腰痛症に対する装具療法の実態調査および性能検証
─装具設計・製造の視点から─
相羽 達弥1) 山田 裕之1) 岩嵜 徹治1)
本田 忠2) 藤野 圭司3) 白土 修4)
Key words ■ 腰部固定帯・腰痛帯(lumbar support),腰痛(low back pain), アンケート(questionnaire) 要旨:腰痛症に対する装具療法の実態を明らかにすることを目的に,整形外科専門医 へのアンケート調査,装具の効果に関する文献調査,装具の性能評価を行った.アンケー ト調査では回答者のうちおよそ80%が腰部固定帯・腰痛帯が有効であると回答し,腹 腔外圧上昇(支持)と運動制限(固定)が疼痛軽減効果の機序であると考えていた.装具 の呼称・定義に関する一致した見解は無かった.文献調査の結果,体幹装具の背筋活 動に及ぼす効果が実証されていた.しかし,装具の効果に関する科学的根拠の高い論 文は少なかった.軟性装具,腰部固定帯,腰サポーター(腰痛帯)の性能評価では,装 具装着により30%∼ 50%の可動域制限が生じ,腹腔外圧の上昇が見られたが装具の種 類による大きな違いは無かった.軟性装具装着時の歩行効率指数は,他に比べて歩行 効率が悪い傾向が見られた.装具の「固定性・運動制限」に固執せず,「歩行効率」とい う新しい視点からの分類・開発の必要性について言及した. Summary
Lumbar support is one of the most common treatments for low back pain patients in Japan and around the world. However, there is no established consensus in terms of indication and mechanism of the effect. We conducted a questionnaire survey among orthopedic surgeons concerning the use of lumbar supports and reviewed related studies. In addition, we examined ROM, extra-abdominal pressure, physiological cost index(PCI)with a lumbar corset and two types of lumbar supports to investigate their effectiveness. The results were as follows; 1)80% of orthopedic surgeons re-sponded that lumbar supports were effective for pain management and it was clear that they considered that ROM and external-abdominal pressure could relieve pain. 2)We obtained limited evidence that lumbar supports are an effective treatment and also useful for prevention. It was also shown that the definition of lumbar sup-port has not yet been established. 3) It was shown that lumbar supsup-port causes more than 30% ROM limitation and more than 4.0kPa external-abdominal pressure increase. With a lumbar corset the PCI result of walking was not very good.
: Investigation of orthosis treatment for low back pain by the manufacturer 1)アルケア株式会社医工学研究所〔〒 130‒0046 東京都墨田区京島 1‒21‒10〕
