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フィールドワークと研究者 (特集 本の森への道案内)

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Academic year: 2021

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フィールドワークと研究者 (特集 本の森への道案

内)

著者

渡邊 祥子

権利

Copyrights 日本貿易振興機構(ジェトロ)アジア

経済研究所 / Institute of Developing

Economies, Japan External Trade Organization

(IDE-JETRO) http://www.ide.go.jp

雑誌名

アジ研ワールド・トレンド

240

ページ

18-19

発行年

2015-09

出版者

日本貿易振興機構アジア経済研究所

URL

http://hdl.handle.net/2344/00003114

(2)

アジ研ワールド・トレンド No.240(2015. 10)  

18

タビューと称して話を聞かずに自 分の聞きたいことだけを詰問し、 礼だけ言ってそれきり去っていく 「 バ カ セ 」 た ち の 所 業 と、 そ れ に 傷ついたり、迷惑したりした人々 の体験である。研究者が自らを研 究という高尚な目的を追求する聖 人だと思いこみ、地域の価値観や ルールを尊重せず、協力してくれ る 人 々 を 単 に「 イ ン フ ォ ー マ ン ト」として一方的に利用する時、 こうした 簒 さん 奪 だつ は起こる。また逆に、 地域に関わり過ぎてしまった研究 者の失敗にも触れられている。良 かれと思って行った提言がきっか けで、西表島のヤマネコ印無農薬 米を販売する事業を引き受ける羽 目 に な っ た 安 渓 氏 は、 「 よ そ か ら 持ってきた智慧や文化で、地域が 本 当 に 生 き 延 び ら れ る わ け が な い 」( 四 八 ペ ー ジ ) と い う 批 判 に 出会う。島とは無縁の価値観や方   フィールドワークは地域研究者 にとって最も重要な現地との関わ りである。アジ研の多くの研究者 のように、研究者が調査対象地か ら地理的にも文化的にも遠い出自 である場合は特に、現場に行くこ と、その土地の人々の考え方を知 り言葉や文化に触れることは、研 究作業を行ううえで欠かせない修 練となる。研究者はかくしてフィ ールドに行く。しかし現地の人た ちに、研究者という珍客はどのよ うに映っているのだろう。   宮本常一・安渓遊地『調査され るという迷惑――フィールドに出 る 前 に 読 ん で お く 本 』( み ず の わ 出版、二〇〇八年) には、異文化 から学ぶ立場の研究者にとって耳 に痛い話が満載だ。そこで語られ ているのは、突然押し掛けてきて 資料をあさり、時には奪い、イン 法を地域に押し付けたことで、地 域の自立を妨げてしまった側面に 気付くのである。   フィールドといかに関係を結び、 人々の抱えている問題や、そのも のの見方や、その感情に向き合っ ていくのか。こうした問いは学問 の外にあるものと捉えられがちだ が、実は学問と深くつながってい る。それどころか、学問そのもの で さ え あ る。 保 苅 実『 ラ デ ィ カ ル・オーラル・ヒストリー――オ ースト ラ リア先住民アボリジニの 歴 史 実 践 ――』 ( 御 茶 の 水 書 房、 二〇〇四年) は、フィールドに真 摯に向き合った若き研究者による、 野心的な学問業績であり、挑戦的 な実践の記録だ。オーストラリア のアボリジニが口承で伝える歴史 を研究する保苅氏は、自身の専門 を人類学ではなく歴史学であると 言う。文字のない人々の歴史も歴 史であり、イギリス人入植の際に 白人たちが書き残した「科学的」 クロノロジーとアボリジニのオー ラル・ヒストリーは、同じ資格で 歴史的記録であるべきだという考 えからである。しかし、今日の実 証主義歴史学では、事実を証拠に よって特定する作業が規範とされ る。また、史実には論理的整合性 がなければならず、反証性が必要 であるとされる点は社会科学と同 様 で あ る。 「 よ く 実 証 さ れ た 」 事 実関係の主張とそうでない事実関 係の主張が矛盾しあうとき、歴史 学者は実証の不十分な事実関係の 主 張 を 排 除 し、 「 よ く 実 証 さ れ た」ものだけを史実として認定す る。こうした選別の作業のなかで、 ア ボ リ ジ ニ の 長 老 が 伝 え る「 史 実」は非科学的な言説として排除 されてしまう。それは例えば、オ ーストラリアに植民地主義をもた らした白人は、アボリジニと起源 を共有しない「猿」から進化した ものであるとか、一九二四年にウ ェーブヒル牧場でおこった大洪水 は、アボリジニ男性が雨をつかさ どる大蛇に降水を依頼したからだ とかいった「史実」である。歴史

 

本の森への道案内

 

渡邊

  祥子

[マグリブ現代史]

(3)

