(236) 印度學佛 教學 研究 第52巻 第2号 平 成16年3月
旅 順博物館所蔵 『
賢 愚経』漢文写本 にっいて
三
谷
真
澄
は じめ に 筆 者 は か つ て 『賢 愚 経 』 の成 立 問題 につ い て 論 じた1)が,今 回,旅 順 博 物 館 所 蔵 資 料 の 中 か ら,新 同 定 の 『賢 愚 経 』 写 本 に つ い て報 告 す る.旅 順 博 物 館 館 長 ・ 劉 廣 堂 氏 は じめ館 員諸 氏 の 特 別 の配 慮 が あ っ た こ とを 冒頭 に 記 し,謝 意 を表 す る. 賢 愚 経 の成 立 問題 僧 祐 の 「賢 愚 経 記 」2)に よれ ぼ,干 聞 の 大 寺 の般 遮 干 瑟 会 に お い て,河 西 の 沙 門,釈 曇 学 ・威 徳 な ど8人 が,聴 講 す る機 会 を得,胡 語 を習 得 し,訳 を つ け,後 に高 昌郡 で 集 め で 一部 と した.や が て この書 は,流 沙 を 超 えて 涼 州 に もた らされ, 釈 慧 朗 とい う沙 門 が こ の 内容 を鑑 み て 『賢 愚 経 』 と名 付 け,元 嘉22年(445)乙 酉 の 歳 に成 立 した.僧 祐 は慧 朗 の編 集 作 業 に参 与 した 弟 子 弘 宗 に 尋 ね て 記 録 した. 以 上 の こ とは,70年 後 の 梁 の天 監4年(505)の 時 点 に お け る事 実 に基 づ い て書 か れ た とい う. 最 近,敦 煙 研 究 院 考 古 研 究 所 所 長 ・劉 永 増 氏 に よ っ て,『 賢 愚 経 』 が435年 以前 に集 成 され た ので は な い か との論 考 が 出 され た3).そ の 根 拠 は,1)高 昌 か ら涼 州 時代 の あ る時 期 の作(北 涼 期(430-439))と 考 え られ る敦 煌 第275窟 北 壁 の4つ の 本 生 図 が,『 賢 愚 経 』 に よ っ て い る こ と,2)「 賢 愚 経 記 」 の 中 に,僧 祐 が 弘 宗 を 訪 問 した のが505年 で,そ れ か ら70年 前 の成 立 を うか が わせ る記 事 が あ る こ と, 3)版 本 大 蔵 経 で,固 有 名 を意 訳 す る際 に 「秦 言 」 「晋 言 」 とす る記 載 が43箇 所 あ るが,「 秦 」 「晋 」 は,そ れ ぞ れ 「前 秦(351-394)」,「 東 晋(317-420)」 と考 え ら れ る こ と,で あ る. この こ とか ら氏 は,当 該 経 典 は420年 まで に は集 成 さ れ,そ れ が 高 昌 よ り涼 州 に もた らされ る途 中,莫 高 窟 第275窟 が 開 鑿 され た,と 推 論 され て い る.こ れ が 正 しけ れ ぼ,5世 紀 初 頭 の トル フ ァ ン出 土 の 当該 経 典 の 写 本 断 片 は,敦 煌 莫 高 窟 の 壁 画 の モ チ ー フ とな った 「賢 愚経 」,す な わ ち,『 賢 愚 経 』 とい う名 称 が 与 え ら れ る以 前 に成 立 した テ キ ス トで あ る こ とに な る. 719(237) 旅 順 博 物 館 所 蔵 『賢 愚 経 』 漢 文 写 本 に つ い て(三 谷) 新 同定資 料 新 同定 の資 料 は,同 館 の保 管 して い る18,000点 以 上 の仏 典 断 片4)中 の 一 断 片 で あ り,「藍 冊 」(「藍 皮 冊 」)と 呼 ぼ れ る,青 い 表 紙 の 折 り本 形 式 の フ ァイ ル(ブ ルー ノー ト5)と通称 し,BNと 略称す る)に 貼 付 され て い る写 本 断 片 で あ る. 