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「英語での発信」は誰に不利益をもたらすか -- 「孵卵器」としての日本語論文 (特集「英語の世紀」の地域研究)

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(1)

「英語での発信」は誰に不利益をもたらすか -- 「

孵卵器」としての日本語論文 (特集「英語の世紀」

の地域研究)

著者

佐藤 章

権利

Copyrights 日本貿易振興機構(ジェトロ)アジア

経済研究所 / Institute of Developing

Economies, Japan External Trade Organization

(IDE-JETRO) http://www.ide.go.jp

雑誌名

アジ研ワールド・トレンド

178

ページ

5-7

発行年

2010-07

出版者

日本貿易振興機構アジア経済研究所

URL

http://hdl.handle.net/2344/00004458

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アジ研ワールド・トレンド No.178 (2010. 7)

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●日本アフリカ学会

世界の特定の地域名を冠した学 会が日本に数ある中で、日本アフ リ カ 学 会 は、 ア フ リ カ を 共 通 の フィールドとするさまざまな分野 の研究者が、文系、理系の垣根を 越えて交流し合うところに特徴が ある。この文理共属ぶりを堪能で きるのが、毎年五月に開催される 学術大会である。 口頭発表は三会場制で行われる が、直近の選挙結果に関する政治 学の報告や数式を駆使した経済分 析がなされる会場の隣では、マウ ンテンゴリラの生態や新種の昆虫 に関する報告がなされていたりす る。政治研究が専門の筆者は、本 来は政治関連の会場に行くべきか と思いつつも、同じ分野なら論文 でも読む機会があるだろうからと 自分に口実を言い、日頃触れるこ とのできない理系の報告を聴きに 行くのが大好きである。新たな症 例の記載、古人類化石の発見、活 火 山 の 動 向、 気 候 変 動 の 影 響、 等 々、 理 系 研 究 者 た ち の 報 告 は、 文系研究者にとって未知の知識の 興味深さはもちろん、アフリカを 舞台にして展開される研究活動の 幅広さと奥深さ、そして分野は違 えども研究というもののすばらし さを教えてくれる。   親しくさせていただいている応 用昆虫学の専門家によれば(彼は アフリカの在来農業に見られる混 作農法の持つ害虫抑制効果の検証 に 取 り 組 ん で い る )、 た い て い の 理系の研究者は、自分が行ってい る中心となる研究成果は海外の学 会や英文ジャーナルで発表するの が標準であり、業績評価でも英語 のものが重視されるから、日本の 学会での報告は業績という面では ほとんど意義がないのだ、 と言う。   にもかかわらず、日本アフリカ 学会での報告は楽しみだと彼は言 う。なぜかといえば、自分の分野 の 専 門 家 で は な い 聴 衆 を 相 手 に、 自分の研究のエッセンスをわかり やすく、興味深く伝えることが面 白いからだ、と。研究者自らがわ かりやすく語る最先端の研究成果 ││道理で興味深い報告をたくさ ん聴かせて頂けるわけである。

●二言語併用とダイグロシア

  昆虫学者の彼に代表される理系 研究者たちが、英語圏と日本語圏 を ま た に か け て 実 践 し て い る 執 筆・報告の仕方は、研究者が日英 の二言語を併用する際の一つのモ デルを提示してくれる。このモデ ルは、近年、日本の人文・社会科 学に対しても叫ばれるようになっ てきた「英語での発信」をめぐる 問題を考えるうえで、格好の手が かりとなる。   このモデルにおいて、 研究者は、 先 端 的、 専 門 的 な 内 容 は 英 語 で、 他方、それほど難解ではなく、非 専門家の知的欲求に答える内容は 日本語で、それぞれ執筆・報告し ている。日英二つの言語は、異な るコミュニケーション圏(想定読 者・聴衆)と、その圏域に適した 異なる表現様式(話題、内容の難 易度、語り口)に対応した分業関 係 に あ る こ と に な る。 す な わ ち、 これら二言語の関係は対等ではな く、学術知識の専門性という尺度 に照らせば、英語が主で、日本語 が従となる。   対等な関係にない複数言語の併 用を指す、社会言語学上の概念と し て「 ダ イ グ ロ シ ア 」( dig lossia ) があるが(学校など公共の場では 標準語・公用語を使うが、家庭で は方言や民族語を使うというのが 典 型 例 )、 昆 虫 学 者 の 彼 に 見 ら れ るような理系研究者のモデルはこ れに酷似している。   広く日本の理系研究者が、この ような研究言語における「ダイグ ロシア」状況に置かれていること は よ く 知 ら れ て い る。 「 イ ン パ ク ト・ファクター」の算出で有名な トムソン・サイエンティフィック

英語

発信

﹂は

不利益

︱「

孵卵器

」と

日本語論文︱

  章

地域研究

特 集

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アジ研ワールド・トレンド No.178 (2010. 7)

