58
報
告
航 海 (報 告) 平成 4年12 月
1992
年
ニ ュー
ヨー ク ・
ボ
スト
ン の帆 船
パ レー
ド に
参 加
し
て
黒
田 不 二夫
*Participating
in
OPSAIL
’
g2
(New
York
)&
SAIL
BOSTON
1992
(Boston
)Fujio
KuRoDA
1.
PROLOGUE
「意 欲に (1492
年 )燃 える コ 1・
ン ブス,
ア メ リ カ 大陸 発 見 !」 と語呂 合 わせ で暗 記 し た 世界 史の年
表。
それか ら500
年とい う節目 を迎える1992
年。 コ 卩 ソ ブス の歴 史上 の評 価は,
特に近 年になっ て必 ずし もプ ラ ス の 面ば か りでな く,同年, ヨー
ロ ッパ 及び ア メ リカ で 開 催さ れ る数々 の 記 念行事
に対 す る多 様の反 応ぶ りか らか,
本 来 純 粋 さを求め られ るべ き海の 男た ち の行 事 (一
部で は歴史 的 遺物
と称さ れ る
)
帆 船パ レー
ド (Tall
Ship
Parade )
の タイ トル も, 二人の米 大 統 領の 開 催 要 請の 手 紙 の
一
節* *か らも うか がえる ように微 妙 な 変 化があるの は
,
あ な が ち1992
年
が 米大 統 領 選 挙の 年である か らばか りで は ない であろ う。
結 局
,
記 念 行 事とし て行われるCadiz
(Spain
)か ら
San
Juan
(
Puerto
Rico
)
,
Boston
(
U
.
S。
A
.
)
か らLiverpool
(England
)
の「閏の帆
走 レー
ス の一
環とし て ,7
月4
日 ニ ュー
ヨー
ク, 7
刀11
日 ボ ス トン に おい て帆 船パ レー
ドを行 う事
にな り , そ の サ ブタ イ トル も 「Grand Regatta
Columbus
’
92
」 と な っ た。 と もか く1992 年7
月 4 日, 所は ニュー
ヨー
ク , ハ ドソ ン 川 に各 国か ら 出来る だけ 多 くの大型帆 船 * 正 会 員 運輸省 航海訓 練 所(〒100 東 京都千代田区霞
羹
鰻
ttr,
vps ケ関 2−
1−
3) 蠻鑼驪
鸚
* * 「CQIumbus ’ voyage of discovery in 1492 (Leagan )」 「Columbus
’voyage to the new world (
Bush
)」* * * 1976年 米 建 国200年 祭 (初 代 日本 丸 も 参 加 ) 1986 年 自 由の女神 100年祭 (日本か らは 不 参 加 ) を集め て
一
大ペー
ジェ
ソ トを催 し た い と い う,
移 民の子 孫が築 き あ げた国, 合衆 国の 切 な る 願い と, 過 去 節 目 ふ し 目で成功し て い るOperation
Sail
** * に 対 する圧倒的な評 価か ら今
回の 計 画 と なっ た もの である。2
隻の 大 型 帆 船を有 する航 海 訓 練 所に最 初 に打 診 があっ たの は,1988
年4
月,
今回も前2
回同様 「OPSAIL
」の実 行 委 員 長をつ とめ るモ ス パ ヅ カー
氏か ら 当時の 松 永 駐 米 大 使にr
目本の大型 帆 船 を1992
年ニ ュー
ヨー
ク港で 開催 する帆 船パ レー
ド に 派遣してほし い」 旨の 要 請 書 簡が送 ら れ, その 3 日後に 書簡
の 写 とと もに,
同大 使か ら 「多 くの 国の参加 が予 定さ れ てい る行 事であり,
又日米 交 流上 有 意 義な事 業と認め られるの で, 運 輸 省に 対 して 前向きの 検 討を申し 入れ られた い」 との外 務 大 臣 あて の 公 電の写が届 けら れ た時
である。
ま た,
=ユー
ヨー
ク と は 別に ボス トン 市 が7
月11
日, 同 じくrOperation
Sail
」を開催
すべ く各 国に働 き か けて お り, 日本に対し て も1989
年, 当 時のデ = カ キス マ † チュー
セ ッ ツ州知 事か ら ボ ス トン総領 事 経 由参加要 請があ っ たの を手 初め に, その後
も む し ろ ニ ュー
ヨー
クを しの ぐ熱心 さで 招 請があっ た。
航海訓 練 所で は,
様
々 な角
度か ら検 討し,関 係 方 面と折 衝し, 又 平成4
年 度 予 算 要 求に盛 り込ん で 実 現に むけて 努 力し た結 果,
全てを ク リ ヤー
して, こ こに練 習 帆 船 海王 丸 を派遣 す るこ と と な っ た。
航 海の 概 要は, 5
月8
日東 京 発,
途 中ロ ン グビー
チ で燃
料・
清 水・
食料等を補 給して パ ナ マ 運 河 通 航,7
月3
日ニュー
ヨー
ク着,7
月11
日ボス ト ン着
。 7 刀16[【ボ ス ト ン』
発,8
月中旬
ホ ノ ルル で114
号 1992 年二=一
ヨー
ク・
ボス トン の 帆船パ レー
ドに参加し て 燃 料等を補給 して9
月1
日東 京に帰 投 する,
延べ 117 口, 22,000
海里にお よ ぶ大航海と なる。
同 船 に は東 京・
神 戸の 両 商 船 大 学 航 海 科 実 習生42
名の ほ か に,一
般か ら公 募し た 往 路, 復 路各20 名の 海 洋 研 修 生 も乗 船 するこ とに なっ た。
5
月8
日, 海王 丸 は 折 か らの強
風に 送 ら れ て,1989年 9
月 建 造 以 来 初の大西洋へ の航 海に乗 り 出 し た。
592.
