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九州大学学術情報リポジトリ

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九州大学学術情報リポジトリ

Kyushu University Institutional Repository

マンセイキ トウゴウ シッチョウショウ カン ジャ ニ タイスル オンガク リョウホウ カイ ニュウ ノ ケンキュウ

浅野, 雅子

九州大学大学院芸術工学府

https://doi.org/10.15017/19749

出版情報:Kyushu University, 2010, 博士(芸術工学), 課程博士 バージョン:

権利関係:

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第 1 章

本研究の背景

1.1 精神障害者と音楽を用いた作業療法

音楽は人間に癒しを与え,心身に様々な影響を与えることから音楽を療法と して用いた歴史は古く,文字を持たない時代から音楽が治療の一つとして用い られていた (Davisら,1992a).精神疾患をもった患者にとっての音楽を,Alvin (1966) は精神異常の治療と音楽に言及し,病気の原因が何であれ,精神的な能 力の欠損に苦しむ患者に対し音楽を用いた治療法は成功の機会ないし自己主張 の機会を与えると述べている.また,音楽は統合失調症患者にとって他の方法 に比し非侵襲的で,緊張感を増悪せずにコミュニケーションを可能にする手段 となりうる(Healと Wigram,1993),統合失調症患者は音楽によってリラック スする (Glicksohn と Cohen,2000)などから好まれる傾向にあるともいわれ,

現在までに多くの実践が行われてきた.

音楽療法は米国では今世紀初頭,精神病院の音楽慰問から始まったとされて いる.米国における精神科作業療法では,1920 年代より治療に音楽が用いられ た報告がある.Simon (1929) は精神科作業療法講義の中で,患者が理解でき るものが前提で,患者をぼんやりさせず,「活動」を保つために,音楽は娯楽に 非常によい.女子病棟ではダンスと組み合わせて踊り,男性病棟には小さな家 庭楽団がアコーディオン,マンドリン,ギターなどで構成される.多くの施設 ではピアノやラジオが備え付けられていると述べている.その後,Fidler(1984) は精神科のプログラム開発の中で,一般的な音楽グループでは,音楽の専門家 ではない人を対象に,音楽活動が好きな人たちがくつろぎ,楽しみ,練習する 場を提供する,適切な社会技能を練習する環境を提供する,などを目的に興味 のある人方に依頼する.病院コーラスグループでは,声学の才能や技能を有す る患者のために計画されたもので定期的に練習を行い,ときどき発表も行うよ うなグループであると述べ,対象者の音楽能力に応じた音楽プログラムの導入 例を報告している.

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我が国には精神科医師により 1950 年頃より音楽療法が導入され,歌唱などの レクリエーションを中心に行われた報告が見られる (久保田,2003a).その後,

1965 年に作業 (activity) を治療として用いる作業療法が誕生し,音楽はこの中 で作業活動の一つとして用いられていた (日本作業療法士協会,1985).しかし,

音楽は作業療法とは別に音楽療法として単独に発展してきた.そのため,作業 療法士も音楽を使用するのではあるが,作業療法士が音楽を使用する場合には,

他の多くの種目の中から最も治療効果があると考えた際に特に選択するもので あり,使い方は音楽療法士とは治療の視点が異なるものとされてきた.だが現 在,精神科作業療法では,医療領域において音楽が治療手段として最も多く用 いられており (75.3%),保健・福祉・介護領域においても外出や散歩に次いで 音楽が用いられている (42.3%) (日本作業療法士協会,2006).ここで用いら れている音楽は狭義の音楽療法ではなく,音楽鑑賞やカラオケ活動なども含む 包括的な活動なのではあるが,精神障害領域の作業療法の治療手段として,音 楽は欠かせないものとなっている.

1.2 音楽療法の位置づけ

音楽療法について,世界各国,各団体によって様々な定義が用いられているが,

病気や障害の有無に限らず,音楽を利用して問題を抱えた人々を援助する行為 の総称であると考えることができる.日本音楽療法学会では,音楽療法とは,“音 楽の持つ生理的,心理的,社会的働きを用いて,心身の障害の回復,機能の維 持改善,生活の質の向上,行動の変容などに向けて,音楽を意図的,計画的に 使用すること”と定義している.その対象は,子供から高齢者まで幅が広く,

実践される場所も療法を目的とする医療機関に限らず,健康増進や疾病予防,

健康管理を目的とする保健機関や福祉機関,学校などの教育機関等々,対象に 合わせて多様である.このように,対象や実践の場の幅広さゆえ,その実践内 容も多岐にわたっている.

