特集にあたって -- いま長江デルタでなにが起きて
いるか (特集 中国の都市と産業集積 -- 長江デル
タでなにが起きているか)
著者
加藤 弘之
権利
Copyrights 日本貿易振興機構(ジェトロ)アジア
経済研究所 / Institute of Developing
Economies, Japan External Trade Organization
(IDE-JETRO) http://www.ide.go.jp
雑誌名
アジ研ワールド・トレンド
巻
197
ページ
2-3
発行年
2012-02
出版者
日本貿易振興機構アジア経済研究所
URL
http://hdl.handle.net/2344/00004055
過去 四 半 世紀 を 振 り 返 っ て 、 世 界 の 中で 最 も 激 し い変 貌 を 遂 げ た 地域を 一 つ だ け 選 ぶ と す れ ば 、 迷 わ ず中 国長江 デ ル タ を 取 り上げ た い 。 一 九 七八 年に中 国 が 改 革 開 放に着 手し て か ら 、 沿 海 部は ひ と し く 急 成長を 遂 げ た が 、 そ の 中 で も 一 九 九〇 年 に 上 海 浦 東 開 発 が 提 起 さ れ て以 降 、 長 江 デルタは 飛 び 抜 け た 成長を 実 現 し た 。 長江 デ ル タ 急 成 長の 一 方 の 担 い手 は 外 資 企 業で ある が 、 国 内 企業 の 中 で は 私 営 企業 の 発展 が 果 た し た 貢 献を 見 逃 す こ と はで き な い 。 浙 江 省 義 烏 市 の 雑 貨 品市場 に は 四 万店 を 越 え る 店舗が あり 、 ありとあら ゆ る 雑 貨 品 を 求 め て 世 界 各 地 から バ イ ヤー が 蝟 集 して いる 。 こ の 事 例 に 象 徴 さ れ る よう に 、 ご く 零 細 な 中 小 企 業 を 含 め、 数 限 り な い 私 営 企 業 が こ の 地 域に大 量 に生まれ 、 そ れら が 相 互 に激 し い 競 争 を 繰 り 返 す 中 で 多 種 多様 な 産 業集積が 形成 さ れ た 。 そ のこ と が 、 長 江 デ ル タ の 急 成 長 を 解き 明か す カ ギ を 握 っ て い る 。 多種多様な産業集積は今後も生 き残って発展を続けるだろうか 。 産業集積が引き起こした都市近郊 農村の経済社会構造の大変動は 、 どのような新たな課題を私たちに 提示しているのだろうか。本特集 の目的は、中国経済の明日を占う 長江デルタのいまをさまざまな角 度から明らかにすることにある。
●長江デルタの占める位置
長江デルタは長江︵揚子江︶下 流域をさす総称である。広義の長 江デルタには 、江蘇省 、浙江省 、 上海市の二省一市が含まれる。狭 義の長江デルタには、江蘇の八都 市︵南京、揚州、南通、鎮江、常 州、無錫、蘇州、泰州︶と、浙江 の七都市︵杭州、嘉興、湖州、寧 波、紹興、舟山、台州︶に、直轄 市である上海市を加えた一六都市 が含まれる。 長江デルタは近代以降の中国に とって常に経済の中心地の一つで あった。図 1は、長江デルタの G DP が全国に占めるシェアの歴史 的な変化をみた。 この図によれば、 人民共和国建国初期の一六・四 % から改革開放が始まった一九七八 年の一七・八 % まで、長江デルタ のシェアは微増に留まった。伝統 的な社会主義時代において、長江 デルタはその経済的地位を保持し たといえるが、その後の急成長と 比較すれば停滞していたともいえ る。改革開放後、江蘇、浙江は順 調に成長したものの、上海が相対 的に停滞したため、一九九〇年ま でに長江デルタのシェアは低下し た。一九九〇年代に入ると、上海 浦東開発をきっかけに成長が加速 し、二〇〇〇年にそのシェアは二 〇 % を超えた。二〇〇〇年以降は シェアの伸びが鈍化し、二〇一〇 年は二〇〇〇年とほとんど変わら ない水準にある。とはいえ、広州 を中心とした珠江デルタ 、北京 ・ 天津を中心とした環渤海地域と並 んで、長江デルタが沿海部に形成 された三大集積地の一つとして 、 重要な地位を占めていることは間 違いない。●