NEW
YORK
2.1
JULY
3
rd帆
船パ レー
ドに 参加する各 帆 船の うち,Class
A
(全長160
フ a− b
以上 )は,
ハ ドソ ン川 河 口 の 南 方 約10
マ イル にあるSandy
Hook
Bay
の 指 定錨 地に,
7
月3
日 夕刻ま でに集
結 する よ う指 示さ れ てい た 。 海王 丸 は 同日午 前に 採 油を終 え,1400
琢 並 σuC臨
謙
謙
膿
讌
器
鵬
隔
黙
欝
灘
舮
臘
Vessel
表1
EAGLE
DANMARK
LIBERTAD
YOUNG
ZENOBE
KALIAKLA
CREOLE
CONCORDIA
Fleet
Flag
Ship
in
New
YQrk
ENDEAVOR
GRAMME
ESMERALDA
GLORIA
GEORG
STAGE
GORCH
FOCK
ALEXANDER
VON
HUMBOLDT
GALAXY
AMERIGO
VESPUCCI
KAIWO
MARU
CHRISTIAN
RADICH
SHABAB
OMAN
SIR
FRANCIS
DRAKE
ISKRADAR
MLODZIEZY
SAGRES
H
RALLADA
MIRSEDOV
KRUZENSHTERN
JUAN
SEBASTIAN
DE
ELCANO
FALKEN
FRYDERYK
CHOPIN
CAPITAN
M
工RANDA
SIMON
BOLIVAR
ROSEHMS
BOUNTY
GAZELA
OF
PHILADELPHIA
Length
(ft
)5208214519835511172173695600250997
9543961874790236476659558773807767
22nj1
12132122133211132333331122111
RigBARKSHIPSHIPBRIGANTINE
KETCH
BARKENTINE
SCHOONER
BARKENTINE
BARKENTINE
BARKSHIPBARKBARKBRIGANTINE
SHIPBARKSHIPBARKENTINE
SCHOONER
BARKENTINE
SHIPBARKSHIPSHIPBARKBARKSCHOONER
SCHOONER
BRIGSCHOONER
BARKSHIPSHIPBARKENTINE
60 航 パ ナマ 運 河を 通過す る海王丸 頃 指 定 錨地に近づい て い っ た
。
錨地 は半 径300
ヤー
ド(約1.
