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市場構造の意義

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市場構造の意義

越  後

和 典        1)  ペイン(J.S. Bain)に代表される主流派産業組織論(以下ではたんに産業 組織論という)は,この派に属するケイブス(RCaves)がいみじくも指摘し       2) ているように,応用価格理論の一形態である。価格理論は市場構造の諸要囚な いし市場行動の諸類型の組合せによって,完全(純粋)競争,独占的競争,寡 占および独占等の理論モデルを設定し,それらのモデルがそれぞれどのような 市場成果をもたらすかを演繹し,異なる市場構造の資源配分上の効率性を解明 しようとするものである。  産業組織診は,このような価格理論のパラダイム(paradigm)に即して,各 産業の市場構造・行動・成果の問の因果関係を現実のデータによって具体的に       3) 究明することを課題としている。これによって,理論モデルから演繹された仮 1) 産業組織論の系譜については,橋本・野口〔15〕(越後編〔上3〕所収)論文が簡潔  にして要を得ている。Bain〔3〕以後の主流派産業組織論の主要な業績は, Scherer  〔25〕およびHay&Morris〔16〕がこれを総括している。なお,ここで私が主流派と  いうのは,端的にいえば,オーストリア学派以外の近代経済学を指しており,Stigler  〔28〕のごときシカゴ学派の産業組織論をも含む。オーストリア学派の産業組織論の  教科書としては,Reekie〔24〕があるが,内容はいまだ不十分である。 2)Caves〔9〕小西訳p.3.による。なおStigler〔28〕第1章「産業組織論とは何  か」も参照されたい。 3)純粋競争・独占・寡占・独占的競争のモデルを,アメリカの産業組織の分析にケー  ス・スタディとして適用した代表的な労作は,Weiss〔32〕のそれである。なお,  Scherer〔25〕p.5では,構造・行動・成果のほかに,「基礎条件」という範躊を設  定し(需要の側では価格弾力性・成長率・代替品,供給の側では原料。技術・製品の  性質),市場構造がそれによって影響を受ける図式が考えられている。邦語文献では,  熊谷(18〕,pp.9∼12.および新庄〔27〕がその解説を簡潔に行っている。

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 2  彦根論叢 第219号 説的命題の適否やその妥当する範囲を明確にしたり,理論モデルの仮説的状況 が現実にどれほどの重要度を持っているかを検定すること等は,産業組織論の 固有の研究領域に属すると考えられる。そして,産業組織論がこうした実証的 研究を通じ,有効競争(workable competition)の具体的基準を解明すること は,独占禁止政策の実施等にも役立ちうると,産業組織論の研究者は自負して        の いるごとくである。  ところで,私はすでに拙稿〔14〕において,産業組織論の依拠する近代経済学 の主流派価格理論が,競争の本質とその役割を解明する上で,きわめて不適切 であり,致命的ともいうべき欠陥を有することを論じたつもりである。そこで 今後に予定している一連の論述は,価格理論の全面的な影響下におかれている 産業組織論が,そのことのゆえに不可避的に内蔵する欠陥を指摘し,その承服 しがたい論点を批判するとともに,できうべくんば,進んで,産業組織論を理 論的・実証的批判に耐えうるものに再構築することであるが,いうまでもな く,これを一挙に片付けることはできない。この小稿では,産業組織論が市場 構造を,どのように歪曲して理解しているか,市場構造によって市場行動が規 定されるという命題は,果して理論的・実証的検証に耐えうるか,という主と して二点を明らかにすることに,その目的を限定する。 1  産業組織論でいう市場構造(market structure)とは,市場を形成している 売手相互間,買手相互聞,および売手・買手相互間の,それぞれの諸関係を規 定している諸要素とその特徴を意味している。具体的には,①市場集中(売手       の 集中・買手集中),②製品差別化,③参入障壁等の諸要素が重視されるが,こ 4)競争の効果を測定するといった考え自体に問題があることは,拙稿〔14〕でハイエ  クの所説を紹介したさい,簡潔にふれておいたが,有効競争論および独禁政策の全面  的批判は別の機会に行う予定である。 5)Caves〔9〕小西訳p.25では,以上に加えて市場需要の成長率,市場需要の価格  弾力性,短期の固定費と可変費との比率をも市場構造の諸特徴の要素を形成するとみ  ている。しかし本稿では,市場集中,製品差別化および参入障壁のみを取上げ,また