緒 言 腰痛を経験するものは多く,国民生活基 礎調査5)におけるその有訴者率は一位であ る.国民の約10%が腰痛を抱え,このうち 約40%が病院・診療所に通っている.腰痛 に対する装具は一般的な保存療法の一つであ り12,14),病院,診療所で処方される体幹装具 は年間約190万件を越える6).しかし,その 実態に関しては不明な点が多い.例えば体幹 装具の定義,名称に関しては混同も多く,整 形外科医の中で必ずしもコンセンサスが得ら れていない.一般に,軟性および硬性装具は 義肢装具士,医療衛生材料メーカーによって 製作・製造され,材質や構造に基づいて体系 的に定義される.一方,これらとは別に独自 に発展した腰部固定帯,腰痛帯など多数のい わゆる「簡易コルセット・腰椎ベルト」が存在 する.処方に際しても,医療保険制度,行政 サービスが複雑に絡み合い,その実態は不明 瞭である.最も重要な点は,体幹装具の効果 発現機序の解明および性能検証が不十分であ り,装具療法の効果に対する科学的実証がな されていないことである. 本研究は腰痛に対する装具療法において, 以上に述べた諸点を明らかにすることを目的 に,1)装具使用実態調査,2)文献調査,3)性 能検証の3つの視点から検討を行った.体幹 装具を設計・製造する側の視点から,装具設 計の重要性について考察する. Ⅰ.対象および方法 1.整形外科専門医に対する装具使用実態 調査 腰痛に対する装具療法に関して,本邦の整 形外科専門医がどのような認識を持っている かを理解するために以下の調査を行った.対 象は,日本腰痛学会員ならびに日本臨床整 形外科医会員とし,郵送,インターネット, FAXによる無記名選択回答式直接アンケー ト調査を実施した(実施期間:2008年9 ∼ 10 月).アンケート調査を行うに際して,設問 内容に対する見解を統一する目的で,非特異 的腰痛,特異的腰痛,4種類の体幹装具(硬 性装具,軟性装具,腰部固定帯,腰痛帯)に 関して図1のような定義付けをした3,4).アン ケートは回答者背景,装具分類,処方,効果, 機能について計15設問を尋ねた(図1). 2.文献調査 腰 痛 に 対 す る 装 具 の 治 療 効 果 をEBM (Evidence-Based Medicine)の観点から調査 することを目的に,以下の文献調査を施行し た.リサーチクエスチョンを「腰痛症に対し て腰部固定帯は有効か?」とし,2008年8月 までの邦文・英文論文を調査した.使用した 文献データベースは,邦文論文ではJDream Ⅱ(JMEDPlus), 英 文 論 文 で はMEDLINE (PubMed)である.使用したキーワードと検 索式は,邦文論文では[腰痛×(装具+コル セット+ベルト+ブレース)]であり,英文論 文では[low back pain×(orthosis+corset+ belt+lumbar support)]とした. 3.体幹装具の性能検証 体幹装具の性能検証のために以下の三つの 実験を施行した.実験の目的,方法について 十分説明し,理解を得られた健常男性5名(年 齢31.2±4.3歳,平均身長174.0±6.1 cm,平 均体重75.6±7.1 Kg)を対象とした.検討し た体幹装具は以下の三種類である(図2):a) 軟性装具(非伸縮の布材料で構成され,一般 に義肢装具士によって作成される場合が多 い),b)腰部固定帯(伸縮布を使用し一般に
図1
既製品が多く,病院,診療所で多用される), c)腰サポーター(伸縮布で構成され,腰ベ ルト・腰痛帯と呼ばれることもある).得ら れたデータの統計学的解析は,SPSSソフト ウ ェ ア(SPSS version11.5.1 J)を 用 い た. 一 元分散分析(ANOVA)を用いて群間の有意差 (p=0.05)を検定した後に,Bonferonni法によ り多重比較を行った. 実験1(可動域計測):3種類の体幹装具に 関して,装具装着と非装着の条件下にて前後 屈運動中の可動域を三次元動作解析システム (ディテクト社,東京)によって計測した.前 後屈運動は連続3回円滑に行い,運動抑制を 感じたところで運動を反転するよう指示し, その角度の平均値を算出した.各条件はラン ダムに行い,1日1条件で計測を実施.装具 の装着はそれぞれ1.32 kPaの圧力になるよう 設定した. 実験2(腹腔外圧計測):腹部に簡易型エ アパック式圧力計(ケープ社,神奈川)を設置 図 2 体幹装具 a.軟性装具 b.腰部固定帯(幅 20 cm,アルミステー 2 本) c.腰サポーター(幅 23 cm,アルミステー 4 本) a b c
