日本企業のインドでの合併買収についての一考察
9
0
0
全文
(2) 的な関係を保ち続けた。日本から遠く離れた国であり、少し前まで経済関係はそれほど密接ではな かったが、最近では日印経済関係を推進する事象には事欠かないようになった。インドは、近い将 来世界一の人口大国になる国であり、若い世代の人口の割合が大きい。2000年頃から安定的に経済 成長を続けてきたが、今後さらなる経済成長を続けるためには先進国の支援が必要な状況となって いる。増え続ける若い人口を受け入れる産業、とりわけ製造業の拡張が計画されている。外資規制 も緩和されつつある。そこで日本の企業がインドの企業の良きパートナーとして協力できることも 多いのではないかと考える。インドのナレンドラ・モディ首相が最近来日したことを良い契機とし て、日印経済関係を一層発展させ、ともに経済成長の成果を分かち合えれば、両国、お互いの利益 となる。 本稿では、以上述べたことから、日本の企業のインド進出を促す視点で、合併・買収(M&A: Mergers and Acquisitions)を取り巻く状況の概要について述べてみたい。先ずは細かいことにこだ わるより大局的に把握することが重要だと考えた。むろん核心部分の合併・買収(M&A)につい てもふれる。後述するが、合併・買収(M&A)はインド進出の具体的な形態となる。 2 .イギリスによるインド支配の影響 日本は、明治開国のさい、法制度については、ヨーロッパ大陸のシビルロー(大陸法)、とりわ けプロシャ法を手本とした。その意味で日本の法律は、シビルローに分類される。それに対してイ ンドは、イギリスに植民地支配されていたためイギリス起源のコモンロー(英国法)を採用してい る 1 )。ちなみにイギリスに植民地支配されていたインド、パキスタン、ミャンマー、バングラデシュ はすべてコモンローを採用している。 日本は、明治開国のさい、法制度を除けば、当時もっとも進んだ先進国であったイギリスの影響 を多く受けている。鉄道制度、郵便制度、車両の通行方法等はよく似ている。インドは、法律以外 の面でもイギリスの影響を多く受けている。このことは上記のアジアの諸国だけでなく、同じくイ ギリスに植民地支配されていたシンガポール、マレーシアでも同様のことがいえる。シンガポール は領土的には小さいが、アジアにおける統括的経済拠点としての重要性は大きい。インドとシンガ ポールとの間には密接な経済関係が存在する。日本・インド間ですべてが全くうまく進行するとい うわけではないので、シンガポールにインド進出の足掛かりを作って様子見をすることもケースに よっては有効な手段でないかと考えられる。かつてイギリスに支配されていたこれらの諸国では、 すべて英語が通じることも経済活動を進めるうえで都合がいい。日本でも学校教育で英語を教えて いるので、インド、シンガポールではコミュニケーションが取りやすい。ただ正確に言うと、アメ リカ英語ではなく、イギリス英語に近い。 3 .インド国内の状況 インド国内の状況について、法制度、インド企業の特徴と日本企業の関わり、インド社会のイン フラの未整備、インド市場進出のさいの地域ドミナント方式、インドでの M&A の特徴の順に概要 を述べる。 1 )法制度 インドは、連邦制国家であり、法律は、連邦法と州法に分かれる。裁判制度は、連邦裁判所に一 元化されており、弁護士資格も連邦制のもと共通である。アメリカのように州ごとに弁護士資格が. 2.