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れらの諸要素は,それぞれ相互に密接な関係を有している。たとえぽ,強い製 品差別化がみられる産業では,参入障壁がそれによって高められるが,高い参 入障壁は売手の数を制限することによって,売手集中度を高める方向に作用す る,といった関係が考えられる。  売手集中をはじめとするこうした諸要素が全体として,ある産業の市場構造 の競争的な性格を形成し,その市場構造の競争的な性格が,市場行動を規定 し,ひいては市場成果の質を規定すると考えるのが産業組織論の共通の思考様       き  式であり,構造・行動・成果パラダイムと呼ばれる所以でもある。        の  ここで簡潔に市場行動と市場成果の概念について説明しておく。まず市場行 動(market conduct)というのは,その産業を構成する企業が市場に適応し, あるいは市場を調節するさいにとるビヘイビアの型を意味する。この型は,基 本的には対抗的か共謀的か,受動的か能動的かといった点で区別される。①企 業の価格ビヘイビア,②企業の製品の改善や広告等の販売促進に関するビヘイ ビア,③企業の技術の研究開発に対するビヘイビア,等についてその型が分類 されることはいうまでもないが,④競争者の市場構造上の地位の悪化をもたら すような制圧的行動(coercive practices)についても考察することが必要とさ  8) れる。  次に市場成果(market performance)とは,一定の市場構造の下における一 定の市場行動を通じて招来されるある産業の価格,生産量,生産費,利潤,製 品の品質やバラエティ,および技術進歩率等における成績といったほどの意味   市場集中については売手集中のみを取上げる。これらの要素が他の諸要素よりも特に  重要であるとケイブスなどでも考えられているからである。  6) Cf. Reekie 〔24〕 p.31.  7) これらの基本概念の詳細については,たとえば越後〔13〕pp.8∼9を参照されたい。  8)植草〔31〕P.153では,「市場行動というのは製品市場に関する企業の意思決定行  動をいう。その主要な内容は,ω価格一産出量,②品質,広告宣伝およびその他の販  売促進活動,(3股資(主要製品の生産・販売規模の拡大と多角化),(4)企業間連携(合  併,企業集団など),㈲研究開発,新技術導入などである,と述べている。ここでは  略奪的価格引下げ,圧搾操作などの制圧的行動が欠落している。

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 4  彦根論叢第219号 である。市場成果は,それが望ましいか望ましくないか,さらにどの程度に望 ましいか,といった評価を伴う規範概念である。具体的には次の項目が問題に される。①ある産業の生産・物的流通費用が,最も効率的な規模(最:適規模) の企業から構成されていると仮定した場合の産業の生産・物的流通費用に比し て,どの程度乖離しているか(技術的効率性基準)。②ある産業の利潤率が正 常利潤率と考えられる水準から,どの程度乖離しているか(配分的効率性基 準)。③広告費を含む販売促進費用および製品の改変に浪費性がみられないか どうか,みられるとしたらどの程度に浪費的か(浪費性基準)。④ある産業の        の 技術進歩は満足すべき率で行われているかどうか(進歩性基準)。  産業組織論の構造・行動・成果パラダイムによれば,市場構造の諸要因の組 み合せによって設定される市場構造の型(競争的性格)が,こうした市場行動 と市場成果の質を規定するというのであるが,このようなパラダイムがステイ ダラー(G.J. Stigler)の適切に指摘するように,「競争的構造を持たない産       ユの 業に競争的ビヘイビアはない」という確信にもとつくことはいうまでもない。  しかし,問題はまさにこの確信にある。一体競争的構造ないし市場構造の競 争的性格とは何か。この点に関し,産業組織論の依拠する価格理論の解答は明 快である。すなわち拙稿〔14〕において批判したように,価格理論が競争とい うのは,個別的需要曲線が水平的であるような原子的市場構造そのものを意味 する。そこには,企業家的な発見過程ないし,企業間の対抗的な工夫・努力と いった日常的な競争の要素が欠落してしまっているのである。したがって,競 争的構造とは完全(純粋)競争の諸条件に可能なかぎり近い条件を具備した市 場構造を意味すると考えてよい。これを前述の市場構造の形成要因についてい えば,たとえば売手集中度や参入障壁は低ければ低いほど望ましく,製品差別 化は全く存在しないか,あるいは存在するとしてもごく微弱であることが望ま 9)以上の市場成果の評価基準には,それぞれ多くの問題が残されているので,それら  の内容については,別の機会に批判的に考察する。 10) Stigler (29) p. 12.

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       しいということになるだろう。  ただし現実の問題としては,現代の技術水準を前提に規模の経済性を享受し うるような企業規模を想定するかぎり,近代産業の大部分について原子的市場 構造は実現不可能であり,かつ技術的効率性の点からもそのような構造が必ず しも望ましいとはいえない。また消費者の嗜好の多様性を前提とするかぎり, すべての点で画一的で差別化されない製品が常に必ずしも望ましいとはいえな いことは余りにも明白である。  そこで産業組織論は,このような現実を前にして,完全競争の条件を多か れ少なかれ欠如している不完全競争的な市場構造が,現実にどの程度の不満 足な市場成果を生むことになるかを経験的なデータで調査しようというのであ る。逆にいえば,完全競争的な最善の成果は望むべくもないが,許容可能な 程度の市場成果を生むには,市場構造はどの程度に不完全競争的であることが 許されるかを具体的に検討しようというのである。これが産業組織論の基礎 にある問題意識であり,同時に産業組織論が応用価格理論と呼ばれる所以でも ある。  いうまでもなく,このような問題意識そのものが,競争の真の意味を隠蔽す るように構成された主流派経済学の競争概念にもとつくものであり,構造・行 動・成果パラダイムの有効性は,拙稿〔14〕で考察した新オーストリア学派的 競争概念に立脚するかぎり,きわめて疑わしい。新オーストリア学派の競争論 の立場からは,前述の市場行動の型や市場成果の諸基準はその理論的意味が不 明確であり,実証的研究の対象としては,操作上の有用性に問題があるが,本 稿では市場成果の概念およびその基準についての批判を別稿にゆずり,以下で は,市場構造の形成要因としての売手集中,製品差別化および参入障壁に関す る産業組織論の議論を批判的に考察するとともに,市場行動概念の曖昧さを問 題にしたい。 1!) これは有効競争論の「市場構造基準」  る。 として列挙されている事項とほぼ同一であ

