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ハイデガーのスアレス論 : 存在論への新しい道

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ハイデガーのスアレス論

   

︱︱存在論への新しい道

 

 

 

﹁スアレスこそ、近代的な哲学にもっとも強く影響を与えた思索者である。

(ハイデガー)

はじめに――スアレスの哲学的功績とは

スアレスの名前は法学の世界ではよく知られているらしい。らしい、と思わず書いてしまったのは、当方、恥ずかし な が ら、 彼 の 業 績 は お ろ か、 彼 の 名 前 す ら 知 ら な か っ た か ら で あ る。 早 速、 手 元 の 百 科 事 典 で 調 べ て み た と こ ろ、 彼 は、十六世紀のスペイン神学によって得られた自然法的、国際法的および国家哲学的認識を集大成した著書﹁法につい

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て ﹂︵ 一 六 一 二 年 ︶ に よ っ て﹁ 国 際 法 学 樹 立 者 の 一 人 ﹂ と 目 さ れ、 グ ロ テ ィ ウ ス︵ 一 五 八 三 −一 六 四 五 ︶ ︱︱ 近 代 自 然 法学の父ないし国際法の祖と謳われている︱︱の先駆者であると評価されており、法学の世界では相当に著名な人物で あることがわかった 。そして、本学の図書館に彼に関する研究書が二冊、そして論文と翻訳が所蔵されていることもわ かった 。 彼、 す な わ ち フ ラ ン シ ス コ・ ス ア レ ス︵ Francisco Suárez, 1548 -1617 ︶ の 数 あ る 功 績 の 中、 特 に 彼 の 哲 学 的 功 績 0 0 0 0 0 、 と りわけ存在論に関する彼の功績 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 に光を当てたい、というのが本稿の狙いである。 以下、煩雑な話が続きそうなので、ここで結論を先取りすることにしたい。スアレスは、古代ギリシアの哲学者アリ ストテレスの﹃形而上学﹄以来二千年以上に亘って綿々として続く西欧的存在論の歴史の中で画期的な新しい道を切り 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 開いた 0 0 0 、したがって、西欧哲学の歴史の中で決定的な一歩を歩み出した人物であり、二十世紀において存在論の新たな 提 唱 を 試 み る ド イ ツ の 哲 学 者 マ ル テ ィ ン・ ハ イ デ ガ ー を し て、 ﹁ ス ア レ ス は、 近 代 哲 学 に も っ と も 強 い 影 響 を 与 え た 思 索 者︵ Denker ︶ で あ る ﹂︵ GP ., 112 ︶ と 言 わ し め た 人 物 な の で あ る。 で は、 そ の 画 期 的 な 新 し い 道 と は 具 体 的 に ど の よ うなものであろうか。以下、主としてハイデガーの論述を手掛かりにしてスアレスの哲学的功績について論じたい。 論述は以下の手順で展開する。 一、ジルソンとハイデガーのスアレス論 二、二つの講義から見るスアレスの哲学的意味 おわりに︱︱スアレスとハイデガーの存在の問い

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一、ジルソンとハイデガーのスアレス論

スアレスの哲学的功績とは何か、と切り出してはみたものの、哲学の世界でとりたててスアレスの名前が知られてい るわけでも著名なわけでもない。いやむしろ逆に彼の名前はほとんど知られていないといった方が正直なところであろ う。その理由は、彼の主たる哲学的功績が、中世の神学者トマス・アクィナスの大著﹃神学大全﹄の注釈という、我が 国ではほとんど馴染みのない神学の世界の中での仕事であり、日頃慣れ親しんでいる西洋哲学史の概説書の中に彼の名 前を探してみても、彼の名前も功績もまず見当たることはない。 a、ジルソンのスアレス論 ちなみに、中世哲学ということで、ジルソンの﹃中世哲学の精神﹄︱︱上下二巻の、中世哲学史の分野では比較的名 前の知られた概説書であるが︱︱を調べてみたところ、ようやく上巻に一カ所、それも注釈︵!︶の片隅に小さく彼の 名前と功績が記されている。まずはその箇所を引いてみたい。 ﹁その定式自体は、とくにスアレスによって批判を加えられているが、しかしかれはその区別自体を、すなわち神が それ自身によって存在し、他のどんなものもそれ自身から存在を得るのではないということを否定しない 。﹂ 該当箇所をそのまま引用したが、この文章を読んで即座にそこに何が書いてあるのかを理解できる読者は少ないに違

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いない。この注釈が付けられている本文に遡ってすこし噛み砕いて説明すると、スアレスは、神において本質と存在が 実 在 的 に 同 一 で あ る と い う 哲 学 的 定 式 0 0 0 0 0 を 批 判 し た が、 し か し、 神 に お い て 本 質 と 存 在 が 実 在 的 に 同 一 で あ る と い う キ 0 リ ス ト の 教 説 0 0 0 0 0 0 ︱︱ 親 切 に も、 こ の 教 説 こ そ キ リ ス ト 教 哲 学 の﹁ 基 礎 的 真 理 ﹂ で あ る、 と ジ ル ソ ン は 説 明 し て く れ て い る︵有り難い!︶︱︱に対して疑問を懐くことはなかった、というのである。ジルソンが本書でスアレスに関して言い たいことは要するに、スアレスは、古代ギリシア以来の存在論の哲学的定式︱︱その起源はプラトンやアリストテレス の存在論にまで遡るが︱︱に対して批判を加えはするが、しかしキリスト教の教説それ自体に対して疑問を懐くことは なく、他のキリスト教哲学者と同様に、基本的に、プロチノス、アウグスティヌスからトマス・アクィナスに至るキリ スト教思想の伝統の中にしっかりと留まり続けた、というのである。中世哲学では信仰と知識の対立が大きなテーマで あったとよく言われるが、要するにスアレスは信仰の立場にしっかりとしがみついていた、というのである。 当然ここで疑問が湧いてこないわけではないが、ここでは敢えてそうした疑問は抑えて、要するに、スアレスは、古 代ギリシアの存在論の伝統に遡って、本質と存在の問題に関して批判的な立場 0 0 0 0 0 0 を取った、ということがわかればそれで よしということにしたい。 とはいえ、やはり疑問は吹き出してくる。ほんとうに当時、キリスト教思想の教説そのもの︱︱本質と存在の実在的 同一性という命題︱︱に対して疑問を抱く者はいなかったのであろうか。いや、もう少し突っ込んで、その疑問の中か ら、プラトンとアリストテレスの存在論に対して疑念を懐き、敢えて﹁彼らの道を踏み越える ﹂者はいなかったのであ ろ う か。 ジ ル ソ ン に よ れ ば、 ギ リ シ ア の 存 在 論 と キ リ ス ト 教 思 想 の 間 に は﹁ 何 ら の 矛 盾 も 存 し な い ﹂、 い や そ れ ど こ ろ か、キリスト教思想によって﹁ギリシアの形而上学が⋮決定的な進歩をとげた ﹂と書いているが、しかしそこにギリシ