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( I S I ) 社 の デ ー タ ベ ー ス( 大 半 を 占 め る の は 理 系 の 文 献 で あ る)に基づいて国立情報学研究所 が推計したところでは、日本の研 究者が生産した「国際的に流通し て い る 学 術 論 文 」( 定 義 の 詳 細 は 明らかでない)の約八〇 % が海外 の学術雑誌(大半が英語)に掲載 されているとされる。 いわゆる 「論 文の海外流出」状況である(この 点に関する詳細は、科学技術・学 術審議会学術分科会研究環境基盤 部会学術情報基盤作業部会『学術 情報基盤の今後の在り方について (報告) 』(二〇〇六年三月二三日) の 第 三 部、 な ら び に『 情 報 管 理 』 第 四 九 巻 第 一 〇 号( 二 〇 〇 七 年 ) 掲載の根岸正光氏による同報告の 紹介を参照) 。

●不利益を被るのは誰か

地域研究を含む日本の社会科学 の世界では、伝統的に、理系と比 べて英語での論文・学術報告はは るかに少ない。 この現状を踏まえ、 国際的な学術コミュニティとの研 究交流の促進や、日本での研究の 国際的な認知度の向上をねらいと し て、 「 英 語 で の 発 信 」 を 推 進 し ようとする考え方が近年高まりを 見せている。その背景には、多額 の公的資金を投入する学術研究の 費 用 対 効 果 を 測 定 す る 尺 度 と し て、国際的な評価が注目され始め ていることもある。   言うまでもなく、社会科学に向 けられた「英語での発信」という 圧力は、研究者が執筆するさまざ まなタイプの書き物のうち、随筆 や短文に向けられているわけでは 到 底 な い。 推 奨 さ れ て い る の は、 研究活動の中心部分を占める、専 門 的 研 究 者 を 相 手 に し た 学 術 論 文、モノグラフ、学会報告の英語 化である。したがって、仮に日本 の 社 会 科 学 が 学 界 を 挙 げ て、 「 英 語での発信」に乗り出していった 場合、その先にあるのは、日本の 理系研究者が置かれているのと同 様の、 執筆言語の「ダイグロシア」 と「論文の海外流出」ということ になると想定される。   実際のところ、日本の社会科学 がこのような状態に立ち至るまで 何年(あるいは何十年)かかるの かは不明ではあるが、ここで先取 りして考えてみたいのは、 この 「あ り得るシナリオ」が現実のものと なった場合に、誰が不利益を被る のかである。筆者の考えるところ それは、研究者志望だが、専門論 文を読みこなす十分な英語の読解 力をまだ習得していない大学の学 部生から修士課程にかけての層で はないだろうか。   彼ら/彼女らは、 指導教官から、 外国の研究水準に追いつけ追い越 せと、英語論文を貪欲に消化する よう日々厳しい指導を受けている はずだが、はじめて目にする用語 や分析概念、発音すらおぼつかな い人名、地名、組織略号など多数 の英文固有名詞(とりわけ地域研 究の論文にはつきものである)に 難 渋 す る こ と が し ば し ば で あ る。 地域研究の場合、非英語圏を調査 地に選択した学生は、できるだけ 早くフィールド調査を実現するた めに現地語の習得にも多くの時間 を割かねばならない。日本語で書 かれた専門的論文は、これら若手 に大きな便益をもたらすはずであ る。

●日本語論文の便益

  若手が得る便益とは具体的には どのようなものであろうか。筆者 の体験を紹介してみたい。昨年筆 者は、早稲田大学大学院社会科学 研究科で「アフリカ研究」という 半期の科目を担当する機会を持っ た。せっかくの大学院の授業なの で事情講義だけではもったいない と考え、第一線の研究者が取り組 ん で い る 研 究 課 題、 研 究 の 水 準、 論文執筆の作法を感得してもらう こともねらって、最新の学術論文 を輪読する形式の授業とした。   授業の構想を練る際に悩んだの は、英語論文を取り入れるかどう かだった。可能な限り学生の関心 に沿った文献を選ぶため、指定論 文の選定は、初回講義で学生にヒ ア リ ン グ し て か ら と 考 え て い た が、 こ の 科 目 は、 「 社 会 科 学 」 と いう間口の広い学科での、専門分 野 に 特 定 の な い「 ア フ リ カ 研 究 」 という授業である。学生の関心は 多岐にわたることが予想された。   日本語の論文は数多く発表され ているが、院生レベルの知的欲求 に答えつつ、過度に専門的ではな い、授業に適した論文がいくらで も あ る と い う わ け に は い か な い。 英語論文も含めれば、英語圏での 分厚い研究蓄積を頼りにできるわ けであるから、学生の多岐にわた る関心に臨機応変に対応できるこ とは確実だった。他方で、英語が ハードルになって、内容の理解が 不十分なまま授業に臨むような学 生が増えれば、ディスカッション が成り立たない懸念があった。悩 んだ末、シラバスには「文献は日

