保健医療社会学論集 第 30 巻 1 号 2019
イタリアにおける在宅死
——自宅での介護を可能とする条件に着目して——
福島 智子 松本大学大学院健康科学研究科
Dying at Home in Italy:
What Makes It Possible for the Dependent Elderly to Continue to Live in Their Own Homes?
Tomoko FUKUSHIMA 超高齢社会を迎える日本では、医療資源の不足から在宅死への移行が推進されている。本稿 では、約半数が在宅死を迎えるイタリアを事例として、高い在宅死率が何に由来するかを、医 療福祉制度を含めた社会の在り方や利用可能な資源に焦点を当てて検討した。イタリアにおけ る在宅死率の高さには、死に至る過程を自宅で過ごすことを可能にする条件、すなわち要介護 高齢者の家族によるケア、ケア労働者によるケアの普及が関連していると考えられた。その背 景には南欧に共通する公的な福祉サービスの不足と、強固な世代間連帯の規範があり、家族主 義的価値観は、安価で柔軟なケア労働力である移民女性の存在によっても維持されている。 キーワード: 在宅死、高齢者介護、イタリア、ケア労働者、世代間連帯 Ⅰ.はじめに——望ましい死としての在宅死 死にゆく人びとを対象としたホスピス緩和 ケアにおいては、在宅死が望ましいとされ、 それはよき死を構成する重要な一項目と考え られてきた(Barbera et al. 2005; Gomes and Higginson 2006; Cohen et al. 2010な ど )。 シールらが指摘するような(Seale 1998)、 死にゆく本人が死にゆく過程の主導権を握 ることができるという側面だけではなく(田 代 2016)、在宅死の経済性も一方では注目 されてきた(Burke 2004)。医療資源の不足 を背景として、超高齢社会を迎える日本で は、病院死から在宅死への移行が推進されて いる。他の先進国(1)と比較して病院死の割 合が高いといわれる日本では、2018年、在 宅ターミナルケア加算(在宅患者訪問診療 料)の導入や緊急時往診加算に「終末期患 者」が対象者として追加されるといった診療 報酬の改定により、病院以外の死亡場所への 移行が政策面からも促進されているのは周知 のことだろう(2)。 イタリアにおいてこれまでに実施された 様々な調査では、在宅死が好まれる傾向があ る。一般の人びとを対象とした調査(Kaiser
Family Foundation and The Economist 2017; Gomes et al. 2012) で は 約6∼8割 が、がん患者を対象とした調査(Beccaro et al. 2006)では9割以上が在宅死を望んでい る。しかし近年では、「望ましい死に場所と しての自宅」という考えを批判的に検討す る研究もみられる(Billingham and Billing-ham 2013)。死にゆく本人が望む死に場所 と実際の死に場所の異同や、自宅以外での死 が必ずしも否定的なものではないことなどが 指摘されている(De Roo et al. 2014)。本稿 では、望ましい死としての在宅死を前提とす るのではなく、約半数が在宅死を迎えるイタ リアを事例として、高い在宅死率が何に由来 するかを、医療福祉制度を含めた社会の在り 方や利用可能な資源に焦点を当てて検討す る。従来、異なる分野においてそれぞれに議 論されてきた「世代間連帯」、その指標のひ とつとなる家族内・家族外のインフォーマル 援助に注目し、そうした価値観と高い在宅死 率の関連に迫ることが、本稿の目的である。 原 著 doi: 10.18918/jshms.30.1_54
Ⅱ.研究の背景
1. 死亡場所の変化——先行研究と統計デー
タから
2009年∼2010年のイタリアにおける全 死者の48%が在宅死であると推計されて い る(Van den Block et al. 2013)。 こ の 数値は、同時期の日本における在宅死割合 12.4%と比較してかなり高い(厚生労働省 人口動態調査)。病院死の歴史的変遷を考察 した近年の研究によれば(Colombo and La Fauci 2017)、100人あたりの病院死の割合 が1930年代に約10%、70年代に30%へと 上昇、2010年には45%を超える頂点を記録 し、その後減少に転じている。確かに他の先 進国と同様、病院死率の上昇を経験してはい るが、最高値でも5割以下と日本の約8割と いう数値とは乖離している(図1参照)。 日本における死亡場所の変化について検討 した黒田(1998)によれば、病院死の増加は 医療の利用可能性の増大を背景としており、 しばしばいわれる平均世帯構成員数の減少や 女性の社会進出による家庭の介護力の低下が 病院死の増大をもたらしたとする社会学的な データはないと指摘している。