(3) 伊藤俊男 ■. 異なるということはない。外資規制、会社法、証券取引法は、連邦法であり、土地に関する法規制、 労働法、税法は州法である 2 )。インド法はよく改正がおこなわれるので、法改正のつどインド人弁 護士を抱えた法律事務所から最新情報やアドバイスを受けることが大切である。インドは、イギリ スの影響もあって民主的な政治制度が整っている。世界最大の民主主義国家として民主的な総意を 形成しようとしている。インド政府は今後増加が予測される若い世代の人口を収容する産業の育成 を迫られており、そのためには外資の力を必要としている。外資規制は、漸次緩められている。 企業マインドからすると、不都合な点もいくつかある。インド企業は、日本企業と比べコンプラ イアンス意識が低いので、現地の人にはしっかり目配りをする必要がある。民主的な政治制度の構 造的な問題として、なかなか決められない、決めたとしてもタイミングを失しているということが ある。インドの裁判制度は、ひと声10年と言われるようになかなか審理が進まない。日本の裁判も 長くなることがあるが、それ以上と考えておいたほうがよい。大量の未処理案件が滞留し、裁判所 が機能不全を起こしているためである。日本の不動産登記は公信力が高いが、インドの不動産登記 には公信力が認められていない 3 )。登記所に登記されている不動産関連書類を遡って確認しない限 り、真の権利者を確認できないためである。これら書類には、ヒンディー語やタミル語等現地語が 含まれていることもよくあり、大都市の法律事務所だけでなく、地方の法律事務所の力を借りなけ れば、解読できないこともある。不動産の所有者、利用者を確認することはかなりの労力を要する。 遺跡や自然保護のために開発規制がかかっている所もある。インドには相続税がないため何代も同 じ土地に親、子、孫と住み続けていることが多い。民主的な制度のもとでは、移転を促したり、強 制的に退去させるのは難しい。工場、店舗用の大規模用地を取得しようとする場合、各州内の地域 の選定が重要である。この点については後で詳しく述べる。インドは、かつて社会主義的な政策を 取っていた時代があり、今でも手厚い労働者保護制度が存在する 4 )。労働者の権利意識も強く、労 働組合の活動も活発である。 次に上記の点についての対応策を述べてみる。従業員のコンプライアンス向上のためには、入社 時のコンプライアンス教育の工夫が考えられる。政治制度の構造的な問題については、現地の企業 組合も巻き込んで、日本政府、日本の経済団体が、インド政府に改善を求めるということも考えら れる。長期の裁判を回避するためには、消費者や従業員に関する制度にしっかり目配りをしておく ことが必要である。取引先や連携先との間で紛争が起きた場合、裁判ではなく、仲裁を利用する合 意をしておくことも必要である。インドは、外国仲裁判断の承認執行に関するニューヨーク条約に 加盟しているため原則的に外国の仲裁判断をインド国内で執行することができる 5 )。最近ではイン ドに関連する紛争については、シンガポール国際仲裁センターの人気が高まっている。企業進出を する場合の各州内の地域の選定については、後で詳しく述べる。労働問題については、労働紛争の 少ない州を事前に調査しておくことが、重要であるが、外資系企業で職歴のあるインド人スタッフ を雇う、労使協同型の企業運営を行うことが有効な方策ではないかと考える。ブルーカラーを雇用 する場合、労働組合が強くなるので、組合対策を検討しておかなければならない。 2 )インド企業の特徴と日本企業の関わり インド企業の多くは、家族経営である。このようなことは、大きな企業グループを成す財閥であっ ても見受けられ、同族経営が行われている。家族経営の場合、プロモーターと呼ばれる創業者株主 が企業経営に深く関わっている。家族経営の場合、プロモーターの勘と人を圧倒的するカリスマ性 によって運営されており、経営判断は必ずしもデータや論理に基づいていないことがある 6 )。こう した企業では、従業員がデータや論理に基づいた事業判断の習慣を身に付けていなかったり、経営 感覚のないプロモーターの親族が主要ポストを占めていて事業拡大の妨げとなったりしがちであ. 3.