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ア思想とキリスト教の根本的対立を認め、この対立の中からギリシアの存在論に対して哲学の新しい転換 0 0 0 0 0 0 0 0 を模索する試 み 等 は ほ ん と う に な か っ た の で あ ろ う か。 少 な く と も、 そ う し た 試 み の 形 跡 く ら い は あ っ て も 良 い の で は な い だ ろ う か。そうした疑問がふつふつと湧いてくるが、そうした疑問には目を瞑り、スアレスという哲学者はジルソンの注釈の 中では軽く触れられ、プラトンやアリストテレスの存在論に対して批判的な態度を取った、というところで矛を収める ことにしたい。 では、ハイデガーはスアレスをどのように評価したのであろうか。 b、ハイデガーのスアレス論 ハイデガーは﹃存在と時間﹄の中でスアレスに言及する。プラトンやアリストテレスの古代存在論を現代に改めて取 り 戻 す 必 要 性 が あ る、 と い う の が こ の 著 作 の 狙 い で あ る 以 上、 ス ア レ ス に 言 及 す る こ と は 当 然 予 測 で き る こ と で あ る ︵ は ず?︶ が、 し か し、 不 思 議 な こ と に、 ジ ル ソ ン と 同 じ く、 た だ 一 度 ︱︱ さ す が に 今 度 ば か り は 注 釈 の 片 隅 と い う わ けにはいかないが、それでも︱︱本論ではなく、序論、それも、未完の第二篇を予告する箇所でさらりと︱︱つまり、 よほど注意してかからない限り、誰も気付かないでさっと読み過ごしてしまうような簡単な︱︱文章の中で軽く触れて 終わっている。その箇所を引いてみたい。 ﹁ギリシア的存在論はスコラ学的形態を取りつつ、本質的な点においてスアレスの形而上学的討論集を経由して 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 近世 の﹃形而上学﹄と超越論的哲学の内へ移行し、さらになおヘーゲルの﹃論理学﹄の基礎と目標を規定している 。﹂ ︹傍点

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訳者︺ 文章の晦渋さ、という点ではハイデガーもジルソンも甲乙付けがたいところであるが、その要旨をかいつまんで説明 すれば、古代ギリシアの存在論はスアレスの﹁形而上学討論集﹂を経由して十九世紀初めのヘーゲルの﹁論理学﹂の中 にまで色濃く影響を与えている、というのである。要するに、プラトンやアリストテレスの存在論は近代の哲学の中に まで強い影響を与えているが、その存在論の歴史のど真ん中、いうなれば、フルマラソンの折り返し地点にスアレスの ﹁ 形 而 上 学 討 論 集 ﹂ が 位 置 し て い る、 と い う の で あ る。 ち な み に、 形 而 上 学 的 討 論 集 と は ス ア レ ス の 著 作﹁ 形 而 上 学 討 論集﹂ ︵ Disputationes metaphysicae, 1597 ︶である。 先に述べたように、ジルソンはスアレスをキリスト教の伝統の中に位置づけ、スアレスはその伝統の範囲内に立って ギリシア的存在論を否定したに過ぎないと述べるが、これに対してハイデガーは、スアレスの存在論を古代ギリシア以 来の西欧的存在論の歴史全体の中に据え直し、彼の存在論の試みをむしろ積極的に意味づけよう 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 と試みる。その意味づ け を 端 的 に 言 い 表 す 言 い 回 し が、 ﹁ ス ア レ ス の 形 而 上 学 的 討 論 集 を 経 由 し て ⋮﹂ と い う 表 現 で あ る。 つ ま り、 ス ア レ ス は、近代に至るまで綿々として受け継がれてきた西洋の存在論の歴史の中で決定的に重要な位置を占めている、とハイ デ ガ ー は 主 張 す る の で あ る。 し か し、 そ れ に し て は、 ﹃ 存 在 と 時 間 ﹄ に お け る ス ア レ ス へ の 言 及 は 余 り に も 少 な 過 ぎ る のではないだろうか。なぜそれほどに少ないのであろうか。いったい少ない理由は何であろうか。もしかしたらハイデ ガーは、スアレスとの︿本格的な対決﹀を覚悟して、敢えて第二部︱︱残念ながら、未完に終わり日の目を見ることが なかった︱︱の課題の方に回してしまったのであろうか。つまり、先送りしてしまったのであろうか。

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た し か に、 そ の よ う に 取 れ な く も な い。 何 し ろ、 ﹃ 存 在 と 時 間 ﹄ 第 二 部 の 課 題 は﹁ 存 在 論 の 歴 史 の 現 象 学 的 破 壊 ﹂ と 予告されて、カントからアリストテレスまでの西欧的存在論の歴史全体の破壊が予告されていたからである。当然、そ の歴史のど真ん中にある︱︱つまり、フルマラソンで言えば、ちょうど折り返し地点に位置する︱︱スアレスの存在論 との本格的な対決が繰り広げられるものと期待してしまうが、しかし、本書の﹁概要﹂見る限り、そのような計画も痕 跡もまったく見当たらない。それどころか、本来スアレスが座るべき場所に﹁デカルト﹂が鎮座し、スアレスの名前も 彼の著作も一切出てこないのである。はたしてスアレスの存在論はどこに行ったのであろうか。 い や そ れ ど こ ろ か、 ﹁ 概 要 ﹂ を 読 む と、 ス ア レ ス の 存 在 論 ど こ ろ か、 西 欧 存 在 論 の 歴 史 に 対 す る ハ イ デ ガ ー の 見 方 そ のものも変容してしまっている。右の引用文で、ギリシア的存在論︵=アリストテレス︶ −スアレス︵の﹁形而上学討 論 集 ﹂︶ −ヘ ー ゲ ル︵ の﹁ 論 理 学 ﹂︶ と 展 開 す る は ず の 存 在 論 の 歴 史 は い つ の 間 に か︵!︶ 、 カ ン ト −デ カ ル ト −ア リ ス トテレスという展開に置き換えられているのである︵説明するまでもないが、この展開の順序︵=分析の順序︶を時間 の 順 序 に 書 き 直 せ ば、 ア リ ス ト テ レ ス −デ カ ル ト −カ ン ト と い う 順 番 に な る ︶。 い つ の ま に か ス ア レ ス の 名 前 は 消 え 去 り、ヘーゲルの名前も見当たらない。はたしてどちらの存在論の歴史がハイデガーの真意なのであろうか。引用文にあ る よ う に、 ﹁ 古 代 ギ リ シ ア の 存 在 論 −ス ア レ ス −ヘ ー ゲ ル ﹂ な の で あ ろ う か、 そ れ と も、 ﹁ 概 要 ﹂ の 予 告 通 り、 や は り ﹁ ア リ ス ト テ レ ス −デ カ ル ト −カ ン ト ﹂ な の で あ ろ う か。 後 者 だ と し た ら、 先 の 引 用 文 は ど の よ う に 解 し た ら よ い の で あろうか。ただ筆が滑ったということであろうか。それとも、ハイデガーの西欧存在論史に対する考え方の︿揺れのよ うなもの﹀がここに覗いているのであろうか。それとも、何か別の深い意図のようなものがそこに隠されているのであ ろうか。疑問が湧いてくる。

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もちろん、いかなハイデガーといえど、数ある主張の中には矛盾もあろうし、齟齬や理路整然としない点も少なから ず見受けられるに違いない。何しろ﹃存在と時間﹄は短期間に集中して執筆されたのである 。しかし、ここで絶対に忘 れてならないことは、ここで問題となっている事柄がハイデガーの歴史観に深く関わる、という点である。周知のよう に、彼の存在論は、ギリシア以来の存在の問いがその後西欧哲学史を通して忘却し続けられたという独特の終末論に駆 り 立 て ら れ て お り、 後 の い わ ゆ る 存 在 の 出 来 事︵ Er eignis ︶ に し て も、 こ の 終 末 論 的 な 歴 史 観 に 裏 打 ち さ れ て 初 め て 成 り立つ問題意識なのである。その意味からいえば、古代ギリシア以来の存在論の歴史の展開はハイデガー哲学にとって まさしく試金石と呼ばれてもよいほどの重大問題であり、彼の哲学の、いわば拱門の要石と位置づけても良い問題なの である。その歴史観に︿揺らぎのようなもの﹀が認められるとしたら、これはいったいどういうことなのであろうか。 ス ア レ ス は い っ た い ど こ へ 行 っ た の で あ ろ う か。 ま さ か、 筆 が 滑 っ た と い う こ と だ け で は す ま な い は ず で あ る。 や は り、何か深い意味がそこに隠されているのであろうか。 やはりここで、ハイデガーの文章に立ち戻って冷静に彼の主張を分析する必要があろう。 c、 「経由して」とは何か も う 一 度 先 の 引 用 文 を 読 み 返 し て も ら い た い。 ハ イ デ ガ ー は、 ﹁ ス ア レ ス の 形 而 上 学 的 討 論 集 を 経 由 し て 0 0 0 0 ﹂ と 書 い て い る。 ﹁ 経 由 し て ﹂ と い う 言 い 方 は い か に も 意 味 深 長 な、 持 っ て 回 っ た 言 い 回 し で な い だ ろ う か。 少 な く と も わ た し に はそのように思えてならない。 はたして、 ﹁経由して﹂とはどのようなことをいうのであろうか。

