「第二の漢江の奇跡」目指す朴槿恵政権 -- 大統領
選の総括と直面する課題 (特集 韓国新政権の課題
と展望 -- 「国民の幸福」は実現できるのか)
著者
西野 純也
権利
Copyrights 日本貿易振興機構(ジェトロ)アジア
経済研究所 / Institute of Developing
Economies, Japan External Trade Organization
(IDE-JETRO) http://www.ide.go.jp
雑誌名
アジ研ワールド・トレンド
巻
213
ページ
4-8
発行年
2013-06
出版者
日本貿易振興機構アジア経済研究所
URL
http://hdl.handle.net/2344/00003688
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保革二大候補対決による接戦 第一八代韓国大統領選挙(二〇 一二年一二月一九日)は、保守系 与党・セヌリ党の朴槿恵候補と、 進 歩 系 野 党 ・ 民 主 統 合 党 の 文 ムン ・ 在 ジェ 寅 イン 候 補 に よ る 事 実 上 の 一 騎 打 ち と な り 、 最 終 盤 で は 接 戦 と な っ た 。 二 〇一一年一〇月のソウル市長補欠 選挙を契機に韓国民から高い支持 を 得 て き た 安 アン ・ 哲 チョルス 秀 ・ 無 所 属 候 補 は 公 式 選 挙 戦 開 始 直 前 ( 一 一 月 二 三 日 ) に 、 候 補 者 テ レ ビ 討 論 で 注 目 を 集 め た 李 イ ・ 正 ジョンヒ 煕 ・ 統 合 進 歩 党 候 補 は 投 票 三 日 前 に そ れ ぞ れ 出 馬 を 辞 退 し た 。 七五・八%という予想以上の高 い投票率は、保守・進歩陣営を代 表する候補二人による選挙レース が接戦となり、選挙への関心が高 まったことを示している。民主化 後の大統領選挙投票率は、一九八 七 年 八 九・ 二 %、 一 九 九 二 年 八 一・九%、一九九七年八〇・七、 二〇〇二年七〇・八%、二〇〇七 年六三・〇%と低下傾向にあった が今回それに歯止めがかかった。 進歩、保守陣営それぞれの本拠地 である光州(八〇・四%)と大邱 ( 七 九・ 七 %) が 投 票 率 で 全 国 一、二位を記録したことも、保革 両陣営による熾烈な選挙戦を象徴 し て い る。 な お、 光 州 で 文 氏 九 二・〇%、大邱で朴氏八〇・一% の得票率となり、韓国選挙の特徴 である「地域主義」は今回も表れ た が、 全 羅 道 で 朴 氏 が 一 〇 % 以 上、 釜 山・ 慶 尚 南 道 で 文 氏 が 四 〇%に迫る得票を記録し、地域主 義緩和の傾向がみられることも確 かである(表 1参照) 。 選挙翌日の新聞各紙は、朴槿恵 氏 の 当 選 を、 韓 国 初 の 女 性 大 統 領、初の親子(父娘)大統領、そ して民主化後初めての過半数得票 獲得(五一・六%)と伝えた。し かし、敗者である文在寅氏の得票 が四八・〇%に達したという事実 は、朴槿恵政権の五年間が困難に 満ちていることを暗示している。 地域主義や理念対立そして所得格 差 な ど 社 会 的 亀 裂 が 深 刻 な な か で、朴大統領は約半数の反対者と 向き合って国政を運営しなければ ならない。 実際、政権発足前から朴槿恵大 統領は支持率の低下に 直 面 し て い る( 韓 国 ギャラップ調査によれ ば、就任前後の支持率 は 四 〇 % 台 前 半 で 推 移 )。 そ の 最 大 の 要 因 は閣僚人事の失敗であ るが、同時に問われた のは大統領の説明責任 で あ り 対 外 コ ミ ュ ニ ケーション能力の欠如 である。与党は国会で過半数議席 を確保しているが、政府組織法改 正案可決に時間を要し、組閣人事 を 終 え た の は 政 権 発 足 五 二 日 後 ( 四 月 一 七 日 ) で あ っ た。 政 権 の 中間評価的性格を持つ統一地方選 挙は早くも一年後(二〇一四年六 月)に迫っている。●