(4) る。インド企業は、計数管理が苦手で商品別の利益がまったく見えなかったり、コンプライアンス や内部統制の仕組みが不十分な場合も多い 7 )。日本企業が、インド企業と連携する場合、財閥系企 業と連携するのが賢明な方法であるが、財閥系企業から技術力、資金力の面で日本企業に期待して いる声も上がっている。家族経営の企業を買収する場合、買収後も引き続きプロモーターに経営に 参加してもらうことになる。この場合、法務リスクの観点からは、株主間協定書や合弁契約といっ た形でインド側と書面を交わしておくことが重要である 8 )。また早期に家族経営から組織経営に移 行していくことが必要である。そのさい成員全員参加型の経営にする、在外インド人を経営幹部に 採用する、要職に日本人を配置する等の工夫をしなければ、スムーズな移行はできない。 インド政府は、多くの労働人口に対して十分に雇用を供給できるように2000年以降は IT に代表 されるサービス業の育成に力を注いできたが、現在は、産業全体に占める製造業の比率を上げて農 村から流入する人口を雇用していくことが最大の課題となっている 9 )。インド政府は、2011年11月 に国家製造業政策(NMP)を掲げ、国家投資工業地区(NIMS)の開発を進めるとともに、中小企 業の育成と製造業人材の育成を進めたいとしている。製造業を育成したいインドにおいて日本企業 の果たせる役割は大きい。日本の持つ生産技術力、現場における品質管理力の高さは、定評がある。 日本の製造業が、インドを生産拠点としたグローバルサプライチェーンの再構築、インド市場の 購買力の発展に合わせた商品開発ができれば、インドで成功する可能性は十分ある。 3 )インド社会のインフラの未整備 インド社会では、インフラの整備が遅れている。インド政府は財政難で、都市開発のさいインフ ラ整備は後手に回っている。インフラの未整備は、一般に日本企業のインド進出を妨げる要因にな るが、インフラ関連企業にとっては大きな事業機会とみることができる。インドでは、インフラ 分野の調達は、大別すると公開調達と事前資格審査型調達の 2 種類の方法がある10)。さらにこれに PPP(官民連携)が加わる。これらは、日本のインフラ関連企業にとって決して受け入れやすいも のではないが、日本国内のインフラ事業が頭打ちとなる中、困難な状況を乗り越えて受注を図らな いと日本のインフラ関連企業の将来は暗いものとなる。インフラ関連企業は、単に建造物の売り切 りだけでなく、設計、資材調達、建設、運転、維持管理の事業へとバリューチェーン上の事業領域 を広げることができる可能性もある11)。PPP 案件は、道路・港湾等の土木系インフラが多いが、バ リューチェーン中に所有が入り、インフラ所有のリスクを負うことになるので、注意が必要である。 インフラ事業に付帯した技術サービスの提供、関連機器の販売の可能性もある。インドのインフラ 関連企業は、インフラ事業を中心に関連事業を内製化してきたが、一部のトップ企業を除き、規模 は小さい。そこで技術力、規模、実績等の補完ということで外資系インフラ関連企業の支援を必要 としている12)。 インド政府は、インフラ整備を積極的に推進しているが、多くの課題が指摘されている。 具体的には、次の点が、挙げられる13)。 ① 日常的に発生する計画遅延 ② 体制の充足度によって運用が異なる入札制度 ③ 高い訴訟リスク ④ 発注者の支払い能力に対する不安 ⑤ 建設業における深刻な人材不足 ⑥ 資材高騰と資金調達 ⑦ 紛争解決メカニズムの弱さ. 4.
