研究論文
北海道野付湾における流入河川によるアマモへの影響
Influence of inflowing river on eelgrass in
Notsuke
Bay,
Hokkaido
佐々木 章晴
*Akiharu Sasaki
要旨:野付湾は,アマモ(Zostera marina)が生育しており,ホッカイエビ(Pandalus latirostris) の漁場になっている。野付湾および湾外南側のアマモ場の流入河川の流域土地利用が河川水質に与 える影響と,河川水質がアマモに与える影響について検討した。河川の流域森林率が低下し,流域 窒素投入量が増加すると,河川水中の NO3-N,K,Ca が増大した。そして,河川水中の NO3-N,K,Ca が増大すると,アマモの生育質量が低下した。アマモ生育質量の低下は,NO3-N の増加に伴って増 大する未知の生育抑制物質が増加していることが原因ではないかと考えられた。 キーワード: 北海道野付湾,河川流域土地利用,河川水質,アマモAbstract:Notsuke Bay is home to eelgrass (Zostera marina) and is a fishing ground for the lobster (Pandalus latirostris). The effect of land use on the river basin of the inflowing river of the eelgrass beds on Notsuke Bay and the southern side of the bay was examined, and the effect of river water quality on the eelgrass was examined. NO3-N, K, and Ca in river water increased when the river basin forest rate decreased and the basin nitrogen input increased. When NO3-N, K, and Ca in river water increased, the growth mass of eelgrass decreased. The decrease in eelgrass growth mass may be due to an increase in unknown growth-inhibitory substances, which increase with increasing NO3-N.
Key Words:Notsuke Bay in Hokkaido, river basin land use, river water quality, eelgrass
はじめに 北海道東部の野付湾はラムサール条約登録湿地であり, 野付崎という分岐砂嘴に囲まれた半閉鎖海域である。野 付崎は,標津町南部から南東へ延長 26km,最大幅 4km の 分岐砂嘴であり,標高は 5m 以下である。地形として,砂 丘状地の他,沼沢地,森林地も存在する。地質の特徴と して安山岩主体の野付砂礫層を主体に,泥炭層も存在す る。外海側は直線・曲線の平滑な海岸線を描き,湾側へ は鈎状部が多数存在する。野付湾底は,水深 1m 未満の砂 泥質の平坦地が広がり,これを刻む 2 筋の澪が発達する。 澪の水深は 1-4m である(北海道自然保護協会 1987)。 野付湾内および湾外南側には本州東北以北に分布する 北方性のエビであるホッカイエビが生息する。主として アマモ・スガモが繁茂する藻場に生息し,ライフサイク ルを藻場内で完結するため,漁場はこれら藻場に限られ る。北海道内の漁場は,根室管内温根沼・野付湾,釧路 管内厚岸湾,網走管内サロマ湖・能取湖,宗谷管内宗谷 湾周辺であり,漁獲量は北海道において 250-300t/年と 多くはないが,希少性と味覚の良さから高価格で取引さ れることが多く,地域にとっては重要な漁業資源である (水島・高谷 2003)。 