中国都市水利史研究の現状
全文
(2) 150. た。水利工程は皇家「園固」 (庭園)に給水し,都市の 水路交通と通ずることを主とし,これらの水利工程が形 成した水域と河渠がうみだした美的機能は最初に皇家園 林に用いられ,以後徐々に変化して社会的財産となり, 工程効果や巨大な社会効果と環境効果をうみだした。 6世紀以後は封建礼制を基礎とする「営国」 (国都建 設)制度が日増しに都市の企画・建設を制約した。都市 水利は都市と自然環境の矛盾を結合した。水路網の発達 した太湖流域,都市水利が蘇州,無錫等の都市に交錯し ながらも秩序のある都市水道と精巧で感動的な園林をも たらし,杭州西湖は貯排水よろしきをえた都市湖泊と著 名な風景名勝地となった。また乾燥した北方都市でも広々 とした水域,溝渠が縦横にはりめぐらされた風景美と市 政機能が完備した都市が創造された。 中国古代都市は往々にして増,河で城を守った。城堵 (城壁)と護城河は水利「工程」 (施設)であり,市政 「工程」 (施設)でもあった。城増で洪水を防ぎ,護城 河はさらに都市区域の洪水と汚水を吸収する重要な「工 程」 (施設)であった。水利「工程」 (施設)の市政機 能は都市の発展につれて徐々に突出してきた。流域に跨 る運河工程は,都市と各中小都市を連係させた。運河沿 いの城鎮は最初,城池防御原則で配置され封鎖型護城河 であったが,後に開放型に改造された。護城河(濠)は 都市内外の水系疎通の要となった。 古代水利工程は都市給水と排水系統の骨格をささえた。 環境美・市政機能が完備した都市は往々にして合理的に 企画され,妥当に管理された水利「工程」 (施設)体系 をもっていた。水利の地位は都市某局部の範囲では都市 園林と建築物の配置という環境芸術の需要によるもので ある。大きく発展した都市の時間空間と地域空間は都市 の生命であり,都市の風格を形成する霊魂であり, 「工 程」 (施設)領域を超えた社会的財産でもある。 本世紀以来多くの国際都市は功を急ぎ利を求めて建設 を進めるなかで,多くの国際化都市を建設し,中小都市 もそれにつれて発展したために,都市の特色は徐々に失 われ,人と自然の距離は日増しに拡大した。水利工程の 市政機能はさらに重視されたが,環境機能はおろそかに された。人々は都市河湖水系を容量無限の流動的ゴミす て場とみなし,河道を於塞させ,水域を不断に縮小させ た。水環境の悪化は都市に洪水を収容する湖泊と清潔な 城市河道を減少させ,自然と一体化した遊覧休息場所を 失わせた。都市環境質量の低下がもたらした悪影響はこ れにとどまらなかった。疾病の増加,城市気候の温暖化 現象,および派生した種々の社会的影響。 6 0年代以来, 都市企画観念が転向し,自然に接近し,自然と融合して 都市を発展させる方向になり,水環境企画を含む都市発 展企画が日増しに人々に重視されてきた。中国都市は80 年代より急速な進行過程をたどり,ヨ-ロッパ諸国が発. 展過程の中で,水環境を略奪・破壊してきたが,我々も 再演した。中国古代都市水利は現在にいたるまで人々に 絶対的水環境と称されるまでに創造されてきた。その保 護と利用は今日の都市発展に矛盾していないのみならず, 一方,都市も近代化に遠進するためにはかならず注意し なければならない分野であった。水環境企画を都市発展 企画の重要な要素とし,今後の都市発展企画の方向にむ けなければならない。中国古代都市水利は多くの参考に なる貴重な遺産であり,その研究は開始されなければな らない。. 〔2〕郭涛(四川聯合大学資源管理研究所) 「都市水利 と都市水利学」は次のように述べている。都市水利とは 都市の発展と関係のある問題の総称である。都市水利は 都市建設・発展目標にふさわしい水災防御と都市水資源 の総合開発・利用と保護の水利工程と水管理問題である。 都市水利の機能は①防災機能, ②給水機能, ③交通機能, ④環境美化機能, ⑤総合管理機能である。都市水利の特 徴は①総合性, ②基礎性, ③公益性, ④資金密集性, ⑤ 管理の複雑性である。都市水利学は都市の安全,経済, 環境と水の関係に対する総合研究を進めること,ならび にこれらの研究成果を応用して都市水利企画,建設,管 理を指導する科学である。都市水利学の内容は①都市水 資源の総合評価, (塾都市水災の特徴と規律, ③都市水利 の総合企画原則およびその方法, ④都市防洪経済と防洪 体制, ⑤都市水資源開発利用の総合致益評価, ⑥都市給 水およびその効益, ⑦都市水運の開発原則と致益の比較, ⑧都市水源工程企画と開発, ⑨都市水環境美化と保護, ⑲都市水利管理体制である。そして都市水利学の特徴は ①知識内容の交差性, (診学際性, ③学科主体の実践性, ④研究方法の``軟" "硬"二重性である。協同合作を強 め,都市水利学の研究を発展させよう。その具体的内容 は①都市水利内容の比較的豊富な大中都市で都市水利専 業委員会を建設し, ②水利学会と都市水利専門委員会は 都市水利に関する実践,都市水利の学術活動を強め, ③ 学会で都市水利学の学術交流を強め,都市水利管理体制 の転換をすすめ, ④条件が熟した時期に大学で都市水利 本科専業あるいは研究生を設置し,人材を育成する。 〔3〕郭涛「都市防洪経済安全度の研究」は次のように 述べている。 本論で,都市防洪基準の一つの評価基準,即ち,防洪 経済安全度を提出し,当該指標の基本公式を確定し,当 該指標の相関量およびその内容,当該指標が都市防洪建 設企画と防洪投資効益評価中の作用で分析を進めたと言 われる。.