「安哲秀旋風」
と既存政治へ
の失望
二〇一二年大統領選挙も過去の 選挙と同じく、任期五年一期限り の現職大統領が、任期末を迎えて 国民の厳しい評価に直面するなか で実施された。二〇〇八年のリー マンショックによる世界経済危機 を上手く乗り切ったとの国外での 評価とは対照的に、多くの韓国民 は李明博政権下で中間層や庶民の 暮らし向きは良くならず、深刻な 表 1 第 18 代(2012 年) 大統領選挙主要候補得票率(%) 朴槿恵 文在寅 全体 51.6 48.0 首都圏 ソウル 48.2 51.4 仁川 51.6 48.0 京畿 50.4 49.2 嶺南 釜山 59.8 39.9 大邱 80.1 19.5 蔚山 59.8 39.8 慶北 80.8 18.6 慶南 63.1 36.3 湖南 光州 7.8 92.0 全北 13.2 86.3 全南 10.0 89.3 忠清圏 大田 50.0 49.7 世宗 51.9 47.6 忠北 56.2 43.3 忠南 56.7 42.8 その他 江原済州 62.050.5 37.549.0 (出所)韓国中央選挙管理委員会発表に基づき筆者作成。韓
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社会問題である「両極化」がさら に進んだとの不安と不満を感じて い た。 昨 年、 李 政 権 支 持 率 は 二 〇%台前半で低迷を続けた(韓国 ギャラップ調査) 。李政権は、 「富 裕層や大企業を優遇し、庶民の暮 らしや社会的弱者への配慮が足り ない」との国民の不満を踏まえ、 庶民生活向上のため「中道実用」 路線を標榜したり、 「公正な社会」 を掲げて格差是正や社会正義実現 を目指したが、国民はそれらを実 感できなかった。 大統領選挙で「新しい政治」を 掲 げ た 安 哲 秀 候 補 へ の 高 い 支 持 は、李政権および既存政治に失望 した国民が、安氏に希望を託そう としたことの表れであった。なか でも「二〇四〇世代」といわれる 二 〇 〜 四 〇 代 で 安 氏 の 支 持 は 高 か っ た( 参 考 文 献 ① )。 韓 国 の 二 〇代は大学授業料と就職、三〇代 は結婚、住居、保育、四〇代は子 供の教育と老後に大きな不安を抱 えているとされる。東亜日報の世 代別政治社会意識調査(二〇一一 年一一月実施)によれば、李政権 下で過去よりも社会の透明性と公 正性が進んだか、との問いに対し て「後退した」との回答は、二〇 代 五 七・ 九 %、 三 〇 代 五 一・ 五%、四〇代四一・七%、五〇代 三八・五%であった。また、ハン ナラ党(セヌリ党の前身)と民主 党 の 二 大 政 党 構 造 は 変 わ る べ き か、との問いには、二〇代七五・ 九%、三〇代七七・五%、四〇代 七〇・六%、五〇代五八・六%が 変 わ る べ き と 答 え て い る( 『 東 亜 日 報 』 二 〇 一 一 年 一 二 月 二 日 付 )。 若 い 年 代 ほ ど 現 状 へ の 不 満 が強いことがうかがえる。 本来であれば、第一野党の民主 党が李政権への不満の受け皿にな るべきであったが、民主党は盧武 鉉・ 元 大 統 領 以 降、 有 力 な 政 治 リーダーが不在で求心力を欠いて いた。