野付湾内および湾外南側の澪以外は,満潮時水深2m 以浅の海面であり,そこにはアマモが生育し,アマモ場 の面積は約 3500ha である。水深が浅いため湾内の海水の 交換は少なく,内湾性の強い性質である(水島 2007)。ア マモは砂泥底水域で藻場を形成する海産顕花植物であり (播手 2007),野付湾(湾奥部はシルト質,湾中部と湾口 部は砂質)および湾外南側(砂質)の底質に良く適応す ると考えられる(水島 2007)。生育密度は 100-300 株/m2, 生育質量(湿質量)は 1-3kg/m2である。9 月におけるアマ モ生育質量(湿質量)は,野付湾全体で 9.4 万 t と推定さ れる。アマモの繁茂期は 6-7 月であり,衰退期は 9 月以 降の秋から冬である。野付湾および湾外南側のアマモ場 には魚類 21 種,エビ類 7 種が生息する。ホッカイエビの 出現比率は個体数で 93-74%とされ,ホッカイエビが優 先的な地位を占める(水島 2007)。ホッカイエビのふ化し た幼生および稚エビは,アマモ葉上で匍匐生活し,成体 はアマモ葉体の基部で匍匐生活をする。野付湾および湾 .* 北海道大学農学研究院
外南側のホッカイエビの資源量は 114-300t/年,漁獲量 は 48-126t/年の範囲とされる。漁法は風打瀬網による。 漁期は 6 月 1 日-8 月 15 日である。アマモの葉面積とホ ッカイエビの生息密度には正の相関が見られ,ホッカイ エビにとってアマモ場は,かくれ場,餌料の供給の場と しての役割が大きいと考えられる(水島 2007)。 このように野付湾内および湾外南側のアマモ場は,ホ ッカイエビをはじめとした水産動物,それらの幼稚仔の 生育場として重要な役割を果たしている(播手 2007)。一 方,アマモの生育は水温,水質に大きく影響されるとさ れている(斉藤 2007,水野 2008)。 野付湾内および湾外南側のアマモ場の水質に影響を与 えている要因のひとつとして,流入河川の存在があり, 当幌川,茶志骨川,飛雁川,九虫川,春別川が存在する(北 海道自然保護協会 1987)。アマモ場は,これら流入河川 の影響を少なからず受けると考えられる。流入河川であ る,当幌川,茶志骨川,春別川流域は,開拓以前は森林 地帯であったが 1910 年代より酪農開発によって草地開 発が進行し,1960 年代のパイロットファーム事業により 現在の草地面積となった(別海町 1978 ,中標津町 1981, 山宮 2007),さらに生産乳量拡大を目的として 1980 年代 から購入飼肥料使用量は増大し,これは 2000 年代初頭か ら現在まで同程度の量が維持されており(吉野 2008,北 海道農政事務所 2018),流域への人為的窒素投入量は 1910 年代と比べて 1990 年以降は変化したと考えられる (油津 1995,佐々木 2009,佐々木・舘・森高 2016,佐々 木 2017,佐々木 2019)。一方,飛雁川,九虫川は流域の ほぼ全域が森林または湿原として保全された。 河川流域の土地利用の変化によって,河川水質は影響 を受ける可能性がある(佐々木 2016.佐々木 2017,佐々 木 2019)。そして,河川水質の変化によってアマモの生 育は影響を受けることも考えられる(幡手 2007,水野 2008,斉藤 2007)。 そこで,野付湾および湾外アマモ場に流入する主要な 河川流域における土地利用および流域の人為的物質動態 と河川水質の関連を解明し,河川水質とアマモの生育と の関連を解明する。これらの解析によって,野付湾水産 業と酪農の共存に向けた方向性を予備的に探求すること を本報告の目的とする。 1. 調査地および調査の方法 野付湾および湾外南側のアマモ場に流入する河川の内, 北から茶志骨川,当幌川,飛雁川,九虫川,春別川を調 査河川とした (図 1)。これら流域の土壌は上流より未熟 火山性土,黒色火山性土,厚層黒色火山性土であり,流 路周辺には沖積土や泥炭土も分布していた。