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無為自然について

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Academic year: 2021

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(1)

無 為

On

然  に  っ “用心一助izen” 村   上  (高知大学教育学部  徳   美 漢文学研究室) い  て       (−)        ● ● ● ●       F     ● |・  董思靖が「老子の道,清浄無為自然を以て宗と為し,虚明物に応じて滞らざるを以て用と為し, 慈倹謙下争わざるを以て行と為し,無欲無事,天に先んじて以て人を開かざるを以て治と為す.」(漢        ●.   ● ●● ● 文大系,「老子翼,」附録)といい,危大有が,老子道徳経は,「無為自然をもって体となし,謙退慈倹 をもって用となす.」(大浜皓,(老子の哲学Jp. 130)といって居るように/「無為自然」は老子の思想 の真髄をなすものであり,老荘思想を論ずる人々の常に口にするところであった.そして現代でも 世上往々耳にするところである力付その意味内容は必ずしも明瞭に把握されていないように思われ る.よって私はここに,この言葉の真義を考え,‘更にそれどノ同じく老荘の「道」や「理」につい て考察し,またそれらもろもろの言葉の関連性について究明して見ようと思うのである゛.  さて「無為自然」という言葉は上記二家の文に見える通りだし,世間一般にもよく使われておる ものではあるが1実はr老子』にも『荘子』にも「無為自然JIど四字が連用さ玉だ.’と’どろぱ一ヶ所 もなく,「無為」と「自然」と別々に使用されている.いまその『老子』’における使用例を挙げる と次のとおりである.先ず「無為」については,`   「是以聖人処無為之事,行不言之教.」(第二章)「為無為則無不治.」(第三章)「愛民治国,能無  為乎.」(第十章)「道常無為而無不為.」(第三十七章)「上徳無為而無不為.」(第三十八章)「吾是以  知無為之有益.不言之教.無為之益,天下希及之.」(第四十三章)「為学日益,為道目損.損之  ●       ● ●  ● ●       1     ● ●       ・   ● ●  ス損之.以至於無為.無為而無不為.」(第四十八章)「我無為而民自化.」(第五十一章)ヽ「為無為,  事無事,味無味.」(第六十三章)「聖人無為,故無敗」」(第六十四章)’  「自然」については,   「功或事遂.百姓皆謂我自然.」(第十七章)「希言自然.」(第二十三章)「人法地,地法天,天法道,  道法自然.」(第二十五章)「夫英之爵,而常自然.」(第五十一章)「是以聖人……以輔万物之自然,  而不敢為.」(第六十四章) 以上で見るとおり「無為」が十章十二ケ所,「自然」が五章五ヶ所に出でいるが,何れも離ればな れになっているのである.そこで今度はこの両語の意味を別々に検討しにそれが何故に連用される に至ったかを考えて見ることにしよう.  先ず「無為」であるが,この語は実は老荘の専用語ではなくて,儒家の経典にも数ヶ所出ている ものである.参考のために挙げて見ると,   「子日,無為而治者夫舜与.夫何為哉.恭己而正南面而已矣.」(「論語」,衛霊公篇)「易先思也,  尤為也丿寂然不動,感而遂通天下之故.」(「易」,繋辞上伝)「無為而成.」(「礼記」,哀公開)「不  勣而変,無為而成.」(『中庸』) 等である.そして『論語』の朱子の註には,「無為にして治まるは,聖人徳盛にして民化し,その 作為する所有るを待たざるなり.」といい,同じく「中庸」の註にば,’「為すなくして成るは,一彊む るなきを以て言うな゛り.」とある.「作為」はつくりなすとか,こしらえもうけるとかの意味であ り,「彊は強」と同じで,勉強努力することであるから,『論語』や『中庸』の場合「無為」とはそ うした骨折りをしないで,じっとして手をこまぬいて居ることと解せられるであろう.こんにち世

