アジアの動向 フィリピン 1966
著者
アジア経済研究所
権利
Copyrights 日本貿易振興機構(ジェトロ)アジア
経済研究所 / Institute of Developing
Economies, Japan External Trade Organization
(IDE-JETRO) http://www.ide.go.jp
シリーズタイトル
アジア動向年報
雑誌名
アジアの動向1966年版
発行年
1966
出版者
アジア経済研究所
URL
http://hdl.handle.net/2344/00052009
− 園
置置富盛圏盟国
E
万用泊
所
関
駅
誠
君
フィリピン/浅野幸穂・福島光丘 この「アジアの動向J
く国別シリーズ) 1966年は,月刊「アジ アの動向」を各国別に 1冊にまとめ,総目次, 1966年の回顧. 年表を追録したものです。 アジア諸国の政治・経済の動きを適確に把握する基礎資料と して,月刊「アジアの動向J
とあわせてご利用ください。目 次
1966年の回顧...( i )年 表 (
1966年
〉
.
.
.
.
.
.
.
.
.
.
.
.
.
.
.
.
.
.
.
.
.
.
.
.
.
.
.
.
.
.
.
.
.
.
.
.
.
.
.
.
.
.
.
.
.
.
.
.
.
.
.
.
.
.
折
込
〔解説事項〕
二つの外交課題( 2月) •••••••••••••••.•••••••••••.•.•••.•••.••...•••..•... 21 日比経済関係の進展(5月〉 •••.•••••••••.•.•••••.•••••••••••.•.•.•.•••... 87 参戦国会議提唱の経緯(9月) • • • • • ・ • • • • • • • • • • • • • • • • • • • 171〔主要事項〕
人事・機構面の体制固め C1月) ...••·•••• ...•••••·•·•· 2 金融緩和進む( 1月) ...•••·• ...•••·•••·•·•• 2 金融の「フィリピン化」論争 C1月) ... 3 マレーシアとの復交交渉進む( 1月) ... 5 動きはじめたベトナム派兵問題( 1月) ... 6 米とうもろこし補助金法案,両院を通過( 2月) ••..•••.•••..•.•••.••••••••••• 23 当面の経済政策(4月) •••••.•••.••••••••••••••.••..••.••..•••••••••••••..• 59 ベトナム派兵法案上院で難航(4月) .•..••••..••••.••••••••••.•••••.••...••• 62 マレーシア紛争調停工作(4月) .•.•••••.•••••••••••••.•..••••••••••••..•.•. 62 動きはじめた対米交渉( 5月) •••••.•••••••••••••.•••••.•••••••••••••••••••• 90 米の輸入問題(5月) •••.••••••••••••••••.••••••.•.••••••••••••••••••.•••.• 92 織物業者の保護措置要求(5月) •.•••••••••••••••••••••••.•••••.••.••••.•••. 99 ベトナム派兵法成立( 6 ・7月) • • • • ・ • • • • • • ・ • • • • • • • • • ・,,•••.•••.•..••.•. 113 マノレコス訪米問題(6・7月〉 • • • • ・ • • ・ • ・ • • • • • • • ・,• • • ・ • •. ・.,•.•••••••••••• 115 二つの対米懸案交渉( 6 ・7月) ・ ・ • • • • • • • • • ・ • • • • • ・ • • ・ ..•••.•••••. 116 活発化したフクの活動( 6 ・7月) • • • • ・ ・ • • • • ・ • • • • • • ・ ・ ..•.•.••••.••• 118 姿を現わした新社会経済開発計画案(6・7月) •.••••••••••••••.••••••••••. 122 新しい金融緩和と貸出優先順位( 6 ・7月) • • • • • • • • ・,.••••.••.•••••. 124 ベトナム派兵と和兵工作(8月) •.•...•••.•.•••.••.•••••.•••••..•••••••.•• 143 訪米の最終的決定と交渉課題( 8月) ・ • ・ ・ • ・ • • ・ • • ・ ・, •••.••..•••••••••.•• 144 開発資金調達問題(8月) • • • • • • • • • • ・ ・ • • • ・ • • • • • • ・ ・,.•••.••••••...•.••.. 147 - 1ーl
t
.
i
.
.
目 次 外資導入奨励措置( 8月〉 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・−−−ー−−−−−−−−−−・・・・・・・・ 149 マノレコス訪米で得られたもの( 9月) ..•...•...•...•...•.... 175 ベトナム戦争とフィリピン経済( 9月) ... 178 商業銀行への外国資本参加問題( 9月) ・ • ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・., ・. ・ ... ・ ... 181 商業銀行への外資参加問題(11月) •..•....•...•...•... 241 香港米輸入問題(11月) ・ ・ ・ ・ ・ ・ • ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ...•...•.... 245〔 日 誌 〕
ラモス,全般的外交方針について( 1月) •...•...••.. 8 マルコス,当面の内外政策について( 5月) ...•...•. 96 マノレコス,平等待遇条項廃棄を表明( 4月〉 ..•...•...•...•...• 101 与党下院院内総務,大統領の政策を批判( 8月) ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ...•... 161 米製品輸入に対し数量制限は可能(12月) ・ ・ • • ・ • ・ ・ ・ ・ • ,,,,....•. 270 大蔵省の業績報告(12月) ...••...•..•...•...••...•..•...•... 271〔 資 料 〕
ベトナム派兵について一一ー公館長会議の論調( 1月) ... 17 〔論説〕 大使たちは平等待遇に反対するC
1月) ....•••...•...•...•....•..•. 18 〔論説〕 ベトナム問題であわただしい往き来( 1月) ...••...•....•. 19 フィリピン・アメリカ関係について(2月) ..•...•..•...•...•.•... 37 日比友好通商航海条約について(4月) ..•...•...•...•..•...•... 78 外交政策をめぐる論調( 5月) ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ...••...•.•...•. 109 フィリヒ。ン=インドネシア経済通商協定一全文一( 6 ・7月) .•...••.... 139 新社会経済開発 4ヵ年計画における農地改革計画( 8月) . ・ ...•..•. 164 インドネシア=フィリヒ。ン経済通商交渉共同コミュニケ( 8月) ...•...•... 168 米比両大統領の共同コミュニケ(全訳) C 9月) ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ... ... 195 外資導入促進政令( 9月〕・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ • ・ ・ • ・ ・ ・ ・ • ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ...•. 200 ラウレノレ・ラングリー協定の問題点( 9月) ... 203 1963∼65年度国民所得,国民総支出( 9月) ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ • ・ ・ ・ ・ ・ , ... 216 日比共同コミュニケ(10月) ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ • ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ... 212 マルコス海外旅行の成果をめぐる論調(10月) ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ... 234 マニラ会議をめぐる論調(10月) ... 236 フイルカグ(Philcag=フィリピン民生活動隊)および戦闘部隊派遣に関する 世論調査(11月) ... 258 - 2ーマルコス政権の発足
フ ィ リ ピ ン
1966
年 の 回 顧
1965年12月30日に正式に発足したナショナリスタ党マノレコス新政権は,ま ず1月前マカパガノレ大統領の深夜人事を無効とし,閣僚以下各省人事,政府 関係機関人事および国家安全保障会議を改造,密輸阻止キャンペーンに関連 して4軍,税関の機構・人事を刷新,自己の施政の基礎固めを行なった。し かし先の選挙の結果,議会構成において上院では多数を得たものの,下院で は野党リベラノレ党に3
/
5