し,その上から一定の張力でそれぞれの体幹 装具を装着させた.装着後,10秒間のいき み動作を3回行い,最大圧力の平均値を計測 した. 実験3(歩行効率計測):3種類の体幹装具 に関して,装具装着と非装着の条件下にて計 測を行った.各条件の設定は無作為,装具装 着条件は一定とし,1日1条件で計測を実施 した.被験者に5分間安静位をとらせた後に, 傾斜角度5度,歩行速度5 km/hの条件下で 10分間のトレッドミル(Sportsart fitness社, 米国)歩行を行わせた.計測中,時計型のハー トレートモニター(Polar Electro Oy社製, フィンランド)にて心拍数を計測し,PCI(拍 /m)=[歩行後HR(拍/分)一安静時HR(拍 /分)]÷歩行速度(m/分)を算出した7).PCI は歩行効率を示す値であり,大きいほど効率 の悪い歩行であることを意味する. 診療所 一般病院 大学病院 その他 4 33 18 161 <5年 16 82 33 83 2 5∼9年 10∼19年 20∼29年 30年< 図 3 回答者背景 a.勤務施設 b.経験年数 a b 硬性装具 軟性装具 腰部固定帯 腰痛帯 その他 124 13 9 29 75 硬性装具 47 2 7 162 54 軟性装具 腰部固定帯 腰痛帯 その他 図 4 第一選択する体幹装具 a.特異的腰痛 b.非特異的腰痛 a b
Ⅱ.結 果 1.整形外科専門医に対する装具使用実態 調査 整形外科専門医218名から回答が得られ た.診療所勤務者が161名と最も多く,治療 経験年数も10年以上の者が大半を占めた(図 3).体幹装具が材質・構造によって分類され ることを知っていると回答したものは188名 (86%)であったが,具体的な分類を知ってい ると答えたものは65名(30%)であった.特 異的腰痛には軟性装具(124回答(49%)),次 いで腰部固定帯(75回答(30%))が,非特異 的腰痛には腰部固定帯(162回答(60%)),腰 痛帯(54回答(20%))を第一選択する(図4). 腰部固定帯の処方頻度が最も高いと回答(169 回答(79%))し,有効とするものが186回答 (87%)であった.腰部固定帯を処方する理由 としては,機能・効果の有用性,保険適応で あるという回答が多く(233回答(85%)),使 用効果については除痛(192回答(85%))と答 えるものが多かった.その他,腹圧上昇によ る免荷機能(161回答(63%)),ステーによる 可動域制限機能(61回答(24%))が作用する という回答を得た.(図5). 2.文献調査 検索には邦文論文で577編,英文論文で 222編がヒットした.その中でRCT文献を絞 り込んだ結果,邦文論文では1編,英文論文 では28編が該当した.邦文論文は原著,短報, 文献レビュー,解説,会議録記事と再度分類 し,原著論文に該当した143編ついて分析を 行った. 邦文論文の中で,腰痛治療もしくは腰痛予 防に腰部固定帯,腰痛帯,腰ベルトを用いた 論文は25編であった.骨折などの特異的腰 痛に対し,保存治療として硬性装具,軟性 装具を使用したものが45編,観血的治療と の併用報告が19編であった.英文論文では, 治療に関するものが21編,予防に関するも のが4編,効果作用に関するものが3編であっ た. 邦文・英文論文ともに腰痛治療もしくは腰 痛予防時の腰部固定帯,腰痛帯,腰ベルトの 臨床的使用に焦点を当てたものはそれぞれ 31編,11編であった.治療の面で,装具に 28 3 4 192 除痛 矯正 なし その他 図 5 腰部固定帯への効果・機能に関する回答 a.効果 b.機能 腹圧上昇 可動域制限 心理的要素 包帯としての代替 その他 161 8 0 25 61 a b
よる効果に関して高いエビデンスを有する論 文は無かった. 3.体幹装具の性能検証 1)装具による可動域の制動効果:軟性装 具による制動効果が最も高く,装具非装着の 場合に比べて平均45%の可動域制限が見ら れた(P<0.05).腰部固定帯,腰サポーター(腰 痛帯)では平均37%∼ 42%の可動域制限が見 られた.腰サポーター(腰痛帯)の中では, 幅広ベルトで構成されるタイプで有意な可動 域制限が見られた(P<0.05)(図 6). 2)装具による腹腔外圧の上昇:軟性装具 では5.32±1.32 kPa,腰部固定帯では4.51± 1.07 kPa,腰サポーター(腰痛帯)では4.25 ±0.81 kPaであった.三種類の装具間で見ら れる腹腔外圧の上昇には,統計学的有意差は 非装着 軟性装具 腰部固定帯 腰サポーター 前屈 後屈 P<0.05 P<0.05 RO M(degree ) 160.0 140.0 120.0 100.0 80.0 60.0 40.0 20.0 0.0 図 6 前後屈可動域 非装着 軟性装具 腰部固定帯 腰サポーター time(min.) 0 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 0.55 0.50 0.45 0.40 0.35 0.30 0.25 0.20 PCI (bpm/m/s) 図 7 PCI 計測