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 170        _高知大学学術研究報告  第14巻 ’人文科学  第14号 間一般に使われているのは大抵この意味ではあるまいか.  ところが『老子』における「無為」はこれと類似の点もあるが,また大いに趣を異にした所があ るのである.徐々にそれを明かにしよう.上記の『老子』の「聖人処無為之事,行不言之教.」に 対して王無咎は「彼れ為すことと言うこととに心無きは,万物性命の理に順うのみ.……蓋しその  (万物)作るや,生ずるや.為すや,成るや,皆性命自然の理に順う,物と時とに因る.呵して我 に非るなり.」と註し,王弼は「聖人無為の事に処るは,自然すでに足り,為せば則ち敗るればな り.不言の教を行うは,智慧おのづから備わり,為せば則ち偽ればなり.」と解している.つまり 王無咎の解釈では,万物(人間も含める.以下同じ)は皆発生当初からそれぞれ天から賦与された 性質を持って居り,その性質には筋道が備わって居るから,聖人はその各自の作用や活動に委せて しまって,自分は何も干渉せず,また何も言わないのだ.思うに万物がおこるにも生じるにも,為 すにも成るにも,すべて性命自然のすじみちに順うのであり,あくまでもそれぞれの物の事情と時 の流れに順応するのであって,自我の恣意によらないのだ,というのであり,王弼のでは,万物は 自然のままで充足したものであり,十全なものであって,自分があれこれ作為を弄すると却ってぶ っこわしになるから何も手出しをしない.また万民には智慧がおのづから備わっており,余計なこ とを言うと却って道に外れて虚偽になるから何も計わないのだ,というふうに理解される.王弼は 更に「道常無為而無不為.」に註して「常に為す無しとは自然に順うなり.」と言っている.これら の註釈によって見ると,「無為」とは万物の自然に委せて干渉しないとか,万物自然の理に順って 作為しないとかの意味のあることか了解されるであろう.そしてここに注目を引くのは,上記両者 の「無為」の註釈に「自然」ということばを用いて居ることである.私はここに「無為」と「自 然」との関係をうかがう契機があると思う.       (二)  さて然らば「自然」とは何であろうか.これについては古来数多くの註釈書があるのに,どうも 適切明快な説明がなされていない.王弼にしてからか,上記のように「常無為者順自然也.」と註 していながら,そこでは「自然」について何の説明もなく,僅かに「百姓皆謂我自然」に対して.  「自然はその端兆得て見るべからざるなり.その意趣得て観るべからざるなり.」と註し,「道法自 然.」に註して,「自然とは無称の言,窮極の辞なり.」といい,一向に要領を得ていない.もっと も最初に掲げた王無咎の註に,「万物性命の理」というような言辞を使っている所を見ると,何か しら「自然」というものを暗示して居るように思えるけれども,「自然」そのものの説明にはなっ ていない.そこで私はなんとか「自然」の意味内容を知る手がかりを得たいと捜しあぐねた結果, 甚だ覚束ないものではあるが,老子の次の文に想到した..  希言自然.瓢風不終朝.課雨不終日.駄為此者.天地.天地尚不能久.而況于人乎.」(第二十三章) というのである.「希言自然」を武内義雄博士は「言(ものいふ)希(な)きこそ自然なれ.」と訓 んで居られる.(岩波文軋「老子」)これに従ってこの文の意味を考えると,もの言わない(虚静寂寞) が自然だ.だから瓢風とか騨雨とかは天地か生じたもめだけれども不自然なもので,長続きしない. まして人間か自然に反しておしゃべりをすれば長続きするはずがない.ということになる.そこで 思うに.瓢風とか扉雨とかいえば,今日のわれわれからすれば,自然物,自然現象と見るのが一般 である.然るにここではそれを不自然なものと考えているのである.して見ると,老子の「自然」 は実に現象としての自然ではなくて,その現象の奥化道理とか理法とか称せらるべきものを想定し て,それに順うことが「自然」であり,それに反す・るものが不自然だと考えられておると思えるの である.  次に『泄南子』に下のような文かおる.