の多数を制せられ,下院正副議長も野党に独占された。 さらには上院に与党議員の加わるブロック(改革と進歩のための統一行動〉 が出現するなど順調ではなかった。そのためマカパガノレ政権同様政策遂行上 著しい困難があるとみられた。 だがこの一年その施策が,ベトナム援助問題を別とすれば,概して順調に 行き,大きな混乱がなかったことは,第一に政治的に強い反対・抵抗の予想 される問題に対しては強い行動をとらなかったことにあると思われる。マカ パガル前大統領同様,マノレコス大統領も選挙において特に問題となる土地改 革に重点を置かなかった。パンパンガ州第 2地区における 1963年の土地改革 法の実施を表明した土地改革地区宣言,土地銀行の設立(いずれも8
月8
日〉 など土地改革に関する曲りなりにも具体的な政策が取られたのは,中部ノレソ ンにおいてフク団(公式発表では中核80,支持者 2万5600人〉の再起一一一こ れはまた対米援助交渉の重要な材料のーっとなったーーが伝えられた直後で あった。 第2には,野党リベラlレ党がピリアレアノレ総裁(下院議長〉のもとで「非 追従協力J
政策を採用したことによる。だが12月に入るとリベラノレ党は,こ の党の政策を不満とする議員の反対や6
7
年に行なわれる中間選挙を考慮し, 野党として独自の立場を打ち出すことを決定した。同党の声明は, リベラノレ 党の支配する下院と大統領府の一年来の蜜月は終ったと述べた。これに加え てマノレコス大統領と与党の関係は必ずしも密接なものではないことも施政2 - 25 - 一一1−一フ ィ リ ピ ン 年目のマノレコスにとって困難を予想させる。 65年末以来約70余の殺害事件を起したフク団にたいする対策もその活動が 8月を境に退潮したかにみえ(6・7月号p.118), 密輸対策と同様一応の成功を 収めたとはいえ,その根はフィリピン社会に依然として深く残されたままで ある。汚職,治安の悪化,犯罪の増加は引き続き常態化した。マノレコスが就 任演説で述べたように, 「フィリピン人は秩序を重んじなくなった。正義と 安全は神話となった。われわれの政治はまったくもうけ主義に陥いった。」こ とは増々明らかになり,依然として政府の統治力が改善されなかったことを 示した。これに対し政府は基本的には1917年以来変っていない行政法の修正 案を議会に上提し中央・地方政府の行政能率改善を計画,また警察改革法を 通過させた。 マカパガノレさらには歴代の大統領の再選を妨げた原因と見られ,また上に 述べた社会問題の間接的原因と考えられる物価,特に米など主要食料品の物 価上昇,失業の慢性化ないし増大傾向はほとんど改善−されないばかりかむし ろ悪化した。マノレコスがこれからの 3年間にこれらの問題をどの程度解決で きるかは, 69年の次期大統領選挙に決定的な影響をおよぼす。問題解決の鍵 はもっぱらマルコスの4ヵ年経済開発計画の成否にかかっている。開発資金 の確保はもとより重要ではあるが,それは社会構造の根本的な変革即ち現在 まで温存され政治的経済的に大きな力をもっ封建的地主制度の打破,政府自 体の秩序改革を始めとする行政力の強化,特に前者の進展の如何にある。し ,かしこれまでのところかかる急進的な改革はほとんど,否全くといってよい ほど不可能に近いと見なければならない。 67年はまた中間・地方選挙の年でもある。上院 8,知事50, 2千余市町村 の長と議員が改選される。特にマニラ市では現職のピリガス市長に対し自党 内から2人,野党から少なくも 1人の対立候補が立つものと見られ,乱戦が 予想される。 12月にはセブ州のリベラル党指導者が大挙ナショナリスタ党に 移籍した。これはフィリピンの政党の派閥的性格を示すものであり,政権復 帰を目指すリベラノレ党にとって苦戦が予想される。地方,財政・金融面にお いて政治的な効果を狙って,経済的には必要度の低い事業に資金が流される 可能性もあり, 65年の「国庫を枯渇させるほど破滅的な選挙戦」 (マノレコス 一一 11 - 2 6
-年頭教書〉という事態を考え合わせるならば, 無視できないものがあろう。 均衡財政と開発資金 フ ィ リ ピ ン その経済開発に与える影響は 65年の財政支出は選挙目当の支出の増加を反映し増大したが,税収入は経 済活動の水準に較べ,前年より相当の減少をみた。そのため65年末マノレコス 大統領が政権を引き継いだときには政府財政は 2億2800万ベソの赤字であっ た。新政権はこの状況を改善するために緊縮政策を実施した。まずその一環 として政府機関の臨時雇員の大量レイ・オフ(10万のうち約5万といわれる), 政府機関の統合廃止などを行なった。他方歳入面では汚職,税滞納,脱税を 防止するため関税局,国内税収局の機構・人事を刷新した。他面密輸阻止の ため軍の投入や,輸入手続の厳密化など密輸阻止キャンベーンを強化して税 収の増加,濫費の減少をはかった。政府は議会の反対が当然予想される税率 の改訂など税法の修正提案は出さず現行税法のもとでの徴税強化を選んだの である。 中央政府現金勘定四半期別国庸収支 (百万ペソ〉
i
経宿
I
(a)一加)議務盟諸整事現金勘定l
公債l
現 金 |経常収入(経常支出| |済|
目
|純 計|借入l
残高収支 66年 1∼ 9月の経常収支は前年同期の2420万ベソの赤字に対し, 9620万ペ ソの黒字であった。また経常支出は 15%増加したが,経常収入はこれを超え 22%増加した。したがって財政状態は好転したことになるが,現金収支は債 務の返済を反映して 2190万ペソの赤字であった。 66年 1∼ 9月の関税収入は 4億
9923万ペソで, 65年同期に比し11.8%,内 国税収入は 10億4301万ペソ 6.4%とそれぞれ増加した。前者は, この間の輸 入は若干減少しているから,密輸阻止キャンペーンの成果といえよう。後者 - 27ー ーー111一一フ ィ リ ピ ン は,経済活動の回復とともに,国内税収局の改革が幾分功を奏したものと考 えられる。 その結果,財政状態は若干改善の兆をみせ, 65年末の中央銀行からの当座 借入約
3
億2
千万ベソは1
億9
千万ベソとなった(12月号日誌参照)。 財政改善の努力において注目すべきことは, 5月から 10月にかけて第1回 の短期大蔵省証券(91日満期,総額6500万ペソ〉が発行され,売行きが順調 であったことである。従来財政資金の不足を補うにはほとんど中央銀行から の借入に頼ってきている。短期大蔵省証券の発行はそのインフレ効果を緩和 し,さらに証券市場の育成をはかり金融操作の手段として新たに公開市場操 作を可能にするものと期待されている。 新政権は信用制限を緩和し生産の回復をはかる一方,解決を迫まられてい る経済的諸問題にたいする長期的方針を示した。もちろん現在の財政状態で はこれを確定した計画とは見倣せないが,マルコス政権の政策の一般的方向 を示すものである。その一つは予算演説で明らかにされた1967∼70会計年度 財政計画である。その特徴は,例えば67年度予算案が一般財源支出を66年度 のそれより1300万ペソ減の18億7240万ペソ,収入を18億7830万ペソとし,590 万ペソの黒字を見越していることである。これは中央銀行からの借入をゼロ とした均衡予算で,全予算で4740万ペソの黒字を見ている(7月に成立した 66∼67年度予算は20億7382万ぺソと前年比4.57%増〉。また4ヵ年の総支出 中 央 政 府 総 支 出 計 画 (百万ベソ,会計年度7月∼6月〉 1965∼ 66I
構 成 比I
1蜘 ∼ 67I
構 成 比 社 会 教 経 済 運 輸 農業・ 国 一 般 行 債 務 合 計 開 発 847.7 37.8 892.6 38.3 育 692.7 30.9 732.7 31.4 開 発 614.7 27.4 696.3 29.8 通 信 274.0 12.2 360.1 15.'5 天然資源 212.0 9.5 223.3 9.6 防 311.4 13.9 374.0 16.0 政 費 313.2 14.0 268.1 11.5 返 済 155.6 6.9 102.0 4.4 2,242.6 100.0 ヮ “ つd円 。
q o AU 100.0 v - 28ーフ ィ リ ピ ン 財 政 4ヵ 年 計 画 支 出 案 七 一 2 7 9 1 3 3 8 7 8 2 一
o
、 ﹄ ノ 一 ’ r y − ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 一 度一成一却 4 0 m H 2 3 U 8 4 一 ∞ 年 一 構 ↑ 一 1 会一勺一 6 1 7 8 4 8 5 8 8 1 ↑ 6j
;
−
M 一 5 1 1 0 2 1 4 1 1 5−
6 ソ 一 ト 一 必 日 ロ 初 日 幻 お 臼 ロ 必 一 初 ベ 一 部 一 丸1
L
L
L
一万
円
い
﹁
1 l i l l − − ﹄ 一 −=
t 一 ハ リ 一 ハ V A V A V 公 U A リワ白兵 U ヮ “ o v 門 i 一 司 4 ︵j
; ・ ・ ・ − 一 J M ↑ 9 5 1 0 4 8 4 8 1 7 一 9 一 ︽ 一 QURuqo つ り 円 i 門 t q 山 只 U Q d q o 一 A U 一 9 一 9 1 7 3 1 3 2 1 一 3 一 P O 一 一 一 Q d 一 ↑ 円 ο 一 9 一 0 5 0 7 6 5 6 4 2 7 一 2 一 氏 U 一 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 一 一 叫 一 0 3 1 3 2 5 6 4 8 7 一 3 一 ︽ 一 q ム バ 吐 q J A りつ山ヴ 4 Q O Q U ヴ イ ワ ム 一 庁 ’一
8一
9 1 6 3 3 2 1 一 9一 円 。 −
一 9一
一
2 氾 一 9 3 1 2 5 7 6 2 5 7 一 7 4 一色 2.
