琉球

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史料 編集 室 紀 要 第27号 (2002) 貢位 の中国にお ける病故 の事後処理 に関す る諭 旨な どがある。

3。上諭梢 中の中琉関係史料の価値

軍機処上諭梢 中の中琉 関係史料は、内容が豊富なばか りでな く、史料的価値 も高い。 ま ず、皇帝の諭 旨 として、晴代 においては他 の文書が比べ ることのできない権威的役割 を持 ち、現代 においては他 の文書が取 って代わることのできない研究価値 を備 えてい る。晴代 の皇帝 は至上最高 の権力 と地位 を保持 し、皇帝のお言葉 はすなわち法律で あった。その皇 帝の命令 と指示 を集 めた ものが上諭梢 である。つま り上諭梢 の中の中琉 関係史料は、清朝 の皇帝の琉球 関係 に対す る態度 を集約 的に反映、代表 し、また中琉 関係発展の原則 と方向 性 を決定 してお り、今 日私たちが中琉関係史を研究す る上で重要な文献史料であると言 える。 次に、前述 した よ うに軍機処上諭相 中の中琉関係史料 は、乾隆二年 (1737)か ら光緒九 午 (1883)まで、内容 は中琉関係 の各方面に及び、重要な歴史的事項が記載 されてい る。 また毎回の冊封 ・進貢 な どの通常の事項が、非常に系統的に整理、記載 されている。 た と えば毎回琉球 の進貢使節 が北京 に入京す ると、上諭 では慣例的に下記 の文書が作成 され るO すなわち頁使 の名 簿 ・貢使への賞賜品 リス ト 。琉球 国王-の賞賜品 リス ト ・紫光関での宴 席 にお ける頁使等 -の賞賜品 リス ト 。貢使 の和詩 (訳注:皇帝 の詩 に唱和 し、詩 を作成) の際に貢使や国王-贈 られ る賞賜品の リス トな どである。 このよ うに以前 は捜 しに くかっ た資料が上諭楢 では一 目瞭然 とな り、系統的に整理 されてい るがゆえにその利用価値 も突 出 してい る。 さらに、上諭梢 に記載 されてい る事項は、すべて皇帝 自ら直接かかわった ものである。 また軍機処 での上諭梢 の起草原稿 はすべて焼却 されたため、現存す る上諭梢 は完全 に原本 と同 じ法的効力 を備 える一種 の重要事件 の記録 であ り、それ を補足す るものである。 た と えば上諭か らは清朝政府 の 「琉球案」 に対す る態度や政策決定の変化 、当時の辺境 問題 の 種 々交錯 した矛盾 な どがはっき りと理解できる。 また貢使 の和詩 に関す るものも上諭梢か ら兄いだせ る。す なわち乾隆五十年 (1785)以前はまだ少ないが、その後琉球の貢使 は毎 回積極的に詩 をつ くってお り、威豊朝 に至っては、琉球 の貢使毛種美 ・察 士俊の和詩が上 諭梢 に記録 され てい る。 これ らはすべてその他 の梢案史料 にはない ものである。それ ゆえ、 上諭梢の中琉 関係史料 は他 の史料 と比較 して十分 に研 究価値 を持 ってい る と言える。 ※本稿は2001年6月22日 (金)、平成13年度第一回歴代宝案編集調査委員会において、中国第一歴 史梢案館緋愛蓮副館長が参考人として発表された内容を翻訳 したものである。なお上述 した中国 第一歴史梢案館所蔵の軍機処上諭梢から調べだされた琉球関係史料マイクロフィルム257件およ び 目録は6月 19日(火)に沖縄県教育委員会に提供された。

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