(佐々木ら 1979)。 採水地点は,海水の影響を受けないようそれぞれの河 川の下流域の流心における表層水とした(図1)。2019 年 8 月上旬の平水時に一斉に採水した。採水日 8 月 7 日 から 5 日前までの天候は晴れであった。7 月降水量は 7.5 ㎜,8 月降水量は 107.0 ㎜であった。採水後直ちに pH, EC(東亜 DKK WQC24)を測定し,48 時間以内に吸光光度法 (メルク社・RQ フレックス)で硝酸態窒素(NO3-N)を 測定した。ナトリウム(Na),カリウム(K)は炎光光度 法で,カルシウム(Ca)は,La が 4000mg/L 存在する LaCl3・ 7H2O 溶液を干渉抑制剤として La が 2000mg/L になるよう に試水に添加し,原子吸光光度法に準じて炎光光度法で 測定した(JIS K 0400-50-10, JIS K 0400-50-20,JIS K 0400-52-30,半谷ら 1995,東京光電 ANA-137;空気-プロ パン炎)。また,La を添加しない Ca 値も測定した。 流域土地利用を把握するために,都道府県別メッシュ マップ 01 北海道⑦(環境庁自然保護局計画課自然環境調 査室,1997)によって,流域範囲と土地利用を把握した。 その情報を基に,Google Earth(画像は 2015 年)のポリ ゴン機能を使用し,各調査地点より上流の流域面積,流 域森林面積(ha), 流域草地面積を測定した。流域森林率 (%)は,流域森林率を流域面積で除して求めた。 草地 1ha あたりの年間乳生産量(Y:kg/ha/年)と窒素 投入量(X:Nkg/ha/年)には強い正の相関がある(河上 2003,佐々木 2017)。 Y = 43.073 X + 2865.1(R2=0.74;P<0.05:佐々木 2017) この式を利用して,流域の年間乳量から流域 1ha あたり 窒素投入量を推定することとした。調査河川流域の年間 生産乳量(t)の情報を,JA 標津,JA 計根別,JA 中標津, JA なかしゅんべつ,JA 道東あさひより得た。これを流域 草地面積(ha)で除して流域草地 1ha あたりの生産乳量 (kg/ha/年)を算出し,この値を X,草地 1ha あたりの 図 1 調査を実施した野付湾および湾外南側のアマモ 場流入河川と調査地点 ●は,採水地点(海水の影響を受けない地点に設定) @2019 Google 日本 に加筆
窒素投入量(Nkg/ha/年)を Y とし,前記の式を以下のよ うに変換して,草地 1ha あたり窒素投入量(kg/ha)を算 出した(佐々木 2017)。 Y=(X+2865.1)/43.073 草地 1ha あたり窒素投入量(Nkg/ha/年)に流域草地面積 (ha)を乗じて流域草地への窒素投入量(Nkg/ha/年)と した。流域の森林では窒素投入が行われていないことか ら,流域草地への窒素投入量を流域全体の窒素投入量と した。流域全体の窒素投入量を流域面積で除して,流域 1ha あたり窒素投入量(kg/ha)を算出した。 1990 年代から野付湾流入河川流域土地利用状況は現 在とほぼ同じと考えられたため,野付湾および湾外南側 のアマモ場全面に均等に配置した 40 地点(約 88ha に対 して 1 調査地点)においてアマモ株数,アマモ生育重量 の調査を行った水島ら(2003)の情報を引用し,各河川 の河口から 3 ㎞以内の調査地点をそれぞれの河川河口の アマモの状況とした。 2.結 果 2.1 野付湾および湾外南側のアマモ場の状況 調査した河川河口部のアマモ株数は,当幌川,茶志骨 川,飛雁川で 250 株数/m2,九虫川で 300 株数/m2,春 別川で 225 株数/m2であった。アマモ生育重量は,当幌 川,茶志骨川で 0.50kgFM/m2,飛雁川で 2.50 kgFM/m2,九 虫川で 3.33 kgFM/m2,春別川で 1.75 kgFM/m2となり,流 域の酪農開発が進行している当幌川,茶志骨川,春別川 は,流域がほぼ森林の飛雁川,九虫川よりもアマモ生育 重量が小さくなった。 2.2 野付湾および湾外南側のアマモ場流入河川の 土地利用の現状 調査した河川の流域面積は,当幌川 15276.6 ha,茶志 骨川 1603.1ha,飛雁川 471.5ha,九虫川 282.9 ha,春別 川 13800.7ha であった(表1)。