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アジ研ワールド・トレンド No.178 (2010. 7)

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「英語での発信」は誰に不利益をもたらすか

―「孵卵器」としての日本語論文― 本語のみ」と記した。 予想どおり学生の関心は、 紛争、 民族、開発、ガバナンス、教育と 幅広く、アフリカ以外の地域が専 門の者も過半数を占めたが、学生 全員にそれぞれの関心に沿った日 本語の論文を割り当てることがで きた。学生はきちんと論文を読ん で、内容を理解し、活発なディス カッションが行われる実り多い授 業となった。 日本語論文限定としたことにつ いて、講義終了後に学生に意見を 求めたところ、次のような回答が 寄せられた。 ①    日本語論文は辞書を引かずに 済むので読む場所を選ばない ( 電 車 の 中 や 授 業 の 合 間 で も 勉強可) 。 ②    通読に要する時間が少なくて 済むため、英語論文を一回読 む時間で複数回読め、理解を 深められる。 ③    十分な勉強時間が取れないと き で も( と か く 学 生 は 忙 し い )、 流 し 読 み で 関 心 が あ る ところを探し当て、そこを集 中 的 に 読 む と い う や り 方 で、 授業に臨む最低限の準備がで きる。 ④    英文読解に関する質問でディ スカッション時間がとられる のはもったいないが、日本語 文 献 の 場 合 は そ の 心 配 が な い。 ⑤    自分の専門ではない分野でも だいたいのところはわかる。   学生の意見でとくに指摘されて いることは、日本語論文が時間管 理の面できわめて高い効率性を持 つ と い う こ と で あ る( ① 〜 ④ )。 場所を選ばず、細切れの時間も利 用でき、時間があるときはじっく り、ないときには便宜的にと、柔 軟な読み方ができる。さらに学生 は講義時間の有効活用という点も 意識していた。また、専門外のこ とを学ぶ上でもハードルが低いと いうコメントは見逃せない(⑤) 。 学際的素養が推奨される地域研究 にとっては、この点は日本語文献 の 重 要 な 利 点 に な る と 考 え ら れ る。ちなみに、英語論文を選ばな か っ た こ と へ の 苦 情 は 一 つ も な かった。

「 孵卵器 」と し て の 日本語論文   研究者を目指す以上、遅かれ早 かれ、英語で書かれた分厚い研究 蓄積に取り組んでいかなければな らないし、そのために必要な読解 力を身につけるのができるだけ早 いほうが望ましいことも言うまで もない。読解力の向上のためにも 継続的に英語論文を読んでいくこ とは必要不可欠である。   それを認めた上でもなお、読解 しやすい日本語で書かれた最先端 の専門的論文が豊富であるほど望 ま し い こ と は 否 定 さ れ な い だ ろ う。院生レベルの学習には非専門 家向けの文献では不足だが、かと いっていきなり最先端の内容の英 語 論 文 で は 歯 ご た え が あ り す ぎ る。慣れ親しんだ日本語は、耳慣 れない固有名詞を記憶し、新しい 概念を取り入れるハードルを下げ てくれるし、時間と場所に照らし て効率的でもある。日本語で書か れた専門的論文は、研究生活の入 り口に立った初学者たちにとって 「インキュベーター」 (孵卵器)と しての重要な機能を果たしている というのが、筆者が体験から得た 実感である。   筆者自身は 「英語での発信」 が、 時代の要請であることを自覚して おり、そのこと自体には反対では ない。しかし、日本で研究する専 門家が研究の中心となる業績を英 語でのみ発表するようになり、そ の結果として日本語の専門的論文 が 先 細 り し て い く こ と に な れ ば、 「 孵 卵 器 」 も ま た 喪 失 さ れ る の で は な い か と 危 惧 す る。 「 英 語 で の 発信」が、若手を含めた日本国内 での研究者の再生産システムへ負 の影響を与えかねないことは十分 に意識されているだろうか。すで に専門家として独り立ちした研究 者が、国際的に編成されたコアな 学術コミュニティに強い帰属意識 を持って、英語化に積極的に応じ ていくのは一つの判断である。し かし、そこで放置される格好とな る若手層に対して、代わりとなる 「孵卵器」を用意せぬまま、 「英語 論文ぐらい読めて当たり前」程度 の こ と し か 言 え な い の だ と し た ら、無責任のそしりはまぬがれな い。 ( さ と う   あ き ら / ア ジ ア 経 済 研 究 所アフリカ研究グループ)

参照

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 さて,日本語として定着しつつある「ポスト真実」の原語は,英語の 'post- truth' である。この語が英語で市民権を得ることになったのは,2016年

は、金沢大学の大滝幸子氏をはじめとする研究グループによって開発され