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       無 為 自 然 に つ い て   ”(村上)       171  聖人之治天下,非易民性也.柑順其所有而牒蕩之.故因則大.化則細矣.萬盤龍門.閥伊閥,決 ゛江溶河,東注之海,因水之流也.后稜墾草発茲,糞土樹穀,使五種各得其宜.因地之勢也.湯武  革車三百果,甲卒三千人,討暴乱制夏商.因民之欲也.故能因則無敵於天下矣.夫物有以自然.  而後人事有治也.(泰族訓) この大意は,聖人が天下を治めるのには,人民の本来生れ待った性質を無理に変えるのではなく,・ その性質を大事に保護してやり,その汚れを洗い流してやるのだ.その性質に循えば大きな成果か あるか,殊更それを変化させようとすれば成果は小さいであろう.その事例として,萬王が九年の 洪水を治めた時は,よく水戸本性に従ってそのはけ口を作ってやったればこそ成功したし,后稜が 荒地を開墾し,土を肥して五穀をうえた時には,よく地勢や地味を調べてそれに適したものをうえ たのだ.湯王や武王が夏や殷を討伐して革命に成功したのも,平和と幸福を希求してやまない人民 の欲求に従ったればこそだ.こういう次第で,何事を為すにもその対象となる事物の性質をよく見 極めて,それに順応してやれば天下に敵無しということになろう.いったい凡七物事には自然とい うことかあって,その自然に従って対処して始めて人生のことぽうまく治まるものだ.というので ある.この場含「自然」は「水之流」や「地之勢」や「民之欲」といった表層的な現象を指してい るのでなくて,その内部に潜む性質,理法というものを認めており,更にそれに随順することを「自 然」としているのである.  最後に私は「自然」のもっとも具体的な姿を「荘子」’の中に見出すことが出来た.それは養生生 篇にある.庖丁と文恵君との間に交された有名な解牛問答である.この問答のねらいは,養生の秘 訣が天理の自然に循うにあることを,轡喩的かつ具体的に述べたものであるか,なかなか意味深長 なもののあるのを覚える.庖丁とは料理を職業とする丁という男のことであり,文恵君とは『孟 子』に梁の恵王といわれて居るのと同一人物であるが,話はその庖丁か文恵君のために或る時牛を 料理して見せたところから始まIる.その時の庖丁の手つき,肩の入れぐあい,足のふんばり方,膝 のかがめぐあいなどが,実に何とも名状し難いほど見事だったものゆえ,文恵君は,「ああ,技術 もこんなにすばらしくなれるものか,大した腕前だ.」と感嘆する.すると庖丁はやおら牛刀を置 いて文恵君に対える.  臣之所好者道也.進乎技矣.臣之解牛之時,所見無非牛者.三年之後,未嘗見全牛也.方今之  時.臣以神遇而不目視.官知止而神欲行.依乎天理,批大郁,導大底,因其固然.技経肯繁之未  嘗.而況大帆乎. ここのところは訓読してもなかなか分かりにくいし,下手な大意を述べるよりか,立派な解釈文が 出来ているのでそれを借用することにしたい.それは福永光司教授の手に成るもので,次のとおり である.(中国古典選,「荘子」)  いま殿様には私の料理を見事な技(わざ)だとおっしゃいましたが,実は私の願いとするところ  は「道」でありまして,「技」以上のものでございます.ところが私かまだ牛をはじめて料理し  た時分には,目にうつるものとてはまだ牛ばかり,何処から手をつけて良いのか見当さえもつき  ませんでしたが,それが三年目にやっと牛の体のそれぞれの部分が目に見えるようになりまし  た.そして現在ではもはや「神(しん)をもって遇する」すなわち,形を超えた心のはたらきで  牛をとらえ,目で視,形に頼って仕事をすることはなくなりました.「官知」すなわち,あらゆる  感覚知覚はその勁きをひそめ,「神欲」すなわち精神のはたらきだけか活発に行われ,「天理」す  なわち牛の体にある本来自然の理(すじめ)に従って,「大郁(たいげき)」すなわち骨と肉のつ  けねにある空隙に刃をふるい,骨節の大きな寂(あな)に刃を導き入れて,牛の体の本来の成り  立ちに循って処理するのであります.だから私か技(うで)をふるえば一目でそれと分かる「大  帆(たいこ)」すなわち,大きな骨に刃をうちあてることのないのは勿論,「肯繁(こうけい)」