(3) 中国都市水利史研究の現状. G (総合致益) A. (防洪安全度) P (防洪総経費), ・ N (洪水危険係数) E (経済致益)・S (都市地位) P・N Gは設定された水準年,設定された防洪基準条件に対 して投資が行われて獲得した総合効益。 Pは設定された都市防洪基準を満足するために投資さ れなければならない防洪総経費。 Nは設定された防洪基準に対する洪水危険係数であり, それは100年中,設定された防洪基準の下,当該洪水出. 151. 給水の水源地の資質汚染, ③都市給水で科学的企画と規 範的管理が欠乏し, ④水は商品であるということが人々 の意識になかで比較的薄弱である。都市給水対策は①都 市給水企画を行う, ②給水管理(計画用水・定額配水, 「工芸」く工業・工芸技術)を改革し,その消費量を低 下させ,水の再利用を高める。拾水資源の保護,統一的 水管理機構を建設し,取水・引水量を厳しく統御する。 地表地下水の貯水と水源補充,土壌空虚度の拡大,水質 保護,水源を開き,貯水し,都市給水機能の拡大)を強 める。. 〔6〕呉紹坪(広西水竃局) ・張徐翼(黄河水利委員会 黄河志総編室) 「城鋲における水資源管理と管理体制の 改革」は次のように述べている。本文は水資源管理の内. 現の頻度数である。 (たとえば防洪基準が20年1遇の洪 水を予防するならば, N-100/20-5である。 ). 容を分析し,城鎮水資源の現状,即ち城鏡の水不足,水 源汚染の重大性,当面する水資源管理体制に存在する弊 害など各種の部門が交わり,多くの治水が行われている. Eは直接・間接経済致益を示し,またSは都市の政治 地位等級係数,経済地位係数,交通地位係数,歴史地位 係数,環境地位係数を示した。 この公式は第一に都市防洪企画において合理的防洪基. 情況を分析した。イギリスのテームズ川水務局で行われ た統一的管理の経験と国内で比較的成功した経験を参考 として水資源管理機構構想を提出した。即ち,地区より 流域範囲に発展して,水行政主管部門により水資源を統. 準を確定でき,第二に都市の防洪基準に客観的評価を与 え,合理的調節をすすめることができ,第三に異なる都 市,異なる防洪基準で防洪投資された総合効益に対して, 客観的に比較でき,防洪建設を科学的,合理的に発展で き,第四に防洪保険事業に科学的根拠を与えることがで きる。. 一的に管理し,水資源を統一的に調節し,水費と水資源 費を統一的に徴収し,水汚染防止費を統一的に徴収する。 これは現存の弊害を克服し,水利改革を深化させる必要 性からでてきたものであり,水利産業体制を順調化させ る重要な道であり,水資源利用を高める必然的な発展の 方向性なのである。. 〔4〕李健生(中華人民共和国水利部) 「中国における 洪水と都市防洪」は次のように述べている。中国都市の 防洪基準の目標は特別重要都市(都市人口710万人)は 200年1遇(200年に1回) ,重要都市(都市人口100-. 下限基準とし, 「中遠期」 (2010-2020年)は上限基準 で執行することにした。 また①都市防洪は系統的工程であり,かならず総合的. 〔7〕超文謙(四川聯合大学水利系) 「水利工程の環境 問題と対策」は次のように述べている。水利工程は決し て(水,土,大気の)環境を汚染する機能をもっていな い。逆に,それは多くの環境放益をもっている。また多 くの水利施設は環境を改善する機能をもっている。水力 発電は最も清潔なェネルギ-であるoしかし,水利建設 は一般的に比較的広大な自然の中で展開し,不可避的に 一定程度,自然様相と生態環境を改変し,すでに形成さ れた平衡状態を妨害し破壊した。従ってなにがしかの負 の影響を与えてきた。水利工程はただ「勢いによって利. に治水管理しなければならず,防浜,除浜,航運,給水, 汚染防止,生態環境の保護等を統一的に処理しなければ ならない。 (塾防洪工作を都市の基礎的施策としてあつか. を導き,時によって宜を制す」という原則にしたがい, 合理的に企画し,誠心設計し,誠心施工し,科学的管理 を強めれば,多くの負の影響は解決できよう。. 50万人)は200-100年1遇,中等都市(都市人口50-20 万人)は100-50年1遇,小都市(都市人口20万人)は 50-20年1遇とした。 「近期」 (2000年まで)は上述の. い,新開発区では地面の整地,電気,通信,上下水道, ガス,道路等管線の処理を良好にし,都市自身の防浜を 除湧(3)と一緒に処理しなければならない。 〔5〕周可玲・康夫「都市給水の研究」は次のように述 べている。現在の都市給水に存在する問題は①強力に地 下水資源を採掘したために深刻な結果が生じた, ②都市. 〔8〕丁鶴「都市水利に対する再認識」は次のように述 べている。都市は人類文明と精神文明が発展した一定段 階の産物である。人類自身の進化発展史と同じように, いかなる都市の創建,発展も水とは切り放せない。水は 一切生命の根源であり,あらゆる都市の命脈である。人 類の生存にとって不可欠な水環境が全地球的に不断に悪.
(4) 152. 化している今日では都市は最大の被害者の一つであり, また主要な加害者の一つでもあった。従って,都市およ び相関地区において,いかに水利を興し,いかに水害を 除くかが都市水利に関する研究方法の-課題であり,全 社会にとっても直面している問題でもある。現在都市水 利に関する問題点は①水不足, ②水質汚染, (診洪湧水害 である。都市水利の特徴は①都市水利は水に対する依存 度が高い, ②都市水害は重大性と拡大性をもっている, ③都市水利は広範な総合性をもっている。 ④その他,防 洪基準の高さ,建設投資の大きさ,管理需要の厳しさ, 水害種類の多さ,防災責任の重さ,総合機能がそろって いること,経済致益の顕若さがあった。都市水利に対し て再認識すべきことは,①治水,水利の結合, ②総合治 水によって致益を高める, ③水源を拡大し,流れを制御 すれば,潜在能力は大きい,また④科学技術によって水 利を興す等であり,その課題は多い。 〔9〕 ☆丁鶴「都市水利の思考」は水と都市の関係,水 の都市に対する影響と制約について,分析したと述べて いる。 〔10〕周強(鄭州市水利局) 「都市防洪」は次のように 述べている。都市は地区の心臓である。都市における洪 水災害は都市に巨大な損失をもたらした。都市の防浜を 十分に行わなければならない。都市の防浜は多方面から 措置しなければならず,それでようやく災害を免れたり, 減少することができる。 都市の形成はその多くが江河に沿って徐々に発展して きたものである。我国の都市は総人口の10%,社会的商 品販売総額の60%,固定資産の70%,工業総生産高及び 納入税額の80%以上,高等教育,科学技術の90%以上を 占めている。 洪水の都市に対する損失は巨大であり,従って都市防 洪工程は極めて緊迫しており,また重要である。 都市洪水災害の原因と特徴は, ①都市には溝,河梁が 多く,いったん暴雨にあうと受災面積は大きい。 ②年降 水量の分布が不均等であるために,往々にして早害のな かで務がおこり,務が去って早害がおこるなど,暴雨が にわかに発生しやすいために,洪水災害がおこりゃすい。 ③上流は流れが急で量も多く,勢いも強いが,下流は流 れが緩慢であるために都市が洪水災害にあう頻度は高い。 ④上流で林木を伐採し,水土保持ができなくなり,大量 の泥抄が河床を上昇させ,都市の地面が河床より低くく なったり,洪水位より低かったりなどして,都市に洪水 の脅威が増している。 都市防洪基準は一般的には50年1遇,条件がそろえば 100年1遇としている。しかし,この基準に達していな い所が多い。都市建設と河道との矛盾,河道管理機構の. 不完全,管理の不統一,社会心理行為と防浜との矛盾, 即ち洪水を軽視したり債幸心理が存在していることなど がある。 