無かった (P=0.288). 3)装具装着による歩行効率の低下:いず れの装具においても歩行開始とともにPCI値 は上昇した.軟性装具ではPCIが最も高く, 腰サポーター(腰痛帯)が最も低く推移する 傾向を示し,腰部固定帯は非装着と同様の結 果であった(P=0.334)(図7). Ⅲ.考 察 本研究の結果から,整形外科専門医の多く は腰痛症に対して装具の有用性を認めている ことが判明した.特に特異的腰痛,非特異的 腰痛に限らず,第一選択として腹圧上昇によ る免荷,ステーによる可動域制限がもたらす 除痛を目的に,直ちに処方可能な腰部固定帯 を使用するものが多い実態が明らかとなっ た.回答者の勤務形態別の解析では,大学病 院勤務者の多くが詳細な分類に沿って使用し ていると回答する傾向が見られた.しかし, その他回答において勤務形態,経験年数など による特徴的な傾向は無かった. 体幹装具の分類に関しては,軟性装具,腰 部固定帯,腰痛帯の詳細な分類を理解してい るとの回答は少なかった.今回の研究で調査 した装具の名称・定義に関しては,文献に基 づきあらかじめアンケートの始めに説明を加 えた.しかし,その呼称・定義に関してはい まだ確立したものはない.特に,腰部固定帯 および腰痛帯という呼称においては他にさま ざまなものを認める.例えば,邦文論文では 軟性コルセット , 軟性装具 , 腰ベルト などの呼称が用いられている.英文論文では, lumbar support,lumbar beltな ど が 使 用 さ れるが,構造上,機能上の定義は曖昧であり 一定の見解はない.今後,体幹装具の用語, 定義について学術的および行政的背景から適 切な検討を行う必要があると考える. 文献調査において邦文論文のほとんどが症 例報告であった.腰椎骨折,腰椎分離症など に起因する特異的腰痛では硬性装具,軟性装 具による固定が有用である11,16)と報告されて いる.大川ら9)は腰部固定帯の使用は背筋の 過活動による痛みの増強の悪循環を断ち切る ことによる臨床的有用性をもたらすことを報 告した.戸田ら15)は2種類のコルセット装着 した2群と非装着1群の筋・筋膜性腰痛症患 者に対しQuebec重症度について調査した結 果,コルセット使用群が非装着群よりも改善 する結果をそれぞれ示している.白土,伊藤 ら13)は筋電図学的研究から,立位前屈保持位 の装具装着は背筋筋活動を減少させ,筋疲労 を軽減させる効果のあることを報告した.腰 痛予防について三橋ら8)は,郵便局員を対象 に弾性腹帯を使用し,好意的な結果が得られ たとしている.しかし,EBMで科学的根拠 の高い論文は皆無であった. 英文論文には,Hsieh 2),Roef 10)らによる科 学的根拠の高い論文がある.van Duijvenbode ら17)による科学的根拠の高い論文のレビュー 論文では,非特異的腰痛治療にlumbar sup-portを使用しないことを推奨し,非特異的 腰痛予防に対しては腰痛教室や予防ケアと lumbar supportを併用することを限定的に 推奨している.英文文献検索の結果を総括す ると,腰痛教室や腰痛体操などのケアととも に腰部固定帯を使用することが推奨されてい る.今後は症例,使用装具,使用期間,脱落 率などを明確にした精度の高い研究が望まれ る. 体幹装具の性能検証の結果,体幹運動の制 動効果には装具の種類による大きな相違はな かった.一方,装具の制動効果が比較的大き
い軟性装具では,歩行効率が悪くなる結果で あった.従来の体幹装具に求められるものが 「固定性・運動制限」であるとすれば,快適な 運動性は損なわれることになり,二律背反の 結果が生じる.元来,体幹装具による固定性 向上や運動制限に関しては硬性装具において さえも,疑問視する意見もある1).今後,装 具開発の目標として,「運動制限」にかかわら ない新しい視点からのアプローチが必要とな る可能性を示唆するものである.著者らが開 発・製作する体幹装具,特に腰部固定帯,腰 サポーター(腰痛帯)はステーによる可動域 制限,腹腔外圧上昇による支持についてさら なる性能を評価し,機能分類を行う必要性が ある.しかし,歩行効率に視点を置いた評価 も重要であると考えている.本研究の結果を 基に従来の材質,構造に基づく装具分類,機 能分類を再検証・再定義し,さまざまな臨床 研究,新たな装具設計へ活用させる予定であ る. 謝 辞 本研究を遂行するにあたり,ご協力いただきまし た日本腰痛学会員,日本臨床整形外科医会員の皆様 に深謝します. 文 献
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