流域森林面積は,当幌川 4386.6 ha,茶志骨川 152.4 ha, 飛雁川 446.0ha,九虫川 211.2 ha,春別川 3809.0ha であ った(表1)。なお,流域の森林以外の土地利用は当幌川, 茶志骨川,春別川では草地,飛雁川,九虫川では湿原で あった。 流域森林率は,当幌川 28.7%,茶志骨川 9.5%,飛雁 川 94.6%,九虫川 74.7%,春別川 27.6%であった。(表 1)。 流域 1ha あたり窒素投入量は,当幌川で 164.5 kgN/ha/ 年,茶志骨川 184.6kgN/ha/年,飛雁川・九虫川 0kgN/ha/ 年,春別川 62.8 kgN/ha/年であった(表1)。 このように,流域面積は酪農開発(草地化)が進行し た当幌川, 茶志骨川,春別川が大きいものの,流域森林 率は飛雁川,九虫川が大きく,逆に流域1ha あたりの窒 素投入量は,流域の草地化が進行した当幌川,茶志骨川, 春別川が飛雁川,九虫川よりも大きかった。 2.3 野付湾および湾外南側のアマモ場流入河川水 質の現状 調査した河川の㏗は,7.14~6.89 の範囲であった。電 気伝導度(EC)は,当幌川 15.15mS/m,茶志骨川 16.08 mS/m,飛雁川 9.35mS/m,九虫川 7.05mS/m,春別川 12.70 mS/m であった(表1)。硝酸態窒素(NO3-N)は,当幌 川2.78mg/l,茶志骨川 2.76mg/l,飛雁川 0.92mg/l,九虫川 0.58mg/l,春別川 1.52mg/l であった(表1)。ナトリウム (Na)は,11.2~6.7mg/l の範囲であった。カリウム(K) は,当幌川5.9mg/l,茶志骨川 4.5mg/l,飛雁川 3.1mg/l, 九虫川1.8mg/l,春別川 3.2mg/l であった(表1)。カルシ ウム(Ca)は,当幌川 39.1mg/l,茶志骨川 43.5mg/l,飛 雁川22.3mg/l,九虫川 16.8mg/l,春別川 21.4mg/l であっ た(表1)。La 添加 Ca 測定値から La 不添加 Ca 測定値 をを差し引いた値は,当幌川 0.84mmol/l,茶志骨川 0.93mmol/l,飛雁川 0.50mmol/l,九虫川 0.39mmol/l,春別 川0.46mmol/l であった(表1)。 このように,流域の酪農開発が進行した当幌川,茶志 骨川,春別川は,流域がほぼ森林の飛雁川,九虫川より もEC,NO3-N,K,Ca は高い値を示した。 2.4 流域の森林率および 1ha あたり窒素投入量と 河川水質および水質項目間の相関関係 調査した河川の土地利用と水質の関係を検討した。 流域森林率との間に有意な相関関係が見られたのは, 表 1 野付湾および湾外南側のアマモ場流入河川の水質測定値・流域面積・流域森林面積・流域森林率・流域草地面積・ 流域 1ha あたり窒素投入量・各河川河口域のアマモ株数および生育重量 EC NO3-N K Na Ca La添加 Ca測定値・a La不添加 Ca測定値・b a-b 流域面積 流域 森林面積 流域 森林率 流域窒素投 入量 アマモ 個体数 アマモ 生育重量 mS/m mg/l mg/l mg/l mg/l mmol/l mmol/l mmol/l ha ha % kgN/ha 株数/m2 kgFM/m2