これに対して(丑都市全体の防洪企画をたて, ②合理的 に行える防洪基準を制定し, ③非工程(水利工事・施設 以外の範噂)の防洪措置企画と配置(分流,洪水貯水区 の設置)を行い, ④水土保持,貯水,都市緑化を行い, ⑤ダムの防洪基準と安全度を高め, ⑥防潮工作を強め, ⑦都市水利研究を向上させ,予報調節系統を確立する ことであった。 〔11〕 ☆劉仲桂(広西水利電力庁) 「都市水利の機能を 発揮して都市経済の発展を保障しよう-1994年雨期都市 洪漢災害後の反省-」は都市水利は都市建設とその発展 過程において非常に重要な工作であり, 1994年雨期に数 回おこった都市洪湧災害が造成した損失に対して反省し, 都市水利を軽視できないことを説明した。本文では都市 水利の機能および都市水利をうまく行うためのいくつか の意見ならびに検討課題を述べたと言われている。 〔12〕 ☆挑雨霧(重慶建工学院) ・呉赴赴(広西規画設 計院) ・王聯芳(柳州水司) ・祝清栄(済寧市自来水公 司) 「新型双層均句波料遺池過渡技術の研究」は本文で 一種の新型二層均等漬過装置を提案した。それは深層均 等汚水排除機能をもち,工作周期は長く,汚水排除能力 は高く,産水量も比較的高いという特徴があった。それ は従来の二層級波過装置のもってる表層保留等弊害を克 服できた。それはまた単層均等漬過装置に比べると装置 の底は浅く,中国現有の波過装置を革新することによっ て通用できると述べている。 〔13〕 ☆張智(垂慶建築大学城建学院) 「P. S櫨料移 動床過渡理論と技術に関する研究」は次のように述べて いる. P S櫨過装置は軽量という特質を十分に利用して, 連続洗浄,省力(省エネルギー) ,節水,自動制御を容 易に実現できるという特徴をもつ移動床波過装置を装備 しているO本文では移動床波過装置の液過理論と技術に 対して一定の研究をすすめた後,それは開発前線の慮過 技術であることを認めている。 〔14〕 ☆K.H. >ヾ-ク(韓国Yeungnam大学) 「一種合理的水利管理系統の最良模型」は次のように述 べている。本課題の目的は合理的流域管理体系を開発す ることである。合理的管理体系を制定するために, "衣 良増大動態規画(Modified Incremental Dynamic Programming-MIDP) "とよばれるものを使用した。 この種の模型を検証するためにそれを流域系統に応用し, 多用途の水庫(ダム) ,港概区域,発電所,民間用水と.
(5) 中Eg都市水利史研究の現状. 工業用水も含め,応用模型によって得られた結果をもと に,その民間用,濯概用,工業用,発電用水の致益は "MIDP"規画の模型を用いない時にくらべて高まった。 当該模型を用いることは個別方面ではなく全系統中にお いて水の需給と水の効益を高め,従ってMIDPを実行す ることは給水の増加と用水致益の拡大のためには非常に 必要である。 〔15〕 ★顔元亮(水利部災害環境中心) 「我国区域性都 市における高洪水危険に関する研究」 〔16〕 ★張群・鐘小芹(深別水務局) 「中国都市水利と 都市経済関係の研究」 【北京】 〔17〕項文娼(北京市水利規画設計研究院) 「北京水資 源の現状と展望」は次のように述べている。北京は首都 であり,都市生活,工業及び環境用水量は大きくまた集 中しており,給水保証率に対する要求も高い。そして北 京はまた天然水資源が欠乏しており,時空分布不均等の 厳しい「欠水城市」 (水不足都市)である。都市建設と 経済発展にしたがって,水資源は給水不足,水源汚染等 の問題に直面し,首都各種事業の発展を重く制約してい る。く北京都市総体企画)は北京を第一流の現代化国際 都市とする偉大な目標を確立し,北京水資源にさらに高 い要求を提出した。未来都市への発展過程中に出現する 可能性のある水資源需給矛盾と水環境問題にとっては上 述の目標の実現を保証し,かならず未来都市の広大な経 済発展および水資源開発利用と巨視的制御・管理をすす め,総合的に都市の発展規模を制御し,経済発展速度と 気候及び有効水資源開発,節流,保護,管理等の措置を とり,都市の社会,経済,水資源の協調的発展,生態環 境の優良循環を促進しなければならない。 〔18〕段天順(北京市水利史研究会) ・讃徐明(中国水 利水電科学研究院) 「水環境の北京古都風貌に対する成 果と都市発展中における地位」は次のように述べている。 古都北京は世界都市企画界で都市企画の傑作と公認され ており,北京都市とともに発展した水利建設は都市に系 統的給排水系統を提供しただけでなく,都城建築ととも に生輝をはなっ河流・湖泊をっくり,これら古代水利工 程もまたこの歴史名城文化遺産の重要構成要素であった。 本文で古代水環境発展変化の歴史を研究し,北京都市生 荏,都市環境質量中における水利の地位を論述した。北 京都市建設企画を制定し,北京の水環境が重視されなけ ればならないことを期待した。 国務院が批准した《北京都市総体企画(1991年-2010 午) ≫中では次のように述べられている。北京は徐々に. 153. 国際化都市となってきているが,古都の歴史風貌は北京 に都市特色を留めている。即ち,現代都市企画理論は次 のように考えている。歴史建築と歴史地区は都市質量の 積極的要素となっている。北京の選択は疑いもなく正し い。. 歴史の名城の風貌をいかに保っか。古い建築はもとよ り重要であるが,これと関連する景観環境,生活環境は 全都市の文化歴史にとって非常に重要である。北京の地 は早魅の多い華北平原にあり,水利建設は北京都市建設 の重要構成要素であった。北京の都市水利建設は金代に 始まり,元代に完成し,明清時代に鋭意経営され,引水, 都市給排水,調節の機能をもった皇家園園ができあがっ た。同時代に興ったその他の国家都城と比較すると,北 京の水環境は成熟した魅力に富んでおり,もし現代都市 企画の角度から評価すると,偉大な都市企画の傑作と称 されなければならない。水環境は古都風貌の重要要素で あり,北京の発展中,歴史文化の重層的両輪的継承と開 発を得なければならない。 〔19〕沈堵珠(北京市城市河湖管理処) 「北京市城区防 洪対策研究初探」は次のように述べている。北京ではそ の地理的位置が降水の時空変化を大きく決定し,最大年 降水量1406ミリメートル,最小年降水量は僅かに169ミ リメートルである。また,暴雨が多く,雨量が集中し, 城区は常に異なる程度の洪湧災害を受けた。史料の記載 によると1439年から1893年のあいだに城区の被災は18回, 即ち,平均25年に1回発生した。また年に2回発生した こともあり,小災は数えきれない。 建国以後,党と政府は人民大衆を動員して大規模の防 洪建設を進め,官庁,密雲,懐柔,十三陵等大中型水庫 (ダム)を建設し,上流の水を有効的に制御した。城区 は龍須溝等の汚水溝を管理し,排水体系を調整した。 40 余年来城区はいまだに大きな洪水災害を受けなかったの はこれらの防洪工程(工事)が機能した結果であった。 現在,北京市城区河道防洪基準はまた非常に低く,河 道建設は市政建設に比べて遅れており,河道の汲塞もひ どい。増水時にも安全に河を渡ることを確保し,必ず必 要な工程措置・非工程措置をとり,防洪工作の順調な進 行を保障しなければならない。 〔20〕 ☆薬毒(中国華能集団公司) 「北京古代都市水利 の成果とその経験」は次のように述べている。北京は古 代から水不足の都市であるが,金元が建都した後八百年 たち,都市水利は卓越した成果をえた。都市給水は,金 代に玉泉山より引水し,元代には温檎河より水をとりい れて城内に入れて,基本的に給水不足を解決した。都市 防洪上,内城確保を目標とする方針にしたがい,永定河 洪水を城区に入れることは許されなかった。都市環境水.