先に引用した 研 究(Colombo and La Fauci 2017) で は、 医療の利用可能性のひとつの指標として病床 数に着目し、病院死との関連を検討している。 イタリアの南北間の社会文化的相違は、 死に関連する行動や態度においても顕著で あり、死亡場所についてもその差が注目さ れている。19世紀後半のイタリア中北部の 病院死は6.8%で、1.5%の南部・島嶼部に 比べ4.5倍であったが、1955年にはその差 は2.7倍にまで減少する(Colombo and La Fauci 2017)。 その背景として、住民1000人あたりの病 床数の増加が指摘され、19世紀後半はその 差が3倍であったものが、55年には2倍と なっている。注目される1987年の数値は、 1000人あたりの病床数が中北部で8.2、南 部・島嶼部で6.8と、その差はそれまでの最 小値をとるが、病院死割合は前者が47.2%、 後者が14.9%と1981年における両者の差を 上回っている(図2参照)。病床数の南北間 図1 イタリア全土 病院死割合の変化 (出典 Barbagli 2018: 267–268のデータから著者作成) 図2 地域別病院死割合と病床数の変化
の差が、これまでにないほど縮まっているに もかかわらず、病院死割合の差はむしろ大き くなっており、南部においては病床数が増え ても、病院死割合は上昇していない。90年 代に入ると、1980年前後に始まる両地域に おける病床数の減少は続き、南北の病院死割 合の差は再び縮まっていく。その理由は病床 数の差が縮小したからというよりも、90年 代後半に他の先進国と同様、中北部ではすで に病院死の減少が始まり、現在に続いている ためであると指摘されている(Colombo and La Fauci 2017)。2013年の時点で、中北部 における病院死は47.5%、南部・島嶼部は 29.3%である。イタリア全土において病床数 が増加していた70年代前半までは、それが 病院死の増加に寄与したとみることが可能だ が、1980年前後から始まる病床数の減少が あっても病院死の割合は上昇し、日本とは異 なり、医療の利用可能性の増大が病院死の増 加に直接的に関連しているとはいえない(3)。 次に、家族内での援助の時間的変化をみる 指標として、平均世帯構成員数の減少を取り 上げる(図3参照)。 1951年に4.0人だった平均世帯構成員数 は、61年 に3.6、71年 に3.3(Istituto Cen-trale di Statistica 1976)、81年 に3.0、91 年 に2.8、2001年 に2.5、2011年 に は2.4 (Censimento Popolazione Abitazioni)と一 貫して減少し、また単身世帯はイタリア全土 で、71年に12.9%、91年に20.5%、2011年 に31%と増加している。平均世帯構成員数 については南部においてやや高く、単身世帯 割合については、南部の方が各時点におい て5ポイント前後下回っている。1950年代 以降、一貫して続く世帯の縮小が、家庭内の 介護力の低下をもたらしたとする指摘もある (Da Roit 2007)。さらに1980年代には、老 親の約半数が同居以外の親族からなんらかの 援助を受けていたが、1990年代後半にはそ の割合が4分の1以下に低下したことなどか ら、少子化を含む世帯の縮小によって、イン フォーマルな援助は減少していると述べてい る。しかしこのことと、病院死の上昇に関係 性があるかは不明である。 また、女性の社会進出の指標として15歳 から64歳女性の労働人口の変化をみると、 イタリア全土で1974年に約20%だった就 業者割合は、1981年に35.2%、2001年に約 40%、2013年 に46.5% と40年 間 で 約27% 増加している(図4参照)。 ちなみに女性の就業率40%台後半とい う数値は、欧州の中でも最低レベルであり (ISTAT 2013; Cicciomessere 2015)、 中 北 部と南部では南部の方が低く、約20%の開 きがある(ISTAT 2013)。中北部で病院死 の増加が比較的急激なのは50年代から70年 代にかけてであるが、その時期の就業人口 データは地域別になっておらず、イタリア全 土のデータから推測するしかないが、それを みると、就業人口の急激な上昇はみられず、 むしろやや減少している(4)。また、90年代 後半に比較的大幅な女性の就業人口の上昇が みられるが、中北部ではむしろ病院死は横 ばいあるいは減少している。2000年代は南 部・島嶼部における病院死の上昇がみられる 時期だが、女性の就業人口は約30%を維持 しており、全体を通して、女性の就業率の上 昇と病院死の増加に強い関連性はみられな い。 イタリアにおける病院死割合は1950年代 図3 平均世帯構成員数の変化 (出典 ISTATのデータより著者作成) 図4 女性の就業人口の変化 (出典 ISTATのデータより著者作成)