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172 高知大学学術研究報告  第14巻  人文科学  第14号          - すなわち,骨と肉の微妙にいりくんだ部分でも,刃をあてることなど決してありません. 福永教授は全篇を解釈して居られるが,上記漢文心部分だけにとどめて,これに続く庖丁の話を同 教授の訳語に頼りながら要約すると,いったい腕の良い料理人は,・一年ぐらいで牛刀を取り替える ものであるが,それはさほどの無理をせずに牛を切り割くすべを心得ているからである.然るに月 並みな料理人は骨に打ち当てたりして刀を折るので,月に一度は牛刀を取り替えざるを得ない.と ころが自分の牛刀は新調してから今日まで十九年もたち.これで料理した牛の数は数干頭にも及ぶ のに,少しの刃こぽれもない.それは牛の骨節の間隙を縫うてうまく刃をつき入れて行くからだ, と説明し,最後に,そうは言っても,自分でも牛の体の筋や骨のむらがりあつまった部分にぷっつ かると,随分と緊張もするし苦労もすることがあるのだと仕事のむつかしさを述懐している.話が 終ると文恵君が「善い哉.吾れ榔丁の言を聞きて生を養うすべをさとれり.」ということで結ばれ ている.  この話は勿論例の荘子の寓言で,フィクションかも知れないか,それにして,も実に真実性に富ん だリアルな描写といわねばならない.ところで,ここで特に注目すべきは庖丁の言葉の中,「臣之 所好者道也.進乎技矣.」と「依乎天理.」と「因其固然.」の三語である.「道」はいうまでもなく 老荘思想の根本を為すものであるが,荘子はこの庖丁に「道」の体得者を託して居ると考えられ る.そしてその道の体得者は「天理」に依り,「固然」に因る行為者であった.そして牛は水や地 と同じく現象界の一物であるか,その牛にも「固然」(もとよりしかるもの)すなわちその身体構造 に生れなからにして固有する筋目があって,その筋目に従って料理することは,淮南子流に言え ば「自然を以てする」ではないか.それは換言すれば丁天理に依る」ことであり.「道」に随順す ることでなけ,れならない.以上の如く考えて来ると「自然」が如何なるものであるかがほぽ明か になったように思わ与る. すなわち「自然」とは先ずこの宇宙万物に内在する道理を指して居る と考えられ,更にその道理に随順することが「自然」であると言えるのであろう.ところで,単 に道理といえば静止的なものに考えられがちだが,老子においては必ずしもそうではない.例え ば水について見ても,「水は善く万物を利して争わず.」(第八章)の如くはたらきを待ったものとし ている.また「夫れ物の芸々(うんうん)たる,各々その根に帰る.」(第十六章)の如きも,万物 はさかんに生成発展してはまたその根源に復帰する.というのだから,やはりこれもはたらくもの であり,活動力を備えたものだと見ているのである.前掲の「輔万物之自然.」はこうしたはたら きを考えずには意味を為さないであろうし,また「聖人処無為之事.」も万物にこのはたらきを認 めた上でのことなのである.また「自然」には他の力を借りることなく,自己自身によってかくあ る,或はかくなる力をもっているという場合かおる.へ「百姓皆謂我自然.」や「莫之爵而常自然.」の  「自然」の如きは正にそれである.かくて私は「自然」の内容を分析して次の四つにまとめること が出来た.  1.宇宙万物に内在する道理或は特質のこと.  2.宇宙万物に内在する道理なり特質なりに随順するこ’と.  3.宇宙万物の固有するはたらきのこと.  4.他の力を借りることなく,自己の力によっ・で存在し,また活動すること. ということになる,       (三)  上来見て来たように「無為」は「自然」に順うことで,あJり,「自然」はかような内容と属性を持つ ものであったが,とれについて今少し詳しく調べて見たいと思う.『荘子』に次のような文がある.  天地有大美而不言.四時有明法而不議.万物有成理而不議.聖人者原天地之長,而達万物之理.