(6) 154. 刺,園林水利は開発利用上,顕著な成果をえた。都市の 水運開発においては,元代に京杭運河を建設し,江南の 「漕糧」 (水運された食糧)を直接,首都に入れ,国家 の「糧飼」 (食糧)需要を満たした。これらの成果が得 られた重要な原因は歴代政府は十分に都市水利を重視し, 都市水利企画を重視し,都市水利の集中的統一管理を重 視してきたからであり,これらの経験は参考に値する。 【天津】 〔21〕何慰祖・金蔭(天清市水利局) 「海河洪水及び天 津における防洪対策」では,次のように述べられている。 特に1801, 1939, 1963年の三回の洪水が天津市に洪水損 失をもたらし,天津都市の防浜は極めて重要となってい る。続いて,天津市の特殊な地理的位置および気候,地 形的条件そして天津市経済の急速な発展の現実から,天 津市都市防浜の現状および主要問題を分析した。渋,汲 潮災の複合的襲来に対して,天津は全面的防洪工程体系 を確立しなければならないが,水利建設に用いる経費に は限界があり,非工程措置も非常に重要である。河口, 河道の汲塞,地盤沈下等によって河道の排水能力が設計 基準の三分の一前後に低下し,従って天津市防浜は総合 措置を採用する必要があった。 天津市の防洪基準,防洪思想は"全面防護,市区の安 全確保''にあり,防洪対策は「上蓄(上流で貯水) ,中 疏(中流で津概) ,下排(河流で排水) 」にあたる適当 な地域を設定し,揺(激流)を防ぎ,工程・非工程措置 を結合した総合施策,防浜と防早の結合,そして相応の 組織機構の必要性を述べている。 【西安】 〔22〕豆暁明・劉自純「前漠霊車只渠の都市給水効果」は 次のように述べている。前漢霊頓菜は眉県滑河南岸より 引水し,また沿路で南山諸河を堵塞し,引水して上林苑 に配水した。最近西安では水不足となり,石頭河ダムよ り水を調達しようと計画している。この両件の事は相互 に比較すると,十分相似している。 【鄭州】 〔23〕桑琳・林彦春(水利部黄河水利委員会) 「鄭州市 の都市防洪において現在直面している問題とその対策」 は次のように述べている。鄭州市は河南省の省都で,全 省の政治,経済,科学文化の中心である。鄭州市は中 原(4)の中部に位置し,地は京広,儲海二大鉄道幹線の 交差点にあり,我国三大鉄道枢要の一つである。現在, 鄭州市はすでに我国中部地区最大の商業物資貿易中心・ 金融信用中心となっている。しかし,北は毒河,惟河の 支流に面し,責魯河水系が市区を通過し,黄椎の洪湧災 害が鄭州市人民の生命,財産の安全を厳しく脅かしてい. る。史料の記載によると,漢から解放前夜まで黄河の市 区における決壊記録は80余回に達し,要魯河水系の暴雨・ 洪水はかつて何度も鄭州市に数千万ないし数億元の洪携 災害損失をもたらした。鄭州市の城市防浜はすでに国家 25個の重要防洪都市の一つに列せられている。本文は鄭 州市都市防浜が存在する問題を分析した基礎の上に鄭州 市の都市現状と特徴にもとづき,鄭州市防洪戦術はおも に「外洪」 (黄河)の防御と同時に「内河」 (貰魯河水 系)から出現する可能性のある大洪水に対して適切に実 行すべき対策を提案した。黄河洪水に対する防御はおも に堤防強化工程建設,河遺改修控導工程,河道整備工程 であり,黄河洪水主流の氾濫・動揺の不利な情況を制御 することにあった。内河洪水に対しては主に「蓄,排, 分」の工程措置と完全な自動化の非工程防洪体系をとっ た。以上の工程措置と非工程措置によって黄河は100年 1遇,内河は20-50年1遇基準として洪水及び洪水時の 都市防洪安全を保証し,基準を超過した時には措置,対 策を設けてできるだけ洪災の損失を減少する。 【懸河流域都市(鄭州・開封・済南・新郷) 】 〔24〕李国慶(華北水利水電学院) ・張汝翼(黄河水利 委員会) 「懸河流域の都市防洪」は次のように述べてい る。黄河は世にも有名な泥抄の多い河流で,泥抄の強烈 な堆積により黄河河流は徐々に天井川の懸河を形成した。 一旦,堤防が決壊するとその結果は想像もできないほど である。従って懸河両岸の都市防洪情況はとりわけ厳し くなっている。本文は黄河下流の洪水特徴に基づき,ま た歴史的洪水が鄭州,開封,済南,新郷などの都市にも たらした重大な災害と巨大な損失を通じて,これら都市 防浜の現状とあわせて,その存在する問題点を分析し, 懸河の都市防洪に対して相応の対策を提出した。 【成都】 〔25〕張継海(成都市人民政府助理) 「成都市水環境総 合整備の新態勢」は次のように述べている。成都市にお ける本世紀で最大規模の市政建設項目は府南河整備工程 である,源流が遠く,長い流れをもっ眠江水が都市資源 の背景にある。概括的に回顧すると,成都市は「水によ り興り,水により栄えた」水利文化の歴史であった。人 口と工業経済の二重の圧力によって徐々に水環境優勢の 成都市が消滅し,府南河で露呈された都市を継続できな い困難性は21世紀生態文明の一種の歴史的失敗である。 明確に「水利は都市の命脈である」ことを提起し,調達 できる資金と資源を集中し,府南河を総合的に整備する きっかけとし, 「水により困る」成都市をなくし,都市 水利上,世紀にまたがる建設の新ページにしようとする ものである。成都市民は「府南河は未来を告げるもので, 都市水利をおろそかにする失敗は二度と繰り返してはな.