から2010年までは上昇したが、その値は最 高でも5割を下回り、その過程と病床数の増 加、平均世帯構成員の減少、女性の社会進出 には平均世帯構成員の減少を除いて、強い関 連性は認められない。 2. イタリアの保健医療福祉制度 イタリアの保健医療制度は、基本的に英 国のNHSと同型のSSN(Servizio Sanitario Nazionale: 国民医療サービス)であり、国 民は出生と同時に国から家庭医を割り当てら れ、死亡まで保健医療サービスは原則的に無 料である(一部自己負担有)。日本における 病院死の増加に寄与したとされる医療の利用 可能性には保健医療制度も含まれるが、イタ リアの場合1978年のSSN導入の前後で、病 院死の顕著な増加はみられない。療養中に在 宅で死亡し、それが自然死と考えられる場合 には家庭医に連絡し、死亡診断書を書いても らうことになる(5)。基本的に、自宅療養中 の高齢者の定期的な診察、急変時の対応は家 庭医が担う。冒頭で言及したように、欧州に おける病院死割合は日本と比較して低いが、 家庭医の存在が寄与していることは十分考え られる(6)。日本では、「病人が医師の最終診 療から24時間以上経過して医療施設外で死 亡した場合、警察への届け出が必要だ」とい う誤った医師法解釈などから、自宅や介護施 設での死亡の半数ほどが「異状死」として扱 われているとされ(朝日新聞社 2016年)、 救急搬送による望まない治療や、警察による 検視が在宅死を阻んでいるともいわれる。 よく知られているように、欧州における ホスピス緩和ケアの発展は、1960年代後半 の英国を端緒とし、主にがん患者を対象と した在宅医療ひいては在宅死の普及につな がった。イタリアにおけるホスピス緩和ケ アは、他の欧州諸国と比較すると公的な医 療制度への導入時期が1990年代後半と遅 かった(福島 2017)。現在では、医療資源 の量や専門教育から評価されるホスピス緩 和ケアのレベルは欧州の中でも高く、特徴 としては在宅ケアサービスを中心としてい る(EAPC 2013)。とくにがんの末期患者を 対象とした医療あるいはケアがSSNに組み 入れられた1998年直後は、全体の病院死割 合に大きな変化は認められないが、2009年 あたりになると、病院で死亡していたがん患 者が在宅やホスピスで亡くなることによっ て、がん患者の病院死割合は減少しているこ とが指摘されている(Barbagli 2018)。イタ リアにおける年間死者数は約60万人(2014 年)で、死因別では上位から虚血性心疾患、 脳血管障害、その他の心疾患(ここまでで 全体の約3割を占める)、呼吸器の悪性腫瘍 と続く(ISTAT 2017)。ホスピス緩和ケア の主な対象はがん患者であるため、彼(彼 女)らの在宅死亡率についてみてみると、各 研究による数値の幅はあるが、がんによる死 者の約36%(Cohen et al. 2010)から60% (Beccaro et al. 2006)が在宅死であり、全 死者の在宅死割合と比較してそれほど開きが あるわけではない。 死にゆく過程には1)短期間で機能低下す るパターン(大半ががんのケース)、2)増悪 を繰り返しながら長期間にわたって機能低 下するパターン(大半が心臓や肺の臓器不全 のケース)、3)長期にわたって徐々に機能 低下するパターン(主に老衰や認知症などの ケース)と、大きく分けて3つある(Lynn and Adamson 2003)。 福 島(2015b) で 検 討したように、がんはある程度の確実性を もって予後が測定されるため、自らの死の迎 え方を決めるのには都合がよく、療養場所や 死亡場所についても選択が可能な場合も多 い。しかし、2)や3)にあたるその他の死 にゆく過程では予後の測定が難しく、がんの 場合とは事情が異なる。高齢や慢性疾患等に より自立度が低下してはいるが、医療ニーズ がそれほど高くない場合、高齢者は福祉制度 の対象となる。 イタリアにおいて、要介護高齢者を対象と する福祉制度は、欧州の中では「地中海型」 モデルに分類され、家族の協力に過度に依存 しているといわれる(Da Roit 2007)。死亡 するまでの要介護期間を支える国レベルの公 的サービスは潤沢とはいえず、現物支給の 一形態である公的な高齢者施設に入所でき るのは高齢者の1.6%(欧州平均5%)であ る(La Stampa 2018/01/08)。従来、主には