李政権への中間評価となる 二〇一〇年六月の統一地方選挙で は勝利を収めたが、野党有利とさ れた二〇一二年四月総選挙では与 党に敗北を喫した。大統領選挙の 前哨戦として重要な選挙であるに もかかわらず、である。 そのため、民主党は大統領候補 として文在寅氏を選出した後も、 国民的人気を得ていた安哲秀・無 所属候補との候補一本化を成し遂 げ、その相乗効果によって朴槿恵 氏 に 勝 つ こ と を 目 指 し た。 し か し、候補一本化をめぐる文・安両 陣営の駆け引きは旧態依然とした 政 治 を 彷 彿 さ せ、 「 新 し い 政 治 」 を 期 待 し て い た 安 氏 支 持 者 を 含 め、多くの国民を失望させた。
●朴槿恵氏の選挙戦略
一方、二〇〇七年大統領選挙時 から出馬を目指してきた朴槿恵陣 営(当時はハンナラ党内予備選挙 で李明博氏に敗れる)は、次のよ うな点で選挙戦への備えはしっか りしていた。第一に、李政権発足 前から、次の選挙(二〇一二年大 統領選挙)を狙って李大統領と距 離を置き「与党内野党」の立場を とった。これにより、李政権の支 持率が低下しても、朴氏は高い支 持率を維持できた。また、二〇一 一年ソウル市長補欠選挙での敗北 により党が危機に陥った際には、 党非常対策委員長に就任して二〇 一二年総選挙に向けて陣頭指揮を 執り、与党を「朴槿恵の党」へと 転 換 す る こ と に 成 功 し た。 朴 氏 は、 党 名 変 更( 「 ハ ン ナ ラ 党 」 か ら「セヌリ党」へ)を含む大胆な 党改革を実施して敗北必至とみら れていた与党を過半数議席獲得の 勝利へ導くことに成功した。 第二に、福祉の拡充や「経済民 主化」など、本来であれば野党が 得意とするイシューをいち早く公 約として打ち出し、支持基盤の保 守だけでなく中道層の取り込みを 図った。従来から社会保障政策に 敏感な高齢層だけでなく、厳しい 経済状況下で就職や社会生活の悩 みを抱える「二〇四〇世代」をも 視野に入れた、世代ごとのニーズ に応える福祉政策構想を二〇一〇 年一二月に発表した。二〇一二年 総選挙では「経済民主化」を掲げ て 、 そ の 主 唱 者 で あ る 金 キム ・ 鍾 ジョン 仁 イン ・ 元 大 統 領 府 経 済 首 席 秘 書 官 を 選挙 参 謀 と し て 迎 え 入 れ た 。 朴 氏 が 与 党 大 統 領 候 補 に正 式 に 決 ま っ た の は 同 年 八 月 で あ る が 、 そ れ 以 前 か ら 大 統 領 選 挙 公 約 に つ な が る 重 要 政 策 構 想 を 発 表 し て き た の で あ る 。 そ し て 第 三 に、 「 国 民 大 統 合 」 に 積 極 的 な 姿 勢 を み せ て 、 朴 パク ・ 正 チ ョ ン ヒ 煕 時代に批判的な民主化勢力との和 解を試みた。民主化後の政界再編 や 各 政 治 勢 力 の 合 がっ 従 しょう 連 れん 衡 こう に よ り 、 今日の韓国政治において保守対進 歩を分ける対立軸は明確ではなく なっている。それでも、韓国では 依然として、朴正煕政権の流れを 汲む「産業化勢力」と、それに対 抗し民主化運動を展開した「民主 化勢力」がそれぞれ保守、進歩陣 営の中心を占め、深い社会的亀裂 を形成していると言える。朴槿恵 氏はセヌリ党大統領候補受諾演説 で、 「 理 念 と 階 層、 地 域 と 世 代 を 超え、産業化と民主化を超え、皆 がともに行く国民大統合の道を進「第二の漢江の奇跡」目指す朴 槿恵政権