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6 彦根論叢第219号

皿  市場構造の形成要因の中でも市場集中,とりわけ’売手集中ほど産業組織論で 重要視される要素はない。けだし,これこそが企業の競争行動に最も強い影響 を及ぼす戦略的要因と考えられているからである。コンベンショナルな価格理 論ないし寡占理論によれば,売手集中度が上昇するにつれ,売手企業間では相 互依存性の認識が強まり,各売手は対抗的行動を弱め,共同利潤極大化政策 (産業全体の利潤を極大化しうるような価格と生産量を確保するための協調的 行動)を追求する結果,独占的弊害・資源のミスアロケーションが発生する,       ユヨ  と説くのである。  しかし,企業数が少くなればなるほど,各売手は競争よりも協調を選んで生 産を制限し,価格を吊り上げ,独占的超過利潤をえようとする傾向が生じると いう仮説には疑問がある。たしかに,売手企業数が少くなると,企業数が多い 場合よりもカルテルが締結されやすくなったり,暗黙の了解による協調行動が とられやすくなるという一面がないわけではない。だがこの反面,競争相手の 減少はかえって各企業間に対抗意識を高め,競争を激化させるケースもありう エの る。  企業数が多い原子的市場構造を競争と規定し,企業が自己の生産量の増減に よって多少とも市場価格に影響を及ぼしうるほどの生産規模である場合に, 市場支配力ないし独占力を持つと定義する主流派価格理論の常識では,競争 企業数の減少が独占力の強化を意味するものとして理解されることはいうまで もないが,日常的な意味での競争が企業数の減少に比例して減退するとは限ら ない。 12)詳細については,拙著〔12〕pp.110∼119を参照されたい。 13)Cf. Scherer〔25〕pp.!0∼11. Schererは,アイオアの隣接した農場で穀物栽培を  行っている二人の農業者は,シカゴの穀物取引所の価格に影響を及ぼすほどの生産量  がないから,純粋競争的であり対抗意識がなく,GM.フォード,クライスラーの寡  占企業間には,激しい対抗性があることを指摘している。適切な指摘というべきであ  ろう。

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 拙稿〔14〕において論じたように,われわれにとって関心のあるのは,主流 派経済学の価格理論で規定されている意味での競争ではなく,日常的な意味で のそれであるが,競争企業数の減少(売手集中度の上昇)が,常に必ず日常的 な意味での競争を減退させるものであるとする仮説は,決して実証研究によっ ても裏付けられているわけではない。       ユの       ユの  たとえば,デムゼッツ(H.Demsetz)やブローゼン(Y. Brozen)の研究は この仮説を否定している。ゼムゼッツによれば,もし売手集中が競争する企業 間の協調と共謀を容易にするという仮説が正しければ,高度集中産業では大企 業のみでなく小企業もまた協調ないし共謀による高価格から利益を享受し,高 利潤率を得るぱずであるが,小企業の利潤率が当該産業の集中度の上昇に伴っ て増大したという証拠はないというのである。このことは,高集中産業での大 企業が高利潤を得ているとしても,それは必ずしも協調ないし共謀によるもの        エ う ではないことを示唆するものといえよう。  一般に,市場集中(売手集中)度と利潤率との関係についての実証的研究     ユア  は,ペインによって先鞭をつけられて以来,あたかも産業組織論の実証的研究 を代表するかの観を呈し,数多くの研究成果が発表され,現在もなおその跡を       絶たない。しかし市場集中度と産業利潤率の二変数問に有意の相関関係を認め る者とこれを否定する者,さらに,有意な正の相関が検出された場合,高集中 産業における企業間の協調行動ないし共謀ををその高利潤率の原因と解釈する 者とこれを否定する者等,実証的研究の示す結果は研究者によって著しく異っ 14) Cf. Demsetz〔10〕,〔11〕. 15) Cf. Brozen〔5〕,〔6〕,〔7〕,〔8〕. 16) Demsetz, op. cit. 17)Cf. Bain〔4〕および越後〔12〕pp.148∼155. 18)市場集中度と利潤率の関連についての実証的研究をサーヴェイした邦語文献とし   て.特にすぐれているのは,新庄〔26〕,〔27〕である。新庄氏は〔27〕で,次のよう   に述べている。「この分野での研究をサーヴェイしたしW. Weiss〔33〕によれば,  1973年頃まで1・a発表された主な研究成果の数はイギリス・カナダ・日本などアメリカ  以外での研究をも含めて46にも上るとされており,その後に追加されたものを含める   と,この数は更に彪大なものとなるであろう。」