本 稿 で紹 介 す る漢 文 写 本 断 片 は,出 土 地 が 明 示 さ れ て い な い が,当 該 断 片 の貼 ママ 付 さ れ たBNの 同 ペ ー ジ の 第2断 片 横 に 「哈 喇 和 卓 」 と メ モ が あ り,他 のBN中 に カ ラ ホ ー ジ ャ や ア ス タ ー ナ 出 土 と の メ モ 書 き の あ る 点 か ら,ト ル フ ァ ン 出 土 で あ る 可 能 性 は あ る.書 体 や 料 紙 一 行 文 字 数 な ど,遅 く と も6世 紀 ま で に は 書 写 さ れ た で あ ろ う 古 い 断 片 で あ る こ と が 理 解 さ れ る.こ の 断 片 は 『賢 愚 経 』 研 究6) に 貢 献 す る ぼ か りで な く,BN全 体 の 意 義 を 示 す 好 個 で あ る. 断 片 情 報 と 録 文 :蔵品 番 号20.1451「 経 帖 二 」 第4ペ ー ジ 第1断 片 18行1行16字 紙 縫 有 界 線 有 罫 線 有 毛 筆 同 定=大 正 蔵4No.202『 賢 愚 経 』 巻 八 「大 施 好 海 品 第 三 十 五 」p.406a2-20 1寧 能 空 藏.何 由 中 断如 是 布施.復 經 數 時. 2用 残 藏 物.三 分 復 二.吏 復 更 白.前 所 残[物.] 3三 分 之 中 以 更 用 二.諸 王 信 使.事 須[報 知.] 4今 藏 垂 空.願 更 重 思.時 婆 羅 門 而 語[吏 言.] 5吾 重 此 子 愛 心 隆厚 未 曾 違 失.面 折[其 意] 6汝 可 方 便 假 託 因 縁.託 來 求 寳 時 乍 稱[不 在] 7且 令 餘 残 延 引 日 月.吏 得 語 已.即 閉[藏 戸.] 8小 復 他 行 乞 児 來[集 至]大 施 所.大[施 將] 9來 詣 吏 求[物.其]吏 不 在.比 行 遂 覚.[經 歴 時] 10節.困 乃 得 之.雖i得 其 寳j.不 稱 其k[時 要.大 施 自] 11念.今 此 小 吏 自力 何 敢 不 承 受[我.將 是 父] 12意.故 使 爾 耳.又 人 子 之 法.不 宜[空 蜴 父母] 13之 藏 令 其 盡 也.今 此 藏 中.所[残 無 幾.作 是] 14[念]己.我 當 云 何 多[得]財 寳.用[滿 我 意.濟 給] 15群 生.即 問 諸 人.今 此[世]間.[作 何 事 業.可 得] 16多 財 用 之 難 盡.或[有 人 言.多 種 五 穀 脩 治] 17園 圃.可 得 多 財.[或 有 人 言.多 養 六 畜.随 時] 18[蕃]息.可 得 多 財.[或 有 人 言.不 避 劇難.遠 出] 異 同 718
(238) 旅 順博 物館 所蔵 『賢 愚経 』漢文 写本 にっ いて(三 谷) a能=復b由=能c以 二 己d重=愛e託=設f託 來=來g寳=物 h遂=推i雖=雖 復j其 寳 一物k其=omit 書 体 も古 く,ま た,大 正 蔵 に よ る補 足 を加 えれ ば,第6,第10行 が17字,第8 行 が15字 とな っ て い る もの の,第1行 目に 上 下 の 界 線 が 見 え て お り,一 行16字 を基 本 とす る写 本 で,書 体(楷 書)と 形 式(一 行17字 詰め)が 統 一 さ れ る以 前 の 古 い写 本 で あ る7).こ の 断 片 に は,標 題 も尾 題 も コ ロ フ ォ ン も な く,大 正 蔵 所 収 の 『賢 愚 経 』 テ キ ス ト とは,ll箇 所 の 字 句 の相 違 が あ る.