当幌川 6.91 15.15 2.78 5.9 11.2 39.1 0.98 0.13 0.84 15276.6 4386.6 28.7 164.5 250 0.50 茶志骨川 6.89 16.08 2.76 4.5 8.8 43.5 1.08 0.15 0.93 1603.1 152.4 9.5 184.6 250 0.50 飛雁川 7.08 9.35 0.92 3.1 7.9 22.3 0.56 0.06 0.50 471.5 446.0 94.6 0.0 250 2.50 九虫川 7.14 7.05 0.58 1.8 7.6 16.8 0.42 0.03 0.39 282.9 211.2 74.7 0.0 300 3.33 春別川 7.09 12.70 1.52 3.2 6.7 21.4 0.53 0.08 0.46 13800.7 3809.0 27.6 62.8 225 1.75 pH
EC であり R=-0.89(P<0.05)の負の相関関係が見られた (表2)。 流域 1ha あたり窒素投入量との間には,EC との間に R=+0.95(P<0.05),NO3-N との間には,R=+0.99(P<0.05), Ca との間に R=+0.96(P<0.05),La 添加 Ca-La 不添加 Ca との間に R=+0.95(P<0.05)の正の相関関係が見られた (表2)。このように流域森林率の減少と 1ha あたり窒素 投入量の増加は,河川水 EC が増加する可能性が示唆され, また,1ha あたり窒素投入量の増加は NO3-N,Ca を増加 させる可能性が示唆された。 アニオンである NO3-N 濃度によって,カチオンである K, Na,Ca 濃度も変化することが予想されたことから,これ らの相関関係を解析した。NO3-N と K との間には R=+0.93 (P<0.05),Caとの間にはR=+0.96(P<0.05),La添加Ca-La 不添加 Ca との間に R=+0.95(P<0.05)の正の相関関係が 見られ(表 3),アニオンである NO3-N がカチオンである K,Ca 濃度に影響している可能性が示唆された。 次に,NO3-N を Y,流域森林率を X1,流域窒素投入量を X2として標準化重回帰分析を行った。その結果, Y=0.11×X1+1.09×X2 R=0.99(P<0.05) の式が得られ,流域森林率よりも流域窒素投入量が NO3-N 濃度により強く影響する可能性が示唆された。 2.5 河川水質とアマモ株数およびアマモ生育質量 との相互関係 野付湾および湾外南側のアマモ場流入河川の水質と, アマモ株数およびアマモ生育質量との相互関係を検討し た。 アマモ株数と河川水質との間には,いずれの項目でも 有意な相関関係が見られなかった(表 4)。 図 2 河川水 K とアマモ生育質量との関係 直線は回帰式 Y=-0.75X+4.50 R=-0.88(P<0.05),n=5 図 3 河川水 La 添加 Ca 値‐La 不添加 Ca 値とアマモ生 育質量との関係 直線は回帰式 Y=-4.63X+4.61 R=-0.85(P<0.05),n=5 アマモ株数 アマモ生育質量 株/m2 kgFM/m2 EC -0.63 NS -0.99 ** NO3-N -0.46 NS -0.99 ** K -0.49 NS -0.94 ** Na -0.01 NS -0.67 NS Ca -0.32 NS -0.93 ** La添加Ca-La不添加Ca -0.28 NS -0.92 ** 表4 河川水質とアマモ株数およびアマモ生育質量との 相関関係
**:95%有意,*:90%有意,NS:有意性なし
**:95%有意,*:90%有意,NS:有意性なし
表3 NO3-N と K,Na,Ca との相関関係NO
3-N
K
0.93 **
Na
0.72 NS
Ca
0.96 **
La添加Ca-La不添加Ca0.95 **