0 6 2 3 4 5 4 7 一 O 角 一 $ 2 3 0 6 7 7 7 8 1 一 9 巧 d 一 Q U 1 ム F b つ 臼 円 。 2 1 A 一 月 h U F O 一 9一
一
2 U 1 7 3 6 1 3 4 5 0 1 0 一 0 4 ↑Z
o
−
−
仏
1 4 3 4 3 2 一 3.
角 一 2 5 2 6 2 4 6 7 6 0 一 3M
円 −
J
J
ソ
一
円
山
育 生 発 信 源 業 発 防 費 還 一 計 開 通 資 開 政 一 律 会 近 然 済 償 一 社 ・ 天 工 経 行 一 衆 他 命 . 他 四 又 務 一 の 事 業 の 高 教 公 そ 運 農 商 そ 国 一 債 一 合 百万ペソ 8,000 7,800 通貨供給と圏内信用(各月末残高) 7,600 7,400 7,200 7,000 6,800 3,400 ・3,200 3,000 2,800t
1 国内信用 一 日 〆 ノ ノ ノ ノ ノ ノ,
,
〆,
,
_
.
,
.
,
,
.
,
.
ィ
65_
,
.
.
−
・
圃
,
−
−
旬
同
.
.
,
.
・
−
『
.
.
・
・
ー
.
.
.
.
司
・
・
.
.
.
.
,
,.
.
,.
,
.
.
.
.
.
ー
ー
・
.
・
・
.
・
.
.
.
.
.
.
.
.
.
”
・
・
圃
−
−
−
2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12月 (出所〉 Central Bank News Digest - 29ー 一−V-フ ィ リ ピ ン 113億 0660万ぺソのうち 80%は一般財源収入から充当され,この間43%の収 入増加を仮定している。次に4ヵ年を通じ一般行政費と債務返済費の削減が 目立っているが,これは中央銀行への依存からの脱却という目標を反映する ものである。 4ヵ年財政計両では国民総生産(GNP)の成長率などの目標は設定されて いない。経済政策のより全般的なガイド・ラインを与えるものとしては別に 国家経済審議会(
NEC
)が作成し,9
月に各省に通達, 12月半ばに公表され た経済開発 4ヵ年計画(1967∼70年度〉がある。同計画は GNP年平均成長 率を6.2%, 1人当り所得2.4%, 農業生産年率 4%, 鉱工業生産8.4%を一 般的目標としている。 経済開発計画の必要投資額203億ペソ(前 4ヵ年は 101億ペソ〉と国内貯蓄 の差額を埋めるためには32億ペソの外資が導入されねばならない。この場合 の資本形成比率は国内84%,国外16%である。総投資額のうち政府投資は34 億ベソ (16.7%)にすぎず, 大部分は民間投資169億ベソ(83.3%)に依存 するものであって,計画の骨子は民間部問のイニシアチブを期待する民間中 心の開発計画である。私経済が優位に立ち,小規模な国家財政をはじめ,弱 体な公経済のもとで, しかも公私両部が分離した形で計画を達成しようとす ることは非常に困難なことといわなければならない。 これまでにも前政権の社会経済開発 5ヵ年計画をはじめ多くの開発計画が 作成されたが,すべてかつて「実行されたことのない」ペーパー・プランで あった。その原因として通常指摘されることは,開発資金の不足ということ である。前述のように開発必要資金のうち政府分は16.7%であるが,現行の 財政状態ではこれをまかなうことは困難である。そこで政府はさし当って必 要とされる開発資金を確保するために,外資の誘致を進める一方,国内にお いては, 12月に内国税収法の大規模な修正による増税の方針にふみ切った。 これは保険・投資会社の法人所得税ならびにガソリン・デ、ィーゼソレ油,アル コーノレ飲料等の消費税率の引上げ,あるいは密輸削減のためのタバコ減税等 を含むもので,議会・政府合同税務委員会がすでに作業に当っている。 また開発必要資金のうち 16%は外資に依存する。したがって外国援助・借 款あるいは民間外資導入の進展いかんは 4ヵ年計画の成否を占なう重要なポ 一 一 Vl一一 - 30-フ ィ リ ピ ン イントの一つで、ある。この間の事情はマルコスの外交政策に強く影響を与え た。政府は米日両国に代表を送り借款交渉に当らせたが,国際金融機関は計 画自体およびすでに供与した借款の使用状況を非難するなど批判的であった (112頁参照)。政府はまた外資の受入環境を整備するため計画の実施にあた る政府機関を改造し, あるいは借款援助事業の促進にあたる Presidential
Task Force (p. 187),受入調整を行なう GovernmentInvestment Council
を新設した。 対外的には米日公式訪問前 9月に投資促進政令を出し(p.200),外資受入 れ方針を明確化する一方,経済界に対しても外資誘致に努力するよう要請し た。上記政令はこれまで数度にわたり議会に上提されているが,産業問の利 害や国内産業保護の点で議会の承認を得ていない投資奨励法に代わる次善の 策として出されたものである。しかしこれは外資によって開発を進めるべき だという企図にもかかわらず投資奨励法に代わりうるものではなく,これに よって外資の流入は期待しうるものではないとする評価も行なわれている。 これに対して,開発は国内の未利用資源を効率的に使用することにより自力 で達成できるのであって,その努力をせずに外資に頼るべきではないとする 意見も強い。現状では米国その他諸国からの資本導入の必要を認める意見の 方が一般的ではあるが,工業資本に代表されるように外資に対する警戒心は 依然として強く,むしろ深化しつつあると思われる。 金融政策の転換 前政権の自由化(decontrol)政策に対するデ、イスインフレ政策および財政 赤字補填のために行なわれた中央銀行からの大量の借入の結果, 63年以来金 融は逼迫の状態が続いた。そのため密輸の増加と相まって生産は振わず, GNPの実質成長率は 5ヵ年計画の当初目標に比し年平均 3
∼