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 8  彦根論叢 第219号 ており,定説があるわけではないのである。したがって,私はデムゼヅツの研 究成果のみに特に注目し,彼と対立する結果を発表したペインやステイダラ ー91あるいはマ響(H。 M Mann)などの業績を無視しようとは思わなL・。た だわが国の研究者の多くが暗黙裡に承認しているように,ベイソ流の高集中度 一高利潤率仮説が,実証的に裏付けられたものでは決してありえないことを確 認すれば足りる。  なお,この点に関しいま一つつけ加えるならば,わが国においても流行して いるこの種の実証研究と称するものの学問的価値は,かなり疑わしい。なぜな らぽ,この種の実証研究は,完全競争の長期均衡では,利潤は排除されるはず である等の,すでに別稿で批判ずみの価格理論の仮説的命題に依拠して行われ るのであるが,その実証的検定には長期均衡状態に関するデータを必要とす る。しかし,現実の市場は絶えざる企業家的調整過程にあり,いかなる場合に も長期均衡の状態にあるとはいえない。そこでえられるデータは不均衡状態の データであり,そのデータからえられる結果は,不均衡状態に原因する一時的        ラ 現象を説明しうるのみである。これを要するに,長期均衡状態においてのみ発 生する事態に関する理論的命題を実証的に検定するなどは,そもそも不可能と いわざるをえ.ない。  私見によれば,売手集中度の高低いかんが,日常的な意味での競争に及ぼす であろう影響は,理論的にも実証的にもきわめて不確定的であり,高い売手集 中度を競争の減退と結びつける通説は根拠薄弱と考える。しかし,私は,ペイ ンによる市場集中の理解がすべて誤っているなどとは考えない。むしろベイソ の市場集中に関する研究にはすぐれた点があることを忘れてはならない。それ は集中度の変化をもたらす要因を明確にしょうとした点であろう。  従来,マルクス経済学に依拠する論者はいうに及ばず,いわゆる近代経済学 19)Cf. Stigler〔28〕訳本pp.49∼81. 20)Cf. Mann〔19〕および越後〔12〕pp.148∼155. 21)Cf. Brozen〔5〕, Phillips〔22〕.とくに後者は方法論批判として注目すべき論文で  ある。

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に属する論者も,市場構造は時間の推移とともに集中・独占化すると想定して いたように思うが,ペインなどの産業組織の実証的研究者は,こうした想定        22) が,歴史的に必ずしも正しくないことを実証すると同時に,集中度を規定する 要因を理論的に把握しようとしたのである。  ベイソによると,産業経済の現実には,集中化を促進する要因と,これを阻 止する要因の二つが存在するのであって,そのいずれの要因が相対的に強いか によって,現実の集中度が決定されるが,そのいずれの要因が強化される傾向 にあるかを先験的に確定することはできないというのである。  集中促進要因の主たるものとしてペインが指摘するのは,大規模の経済性, 製品差別化,参入障壁等であり,集中阻止要因ないし反作用要因としては,技        23) 術革新に伴う市場の拡大や嗜好の変化,代替財の出現等である。ここでペイン に欠落しているのは,企業の戦略的要因への配慮であるが,この点を暫くおく とすれば,売手集中度が可変的であり,しかもそれが一定方向に変化するとは 限らないことを明快に指摘した点で,ペインの集中論の功績はそれなりの評価 に値するといわねばならない。  ところで,政府による参入規制が存在しないにもかかわらず,高度売手集中 が実現し,さらには,ある企業がある製品の唯一の供給者であるようないわゆ る独占状態が出現する場合,われわれはこれをどのように評価すべきであろう か。ペインに欠落している企業の戦略的要因を考慮すれば,そもそもこのよう       コ タ な状態が発生するのは次のような事情に原因するものと思われる。  その第一は,他企業がその製品を生産することに全く魅力を感じないこと。 たとえば,特殊な需要をみたすもので市場が狭く,他企業が競争的に生産する 22)Adelman〔1〕, Nutter〔21〕, Nelson〔20〕等のアメリカを対象とする研究業績は,  今世紀初頭に到達した産業集中の一般的水準が,その後も同国では依然として相対的  に安定的であり.若干の時期に,せいぜいゆるやかな上昇がみられたにすぎないこと  を示している。 23)Cf. Bain〔3〕pp.211∼215,訳本pp.221∼225,および越後〔12〕pp.50∼68参  照。 24) 自然独占の議論は溺稿にゆずる。

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 10 彦根論叢 第219号 に値しないと判断しているような場合がこれである。あるいは,かつて競争的 に生産されていたが,需要の減少や生産技術の変化によって,競争者が見切り をつけ,その生産から撤退してしまったようなケースもこれに該当しよう。こ のような場合には,独占状態といっても,その企業はおそらく独占利潤をあげ うるような高価格を設定することが困難であろう。  第二は,他企業がその製品の生産の持つ潜在的有利性を既存企業よりも遅れ て認識することである。逆にいえぽ,特定の企業のみが企業家精神を発揮し, その製品の有利性を見抜く上で機敏であったということである。多くの近代産 業の創生期には,このようなケースに該当する独占が支配的であったように思 われる。しかしこのケースでは,通常,独占状態が一時的・過渡的であり,や がて多くの競争者の参入が発生することは,経済史の事実が教えるごとくであ る。おそらくこの独占は,一時的には高利潤を得るであろうが,その高利潤 は,他企業にさきがけて機会を企業家的に開発したことに対する報酬を意味す る。しかもその高利潤のゆえに新規参入が発生し,産業の規模が拡大し,経済 の発展が可能となるのである。上述の第一・第二のいずれのケ・・一スも,これを 集中・独占による資源のミスアロケーションとして非難するのは甚だしい見当 違いであると評して過言ではあるまい。 皿  次に,産業組織論による製品差別化(product differentiation)の評価が正鵠 を射ているかどうかを問うことにしよう。  周知のように多くの製品は,品質・色・スタイル・デザイン等の物理的な性 質によって,また広告・ブランド名などの主観的イメージによって,さらに立 地や付帯サービス等を通じて,差別化されている。このような現象を伴う市場 構造に対する産業組織論の評価は,曖昧であり,不徹底であり,自己撞着的で あるとさえいえよう。  このことは,産業組織論が製品差別化のような競争戦略を適正に取扱う競争 理論を欠落しているからである。拙稿〔14〕で論じたように,伝統的なミクロ