(5) 伊藤俊男 ■. 4 )インド市場進出のさいの地域ドミナント方式 インド市場全体は伸びているにも関わらず、収益が期待したほど伸びていない日本企業も少なか らずある。それらの企業は、ⓐ販路開拓、ⓑサービス体制の確立、ⓒ現地生産、ⓓ現地市場向け製 品開発、ⓔブランド認知度を高めるための広告宣伝といった投資ができていない14)。 苦戦している日本企業の戦略スタンスは、多くの場合「小さく始めて大きく育てる」方針で、次 のような点でおおむね共通している15)。 ① 主なターゲットは大都市の富裕層 ② 市場には後発参入(すでに先行企業がある) ③ ハイエンド(高級)製品に特化 ④ 製品は輸入中心(価格競争力は弱い) ⑤ 広告宣伝は必要最低限 ⑥ 代理店に販路開拓を委任 ⑦ サービス体制は販売量の増加に合わせて構築予定 取扱い商品の市場がグローバルに広がる中、インドに投下できる経営資源が限られているのであ れば、ターゲットを絞り込んだ戦略と、それを実現するための日本本社の関与およびバックアップ が必要である。まず特定の州でドミナント戦略(自社製品に市場で圧倒的な優位性を持たせる)を 取り、そこで成功したら、次の州でドミナント戦略を取るということが良策である。 インドは、イギリスから独立するさい、言語や文化が異なる地域ごとに州を形成した。インド全 土で一律に自社製品の市場展開を図ることは良くない。野村総合研究所(NRI)は、日本企業がター ゲットとすべき世帯年収の層としてミドルリッチ層(世帯年収20~50万ルピーの層)を上げている。 毎年の経済成長に伴い、現在低い世帯年収の層に含まれていた世帯がランクアップすることもある が、NRI の2007年度・10年度の「インドの生活者意識・行動調査」時点の世帯年収の層を念頭に地 域ドミナント方式について述べる。インド社会の現況からして、数年間で大きく製品の市場展開の 変更を迫られることはないと考える。ミドルリッチ層を含め、それより世帯年収が多い層を富裕層 とした場合、富裕層は、居住地別に 3 つのタイプに分けられる16)。 ① 大都市中心部に住む旧来からの富裕層 ② 大都市外縁部の新街区あるいは大都市近郊の衛星都市に住む新興の富裕層 ③ 地方都市あるいはその周辺に住む資産家の富裕層 ①の富裕層は伝統的な価値観を持った富裕層が多い。①の富裕層の市場は、競争相手が多く、し かも市場の底が浅い17)。日本企業としては、消耗戦で疲弊しないようにすべきである。②の富裕層 の住んでいる地区には、過去10年ほど、インドの経済成長を支えてきた IT や通信等の企業が立地 している。外資系企業もある。彼らは、そのような企業に勤め、収入は年率10%以上で増加してい る18)。彼らの生活スタイルは西欧化が進んでいる。外国製品に対する受容性も①の富裕層より高い。 ③の富裕層については、土地価格の上昇により保有資産額が増えた人たちが消費を活発化させてい る19)。購買力が高く、最新の電気製品や自動車等が多く注文されている。主に定番のブランドを選 ぶ傾向があるため広告宣伝等によるブランド認知度向上が必要である。近代的で西欧化された中間 層以上の生活スタイルである。インド全土に多くの支店を持つような先行企業でも、③の富裕層が 住んでいる地区の販売網は必ずしも充実していないという指摘もある20)。後発の日本企業にとって は有望な市場といえる。 ミドルリッチ層を含む富裕層が地域別に 3 つのタイプに分かれることを踏まえ、州ごとに地域ド ミナント方式を進めていくことになる。. 5.