4 %であった。 さらに世界の最高水準に属するといわれる約3.2∼3.5%の人口増加率を考慮、 に入れるならば, 1人当り GNPの成長率はほぼ Oに近くなり, むしろ停滞 的ですらあった。 すでに65年末前マカパガル大統領は退任直前に実質的な輸出税として機能 していた20%留保措置を廃止したが,新政権は66年 1月の 6措置をはじめ再 - 31ー 一−Vll-フ ィ リ ピ ン 割引率引上げや準備要件の緩和など,一連の金融緩和政策を実施,信用統制 の最後のこん跡といわれた輸入信用状特別定期預金制も廃止して信用面から 景気の回復をはかった。通貨供給は 10月末で前年比10.3%,国内信用は同じ く4.6%それぞれ増加した。商業銀行の貸出・再割引額は 10.7%の増加をみた。 しかし銀行側は昨年までの経験から信用拡大には慎重で,拡大された信用創 出力を十分には利用しなかった。信用緩和は通貨供給に十分に反映されず, 依然として資金コストは高く,金融はむしろ堅調に推移した。政府はこれま でのところ政府短期証券を発行するなど中央銀行からの借入を抑制する政策 をとっており, 65年とは対照的に財政支出は全体的にみてインフレ効果をあ まりもたなかった。 しかしながら 66年末の通貨供給量は前年比 9.9%程度の 増加であるが,第 3四半期未推定による実質 GNP成長率は4.1%であり, 2 倍以上の聞きがある。未利用の信用創出能力を考慮すると,通貨インフレが 一層進行する危険をはらんでいる。 これとともに金融引締め要因がある。政府は,資金需要を抑制する意図を 示していない。しかし政府の経済開発の必要資金を満たすには,現在の財政 収入の程度では明らかに不十分であり,外国援助の見込みもそれほど明るく マ ニ ラ 市 物 価 指 数 (1955=100) 190 180 170 160 150 140 ノ66 '65
工
1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12月 (出所) Central Bank News Digest v - 32ーフ ィ リ ピ ン はない。とすれば財政資金の借入が膨脹し,インフレ圧力が一層高まるなら ば,金融当局は民間信用を引き締めるであろう。第 2に生産活動が順調に回 復したとして,開発資材をほとんど輸入に依存せねばならない現状では,輸 入の増加が見込まれることにある。また輸入増に見合うべき輸出の方はその ほぼ40%は米国に依存している。米国経済の景気の先行にただよう暗雲は, これまでと同様,フィリピン経済の景気圧迫要因となることが懸念される。 信用緩和の効果が十分に現われなかったことは 10月に起きた商業銀行への 外資参加問題論議を促進した(p.181〕。これはマルコスの外資誘致政策に合 致するものである。銀行家協会,商業会議所フプー業会議所の商工業グノレーフ。 は,自国経済の支配権を外国人に明け渡すに等しいと強く反対し,農業天然 資源会議所を中心とする農業・輸出部門は前者を独占の維持をはかるもので あると強く非難,激しい応酬が交わされた。 金融緩和とともに不振産業に対する再融資計画が立てられ,その一部とし てフィリピン開発銀行(DBP)は 10月に約 1億ペソの DBP債を発行した。 短期大蔵省証券の発行とともに証券市場の発展に寄与することが期待されて いる。長期的な金融政策としては6月25日および19日の中央銀行の決定があ る。前者は民間商業銀行に対し1970年までにその払込資本を少なくとも2000 万ペソに引き上げることを求めたもので,予想される資金需要に応じうるよ う小規模で、弱体なポジションを強化し資金コストを引き上げることを目的と している。約40行のうち特に1961年以降に設立された商業銀行は合併を考慮 せねばならないといわれる(65年末で資本が2000万ベソを超えているのは 3 行だけである〉。後者は1957年以来はじめての貸付先優先順位の改訂であり, 特に食糧自給,製品の国内加工度の引上げを強調している。 生産と貿易の概況 1966年のGNP成長率は NECの推定によれば名目で 213億ベソ, 7.9%で あるが,実質では144億ベソ, 4.1%にすぎない。名目表示の GNPは実質の それより約48%高い。製造業の GNP寄与率は65年の17%から 20%に増加し たが,農業部門のそれは約33%と農業中心の産業構造には変化はない。産業 別成長率では建設業のそれは0.4%と特に低いが,農業の3.5%という低い成 内 J Q U 一一nζ ーー
フ ィ リ ピ ン 部 門 別 成 長 率
I
_
Hリ 表 三
l
叩 揺 一
55 1 9 6 5 J 1 9 6 6 / 1 9 6 5I
1 9 6 6 業 I 6.o I 業 I 22.0 I 造 業 ! 3.3 叫 又 け 川 河 一 一 一 一 口 l l f , 2 1 1 通 輸 農 鉱 製 建 貿 運 7.3 5.7 5.1 3.5 9‘4 9.1 12.6 5.7 5.6 7.8 6.3 6.4 10.8 2.5 2.6 5.3 5.1 5.0 2.8 4.1 5.2 4.5 4.1 ス 産 生︶ ヒョー 純 D 一内側 サ 国 G N く出所〕 Mαηila Dαiγy Bull£tine 12.0 1.8 5.0 11.5 8.8 8.2 7.9 5.4 7.2 0.4 長率が全体の成長率を引き下げている。 製造業は5.4%から 7.2%へと回復の兆を示している。特に織物業の回復は 著しく, 1∼ 6月の売上高は65年比で約33%, 直接雇用者は同じく 1.5万か ら3.5万人にそれぞれ増加した。 これは金融緩和, 中でも密輸取締強化(特 に技術的密輸), DBPの再融資計画の成果と思われる。 66年穀物年度(65年 7月 1日∼66年 6月30日)の農業生産は 7.1%増であ ったが,食糧作物の生産は特に悪かった。多くは天候不順によるものである。 米はわずか0.8%増と人口増加率約 3.2∼3.5%を大幅に下回り, 米不足に拍 車をかけた。 65年の米輸入量は59万5000トン, 66年の NEC推定による不足 証明量は20万トンであったが実際の輸入量は買付が遅れ1
0
.