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﹁神は細部に宿る﹂

God is in the detail

︶という言葉がある︵ ﹁より少ないことは、より豊かなこと﹂ ︵ Less is mor e ︶ と い う 言 葉 も あ る そ う だ ︶。 ド イ ツ 出 身 の ア メ リ カ の 建 築 家 ル ー ト ヴ ィ ヒ・ ミ ー ス・ フ ァ ン・ デ ル・ ロ ー エ の 言 葉 で あ るらしい。いや、アビ・ヴァールブルクの言葉だという説もあるらしいが、詳細は分からない。しかし、神、つまり真 実は大きなところよりもこうした細かな言い回しの中に隠され、ほのかに覗いてくるというのは意外に真実をいってい るのではないだろうか。とりわけ、ハイデガーの著作を読む際、そのように思えて仕方がない。というか、当方の勝手 な思い込みかも知れないが、彼の作品の至る所にこうした伏線が敷かれていると思えてならないし、そうした伏線を発 見し、その仕掛けを解き明かすことは彼の作品を読む上での無上の喜びであるとわたしは予てから思っている。 話を元に戻そう。 ﹁ 経 由 し て ﹂ の 原 語 は auf dem W eg über ...in... で あ る。 文 字 通 り に 訳 せ ば、 A か ら 出 発 し て 途 中 C を 経 由 し て B の 中 に 向 か う と い う こ と で あ ろ う。 ﹁ 経 由 ﹂ を 広 辞 苑 を 引 く と、 ﹁ 経 て 行 く こ と。 中 間 の 場 所・ 機 関 を 通 る こ と。 ﹂ と 説 明 さ れている ₁₀ 。この意味に取れば、先の引用文は、スアレスの著作﹁形而上学討論集﹂という中間の場所・機関を通るとい う こ と を 意 味 す る こ と に な り、 先 程 書 い た、 フ ル マ ラ ソ ン の 折 り 返 し 地 点 と い う 表 現 も 満 更 捨 て た も の で も な い と い う こ と に な ろ う。 岩 波 国 語 辞 典 で は、 ﹁ あ る 場 所 に 行 く の に 他 の 場 所 を 通 っ て 行 く こ と ﹂ と あ っ た ₁₁ 。 お そ ら く こ ち ら の 意味の方がハイデガーのこの表現により相応しいような気がするが、いかがであろうか。図式するまでもないが、A地 点 か ら B 地 点 に 向 か う の に、 直 接 B 地 点 に 向 か わ ず に、 わ ざ わ ざ C 地 点 に 立 ち 寄 っ て 行 く と い う こ と で あ る。 と 解 す る と、 ﹁ 経 由 し て ﹂ と い う 言 い 回 し は 相 当 に 意 味 深 長 な 表 現 だ と い う こ と に な る。 少 な く と も、 い い 加 減 な 言 葉 で は な い。いやむしろ、なぜその地点を経由したのであろうか。なぜわざわざその地点を経由しなければならなかったのであ

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ろうか。経由することによってどんな︿アリバイ工作﹀が行われ、どんな大切なことが隠されたのであろうか、といっ た疑問が︱︱推理小説家ならずとも︱︱ふつふつと湧いてくるはずである。 興味が湧いてきたので、参考までに他の翻訳二つを挙げておく。 一つ目は渡辺二郎の翻訳である。 ﹁スコラ的という刻印をおされてギリシア存在論は、本質的な点では、途中 0 0 スアレスの﹃形而上学討論集﹄をへて 0 0 、 近代の﹁形而上学﹂と超越論的哲学のうちへと移行しており、さらにヘーゲルの﹃論理学﹄の基礎や目標をも規定して いる ₁₂ 。﹂ 英訳だと次のように訳してある。 W

ith the peculiar charakter which the Scholastics gave it, Gr

eek ontology has, in its essentials,

travelled the path

that

leads thr

ough the Disputationes metaphysicae of Suar

ez to the 'metaphysics' and transcendental philosophy of moder

n

times, deter

mining even the foundations and the aims of Hegel's 'logi

c ₁₃ '. ﹃存在と時間﹄におけるスアレスへの言及はただ一カ所と少ない。いや、少ないどころか、ほとんど気付かれないよ う な、 目 立 た な い 文 章 の 中 で さ ら り と 触 れ ら れ て い る に 過 ぎ な い。 し か し︵ い や、 だ か ら こ そ!︶ 、 そ の 意 味 深 長 な、

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い か に も 持 っ て 回 っ た、 ﹁ 経 由 し て ﹂ と い う 言 い 回 し の 中 に、 ス ア レ ス と い う 哲 学 者 の 思 わ ぬ 重 要 性 が 感 じ ら れ て 仕 方 がない︵少なくとも、著者にはそう思えて仕方がない︶ 。 や は り、 腰 を 落 ち 着 け て ハ イ デ ガ ー の ス ア レ ス 論 に 耳 を 傾 け て み る 必 要 が あ ろ う。 以 下、 ﹃ 存 在 と 時 間 ﹄ が 出 版 さ れ た年︵一九二七年︶を間に挟んで相前後して行われた二つの講義内容に着目してハイデガーのスアレス像を解明してみ ることにしたい。

二、二つの講義から見るスアレスの哲学的意味

ハ イ デ ガ ー に と っ て ス ア レ ス は ど の よ う な 意 味 合 い を 持 っ た 哲 学 者 だ っ た の で あ ろ う か。 こ の 問 題 を 解 明 す る 上 で 興 味 深 い 講 義 を 彼 は マ ー ル ブ ル ク 大 学 で 二 度 行 っ て い る。 一 つ 目 は、 一 九 二 六 / 二 七 年 冬 学 期 講 義﹁ ト マ ス・ ア ク ィ ナ ス か ら カ ン ト ま で の 哲 学 の 歴 史 ﹂︵ Geschichte der Philosopie von Thomas von Aquin bis Kan t︶︹ ₁₄ 以 下、 本 書 か ら 引 用 す る 場 合 は Bd., 23 と 略 す ︺ で、 も う 一 つ は 一 九 二 七 年 夏 学 期 講 義﹁ 現 象 学 の 根 本 問 題 ﹂︵ Die Gr undpr obleme der Phänomenologie ₁₅ ︶︹ 以 下、 本 書 か ら 引 用 す る 場 合 は Bd., 24 と 略 す ︺ で あ る。 前 者 は 現 在 ハ イ デ ガ ー 全 集 二 三 巻、 後 者 は同全集二四巻にそれぞれ収められている。両講義が﹃存在と時間﹄の出版を間に挟んで相次いで行われたことはとて も興味深いが、ここではその問題には立ち入らず、直接スアレスの問題に向かうことにしたい。 まず最初の講義内容からはじめることにしよう。