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の価格理論でいう競争は,個別的需要曲線が水平となるような市場構造を意味 している。しかるに製品差別化は,売手の需要曲線を非弾力的にする効果を持 つ点にその最大の特徴が認められるのであるから,上述の競争概念に立脚する かぎり,製品差別化は市場構造を非競争的なものに改変する役割を果すものと 判断せざるをえない。さらに,これに加えて,産業組織論によれば,製品差別 化はこれに成功した企業の市場占有率を高めることによって,当該市場の集中 度を高め,また,参入障壁をも高めることになるなど,市場構造を競争制限的 なものに改質する効果も認められる,とされるのである。  いうまでもなく,完全(純粋)競争モデルでは,製品はすべて同質であり, 製品差別化は一切存在しない。また,情報は市場関係者に知悉されているか ら,売手は買手の嗜好・ニーズを正確に把握しており,さらにそれを充足させ る最も適切な方法も採用済みである。買手(消費者)も,自己の欲求を最もよ く充足させる製品が何であり,それがどこで,どのような条件で入手可能であ るかを正確に知っている。そこで,このようなモデルを基準とするかぎり,売 手が品質改善やスタイルの変更のために支出する費用,あるいは広告費等は本 来必要ではないのであるから,それら製品差別化の一切は浪費であり,その支 出は資源のミスアPケーションを意味することになろう。  しかし,製品差別化に対するこのような全面的な否定的評価が,全く現実と 遊離したものであることは論をまたない。消費者・ユーザーの多様で個性的な 嗜好・欲求にこたえるには,製品差別化が不可避的であり,かつ望ましいこと はいうまでもない。また情報は不完全であるから,売手が情報を入手したり, 買手に情報を伝達する必要が生じることも当然といわねぽならない。  製品差別化に対するこうした現実の要求と理論の否定的評価とのギャップに 直面して,産業組織論は殆んどなすところを知らない。たとえば,ペインは 「製品成果」に関して,次のように述べている。「企業は(ある最小の基礎水 準から発して)品質を高めた結果,買手の満足を増す程度が生産費の上昇度よ りもまさっている限り,品質を高めるようにすべきだし,また,買手の満足が 関連費用の上昇を十分補償しないようになれば,品質を継続的に高めることを

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 12  彦根論叢 第219号 すべきでない。製品の各種の択一的なデザインもまた,これと同等な原理に従       の って選択されるべきである。」  しかし,このような基準が現実に適用不可能であることは,買手の満足度の 上昇程度等の評価に必要なデータが入手不可能であるという一事をもってして も明白である。ペイン自身も関連する問題を種々議論した上で,このことを認       26) め,「実際に製品成果を測定し評価することは事実上不可能」だと匙を投げて いるのである。  広告費の取扱いについても同様である。広告を情報提供的な性格のものと, 説得志向的なものに二分し,前者を肯定的に評価し,後者を浪費的と論断する 方法は,新古典派経済学の常套手段であり,産業組織論もこれを踏襲している が,肝心の両者を二分する具体的基準は不明確なまま放置されている。  ペインは,アメリカの製造業における広告費に論及し,「過度の広告という 巨大な浪費の発生範囲」を,広告費が売上高の5%ないしそれ以上のケースと        の 推断しているが,その理論的根拠は全く不明であり,こうした基準はきわめて 恣意的であり,全く説得力を持たない。  以上のような産業組織論による製品差別化の取扱とは三士的に,拙稿〔14〕 で述べた新オーストリア学派の競争論に立脚する製品差別化論は,きわめて明 快であり,強い説得力を有する。  たとえばカーズナー(1.M. Kirzner)の説くところによるならば,消費者の 嗜好に関する情報は,売手(生産者)にとって既知ではなく,それは企業家的 機敏i生によって主体的に探求・把握されるべきものと考えられる。企業家的競 争過程は,消費者の前に提示されるべき機会を試行錯誤的に選定することから 成り立っている。品質改善や広告などの製品差別化行動は,消費者の需要の型        き  を解明・発見しようとする実験としての意味を持つものである。この点に着目 25)Bain〔3〕p.422,訳本p457. 26)Ibid., p.460,訳本p.499. 27)Ibid., p。415,訳本p.449. 28) Cf., Kirzner (17) pp. 135−186.

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      市場構造の意義  13 すれば,ある産業でたとえば広告費の売上高に占める割合が,他産業よりも高 いということは,その産業では,消費者の需要の型を探り当てたり,それを消 費者に知らせるための企業家的工夫に要する費用が,他産業よりも多くかかる ことを意味するにすぎない。それは基本的には,知識の不完全性に原因するの であって,その不完全性を克服するための企業家的活動を浪費として非難する のは当らない,ということになる。  さらに,この点に関し一言すべきは,生産費と販売費を区別し,広告費を含 む後者を本質的に浪費とみなす議論についてである。カーズナーによれば,お よそどのような費用も,それらの支出が結局は製品を消費者に販売する目的で なされるという意味で,すべて販売費用と解することもできる。この意味で は,広告への支出も,その財の物理的形成過程における支出と全く同様に,正 当であり,差鯛的に取扱われるべき何等の根拠も存在しない。すべての製品が 何等特別の販売努力なくして,すべて売りつくされるという非現実的な完全競 争均衡の世界においてのみ,いわゆる販売費用は浪費的となる,というのであ 29) る。  広告を情報提供的なものと説得的・販売促進的なものに二分し,後者を非難 することも同様に合理的な根拠に乏しい。およそすべての広告は製品の販売を 目的とするものであるから,何故に,情報提供的と呼ばれる広告が高度にエモ ーショナルで説得的なそれに比べ,評価されるべきかは明白ではない,という       のである。  カーズナーに代表される上述の新オーストリア学派の議論からも推察される ように,産業組織論が製品差別化を競争制限と係わらしめて理解しているの は,基本的に誤りであるように思われる。およそ買手は,競合的な代替財の選 択に当って,たんに価格のみでなく,外見・品質・信頼性・アフターサービス 等々,彼が重要と考える多くの要素を総合的に判断するのが常である。商品の 種類によっては,代替財との価格差よりも外見の方をより重視するケースもあ 29) Cf,, ibid., pp, 146一一15!. 30) Cf., ibid,, pp. 159一一163.