5
ケー
ブル)
の サー
ク ル で各々指 定さ れ て お り, 海王丸はSH
− 19
を割 りあて ら れて い た。 水 深24
フ ィー
ト(本 船 喫 水21
フ ィー
ト),
近 くに ヶ一
ブル・
エ リア あり,
航 路ブ イあり ,浅 瀬 あり,
で 必ずしも一
夜を安心 し て過 ごせ る環 境で はない が,
各 船とも 似た りよ っ た りの 条 件で ある。
そ して 何 よ りありがた か っ たの は, 錨地 が最も北のはずれ にあ り,
船混 みの 中に突っ 込ん でい く必要
が なか っ た事で あ る。 折 か らの 小雨 に煙 る錨地付 近に は,
すでに 何 隻かの 大型帆
船が錨泊
して い る。
本船
のお
隣i
りはSH − 19A
のKruzenshtern
(Russia
)で あるが, その 独 特の 黒い船 体が錨 を入れて い る の が望 見さ れ るu 「当 直士官, 各 船の錨 位を 確認 せ よe 特に クル ゼ ン シ
ュ
テ ル ン の錨 位を 」 と指示 し,
パ イ 卩 ッ トの きょ う導に,
助 言しな が ら錨 地 に近 づ く。 「K
号の錨 位は本 船の 指定 錨地です 」。
「その よ うだ な」 と位 置 を 確 認 す る。K
号は そ の隣
り組であるSH
− 20
のJuan
Sebastian
De
海 平成4
年12
月Elcano
(Spain
) とSH −
21
のAmerigo
Vespucci
(Italy
)の 両船に よ り束 方に圧 迫され てや む を得 ず (か ど うか は 断言で きないが) 本 船の錨地 に ア ン カー
し てい る よ うで ある。 そ の 旨パ イロ ッ ト に 伝えると,
い とも簡 弔に 「船 長の 判 断に まか せ る。
行 きたい とこ ろ に 行こ う」と, 他の 場 合であっ た ら極め て感 謝 すべ き宵 葉 を 述べ て くれ た が, こ の 賜 合に は, も う少し主導 権を行 使し て くれて も 良 さそ うなの に, と思い な が ら も とに か くK
号 を1
ケー
ブル離
し て投錨し た。
ケー
ブル・
エ リア の境
界線
上,Westerly
の 風が吹 く と船 尾が14
フ ィー
]・
の 浅 瀬に乗上げて し まう。 明 朝まで にWester
が絶 対 吹かない とは確信で きない 。 転 錨をパ イ ロ ヅ ト に告 げ, 「強 制パ イ ロ ッ ト」 とい う言 葉が浮 か ん だ が 「自分にやらせ て も ら え ない だ ろ うか」 と申し出る と快 く了承 して くれ た。3
節入 れ た左 舷 錨を巻 ぎ縮め は じめた 丁度その 時, 本船
の 錨 位 付近 に,
も う一
方の お 隣 り さ ん であるSH
−
22
を 指定 錨地に もっ,
Christian
Radich
(Norway
)が投 錨 するで は ない か 。驚
が く !SH
−
22は もっ と南 方の 筈。
パ イ ロ ッ1
を通 じて同 号に連 絡を と る と, い と も簡単に 「錨地 を 間違えた,
す ぐシ フ トする」 との 事。 バ ウ ス プ リ ッ ト の 先 端 が 同号
船 尾へ 刻々近づ い て い く様 子を 船 首 配 置のチー
フ・
オフ ィ サー
が生々 しく報 告 す る。30
メー
トル の 間隔で接 近が 止 まっ た。
同 号の 転 錨を待
っ て,
ゆ っ くり錨 鎖を巻 き縮め, 折か らの
SW
の風 (あ りが たい !)
とSlow
astern eng.
に よ り航路 ブ イ
,
浅 瀬,K
号との距 離を 測 りな が ら北 方へ 約2
ケー
ブル シ フ ト し て投 錨。 ブ イ に近 い かな と思っ た が レー
ダを看 視して い た セ コ ン ド 鬣醗
韆 譲ヨ
“
蔭 露 豊 曇ド
ー辮
飜 噸 翼 影攀
鬟留
汝
蓁日
轟 堅鞴
llt v 難・
・
耄
飜
隠軈照 瞭蠣再
F日
難
笈1
、纛
瞬鱗
7
壱 窪羅
灘
サン ディ フ ッ ク湾に集 結し た帆船 (商船三井 大滝 船 長撮 影)T 114号
1992
年= =一
ヨー
ク・
ボス トγの帆 船パ レー
ドに参 加 し て・
オ フ ィ サー
の 「最 接 近でも船 尾50
メー
トル で か わせ ます」 との 報 告を 信 じ て,1500
部 署を解
く。
(後刻, 最 接近の 状 態 と なっ た が約30
メー F
ル で かわ っ た事を確 認。一
レー
ダの 解 読誤差20
メー
ト ル は合格の範
囲で あろ う。
) こ れで明日の パ レー
ドに参 加で きる資 格を得た。
ちなみ に錨地 に集
結し たClass
A
の大型 帆船
は34
隻で あっ た。
2.2 The
FOURTH
ofJULY
咋日来の 雨 は, 「総 員 起し」の頃セこは上 がっ た が
層
雲が低 く垂 れこ め, 気 温18QC ,
水 温17
ワC
の 肌 寒い朝 を 迎 えた。
0630
, パ レー
ドに 便 乗 す るNY
総 領 事 館 員,TV
取 材 班の計10
名が,0700,
Liaison
o舐cer と2
名のOPSAIL
担 当者が,0730
に はパ イ 卩ッ ト も乗 船し, これで全て の関 係 者がそろ っ た 。
こ こでパ レ
ー
ドの 方 法を簡単
に紹
介 す る と,
参 加
34
隻のClassA
(表1 )
が各々 Fleet のFlag
ship と なっ て 中央を航行 し,
Verrazano
Narrows
Bridge
付 近のStaging
area か ら 合 流し た
Class
B (159〜100
フ ィー
ト)の 帆 船がA
を中央 に , 両側
90
メー
トル 離れて航 行 す る。ClassA
Vessel
の 前 後 問 隔は600
ヤー
ド (約3
ケー
ブル )である
。
同 橋か らVIP
観 閲ス タ ソ ド の あ るGoverno
エsIsland
を経てWorld
Trade
Center
に至る約
7
マ イル を4 〜 5
ノ ッ トの 速 力で航 行し,その
後
ハ ドソ ン川 を遡 航 し て 上 流 約9
マ イル にあ るGeorge
Washington
Bridge
で左 転して川 を下り
,
各バー
ス に至 るパ レー
ドの コー
ス が設 定さ れて い る。
海王丸は第16
番フ リー
トの 旗 船である。
第
1
番
フ リー
トの旗 船Eagle
(U .