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a、一九二六/二七年の冬学期講義「トマス・アクィナスからカントまでの哲学の歴史」の中のスアレス論 この講義の内容は、その題名の通り、中世のトマス・アクィナスから近代のカント哲学に至るまでの西欧的哲学︵= 存在論︶の歴史を辿り直すことにあるが、敢えてハイデガーは哲学史の通説を書き換え、近代哲学の始まりをデカルト ではなく中世のトマスに設定し、その始原をさらにアリストテレスの﹁形而上学﹂にまで遡らせようと試みる。このよ うな展開は、スアレスの存在論を追ってきたわたしたちにとって当然予想できる内容であり、その展開には大いに期待 し た い と こ ろ で あ る。 ハ イ デ ガ ー は 次 の よ う に 述 べ る。 ﹁ 近 代 哲 学 一 般 の 問 題 設 定 は た だ 中 世 に 基 づ い て の み 理 解 さ れ う る、 し か も、 存 在 に 関 す る 中 世 の 一 般 的 教 説︵ 存 在、 言 葉、 存 在 論 ︶ か ら の み 理 解 さ れ う る。 デ カ ル ト に よ っ て 引 き受けられ、ヘーゲルの論理学の中にまで影響を与えているその一般的教説の基礎の中で︹のみ理解されうるのだ︺ 。﹂ ︵ Bd. 23 , S. 2 ︶、と。 こ の よ う に、 近 代 哲 学 の 問 題 設 定 を 中 世 に ま で 遡 ら せ る 試 み は、 周 知 の よ う に、 す で に 一 九 一 九 年 に ホ イ ジ ン ガ の ﹃ 中 世 の 秋 ﹄ が あ り、 こ れ に よ っ て ブ ル ッ ク ハ ル ト 的 な﹁ 暗 黒 の 世 界 ﹂ と し て の 中 世 観 は 払 拭 さ れ て お り、 そ れ 自 体 と しては殊更目新しいものではなく、むしろ時代の潮流に迎合したともとれなくはないが、しかし中世の源流をアリスト テレスの﹁形而上学﹂の中に求め、中世と近代の哲学の中に古代存在論の色濃い臭いを嗅ぎつけた辺りはいかにもハイ デガーらしい点であり、彼の嗅覚の鋭さだと思えてならない。彼の嗅覚の鋭さ、彼の直感力の鋭さを生々しく語る言葉 が彼の自問とも独白とも取れる次の言葉である。 ﹁なぜトマス︹なのだろうか︺ 。彼︹トマス︺の中で一般的形而上学が確定するからである。 ︹彼の中で形而上学が確

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定 す る と は い っ て も、 ︺ 彼 独 自 の 積 極 的 な 研 究 に よ っ て と い う こ と で は な く て、 も ち ろ ん 古 代 哲 学 を、 し か も ア リ ス ト テレスの古代哲学を完全な形態で広汎に確実に理解することによって、ということである。 ﹂︵ Bd. 23 , S. 2 ︶ つ ま り、 先 に 述 べ た︿ ア リ ス ト テ レ ス − 中 世 − ヘ ー ゲ ル ﹀ と い う 例 の 存 在 論 史 の 定 式 が こ こ に ま た 登 場 し、 再 確 認 さ れ る わ け で あ る。 先 程、 た だ 手 が 滑 っ た だ け の こ と で あ ろ う か、 そ れ と も︿ 揺 れ ﹀ な だ ろ う か と 書 い た が、 ハ イ デ ガ ー は こ の 講 義 の 冒 頭 で こ の 定 式 を 再 度 確 認 し て い る の で あ る。 も ち ろ ん、 こ の 確 認 は ︱︱﹃ 存 在 と 時 間 ﹄ で も た だ 一度しか触れていないことからも察せられるように︱︱彼の単なる直感であるに過ぎない。しかし、直感であるからこ そ彼にとっては疑うことのできない﹁確信﹂であり、まさしく追求してみたい課題でもある。だからこそ、彼は、先に 引 い た、 ﹁ デ カ ル ト に よ っ て 引 き 受 け ら れ、 ヘ ー ゲ ル の 論 理 学 の 中 に ま で 影 響 を 与 え て い る そ の 一 般 的 教 説 の 基 礎 の 中 で ﹂ と い う 言 葉 の 後 に、 ﹁︹ こ れ は ︺ 確 信︹ で あ る と ︺ ︱︱ 同 時 に 一 つ の 課 題︹ で あ る ︺﹂ ︵ Bd. 23 , S. 2 ︶ と 続 け る の で あ る。先の存在論の歴史は、手が滑ったのでも、 ︿揺れ﹀でも、まして不用意な発言でもなく、むしろ彼の﹁信念・確信﹂ ︵ Über zeugung ︶ で あ る と 同 時 に、 み ず か ら 辿 り 直 し、 証 明 す べ き ま さ し く 自 分 に と っ て の﹁ 課 題 ﹂︵ Aufgabe ︶ で も あ るのである。 で は、 ス ア レ ス は ど う か。 当 然、 こ の 講 義 の 中 で 主 題 と な る べ き 課 題 で あ る︵ は ず で あ る ︶。 私 た ち は そ の よ う に 期 待 し た い が、 驚 い た こ と に︵ い や、 不 思 議 な こ と に、 と い う べ き だ ろ う ︶、 講 義 は ト マ ス、 ス ピ ノ ザ、 ラ イ プ ニ ッ ツ と 進むが、スワレスはほとんど言及されない。なぜなのだろうか。まことにこれは不思議でならない。 とはいえ、少ないながら、スアレスに関する言及を拾い集めると次のようになる。

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﹁こうした哲学的問題設定の区分は古代において素描されていた。トマスでもまだはっきりとは形式として確定され ていなかった。ようやくその後。スアレス︹によって確定された︺ 1頁。 ﹂︵ ︵ Bd. 23 , S. 4 ︹︺内は訳者︶ ﹁こうした哲学的問題設定の区分﹂とは、存在を存在者一般の存在と特定の存在領域の存在、つまり存在と存在者と に 区 分 し、 後 者 の 存 在 者 の 存 在 を さ ら に 自 然、 人 間、 神 と い っ た 三 つ の 存 在 領 域 に 分 け る 考 え 方 を い う。 説 明 す る ま でもないと思うが、この区分から後に、存在論を一般形而上学︵ metaphysica generalis ︶と特殊形而上学︵ metaphysica specialis ︶ の 二 つ に 大 別 し、 後 者 の 特 殊 形 而 上 学 を さ ら に 合 理 的 宇 宙 論︵ cosmologia rationalis ︶ と 合 理 的 心 理 学 ︵ psychologia rationalis ︶ と 合 理 的 神 学︵ theologia rationalis ︶ の 三 つ に 分 け る と い う 伝 統 的 な 存 在 論 の 体 系 が 作 ら れ、 カントもヘーゲルも、おそらく今日の哲学も、この体系を︱︱無批判に︱︱前提し、これを踏襲することになるのであ るが、その存在論的体系の原点は何とスアレスの﹁形而上学討論集﹂にあった、というのである。つまり、古代の存在 論の中でぼんやりと素描されていた、存在と存在者の存在論的区別はスアレスによって明確に体系化され、その後の哲 学の基盤もこれを基礎にして構築されているというのである。とすれば、スアレスは、アリストテレスによって素描さ れていた存在論を体系化しただけでなく、同時に、カントやヘーゲルの近代哲学の決定的な基礎を作り上げた、という ことになろう。とすれば、スアレスはとんでもない功績を残した偉大な哲学者だったということになる。 付録3の断片の中でも、これも同じ趣旨のことが繰り返される。 ﹁存在についての学問の区分はトマスによって開かれ、将来的に保持される自由な体系性はスアレスによって︹開か