(7) 中国都市水利史研究の現状. らない」と考えている。 〔26〕熊達成・徐才洪(四川聯合大学水電学院) 「成都 市水利建設と社会経済発展の関係」は次のように述べて いる。府南河は成都市の母なる河で,成都市の創建と社 会経済の栄枯盛衰は府南河の治水管理の成功と関連して いる。歴史的経験は「水によって興り,水によって栄え, 水によって困り,水によって発(展)した」ことを証明 している。即ち, 「水」の意義とは府南河総合治水管理 であると言っても差し支えない。 (1)古萄国杜芋王朝は都を郷邑に建て,位を譲りう けた開明は新都に遷都し,その開明王朝第九世のとき成 都に遷都した。このように何度も遷都した理由はおもに 治水の重点工事と戦略的移転からであった。 (2)紀元前256年,秦の萄郡太守李泳が都江堰の重 要部分を作った。 ①内外二江分流構造を形成し,宝瓶口 で眠江の洪水を制御し,成都地区への侵入を少なくし, ②成都平原上の河流は濯概・排水兼用の幹支河系統を形 成し, ③成都水利は行舟,漂木,濯概,生態環境等に総 合利用された。歴代の改造と開発をへて,成都は社会的 に発展し,経済的に繁栄し,文化的にも発展し, 「天府 の国」と称され,漠代,成都は全国五代名城の一つとさ れ,そして唐代にいたると, 「揚州が-,益州が二」と 宣伝される名都会となった。唐偉宗乾符3年(876)西 川節度使高塀が羅城を修築した時,邸江(現在の府河) を改修して城北・城東の両面に巡らせ,合江亭にいたり 流江(現在の南河)と合流し,現在の「二江抱城」 (府 南河二江が成都市を囲む)構造を形成した。府南河の水 量は豊富となり,水質も澄んで清くなり,成都市の農業, 手工業(萄錦,紙等,醸造)と水運業が十分に発達したo 特に府河航運事業は歴史上政治,軍事,経済と文化各方 面で重要な役割をになった。建国後,成都は消費都市か ら生産都市に転化し,都江堰は工業用水, 「漂木」 (木 材を筏で流すこと)に給水した。府南河は素翠の首かざ りのように環状形態となっている。 (3)人々は成都市の繁栄と水の関係に対して認識不 足であり,府南河をほったらかし,金河・御河を廃棄し た。水の困惑と水の制約が日増しに暴露してきた. ①渇 水期間,河中の水量不足, ②水質汚染, ③水生態環境と 水面景観の悪化, ④排水能力の低下,潜在的洪水危険性 の激化, ⑤地下水位の低下, ⑥航運の廃弛があった。 ( 4 )成都市委員会と成都市政府は近代的国際大都市 にするために,府南河整備を基礎施設建設の重点と突破 口に列した。 ①全面企画, ② 「水意識」 , ③ 「大府河」 意識, ④時期区分して実施するという計画であった。 〔27〕成都市府南河総合整治工程指揮部「総合整治府南 河状況の紹介」では次のように述べている。現在府南河. 155. は成都人民に五大隠息をあたえている。それは①河岸が 低く,河道が狭く,防洪能力が不足していること, ②河 水が汚染し,流通が停滞し,水質が悪化し,汚染が深刻 化していること, ③市政措置が不十分であり,道路が狭 く,交通が渋滞し,管網が不完全で,機能も不足してい ること, ④両岸居民住居が破壊されたり,低倭で,湿気 が多いこと, ⑤在城区が緑化口岸を占拠し,緑化事業が 停滞し,ごみ,汚水問題が深刻になっていることであっ た。 現在進められている府南河整備内容は, ①防洪工程, ②環境保全工程, ③道路管理網工程(道路,地下清く汚 水,雨水,水道水,電力,通信,街灯,天然ガス等)), ④安居工程(府南河両岸平方キロメートル内の老朽危険 家屋,構造物,汚染工場を撤去,移転,改造,開発) , ⑤緑化工程であり,その投資規模は20億元, 92, 93年は 準備期間, 94-97年に施工完了という計画であった。 〔28〕周烈員力・陳滑忠(成都市水利電力局,成都市水利 学会) 「成都:都市水利の過去,今日と未来」は次のよ うに述べている。二千余年前,李泳は都江堰を創建し, 二江を成都に引き入れた。 「天府の国」として繁栄昌盛 する基礎を定め,同時に成都市水利発展の条件を創造し た。後に歴代不断の発展をへて,都市水利は全面的に給 水,排水,航運,娯楽,防衛等多機能を発揮し,成都の 都市水利は光輝ある過去をもっていた。近代史の過程に おいて,認識の限界,工作の失敗により成都都市水利の 多くの機能が弱まり,優美な水環境は蕩然となくなった。 改革開放以来,失われた都市水利の回復は議事日程に重 ねてのぼり,一定の地位に達し,成都市は総合的府南河 治水管理を政府の一号工程とし,成都市を国際的大都市 とするために都市水利を再建し,さらに輝かしい未来に しようとしている。 【揚州】 〔29〕西岡弘晃(中村学園大学) 「末代揚州の都市水利」 は次のように述べている。揚州は惰唐時代,大運河の完 成と揚子江と大運河を結ぶ西南中国における重要地点に なったことから,江南における政治経済の中心地となっ た。大運河は唐代,揚州城市に通じ,水の制御は運河の 維持修築を基礎に行われた。しかし,唐末から末代にか けて大量の流抄が堆積し,沙洲が隣接する陸地に変化し, 運河の機能を低下させた。大運河は城市内に通じなくな り,新運河が用いられるようになった。これらの原因が 都市経済機能を低下させた。そして経済活動の中心は大 運河の入り口にある真州に移った。しかし揚州は南宋時 代に復活した。それは揚州が金に対抗し,政治的重要性 が高まったからであった。都市は実質的にもとに戻り, 水利制御機能も十分に発揮されるようになった。.