S .
C .
G .
)が , 7月 4 日パ レー
ド は霧の 中で始っ た (提供 :目本セイル トレー
ニ ソ グ協会 ) 61 ハ ドソソ 川を下る海王丸 後方は ドイ ツ の ア レ クザン ダー・
フ ォ ソ・
フ ン ボル ト (提 供 :日本セイル トレー
ニ ソ グ協会 ) ジョー
ジ ワ シ ソ トソ ブ リ ッ ジ に向かっ て (提 供 :世 界の艦 船 )0700
に抜 錨し 予定 どお リパ レー
ドの 態 勢に 入 るや, 各Class
A
の帆 船は順次錨を 上 げて続 航してい く。
い よい よ,0825
抜 錨,
航 行を開 始 する。
航 行に先 だ ち操帆
指揮
補佐の 二航士が,
実 習 生,
研 修 生を 集めて “ 檄”
を飛ばす。 次い で 高 ら か に 「War
Cry
」 をあ げパ レー
ド気分は一
気に盛 り上 っ た。 霧がか か り視程約2
マ イル , 風 calm。
い ず れ 風 は west 寄 りか ら 吹 きr
出 すと判 断して ポー
ト・
タ ッ ク で 展 帆 開 始,0925
総 帆をセ ヅ トし た。 先を行 く各 船の 動向 を船 橋に置い たTV
の生 中 継の 映 像 か らモ ニ ター
するが , 各 船そ れぞれ の 展帆 状況 で 総帆 展 帆 船はそ れ 程 多 くない。
東 京 出帆 以 来 約2
ケ月 訓 練を重ね, 又先 航海
か ら折を みて は 帆 走 中 エ ン ジ ンを使
用 し ての 運 動 性 能の チェ
ッ ク も数
回 試み て き たの で, ほぼどの 程 度まで頑 張れ る か の 目安がつ い て い るの で総帆展帆に対 する危 惧は あ ま り感じ ない。 し か し霧
が晴
れ ると突風 が吹 く恐 れ も ある との事
, 十 分 注 意しなが ら「
航 行 す る。62 航 海 平 成4 年 12月 ,,、。
φ
O 「 偽 ほ Φ 豹 / ・.
.
.
… … the 囚ar「0曽S lo42 Iludson River(パ レ閏
ドの閥’
顛 流 )George 詈ashington Br正dge
1231
日 eet
.
・
.
.
昌
i’占’
査 = ス コρ
L 匚ソ巳 o十 W :”
d−
t 礒 器…
登 摘礼』 窪乂テ’
鹽
トう N BAY Ve「razano−
Narro7s Mテ下 6bh ワσ ⊂h(ops’
LN ;x・
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(\ .
〜響
脳
、
(
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旨.
Q\
A
コ
グ
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OpcraLto昌
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92 丁凵
rnl 叩 Poi肌5 熊 皿F
ユ
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.
韆
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u
濺
鱶
1
…
m
…
τ・・d・ C帥 ter辻
身夕リノット〔》.
ぶノv ト) N 薯意m 下 彡”
」
『
層
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遜
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1〔・
t−
1「
CtC
・
lu
じ,
y 个G51
.
孕ヱi月鰐一
趣 1.
ATしANTtC OC ξnN Xi〒地:Pi [o し 連 絡将 按 OPSA 【Lf弋表 域 錨の30分〜
1時間 前に乗 鈴一
一
」
、 7 114号 1992 年ニ ュー
ヨー
ク・
ボス トソの帆船パ レー
ドに参 加 してV .