音楽を治療的に用いようとする方法の体系は,Schwabe らが実践の中から発 展させた.すなわち,歌唱や合奏を用いる能動的な音楽療法と,音楽鑑賞を中 心とする受動的な音楽療法とに方法を分け,さらに下位分類としてそれぞれを 集団音楽療法的方法と個人音楽療法的方法とに分けている (Schwabe,1996).

近年では,下位項目がさらに細分化され,さまざまな手法が実践の中で取り入

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れられている (山根ら,2007) (図 1.1).現在,音楽療法は,精神と身体の相互 作用に働きかける補完・代替医療の一つとして位置づけられている.補完・代 替医療とは,科学的に未検証である医療体系の総称であるが,ここ数年は医療 現場への試験的な導入が進み,医学的な根拠であるエビデンスの調査・研究が 行われてきている (鈴木,2004).

Fig.1.1  音楽療法の方法体系.大きく受動的療法と能動的療法に分けられ,その  下位項目として様々な手法が用いられている.山根ら (2007) を改変し て引用. 

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1.3 現在の音楽療法研究

音楽療法は,量的研究と質的研究の二つに分類される.これは研究に先立って 臨床活動の実践があり,その実践の中から研究上の疑問が生まれ,研究に発展 することに由来しているようである (Bunt と Pavlicevic,2001).音楽療法の 場で起こっているプロセスは深く,様々な感情が惹起される.また,音楽には再 現性困難という特徴もある.このように人を対象とし,複雑な過程を経る音楽 療法にとって質的研究はきわめて重要である.しかし,広く一般に音楽療法の 効果について認知してもらうために,また,臨床における実践の根拠を示すた めには,量的研究が必要である.馬場ら (2001) は,精神障害を対象とした音 楽療法に関する文献を症例報告と客観的指標を用いて定量化を試みた報告など から概観した.その中で,症例報告からは音楽療法は陰性症状の改善に関連を 持ち,定量化を試みた報告においても陰性症状の改善が指摘されたとし,音楽 を介した非言語的接近やコミュニケーションの成立によって患者との交流を可 能にするとしている.以下,本研究においても様々な症例報告と量的報告を概 観することを試みる.

症例報告において,山下 ら(2003) は,幻想的語りをする末期癌患者に個人 音楽療法を導入する中で,幻想的語りを否定せずむしろ患者の語りとして受け 入れたことによる精神療法的なかかわりが大きな役割を果たしたと報告してい る.浅野ら (2006) は,統合失調症患者に対して言葉による交流を重視した集 団歌唱活動を導入したところ,ある症例が次第に言語表出を行うようになり,

対人関係や行動面,認知機能面に変化が生じたことについて,歌唱の治療的意 味に加え集団の形態であったことが模倣や学習の場となった結果によるものと 報告した.そのほか,Solli (2008) は,入院中の若い統合失調症患者とセラピ ストが,ギターとドラムを用いて週に 1 度の音楽療法を 7 ヶ月間行った結果,

精神症状が改善したと報告し,Silverman (2003) は,統合失調症患者に対する 集団音楽療法の中で歌詞を書く活動を行ったことによる音楽療法内での行動の 改善を報告している.さらに,熊本 (1999) は,入院中の精神分裂病患者注1に 対する個人音楽療法の中で,言語的面接のみでは伝え難かった外傷体験や両価 性を,音楽的素材を使うことで表現したとし,山根 (1991) は,入院中に自殺 を図り,その後記憶障害を呈した精神分裂病患者注1が,幼少時に習っていたピ アノをきっかけに記憶を取り戻したことを報告している.以上より,症例報告 では音楽療法による治療効果はもとより,とりわけ音楽が有効であったと考え

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られた報告が見受けられる.

客観的指標を用いて定量化を試みた報告においては,馬場ら (2002) が 9 例 の慢性期精神分裂病患者注1に集団歌唱形式の音楽療法を行った結果,一年後に 陽性・陰性症候群評価尺度である Positive and Negative Syndrome Scale (PANSS) において陰性症状尺度得点が有意に低下したと述べている.Hayashi ら (2002) は,対照比較研究を用いて統合失調症患者に対して 4 か月間,毎週 1 回,1 時間,計 15 回の集団音楽療法を行った結果,陰性症状とQOL (Quality of