8
万トンであっ た。砂糖は米国の追加クオーター19.5万トンのうち1
0
万トンを返上、損失は 約1400万ドノレと見積られた。そのため政府は増産を指令,国内消費用砂糖を 輸出に振り向けるなど割当完遂に努めたが, 12月には20万トンの砂糖を緊急 輸入を決定する事態となった。 輸出農産物の生産は 13.6%の伸びを示したが,その大部分は原木の30.3% という高い成長によるものである。木材は25.3%減少しており,原木の高い 成長は加工度の低下によることが知られる。葉タバコは2.6%減だが, 65年 一 一Xー 『 - 34-フ ィ リ ピ ン 主 要 作 物 生 産 (1,000トン,穀物年度) 1 9 6 5
I
1 9 6 6I
対前年比例) 米 とうもろこし 野 菜 , 豆 果実,木の実 根 菜 作 物 魚 肉 , 家 禽 3,992 1,313 242 1,284 1,537 667 308 1,471 384 1,557 2,618 531 46 134 4,026 1,250 246 1,401 1,529 733 314 1,544 389 1,595 3,412 397 45 131 コ プ ラ コ コ ナ ツ 油 分 蜜 糖 原 木(mmボードフィート) 木 材 ( " ) タ バ コ ( 粗 ) ア パ カ ( 未 加 工 ) 8 8 只 い 1 5 8 9 0 v 3 4 3 3 6 3 0 4 1 9 0 9 1 5 1 2 0 5 2 2 3 2 + 十 + 一 + + + + 十 十 一 一 一 の30%減に比べ減少の程度が低くなった。これも織物と同様密輸減少の現わ れといえよう。 食糧生産の停滞が工業化の陸路となることは明らかである。食糧生産の陸 路は生産が農民の大部分を占める分益小作農によって行なわれていることに よっている。温存された封建的地主の権力は強固で、あり,しかもフィリピン の多くの政治担当者は農村の社会・経済的制度の維持に最大の利害関係をも っている。したがって土地改革法は選挙のときにはかかげられでも,実行さ れる意図のない「死文」にすぎないといわれる。 政府は 1969年を目標とする食糧自給計画を発表した。これは濯j既設備,品 種改良,信用供与によって達成しようとするものである。土地改革に対する 施策には 8月の土地銀行の開設がある。同行は小作農の土地取得助成を業務 とする公私合営の機関で授権資本は 15億ベソだが,第 1回の政府払込は2000 万ベソであり実際的活動はまだ先のことであろう。政府の土地改革に対する 方針は分益小作制を借地制に転換し,資金手当を行ない,農民を訓練した後 自作化するというものである。食糧自給計画でもっとも期待されているのは, 新品種 (IR-8-288・3あるいはミラクル・ライスと呼ばれる〉の開発で, これ Fhu 一 − Xl 一一フ ィ リ ピ ン によれば収量はヘクタール当り平均190カパン,収穫期間120日といわれる。 66年1∼9月の貿易は65年同期の4600万ドルの赤字に対し2600万ドルの黒 字とこれまでになく順調であった。しかし上半期は黒字を記録したものの 8 月以降赤字
ι
転化し,外貨準備はピーク時8月の2億0070万ドルを境に12月 15日の1億6630万ドルと悪化し,この傾向は67年においても続くことが懸念 されている。 1∼9月の好調は輸入が前年比1.9%の増加に対し輸出は14.9 %と伸びたことによる。なお輸出は数量で13%,輸出価格指数は1 %それぞ れ上昇し,輸入数量はほとんど変らず輸入価格は2 %上 昇 し た 。 交 易 条 件 (1955=100)は90から89に下落した。輸出品目のうち著しく増加したのは 原木・木材の32.4%である。これは主に日本の建築ブームと原木の輸出禁止 を予想した買い急ぎによる。コプラは大豆との競合やインドネシアの輸出増 大のため価格は14%下落したものの,ヨーロッパの需要が大きく伸びたので 量で32%,額で14%増加した。米国の砂糖クオータは増加されたにもかかわ らず,分蜜糖は量で9 %額で5 %下落した。 9月までの船積量は基礎クォー 外 国 貿 易 (F.O.B百万米ドノレ〉l
拾に輸出
I!__空
19661196511966J
19651196611965 1∼3計 I 619.oI 607.4I 645.2I 561.4I 26.1I -46.o 第1四半期 I 196.1I 161.5I 212.1I 112.sI 16.6I -11.3 第2四半期 I 192.5I 229.7I 218.6I 189.1I 25.5I -40.6 第3四半期 I 229.9I 216.2I 213.9I 199.5I -16.0 I -16.7 (出所〉 Central Bank News Digest 月 未 外 貨 保 有 高 11966年7月t
8 9 I 10 1 u I 12 .15-
:
:
r
r
:
:
n
-
i
-
:
:
;
r
1
-ー−XU 一一 - 36ーフ ィ リ ピ ン タの78%であった(前年85%)。 ココナツ油は38%増加し米国の免税クォー タを37%越えたが FOB価格は18%下落となっている。コプラミーノレはオラン ダ・西独向が86%を占めた。乾燥ココナツの減少は主に米国市場の低迷によ る。銅は,チリ,アフリカの出鉱減少と米国の軍需増大のため,輸出量で19 %増加しただけでなく, 45%の価格騰貴もあって輸出額は73%伸びた。その ほとんどは日本向である。合板の価格は 7 %下がったが輸出額は10%増加し た。大部分米国向けである。輸入の増加は一面には生産回復を反映したもの であるが,非耐久消費財輸入の減少は主に米の輸入減(5600万ベソ 1400万ベ ソ〉によるものである。 米国のフィリピン輸出に占める割合は46.8%から 40.3%に減少したが依然 として対米依存度が大きいことには変わりがない。しかし 9月以降の米国か 主要貿易相手国のシェア 川 一 5 一 J 7 3 3 7 ι 一 イ 一 一 9 7 6 8 2 3 一 万一 6 一 5 1 1 1 2
−
O
一 百 一 9 一 + 十 + 一 一 + 一 寸 一 服 一 川 ﹁l
i
l
− − 一 1 一 如 一 6 一 3 1 ρ 3 ρ 2 一 f k−
L
一 3 一 3 8 5 8 6 2 一 一 謀 長 一t
一 5 2 1 ム 1 1 4 一 一 : 一 9 一 + + 十 一 一 + 一ト
ト
ソ
一
l
i
l
− − ! ー し 7 3 7 6 8 0 1 1 3 十ω
一 い 一 仏 7 G L ハ1 7 一 O /一︷一 4 2一
/ t \ 一 n y 一 出 一 1 一 一 一 6 一3 ・ J 6 3 一 7 一 i 一 、 ︼ 一 0 2 6 0 8 一 泊 朝 一t
一 4 3 一し
T
I
l
l
−
一
︶ 一 5 一 ι 8 5 1 1 ι 一 品 O 一 、 3 一 3 2 4 4 2 2 一 。 一 一t
一 3 2 一入
一
ぃ
下
1
1
1
一輪 一
山 一
釘
M M μ μ一
一 国 本 ツ ス ア ダ 一 一 イ リ わ ン 一 一 ド ギ ー ラ 一 一米日西イれオ一 らの輸入は,フィリピン政府が技術的密輸防止のために課した荷主輸出申告 書要件(p.247参照〕のため一層減少したものと思われる。米国に次ぐ相手 国である日本は輸出入ともにシェアを拡大,双方とも約30%を占めた。対日 輸入は30%輸出は33%各々増加した。日本は輸送機械・卑金属では米国をし のぐ供給国である。EEC
はヨーロッパ最大の相手国で,うち西独・オランダ が輸入の%以上を占める。輸入は20%減少,輸出は28%増加した。EFTA
は 輸入の 6 %を占め, うち 9割は英,スイス・スウェーデ、ンである。輸出入と もに 19%減少,伝統的な赤字は1800万ベソから 1400万ペソに減少した。日本 を除くECAFE
諸国に対する輸出は 65%増加(3300万ベソ〉, 輸入は減少し - 37- 一一 Xlll一一フ ィ リ ピ ン 山 V 品 川 同 一 肌 お 川 一 率 十 M M M U M M M M U ↑ ま こ に i 一 レ U 一 − 2 1 2 7 3 一
尚
一
間
四
﹁
ト
l
l
r
ー 一
る は B 一5 比 一 %ι03Fb21ιρι 一 あ 定 月 ハ u 一6
t
一 ⋮w
m
m
m
ロ 必5mlm
一 で 協 9 R一
9旦
l w一
け 一 ∼ ︵ 了 構 一 一 向 レ 1 一 一 一 港 グ 問 一 一 一香
ン
6 一 川 一 M m M U ω M M U M U 一 ラ δ 一t
一 ω 8 1 1 4 1 1 一 帯 弓 ・ 何 一 9 一 一 − 一 樹 ル , づ 一 1 一 一レ
較
丁
|
寸
41111111$1111111 一 重 ウ 比 一 3 一 4 6 2 3 3 8 7 0 8 一 割 し ラ 謙 一 引 一 侃 鼠 比 見 位 飢 払 ふ 江 一 土7
こ d a F 一 ? 一 6 4 1 2 1 ム 1 4 一 船 出U
臥 一 日 一 一 乃 引 を 明 一 | ! ﹁i
l
i
− −I
l
l
i
− − 一恥
出
納
腿
6一
ρ 6 ρ 6 q ι ι 7 7一
F
F
−
J C R 3 一 9 9 2 2 8 6 9 一 出 刈 取 れ 一 白 白 日 日 お 3 8 1 7 一 輪 勺 恵 1 一λ
レ
特
|
!