N
.
橋に近づ く と と もに一
段 と視界
が落ち, 約1
マ イル 前 を 行 くア メ リゴ・
ベ ス プ ッ チ号の黒と 自の まだ ら模 様の 独 特の船 体が見えな くなる事 も ある。
風 向は予 想に反し てSE
’ly
に まお
る。
パ レー
ド出発 地 点を 目前に し た ,1000
,急
拠タッ クを ス ター
ボー
ドに換 える。1015,
高 さ66
メー
トル のV
.
N
.
橋を総 帆展帆の まま通 過、一
同 感 無 量。 そ の頃か ら霧が徐々 に薄れ, 上 空に青 空 が 見え だ し て き た。 あとは 突 風の吹か ない事を祈るの み。
1100
,Buoy
No .28
(Man
theyards
指 定地点)
に達し
,
登檣を開 始し た。
42
名の実 習 生 をヤー
ド 上, お よ びバ ウス プ リッ トに配 置し て 登檣 礼に, 研 修生及び乗 組員
は 上 甲 板 右舷
側に整 列し て登舷
礼に備え る。
1110
, ガバ ナー
ズ島の観 閲ス タソ ド 前に か か る。
船橋
からの 号笛
に 合 わせ て右舷
敬 礼.
その直 後,
バ ウス ブ リッ ト の最 先 端に立つ 指 揮 実 習生が 慎重に向 ぎ をかえ,
ヤー
ド上の 実 習 生と対 面 する。
r
脱帽!」.
しっ か り と黄色の 登檣 帽を握
り し めて 「オメ デ ト ウ !」の 声 と と もに右上方に 高 らか に振 りあ げる。一
呼 吸 おい てヤー
ド上の 実 習生 が skyscraper に と ど け とばか り 「オ メ デ ト ウ !」 を 唱 和 する。
繰 り返 す 事3
回。
実 習 生に と っ て, こ の瞬 問が約2
ケ月の 苦 しい 航 海の後
に 自 らの 手でつ か ん だ栄光
の一
瞬
である。
そ れに し て も何と幸せ な学生達で あろ う。
又それ に値す
る厳 しい 訓 練を,
歯を くい し ばっ て 頑 張っ て きた のだ。 思わ ず眼前にモ ヤがか か り,
バ ウス プ リッ トがか すんで ぎた。 折しも本 船の 「礼」 が終わ るの を待 ちか ま え る よ うにBattery
park
の爾 端に設 置さ れた 儀 礼 砲か ら,21
発の 礼 砲が高 らか に 打ちな ら さ れ, そ れに対して長 三声を吹 鳴, 厂帽 振れ 」 を 行っ た後,
儀 式を終了 し て実 習生を ヤー
ド上か ら マ ソ ハ ッ タ ン の イー
グル号 (米 )とサ グレ ス 号 (ポ ル トガル ) (提 供 :世 界の艦船 ) 63 市 中 行 進 する海王丸 実 習 生 達降
ろす。
後は どんな 状 況に なろ うとも 実 習 生は全ての オー
ダー
に対 し完 璧に対 処 し て く れる筈で ある。
彼 ら が檣上 にある間天候の急 変が なか っ た事を喜び な が ら, その後 往 路を ぎりぎり迄 総 帆 展 帆 で 航 行 する。
上 流か ら反 転して くる帆 船 とrdip
theflag
」 を繰 り返し な が ら wind−
jammer
の友情
を確か め あい
,
お互い の健 闘 をた た え 合っ た。1425,
抜 錨か ら6
時問,
全て の 約 束 事をク リヤー
し て,
指 定さ れ たバー
スBrooklyn
Pier
6
に着 岸し た (図1
)。3
.
BOSTON
3 ,1
JULY
10th
前日午 後か ら本 船を取 り巻い て い た濃 霧 も 早 朝に は 消 散し,
0400
,Boston
approachbuoy
を 航 過,
コー
ス を291D
に と リボス トン港 外Broad
Sound
の 指定錨地に 向う。 錨地 は17
番, 同湾の 北 酉端にあ り, 最も奥まっ た位 置で ある。0830,
錨 地 4 マ イル 前で部 署を発 令し た頃,
突然前 方一
面 に色と りどりの旗のつ いた竿 や,
様々 な 形の ブ イ(
あるもの は発泡
ス チ ロー
ル の一
片 )が進
路をふ さ ぐように 多 数 海面 を覆っ て い る。一一
時機
閨を停止 し て近 くの漁 船が旗 竿の1
本を引 き一
ヒげて い る の を 眼鏡での ぞ くと卩一
プの 先に籠
がつ い て お り, その中か らカニ を取 り出しては , 又海 底に降ろ し て い るの が 目撃された。
ど うや らネ ッ ト で は な く,
1
木1
本が独立 して お り直接プ卩 ペ ラ に 巻 ぎ 込 ま ない限 り問 題なし と判 断し て再 び ahead eng.