(8) 156. 【長江流域都市】 〔30〕毛振培(水利部長江水利委員会) 「長江流域水利 の歴史と現状」は次のように述べている。長江流域都市 の生成と発展は水利,水資源と不可分な関係にあった。 都市発展の異なる段階では各々都市水利の状況が異なっ ているという特徴があった。各都市は独自の水利条件と 相応の水利形式があった。. 活動地(莫愁湖) ,公娼地(秦椎河)と明確に地域区分. 【江陵】 〔31〕梁援迎(湖北省水利庁) 「水利と荊沙城区経済発 展との関係史論」は次のように述べている。荊沙城区社 会経済の発展と水利関係は十分に密接な関係にある。本 文において荊抄は既に水によって利益を得ており,また 水によって制約を受けているという特徴があり,荊沙城 区の歴史上における経済発展と水運,防浜,城鎮給排水 と水環境など水利関係について比較的全面的に分析研究 し,水利は農業の命脈だけでなく,都市社会発展,経済 発展の命脈であり,全国民経済の発展にとって依拠すべ き基礎施設,基礎産業であるという観点を論述した。そ して荊沙城区の社会経済と都市水利建設の共同発展にむ けて,対策を提出した。その対策とは, ①荊抄の防洪問 題を解決する根本的措置は三峡工事の実施である, ②荊 抄を我国の新水運交通の枢要として把握することである。. 【蘇州】 〔35〕楊志剛・王興元(蘇州市水利局) 「蘇州古代都市. 【武漢】 〔32〕 ☆宋仁全・高国勝(武漢市水利局) 「武漢市水資 源開発利用に関する調査研究報告」は武漢の水資源の特 徴から出発して,十分な調査研究の基礎上に水資源開発 と都市経済との関係について分析をすすめ,若干の政策 を提出したと述べている。 〔33〕 ☆高国勝「水資源管理体制と関係のある問題の調 査」は武漢地区の水資源開発利用と保護に関する水管理 体制に対して調査研究と分析評価をすすめ,水管理体制 問題についての政策を提出したと述べている。 【南京】 〔34〕松田吉郎(兵庫教育大学) 「水の娯楽一南京を例 に-」は明清時代南京玄武湖,莫愁湖,秦准河の水上娯 楽について述べた。玄武湖は明代,賦役黄冊の貯蔵庫と され,禁地として人々には開放されず,清初漁業池とな り,清末には公共の娯楽場となった。莫愁湖は明初,建 国の功臣徐達の別荘となり,また文人達の詩詞作,書, 音楽,絵画等の芸術活動の地となり,清代,人々に開放 された。秦准河は科挙受験者・文人の書肪舟(屋形舟) , 公娼制度による娯楽地であったが,明末清初の戦乱で衰 退し,清中期以降復活した。清末公娼制度廃止後,公共 の遊園地となった。明朝は禁地(玄武湖) ,文人の芸術. したのに対し,清朝はその区分けを不鮮明にし,民国年 間以後,いずれも遊園地として人々に開放された。南京 地域の水上娯楽は政府の環境政策と密接な関係にあり, また同時に人々の環境意識と深い関係があった。都市の 地理条件が水上娯楽地域の発展を決定づけていたと述べ ている。. 水利工程の現代都市建設に対する経験」は次のように述 べている。蘇州は西に太湖と面し,太湖から東に向かう 水の要衝であり,市内の地勢は低い。しかも大潮から来 る水は豊富である。雨期,太湖は例年,高水位となり, 一般に蘇州市区より0.3-0.5メートル高くなる。このよ うな険悪な水情況のもとでも,蘇州は2500余年間水没し なかった。その鍵は蘇州にはすでに2000余年前に比較的 完成した都市防洪水利工程体系が存在したからであった。 蘇州古代水利工程は蘇州市の生存,発展に依拠すべき保 障をあたえ,同時に蘇州市の経済を発展させ,蘇州を徐々 に天下に著名な「人間天堂」とさせた1983年に,蘇州 市は古人の都市治水経験に鑑み,蘇州市防潮工程を興し た。従って100年1遇という規模の1991年洪水の中でも, 有効に蘇州市の経済損失を減らした。良好な投資環境と 比較的強い抗災能力は外商の到来を促進した。我国の経 済改革開放に従って,都市開発区はすでに現代都市の一 部となった。都市水利はこれによって新区水利にまで及 んだ。我国最大の新区,蘇州新加披工業園区はその開発 過程中において, "新区を上におき,水利を先行せよ" という観点を提出し,蘇州市水利局に委託して新区の防 洪排務水利企画を立てた.蘇州古今都市水利工程の実践・ 経敏は,水利は国民経済の基礎産業であることを完全に 証明した。 【上海】 〔36〕 ☆宋徳蕃「浦東新区水利企画によって21世紀水都 を創建するために服務しよう」は次のように述べている。 上海市は過去,おもに黄捕江以西に存在したが,現在は 黄捕江以東に浦東新区を建設することが決まっており, 面積は約209kiiここで大量の外国資本を吸収し,政府 もまた大量の資金を投入することになっている。新城区 の企画において,いかに経済が発達し,また良好な生態 環境を保持できる国際的水都型の都市を建設できるか, 水利はここでいかに積極的役割を果たすことができるの か,また各種の水災害を避け,水によって都市環境を改 善させること,即ち,取水と航運の良好な役割にむけて, 水利企画で解決しなければならない問題がある。同時に 一定の数量の河道を俸持し,土地利用を推進すること,.
(9) 中国都市水利史研究の現状. また道路とその他各方面の矛盾は企画によって解決しな ければならない問題であり,即ち矛盾は企画段階によっ て解決し,浦西旧市街の古いやりかたで解決してはなら ない。企画は分析と計算をへて,堤防の強化,河道の渡 漢,新河の開聖,間(水門)とポンプ場の建設を含んだ 系統的な工程と非工程措置を提出した。暴雨襲来時の排 水,水需要時の引水,高潮時の遮蔽のシステムを建て, これが実現可能であり,科学的合理的であり, 21世紀 「幻」 (未来の)水都の方向に合致しているという論証 を得た。 【杭州】 〔37〕洪航勇・林霧昌(杭州市林業水利局) 「21世紀杭 州市水利に対する展望と思考」は次のように述べている。 杭州は中国六大古都の-であり,建城してすでに2000余 年すぎ,現在は漸江省の省都であり,市区の人口は140 万人,工業生産宅酎ま1254億元(5)である.杭州は銭塘江 の北岸に位置している。歴代人民は江沿いに海塘を修築 し,水害を防ぎ,都市の安全を保護し,西湖を開発し古 代都市給水用の水庫(ため池)とし,また現代国際旅源 の景勝地としたoそして京杭運河と城区の河道を開馨し, 水上交通を発展させ,経済繁栄を促進した。杭州は優越 した地理条件と豊富な水資源をもっている。杭州におけ る未来の新城区は江を超え,また江沿いに発展するであ ろう。世紀を超えた都市水利建設の主要な目標は江沿い に100年1遇基準の防洪大堤104キロメートルを建設し, 新都市が銭塘江両岸でさかえることを保障する。また銭 塘江を主とする水資源によって都市発展用水を解決し, 江湖総合治水管理を実施し,良好な生態環境を創造する。 これらはいづれも杭州都市発展と経済の飛躍には不可欠 なことである。 〔38〕 ★林霧昌(杭州市林業水利局) 「都市水利建設を 急ぎ杭州経済発展を促進しよう」 【寧波】 〔39〕穆復元「寧披都市水利総論」は次のように述べて いる。寧披市の形成・発展の主要条件の一つが水利であっ た。 ①都市給水, ②都市防浜, ③水上航運, ④都市防衛 の機能があった。 現在の寧披都市水利の問題点は①水資源開発が滞り, 都市配水が厳しくなった, (塾防洪条件が低下し,渋滞災 害が加重する傾向にある, ③水環境汚染の患い, ④内河 運航の危機であった。 これに対して,寧披都市水利解決策の研究は(彰上下流 を治水し,企画を統一し,総合調整する, (塾桃江水系の 北への排出能力を高め,桃江間を開通する可能性, ③海 水開発利用の可能性, ④汚水の資源化を強める研究, ⑤. 157. 従来研究されていない流域からの引水の必要性, ⑥水資 港,防洪調整に対する統一管理を強めることについて行 われている。 【広西】 〔40〕劉兆倫・孔意志(珠江水利委員会) 「広西防浜の 考察と思考」は次のように述べている。 1994年6, 7月 間,珠江流域の西江,北江は同時に建国以来最大の洪水 を発生させ,広西も大損失をこうむり,柳州市,梧州市 は水びたしになり,南寧市の洪水もひどかった。そこで, ①洪水に対して防患意識を高め,いささかの債幸に麻捧 する心理ももってはならない, ②珠江流域防洪治水管理 企画方針の貫徹を堅持する, ③都市防洪工程は必ず全面 企画を行い,都市総体企画を入れた内容にする, ④防洪 工程の基礎建設を我めるには,投資の増加に鍵がある, ⑤防潮通信系統の建設を強め,満潮時における通信施設 の安全を確保することが提言されている。 【広州】 〔41〕黄衛華・梁蔭源(広州市水電局) 「広州市防洪体 系の建設」は次のように述べている。広州市区の携情 (水びたし情況)は水漢がおもに暴雨と満潮に原因して いるということである。その特徴は洪水と潮害が混交し, 厳格に区分Lがたく,また水掩時間(水びたし時間)は 比較的短く,干潮になると排水でき,その損失も比較的 小さい。広州の河道は感潮河流であり, 100年1遇の洪 水水位は2.79メートル,年平均高潮位は2.02メートルで ある1994年6月の洪水以後,四カ所の県レベルの市に 所在する堤園は100年1遇の防洪基準とし,その他の万 畝以上の堤園は50年1遇の防洪基準とした。 非工程措置としては,洪水予報・警報系統の企画,防 洪槍険(洪水の危険防止)の措置,洪溌危険図の研究, 法制建設,都市防洪建設経費を用いた渠道を開拓し,重 点堤防建設の需要を保証し,防洪保険を試行し,また広 州市洪湧災害対策及び減災措置の研究が行われている。 〔42〕曽少卓・楊仕華(広東省水利電力庁) 「広州市西 区の歴史的水害と防浜の現状」は次のように述べている。 広州市西部は市の中央より比較的低く,市街区や郊外区 の海抜は満潮位より低い。清代広州市西部は商業中心, 富裕な人々の居住区として発展していた。この地方の下 水や雨水は六脈渠や司馬桶によって排出されていた。広 州市における洪水の原因は三つある。 ①北江からの洪水, ②流渓河やその近辺の丘陵地域からの急流による洪水, ③台風による暴潮であった。 1915年の洪水被害が論文で 述べられている。北江の大堤は建国後完成し,それは広 州市を北江の洪水から防御するさきがけであった。しか し,海潮洪水は毎年,週期的にこの地域でおこった。高.