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 14  彦根論叢 第219認 りえよう。強い製品差別化によって需要の交叉弾力性が小さくなるということ は,買手が価格よりも非価格的要因の方を重視していることを物語るにすぎな い。このとき競争は非価格競争の形態において活濃でありうるが,非価格競争 を価格競争よりも経済的厚生の点で劣ると考えるべき理由はない。これを要す るに,製品差別化は競争に固有なものであって,その程度は資源配分の適否に        関し,何の有意味な情報をも提供するものではない,と考えるべきである。 rv  ペイン流の参入障壁(barriers to entry)に関する議論,ないし参入阻止価 格論は,第二次大戦後の世界的な寡占価格論の流行の過程で,高い評価をえて きたように思うが,私にはそれほどの有意義な議論とは思われない。この議論 は要するに,既存企業が規模の経済性を享受できる最適規模企業として存立し ていたり,参入を企図する企業の容易に入手できないような技術や生産要素を 所有していたり,或は,潜在的参入者に容易に追随を許さないような製品差別 化に成功していたりすることによって発生する潜在的参入者に対する既存企業        きの の費用上の優位性を強調する議論である。  この場合,既存企業の潜在的参入企業に対する優位性が大であればあるほ ど,参入障壁は高くなるから,既存企業は参入の脅威という競争圧力をまぬが れ,その参入障壁の高さに応じて,価格を最低平均費用をこえて設定すること ができ,ここに独占(寡占)価格による資源のミスアロケーションが発生する というのである。  しかし,このような議論は事柄の本質を歪曲し,事物を完全に後向きにとら        えているといわざるをえない。たとえば,既存企業による製品差別化の成功が 参入障壁となるという議論の本質を考えてみよう。この場合,潜在的な競争者 がそのような産業への参入を困難とみたのは,消費者が既存企業の製品差別化 3!) Cf. Armentano (2) p. 36. 32)越後〔12〕pp.133∼137.参照D 33) Cf., Armentano, ibid., p. 37.

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を受入れているという事実を知ったからにほかならない。製品差別化は一般的 にいえぼ製品の費用を高めるが,前述したように,売手の需要曲線は非弾力的 であるから,多くの場合価格は上昇するであろう。このように価格の上昇をも たらすような製品差別化は,買手(消費者)がその差別化された製品を選好し, その差別化と結びつく高価格に対して,喜んで支払おうとする場合においての み参入障壁として作用するのである。たとえば,乗用車のモデル・チェンジの ケースを想定しよう。もし消費者が新しいモデルやスタイルを好まず,モデ ル・チェンジが全く行われない企業の製品を選好するならば,モデル・チェソ        ジという製品差別化は,参入障壁として有効に作用しない。こうしたいわば製 品差別化の失敗は,そのこと自体が新企業の参入への公然たる誘因となるので ある。したがって,商業的に成功している製品差別化を,売手集中度や参入障 壁を高め,競争を制限し,資源のミスアロケーションをひき起すとして非難す ることは,消費者が選好し,支持した資源配分そのものを非難することにほか ならず,とうていそのような議論に賛成するわけにはいかない。  最適規模企業ないし大規模の経済性の議論を参入障壁に結びつける場合に も,同様の非合理性をまぬがれ難い。たしかに既存企業が最適規模に達し,平 均費用の可能なかぎりでの節減に成功しているという事実は,市場の規模を所 与とするならば,より小規模の,それゆえに,より平均費用の高い企業が市場 へ新規に参入することを困難にするに相違ない。規模の経済性が参入障壁の形 成要因として説明されるのは正当である。ただ問題はそのことの評価にある。 相対的に非効率な企業が,より効率的な企業との競争において成功する見込み がないのは当然のことであって,このことのゆえに,参入障壁が形成されるこ とになるのを,競争が制限ないし排除されると判断し,われわれはこれを遺憾 とせねぽならないというのであろうか。大規模の経済性を享受する効率的企業 によって脅やかされるのは,完全競争という不思議な国のビジョンであって, 34) 日本の小型乗用車がなぜ大型車の製品差別化の程度の高いアメリカの自動車市場へ  参入できたかを考察すれば,これが当然の常識であることが理解できよう。