と するe 本 船は2
軸1
舵の た め プ ロ ペ ラが船 体 巾 央 か ら外 側に 出てい る の で舷
側を 流 れて くる ロー
プ 等 を巻
き込みやすい構 造に なっ て い る.
右 や 左に64
表
2
Flotila
Guide
Vessel
in
Boston
FLOTILLA
12345678901234567891111111111
VESSEL
航USCGB
EAGLE
KRUZENSHTERN
GLORIA
DANMARK
LIBERTAD
MIRDAR
MLODZIEZY
GORCH
FOCK
ESMERALDA
.
SAGRES
皿JUAN
SEBASTIAN
DE
ELCANO
ALEXANDER
VON
HUMBOLDT
SEDOV
CAPITAN
MIRANDA
CHRISTIAN
RADICH
SIMON
BOLIVAR
KAIWO
MARU
AMERIGO
VESPUCCI
TOVARISHCH
* * :TOVARISHCH
(
Ukraine
)Length
:264ft
Rig
:BARK
舵を取 り障害物
を避 航して前 進 するが,
どうし て も避 け きれない もの は,
船 首 見 張の , 例 え ば 「右舷
,赤
い 旗竿,
船 体をこ すっ てい きます」 との 報 告に急 拠 右 舷 機を停止し,
その 旗竿
が船尾 をかわ る まで プP ペ ラ の 回 転 を止め て, 巻 き込みを防 ぐ。 遠 路は る ばるボス トン迄来て, 1
本の カ ニ 籠 卩一
プに白慢のCPP
プP ペ ラを 傷め られ , パ レー
ド は おろか復 航に影 響が出るよ うで は泣 くに も泣 け ない。
慎 重 とい うより必 死に か わ してい る う ちに 指定錨地に到着。
0935
左舷 錨を5
節入れて錨 泊を 完了 し た。
当 港は パ イ ロ ッ ト の 員 数も 少 な く, 錨 地 まで は各 船 船 長の きょ う導にまか さ れて い たの でむしろ 良か っ た と思え た。
万事 大まかなヤン キー
気質
の パ イ ロ ッ トは一
索一
索の ロー
プを避けて くれ そ うにな く,一
い ち 避航又は片 舷 機 関 停止等 の細かい 指示 を行え ば, 必ず 船 橋に気 まずい雰
囲 気 が流 れ,
もっ と大 きな ミス が出る恐 れ が 生 じた か も知 れ ない 。無事
に錨
を 入 れ終 えホ ッ とする と 海 平成 4年12月 と もに , 世 界か ら貴 重な 大 型帆
船を招い て おい て 錨地の 環 境 整備
も ま ま な ら ない のだ ろ うか と,
怒 りよ りもむし ろその大 らか さ を 不 思議に感じ た 稈 で あっ た。3.
2
JULY
llth
午前 3 時
頃,物
すご い雷 鳴で 眠 りを覚
ま され る。
服を着
けるの も も ど か しく上 甲板に飛び出す と,
2
ケ月か けて磨 き上げたチー
ク材の 甲 板 を 洗い流 すよ う な豪
雨。
雷光。
雷 鳴。 昨 夜, 就寝
前 「もう これで大 丈 夫。
予 定 錨地に無 事入っ た か ら はパ レー
ドの 半 分は成 功した よ う な もの だ」 と思わず心 の 中で つ ぶ やい た一
言を海神
ネ プチュー
ン に聞か れ,
その 不 そん な気 持 が 怒 りを 招いたのか と暗
い 気 持ち に な る。
腹 を く くっ て再 び就 寝。0630
,総 員 起し。
何た る幸
運。 雨 がや み, 低 くたれこ め る層 雲 はニ ュー
ヨー
ク のあの7
月4
日の朝と 同 じ 兆 候 を 示 して い るv ボス トン名 物の thunder storm も向後一
日 は 襲っ て こ ない 確 率が高い。
最 も良い 時 期にすさ ま じい自
然の 威 力が通 り過 ぎた とい う事
か。
我々 帆 船 側の み な らず4
年 前か らこ の 日を 楽し み に し て い た 「Bostonian
」 は本 当に ツイ て い る。海王丸の 出番 は
17
番 日。 パ レー
ド・
ス ケ ジュー
ル に よ ると,1245,ス テー
ジ ン グ・
エ リ ア に 到 着と の事。
様々 な要 素を考
慮に入 れて,0900
か ら総 帆解帆
,着
岸 時の準 備 と して係留 索を デッ キ上に搬 出する。 1100,
試 運 転を行っ て機
関使用 可能 状 態とする。
1140
, 「Station
for
Sail
Boston
Parade
」を令 し, 錨を巻 ぎ上げる。 近 くに 漁 船
1
隻。
何ご と か叫んでい るの で,
もしや漁 網で もひ っ か けた の か と一
瞬 緊 張 する。 ど う や ら投 錨 時, 例の 旗 竿 の 卩一
プの1
本が錨 鎖に巻 きつ い た ら しい 。 眼鏡