**:95%有意,*:90%有意,NS:有意性なし
表2 流域の森林率および 1ha あたり窒素投入量と 各水質項目との相関関係 流域森林率 流域窒素投入量 EC -0.89 ** 0.95 ** NO3-N -0.85 * 0.99 ** K -0.65 NS 0.88 * Na -0.33 NS 0.69 NS Ca -0.73 NS 0.96 ** La添加Ca-La不添加Ca -0.70 NS 0.95 **アマモ生育質量と EC との間には R=-0.99(P<0.05), NO3-N との間にはR=-0.99(P<0.05),K との間にはR=-0.94 (P<0.05),Caとの間にはR=-0.93(P<0.05),La添加Ca-La 不添加 Ca との間に R=-0.92(P<0.05)のいずれも負の相 関関係が見らた(表 4,図 2,図 3)。 これらのことから,河川水中の栄養塩と考えられる NO3-N,K,Ca の濃度増加によって,アマモの生育質量は 逆に低下する傾向が示唆された。 3.考 察 3.1 野付湾および湾外南側のアマモ場における, アマモ生育状況,流域土地利用の特徴 野付湾および湾外南側のアマモ場において,アマモ株 数は九虫川河口が 300 株数/m2 と他の河川よりも多いも のの,当幌川,茶志骨川,飛雁川,春別川それぞれの河 口ではいずれも 250 株数/m2 となり,河川の違いによる 傾向は明確ではなかった(水島ら 2003;表 1)。 一方,アマモ生育質量は,飛雁川河口で 2.50kgFM/m2, 九虫川河口で 3.33kgFM/m2 に対して,当幌川河口で 0.50 kgFM/m2,茶志骨川河口で 0.50 kgFM/m2,春別川河 口で 1.75 kgFM/m2となった(水島ら 2003;表 1)。この ように,アマモの生育は各河川によって異なっており, 飛雁川,九虫川に対して当幌川,茶志骨川,春別川は小 さい値となった。これは,各河川の流域の土地利用状況 の違いを反映していると考えられ,次に各河川の流域土 地利用を検討することとした。 各河川の流域森林率は,飛雁川 94.6%,九虫川 74.7% に対し,当幌川 28.7%,茶志骨川 9.5%,春別川 27.6% と低い値となった。また,流域窒素投入量は,飛雁川と 九虫川 0.0kg/ha/年に対し,当幌川 164.5 kg/ha/年,茶 志骨川 184.6 kg/ha/年,春別川 62.8 kg/ha/年と高い値と なった。このように,飛雁川および九虫川に対して,当 幌川・茶志骨川・春別川は流域森林率が小さく,流域窒 素投入量が大きい特徴が見られた。このことは,当幌川・ 茶志骨川・春別川の各流域で,酪農開発に伴う草地造成 が進行し,森林が草地へ転換されたこと(佐々木 2009), 酪農開発に伴い,各酪農家における購入肥料・購入飼料 が増大し,結果としてこれらから草地へ投入される窒素 が増加し,流域全体の窒素投入量が増大したと考えられ る(佐々木 2016,佐々木 2017)。 これらのことから,各河川における流域森林率の減少 と流域窒素投入量の増大が,その河口および周辺海域の アマモの生育に何らかの影響を与えている可能性が考え られた。 3.2 流域土地利用と河川水質との関係 各河川によって流域森林率と流域窒素投入量が異なる ことから,河川水質が影響を受けることが考えられたこ とから,流域土地利用と河川水質との関係を解析した。 流域森林率と河川水 EC の間には負の相関が見られ (表2),流域窒素投入量と EC,NO3-N,K,Ca,La 添 加 Ca - La 不添加 Ca との間には,正の相関関係が見られ た(表 2)こと,標準化重回帰分析の結果,NO3-N により 強く影響するのは流域窒素投入量であるとの結果から, 流域が森林から草地へと転換され,さらに草地への購入 飼肥料による流域窒素投入量が増加したことが,NO3-N をはじめとした河川水質を大きく変化させていると考え られた(小川 2000,山田・中村 2003)。 実際に,飛雁川,九虫川に比べて流域窒素投入量が多 い当幌川,茶志骨川,春別川では NO3-N が高い傾向が見 られた(表 1)。また,NO3-N の上昇に伴い,K,Ca,La 添加Ca - La 不添加Ca が増加する傾向が見られた(表3)。 