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〈調査・研究〉自閉症者の言語能力改善における音楽療法の可能性

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Academic year: 2021

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(1)Bulletin of Center for Clinical Psychology Kinki University Vol. 6 : 43 〜 49 (2013). 43. 調査・研究. 自閉症者の言語能力改善における音楽療法の可能性 水 野 恵理子 (MIZUNO, Eriko) NPO 法人アゴラ音楽クラブ. 要 旨 一般に音楽に興味を示すことが多く、また卓越した音楽能力を示すとされる自閉症に対しては 非常に多くの音楽療法の事例が報告されている。メロディーを伴う言葉による Melodic Intonation Therapy は主に失語症に適用されるが、自閉症児の言葉の認知、自発的な発語の促進にも応用の可能 性があると考え、話し言葉とメロディーをつけた言葉(melodic words)の聴取時の脳波を比較するこ とで音楽の要素が言葉の聴取に与える効果を調査した。 キーワード:自閉症、音楽療法、melodic words、脳波. 1 .背 景 いわゆるサヴァン症候群に限らず、一般に音楽に興味を示すことが多く、また絶対音感や 卓越した記憶力などを示す(Applebaum1979、Hairston1990、Heaton1998)とされる自閉 症に対しては非常に多くの音楽療法の事例が報告されている。 自閉症の症状の中でも保護者、療育者が最も改善を望んでいるのは意思伝達能力、特に言 語コミュニケーション能力の改善である。そのために従来より様々なアプローチがなされて きた。能動的に音楽と関わる(歌う、楽器を演奏する)ことは、視覚・聴覚・触覚・体性感 覚・運動感覚等に同時に働きかける(Wan, Demaine et al. 2010)。そして模倣、協調を伴う 音楽をするという行為はミラーニューロンの領域と重なり、ミラーニューロンシステムに 障害があると考えられている自閉症のコミュニケーション能力向上に効果をもたらすので はないかと考えられる(Overy, Molnar-Szaca 2009)。また集団音楽療法で楽器を合奏する ことは対人関係に障害を持つ自閉症患者の対人インタラクションを促し(Kern & Aldridge 2006, Stephens 2008)、特に打楽器によるリズムは自閉症患者の注意を引きつけ、協調を促 す効果がある(Aldridge 1989)。個人と個人の相互作用はある意味で各々の異なるリズムが 同調する過程と考えられるが(吉良ら、2003)、リズムの同調にはさらに発語を促す効果も.

(2) 44. 近畿大学臨床心理センター紀要 第 6 巻 2013年. みられるという研究もある(Norton, Zipse,et al. 2009)。とくに言語の障害を持つ子どもの 運動能力と聴覚リズムタイミングには相関が示される(Corriveau, 2009)ことからも言語コ ミュニケーション能力促進に音楽を用いる取り組みは有効であると考えられている。 本研究はメロディーを伴う言葉かけ melodic words によって自閉症児(者)の言語コミュ ニケーション能力改善を図る可能性を探るものである。なおここでの言語コミュニケーショ ン能力とは人と人との間で意思を疎通させるためにやりとりをすることとする。 メロディー・アクセント・リズムを用いた言語療法 Melodic Intonation Therapy(MIT) は 1973 年、Albert らによって失語症に適用した事例が発表されたのが最初で、1989 年に Helm-Estabrooks らによってそのメソッドを記した本が出版されている。最近では Thaut による神経学的音楽療法の一つの手法として広く用いられている(Thaut M., 2005)。MIT は主に左脳のブローカ野を損傷した患者、またウェルニッケ野とブローカ野の神経接続が分 断された患者を対象に行われている方法で、対象者の手のひらなどにタッピングしながらメ ロディーのついた単語を発音し、対象者にそれを復唱させることにより発語の感覚をつかま せ最終的には自然な会話に導くというものである。 Pubmed では 46 件の研究例が見られる (2013.10 月現在)が、そのほとんどが失語症への適用例で、自閉症の発語トレーニングに MIT を適用した例は Miller&Toca(1979)のみである。 その他に MIT の手順とよく似た Auditory-Motor Mapping Training(AMMT)と呼ばれる方法を用いている研究もあるが (Wan, Bazen, Baars et al., 2011) 、適用例は非常に少ない。しかし筆者は MIT の手法は自閉 症にもっと適用できるのではないかと考えた。なぜなら経験上、語りかけには反応しない自 閉症児が同様の言葉にメロディー、リズムをつけて歌いかけると反応する(振り向く、視線 を合わせる、笑顔を見せる等)場面がしばしば見られるからである。また自発的な発話はな くても歌の歌詞は非常によく記憶していて明瞭に歌える自閉症児が多いこと、リズム感が優 れていて追唱歌などでタイミングよくやりとりができること、また筆者が行った言語短期記 憶実験結果(Mizuno,Osugi et al. 2013)では、ダウン症やその他の精神遅滞者に比べ、自閉 症者はメロディー無しよりメロディーをつけた方が短期記憶能力テストの成績が上がるとい うことが観察されている。 2 .目 的 自閉症者の言葉の知覚においてメロディーがもたらしている効果を明らかにすることを目 的とした。 3 .方 法 1 )対象者 自閉症者:A 30 才男性、工芸品の製作会社勤務。手先が器用で布の裁断や縫製を行ってい.