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無 為 自 然 に つ い て     (村上) i73  是故至人無為.大聖不作.観於天地之謂也.(知北遊) というものである.大意は,天地は大なる美を有しているけれども何もロに出して言わない.春夏 秋冬の気節は秩序整然と運行しており,万物は一定の理法に順って生滅代謝して居るけれども,そ れらは凡て自然の間に黙々と行われて居るのであって,何ら言説議論をして人に誇示しようとしな い.聖人はよくこの本源を知り,その理法を体得して居るから,格別自分の計らいをもって作為す ることはしない.それはつまり天地自然に順って徳を一つにするゆえんだ,というようなごとであ る ところが椿伯秀の註には,「聖人天地を体して万物を育す.豊に直(ただ)塊然として為すな きこと木偶の如くならんや.蓋し為して為さず,作りて作らず,天時の運行し,地利の発育するが ごとし. 自然を越えざ矛のみ.」とある. cの解釈で注目させられるのは「豊直塊然無為,如木偶 哉.」と「不越乎自然而己.」の二句である.前者は,ただでく人形のように何もしないで居るのじ ゃないというのであり,後者は,自然を逸脱しないだけだというの水「無為」の意味がずつ‘と詳 細に説かれて居る.荘子には更に「君子不得己而臨伍天下,莫若無為.」(在宥)というのがあり.          ● ● ●● ●●● ●●       / 郭象は「無為とは批黙の謂に非るなり.直(ただ)各ζその自ら為すに任せば則ち性命安んぜん.」 と註している.いうこころは,天下に君臨するとなれば無為にしくはないが,無為と言ってもただ 手を批いて黙って居るというじゃなく,天下万民をそれぞれの自己活動に委ねて,干渉しないこと だ.そうして始めて万民本来の性命が傷づかずに安泰な生活が得られるだろう,というので,これ は老子の精神を最もよく継承したものといえよう.またr荘子』に「順万物自然而無容私焉.而天 下洽矣.」(応帝王)というのがあるが,この「私を容るる無し」というのは「無為」の意味を一層 明瞭にしている.というのはそれは己れの恣意私欲をさしはさまないことであり,老荘が「無為」 を唱えるようになったそもそもの根本精神をえぐり出したものだからである.  かくて「無為」とは恣意私欲を排除して,清静虚明な人間本来の精神に立ちかえって,「自然」 と全ぐ一枚になることであった.して見るとその窮極においては無為即自然,自然即無為というこ とになるのであって,実在の側,か・らいえば「自然」,人間の側からいえば「無為」ということなの であった.さればこそ後世の人びとが両者を連用して「無為自然」なる語を作製したゆえんで,結 局のところ「無為」も「自然」も「無為自然」も実質的には全くの同義語だったのである.ただ老 子や荘子に忠実に記せば「無為・自然」であるべきであろう. (四)   「無為自然」の意味内容は以上で了解できたが,前に見た庖丁の語に「道」なる言葉の出たのを 想起して,この際ここで「道」とは何ぞや,「道」と「無為自然」とは如何なる関係に立つかにつ いて考える必要がある.何となれば「道」は老荘思想において「無為自然」とともに最も重要な根 本思想を形成して居るものだからである.先ず『老子』について見よう.  有物混成.先天地生.寂分寥分/独立面不改.周行而不殆.可以為天下母.吾不知其名.字之日 ・道.強為之名日大.大日逝.逝日遠.遠日反.故道大.天大.地大.王亦大.域中有四大.而王 居其一焉.人法地.地法天.天法道.道法自然.(第二十五章)       犬 これにはいろいろの読方が行われているが,私は武内博士に従って  物あり混成し,天地に先って生ず.寂たり寥たり,独立して改(かわ)らず,周行して殆(あや  う)がらず,以て天下(万物)の母となすべし.吾れその名を知らず,之に宇(あざな)して道  といひ,強いてこれが名を為して大といふ.大なれば日‘(則)゛(すなはち)逝き,逝けば日ち遠  く,遠ければ日ち反る.故に道大,天大,地大,王も亦大,域中四大ありて王その一に居る.人  は地に法り.地は天に法り,天は道に法り,道は自然に法る.(岩波文庫,「老子」)’゛}_ グ’.