(10) 158. 速道路は北江の土手上をはしり,二つの潮門がこの地方 の海潮に対する障害物として設置されている。広州市西 区の洪水被害・海潮洪水は最近30年は現れていない。 〔43〕順徳市水利学会「新興都市順徳の都市化と都市水 利に関する浅談」は次のように述べている。順徳市は新 興工業化中都市であり,その都市化と都市水利は珠江デ ルタにおいて一定の典型性をもっている。本文では順徳 の都市化及び都市郷村一体化の中で水利上いくつかのあ らわれた事実,即ち,都市防浜,水利管理,水環境,水 利投資,水利の法制面での建設等々に関する,いくつか の新しい問題がこの新興都市に直面していることを指摘 している。. 〔44〕 ☆張芋明(珠江水利委員会) 「珠江中下流域都市 の防洪において直面している新しい問題」は新しい社会 経済の情況下,珠江中下流域の防浜が直面している若干 の新しい問題とは(彰都市防洪企画が都市建設全企画中に しめる地位と役割, ②都市防浜と流域防浜の関係, ③中 流域の重点防洪都市における資金上の困難, ④下流デル タ都市群の内憂であると述べている。 〔45〕 ☆黄為華「広州防洪体系」は広州市の社会,経済, 自然条件の研究を通して,洪水,潮害および洪水制御計 画を分析したと述べている。 〔46〕 ☆呉裕航・徐海亮・黄晴(順徳市防沌防風防早指 揮部) 「順徳が直面している防洪及び都市水利の新問題」 は順徳市は新興の中小都市がかかえる防洪問題の典型的 な問題を有している。改革開放以来,都市化がすすんだ 順徳市は防浜と水利建設中で直面したいくつかの新しい 問題,及び西北江の"94.6"大洪水中において生まれた 都市防洪認識,その他都市水利に関連する問題について 報告している。 【深酬】 〔47〕 ☆劉偉常(深別市水務局) 「現代化水利基礎産業 を建設する道をさぐる」は次のように述べている。深別 は中国第一の経済特別区であり,また新興の現代化都市 でもあり,各種商業・職業が都市の繁栄と発展とともに 各自機能を発揮しているO深洲の農業生産覇は工農生産 総額の2%にもいたらず,探別の水利業務は典型的な都 市水利の特徴を有している。都市水利の基礎設備の重要 性に対する認識の差によって,深酬水利管理局は成立, 解消,回復,拡大機能の過程を辿った。都市水利の基本 機能,及び必ず担わなければならない任務について深訓 の実際の情況にもとづいて論述し,深酬市水務施設の建 設と投資形式についても述べている。. 【漢門】 〔48〕交通部第三航務工程勘案設計院襖門国際機場設計 中組「海上人口島の空港設計」は次のように述べている。 旗門国際空港は襖門幽仔島東側に位置している。空港は 飛行場区と人_II島からなり,人工島は岸辺から1キロメー トル以上離れ,海上で堤防を築き,泥抄を埋めて作る方 法が採用された。人工島は長さ3590メートル,北側の幅 が269メートル,南側の幅が381.5メ-トルである。滑走 路は人工島上にあり,自然地盤を固定する処理法を採用 した。滑走路の長さは3360メートル,幅は60メートルで ある。襖門国際空港工事は旗門有史以来の最大の工事で あり,投資が大きく,工期が短く,技術も複雑である。 多年の諸々の技術諮問部門の考察と論証をへて,以上の 方法が最終的に合理的設計方法とみなされた。現在(1995 年4月段階)人工島の基本部分は完成し,工期を6箇月 問短縮(合計工期を42箇月)し, 1995年6月中旬に試験 飛行する予定である。 【日本】 〔49〕砂田憲吾(山梨大学) 「日本富士川辛力神大蝶の 歴史防洪工程における水力学的特徴」 (HYDRAULIC ASPECTS OF THE HISTORICAL FLOOD CONTROL WORAKS "KARIGANE BANK" IN THE FUJI RIVER)は日本の富士川のかりがね大堤につい て述べている。かりがね大堤は日本富士山の近く富士川 上にあり,当該洪水制御システムはおよそ300年前に建 設された。大堤は河口沖積扇状地の頂部に置かれ,平面 の形状はユニークである.この工事が完成した後,大堤 システムは洪水区の新開墾地を長期にわたって洪水の危 険から守ってきた。堤防はどのようにその堅固さを維持 してきたのか。この古代に行われた工事においてどのよ うな設計がなされたのか。本文の趣旨は河流水利学の角 度からこの歴史的洪水制御工事に正しい評価することで あったが,移動床が伝導する条件を備えた物理水利学模 型の実験によって証明された。 〔50〕平野宗夫(九州大学) ・矢ケ部輝明(建設技術 研究所) 「日本北九州の都市河流環境の管理方案」 (PLANNING FOR ENVIRONMENTAL ADMINISTRATION OF URBAN RIVER IN KITA-KYUSYU CITY, JAPAN)は日本の北九州市の河流管理について 述べている。北九州は日本十大都市の一つで, 20世紀, 基幹産業の製鉄,重化学,発電等の工業の発展によって 工業都市となった。高度経済成長の60年代,工業生産に よって都市環境が大きく汚染され,工場廃棄物によって 河流や海岸は汚染され, 「死の川」 「死の海」と呼ばれ るようになった。汚染に反対する措置が発展し, 1971年 には「北九州都市汚染制御(莱) 」が制定され, 72年に.