女性のインフォーマルな労働によって支えら れてきた高齢者介護が、90年代後半から移 民女性のケア労働者によって担われることと なった(Da Roit 2007)。 イ タ リ ア に は2018年 時 点 で、 約514万 人の外国人居住者がおり、それは人口の約 8.5%にあたる。国籍は上位からルーマニア 23.1%、アルバニア8.6%、モロッコ8.1%、 中 国5.7% と 続 く。10年 前 の2008年 と 比 較すると約174万人の増加、それは人口の 2.3%にあたり、国籍は2018年時点と上位 国に変化はない(https://www.tuttitalia.it/ statistiche/cittadini-stranieri-2008/)。 家 事・ ケ ア 労 働 者 は、2010年 時 点 で 約 87万 人 い る と さ れ、 う ち81.5% が 外 国 人 である。送り出し国の上位からルーマニ ア26.3%、ウクライナ16.1%、フィリピン 10.9%となっており、うち女性の割合がそ れぞれ96%、97%、75.3%である。居住形 態は、住込みが74.3%、通いが25.7%、賃 金は食事・住居の提供に加え月500€から 1000€ 未 満 が46% を 占 め、 全 体 で は も っ とも多い層となっている(全国社会保障機 関(INPS)による調査:Fondazione Leone Moressa 2011)。イタリアでは、こうした外 国人の家事・ケア労働者が、直接、高齢者本 人あるいはその家族から雇用されている。日 本の介護福祉士のような資格はとくに必要な く、雇用主と労働者との交渉で労働条件等が 決められる。正規雇用の場合は、社会保障の 対象となり、これまでの経験や資格、労働内 容によって8つに区分された賃金が支払われ る。しかし、外国人のケア労働者の多くが闇 雇用で働いているといわれている。就労ルー トも整備されておらず、ほとんどが口コミや 教会、カリタスなどの支援団体を通じて雇用 先を探しており、ケア労働者の権利保護のた めの制度作りは急務といえる(Pasquinelli e Rusmini(a cura di)2013)。
こうしたケアの市場化を促したのは、イン フォーマルなケア労働力不足と介添手当(7) という現金給付の利用しやすさ、そして移民 女性による安い労働力であると指摘されてい る(Da Roit 2007)。人口の高齢化、再生産 労働における男女の格差、家族に依存した福 祉モデルといった背景から、90年代になる と家事・ケア労働を担う女性の移民を促す政 策もとられている(Pasquinelli e Rusmini (a cura di)2013)。
イタリアの65歳以上人口比は2017年時 点で約22%、2050年には34%に達すると見 積もられている(ISTAT 2017)。要介護高 齢者は2014年時点で250万人いるが、その 主たる介護者は家族が330万人(うち7割以 上が女性)、ケア労働者が83万人いるとされ ている(Pallini 2017)。インフォーマルな 家庭内労働による高齢者介護の次に、移民 のケア労働者(主に女性)による介護が続 く。こうしたケア労働のあり方は、従来の 地中海型家族モデルから「移民のいる家族」 モデルへの移行と表現されている(Bettio et al. 2006)。この傾向は、南欧のギリシャ、 スペイン、若干の相違があるポルトガルの4 か国に共通してみられるという。家事・ケア 労働のグローバリゼーションに関する研究で は、家庭内労働の担い手が女性に偏ってお り、低賃金であることや、さらに労働が家庭 内で行われるため、労働者の権利が十分に保 障されない可能性が高いことなどが問題点と して指摘されている(Anthias and Lazari-dis 2000; Fauve-chamoux 2005; Passerini et al. 2007; van Hooren 2010など)。とくに イタリアは、無申告の労働者が占める割合 が高いことで知られ、推計によれば6∼8割 といわれる。この「移民のいる家族」モデル は、ケア労働者の主要送り出し国の政治・経 済状況が改善し、移民流出が枯渇すれば崩壊 してしまう脆弱なものであり、より持続可能 な福祉制度の構築が求められている(Bettio et al. 2006)。 南欧諸国におけるこうしたケアの市場化 は、伝統的な家族内世代間連帯に変化をもた らしたという(Da Roit 2007)。ケア労働者 を雇うことができる中流階層以上の女性は、 直接的なケア提供という伝統的な規範からは ある程度距離を置くことが可能となった。し かし一方で、ケア労働者を雇うことができな い女性は、従来通りのケア役割を引き受け ざるをえず、こうした女性との、さらには悪 条件下でケア労働を提供する移民女性との間