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 174        _高知大学学術研究報告  第14巻  人文科学  第14号 と読むことにしている.この文中で「道」それ自体を説いたのは,初めから「遠日反」までであ り,「故道大」以下は天,地,王(または人)との関連を述べたものである.そこで前段について その意味する所をわかり易くまとめて見ると次のようになるであろうレ.  0何かしら混沌としたエトワスがあって,それは天地開閥以前から存在ずるものである.  0それは寂寞として形も無く声も無く,吾人の認識を超越した絶対的存在であり,宇宙間に遍満   し,永遠にわたって万物を生成して窮り屈することがない,ポテンシャルな存在である.  0それは六合に渉り,千古に通ずるか故に大といい得るし,生成発展して極りないが故に往くも   のであり,往き往きして遠くまで達するものであり,それはやがて根源に反って来るものであ   る. というので,これだけ見ても首章で「道の道とすべきは常道にあらず,名の名とすべきは常名にあ らず.」と言って居るように,老子の「道」が仁義忠孝というような世間的な道徳とは全く趣を異 にしたものなることが理解できるで・あろう.そして特にここで注目すべきは老子の「道」が天地に 先立って生じ・独立絶対の存在である亡いう思想である.というのは支那の古代では天地の主宰者 は天帝であり,天地間のあらゆるものはその天帝の意志によって支配されると考えられていた,そ れが老子においては否定されて,後で見るように「道」が絶対的な独立者となって,他の何者の支 配にも頼ることなく自己自身の法則によって実存し活動する存在となったのである.従ってそれは 支那思想史上重大な意味を持?ものと言わなければならない.  次に前記の後段について考えよう.問題はその中でも「人法地.地法天.天法道.道法自然」 の道法自然にある.というのは,人は地に,地は天に,天は道にと順次,より偉大なもの,高次な ものに法って行く,そして道は既に見たとおりの広大無辺,無始無終の存在であるからそれに法っ た天も地も人も道とともに偉大なものになって,この宇宙間に四つの偉大なものとして存在すると いうことは容易に考えられる.ところがその窮極絶対め「道」が「自然」に法るとはどういうこと なのか.「自然」は「道」より高次のものなのか,そうだとすれば「道」は絶対最大でなくなる. もしまた両者は同じ次元のものなのか,そうだとすれば「域中四大有り.」が五大ありということ にならねばならない.こうしたことから「道法自然」が古来問題になうて来たのである.  こうした点について大浜教授は古今東西の学者の説を綿密周到に比較検討した上で次のような見 解に達して居られる.((老子の哲学Jp. 151-2) 老子に見られる「自然」は,       ● ● ● ●● ● ● ● ● ● ●● ●まず,自己によってそのようである. ということであったが,その 内容は,道に内在する必然の力であり,道のはたらきの自己展開であった.つまり,道のはたら きのはたらきがた,道のはたらきそのものの性格,道のはたらきの必然性が,「自己によってそ のようである」(自然)といわれた.そしてついに,道に内在する理がまた自然といわれた. というのである.これは正しい見解だと思う.ただ,教授は「遵法自然」の「法」については如何 に考えられたか明瞭でないのが,いささか物足りない感じがする.それで私はこの教授の見解の上 に立ってこのところをこういうふうに考えて見た.すなわち「道」は人や地や天と共に実体である が,「自然」は実体ではなくて.はたらきであり,自己展開する法則であり,理である.そうした  「道」がそうした「自然」にのっとるとはどういうことなのか.それは端的に言えばこういうこと ではないか,「道は己れの内蔵する自己展開の法則に準拠してはたらくものである.」と.換言すれ ば「道は他の何者にも規制せられることなく,自己自身の法則によって展開する,独立にして絶対 的な存在だ.」ということになろう.こう考えて始めて,道を実体を待った天と地と人とを合せて 四大と称し,自然と併立させて五大としなかった理由もわかるというものである.そして自然に法 るものは道ばかりでなく天も地も人もすべてが結局自然に法ることになるのである.  ここでついでながら最近入手した金蘭斎の『道徳経国字解』なるものの中で,今問題にした「道 法自然」の法について面白い解釈に出くわしたので参考.までに記して見ると,