19

  アジ研ワールド・トレンド No.240(2015. 10) 学者たちはこうした逸話を荒唐無 稽 な も の と し て 排 除 す る か、 「 史 実」とは異なる「神話」として包 摂してしまう。   保苅氏の歴史学は、研究者たち の特権的地位への疑問を徹底的に 突き詰めることから始まる。目指 す と こ ろ は、 「 歴 史 構 築 の エ ー ジ ェントとしての『われわれ歴史学 者』を強固に保持する努力をあえ て放棄してみるという作業」であ り、 「 い っ た ん、 僕 ら の エ ー ジ ェ ンシーをカッコでくくって、かれ らのほうにエージェンシーを預け たときに、いったい何がおこるの か 」( 一 八 ペ ー ジ ) を 見 る 試 み で ある。実証主義歴史学がお墨付き を 与 え る 史 実 と、 ア ボ リ ジ ニ が 日々実践している、ローカル化さ れ、超自然的な歴史との間の「対 話」を模索することこそ、保苅氏 の提唱するクロス・カルチュララ イジング・ヒストリーである。   保苅氏の著作に私たちが見出す 知的刺激は、オーストラリアとい う土地の持っている豊かで多元的 な歴史と、著者の才能との出会い によって生み出された、ユニーク なものだと読者は思うかもしれな い。 し か し、 「 ク ロ ス・ カ ル チ ュ ラライジング」行為そのものは、 フィールドと関わっている者すべ てが日常的に経験しているのでは ないか。ほとんどの研究者は、仮 説検証のためにフィールドに赴く。 しかしながら、フィールドでの経 験は大概、研究者が机上でこしら えた予見を裏切るものである。研 究者はこのギャップに苦しみ、そ れについて考え、それを乗り越え るべく知的努力を行う。また、あ る人たちの「信仰」や「神話」を 調べていたら、それらが「研究対 象」を超えて身に迫ってきたとい う、 「 ミ イ ラ 取 り が ミ イ ラ に な る」経験も、少なからぬ研究者が 持つだろう。しかし、狭い井戸の なかの蛙である研究者の世界とフ ィールドの広大な世界が、非対称 的な関係から抜け出て共振するよ うな経験は、保苅氏の書など少数 の研究を例外として、普通論文に は書かれることのない部分である。   川 田 順 造『 マ グ レ ブ 紀 行 』( 中 公 新 書、 一 九 九 九 [ 一 九 七 一 ] 年) は、サブサハラ・アフリカを フィールドとする人類学者による 著書である。フィールドとの出会 いが引き起こした生々しい体験の 痕跡を、このエッセイに見ること ができる。この文章が学術論文で なく旅行記であり、しかも著者の 本来の専門ではない地域(マグレ ブ、つまりアルジェリア、チュニ ジア、モロッコ)を主題にするも のであったことは、著者の想像力 あふれる自由な筆致とおそらく無 関係ではないだろう。川田氏は、 学問の窮屈さから相対的に解放さ れ た 目 で フ ィ ー ル ド を め ぐ り、 人々と話しあい、男たち女たち老 人たち子どもたちの様子を、明晰 な日本語と自筆の美しいイラスト でスケッチしている。   考察の一部分はたしかに、書物 から得られた知識に基づいており、 実証的なアジア・アフリカ研究の 発展という当時の社会科学の文脈 を受けた理論的な考察である。し かしながら、著者のひらめきや感 想が書き留められている個所こそ がこの本の魅力である。たとえば 川田氏は、マグレブの人たちの文 化的な特徴を表すしぐさとして、 驚 い て 眉 を 上 げ た と き に で き る 「 額 の 横 じ わ 」 を 挙 げ て い る。 ま た川田氏が「アルジェに暮らすあ いだ、こうした人たちと親しくな るにつれて、ゲリラと市街戦と、 テロと虐殺の八年間の戦い[注: アルジェリア独立戦争のこと]の 熾烈さを、このおだやかで控えめ な人たちからは、どうしても想像 できなかったが、しかしこの人た ちが勝ったのは、当然だったと思 っ た 」( 一 一 ~ 一 二 ペ ー ジ ) と 書 くとき、私たちは川田氏の学問的 考察というよりは、その生きた直 接的な経験へと導かれる。   マグレブ周遊の長い旅の終わり、 モロッコのテトゥアンからセウタ ( モ ロ ッ コ に あ る ス ペ イ ン 領 の 飛 び地)に抜けて、町の教会で血ま みれの聖母子像(ピエタ)をみた 川田氏の感想は、なかでも奇妙で あ る。 「 な ん と い え ば よ い か、 ま ず一目みて、ひどく気味が悪かっ た。清楚な幾何学模様に飾られた、 明るく風通しのいい、中庭にいつ も泉水から清水があふれているイ ス ラ ム 寺 院 に 親 し ん だ あ と で は 」、 ピエタ像の崇拝は「ひどく迷信深 い も の に 思 わ れ た 」。 そ し て「 偶 像を拝む「異教徒」の国に、とう とう足をふみ入れたな、というの が、 素 朴 な 第 一 印 象 だ っ た 」( 一 五九~一六〇ページ) 。「フィール ド後」の研究者の変貌した身体感 覚が、ここに現れている。 ( わ た な べ   し ょ う こ / ア ジ ア 経 済研究所   中東研究グループ)

参照

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