﹁
IIIlli
− −l
i
− − 一 ソ の の 一 一 ぺ 臼 と 一 計 財 備 相 判 財 財 財 一 万 ら 国 f−
∞ か 米 産 一 日 一 四 一 印 刷 費 久 山 一 部 ソ 方 械 加 加 卯 而 一 ︵ ベ ソ へ 他 合 生 機 刊 刑 判 円 加 消 耐 非 一 た 万 一 主 要 10輸 出 品 1965, 1966-1∼9月 一 レ 一 一ド一五 1 一 λ丈 一 d 住 民 U 一 札 ペ 一 4 5 6 一 万 一 6 5 6 一 百 一 Q d 一 一 1 一 均 一 一 万 一 百 一 一出品 一輪油 一内例 一国要 一総主I
:
:
:
;
I
構 成 比 丸 太 ・ 製 材 2,775.6 156.2 2,193.6 118.0 24.3 21.5 コ フ フ 794.2 135.4 600.8 118.0 20.9 21.5 砂 糖 738.9 99.3 810.2 104.4 15.4 18.65 コ コ ナ ツ 油 228.9 55.6 165.9 49.4 8.7 8.83 銅 鉱 石 218.1 50.0 182.7 28.9 7.8 5.16 ム口、 板 288.3 14.7 242.1 13.4 2.28 2.09 加 工 ア パ カ 58.9 14.1 66.9 18.4 2.19 3.29 乾 燥 コ コ ナ ツ 48.2 12.8 48.5 14.8 1.99 2.64 コフ。ラ・ミーノレ 171.6 12.4 127.2 7.9 1.925 1.41 糖 み イ〉 227.9 4.6 325.6 7.6 0.714 1.352 (出所) Central Bank News Digest ー− XlV 一一 - 38ーフ ィ リ ピ ン するため,米国に代わる市場を求め貿易拡大の努力が行なわれた。 6月には マレ}シアとの外交関係が復活, これとともにタイを含めたASA諸国間の 貿易の増大が期待され, 8月にはインドネシアとの通商協定が調印された。 またヨ}ロッパ諸国との通商拡大が行なわれ,西独との通商協定は,上院で の審議が進まず大統領権限により批准(2月,期間 1年〉されたほか, 5月 にもベネノレクスとの通商協定が調印された。 貿易政策の面では貿易管理の最後のこん跡ともいわれていた輸出ライセン ス制度がほぼ17年ぶりに撤廃され,登録制に切り換えられた。 活発となった対外関係 マノレコス政権の初年度は内政面におけるよりもむしろ外交面において活発 な動きがみられた。フィリピンも他の後進国と同様基本的には政治的独立か ら経済的自立を指向しているが,そうした主張は特に学生を中心とした青年 層の問に強く根を張ってきている。 66年のフィリピンの外交は他国の力に依 存しないで自国の利益を追求しようとする立場と,その基礎として経済的自 立を達成するために外国からの援助を求めるという立場との矛盾をはらむも のであった。この矛盾が最も明瞭に現われたのは,いうまでもなく対米関係 である。フィリピンに巨大な経済的権益を保持するだけでなく,軍事的に在 比戦略基地を確保しなければならない立場にある米国との関係においてであ った。南ベトナム援助のための兵隊の派遣,マルコス大統領の米国公式訪問, マニラ会議の招集などがその現れであり,一連の関係にある。すなわち,マ ルコス大統領訪米中の9月16日には従来米比聞の摩擦となっていた懸案の軍 事基地貸与期間短縮覚え書が調印されはしたが,米軍基地に対する民衆の反 感はいまだに根強いものがあるといわれる。また 1974年に失効することにな っているラウレノレ・ラングレー協定については,同協定そのものは延長せず に,これに代わる通商航海条約等の協定を結ぶことになり,この交渉は米比 共同コミュニケによると 67年にワシントンで行なわれることになっている。 なお,交渉においては米国に平等権を認めず,現行協定の特恵関税の維持を 求めることがほぼ明らかになっている。 降って12月には,米人小売業のライセンスをめぐる問題があり,これまた - 39ー ー− xv 一一
フ ィ リ ピ ン 対米関係の世論の動向を示している。これは,注目された小売業国民化法に 関する法廷判決に対して,ピレガス・マニラ市長が,同法を米国人にも適用 して,米人小売商のライセンスも取り消すべきであると強硬に主張した問題 である。ピレガス市長のこの主張は,マ
ρ
γ
/ス大統領の考え方とは真向から 対立するものであり,新聞論調もまた外資の流入を妨げるものとして,岡市 長の主張に批判的であった。しかし,世論としては,ピレガス市長の強硬な 態度を支持し,要求すべきことも拒否すべきこともはっきり主張すべきだと する意見も強まっていることは注目される。 次に共産圏に対する関係として, 11月には香港経由で中国米を輸入する問 題が起った。中国米の輸入に対しラモス外相は強硬に拒否したにもかかわら つ , ず,その直後マノレγ
ス大統領は輸入を認める発言を行なった(結局は輸入さ れなかったが〉。 もっとも,対共産圏貿易については,これまでにも幾度か 民間や議会内から通商関係開設が提案されてきている。共産圏といってもソ 連を中心とするものであるが,いずれにしても対共産圏関係についても対米 関係と同様,自国の利益を優先して考慮すべきだとする見解が強くなってき ており,共産圏に対する強硬路線にも緩和の兆が現れてきている。勿論そこ には対米牽制の意図も含まれていると思われる。 対日関係については,マルクス大統領の訪日によって,懸案の解決に進展 がみられた。 1960年に調印された日比友好通商航海条約は,比側の批准がえ られず, 66年の議会にも上程されたが,日本の経済侵略に対する警戒心は依 然として強く,ここでもまた批准に失敗した。然しながら,米国からの資金 援助の見透しが暗いとの報告をうけて決定された。大統領訪日の直前,対日 通商関係正常化の一歩として日本人の在比通商活動を認めており,さらに訪 日の共同コミュニケにより設置された合同委員会では,賠償残高3億ドルの 支払期間10年を5年に短縮,賠償引当借款の運用法,条件の緩和などが課題 となっている。わが国の対東南ア経済援助が積極化している折から,比側が 一層の援助を求めるとすれば通商条約の棚ざらしが障害になっていることは 明らかであり,こうした観点から同条約が67年の議会で批准される見透しが 強まってきている。 一( xvi)- 4 0-フ ィ リ ピ ン
概 況 昨年末正式就任したマルコス政権は新しい年を迎えて,人事・機構面で体 制岡めを急ぐとともに,開会された国会に対して政策の大綱を示した。 すでにほぼ終っていた閣僚クラスの人事にひきつづき,次官以下の各省人 事や政府関係機関の人事が進められた。とくに,この目的で通常国会直前に 会期 1週間の臨時国会を召集して,その会期終了後,憲法の規定をタテにマ カパガル前政権の辞任直前のいわゆる深夜人事(または薄明人事〉を無効にし て,自己の人事の仕上げとした。ただし国会工作は,下院で正副議長を野党 がr1iめ,上院に与党議員の加わるブロックが出現するなど,順調ではない。 体制固めは,当面の施策を通して,密輸阻止キャンベーンを通しての軍首 脳や税関などの機構・人事の刷新としても追求されて行なったし,財政緊縮 措置としての政府雇員の大量解雇などもその役割を果すであろう。 政策面で,国会提出案件,とくに通常国会冒頭の年頭教書の内容は,就任 演説に見られた問題意識を各方面に延長・拡大したもので,米自給政策(賠 償資金の重点移動,農業資金強化,米価補助など〉.沈滞した産業界に対す る奨励措置,社会資本の充実,財政立て直し,などである。このうち具体化 しつつあるものは,対農業施策や金融緩和措置である。しかし,真に具体的・ 現実的な計画としては,準備されつつあるという新社会・経済開発計聞をま たねばならないようである。 外交方針の重点の一つで、あるマレーシアの国交回復交渉が急ピッチで進め られているが,これとからんで新しい地域協力の問題が提起されている。ひ きつづ、きベトナム情勢をめぐり米国首脳の来訪があわただしく,ベトナム戦 の深刻化とともに,フィリピンの態度の決定を求めてきている。こうした時 公館長会議の論議と伝えられるものの中には,国家利益という観点からこの 同の外交姿勢を追求している姿がうかがわれる。 - 49ー 一( l )一フィリピン (1月〉 移人事・機構面の体制固め マルコス大統領はひきつづき人事を進めるとともに, 懸案のマカパガル人事の一掃 を行なった。マルコス大統領は613,前政権が退任直前に行なった一連の人事につい て,文官委員会,賃金・身分委員会,予算委員会の追っての検討が済むまで,撤回 (recall)と還付(return)を命ずる行政命令を発していたが,臨時間会の「休会jにひ っかけて, 23日任用委員会に憲法の規定により, 彼および前大統領によって臨時国会 休会前に行なわれた1717人の暫定人事はすべて「失効