これらのことから,流域窒素投入量の増加はアニオンで ある NO3-N を増加させ,カチオンである K,Ca も増加さ せる可能性が考えられた。また,La 添加 Ca - La 不添加 Ca は,NO3-N の増加によって正の影響を受ける物質の存 在を示している可能性が考えられた。 3.3 河川水質とアマモ生育状況との関連 河川水 NO3-N,K,Ca,La 添加 Ca - La 不添加 Ca の増 加にともなって,アマモ生育質量は低下する傾向が見ら れた(表 4)。 NO3-N,K,Ca は,植物の生育に必要な物 質であり,これらの増大がアマモの生育を逆に抑制する 結果となった。生育が良好なアマモ場では,T-N は藻場 の水中 0.1344mg/L,底質間隙水 0.7714mg/L が報告され ている(水野,2008)。また NH4-N は、水中 0.14mg/L 以 下が望ましいと指摘されている(斉藤,2007)。NO3-N は 当幌川,茶志骨川,春別川ではこれらの値を超えている ことが,アマモの生育が抑制されている要因のひとつと 考えられるが,飛雁川,九虫川でも NO3-N の濃度は,当 幌川,茶志骨川,春別川よりも低いとはいえ,水野(2008), 斉藤(2007)の値を超えている。また,野付湾および湾 外南側のアマモ場に流入する河川流域の土壌は,アロフ ェンが多く,リンを吸着する(庫爾斑ら 2003)。このこ とにより河川水へのリンの流出は小さいことが報告され ている(佐々木 2019)。これらのことから,N,P の富化 による富栄養化がアマモの生育を抑制した,という単純 なメカニズムではないと考えられる。 一方,河川水 K は酸可溶 Al と正の相関があり(佐々木 2019),Al は水生生物の生育を抑制する可能性が指摘さ れている(橋本 1989)。実際,K の増大によってアマモ生 育質量は直線的に低下した(図 2)。また, La 添加 Ca - La 不添加 Ca の増大によってもアマモの生育質量は直線
的に低下した(図 3)。La 添加 Ca - La 不添加 Ca の増大 は,P,Si,Al の増大によって発生することが一般に知 られている(日本分析化学会 1967)。 これらのことから,アマモにとっての栄養塩類の過剰 のみならず,生育を抑制する可能性がある未知物質の存 在が推定され,その物質は NO3-N の増加に伴って増加す る傾向があると推定された(表3,逸見2001,越川2004)。 本報告では,流域土地利用と河川水の溶存物質濃度, 河川水中の溶存物質濃度とアマモ生育との関連について 解明を試みたが,これらの関係は溶存物質の濃度のみな らず,アマモ場に対する年間の溶存物質負荷量にも影響 することが考えられることから,このような側面からの 解明も今後の課題である。 また,野付湾および野付湾外南部の底質とアマモの生 育との関連,また,潮汐による塩水くさびの移動による 影響も今後の課題である。 おわりに 河川流域が農業開発され,森林が農耕地になり,農耕 地由来の流域窒素投入量が増加した場合,河川水質,特 に NO3-N 濃度を増加させる可能性が考えられた。さらに NO3-N 濃度の増大は,アマモの生育を抑制する未知物質 を増加させる可能性が示唆された。 アマモの生育を抑制する未知物質は,土壌由来である と考えられる。今後,この未知物質の実態を突き止める とともに,未知物質がどのようなメカニズムでアマモの 生育に影響を与えるのかを解明することが,今後の課題 である。 謝 辞