(6) 5 )インドでの M&A の特徴 日本企業による外国企業の買収は、アメリカ、イギリス等を始めとする他の先進国企業による買 収とかなり異なった特徴がある21)。欧米企業による外国企業の買収の場合は、買収の対価として株 式を利用するケースもけっこうあり、とくに大型の買収の場合には株式が使用される例が非常に多 い。日本企業の場合にはほぼすべて現金による買収である。このように日本企業が、現金による買 収を選択する背景には円高(現在は是正されている)や金利安、もともと現預金を豊富に蓄えてい るために買収資金を現金で潤沢に準備できることがある。株式を対価とする買収に慣れていない面 もあるかもしれない。 インド投資では、ゼロから拠点を立ち上げるいわゆる「グリーンフィールド投資」は少なく、 M&A が多い22)。インドの地域社会の深奥に直に関わるリスクを避けるため、投資方法としてグリー ンフィールド投資ではなく、M&A が選択される。インドにおける M&A の事例を見てみるとほぼ 現金を対価とした資本参加・株式買収案件である23)。インド会社法には、英国法から取り入れたス キーム・オブ・アレンジメントという制度も設けられているが、日系企業の M&A 案件ではあまり 利用されていない。資産譲渡(アセット・ディール)の数も株式譲渡に比べると、少ない。スラン プ・セールという事業譲渡の形式で買収するスキームを組むことがある。スランプ・セールは、事 業を集合体として譲渡する取引であり、個別の資産を承継する資産譲渡とは異なる。スランプ・セー ルは、株式公開買付規制の適用を回避するため利用される。スランプ・セールは、インド企業同士、 欧米企業によるインド企業の買収案件では多く用いられている方法であり、今後、日系企業のイン ド M&A 案件の手法として活用が進むことが期待されている。日本企業も投資方法の選択肢を増や すべく、現金による買収だけでなく、参考事例の揃っているスランプ・セールを検討すべきである。 インド会社法上、普通決議は株主総会の過半数、特別決議は75%以上の賛成により可決すること ができるとされている24)。そこで多数派となるためには、過半数ないし75%以上の株式を取得する 必要がある。 インド企業の買収価格は、日本企業の買収価格よりも高い。EBITDA 倍率25)で10倍になること は珍しくない。ちなみにコクヨが2012年にインドのカムリンを買収した時の EBITDA 倍率は27 倍、第一三共によるランバクシー・ラボラトリーズ買収時(2008年)の EBITDA 倍率は30倍であっ た26)。この倍率はインドでもかなり高いものである。買収価格にのれん代が含まれているので、 PMI(買収後統合)によるシナジー効果でのれん代相当額を回収しなければならない。第一三共は、 最近、ランバクシー・ラボラトリーズをインド企業に売却した。 インドに進出しようとする企業にとって、不都合な点は多数存在するかもしれないが、何よりも ピンチこそチャンスだと心に言い聞かせることが肝要である。自社にとって苦しいことは、競争相 手の企業にとっても苦しいのである。競争相手が少なければ、自社が大きな成果を得る可能性が高 くなる。欧米企業、中国企業、韓国企業、インド企業との競争に勝ち抜いていかなければならない。 ケースによってはインド企業との連携の道を探るという選択肢もある。 4 .グローバルなさまざまなリスクへの対応 地政学的パワーバランスの変化、経済安全保障、通商のための長い海上輸送ルートの安全確保、 イスラム過激派対策、海賊対策等は、第一義的には、関係国政府、国際機関が対応すべきことであ るが、そのことはグローバルに活動する企業にとって大前提である。企業としても上記のことをつ ねに念頭において対応していかなければならない。中東で小競り合いがあっただけでも、企業活動. 6.