(3) 水野恵理子:自閉症者の言語能力改善における音楽療法の可能性. 45. る。自発的な発話はほとんどないが言葉の復唱はできる。母親に指示されると「おそくなっ てすみません」「せんせい、よろしくおねがいします」などの発話は可能で、発音はぎこち ないが明瞭である。母親によると幼児期は多動であったとのことだが現在は非常に落ち着い ている。 B 19 才女性、障害者通所施設に在籍。エコラリア(他者のことばやテレビの CM のフレー ズなどが意味を伴わない形で反復されること)が多く情緒には波が見られる。声は大きく発 音は明瞭だが単語の羅列がほとんどである。たまに 2 語文を話しても「えんそく、いった」 「ラーメン、たべた」など助詞は使わない。AB共に筆者の主宰する音楽クラブに所属して おり、Aは 12 年、Bは 6 年のピアノ学習歴(現在も継続中)があり、他者が指示したこと を理解し遂行する能力はある。 自閉症以外の知的障害者:C 25 才男性ダウン症、音楽クラブの会員で 18 年のピアの学習歴 (現在も継続中)がある。 定型発達者:D 23 才女性、N大学院生で、過去 に 3 年以上のピアノ学習経験がある。 なお参加者の保護者(健常者は本人)には文書に て実験の説明をし、同意を得た。 2 )手順 実験はN大学内実験室にて行なった。課題は色 の名前を 3 つ「あか、しろ、くろ」などを同一 ピッチ(G音)で発音したもの(non melodic 課 題)20 題と、同じ課題に一定のメロディーをつ けて歌ったもの(melodic 課題)をあらかじめ録. 図 1 .電極の位置. 音し、スピーカーから流し、記憶するよう指示し た。被験者はスピーカーから約 1 メートル離れたイスに座り聴取した。 脳波の測定は、国際 10-20 法に従って図 1 に示した 13 チャンネルから記録した。(使用脳 波計:Polymate AP1000)そして各条件につき、導出した脳波を 5 つの周波数帯域(θ波: 4 ~ 8Hz、α 1 波:8 ~ 10Hz、α 2 波:10 ~ 13Hz、β波:13 ~ 30Hz)に分類してパワー スペクトルを計算、テスト前安静時からの変化量を求めた。なお、変化量は各周波数帯域の 課題遂行時のパワー+直前安静時のパワーを分母とし、安静時から課題遂行時の変化量の割 合を算出した。.

(4) 近畿大学臨床心理センター紀要 第 6 巻 2013年. 46. 4 .結 果 定型発達者Dでは測定した各部位間の差はほとんど見られなかった。ただ non melodic 課題と melodic 課題間では大きな差がみられ、non melodic 課題では各部位でθ波が増加、 melodic 課題でα波、β波が増加した。 ダウン症者Cでは non melodic 課題時、前頭部及び中心部において各周波数帯域でのパ ワーの増加が見られた。その他の部位では melodic 課題時にα波、β波の増加が見られた。 自閉症者Aでは melodic 課題でとくに前頭部θ波の減少が見られる以外は全ての部位、周 波数帯域でパワーが増加している(Fig.2a)。また non melodic 課題時に比べ melodic 課題 時の方がβ波の増加が見られた。 自閉症者Bも melodic 課題時β波は各部位で増加した(Fig.2b)。前頭部では両課題でθ波、 α波共に減少している。ただ他の参加者と比べて変化量が少なく、頭頂部で melodic 課題時 に角周波数帯域で増加が見られた以外安静時に比べほとんど増減がなかった。. Fig. 2a Changes in the EEG power spectrum from rest to hearing tasks of autism spectrum disorder(ASD)participant A.