JA 標津,JA 計根別,JA 中標津,JA なかしゅんべつ,JA 道東あさひ, JF 野付の皆様におかれましては多くのご協力・ご指導をいただきました。 また,虹別コロカムイの会の舘定則氏,大橋勝彦氏,内澤彰一氏には多 くのご指導をいただきました。この場をお借りして深く感謝申し上げま す。 引用文献 別海町百年史編纂員会(1978)別海町百年史.別海町.p1-1636. 半谷高久・小倉紀雄(1995)第 3 版水質調査法.丸善株式会社,東京, p318-324. 橋本進(1989)温泉排水による環境破壊Ⅰ 川湯温泉に起源するアルミニ ュウムイオンの魚毒性について.さけ・ますふ研報(43):29-38. 幡手格一(2007)Ⅱ.藻場・海中林の造成 6.アマモ場.水産学シリー ズ 38 藻場・海中林,恒星社厚生閣,東京,p93-115. 北海道農政事務所(2018)農林水産統計(令和元年度公表).北海道農政 事務所,札幌, http://www.maff.go.jp/hokkaido/toukei/index.html.[2019 年 9 月 4 日参照]. 北海道自然保護協会(1987)道立自然公園総合調査(野付風連道立自然公 園)報告書.昭和 61 年度北海道委託調査報告書,札幌,p1-173. 逸見幾代・松枝直人・逸見彰男(2001)希薄酸水溶液処理によるアロフ ェンからのアルミニウムとケイ素の溶出に及ぼす酸種及び共存する 陰イオン種の影響.粘土科学第 41 巻第 2 号:58-63 環境庁自然保護局計画課自然環境調査室(1997)都道府県別メッシュマ ップ 01 北海道⑦.財団法人自然環境研究センター,東京,p1-153. 越川昌美・高松武次郎(2004)土壌-河川-湖沼系におけるアルミニウ ムの動態と化学.地球環境 Vol.9 No.1:83-91. 庫爾斑尼札米丁・南條正巳・天野洋司・水野隆文・吉田穂積・水野直治 (2003)北海道における火山灰土壌中の粘土鉱物.J. Rakuno Gakuen Univ., 28 (1) :7-45 水野豪(2008)海草アマモの栄養塩吸収.三重大学大学院修士論文,三重, p1-54. 水島敏弘・高谷義幸(2003)北海道野付湾のホッカイエビ.水産学シリー ズ 138 エビ・カニ資源類の多様性,恒星社厚生閣,東京,p21-30. 水島敏弘(2007)アマモ場におけるホッカイエビの生態と生産.水産学シ リーズ38 藻場・海中林,恒星社厚生閣,東京,p57-74.中標津町(1981) 中標津町史.中標津町,中標津,p384-389. 中標津町(1981)中標津町史.中標津町,中標津,p384-389. 日本分析化学会(1967)基礎分析化学講座〈第 18〉炎光・原子吸光分析, 共立出版,東京,p1-73 小川吉雄(2000)地下水の硝酸汚染と農法転換.流失機構の解析と窒素循 環の再生.農山漁村文化協会,東京,p1-195. 斉藤雄之助(2007)5.藻場植物.水産学シリーズ 68 下水処理と漁場環 境,恒星社厚生閣,東京,p67-79. 佐々木章晴(2009)根釧地方の酪農開発が自然環境に与える影響.日本草 地学会誌 55(3):252-263. 佐々木章晴・舘定則・森高哲夫(2016) 北海道根釧地方における低投入 型草地管理による河川流域の環境保全 季刊 環境研究(180) 30-46. 佐々木章晴(2016) 野付湾流入河川における流域土地利用による河川水 質への影響.環境情報科学学術研究論文集 30:123-128. 佐々木章晴(2017)北海道根釧地方における土地利用の変化と酪農生産 システムが河川流域の物質動態と野生生物および水産業に与える影 響.横浜国立大学環境情報学府博士論文,横浜,p1-141 佐々木章晴(2019)北海道根室海区におけるサケ増殖河川の流域土地利 用と河川水質との関連.環境情報科学学術研究論文集 33:253-258. 佐々木龍男・勝井義雄・北川芳男・片山雅弘・山崎慎一・赤 城仰哉・ 山本肇・塩崎正雄・大場与志男・木村清・菊池晃 二・近堂祐弘・三 枝正彦・中田幹夫(1979)北海道の火山灰と土壌断面集(1).北海道火 山灰命名委員会,札幌,p1-68. 山田浩之・中村太士(2003)河畔緩衝帯の生態学的意義と草地開発が水辺 の生態系に及ぼす影響.日本草地学会誌 48:548-556. 吉野宣彦(2008)家族酪農の経営改善.根室酪農専業地帯における実践か ら.日本経済評論社,東京,p1-269.