で船頭の 顔 をの ぞ くと怒
りの 表 情は全 くな く, そ の 他 大 勢の 仲 間と ともに笑 顔で手 を振っ て い る。
彼 らの 予 想に違わず2
節 目の錨 鎖に ロー
プがか ら まっ て い た。
手なれた 手つ ぎで 卩一
プの一
端 をナ イフ で切 断 すると錨 鎖から離
し, 再 び結びつ けて 作 業 終 了。
手を振りながら本 船か ら去っ て い こ う とする漁 船 をしばし留め て大 急ぎで本 船の パ ン フ レ ッ トを数 冊バ ッ クに 入 れて海面に垂 らす と,
お 返し に アポ ロ キ ャ ッ プとT
シ ャ ツ が 上 っ て ぎ た。
思 わ ぬ ところで 日米 親 善をはた し,
さい 先の良さ を感 ずる。 正午,錨が 上 がっ て昨日通 っ た「カ ニ 籠 ロー
プの道」 をしば し逆も ど り しつ つ , 「Set
aU ノ i114号
1992
年ニ ュー
a一
ク・
ボス トソの帆船パ レー
ドに 参加し て マ ス ト の上から 「オ メデトウ!」 (佐 久 問 恭子撮 影) セ イル・
ボス トソ の観客とサイモ ン ボ リパー
号 (ベ ネズエ ラ) (竹 内京 子撮 影) sails!」。 パ イ ロ ッ ト ボー
ト の 姿は未だ見 えない。
早 く来て くれ ! とい う願い と自分で 操 船 し た い ! とい う気 持が交 錯 する中, 16
番 船Simon
Bolivar
(Venezuela
)の 後1
マ イル に付 けパ レー
ドの 流れに 入 っ た。
ス テー
ジ ソ グ・
エ リア まで ま と わ りつ い てい た プ レ ジャー
ボー
トの群 も航 路 筋 に入る とい つ の問に か四散し, かわ っ て2
ケー
ブ ル 巾の航 路の 両側
を 埋め つ くす小型
ヨ ッ ト の群
。 65 二 L一
ヨー
クと同 様に 2 隻の ク ラスB 帆船
が本 船 をエ ス コー
トすべ く両側に位 置し た とた ん狂 っ た よ うに 帆 走を開 始 する。
前 後を 見渡す と, 16 番 船,
18
番船Amerigo
Vespucci
の 各2
隻の エ ス コー
ト帆 船は行 儀よ く100
ヤー
ドの距離
を保っ て正 し くエ
ス コー
トの役
割 りをは た し て い る。
海王丸の 2 隻の み ア メ リ カ ズ・
カ ッ プ の余 韻を残し て い る よ うな 派 手 な動 き に一
瞬と ま どっ たが,
こ の よ う なエ ス =一
トが あ っ て もよい と気持を切 り換え,
強 制とな っ てい る パ イ ロ ッ ト の 乗 船を 待つ。 1300,
パ イ ロ ッ ト乗 船. 3
番 船のGloria
(Colombia
) を きょ う導し た後の 来 船で ある とのaj
o 本 船の操 縦性能を伝え,
くれ ぐ れ も漁索
に注 意 を払う よ う指 示する。
航 路 内です ら例の カニ 籠ロー
プが多 数 入っ て お り, パ イロ ッ トに よ る と, 入 れ て い る方が悪い の で切 断 し て もか ま わ ない との事で ある が, 本船に 損害
を 及 ぼす恐 れがある事を 強 調し, よう や く納得させ る。
結 局 操 船はパ イ P ッ ト, 機 関の 発 停は
船
長の役
目 と職 務 分 掌を 明 確に し て航 行 するこ とに し た 。 水路の 両側を 埋めつ くしたプ レジ ャー
ボー
ト・
ヨ ッ トか らは盛ん に声 援が飛ぶ。 デ ッ キ上の 実 習生・
研 修 生は 少し余 裕が 出 来てきたの か,
手を振っ た り, ウェー
ブを し た り し な が ら答 え て い る。1440,Castle
Island
(Fort
Independence
)を左舷に 望 見 する と
,
と りで 跡 の あ る小 高い 丘に は立 錐の 余 地 もない程 の人の 群れ。 急拠 こ こ で“
日出 ずる国”
の帆 船の 儀 礼を見せ て や り た い,
との 欲 求が高ま り, 筋 書 きに ない登檣
を令し,
実 習 生を 配 置につ か せ る。 ニ ュー
ヨー
クと 同様 見 事な礼を 行うと 丘 の 人々 の ど よ め ぎ,
歓 声, 拍手 が手に と る よ うに伝わ っ て く る。
フ ォー
トか ら 礼砲1
発。
陸 岸 との距 離が近い だ けに迫 力 満 点。 双眼 鏡で人 の 識別 が出来るほ ど なの で, 総 帆 展 帆 中の 登檣
礼 み も の は丘の 人々 に とっ て もさぞか し の見 物で あっ た ろ う。 し か し な が らこ の結 果, 次の正規の登 檣 礼を 行う場 所ま で40
分間 も実 習生を檣
上に置 く破 目 に なっ て し ま っ た.