(5) 水野恵理子:自閉症者の言語能力改善における音楽療法の可能性. 47. Fig. 2b Changes in the EEG power spectrum from rest to hearing tasks of ASD participant B. 5 .考 察 non melodic 課題と melodic 課題を比較すると、総じて melodic 課題においてα波、β波 の増加が見られた。定型発達者Dへの聞き取り調査ではメロディーがついていると覚えやす い気がするとの回答であった。ただ non melodic 課題で安静時に多く現れるα波の減少は予 想されたがβ波が減少している理由は不明である。言葉、メロディーの聴取とβ波との関連 についての検討は今後の課題としたい。ところで melodic 課題時の各部位、周波数帯域での パワーの変化量は、定型発達者D、ダウン症者C、自閉症者Aともに非常に似た値であった。 また non melodic 課題においてCの前頭部、Aの中心部から頭頂部で各帯域共にパワーの増 加が示されている。これは自閉症者Bで減少しているのとは対照的であった。Bの母親によ ると文字で書かれたものを記憶するのは得意だが話し言葉を記憶するのは苦手とのことで、 言葉を聴取する際の脳活動の違いを示唆していると考えられる。ただ自発的な発語のほとん どないAも melodic 課題の方でβ波のより大きい増加がみられ、また発語はあるものの他者 とコミュニケーションをとることが困難なBも melodic 課題でのみβ波の増加が見られたこ とはメロディーが言葉の認知、記憶に何らかの効果を及ぼしていると考えられる。.

(6) 48. 近畿大学臨床心理センター紀要 第 6 巻 2013年. 本計測では non melodic 課題、melodic 課題ともに脳波の左右における活動の差は見られ なかった。したがって MIT 本来の左脳のブローカ野の機能不全を右脳で補うといった理論 を裏付けるには至らなかった。脳波は様々な要素によって左右されるため非日常的な環境 (とくに自閉症者にとってはかなりストレス)での測定結果で断言はできないが、melodic 課題でβ波の増加が見られたことから、少なくともメロディーをつけて提示された言葉には より注意を向けている可能性が考えられる。 6 .おわりに 具体的な MIT の応用例として筆者が行っているのは、対象児の名前にメロディーをつけ 対話形式の歌を作り応答を促す、絵本に描かれたものにリズミカルなメロディーをつけ、手 拍子・打楽器などで合いの手を入れながら読む(手拍子を入れる効果については Klin, Lin et al. 2009 参照)、なじみのある歌に対象児の名前や身近な出来事を入れて替え歌にする、 等々である。従来から行われている音楽療法の手法ではあるが、その療法的効用に関しては 定量的な研究を行なう余地がある。言語コミュニケーション能力の障害を持つ自閉症者がま ず他者の言葉に耳を傾け、適切なやりとりができる能力を培うために、音楽療法の可能性を さらに追求していきたい。 文 献 ・Albert M.L., Sparks R.W.& Helm N.A.(1973)Melodic Intonation Therapy for Aphasics Archieves of Neurology, 29 pp.130-131 ・AldrirgeD.(1989),Music,communication and medicine; J. Royal Society of Medicine 62, pp.743-746 ・Corriveau K.H.& Goswami U.(2009): Rhythmic motor entrainment in children with speech and language impairment, Cortex 45, ・Helm-Estabrooks N.,et al.(1989) ”Melodic Intonation Therapy” ・Kern P., Aldridge D.(2006)Using enbebedded music therapy intervention to support outdoor play of young children with autism in an inclusive community-based child care program, J.Music Therapy 43. pp.270-294 ・Klin A., Lin D.J., Gorrindo P., Ramsey G.& Jones W.(2009), Two-year-olds with autism orient to non-social contingencies rather than biological motion; Nature Letters Vol.459 ・Mizuno E., Osugi N., Sakuma H. & Shibata T.(2013) , Effect of Long-term Music Training on Verbal Short Term Memory of Individuals with Down Syndrome; Journal of Special Education Research Vol.2 pp.35-41 ・Norton A., Zipse L., Marchina S.& Schulaug G.(2009), Melodic intonation therapy; how it is done and why it might work. Ann.NY.Acad.Science, 1169, pp.431-436,.

(7) 水野恵理子:自閉症者の言語能力改善における音楽療法の可能性. 49. ・Overy K.& Molnar-Szaca I.(2009)Being Together in Time: Musical Experience and the Mirror Neuron System, Music Perception Vol26-5 pp.489-504 ・Stephens C.E.(2008)Spontanious imitation by children with autism during a repetitive musical play routine, Autism 12, pp.645-671 ・Thaut M.Rhythm(2005), Music and The Brain―Scientific Foundations and Clinical Applications, Routledge ・Wan C.Y., Bazen L., Baars R., Libenson A., Zipse L., Zuk J., Norton A.& Schlaug G.(2011) Auditory-motor mapping training as an intervention to facilitate speech output in non-verbal children with autism: a proof of concept study. PLoS One ・吉良文郷、仲谷美江、西田正吾(2003)身体性に注目した感性協調支援実験,電子情報通信学会誌 、 ・中西智子(1996)音楽学習経験の差異とリズム受容の関係 三重大学教育学部研究紀要 .第 47 巻.

(8)

Fig. 2a  Changes in the EEG power spectrum from rest to hearing tasks of  autism spectrum disorder(ASD)participant A
Fig. 2b  Changes in the EEG power spectrum from rest to hearing tasks of  ASD participant B

参照

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