J
したと通告し,裁判所,国防 省,外務省関係を中心に新しく任命を行なった。 この間,密輸阻止キャンペーンに関連して, 関税局長の更迭(1.5),警察隊首脳の 人事異動(1.6),海軍機動隊長官の解任( 1.11)などの人事が進められた。 この間実現された主な機構改革には,地域開発大統領補佐官と農地庁長官の閣僚昇 格(1.4),大統領特命密輸阻止委員会(Pagcom)の廃止と「改革・政府活動に関する 大統領特命機関(PARGO)」の新設(1.7)などがある。この点ではさらに根本的に, 行政機構改革の権限法案を国会に上程し, 1月27日下院を通過させたo,その規模は20 日マルコスの語ったところだと,職務と人員を3分の 1削減するものである。 これらの結果, 26日の発表によると, 24日の通常国会開会までにマルコス大統領が 行なった人事の総数は326名となった。その主なものは次の通りである。会計検査院長 IsmaelMathay, Sr.,首席検事 AntonioP. Barredo,国軍参謀長 Arnesto Mata (注), 社会厚生長官 FranciscoRemotigue, 国防事務次官 Manuel Syquio,国防政務次官 AlfonsoArellano,外務事務次官 ManuelCollantes,労働次官 Raoul Inocentes,外務政務次官 Jose D. Ingles,法務次官 Claudio Teehankee, 情報次官 JakeClave,文部次官 OnofreD. Corpuz,商工次官 FernandoC. Campos, 大蔵次官 JuanPonce Emile,官房副長官 FloresA. Bayot,官房副長官(法律・ 行政) Jose Leido, Jr., 官房副長官(政治・社会〕 Gilberto Duavit,総務次官 Teotimo S. Aguilar,公共事業次官 MarcianoD. Bautista,農林次官代理 Isosceles Pascual,大統領特別補佐官 JoseL. Guevara,大統領政務補佐官 JaimeFerrer, 大統領法務補佐官 JuanTrivino,フィリピン国立銀行総裁 RobertoS. Benedicto, 内国税収局長 MisaelVera,関税局長 JacintoGavino. 〈注〉 Arnesto Mataは 1月 8日一旦国防政務次官に就任, その後現役復帰の上参 謀長に任ぜられた。 多金融緩和進む この月金融緩和措置が次のように進められた。 1. 1 カスティーリョ(Andres V. Castillo)中央銀行総裁: 20%留保要件によっ 一( 2 )一 50
-フィリピン (1月〉 て月額約2200万ベソ,自由化以前に 1ドル= 3.20ベソの特恵レートで行なわれた 借入の償還により月額約 900万ベソ,計約 3100万ベソが金融機関の流動資産にあ らたに追加された。また,マルコス大統領の財政引締め政策と現行税法の厳格な 施行に伴い,金融情勢は一層ゆるむものと見てよい。 1. 4 カスティーリョ中央銀行総裁: IMF理事会から,中央銀行の政府および民間 銀行に対する貸出限度(いわゆる純国内資産の限度)を 20億 1800万ベソから21億 1800万ベソに引上げることの承認を受けた。これは 4月中旬に行なわれる毎年’恒 例の貸出限度改訂とは別である。 (註) IMFの貸出規制は,フィリピンが 1962年に IMFから 4040万ドルのスタ ンドパイ・クレジットを受けた時とりきめたもの。 1. 21 通貨委員会は金融を緩和する次の6措置を承認した。 ① 商業銀行に対する再割引ワクの算出基準の改訂。 1965年 3月31日現在の純 資産額から 65年12月31日現在のそれに。 ② 輸入信用状の保証金としての特別定期預金に対する支払準備を二段階に分 けて軽減する。すなわち,(1)現在の最低支払準備額の50%相当額の軽減は即時実 施,(2)同じく 25%相当額については30日後に実施。 @ 標 準 公 定 歩 合 の 引 下 げ − 6 %から4.75%へ。優遇再割引歩合は 3 %に据 置。 ④商業銀行の貯蓄預金に対する最低支払準備は10%から 8 %へ。 ⑤ 期 限30日の定期預金に対する最低支払準備は10%から 6 %に引下げ。 ⑥上記より長期の定期預金に対する支払準備は廃止。 (注〉 この措置の結果, 6000万ベソを下らない額が市中に放出されるという。 多金融の「フィリピン化」論争 金融緩和問題と関連して,民族主義的傾向を代表するアラネタ大学経済研究所リチ ャウコ(AlejandroA. Lichauco)理事長から,外国企業による国内金融の利用が金融 情勢を一層窮屈にしているとの指摘があり,反駁した中央銀行との聞に大略以下のよ うな論戦が行なわれ,なおひきつづいている。 なお,この間マニラ青年商業会議所経済委員会は,事柄の重大性と外資導入への悪 影響を考えて,現在制限的措置をとることに反対したが, 同時に外国企業に対する長 期の,とくに政府関係金融機関の信用品高限度を削減する十分な理由のあることをみ とめ,短期クレジットについても将来何らかの措置が必要かどうか注視することが望 51 - 一( 3 )一
フ ィ リ ピ ン C1月〉 ましいとの態度を示した (MB,66. 2. 5)。 1. 3 リチャウコ理事長,政府に対して: 1964年に30外国会社だけで受けた融資は l億6000万ベソで,これは商業銀行が製造業に与えた全融資額の10%にあたる。 一方,親会社への外貨送金は3000万ベソであった。フィリピン人企業家,商人は 巨大な融資便宜をうばわれている。政府は外国企業,外人事業家に国内融資を停 止するよう説得するか,立法をすべきである。 1.12 カスティーリョ中央銀行総裁:過去5年間に金融機関の融資残高に占める外 国企業の割合は1960{]'−の 24%から 1965年の16%へと減少した。また,外国企業に 対する銀行融資の制限は,函内経済開発のため外資を誘致する国家の方針と合致 しない。したがって,現在融資をフィリピン人事業家に限る必要はみとめられな U
。
、