に、明確な格差が生じている。ケア労働の階 層的分業について論じる藍(2012)は、ケ アがいまだに多くの社会で家族の義務であ り、女性の責任であるとみなされていること を指摘したうえで、移民労働者の雇用はケア の私事化の結果のひとつだと述べている。家 族成員の女性たちが別の女性の労働にケアを 委任するのは、家族のケアは家族によってな されるべきだという家族主義の理想に近い形 を維持するためであるという。イタリアにお ける世代間連帯を規範とするインフォーマル ケアと市場化されたケアの混合型という新し い高齢者介護の形も、従来の家族主義的価値 観を完全に捨て去った結果というより、その 維持あるいは強化とも解釈できる。実際、市 場化されたケアを選択するためには、ケア労 働者を管理し、ときには彼(彼女)らの交替 を務めるインフォーマルケアが前提とされて いるからだ。 イタリアにおいて、自立度が低下した高齢 者の介護の大半は、女性の有給・無給の労働 によって支えられている。こうした介護の場 所が自宅であることと、介護の延長線上にあ る高齢者の死が自宅で生起していることには 関連があるのではないか。次章では、ケア労 働領域における家族主義の事例に加え、それ 以外の領域でみられる家族主義に注目し、そ れと在宅死率の高さの関連性について考察す る。 Ⅲ.在宅死を可能とする条件とは 1. ホスピス緩和ケアにおける在宅死と高齢 者の在宅死 これまで、在宅死が望ましいという視点 からそれを可能とする条件が、ホスピス緩 和ケア領域において探究されてきた。中北 部イタリアを含む欧州6 ヵ国(ベルギー、オ ランダ、ノルウェー、イングランド、ウェー ルズ)において、2002年から2003年にかけ て死亡したがん患者を対象とした調査では、 すべての国で、固形悪性腫瘍、既婚者の場 合、また教育レベルが高く(8)、居住地が都 市化されていない場合に、在宅死する確率 が高いことが明らかとなっている(Cohen et al. 2010)。さらに男性より女性で、また、 より高齢の場合には在宅死率が低下すること がイタリア以外の国に共通しており、その背 景として、多くが施設入居になる可能性が指 摘されている。つまり、全国的に高齢者施設 が少ないイタリアは、それ以外の5 ヵ国とは 異なる特徴を示している。 近年では、がん死に限らず、全死亡者の 全国レベルでの死亡場所データの収集、分 析(9)が、欧州の複数の国が参加する一般 医のネットワークによって試みられている (Van den Block et al. 2013)。イタリアにお ける全死亡者の66.1%がまったく予測され なかった突然死以外の死であり、そのうち 87%は65歳以上、46%はがんによる死であ ると推計されている。冒頭で述べたように、 全国レベルでの在宅死の割合は48%であり、 別の研究で示されている2013年時点の病院 死割合は、中北部において47.5%、南部・ 島嶼部は29.3%と、南部・島嶼部の方が病 院以外での死の割合が高い。ISTATの統計 からも、中北部における平均世帯人員数は南 部・島嶼部のそれよりも少なく、また、単身 世帯の割合も前者の方が後者よりも一貫して 約5%高く推移していることから、家族内の インフォーマルな援助を期待できる地域、つ まり南部・島嶼部の方が、在宅死の割合が高 いといえるかもしれない。この南北の相違、 すなわち、家族あるいは親族内のインフォー マルな援助の南北による相違は、欧州におけ る南北間の相違という別の視点からも指摘さ れている。次節では、ポーガムによる貧困の 研究(10)を取り上げ、インフォーマルな援助 の南北間における相違について考察する。イ ンフォーマルな援助に着目するのは、病気や 貧困は個人だけでは対処が難しく、世帯全員 で担うことが必要であるという点で類似して いると考えられるからだ。 2. 貧困におけるインフォーマルな援助 ポーガムは、イタリアを含む11 ヵ国(ベ ルギー、デンマーク、ドイツ、ギリシャ、ス ペイン、フランス、アイルランド、オラン ダ、ポルトガル、イギリス)の1976年から 2010年までの統計データを中心に、欧州に おける貧困の変容とその内実に迫っている
(Paugam 2013=2016)。彼は、貧困の影響 が部分的に軽減されることを、「貧困が統合 される」と表現するが、そうした統合された 貧困は南欧諸国にみられ、特徴として貧困の 常態化と再生産の可能性が指摘されている。 この統合された貧困という理念型に寄与する 要因として、低い経済発展、インフォーマル 経済、家族の強い連帯(11)、近親者による保 護、低い社会保障、最低所得補償の欠如が挙 げられている。 社会的紐帯のなかでも親族の紐帯が強い とされるイタリアだが、その具体的な指標と して1)独居世帯割合、2)非同居の両親と 会う頻度、3)緊急の場合に援助が受けられ るか否かが検討されており、1)については、 1994年以降独居世帯の割合は増加している が、就業者、失業者問わず、北欧や大陸北部 ヨーロッパの国々と比較すると著しく低い。 一方、2)、3)については、いずれも、北欧 と大陸北部ヨーロッパ諸国よりも際立って高 く、さらに失業者の場合に、より高い割合と なっている。