(7) 伊藤俊男 ■. に大きな影響を与える。企業が、国際紛争に巻き込まれたり、非合法組織による犠牲者になること も考えられる。 ソ連崩壊により、冷戦構造が崩れ、アメリカの一国支配が20年近く続いたが、今後、紛争地域で のアメリカの警察機能に期待することは、できなくなっている。日本と対等の立場でパートナーと なってくれる友邦を増やしていくしかない。古代によく行われた朝貢の礼を取る外交の焼き直しの ようなことは決してやってはならない。インドは親日の大国である。南アジアでは、インドとパキ スタンの間の紛争が懸念材料であるが、ともにイギリス支配の及んだ地域であり、共通点も多い。 パキスタンの法曹実務家がインド最高裁判所の判例をよく取り寄せたりしている。両国を含めて数 か国の間で通商協定が結ばれている。 新興国の経済発展とともに、地下資源、食糧の需要が大きくなり、確保が難しくなる可能性があ る。インドは国内である程度、地下資源、食糧の供給は確保できているが、経済成長にともない外 国からの輸入に依存する割合が大きくなることは間違いない。日本が、地下資源、食糧の大消費国 インドと共同歩調をとれることは、同じく地下資源、食糧の大消費国である日本にとって追い風と なる。インドとは、レアアース等の希少資源の開発、海底資源の開発で協力することもできる。イ ンドは、慢性的な貿易赤字、財政赤字に苦しみ、通貨ルピーは減価傾向にあるが、日本が、資金面 で協力できる部分は大きい。日本は、人口減少社会になり、近い将来、労働力不足が懸念されるが、 インドは、近い将来、若年労働力を大量に供給できることは確実である。 日本政府は、専守防衛の立場をとっているので、領海外での海上輸送ルートの安全確保は日本だ けではできない。エネルギー資源は中東に偏在しているが、インドは、中東からのエネルギー資源 の海上輸送ルートの途中に位置している。インド洋海域の航路なら、インドに海上輸送ルートの安 全確保について協力を求めることができる。 シリア、イラク、アフガニスタンでイスラム過激派のテロに巻き込まれた場合、ソマリア沖で海 賊に拉致された場合でも、極東に位置する日本からインドに中継基地をおくことができる。 グローバルリスクへの対応は、すぐに企業の収益増加に結びつくものではないが、しっかりやっ ておかないと企業活動が根底から揺らいでしまうことがある。 5 .結論に代えて 日本社会は、少子高齢化により、人口減少社会に入ってしまった。持続的な経済成長を続けるた めには、日本国内の市場だけでなく、新興国市場に注力していかなくてはならない。 冒頭で、日本企業が進出すべき新興国市場は、いくつかの状況から詰まるところインド市場であ ると述べたが、企業進出に当たっては下記の点をしっかり踏まえておかなければならない。日印と も近代社会の形成に当たってイギリスを手本としている。インド国内の状況について、法制度、イ ンド企業の特徴と日本企業の関わり、インド社会のインフラの未整備、インド市場進出のさいの地 域ドミナント方式、インドでの M&A の特徴はしっかり踏まえておかなければならない。グローバ ル企業は、グローバルなさまざまなリスクに対応しなければならない。 日本の企業にとって、新興国市場は可能性に満ちているが、さまざまなグローバルリスクを鑑み て注力していかなければならない。投資効率の観点だけで、進出先を決めてはならない。重要な パートナーを確保しなければならない。新興国の中には今後のめざましい経済成長が期待される有 望な国が存在するが、前記のことからすると、インドという大国に新興国投資の多くを向けていく べきであるということになる。日本は、今後、官民挙上げてインドとの経済連携に取り組むべきで はないだろうか。日本の企業は、インドでの M&A を取り巻く環境、M&A そのものについて、重 点的に検討を加え、インド企業と連携をしながら市場開拓、市場拡大を図っていかなければならな. 7.