─ 大統領選の総括と直面する課題 ─統 合 委 員 会 を 設 け て 金 大 大 統 領 側 近 の 韓 ハン ・ 光 グァンオク 玉 氏 を 陣 認 識 」 を 問 わ れ 続 け る と、 世 代 ご と に 支 持 候 補 が 主要放送局三社 による共同出口 調査によれば、 二〇〜四〇代は 文在寅候補、五 〇代以上は朴槿 恵候補への投票 が 顕 著 で あ っ た。両候補の世 代別得票率は、 二 〇 代 で 朴 三 三 ・ 七 %・ 文 六 五・八、三〇代 で 朴 三 三・ 一%・文六六・五%、四〇代で朴 四四・一%・文五五・六%、五〇 代 で 朴 六 二・ 五 %・ 文 三 七・ 四 %、 六 〇 代 以 上 で 朴 七 二・ 三%・文二七・五%であった(表 2参 照 )。 マ ス コ ミ は こ の 現 象 を 「 世 代 葛 藤 」 と し て 報 じ た。 振 り 返れば、世代別投票行動が注目さ れ た の は 、 盧 ノ ・ 武 ムヒョ ン 鉉 候 補 が 当 選 し た 第 一 六 代 大 統 領 選 挙( 二 〇 〇 二 年)である。当時も二〇〜四〇代 は進歩系の盧候補、五〇代以上は 保 守 系 の 李 イ・ 會 フ ェ チ ャ ン 昌 候 補 を よ り 多 く 支持したが、昨年大統領選挙では 二〇〜四〇代の進歩候補支持、五 〇代以上の保守候補支持がより鮮 明となった。 興味深い事実は、五〇代以上が 全有権者数に占める割合は二〇〇 二年には約三〇%であったが二〇 一 二 年 に は 四 〇 % に 達 し た こ と ( 逆 に 二 〇 〜 四 〇 代 は 一 〇 % ポ イ ン ト 減 少 )、 そ の 状 況 で 世 代 別 投 票率が二〇代六五・二%、三〇代 七二・五%、四〇代七八・七%、 五〇代八九・九%、六〇代以上七 八・八%(前述の共同出口調査) となったことである。ここから分 かるのは、高齢層が全有権者に占 める割合が高くなり、かつ積極的 に投票を行ったことが、朴氏当選 を決定づけたということである。 選 挙 結 果 に 表 れ た 世 代 間 の ギャップは、朴氏が掲げた「国民 大統合」が、実現困難な課題であ ることを物語っている。朴氏自身 もそれには自覚的である。当選翌 日の記者会見で朴氏は、過去半世 紀にわたる分裂と葛藤の歴史を終 わらせるよう努力するとしたうえ で、 「 す べ て の 地 域 と 性 別 と 世 代 の人々を等しく登用し、大韓民国 の潜在能力を最大限引き出し、国 民一人一人の幸福と一〇〇%大韓 民国を作ることが私の夢であり望 みです」と力説した。 一方、選挙後の世論調査は、朴 槿恵政権がまず取り組むべきは経 済成長の実現であることを示して いる。東亜日報の調査は、次期政 権の最優先国政課題として経済成 長二八・六%、両極化解消一六・ 五%、経済民主化一四・一%の順 で回答を得た。但し、世代ごとに 優先度に温度差があると記事は伝 える。例えば、三〇代では両極化 解消(一九・九%)と経済民主化 ( 一 九・ 九 %) に 対 す る 要 求 が ほ かの世代よりも高いが、経済成長 ( 二 三・ 七 %) と い う 回 答 は 他 の 世 代 よ り 相 対 的 に 少 な い と い う (『東亜日報』二〇一三年一月一日 付 )。 同 様 の 傾 向 は 京 郷 新 聞 の 調 査結果からもみてとれる。最優先 に解決すべき課題は、経済成長三 〇・九%、貧富格差・社会両極化 解消二六・八%、雇用問題一七・ 一%との結果になったが、経済成 長 は 四 〇 代( 三 五・ 二 %) 、 五 〇 代( 三 一・ 〇 %) 、 六 〇 代 以 上 ( 三 六・ 九 %) で、 両 極 化 解 消 は 二 〇 代( 三 九・ 一 %) 、 三 〇 代 ( 三 二・ 三 %) で 回 答 率 が 高 か っ た と い う( 『 京 郷 新 聞 』 二 〇 一 三 年一月一日付) 。 