1520
,VIP
が観 閲 するFish
Pier
で 再び 「オ メ デ トウ !」 を行 う頃に は,
すで に着
岸バー
ス のU .
S .
C ,
G
.
Pier
2
B
まで 残 すとこ ろ1
マ イル 。 まだ総 帆 展 帆の まま。 もし突 風で も 吹 けば主力の 実 習 生 を
檣
上に長 時 間 残した ま まであっ たの で窮地66
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Sail
Route mBoston,July 11 '92f
e
114
号1992
年ニ
ュー
ヨー
ク・・
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ス トソ の帆
船パ レー
ドに参加
し で ボス トソ の一
般公 開風景 に追い込 ま れ る とこ ろ であっ た、
天 候の安 定 を 再 び感 謝 !デ ッ キ上に降 り立 っ た
実
習 生の 活 躍に よ り12
分 間で総 帆を絞り終っ た時に は , も う桟
橋 は 目前。
Pier
を 埋めつ く し た大 観 衆の暖か い拍 手 に 迎 え ら れ,1600,
シ ョ ア ライ ン を 送 り, こ こに 無 事パ レー
ドの一
員を 勤 めあげる事が出 来た (表2 ,
図2 )。
4,
EPILOGUE
海王 丸 は 両
港
停 泊 中,連
日船 内一
般 公 開 を 行っ た が 大変な 人気で,
特に ボ ス トン 港に お い て は 他 の大 型 帆 船が集 結し たバー
ス か ら離
れてい た にも67
か か わ らず, 午 後だけ 公 開し た4
日間に延べ2
万 人を超 す 人が訪れて くれた。
案 内にあた る実 習生・
研 修 生に賞賛
と質問の矢
があび せ ら れ た が,
その 中で最 も多か っ た のが 「一
番 最 後までFull
Sail
で航 走 し た 船」 とい うイ メー
ジ だ っ た ら しい。
恐 ら く実 習生には その理 由 を説明で ぎ な か っ た で あろ う。
種を 明か せ ば,
主 力の 実 習 生 を 儀 礼の 為長時間檣
上に 留め 置い たの でな す すべ を知ら な か っ た,
とい うのが 正解で ある。
とも あれ,
両 港 とも 天 候に恵ま れ,
東 洋か ら唯一
隻 参 加し た 海王 丸が,
並い る世 界の 大 型 帆 船とと もに 素 晴しい 歴 史の一
頁を刻んだ事は確か であり, 「こ の時 」に め ぐり合え た幸せ を 関 係し た全 ての 方々 と ともに 分か ち合い たい 。 最 後に 印 象に残っ た言 葉を紹 介し て , こ の拙 稿 の まとめ と し た い 。 〔その1
〕モ ス バ ッカ
ー
氏か ら 運輸 大 臣 あて 日 本の 帆 船を招 請 する書 簡の 中か ら……
「
lndeed
,
withoutyour
presence,
it
will notbe
a truly global celebration ofColumbus
’objective
……
a westerlyjourney
from
Europe
tQAsia
.
」〔その
2
〕ア メ リ カ帆 走 協 会 (
ASTA
)の , 各国 帆 船に 対 するグラ ン ド
・
レ ガ ッ タ へ の 参 加を招請 する書 簡の 中か ら
……
「
They
say , “A
bell
is
nobell
’til you ringit……”
,We
say ,“
A
ship