1.15 リチャウコ理事長:カスティーリョの議論は中央銀行総裁にしては薄弱で矛 盾している。すなわち, ① 融資をフィリピン人に限ることが外資導入を妨げるという議論は,論点を とりちがえている。この制限は,外国企業に自国から資金を持ってこさせるため である。 ② カスティーリョの意見は,外資導入のために外国企業の搾取を承認し,奨 励せよということである。 ③ カスティーリョは外国企業向け融資の割合を過小評価している。中央銀行 の文書によれば,金づまりの1964年に商業銀行から外国企業が借り山した融資総 額は13億ペソであり,これは同年商業銀行が製造業に与えた融資総額の50%以上 にあたる。 1.18 中央銀行スポークスマン:①外国資本を誘致しておいて運転資本を拒否す. ることはできない。なお,政府が誘致したいのは長期の外資で、ある。 ② カスティーリョの意見を外国企業の搾取奨励と非難するのは悪意ある歪曲 である。外国企業への貸付カ:24%から 16%に低下したのは事実である。 ③批判者は初歩的な統計の原理をこの上なく無視している。 13億ペソは融資 総額77億ペソと比較すべきである(→16%)。 1965年 1∼3月には 25億8000万ペ ソ中 4億1000万ベソ,すなわち 15%であった。 ④金融源資はフィリピン人でも外人でも金融的・経済的効果をもっ。海外資 本移転,利益送金を制限するための為替制限復帰は不可能で,かっ,より大きな 問題を生ずる。 -( 4 )一 52フ ィ リ ピ ン (1月〉 ⑤ 再割引融資で中央銀行が借手を制限するわけにはゆかない。中央銀行は融 資がどのように使われるべきかに関心があるだけだ。手続的にも借手の国籍調査 は事務を停滞させるだけだ。 1.21 リチャウコ:事柄の本質は,外国企業の借入れがたえずおどろくほど増大し ていることである。中央銀行は1964年の外国人の借入れが13億にのぼり,それが 製造業の全借入れの50%以上にあたることを否定しなかった。わが国の金融源資 の16%は,それがフィリピン企業と限られた市場を争っている外国人企業に吸収 されていることからみて,決して小さい数字ではない。 場参マレーシアとの復交交渉進む マルコス大統領は年頭教書の中で, マレーシアとの国交正常化を方針のーとしてあ げ、たが,その際サパ領有権主張を保留し, また, H音にインドネシアとの友好と背馳し ないことをのベた。マルコス政権はすでに就任前から,密輸取締りへの協力要請とい う形でサパ問題を保留しての解決方式(まず外交関係の回復, 次いで外交的手段でサ パ要求をみとめさせるというのが,前からわれわれの主張する解決方式である一一1. 21,ラモス外相)を打診し, 就任式にはマレーシア代表を正式に招待したのであった が, 1 fl4日ラモス外相が明らかにしたように, マレ←シア側もラーマン首相が親書 を送ってこれを保障した。 この土f針に沿って,この月マレーシアとの交渉は復交の手 続き・)j式の検討という形で次のように順調に進んだ。 1. 2 就任式列席から帰国し たIsmailbin Abdul Rahmanマレーシア内相は,フ イリピンとの国交回復がきわめて近く行なわれることに満足し,これにともない 両国およびタイがASAの活発化に努力することを確信する,と語る。 1.14 ラモス外相:マレーシア領事と外務省係官との聞で両国国交正常化の手続き について非公式会談が行なわれており,合意に達し次第インドネシアに公式通告 してから国交を回復する。 1.21 ラモス外相:マレーシアとの関係正常化について地ならしが順調に進んでお り,正常化は予想、より早いであろう。サパ要求の解決は国際司法裁判所に求める。 同日夜,在マニラのマレーシア領事館は,両国間にみなぎる友好と善意,急速な 全面国交回復の期待により,サパ問題はマニラ協定の精神で友好的に最終解決を 見るであろう,とのベた。 l.27 クアラノレンプールの最高消息筋:マニラの交渉進行状況から,突発的障害が なければ今後3週間以内,おそらく2月15日までに国交が回復される。その段ど - 53 - - ( 5 )一
フ ィ リ ピ ン C1月〉 りは外交関係を大使館級にする覚書交換一一両国同時の国交回復宣言一一パンコ クでのタイを交えたASA閣僚会議( 3月〉である。 (UPI-MB) このマレーシア復交交渉と平行して, SEATOの拡充,マフイリンド・ ASAの復活 など地域協力体制の構想が示されている。 移動きはじめたベトナム派兵問題 フィリピンの政権の帰趨が明らかになって以来活発化したアメリカ側のベトナム派 兵に対する働きかけがひきつづき, 1月16日ラスク国務長官とハリマン特使が来比,
マルコス大統領らと会談した。同じころ(13日) Pham Dang Lam駐比南ベトナム大
使は初の記者会見で, フィリピンはベトナムへの軍事援助を比米関係からよりフィリ ピン=南ベトナム関係の角度から,また,軍事的意味だけでなく,心理的意味から考 えるべきだ,と派兵を懲憩する発言を行なった。 こうして派兵問題が日程に上せられるとともに, 国内にはかなり不安の動きが高ま ってきている。 15日付ManilaTimes紙は「フィリピン軍のベトナム派兵計画に対し 反対がたかまっている。多数の外交官と外務省役人はベトナム派兵にそれほど熱心で ない」と書き,軍隊より民間援助,派兵するならフィリピン自前で行なう, との公館 長会議の論調を紹介している。臨時国会の開会日(17日〉には派兵に反対する学生デ モが国会に向けて行なわれた。 ManilaTimesはひきつづき,コラムや論説でアメリ カの圧力による軍事的介入に警告した(資料参照〉。 1月10日前後に行なわれた公館長会議の論調と伝えら札るものは, この国の外交当 事者たちの,フィリピンの国家利益追求の姿勢として注目すべきものがある。軍事援 助よりも民間援助がのぞましい,としながら, いやしくも軍事援助を行なう場合はフ ィリピン自前で,というのは, まったくアジア,アフリカの中での独自的地位の追求 という前提から,アメリカの傭兵的地位に甘んじないという姿勢であろう。アメリカ 圏内でも,たかまるベトナム政策論議の中で, モース議員がフィリピンの派兵に対す る圧力を批判した。 この中で,当選直後かなり明確なことばで派兵の方向を示したマルコス大統領は, 年頭教書など最近の態度表明では,もっぱら現地調査団派遣,国家安全保障会議召集, 国会の承認などの手続きを強調している。 ラモス外相の度々の記者会見での言明も同 様である。この月終りの報道は,国防省・軍当局が「戦闘隊」でない「適当な警護と 民間活動隊をつけた軍技術建設大隊」の形をとろうとしていることを告げている。 一( 6 )一 - 54ー
フィリピン(1月〉
日 誌
C
1
月
〉
1 日 Vメンテeス前外相病死一一−MauroMendez前外相は朝,病死した。 2日 V財政緊縮措置一一マノレコス大統領は,財政緊縮のため次の措置を指令した。 ⑦ 5万ベソ以上の借入れ申込は追って指示あるまで凍結。③国立銀行(PN B),公務員保険制度(GSIS),社会保障制度(SSS)は65年年末現在の資産状況 の即時報告。③蔵相は各種の信託勘定の財務状況調査。 Vパス会社の値上げ抑制措置一一マルコス大統領は証券取引委員会に対し,さ きに公益事業委員会(PSC)から値上げ認可を受けた,パスおよび内航船会社など 全運輸会社の 12月31日現在の財務状況の即時報告を命じた。 (注〉 フィリピン・パス運行協会(BOAP)は4日大統領に面会を求めて, 5km 毎に10センタボの旧レートに復することを申し出た。 3日 v日本の対比賠償,契約凍結一一マルコス大統領は,日本の対フィリピン賠償 資金に関係する事業契約の凍結を命じたO (注〉 アスピラス情報相によると,これは賠償資金の重点を米自給政策の強化 など公共投資にふり向けるためで,これには使途を私企業60%,政府企業40 %と定めた現行賠償法の改定を要する。 v国庫の赤字一一ロムアルデ、ス(EduardoZ. Romualdez)蔵相は, 1965年の国 庫は 1億3300万ペソの赤字であり,政府は内国税および関税の徴集強化によって 危機を切りぬける,と述べたov
労働力事情一一センサス統計局は,中間報告の中で次のように 1965年 5月現 在の労働力事情を発表した(調査は都市 3658家族,地方 2988家族のサンフ。ノレ調 査〉。 全労働力人口 就 業 者 1120∼1180万 (10歳以上の人口の57.5%) 1030∼1080万 92.2∼97.4万(全労働力人口の 8.2%) 42.2∼44.2万(失業者の45.4%) 50.0∼53.2万( " 54.6%) Vガソリン代値上げ一一パス運行協会側が料金値上げの理由のーっとして指摘 したため,最近全ガソリン会社が灯油,燃料油,ディーゼル油の卸売および、デ、イ ーラ一価格を引上げたことが明らかとなった。実施されたのは12月20日で, 1リ - 55 - 一( 7 )ーフィリピン(1月〉 ツクーtiたりのが〔上I