し か し,種 々 の漢 文 版 本 大 蔵 経 の テ キ ス ト との根 本 的 な相 違 が あ るわ け で は な い.ま た,他 に類 例 の な い ヴ ァ リア ン トを もつ が,チ ベ ッ ト訳 『ザ ンル ン』8)に反 映 して い るわ け で はな い. 漢 蔵 両 本 の 異 同 の 程 度 は他 の章 と大 同 小 異 で あ っ て,こ の漢 文 写 本 が,チ ベ ッ ト 訳 者 ・法 成 の依 拠 した漢 文 テ キ ス トで あ った とも断 言 で き な い. 成 立 問 題 と写 本 断 片 種 々 の譬 喩 因縁 諺 の 集 成 とい う本 経 の 性 格 上,増 広 や 調 巻 が 歴 史 的 に く り返 さ れ た で あ ろ う.た だ し,5世 紀 半 ぼ 以 前 の 古 い 写 本 の場 合,1確 定 した テ キ ス トと して の成 立 年 代(435年 以前,420年 頃?),2『 賢 愚 経 』 とい う名 称 を持 つ 譬 喩 経 典 の 成 立 年 代(435年?),3僧 祐 の 「賢 愚経 記 」 の 記 す 成 立 年 代(445年)を 考 慮 しな けれ ば な らな い.当 該 断 片 が1の 段 階 の も ので あれ ぼ,『 賢 愚 経 』 とい う名 称 は付 け られ て い な い が,現 行 版 本 大 蔵 経 の基 礎 とな る テ キ ス トが,ほ ぼ 確 定 して い た こ とに な る.ま た,2お よび3以 後 の段 階 の もの とす れ ぼ,他 の 同 時 代 写 本 との 比 較 対 照,標 題 や 奥 付 の あ る断 片 との 照 合 な どに よ って,「 賢 愚 経 記 」 の示 唆 す る二 つ の 年 代 を さ らに絞 り込 む可 能 性 を持 っ て い る. お わ り に 今 回 報 告 した 『賢 愚 経 』 の 断 片 は,他 の 同 時 代 資 料 の検 討 や料 紙 お よ び墨 の成 分 分 析 な どの科 学 的 ア プ ロー チ に よ り,さ らに 書 写 年 代 を特 定 で き るか も知 れ な い.BNを は じめ とす る漢 文 写 本 断 片 資 料 は,現 在 は 非公 開 で あ るが,幸 い,龍 谷 大 学 との共 同 研 究 が 進 み つ つ あ る.今 後 の 写 本 断 片 研 究 に つ い て は,ベ ル リ ン, サ ン ク トペ テル ブ ル クな ど とな らん で旅 順 博 物 館 所 蔵 資 料 が研 究 の姐 上 にの ぼ る こ と とな ろ う.共 同研 究 に よ る,目 録 の完 成 を 待 って,順 次,国 際 的,学 際 的 共 同研 究 が展 開 され る こ とを期 待 した い. 最 後 に,外 国 人 一 般 の 入館 が 厳 し く制 限 さ れ る中 で 長 く交 流 を続 け,共 同 研 究 に道 を 拓 か れ た 上 山 大 峻 先 生 に謝 意 を表 しま す. 〈日本学術振興会科学研 究費補 助金 「中国旅順博物館所 蔵新彊出土文物 に関す る総合的研 一717一
(239) 旅 順博物 館所 蔵 『賢愚 経』漢 文写 本 につ いて(三 谷) 究」(研究代表者 上山大 峻教 授)に よる研 究成果の一部〉 1)拙 稿 「「mDzangs-blun(『 賢 愚 経 』)に 関 す る一 考 察 」 『印仏 研 』45-2,1997,pp.178-182 お よ び,拙 稿 「『賢 愚 経 』 に お け る 「梵 天 勧 請 」 一 仏 教 伝 道 の契 機 と して一 」 浄 土 真 宗 本 願 寺 派 『教 学 研 究所 紀 要 』6,1998,pp.329-353で,成 立 の 問題 を 推 測 し たが,当 時 は, 用 語 が 曖 昧 で あ っ た の で,以 下 の よ う に改 め た い.