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 16 彦根論叢第219号       ラ 自由市場における効率ではありえないことを知るべきであろう。  最後に,産業経済の現実を観察するとき,多くの産業において,既存企業が 必ずしも潜在的競争者よりも費用上優位に立ちうるとはいえないケースが存在 することに気づくであろう。他産業で関発された技術・ノウハウや経験を生か して,新しい産業へ向って多角化し,そこで既存企業よりも,より効率的に創 業しうる潜在的参入者は決して少くないであろう。既存企業が潜在的参入者よ りも常に必ず費用上優位にあるという事態を想定した参入障壁論は,その現実 的適用範囲においても,当然きびしい制限を受けるはずである。  さらに,かりに既存企業に費用上の優位があると考えられるとしても,既存 企業が潜在的参入者の費用を正確に知ることは殆んど不可能であろうから,既 存企業は潜在的参入者の参入を阻止しうる最高価格を設定するという参入阻止 価格論の想定する企業のビヘイビアは,この点においても現実の理解にとっ て,必ずしもレリバントなものとはいえないであろう。  以上,私は産業組織論でいうところの参回障壁論の意義を否定するに等しい 議論を述べたが,このことによって,すべての参入障壁が競争の制限,市場の 独占化にとって無関係であることを主張しようというのではない。アルメンタ ー(D.T。 Armentano)も主張するように,参入障壁の中には,政府によって 形成される法的参入障壁ともいうべきものがある。それは競争による自発的な 市場調整を妨げ,独占の源泉となりうるものである。私はこの点をすでに拙稿 〔14〕で論述しているので,ここでは繰りかえさない。ただここでいう非法的 参入障壁に関するかぎり,上述したとおり,それは自由な消費者の選択によっ て形成・維持されるものであって,消費者の経済厚生にとって有害なものとは        きち  いえないことを強調しておきたい。

v

産業組織論が, 「競争的構造を欠く産業に競争的ビヘイビアは期待できな: 35) Cf., Armentano, op. cit., p. 37. 36) lbid., pp. 42一一43.

(17)

い」とする立場をとるることは,すでに述べた通りである。また,競争的市場 構造とか,市場構造の競争的性格といった言葉は,およそ有意味なものではな く,売手集中度・製品差別化・参入障壁等の状態は,それ自体としては何等競 争の有無・強弱や,資源配分の効率性の程度を示すものではありえないこと も,繰り返えし述べた通りである。ところで,競争的行動とは一体どのような ものであろうか。  市場行動は,産業組織論では市場構造と市場成果を結ぶ媒介項ともいうべき 地位にあるが,競争的な市場行動を明確にすることは,これまた理論的にも実 証的にも,極めて困難である。  周知の完全競争モデルでは,企業はその限界費用が所与の価格に等しくなる 点で自己の産出量を決定するという市場行動を予想しうるだけであり,この場 合,共謀(カルテル)を行わないという消極的な要件が存在するとしても,こ のような消極的・受動的な市場行動が,日常的な意味での競争概念に該当しな いことは明らかである。そもそも完全競争では,競争の名に値する市場行動は 必要とされないのである。  そこで,競争の名に値するような市場行動(たとえば,価格引下げ,新製品 の開発,広告等)を論じる場創こは,これを日常的な意味での競争と解するの でなければ分析不可能となる。つまり,産業組織論では,競争的市場構造につ いては,個別的需要曲線が水平に近いような原子的構造を競争性の基準として 想定し,競争的な市場行動を論じる段になると,日常的な意味での競争概念に 依拠するというように,首尾一貫しない折衷的な方法を採用することにならざ るをえないのである。  しかも,注意すべきは,日常的な意味での競争的行動という概念も,きわめ て不明確であって,操作上の有用性にも欠けるということである。たとえば, 企業外部の観察者には,競争が全く行われていないように見えても,それはそ の企業が価格切下げや新技術の画期的な導入などの競争戦略を採用するための タイミングをはかり,いわゆる満を持しているためであって,そこに強力・有 効に作動している競争圧力を観察者が知らないだけのことである,といったケ

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 18 彦根論叢 第219号 一スも少くない。あるいはまた,外見上,価格変動が一定の期間に観察できな いからといって,その市場に競争的行動が存在しないと推断することは許され ない。競争は非価格競争の形態をとって三三に行われているかもしれないし, さらに競争が余りにも激しいために,費用の上昇を価格引上げに転嫁できず, 価格が据え置かれているケースもありえよう。  かくて,何等かの外形上の特徴を基準に,企業の行動を競争的なそれと,非 競争的なそれに区分するということは,分析上合理的な方法であるとはいえな い。換言すれば,競争的市場行動という概念は,分析上有効な概念ではないの である。この点の認識は決定的に重要である。  ペインはその大著r産業面識論』で市場行動の叙述については,わずかに一 章を割くにとどまり,しかも「市場行動それ自体の現実の観察から合理的に引 出されうる結論が,一般的にいってその性格上分類学であり,純粋な分析的意       きわ 義に欠けている」ことを自認している。このことが,構造・行動・成果パラダ イムの破綻を意味することはいうまでもない。ペインが構造・行動・成果とい う三段階の系統的な因果関係の解明を事実上断念し,市場構造を直接的に市場 成果と関連せしめて分析するという:方法を採用せざるをえなかったのも,この 点の認識に原因するのである。  さて,以上の考察を通じて私は,産業組織論でいう市場構造の競争的性格と か,競争的市場行動といった概念が,分析上の有効性に乏しい所以を明らかに したつもりである。もし市場構造をきわめて競争的なものから非競争的なもの まで,その競争性の強弱の程度によって,分類することができ,同様に市場行 動についても,そのような分類が可能であるとするならば,さらに,たとえば 最も強い競争的行動を最も競争性の強い市場構造の結果として確認することが 可能であるとするならば,われわれは,産業組織論の有用性を認めるのに吝か ではない。しかしそのようなことは,およそ可能であるとは思われない所以を 本稿で述べたつもりである。 37)Bain〔3〕p.371,訳本p.401.