(11) 中Eq都市水利史研究の現状. は「北九州地域環境汚染制御方案」が制定され,総合的 治水管理方法が組織的に実施され,官民一体で都市環境 が改善されてきた。 85年にはOECDで北九州は「灰色都 市」から「緑化都市」となったことが認定され, 90年に は環境模範都市として国連環境計画処によって推薦され た。 92年ブラジルで行われた国連,環境と発展の大会 (VANCED)で「国連推薦地区」の称号をえた。本文で は良好な水環境を建てるための「水環境管理法案」及び 北九州がどのようにして「汚染都市」から「環境優良都 市」に変化したのかについて論述している。本文中で 「自然界中の河流は環境に対して大きな役割を果たす」 という点について具体例をあげて説明している。. 159. 94年に起こった水害問題だけでなく,近くに所在する深 土用,旗門,香港間題が関連しているのではないかと想像 される。第四に水利建設等の工程措置と洪水・潮害予報, 人々の水利認識などの非工程措置の結合による都市水利 建設が強調されてきていることである。時流的にいうと, 水利の-ード面の充実だけでなくソフト面の充実が課題 となってきているといえよう。第五に歴史的水利建設の 経験を現代の水利建設にいかすこと,及び日本や世界で 行われている都市水利建設の実例を応用しようという意 気込みが感ぜられることである。物理的水利学モデルの 実験成果を取り入れようとしている点にも現れている。 第六に都市水利問題は防災,給水排水,交通,環境問題 等広範な内容を含んでいるが,その中で特に印象的なの. 〔51〕神吾和夫(神戸大学) 「日本の江戸時代の都市給 水システム発展-の中国の影響」は次のように述べてい る。日本では,西欧型有圧近代都市給水システムが移入 される以前の江戸時代(1603-1867年)に都市域の街路 を開渠または暗渠で配水する給水システムが発達してい た。暗渠の場合は,所々に設置された溜桝で水汲み利用 する。暗渠と溜桝の組合せ構造の給水システムは江戸, 赤穂,福山などにみられるが,その代表例は江戸(現在 の東京)の都市給水施設として1653年に建設された玉川 上水であろう。この暗渠と溜桝の組合構造の都市給水シ ステムは従来,日本独自のものと考えられてきた。しか し, 『萩園雑記』の史料等を用いて中国の陳西城の類似 施設を検討すると,その日本への影響が考えられる。. は次の二点である。 ①は中国の南北差異の問題である。 北の方の都市は北京などのように,とりわけ乾燥地域で は水不足問題が重要なテーマであるのに対して,南の方 は広州,広西など湿潤地域の都市では洪水の被害をいか に防ぐかということが主要なテーマになっているという ことである。 ②は近年,特に環境と水利との関係が強調 され,都市発展と環境問題,その中での水利の役割が検 討されてきていることである。 日本においても1992年に中国都市水利史シンポジウム を開き, El本,中国の研究者が集い,同テーマの研究動 向の把握と今後の研究方向を議論しあった(6)。中国で も今回同じテーマで討論会が開かれたわけで,日中で都 市水利史研究が高まってきており,今後ともE]中共同で 学術協力により研究が進展していかんことを祈りたい。. さて「'95中国都市水利問題の歴史と現状国際学術討 論会」の論文を検討すると,現段階における都市水利史 の特徴は以下のよう考えられる。第一に,論文の種類と しては都市水利一般についてが16篇,地域別各都市水利 研究が35篇で,地域別研究が多くを占めている。第二に 都市水利一般で強調されてきた議論に都市防洪基準とい うものがあった。これによって各都市の防洪基準に客観 性をあたえることができ,現代の都市水利建設の重要な 指標になっていると言えよう。第三に地域別都市は北か ら南まで主要な都市の研究が行われているが,今回の討 論会では収録論文数の多寡からみて,重点的に研究が行 われているのではないかと想像される地域がいくつかあっ た。それは北京,成都,広州であった。北京は首都であ り,成都は今回,討論会が行われた四川聯合大学の所在 地であるから,その点はうなずけるが,広州については. 注 (1)学会の名称は「'95中国城市水利問題歴史与現状国際 学術討論会」となっている。 「城市」は都市と訳した。 (2) 「工程」は工事ないしは工事によってできた施設を指す。 ( 3 )洪漢は中国社会科学院語言研究所詞典編輯室編『現代漢 語詞典』 (商務印書館, 1990年)によると「洪」は洪水, 「-#」は庄稼が雨水によって水没すること,雨水が多くて田地 が冠水することという意味にとられている。 (4)中原は河南省・山東省西部・陳西省東部の地域を指す。 (5)貨幣免換率は1995年4月当時,およそ中国元1元-日 本円10円であった。 (6) 『中国水利研究』 -中国都市の水利問題シンポジウム特 集号一第22号, 1992年o.
(12) 160. A Trend of the Studies on Water Utilization in Chinese Cities Yoshiro Matsuda (Department of Social Science, Hyogo University of Teacher Education, Shimokume, Yashiro, Kat0-gun, Hyogo 673-14, Japan). 95 China International Symposium of Urban Water Conservancy Its History and Prsent condition were done m Cheng Dou, Si Chuan P.R.China under sponsoring of Zhong Guo Shui Li Xue Hui Shui Li Shi Yan Jiu Hui and Si Chuan Union University from loth to 14th, 1995. About 70 scholars and engineers of China, Taiwan, Japan joined in this symposium and had a discussin. I introduced the outline of papers submitted to this symposium.. Key words: city water supply, environmental water supply, disaster prevention standard.
(13)
関連したドキュメント
With the expansion of urban construction land, peri-urban villages have rapidly become involved in the land area designated for urban construction, and the increase in the
Turquoise inlay on pottery objects appears starting in the Qijia Culture period. Two ceramics inlaid with turquoise were discovered in the Ningxia Guyuan Dianhe 固原店河
Neatly Trimmed Inlay — Typical examples of this type of turquoise inlay are the bronze animal plaques with inlay and the mosaic turquoise dragon from the Erlitou site
[50] Restriction of Unitary Representations of Reductive Lie Groups, Inter- national Symposium on Representation Theory and Harmonic Analysis, Urumqi, Xinjiang, China, 2–8 August
Standard domino tableaux have already been considered by many authors [33], [6], [34], [8], [1], but, to the best of our knowledge, the expression of the
Supported by the NNSF of China (Grant No. 10471065), the NSF of Education Department of Jiangsu Province (Grant No. 04KJD110001) and the Presidential Foundation of South
Customs ( Regional Headquarters ) ( Hakodate, Tokyo, Yokohama, Nagoya, Osaka, Kobe, Moji, Nagasaki, Okinawa ) ( 9 ).. Branch offices ( 68 ) ( 106 ) Customs guard posts (
Amount of Remuneration, etc. The Company does not pay to Directors who concurrently serve as Executive Officer the remuneration paid to Directors. Therefore, “Number of Persons”