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れた︺ ﹂︵ ︵ Bd. 23 , S. 209 ︹︺内は訳者︶ 。 アリストテレスが﹁形而上学﹂の中で素描した存在論はトマスに引き受けられ、そしてスアレスによって﹁将来的に 保持される自由な体系性﹂を獲得した。とすれば、存在論の構築を目指すハイデガーにとって、なぜスアレスは形而上 学を体系化せざるをえなかったのかという問いは避けて通れない重要な課題となろう。いったいなぜスアレスはアリス トテレスの存在論を再構築し体系化しなければならなかったのであろうか。 ﹁﹁ ︹形而上学︺討論集﹂の初めで彼︹=スアレス︺はアリストテレスの形而上学の脈絡のなさ 0 0 0 0 0 を見て知り、その内実 を完結した体系性にもたらそう 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 としている。スアレスによって、トマスに関して特徴付けられる形而上学の区分が確定 す る。 形 而 上 学 書 籍 の﹁ 思 考 の 歩 み ﹂ か ら の 解 放。 自 立 的 な 構 築!︵ selbständiger Aufbau ! ︹ ち な み に、 ﹁!﹂ は ハ イ デガー自身︺ ︶﹂ ︵ Bd. 23 , S. 4-5 スアレスはアリストテレスの﹁形而上学﹂という書物が一冊の書籍として統一的な﹁脈絡がない﹂ことに気づき、こ れを何とか﹁完結した体系性にもたらそう﹂とした。彼が完結した体系性にもたらしたおかげで、アリストテレスの存 在 論 か ら の﹁ 解 放 ﹂︵ Loslösung ︶ が 生 ま れ、 そ の 結 果、 自 立 し て 存 在 論 を 構 築 す る 試 み が 可 能 と な っ た︵!︶ と ハ イ デ ガ ー は 述 べ る の で あ る。 最 後 の 一 節、 ﹁ 自 立 的 な 構 築!﹂ ︵ selbständiger Aufbau! ︶ の﹁!﹂ は ハ イ デ ガ ー 自 身 が 書 い て いる。この印は重要ではないだろうか。ハイデガーはおそらく、自分はスアレスの試みを正統に、つまりは自立的に、

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継承したい!と述べているのである。もちろん、この一文だけでは断定しがたいところがあるが、本稿のように辿って くると、どうしてもそのように結論したくなってくる。すなわち、ハイデガーはスアレスの正統な継承者だ、と。そこ まで断定せずとも、スアレスがハイデガーの存在論にとって重要な意味を持つということだけは十分に分かっていただ けることと思う。 と は い え、 こ う し た ス ア レ ス 評 価 は 必 ず し も ハ イ デ ガ ー 独 自 な の も の で も な い ら し い。 ﹁ 形 而 上 学 討 論 集 ﹂ を 翻 訳 し た小川量子は﹁解説﹂の中で次のように述べていることからすれば、こうした評価はむしろごく一般的な見方でもあっ たようである。 ﹁ ア リ ス ト テ レ ス の﹃ 形 而 上 学 ﹄⋮ が、 テ ー マ の 反 復 と 未 解 決 な 問 題 を 含 ん で い る こ と を 不 満 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 と し て、 そ の テ キ ス ト に即して註解するという従来の一般的方法を採らず、形而上学における体系的秩序を重んじながら 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 、自ら必要な問題を 精選し、古今の代表的な哲学者や同時代に至るまでのさまざまな神学者の論点を整理しよう 0 0 0 0 0 0 0 0 としている。このような点 においてこの著作は、それまでにない革新的な著作として単に諸外国のカトリック神学者のみならず、近代プロテスタ ントの諸学者にまで影響を与えることになる ₁₆ 。﹂ 学生時代神学を学んだハイデガーにとって、こうしたスアレスの評価は当然の熟知事項であったに違いない。とすれ ば、 現 代 に 存 在 論 を 構 築 し よ う と す る ハ イ デ ガ ー に と っ て 残 さ れ た 課 題 は、 右 の 最 後 の 一 文 に、 ﹁ ヘ ー ゲ ル の 論 理 学 に 至るまでの近代哲学にまで﹂という文言を自分の課題として付け加えることと、アリストテレスの存在論から真に﹁解

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放 ﹂ さ れ て 存 在 論 を﹁ 自 立 的 に 構 築 ﹂ す る と い う 課 題 以 外 に な か っ た に 違 い な い。 前 者 の 課 題 に つ い て ハ イ デ ガ ー は ﹃ 現 象 学 の 根 本 問 題 ﹄ の 中 で、 神 学 的 な 問 題 に 関 す る﹁ こ う し た 問 い に 私 た ち は こ こ で 直 接 関 心 が あ る の で は な く て、 遡って古代哲学の理解のために、下っては、カントが﹃純粋理性批判﹄の中で、そしてヘーゲルが彼の﹃論理学﹄の中 で立てている問題のためである﹂ ︵ Bd. 24 , S 113 ︶と述べ、古代哲学とカントやヘーゲルの近代哲学を結びつける接合点 と し て ス ア レ ス の﹁ 形 而 上 学 討 論 集 ﹂ に 注 目 し て い る。 後 者 の 課 題 に つ い て は、 彼 の﹃ 存 在 と 時 間 ﹄、 及 び そ の 後 の 彼 の一連の存在の問いの試みが鮮かに物語ってくれると言えよう。 スアレスの哲学に対するハイデガーの評価も引いておこう。 ﹁スアレスは⋮カトリック内部の神学のより一層の発展に大きな影響をもっただけでなく、彼の修道会の同僚フォン セカとともに、十六/十七世紀のプロテスタント的スコラ哲学の教育にも強い影響を与えている。二人の徹底性と哲学 的 水 準︵ Gr ündlichkeit und philosophisches Niveau ︶ は、 た と え ば メ ラ ン ヒ ト ン が 彼 の ア リ ス ト テ レ ス の 注 釈 の 中 で 到 達したものよりも遙かに高い︵ weitaus höher ︶ところにある。 ﹂︵ Bd. 24 , 112 ︶ 何 度 も 言 う が、 ﹃ 存 在 と 時 間 ﹄ の 中 の ス ア レ ス へ の 言 及 は 少 な い。 少 な い ど こ ろ か、 一 カ 所、 そ れ も、 目 立 た な い 文 章の中でさらりと触れられているに過ぎない。しかし、その﹁形而上学討論集を経由して﹂というさりげない言い回し の中には、スアレスがアリストテレスの︵脈絡のない︶存在論を﹁完結した体系性﹂にもたらしたのみならず、ハイデ ガー自身の新しい存在論への試みさえも切り開いたのだという思い︱︱これは彼の﹁確信﹂であり同時に﹁課題﹂でも

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あるのだが︱︱が隠されていたのである。やはり、あの文章は意味深長な言い回しであったと言うほかないだろう。 は た せ る か な、 ﹃ 存 在 と 時 間 ﹄ 第 一 部 が 出 版 さ れ た 年 に 行 わ れ た マ ー ル ブ ル ク 大 学 夏 学 期 講 義﹃ 現 象 学 の 問 題 ﹄ で は ス ア レ ス が 積 極 的 に 評 価 さ れ る。 す な わ ち、 ﹁ ス ア レ ス こ そ、 近 代 的 な 哲 学 に も っ と も 強 く 影 響 を 与 え た 思 索 者 ︵ Denker ︶ で あ る ﹂ と 評 価 す る だ け で な く、 存 在 と 存 在 者 の 区 別︵ い わ ゆ る 存 在 論 的 区 別 ︶ も ス ア レ ス が 最 初 に 述 べ た と彼は述べるのである。夏学期講義﹁現象学の根本問題﹂のスアレス論を見ることにしよう。 b、講義「現象学の根本問題」の中のスアレス論 この講義の中で、ハイデガーがスアレスを詳細に取り扱うのは、長いタイトルが付けられた第二章の冒頭の節﹁第十 節、 こ の テ ー ゼ の 内 実 と そ の テ ー ゼ の 伝 統 的 な 議 論 ﹂ の﹁ a、 本 質︵ essentia ︶ と 実 存 在︵ existentia ︶ を 区 別 す る た め の伝統的な問題連関の予描﹂である。 ア、近代哲学にもっとも影響を与えた思索者スアレス ス ア レ ス は 後 期 ス コ ラ 哲 学 の 人 で あ る と 説 明 を は じ め た 直 後、 ハ イ デ ガ ー は い き な り、 ﹁ ス ア レ ス こ そ、 近 代 的 な 哲 学 に も っ と も 強 く 影 響 を 与 え た 思 索 者︵ Denker ︶ で あ る ﹂ と 述 べ、 ﹁ デ カ ル ト は 直 接 彼 に 依 存 し て お り、 ほ ぼ 隅 々 ま で 彼 の 専 門 用 語 を 使 用 し て い る ﹂︵ Bd. 241 , 112 ︶ と 続 け る。 ス ア レ ス は こ の 講 義 の 中 で 突 然、 ﹁ 近 代 的 な 哲 学 に も っ と も 強 く 影 響 を 与 え た 思 索 者︵ Denker ︶﹂ と 位 置 づ け ら れ る の で あ る︵ こ の 前 の 学 期 の 講 義 で は、 近 代 哲 学 の 始 ま り は ト マ スである、と主張されていた︶ 。