(8) い27)。 インドの企業は、アフリカ各国にすでに経済進出しており、日本の企業とは異なるグローバル化 を展開している28)。日本の企業がこれらインドの企業と連携するということも考えられる。また中 東や東アフリカには、印僑が居住しており、インドを拠点に印僑のネットワークを利用してそれら の地域に進出していくことも可能である。 日本の気候は、湿潤温帯性気候なので、日本人にとって高温地帯での勤務、通勤、居住は適応に 時間がかかるが、インド人なら適応に手間取ることはない。 引用文献等 1 ) 久保光太郎稿:インドにおける M&A の実務,147-148,西村高等法務研究所責任編集,小口光,久保光太郎 共編著,太田洋,福沢美穂子,孫櫻倩,吉本祐介共著:アジア進出企業の法務 M&A 法制を中心として,商 事法務,2013 2 ) 同上稿,146-147 3 ) 同上稿,165-166 4 ) 同上稿,166 5 ) 同上稿,171 6 ) 又木毅正,中島久雄共稿:特集 急拡大するインド市場と日本企業の課題 3 インドの財閥・企業と外資企 業の戦略提携・投資に向けた秘訣,62,知的資産創造,野村総合研究所,2012 7 ) 同上稿,64 8 ) 久保光太郎前掲稿,153 9 ) 野村総合研究所インドタスクフォース 中島久雄,岩垂好彦共編:転換期を迎えるインド 変化をチャンスに 変える日本企業の戦略, 4 ,東洋経済新報社,2012 10) 同上書,101-107 11) 同上書, 8 12) 同上書,119 13) 同上書,107-108 14) 同上書,38 15) 同上書,39-40 16) 同上書,50 17) 同上書,46 18) 同上書,51 19) 同上書,55,56 20) 同上書,61 21) 太田洋稿:アジアへの進出に際しての全般的留意点―税務面を中心に, 6 - 7 ,西村高等法務研究所責任編集, 小口光,久保光太郎共編著,太田洋,福沢美穂子,孫櫻倩,吉本祐介共著:アジア進出企業の法務 M&A 法 制を中心として,商事法務,2013 22) 久保光太郎前掲稿,150-151 23) 同上稿,160-161 24) 同上稿,161 25) EBITDA 倍率= EV(株式価値)/ EBITDA(税引前利益に支払利息と減価償却費を加算したもの) 。EBITDA: Earnings Before Interest, Taxes, Depreciation and Amortization。 26) 知野雅彦,高嶋健一,岡田光共稿:特集論文-Ⅳ クロスボーダー M&A の実務上の留意事項,76,一橋大学 イノーベーション研究センター編:一橋ビジネスレビュー,60巻 4 号,SPR.,東洋経済新報社,2013 27) インドでの M&A を取り巻く環境、M&A そのものについての詳細は、久保光太郎前掲稿を参照されたい。 28) インド企業のサハラ砂漠より南のアフリカ諸国への進出については、インド大使館に協力してもらい、データ を入手する方法がある。また印僑のネットワークについてはインド大使館だけでなく、中東諸国、東アフリカ. 8.
(9) 伊藤俊男 ■. 諸国の大使館に協力してもらい、データを入手する方法がある。. 参考文献 1 ) 大久保功,佐山展夫共稿:特集論文-Ⅰ クロスボーダー M&A の現状,一橋大学イノーベーション研究セン ター編:一橋ビジネスレビュー,60巻 4 号,SPR.,東洋経済新報社,2013 2 ) 伊藤友則稿:特集論文-Ⅱ クロスボーダー M&A と経営,一橋大学イノーベーション研究センター編:一橋 ビジネスレビュー,60巻 4 号,SPR.,東洋経済新報社,2013 3 ) 森,濱田松本法律事務所 アジアプラクティスグループ編:アジア新興国の M&A 法制,商事法務,2013 4 ) 有限責任監査法人トーマツ 北地達明,北爪雅彦,松下欣親共編:M&A 実務のすべて,日本実業出版社, 2012. 9.
(10)
関連したドキュメント
奥村(2013)の調査結果によると,上場企業による財務諸表本体および注記
第五章 研究手法 第一節 初期仮説まとめ 本節では、第四章で導出してきた初期仮説のまとめを行う。
新型コロナウイルス感染症による
当第1四半期連結累計期間における当社グループの業績は、買収した企業の寄与により売上高7,827百万円(前
シンガポール 企業 とは、シンガポールに登記された 企業 であって 50% 以上の 株 をシンガポール国 民 または他のシンガポール 企業
このほか「同一法人やグループ企業など資本関係のある事業者」は 24.1%、 「業務等で付 き合いのある事業者」は
従って,今後設計する機器等については,JSME 規格に限定するものではなく,日本産業 規格(JIS)等の国内外の民間規格に適合した工業用品の採用,或いは American
従って,今後設計する機器等については,JSME 規格に限定するものではなく,日本工業 規格(JIS)等の国内外の民間規格に適合した工業用品の採用,或いは American