3)の緊急事態には、病気時の 家族への援助、個人や家族の深刻な問題に対 する助言、抑うつのさいの支援、大量の金 額を必要とする緊急援助の4つのうち3つに 肯定的回答があった場合に、「援助を受けら れる」に分類され、その値はイタリアでは9 割を超える。「生活水準の低さと家族のつき あいの弱さには相関がな」(Paugam 2013= 2016: 353)く、貧困による社会的孤立が起 きにくい社会であるといえる。貧困の現れ方 にみられる「構成員全員に対する家族の連帯 義務が社会的に承認されている」(Paugam 2013=2016: 142)というイタリアの特徴 は、2章2節で検討した高齢者福祉領域にお いても共通している。近年の研究ではその 変容も指摘されているが、欧州全体でみれ ば、特筆すべき点であると考えられる。ポー ガムの研究は、欧州におけるイタリアの特徴 として、社会的紐帯の強さを指摘するものだ が、イタリア国内における南北間の相違につ いても、失業や親との同居に関して地域間 の相違に若干の検討を加えている。北部ほ ど、北欧や大陸北部ヨーロッパ諸国の傾向に 近づくが、それでも、全体としてイタリアの 親族の紐帯は極めて強いことが示されている (Paugam 2013=2016)。 3. インフォーマルな援助にみられる世代間 連帯——在宅死を可能とする条件 これまでに筆者が実施したイタリア(ロー マ)のホスピス緩和ケア領域で活動する医療 者、宗教者を対象としたインタビュー調査で は、施設型のホスピスあるいは緩和ケア病 棟での死が、あくまでも例外的なものである ことが強調されていた(福島2015a, 2017)。 先述したように、イタリアにおけるホスピス 緩和ケアは、在宅サービスが中心であり、家 族によるケアがその不在や疲弊によって不 可能な場合にのみ、自宅以外の場所で、医 療者や宗教者が終末期患者の疑似家族とし て支えるという規範を内面化していた(福 島 2017)。在宅を中心としたホスピス緩和 ケアにおいては、家族による援助は大前提と されているのである。がんで死亡した患者 の遺族を対象とした調査では、がん死者の主 な介護者は子が42.7%、配偶者が36.5%で あった(Costantini et al. 2005)。また、が んの家族の介護のために1/3の介護者が、有 償の仕事を辞めるか、就業時間を短縮してお り、介護する家族とくに女性の生活におけ る負担がさまざまな面から指摘されている (Rossi et al. 2007)。 要介護高齢者に対する家族の援助について も、家族モデルから「移民のいる家族」モデ ルへと変化したとはいえ、世代間連帯を規範 とするインフォーマルケアと市場化されたケ アの混合型におけるインフォーマルケアの 関与は決して低いとはいえない。2006年か ら2009年にかけて実施されたインタビュー 調査(北部イタリアのケア労働者約680名 を対象とする)では、混合型ケアにおける インフォーマルケアの提供者とその頻度が 明らかとなっている(Da Roit and Facchi-ni 2010)。高齢者の26.1%が同居する子また はそれ以外の家族に、32.3%が別居する子ま たはそれ以外の家族に、5.8%が配偶者によ るインフォーマルケアを受けており、この割 合は高齢者の要介護度が上がってもそれほど 変わらない。また、別居する子の約半数が
毎日あるいはほぼ毎日、約30%が週に数回、 高齢者を訪ねている。家族が担うケアの大部 分は、直接的なケア提供という移民女性が 担うケアを管理監督するというものであり、 ケ ア の 上 位 区 分 に あ た る(Da Roit 2007; 藍 2012)ことには注意が必要であるが、親 族の社会的紐帯の強度がより弱いといわれる 北部でも(Paugam 2013=2016)、こうした インフォーマルケアが提供されている。ま た親の健康状態にかかわらず、Tomassini et al.(2004)では、世代間交流の欧州各国間 (英国、イタリア、フィンランド、オランダ) による相違が明らかにされ、イタリアの老親 は他の3か国と比較して、子との対面コンタ クトの頻度が高い。 その背景には、本稿で繰り返し述べている ような、世代間連帯の価値観があるだろう。 近年行われた調査でも、「子が老親の面倒を みることは義務か」との質問に、80%が「そ う思う」と回答している(Hamel 2017(12))。 もちろん、こうした価値観のみで実際のイン フォーマルケアの頻度が決まるわけではな い。たとえば、居住地の物理的な近さは、別 居する老親をほぼ毎日訪ねることを可能に するひとつの、しかし重要な条件だと考えら れる(Bettio et al. 2006)。