(19)

  このような事態に直面し,産業組織論にもし活路を拓きうる方法が残されて いるとするならば,私は,産業組織論でいう市場行動を,企業の競争戦略とい       38) うようにとらえなおし,市場構造はこれを企業が競争戦略を決定する場合に考       39) 慮に入れる環境要因の一つとして定義しなおすことによって,産業組織論を競 争過程の分析に役立つよう再構築することであろうと考えている。私は,この 構想に沿った作業の具体化を今後の課題としたい。       引用文献および参照文献 (1) Adelman, IM. A,, “Changes in lndustrial Concentration,” (in Mansfield, E. ed.,   Monopoly Power and Economic Perfor7n.ance. Revised ed. 1968. pp. 78−83). (2) Armentano, D. T., Antitrust and Monopoly. 1982. 〔3〕Bain,」. S.,白山∫癖αZ Organi2ation.1959.2nd ed.1968。宮沢健一監訳『産業組   織論』上下,丸善,昭和45年。 (4) 一, ‘‘Reiation of Profit Rate to lndustry Concentration: American IManufact−    uring, 1936一一40,” 9uarterly Journal of Economics, 65, August 1951. (5) Brozen, Y,, “The Antitrust Task Force Deconcentration Recommendation,”   Journalげしaτv and Economics, October 1970. (6) 一, “Bain’s Concentration and Rates of Retum Revisited,’“ Journal of LaTu   and Economics, October !971. (7) 一, “The Persistence of “High Rates of Return’“ in High−Stable Concentration   Industries,” Jour?zal げLaxv and Economics, October 1971. (8) 一, ‘℃oncentration and Profit: Does Concentration Matter?”, Antitrust Bull−    etin, vol. 19, 1974. 〔g〕Caves, R., American lndustry :Structure, ConducちPerformanee.1964.小西唯    雄訳『産業組織論』東洋経済新報社,昭和43年。 (10) Demsetz, H., “lndustry Structure, Market Rivalry, and Public Policy,” Journal   げしaτvαnd Economics, April 1973. 〔11〕   ,“Two Systems Qf Belief about Monopo1ジ,(in Goldschmid, H。 J., Mann,    H.M., and Weston,工F. ed., Industrial Concentratzon:The New Learning.1974。    pp. 164一一184). 〔12〕 越後和典『寡占経済の基礎構造』新評論,昭和44年。 38) Cf., Thompson (30). 39)企業の競争戦略の観点から市場構造を把握する注目すべき試みとしてPorter〔23〕   の業績がある。いずれ別の機会に論評したい。

(20)

20 彦根論叢第219号 〔13〕一,(編)『産業組織論』有斐閣,昭和48年。 (14〕一,「競争」の概念,『彦根論叢』第218号,昭和58年1月。 〔15) 橋本帳面・深淵晴利「産業組織論の系譜」,越後編(13〕所収。 (16) Hay, D. A. and Morris, D. J., lndustrial Eeonomics: Theory and Evidence. 1979. (17) Kirzner, 1. M., Competition and EntrepreneurshiP. 1973. 〔18〕 熊谷尚夫編『日本の産業組織工』中央公論社,昭和48年。 (19) Mann, H. M., “Seller Concentration, Barriers to Entry, and Rates of Return in   30 lndustries, 1950一一1960”, Reviexv of Economics and Statistics, August 1966. (20) Nelson, R. L., Concentration in Manzafacturing lndzastries in the United States.   1963. (21) Nutter, G. W., 7’he Extent of EnterPrise MonoPoly in the United States, 1899−   !939, 1951. (22) Phillips, A., “A Critique of Empirical Studies of Relations between Market   Structure and Profitability”, Journal of lndustrial Economics, June 1976. 〔23〕Porter, M E., Competitive Strategbl.1980。土岐坤・中辻萬治・服部照夫訳『競争   の戦略』ダイヤモンド社,昭和57年。 (24) Reekie, W. D., lndustry, Prices and Markets. 1979. (2s) Scherer, F. M., lndustrial Market Structure and Ecenomic Performance. 1970.   2nd ed. 1980. 〔26〕新庄浩二「利潤率一計中度分析をめぐる諸聞題」『国民経済雑誌』第135巻第2号,   昭和52年2月。 〔27〕 一, 「市場集中の計量的分析一最近の動向」『国民経済雑誌』第144巻第1号,昭   和56年7月。 〔28〕Stigler, G. T., The Organizαtion of lndustr:y.1968.神谷傳造・余語将尊訳『産   業組織論』東洋経済新報社,昭和5Q年。 (2g) 一, The Case against Big Business, 1952, (in Mansfield, E. ed. op. cit., pp. 3   一一12). (30) Thompson, Jr. A. A., “Competition as a Strategic Process”, Antitrust Bulletin,   Winter 1980. 〔31〕 植草益『産業組織論』筑摩書房昭和57年。 〔32〕Weiss, L. W., Ca5e Studies i・l American IndustrOr.1967.江夏1建一・綿谷禎二   郎・松村文武訳『独占・寡占・競争』好学社,昭和45年。 (33) 一, “The Concentration−Profit Relationship and Antitrust,” (in Goldschmid   et al ed., op. ctt., pp. 184一一一245).

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