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      無 為 自 然 に つ い て    (村上)      175  法自然とは.此法は上の文法で云づだもの也.文字に不可拘.道の行はるるすがたを見れば.自  然なもの也.強ひて行はるることではなき也.天然と左様有ること也.自然なりと云ふこと也. というので,自分の考えを裏付けされた思いでほほ笑ましくなったものである.  以上によって「道」’か如何なるものか,またその「道」と「自然」とか如何なる関係に立つかが 明かになった.すなわち下道」は実体であり,「自然」はその法則であり,はたらきであり,理であ った.それはだから体からいえば「道」用からいえば「自然」と考えられるであろう.而して体は 用を包蔵するものであり.用はその体を離れては在り得ないから道即自然,自然即道と考えてよい わけである.然るに「無為」は既に見て来たように「自然」にのっとり順うものであり,「自然」 と一枚になることであるから「道」に法り順うこともまた「無為」であって,窮極する所,道即自 然,即無為ということになるのである.従ってさきの庖丁の「臣之所好者道也」の道は「無為」に 置き換え得られる性質のもので,庖丁は「無為」を好んだものと考えてよいであろう.従ってま た,庖丁の神技は「無為」を好み励んだ窮極の成果だと言い得られるわけである.・更に庖丁は「依 乎天理」とも言ったが,それも正に「無為」を行なったというのと同義でなければならない. (五)  次に「天理」の理についてそれが「道」と如何なる関連に立つかについて考えて見よう.われわ れは日常絶えず道理と連用して居ながら深くその語の成り立ちをせんさくすることをしないが,  『韓非子』によればこの二字の間には画然たる区別と区別の上の連繋があるのである.それは,  理者成物之文也.道者万物之所以成也.故日,道理之者也.物有理.不可以相薄.物有理.不可  以相薄.故理之為物之制.万物各異理.万物各異理.而道尽稽万物之理.故不得不化.不得不  化.故無常操.無常操.是以死生気頭焉.(解老) というのである.大意は,理とは既に出1来上ったもの,すなわち現象となった万物の模様・条理で あり,道は万物の生成する根源である.だから道は万物の具有する理を総べおさめるというもので ある.ところで今いうように万物には理があるが,それにはそれぞれ特有の個性の備わったもの で,互に相侵すことの出来ないものである.そこで道がそれぞれ万物特有の理を統括しておるの だ.そういうわけで万物みな自然に時と共に変化して,一定の常度なく,死生厚薄みな道のはたら きかたによって左右されるのだ,というようなことである.そしてこの文のあとに韓非子は天地を はじめ,日月星辰,五行四時といった自然現象や,軒懐,赤松,尭舜,築糾,湯武といった古代の 人物を列挙して,それぞれの具えた「理」が如何に発揮されるか,またされたかを述べている.  この「道」と「理」に関する韓非子の考え方はなかなか意味深長なもので,殊にこの「理」の考 察は今日の科学への道に通ずるものがあるように,私には思える.すなわち万物にはそれぞれ異っ た「理」力了具わって居るとして,その理をありのままに究明し,組織立てるのが科学というもので はないか.そして自然界には自│然界の理あり,人間界には人間界の理あり,そこに内在する理を追 求することか,自然科学であり,人文科学であり,社会科学ではないか.ただ老荘においてはそれ を究明するという姿勢をとらずして,それに適応し随順するという態度をとったところに現代科学 との相違が見られるだけである.そうとすると現代の科学を積極的とすれば,老荘の態度は消極的 と言えるであろうか.しかし老荘的態度を体得した彼の庖丁は果して消極的とのみ言い切れるであ ろうか.ここで私はさきに引用した福永教授の解牛問答の名訳のあとの方で解説して居られる次の 見解を思い浮べずには居られない.  荘子において実在としての道は自然であったが,この実在としての自然に随う限り,人間のあら  ゆる積極的な実践もまた自然であり得る.牛を料理することは勿論,人間生活百般の営みも,そ  れが天理に循い「固より然る道理」に因って為される限り,またーつの自然であると荘子は考え