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続けてハイデガーはスアレスの功績を次のように簡潔に纏める。 ﹁中世哲学を、とりわけ存在論を初めて体系化したのはスアレスである。彼以前、中世は、トマスもドゥンス・スコ トゥスも古代をただ、逐語的にテクストを取り扱う注釈の中で取り扱うだけに過ぎなかった。アリストテレスの﹁形而 上学﹂という古代の基本書は脈絡のある作品ではないし、体系的な構成も持っていない。スアレスはこのことを見て取 り、 こ の 欠 陥︵ Mangel ︶ ︱︱ 彼 は こ の こ と を そ の よ う に み な し た の だ が ︱︱ を、 彼 が 初 め て 存 在 論 的 問 題 を 一 つ の 体 系的形式にもたらすことによって除去できるようにしようと試みた。この体系的形式によって、形而上学のひとつの区 分は以降ヘーゲルに至るまでの数百年間規定された。 ﹂︵ Bd. 241 , 112 ︶ ﹃存在時間﹄の中でさらりと簡単に触れられた文章の内容が、そして一九二六/二七年の冬学期講義の中で断片的に 触れられた事柄がここではっきりと、そして簡潔に、纏められる。アリストテレスの存在論はスアレスの﹁形而上学討 論集﹂の中で体系化され、以降の、ヘーゲルに至るまでの近代哲学はこの体系によって規定されたのである、と。その 意味でスアレスの﹁形而上学討論集﹂はまさしくフルマラソンの中間地点に位置するのであり、存在論の歴史において 極めて重要な位置にあるのである。 そのスアレスの形而上学の区分は、先に述べたように、形而上学が一般形而上学と特殊形而上学の二つに大きく区分 され、後者の特殊形而上学がさらに合理的宇宙論と合理的心理学と合理的神学の三つに細分化されるという︿伝統的な 形而上学﹀の区分法である。

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た し か に、 カ ン ト の﹃ 純 粋 理 性 批 判 ﹄ は こ の 区 分 に 従 っ て 区 分 け さ れ て い る。 具 体 的 に 言 え ば、 ﹃ 純 粋 理 性 批 判 ﹄ 全 体は大きく﹁超越論的論理学﹂と﹁超越論的弁証論﹂の二つに区分けされ、スアレスの区分のいう、一般形而上学と特 殊 形 而 上 学 の 区 分 に 対 応 し て い る だ け で な く、 ﹁ 超 越 論 的 弁 証 論 ﹂ は 合 理 的 宇 宙 論 と 合 理 的 心 理 学 と 合 理 的 神 学 に 対 応 している。ヘーゲルの弁証法的な学問体系がこの区分に対応していることは説明するまでもないであろう。まさしく、 スアレスの存在の区分は、 ﹁すべての後に出てくる哲学にたいする前提を形作るのである﹂ ︵ Bd. 24 , S. 117 ︶。 右 の 引 用 文 の 中 で、 ﹁ 思 索 者︵ Denker ︶﹂ と い う、 後 々 ハ イ デ ガ ー に と っ て 特 別 に 重 要 な 意 味 が 込 め ら れ る 表 現 が 飛 び出してくることは興味深い。もしかしたらこれがこの表現の最初の例ではないかと考えたくなるが、しかしこのこと を 断 定 す る に は 余 り に も 用 例 が 少 な す ぎ る の で、 敢 え て こ こ で は こ れ 以 上 踏 み 込 む こ と は し な い で お く。 し か し、 ﹁ 思 索者﹂という表現に特別に積極的な意味合いが込められていることは間違いない。その意味で、この出典は興味深い。 な お 本 節 の 最 後 に、 ス ア レ ス と、 近 代 哲 学 の﹁ 父 ﹂ ル ネ・ デ カ ル ト と の 関 係 を 知 る 上 で、 ﹃ 中 世 の 哲 学 者 た ち ﹄ に 収 められた田口啓子の論文﹁フランシスコ・スアレスの存在概念﹂の次の言葉を紹介しておくことにする。 ﹁スアレスはまがいもなく近代哲学の父 0 0 0 0 0 0 ︵或いは祖父?︶である。押しも押されもせぬ近代哲学の父、デカルトは、 周知の通り、イエズス会経営のラ・フレーシュの学校でスアレスの哲学を学んだ。たとえ彼が何を言おうとも、スコラ 哲学の基礎知識なしに﹃メディタティオーネス﹄を読んで理解できるものではないし、さらに、スアレスの存在論を前 提しなければ、その機微に立ち入ることはできない。デカルトの哲学はスアレスの存在論および認識論︵人間論を含め て︶を先達とし、または踏み台として構築されている ₁₇ 。﹂

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イ、スアレスの『形而上学討論集』――存在( esse )と存在者( ens )という「根本的な区別」 それにしてもスアレスの﹃形而上学討論集﹄とはいったいどのような著作なのであろうか。興味深いので、その狙い と概略を簡単に見ておくことにしよう。 スアレスは﹁形而上学討論集﹂の執筆の動機を、著作の冒頭の﹁読者へ﹂の中で次のように説明している。 ﹁私はかねてから、ものごとを把握し洞察するためには、ふさわしい方法によって探求し判断することが重要である と判断していたが、もし注釈者のやり方で哲学者︹アリストテレス︺のテキストに、ついでに偶然的であるように出て く る す べ て の 問 題 を 考 察 す る な ら ば、 そ の こ と を ほ と ん ど 考 慮 す る こ と が で き な い の で、 学 説 の 内 容 的 な 順 序 に 即 し 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 て 0 、この知恵の全対象に関して探求され、求められうるすべてのことを考察し、読者の眼前に維持する 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 ほうがより適切 で有益であるとみなしたのである。 ﹂そして、著書の全体を見渡して、 ﹁初めの巻では、同じ対象の最も十全で普遍的な 概念、すなわち存在と呼ばれる概念とその固有性ならびに原因が精密に考察される。 ⋮⋮後の巻では、同じ対象︹存在︺ の下位の概念を探求した ₁₈ 。﹂と説明している︹ ︹︺内は小川︺ 。 以下、詳しく説明すると、次のようになる。 スアレスの﹃形而上学討論集﹄は全二巻、五十四の討論からなる。 ま ず、 第 一 巻 に 収 め ら れ た 第 一 部︵ 第 一 討 論 か ら 第 二 七 討 論 ︶ は、 ﹁ 存 在 一 般 と 諸 特 性 ﹂︵ communis conceptus entis ejusque pr oprietatibus ︶ に つ い て 論 じ る。 つ ま り 第 一 部 で は、 存 在 一 般 と そ の 特 性 が 論 じ ら れ る の で あ る。 そ の 第 一 討 論 で、 形 而 上 学 と い う 学 問 の あ り 方 が 論 じ ら れ、 形 而 上 学 と は、 ﹁ 実 在 的 に 存 在 す る 限 り で の 存 在 ﹂︵ ens in quantum ens reale esse: ︶、 つ ま り 存 在 一 般 を 対 象 と す る 学 問 で あ る と 規 定 さ れ、 第 二 討 論 で、 こ の よ う な 存 在 の 概 念 に つ い て 問