これら調査結果および前述した 李政権への不満や「安哲秀旋風」 からうかがい知れるのは、二〇代 や三〇代が「両極化」といわれる 格差社会のなかで疎外感を抱いて おり、社会的公正さをより強く求 めているということである。五〇 代以上が、一九六〇〜七〇年代の 高度経済成長期に急拡大する経済 的 パ イ か ら 恩 恵 を 受 け た の に 対 し、二〇、三〇代は社会への進出 が一九九〇年代末の経済危機(韓 国 で は「 I M F 危 機 」 と 呼 ば れ る)と重なり、厳しい社会経済状 況のなかで生活に不安を抱え続け ていることが背景にある。
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「第二の漢江の奇跡」 を目指す 朴槿恵大統領が二月二五日の就 任辞で真っ先に「経済復興」に言 及 し、 「 第 二 の 漢 江 の 奇 跡 」 を 実 40 代 47.9 48.1 44.1 55.6 50 代 57.9 40.1 62.5 37.4 60 代以上 63.5 34.9 72.3 27.5 (出所) 筆者作成。数字はいずれも出口調査による推計。第 16 代は MBC、 第 18 代は主要放送 3 社による調査結果を利用。現して国民を幸せにする、と述べ たのは、以上のような国民世論と 厳しい経済状況を意識しているか らに他ならない。就任辞では、経 済復興を成し遂げるために、選挙 公約として打ち出した「創造経済 と経済民主化を推進していく」こ と が 強 調 さ れ た。 創 造 経 済 と は 「 科 学 技 術 と 産 業 が 融 合 し、 文 化 と産業が融合し、産業間の壁を取 り払った境界線に創造の花を咲か せ る こ と 」 で あ り、 「 既 存 の 市 場 を単純に拡大する方式から抜け出 し、 融 合 の 基 盤 の 上 に 新 し い 市 場、新しい雇用を作る」ことが期 待されている。新設された「未来 創造科学部」がその実現のカギを 握 る こ と に な る。 但 し、 「 創 造 経 済が花を咲かせるためには、経済 民 主 化 が な さ れ な け れ ば な ら な い 」、 つ ま り「 小 商 工 人 と 中 小 企 業を挫折させる不公正行為を根絶 し、 過去の誤った慣行を直」 す必要 がある、というのが大統領の認識 である(カギ括弧内はいずれも大 統 領 就 任 辞 よ り 引 用 。参 考 文 献 ② )。 しかし、朴槿恵政権の経済運営 には次のような困難がともなう。 第一に、創造経済論を実践し、科 学技術とりわけIT産業を活用し て新しい雇用と成長基盤を創り出 す に は 時 間 が か か ら ざ る を 得 な い。この雇用創出でとりわけ念頭 に置かれているのは、社会問題化 し た 若 者 層 の 就 職 難 解 消 で あ る が、短期的効果を見込むのは難し い。となると、文在寅候補支持が 多かった若者層の朴政権への失望 が、政権の政治的安定ひいては政 策推進力を奪い、創造経済の果実 を得ることができなくなるかもし れない。 第 二 に、 経 済 民 主 化 の た め に は、韓国経済発展の原動力である 大企業(財閥)中心の経済構造に メスを入れることになるが、それ は一時的ではあっても国際競争力 の低下をもたらしうる。