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176 高知大学学術研究報告  第14巻  人文科学  第14号       - るのである.だから荘子の説く養生も,単に知を排し欲を却けて与えられた生を全うするという  ● ●● ● ●.● ● ● ● ●● ● ●● ● ●  消極的退嬰的な生活態度に止まらず,更に進んで自己の個性を活かし,与えられた生を最も豊か  に,最も深く充実してゆく努力もまた大いなる養生でなければならない.庖丁と文恵君の解牛の  問答において,荘子は天理に循うことが養生の秘訣であることを明かにすると共に,養生がまた  自己の本来あるところのものに高める一種の積極的な行(ぎよう)でもあることを明かにしてい  ・るのである.(前掲書p.136−7)(批点筆者) 全く私も同感である.解牛はたしかに文恵君の考えたようにーつの技術であったには相違ない.し かし庖丁のいうようにそれは技術を超越して道に到達したものであった.牛の肉体構造という「理」 を見極めて,その理に循って刃をさし入れ,牛刀を迎ぶわけであ.るが,その肉体構造を見極めると いうことは今日の解剖学に相当するものではなかったか.しかもそれは十九年という長年月をかけ て漸く到達した境地であって,その間庖丁がただその日Uしの消極的な態度でその境地に達し得た とは考えられない.その日その日,一牛一牛の料理に渾身の力とj緻密な注意力と旺盛な精神力を 集中して積極的に行動したに相違なかろうではないか.して見れば,荘子における「無為」は挑手 傍観などとは程遠い,厳しい「行(ぎょう)」の集破によって始めて克ち得たものでなければなら ない.そしてそこには清澄明察的眼光と透徹した叡智の活勁がなければならなかった.荘子だけで なく老子も一般に誤解されているように決して明知を否定しては居ない.否定したのは私利私欲や 自我に汚し曇らされた世俗的な智慧だったのである.だから,若し彼等の理想とする明智を十全に 働かせば,科学することも十分出来たはずだと考える.事実,老荘思想は科学的要素を多分に持っ ていたと考えることが私ひとりの独断でないことは次の文章によっても証明されるであろう.  ニーダム博士は道家の思想のなかに科学の源流の重要な部分を汲みとろうとしている.老子のい  う道を,自然の秩序ということばで訳している,道は統―性をもち,また自律的なものであった.  ことばを変えていえば,自然にははっきりした法則があり,その法則に従ってすべてのものが生  れるのである.老荘の思想では無為ということを強く主張するが,これはたんに積極的な活動を  否定することばではなくに「自然に反する行動をつつしむ」という意味と解釈した.道家の人々  は自然の法則を認め,自然を支配するということではなく,つつましく自然を観察し,その法則  を汲みとろうとした.ここに道家は自然への深い愛着と,技術への関心か生まれたと考えられる. これは藪内清博士がその著「中国古代の科学」(p. 7ト9)において,ケンブ.リッジ大学のニーダム 博士が『中国科学技術史』第二巻の中に述べたものとして略説されたものである.  ところで,若しこの道家の思考態度か上記の方向に発展し,徹底Iして居たならば,古代支那に既 にすばらしい科学技術の花が咲いたことであったろう.しかし事実りよこの科学の菅は花を咲かすこ となく萎んでしまった.その理由として色々考えられる力ぢ藪内博士の言われるように,秦・漢帝 国の出現とともに盤然とした官僚国家か出来あがり,学問や思想は完全に政治の支配下におかれる ようになったこと(前掲書p.77),もたしかにーうの理由であっIたろう.しかし私は,そもそも老 荘,特に老子の学説の動機や目的か西洋科学のようにフィロソフィア,愛知として出発したのでな くて,.乱世に処して生命の安全を図るには如何にすべきか,といった処世術や保身術,侯王が人心 の帰趨を得て天下を取るには如何に処すべきかという.人心収攬術や政治要領といった風なものが 強く打ち出されていたために,その思想の伝承者たちか専らその方に力を入れるようになったこと も有力な理由ではないかと考えるのである.それは後世になって魏晋六朝時代の清談者流の生活態 度を見てもわかることだし,総じて隠遁者落伍者の愛好する思想となったのを見ても思い半ばに過 ぎるものがあろう. (昭和40年9月30日受理)

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