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い、 第 三 討 論 か ら 第 十 一 討 論 で﹁ 一 性、 真、 善 ﹂、 そ し て 第 十 二 討 論 か ら 第 二 十 七 討 論 ま で﹁ 原 因 ﹂ に つ い て 論 じ る。 つまり第一部では、伝統的な形而上学の区分で言えば、一般形而上学、ハイデガーの存在論でいえば、存在一般が取り 扱われるのである。 続 く 第 二 巻 の 第 二 部︵ 第 二 八 討 論 か ら 第 五 三 討 論 ︶ は、 ﹁ 特 定 の 存 在 者 の 存 在 ﹂ に つ い て 論 じ る。 つ ま り、 存 在 者 一 般 が 論 じ ら れ る の で あ る。 具 体 的 に 説 明 す れ ば、 第 二 十 八 討 論 で、 す べ て の 存 在 者 の 間 に は﹁ 無 限 な る 存 在 者 ﹂︵ ens infinitum ︶ つ ま り﹁ 神 ﹂︵ deus ︶ と、 ﹁ 有 限 な る 存 在 者 ﹂︵ ens finitum ︶ つ ま り﹁ 被 造 物 ﹂︵ cr eatura ︶ と い う 根 本 的 な 区 別があることが確定される。ハイデガーは言う、 ﹁存在者の第一の区分︵ prima divisio entis ︶は、無限なる存在者︵ ens infinitum ︶ と 有 限 な る 存 在 者︵ ens finitum ︶ と の 間 の 区 別 で あ る ﹂︵ Bd. 24 , S. 114 ︶、 と。 第 三 一 討 論 で、 ア リ ス ト テ レ ス の 範 疇 に 即 し て﹁ 有 限 な る 存 在 の あ り 方 ﹂︵ 884 ︶ が 論 じ ら れ、 最 終 的 に ス ア レ ス は﹁ 無 限 な る 存 在 者 ﹂ と﹁ 有 限 な る存在者﹂という根本的な区別を﹁最も基礎的な区別﹂ ︵ Bd. 24 , S. 115 ︶として確定する。第二部では、特殊形而上学、 つまり存在者一般の存在が取り扱われるのである。 そ し て 最 後 の 第 五 四 討 論 で、 ﹁ 本 来 形 而 上 学 の 考 察 対 象 で は な い は ず の 非 実 在 的 な 思 考 上 の 存 在 ﹂ で あ る﹁ 概 念 上 の 存在者﹂ ︵ ens rationis ︶が論じられる ₁₉ 。 このように、スアレスの著作﹃形而上学討論集﹄の概要を辿るだけでも、スアレスの功績が鮮やかに見えてくる。 簡単に説明すると、次のようになろう。 スアレスは、著作を第一部と第二部の二巻に分けることによって、存在と存在者の区別を明確に打ち出すのである。

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ハ イ デ ガ ー は 存 在 と 存 在 者 と の﹁ 存 在 論 的 区 別 ﹂︵ ontologische Dif fer enz ︶ を 主 張 し て 譲 ら な い が、 そ の 主 張 の 歴 史 的 根拠は︱︱その根源はアリストテレスの﹁形而上学﹂にあるとはいえ︱︱スアレスの﹁形而上学討論集﹂にあったとい うことになろう。 次 に、 ス ア レ ス が、 第 五 四 討 論 で、 ﹁ 本 来 形 而 上 学 の 考 察 対 象 で は な い は ず の 非 実 在 的 な 思 考 上 の 存 在 ﹂ で あ る﹁ 概 念上の存在者﹂ ︵ ens rationis ︶︱︱抽象的な存在概念︱︱に触れていることも忘れてはならない。 ﹁スアレスは、遠慮が ち だ っ た に せ よ、 概 念 上 の 存 在 者 も ま た 形 而 上 学 の 対 象 で あ る と い う こ と を 示 そ う と し た 最 初 の 人 で あ る。 ﹂︵ Bd. 24 , S. 114 ︶ ハ イ デ ガ ー は、 現 存 在 の 存 在 を 忘 却 し た 存 在 と し て﹁ 眼 前 存 在 性 ﹂︵ Vor handenheit ︶ と い う 概 念 を﹃ 存 在 と 時 間﹄の中で持ち出すが、これも歴史的にはスアレスに由来するといえよう。 さらに、右の概要だけでは見えてこないが、スアレスは、存在を何らかの方法で記述することが可能であるというこ ともハイデガーに示唆している。ヘーゲルを論じる箇所で彼は次のように述べている。このことは指摘されることが少 ないだけに、殊更重要であると思えてならない。 ﹁私は存在者のあらゆる規程においてすでに存在を前提している。存在は類ではない。存在は定義されることができ な い の で あ る。 し か し ス ア レ ス は、 何 ラ カ ノ 記 述 ニ ヨ ッ テ 明 瞭 に す る こ と 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 ︵ declrar e per desciptionem aliquam ︶、 つ ま 0 0 り存在を何らかの記述によって解明することだけは可能である、 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 と述べている。 ﹂︵ Bd. 24 , S. 118 ︶ し か し 同 時 に ハ イ デ ガ ー は、 ス ア レ ス が ア リ ス ト テ レ ス の﹁ 形 而 上 学 ﹂ の 中 に﹁ 欠 陥 ﹂ を 見 抜 い た よ う に、 ス ア レ

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ス の﹁ 形 而 上 学 討 論 集 ﹂ の 中 に 致 命 的 な﹁ 欠 陥 ﹂ が あ る こ と も 見 抜 く。 す な わ ち 彼 は 言 う、 ﹁ 形 而 上 学︹ 討 論 集 ︺ の 第 一 部 は 存 在 一 般 を 取 り 扱 う が、 そ の 際、 ど の よ う な 存 在 者 が そ こ で 共 に 思 索 さ れ て い る の か は 無 関 心 な の で あ る ﹂ ︵ Bd. 24 , S. 114 ︶、 と。 ス ア レ ス は 第 一 部 で、 存 在 一 般 を 取 り 扱 う が、 し か し そ の 際、 そ の 存 在 一 般 を 理 解 し て い る 人 間 的現存在の存在をすっかり飛び越し、忘れ去ってしまっていると、彼は指摘するのである。ここに現存在の存在の基礎 的分析論という課題の必要性が持ち上がってくる、ということになる。

おわりに――スアレスとハイデガーの存在の問い

フ ラ ン シ ス コ・ ス ア レ ス の 数 あ る 功 績 の 中、 特 に 彼 の 哲 学 的 功 績 0 0 0 0 0 、 と り わ け 存 在 論 に 関 す る 彼 の 功 績 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 に 光 を 当 て た い、というのが本論の狙いであった。その功績を知るためにわたしたちはジルソンやハイデガーの記述を手掛かりに論 を進めてきた。 ジルソンによれば、スアレスは古代の存在論を否定しながらも、キリスト教の教説にしがみついており、その意味で は他の中世の哲学者たちと少しも変わらないというのであった。これに対して、ハイデガーはスアレスの著書﹁形而上 学討論集﹂を西欧的存在論の歴史の只中に位置づけ、これを﹁経由して﹂と形容するだけでなく、この書物こそ、アリ ストテレスの﹁形而上学﹂を﹁完結した体系﹂にもたらし、この形而上学区分によってカントやヘーゲルに至る近代哲 学 の 前 提 が 切 り 開 か れ た の だ と ス ア レ ス の 哲 学 的 功 績 を 高 く 評 価 す る。 そ の 意 味 で、 ま さ し く、 ﹁ ス ア レ ス こ そ、 近 代 的な哲学にもっとも強く影響を与えた思索者︵ Denker ︶なのである﹂ ︵ Bd. 241 ,112 ︶