1980年代後半の オーストラリア、オーストリア、英国、西ド イツ、ハンガリー、イタリア、合衆国を対象 とした調査では、両親の近くに住む率がイタ リアでもっとも高く、また親族との対面コン タクトの頻度が、ハンガリーと共に他の国よ りも高かった(Höllinger and Haller 1990)。 さらに、工業化が進んだイタリア北部にお いても、北西ヨーロッパの人びとと比較し て、親族関係はイタリア全土の傾向により 近いものだった。また、90年代後半の研究 (Barbagli 1996; Cioni 1997) に お い て も、 若い夫婦が夫方の両親の近くに住むという前 近代的な実践が、とくに中北部イタリアにお いて広く普及していることが指摘されてい る。また、結婚によって両親から独立する際 に、両親から新居の購入資金を援助してもら うことは、両親の居住地近くに新居を構える ことを決定する重要なファクターのひとつで あり、将来の世代間連帯(孫の世話や老親の 世話)とも密接に関連していることも明らか となっている(Tomassini et al. 2003)。さ らに、イタリアにおける地域間人口移動が、 ポルトガルやスペインと並んで、北欧や英国 らと比べて低値であることが指摘されている (Tomassini et al. 2003)。親族のこうした地 理的な近さも、世代間連帯規範と同様、老親 で介護が必要になった際に、インフォーマル ケアを提供する機会を増加させる可能性があ るだろう。自宅で人生の終末期を過ごす可能 性が高まれば、そのまま自宅で死を迎える可 能性も高まると考えられる。 Ⅳ.結論 イタリアにおける在宅死率の高さには、死 に至る過程を自宅で過ごすことを可能にする 条件、すなわち、要介護高齢者の家族による ケア、ケア労働者によるケアの普及が関連し ていると考えられた。その背景には、南欧に 共通する公的な福祉サービスの不足があり、 その制度がイタリア人、移民(外国人)を問 わず、女性を非雇用状態に留めおくとの指摘 もある(Lombardo and Sangiuliano 2009)。 そして、その一方には雇用状態を維持したま まインフォーマルケアを引き受ける女性たち も存在し、就業女性のワークライフバランス を維持するために、現在の移民ケア労働者の 弱い立場が利用されているとの見方もある (Da Roit and Naldini 2010)。またケア労働 者を雇っていても、被介護者である親とのコ ンタクトの頻度は極めて高く、そのことはケ ア以外の分野、たとえば貧困において家族あ るいは親族内での支援頻度が高く、社会的弱 者になった際の孤立が生まれにくい状況と矛 盾しない。ただし、そうした家族主義的な価 値観は宗教的価値観と軸を一にしているとの 指摘もあり(Paugam 2013=2016)、イタリ ア社会の世俗化との関連で、今後の変化に注 目する必要があるだろう。また高齢者のケア に関しては、その大部分が女性にその義務と 責任が課され、たとえその一部をケア労働者 に託す新しいケアモデルが登場しても、解決 されない問題として残り続けている。 人生の終末期をどこで過ごしたいかを意識 的に選択できる場合には、ホスピス緩和ケア
を利用することも可能であり、近年では施設 型ホスピスでの死亡割合も増えている(Van den Block et al. 2013)。そして、死に場所 を意識的に選択したわけではないが、結果的 に死亡場所が自宅だったというケースも多々 あるだろう。死亡場所の選択より前にくる介 護場所の決定に重要なのは、老いて誰かの援 助が必要になった際に、自宅以外の施設に行 くのではなく、これまで過ごしてきた場所で 生活し続けることを可能とする資源が入手で きる環境だ。その環境は、イタリアに特有で 強固な世代間連帯の規範と、それに若干の解 釈の変更を加えることだけで利用可能なケア 労働者の存在だろう。 外国人のケア労働者の受け入れを決めた日 本であるが、現在、介護する家族に対する現 金給付はなく、本人や介護する家族が直接ケ ア労働者を雇える仕組みもない。今回検討し たイタリアの事例がそのまま日本社会に当て はまるわけではないが、外国人を含め、第三 者が高齢者の看取りにかかわることの評価に ついては、以下の課題をもって明らかにして いくべきことと考える。 外国人のケア労働者の存在によって迎えら れた在宅死が、遺族にとってどのようなもの だったのか、そして否が応でもその家族モデ ルに組み入れられるケア労働者にとって、被 介護者の在宅死がどのようなものであり、彼 (彼女)ら自身にどのような影響を残すのか については、さらに探究されるべきテーマで あり、今後の課題としたい。 付 記 本稿は平成28∼30年度科学研究費助成金(基盤C 研究課題番号16K04112)による成果の一部である。 補 注 (1) たとえばベルギー、オランダ、スペインで は病院死は5割に満たない(Van den Block et al. 2013)。 (2) ま た、 介 護 報 酬 に お け る 看 取 り 介 護 加 算 (2006年)導入により介護福祉施設での看取り も奨励されている。 (3) た だ し、 中 北 部 に お け る が ん に よ る 死 者 (2002年)を対象とした調査では、病床数と施 設のベッド数が少ないほど、在宅死割合が高い という結果がでている(Cohen et al. 2010)。 (4) イタリア全土の女性の就業人口割合は、1960 年に24.9%、65年に20.9%、70年に19.3%、75 年に19.7%である(Istituto Centrale di Statis-tica 1976)。
(5) 実際に家族が自宅で亡くなった場合の詳細に ついては、別稿にて検討予定である。
(6) 在宅死率が高いオランダ、スペインでは家庭 医の制度がある(Van den Block et al. 2013)。 (7) 支給額は一律で1か月512.34€(2016年)。受 給条件は完全な非自立状態で、収入や同居家族 の有無などは不問。ミーンズテストは実施され ないため、濫受給が問題視されている。介添手 当による現金給付が、唯一国レベルでの社会保 障となる。要介護者に対する保障は、地方レベ ルでの介護手当(1990年代後半導入)も存在す るが、各地方によって大きな差がある。1960年 代末に障害者を対象とした施策として始まった 介添手当は、1980年代末、その対象に高齢者の 要介護状態を含むとされ、1990年代以降の要 介護高齢者による受給件数の増加につながった (宮崎 2008)。イタリアの福祉制度の概要、介添 手当の成立過程については宮崎(2008)に詳し い。 (8) がんの場合、緩和ケアの知識があるか否かが 強く影響していると考えられる。 (9) 死亡診断書を利用して各国の死亡場所や関連 するデータを収集し分析する方法の可能性と限 界についてCohen et al.(2007)で検討されてい る。各国による死亡診断書の記載内容の違いや、 収取されるデータの量や質が異なるなど、不備 はあるものの、非常に有用なデータであると述 べられている。 (10) ポーガムの貧困の捉え方は、消費や収入と いった貨幣的定義よりも、個人がそれらにアク セスする能力、つまり個人が統合され、他者に 承認された社会的存在となるために役立つもの すべてから貧困を理解すべきというアマルティ ア・センの提案に基づいている(Paugam 2013 =2016: 17)。 (11) 彼は社会的紐帯を1)親族の紐帯、2)選択的 参加の紐帯、3)有機的参加の紐帯、4)シチズ ンシップの紐帯の4つに分類しているが、イタ リアを含む南欧諸国においてはとくに1)親族の 紐帯が強いことが指摘されている。 (12) ちなみにアメリカ75%、日本61%、ブラジル 91%となっている。 引用文献
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英文要約
Owing to the so-called super aging society in Japan, the government has been promoting a shift from dying in hospitals to dying at home. This paper examines what makes the high home-death rate in Italy (nearly 50%) possible, focusing on the coun-try s medical-social welfare system and available resources.
The primary reasons for Italy s high home-death rate are likely the widespread informal care pro-vided by the families of the elderly and the paid at-home care provided by migrant women; these norms of at-home care originated from the lack of formal elderly-care services in Italy and in peculiar, the solid intergenerational relationships within Italian families. The cheap and flexible labor of migrant women is also exploited to supplement this norm of at-home, family care.