なぜいま長江デルタに注目するか 長江デルタに注目する第一の理 由は、この地域が中国の中で最も 著しい成長を遂げた先進地域であ り、全国の動向をいわば先取りし ていると考えられるからである 。 二〇〇八年のリーマン・ショック 以来、中国は輸出に過度に依存し た経済構造を改変し、外需主導型 から内需主導型への転換を模索し ている。その過程で注目されてい 図1 長江デルタGDPの全国シェアの変化 25 20 15 10 5 0 ■浙江 ■江蘇 ■上海 1952 1978 1990 2000 2010 (出所)『新中国五十五年統計資料彙編』および『中国統計年鑑』 各年版より作成。︱
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アジ研ワールド・トレンド No.197 (2012. 2)るのが、都市化の動向である。改 革開放以来、中国の都市化比率は 着実に増加してきた。こうした動 きがとくに加速しているように見 える理由は、既存都市における人 口の社会増だけに止まらず、都市 地域が農村地域に浸食するように 膨張して農村が都市となる、いわ ゆる﹁農村都市化﹂が進んだから だと考えられる。従来、中国は都 市と農村とを峻別する制度障壁を 設けて、両者の融合を厳しく制約 してきたが、市場化の進展にとも ない、都市と農村との一体化を政 府としても積極的に進めざるをえ なくなった。その結果、新たな産 業集積地の勃興、耕地の非農業用 地への転用や外来人口の流入・定 着といった、これまで中国が経験 したことがない現象が集中して起 きることになり、それがさまざま な矛盾や軋轢を生み出している 。 これらの点をミクロレベルの調査 データをもとに実証的に明らかに することは、中国経済の持続的発 展を考えるうえで、欠くことがで きない研究課題である。 第二 の理 由 は 、 長 江 デ ルタ が 特 別の歴 史 的 背 景 を 持 っ て い る こ と で あ る 。 改革 開放初期 の 一 九 八 〇 年代 、 突 如出 現 し て 私 た ち を 驚 か せ た ﹁郷鎮企 業﹂ は 、 長江 デ ル タ に生まれ 、 急 成 長 し た 農 村 企 業 で あ る 。 当 時 、 郷村政府が 主 導 的 な 役割 を 担 う ﹁ 蘇南 モ デ ル ﹂ と 、 農 民の 個 人 経 営 を 主 と す る ﹁ 温 州 モ デル ﹂が 対 比 され 、 そ の優 劣 が 盛 ん に 論 じられた 。 とくに 、 地 方 政 府が あ た か も 企 業 の 取締役会 の ご と く 振 る 舞う蘇南 モ デ ル は 内 外 の 注目を集め た 。 と こ ろ が 一 九 九 〇 年 代に入ると 、 郷 鎮 企 業 の所 有 制 改 革が 進 み 、 九 〇年代末 ま で に ほ と んど の 郷 鎮 企 業 が 民 営 化さ れ て し まった 。 こ う し た 動 き を さ し て 、 蘇 南モ デル は 温 州モ デル に収 斂 し た とする 議 論 も あるが 、 必 ず しも 実 態は それ ほど単 純 で は な い 。 今 日 の 地 方政府 は 、 企 業 を 自 ら 経営す るこ と は せ ず に 、 積 極 的 に 私 営 企 業を 引き 込 む こ と に 力 を 入 れ 、 生 産要素 、 と く に 土 地 開 発権 の コ ン トロ ー ル に 力 点 を 置 く よ う に な っ た。 要 す る に 、 地 方 政 府 は 決 し て 主導 的な役 割 を放 棄し た わ け で は なく 、 依 然と し て 地 域 の発 展に重 要な役 割 を担 っ て い る 。 図 2は、 企業 、 土 地 、 労 働 力を操 っ て 地 元 経 済 の振 興 を 図る 地 方 政 府 の役 割 を図 式 化 し よ うと したも の である。 第三の理由は、長江デルタが空 間経済学に基づく実証研究のため の貴重なフィードを提供している ことである。近年、経済学の新し い領域として空間経済学が注目を 集め、標準的なテキストも出版さ れるようになり、空間計量といっ た手法も開発されるようになっ た。しかしながら、理論面の進展 が華々しいのに比較すると、実証 面ではまだ見るべき成果が少ない ように思われる。その最大の理由 は、信頼に足る実証データを集め ることがむずかしいからである 。 長江デルタは、近年、急速に経済 発展が進み、郷鎮レベルにおいて さえ厚みのある多様な産業集積が 形成され、なお激しい勢いで成長 を遂げつつある世界でもまれに見 る地域である。この意味からいっ て、長江デルタは産業集積研究の いわば﹁インキュベータ﹂のよう な存在なのである。