「 『賢 愚 経 』 は成 立 して か ら,口 承 ま た は写 本 と して存 在 しつ つ歴 史 的 に漸 次,増 広 ・抄 出 ・調 巻 を繰 り返 しなが ら,そ の あ る時 期 の形 態 が,現 存 の 版 本 の 『賢 愚経 』 と して彫 出せ られ,ま た あ る時 期 に完 成 して い た 漢 字 文 献 か らチ ベ ッ ト訳 さ れ た の が 『ザ ンル ン』 で あ る.」 2)釈 僧 祐 編 著 『出三 蔵 記 集 』 巻9(大 正55)に よ る.赤 沼 智 善 ・西 尾 京:雄両 氏 に よ る 『国 訳 一 切 経 』 本 縁 部7『 賢 愚 経 』 解 題(1930,pp.61-65)及 び,古 田 和 弘 氏 に よ る 『中 国 古 典 文 学 大 系 』60「 仏 教 文 学集 」 『賢 愚 経 』 解 説(pp.431-433)を 参 照. 3)劉 永 増 「《賢 愚経 》 的 集 成 年 代 与 敦 煌 莫 高 窟 第275窟 的 開 鑿 」,『敦 煌 研 究 』2001年 第 四 期,通 巻70号,2001 4)王 宇 「中 国 の大 谷 コ レ ク シ ョン― 旅 順 博 物 館 にお け る そ の整 理 と研 究 状 況 」 『季 刊 文 化 遺 産 』ll(特 集 ・シル ク ロ ー ドシ リー ズ4,シ ル ク ロ ー ドと大 谷 探 検 隊),財 団 法 人 島 根 県 並 河 萬 里 写 真 財 団,2001年4月,pp,36-39 5)BNの 内容 は,旅 順 博 物 館 の標 題 で は,「 経 帖 一 ∼ 二 十 一 」,「浄 土 一 」,「経 帖焼 」,「焼 経 」,「外 経 一,二 」,「法 華 経 第 一 帖 ∼ 第 十 帖 」,「木版 経 一,二 」,「涅 槃経 」,「涅 槃 般若 経 一 ・二 」(以 上 大 冊41冊),「 経 文 残 片」(小 冊11冊)と な って い る.い わ ゆ る大 谷 探 検 隊(1902-1914)の 収 集 資 料 で あ り,お そ ら く橘 瑞 超 氏 に よっ て 整 理 ・分 類 ・貼 付 が な され た で あ ろ う 6)『 賢 愚 経 』 に 関 す る最 近 の研 究 に は,梁 麗 玲 『賢 愚 経 研 究 』(中 華 仏 学 研 究 所 論 叢34), 法 鼓 文 化 事 業,2002が あ り,漢 訳 と して の 『賢 愚 経 』 の 文 献 学 的研 究 として は最 良 の も の で あ る. 7)藤 枝 晃 氏 の一 連 の研 究 お よ び,百 済 康 義 「漢 字 文 化 圏 の書 と表 現 の跡 」 『書 と表 現 の 跡 』(仏 の来 た道2003,大 谷 探 検 隊100周 年 ・西 域 文 化 研 究 会50周 年 シ ル ク「ロー ド文 物 展),龍 谷 大 学 学 術 情 報 セ ン タ ー,2003年9月,pp.2-11参 照. 8)チ ペ ッ ト訳 は,中 国 で 成 立 した 『賢 愚経 』 か ら,9世 紀 初 頭 に 法 成 に よ って 翻 訳 され た もの で あ る.と ころ が,法 成 の 翻 訳 の 直 接 の典 拠 とな っ た漢 文 テ キ ス トは,現 存 す る 版 本 に見 出 し え な い.注1)参 照 〈キ ー ワー ド〉 旅 順 博 物 館,賢 愚経,漢 文 写本,同 定,大 谷 探 検 隊 (龍谷 大 学 非 常 勤 講 師) 716