大企業の 輸出に依存する韓国経済がその手 術 に 耐 え る こ と が で き る だ ろ う か。もっとも、朴大統領の言う経 済民主化は、財閥への厳しい規制 を唱えた野党候補とは異なり、公 正取引や中小企業育成に力点が置 かれている。しかしこれらは過去 の政権も取り組んだが十分な成果 を上げることができなかった。そ れほど韓国経済の体質改善は難し いのである。朴槿恵大統領は「第 二の漢江の奇跡」のために、父・ 朴正熙が作り上げ、 「漢江の奇跡」 を実現した経済構造の創造的破壊 をどこまで敢行できるか、自らに 問うていると言える。 第三に、経済復興と共にもうひ とつの重要公約である福祉政策と の両立が課題となる。朴政権は老 若男女「国民それぞれに見合った 福祉」を掲げているが、政権任期 内に韓国は高齢社会(六五歳以上 人口の占める割合が一四%以上) に突入するとされており、高齢層 対策は急務である。しかし、経済 成長が鈍化して税収が減るだけで なく、政権任期後半に生産年齢人 口(一五〜六四歳)が減少に転じ ることが予想されるなど福祉政策 推進のための環境は厳しい。しか も、朴大統領は政権発足後も「増 税なき福祉」にこだわりをみせて いる。経済復興と福祉拡充という 二兎を追うのは時を経るにつれ難 しくなるのが実情である。
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「朝鮮半島信頼プロセス」
は
動き出すか
内政だけでなく外交安保分野で も朴槿恵政権は困難な課題に直面 している。歴代政権同様、最重要 課 題 は 北 朝 鮮 問 題 へ の 対 応 で あ る。 し か し 昨 年 の 大 統 領 選 挙 で は、与野党候補ともに李政権時に 途絶えた南北対話再開の必要性を 説いたため、対北朝鮮政策は大き な争点にはならなかった。二〇一 〇年三月の海軍哨戒艦「天安」号 沈没と同年一一月の延坪島砲撃を 受けて、北朝鮮の軍事的挑発を抑 止する安保態勢を強化しつつも、 南北間の軍事的緊張緩和と安定的 関係構築のための措置が必要、と の一定のコンセンサスが韓国民の 間に形成されたからである。 朴氏は、こうした韓国民の認識 を踏まえた対北朝鮮政策構想をい ち早くアメリカ外交誌『フォーリ ン・ ア フ ェ ア ー ズ 』 二 〇 一 一 年 九、一〇月号に発表した。そこで は、 「 信 頼 外 交 」 と「 均 衡 政 策 」 というキーワードを用い、南北間 の信頼構築、安保と交流協力の均 衡、南北対話と国際協調の均衡を 唱 え た( 参 考 文 献 ⑤ )。 二 〇 一 二 年二月には、この構想を敷衍する 形で、朴政権の対北朝鮮政策とな る「朝鮮半島信頼プロセス」につ い て 語 っ た。 「 北 朝 鮮 核 問 題 の 解 決 は 結 局、 『 北 朝 鮮 問 題 』 さ ら に は北東アジアの平和問題と関連し ている点を念頭に置きアプローチ すべき」としたうえで、⑴既存の 南北間合意を互いに守る、⑵人道 的支援や互恵的交流事業は政治状 況とは関係なく続ける、⑶南北の 信頼関係が進めば他国の参加も含 めたより多様な経済協力事業を実 施する、とのプロセスを提示した の で あ る( 参 考 文 献 ③ )。 大 統 領「第二の漢江の奇跡」目指す朴 槿恵政権
─ 大統領選の総括と直面する課題 ─公 約 集 に は、 「 信 頼 が 積 プ ロ ジ ェ ク ト 」 を 稼 働 す 。 な か、 朴 政 権 は 大 統 領 府 ) に 新 設 し た 国 家 安 保 室 室 長 は 長 官 級 ポ ス ト ) を さ れ れ ば、 「 信 頼 プ ロ セ それは避けたいはずである。