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しかし、スアレスの哲学的功績はこうした存在論の歴史の中だけに留まるわけではない。ハイデガーの存在論︵=哲 学︶の中にも様々な形で生きている。枚挙すれば、次のようになる。 ス ア レ ス の 著 書 ﹁ 形 而 上 学 討 論 集 ﹂ の 区 分 、 す な わ ち 、﹁ 存 在 ﹂ と ﹁ 存 在 者 ﹂ の 区 分 は ︱ ︱ も ち ろ ん 、 そ の 根 源 は ア リ ス ト テ レ ス の ﹁ 形 而 上 学 ﹂ に 遡 る の で あ る が ︱ ︱ そ の ま ま ハ イ デ ガ ー の ﹁ 存 在 論 的 区 別 ﹂ と い う 考 え 方 の 歴 史 的 根 拠 と な っ た こ と は 間 違 い な い 。 さ ら に 、 ス ア レ ス が 第 五 四 討 論 の 中 で ﹁ 概 念 上 の 存 在 者 ﹂︵ ens rationis ︶ ︱ ︱ 抽 象 的 な 存 在 概 念 ︱ ︱ を 持 ち 出 し て い る こ と も 忘 れ て は な ら な い。 ハ イ デ ガ ー の﹁ 眼 前 存 在 性 ﹂︵ Vor handenheit ︶ の 歴 史 的 根 拠 は、 ス ア レ ス の こ の 記 述 に あ る と も い え よ う︵ も ち ろ ん、 そ の よ う に 断 定 す る に は 出 典 が 余 り に も 乏 し い が ︶。 そ し て、 ス ア レスの、 ﹁何ラカノ記述ニヨッテ明瞭ニスルコト︵ declrar e

per desciptionem aliquam

︶﹂ ︵ Bd. 24 , S. 118 ︶という文言も忘 れてはならないだろう。存在は、何らかの方法で記述することが可能なのである。これはもちろんハイデガーの存在論 の 確 信 と な る。 し か し 同 時 に、 ス ア レ ス に も、 ア リ ス ト テ レ ス ト と は 違 っ た 意 味 で、 ﹁ 欠 陥 ﹂ が 認 め ら れ る と い う 指 摘 も大切である。その欠陥とは、スアレスが、存在一般を論じながらも、その存在一般を理解している当の人間的現存在 の 存 在 を 忘 却 し、 そ の こ と に ま っ た く 気 付 い て い な い と い う こ と で あ る と す れ ば、 存 在 一 般 を 理 解 し て い る 現 存 在 の 存在から出発すれば、新しい存在論が着手され、そして新しい存在論の歴史が始まるのではないだろうか。私は、ハイ デ ガ ー が 講 義 中 に 漏 ら し た、 ﹁ 自 立 的 な 構 築!﹂ ︵ selbständiger Aufbau! ︶ と い う 言 葉 に そ う し た 彼 の 新 し い 存 在 論 へ の 意欲のようなものを読み取りたい。

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注釈 ︵ 1︶   世 界 大 百 科 事 典 第 十 六 巻﹁ ス ア レ ス ﹂︵ 平 凡 社、 一 九 七 二 年、 三 二 三 頁 ︶、 同 事 典 第 八 巻﹁ グ ロ テ ィ ウ ス ﹂︵ 同、 五 五 三 頁 ︶ の 項 目 を 参 照。 ︵ 2︶   ホ セ・ ヨ ン パ ル ト・ 桑 原 武 夫﹃ 基 礎 法 学 叢 書 6、 人 民 主 権 思 想 の 原 点 と そ の 展 開 ︱︱ ス ア レ ス の 契 約 論 を 中 心 と し て ﹄ 一 九 八 五 年、 成 文 堂、 伊 藤 不 二 男﹃ ス ア レ ス の 国 際 法 理 論 ﹄ 有 斐 閣、 一 九 五 七 年、 さ ら に 哲 学 者 と し て の ス ア レ ス に 関 す る 論 文・ 翻 訳 と し て 今 道 友 信・ 中 山 浩 二 郎・ 箕 輪 秀 二・ 有 働 勤 吉 篇﹃ 中 世 の 哲 学 者 た ち ︱︱ 中 世 存 在 論 の 系 譜 ︱︱﹄ 一 九 八 〇 年 思 索 社 と 上 智 大 学 中 世 思 想 研 究 所﹃ 中 世 思想原典集成 20近世のスコラ学﹄二〇〇〇年、二〇〇五年初版第二刷。 ︵3︶   E・ジルソンの﹃中世哲学の精神上﹄ ︵服部英次郎訳、筑摩叢書、一九七四、 一九七九第三刷、一一四頁。 ︵4︶   同書、一一三頁。 ︵5︶   同書、一一二頁。 ︵6︶   同書、一一二︲三頁。 ︵7︶   Mar tin Heidegger

, Sein und Zeit,

1927 , 1967 , S. 22 . ︵8︶   ibd. S. 39 . ︵ 9︶   拙 論﹁ 幻 の 書 評 か ら﹃ 存 在 と 時 間 ﹄ の 成 立 へ ﹂ 秋 富 克 哉・ 関 口 浩・ 的 場 哲 朗﹃ ハ イ デ ガ ー﹃ 存 在 と 時 間 ﹄ の 現 在 ﹄︵ 南 窓 社、 二 ○ ○ 七 年︶所収を参照のこと。 ︵ 10︶   新村出編﹃広辞苑﹄岩波書店、第二版補訂版、一九七七年。 ︵ 11︶   西尾実・岩淵悦太郎・水谷静夫﹃岩波国語辞典第二版﹄岩波書店、一九七三年。 ︵ 12︶   原佑・渡辺二郎﹃存在時間Ⅰ﹄中公クラシックス W 28、中央公論社、二○○三年、五八頁。 ︵ 13︶   Mar tin Heidegger ,

Being and time

T

ranslated by John Macquar

rie and Edwar

d Robinson, oxfor d, Basil Blackwell, 1973 , P. 43 . ︵ 14︶   Mar tin Heidegger , Band 23

, Geschichte der Philosopie von Thomas von Aquin bis Kant, V

ittorio Kloster mann, 2006 . ︵ 15︶   Mar tin Heidegger , Band 24 , Die Gr undpr

obleme der Phanomenologie, V

ittorio Kloster mann, 1975 . ︵ 16︶   上智大学中世思想研究所﹃中世思想原典集成 20近世のスコラ学﹄二〇〇〇年、二〇〇五年初版第二刷、八八二︲三頁。 ︵ 17︶   田 口 啓 子﹁ フ ラ ン シ ス コ・ ス ア レ ス の 存 在 概 念 ﹂ 今 道 友 信・ 中 山 浩 二 郎・ 箕 輪 秀 二・ 有 働 勤 吉 篇﹃ 中 世 の 哲 学 者 た ち ﹄ 所 収、 思 索 社、 一九八〇年、二六八︲九頁。

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︵ 18︶   上智大学中世思想研究所﹃中世思想原典集成 20近世のスコラ学﹄二〇〇〇年、二〇〇五年初版第二刷、八八三︲四頁。 ︵ 19︶   同書同頁。 ︵本学法学部教授︶

参照