Life) が改善したと報告している.そのほか,岩川 (1994) は,陰性症状を主と

する精神分裂病者注1と健常者に対して,ボディソニックを用いた音楽聴取の効 果を生理学的,心理学的に検証した結果,患者群において気分の改善効果を認 めた一方,1 名の患者が音楽聴取後,強迫症状の悪化を認めたと報告した.市村 と岸本 (2001) は,半年間の間,音楽ゲームや歌唱,合奏といった活動を対象 者の好みに留意して選曲し,音楽療法を行った結果,緊張・抑うつ・怒り・活 気・疲労・混乱の 6 つの因子の気分・感情を測定する Profile of Mood State (POMS) において「混乱」が有意に改善したとし,受動的,能動的という形態 を問わず,気分における改善を報告している.また,Leungら (1998) の 8 例 を対象として 6 週間にわたって行われた計 12 回のカラオケによる音楽活動と集 団歌唱を比較した結果では,カラオケ活動において,集団歌唱に比べて対人関 係が賦活された一方,不安が強まったと報告している.このほか,統合失調症 患者を含む精神障害者を対象に週に 1 回,計 10 回の集団音楽療法の中で,歌唱 や作詞,即興演奏を行ったことによりQOLが高まったという報告 (Grockeら,

2009) や,73 名の精神障害者を対象に行われている音楽療法やレクリエーショ ン,心理教育などの活動のなかで,対象者にどの活動が自分にとって役に立つ ものかをアンケートにより調査した結果,対象者は音楽療法が最も役立つ活動 であると答えた (Silverman,2006) など,様々な報告がなされている.

これらの報告からは,統合失調症患者に対する音楽療法では,精神症状に関 する治療効果を中心に,気分やQOLの改善,対象者の主観的報告など,様々な 観点から効果検証が行われている様子がうかがえる.しかしこれらは,音楽療 法の内容や治療回数,対象人数などの治療形態が様々な形で実践されているこ とから,同一の効果として解釈することは難しい.

音楽療法の治療効果のエビデンスを最も強く示すことができるデザインは無 作為抽出化である.呉 (2009) は客観的な根拠に基づく医療の基本文献である

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コクラン・ライブラリーや音楽の聴取や音楽療法に関する医事関係の速報を調 査した.これによると,2003 年に音楽療法に関する報告が初めてみられるよう になり,2009 年 9 月現在まで毎年報告がみられ,その数は増加傾向にある.治 療対象は,疼痛,悩み・不安,分娩,自閉症スペクトラム,統合失調症,うつ 病,認知症,パーキンソン病,レット症候群が取りあげられている.これらの 報告には原則的にランダム化比較試験を対象としたものが掲載されているのだ が,ほとんどの場合に研究の質が低いことが指摘されている.具体的には,対 象者が少なすぎること,根拠が不充分であること,臨床的意義が不明確である ことなどが問題とされている.報告数の増加は音楽による治療的介入に対する 医療関係者の関心や認知度の表れであると述べられているが,克服すべき問題 も多いようである.精神科領域における研究の一つとして,Goldら (2005) が 統合失調症と統合失調症様疾患に対する音楽療法の報告を調査している.この 中で,ランダム化比較試験を用いた信頼性の高い研究として,Talwarら (2006)

注2,Tangら (1994),Ulrichら (2007) 注2,Yangら (1998) の 4 本の論文を抽 出し,これらを検証した結果,通常のケアに音楽療法を加えることにより,精 神症状の一つである陰性症状が軽減し,社会的能力が改善する場合があるが,

これらの効果とセッション数の関係や長期的効果についての研究がさらに必要 であるとしている.

これら 4 本の論文を個々に比べると,音楽療法の内容や方法,および,対象者 の回復段階などに差異がみられる.音楽療法セッションの回数では,Talwarら (2006) やUlrichら (2007) の報告では週に 1〜1.6 回のセッションが行われて いたが,Tangら (1994) やYangら (1998) の報告では 1 週間に 5 回以上のセ ッションが行われていた.音楽療法の内容については,Talwarら (2006) の研 究では即興音楽療法を個人セッションの形態で行っているが,その他 3 論文で は,集団音楽療法あるいは個人音楽療法の形態の中で,歌唱活動や器楽合奏,

または音楽鑑賞が行われていた.また,対象とした統合失調症患者の回復段階 も様々であり,Tangら (1994) やYangら (1998) の研究では入院中の慢性期 の統合失調症患者を対象としているが,Talwarら (2006) やUlrichら (2007) の研究では急性期の統合失調症患者を対象としていた.また,Yang ら (1998)

とUlrichら (2007) が統合失調症患者に対して音楽療法を行った例としている

中には,気分障害や依存症疾患などの,ほかの疾患も含まれていた.このよう に,音楽療法に関する研究成果が現れつつあるものの,信頼性を求めるとその

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数は限られているといわざるをえない.Goldら(2005)の報告から数年が経過

した後,Silverman(2009)が,研究の質を高めていくことの重要性からエビデ

ンスが適用される精神領域の音楽療法を調査している.しかし,状況に変化は なく,この報告においてもランダム化比較試験を用いた研究数の少なさが指摘 されている.

以上より,精神障害者のなかでも統合失調症患者における音楽療法研究は,

報告は少なくないのだが,研究の質やエビデンスを求めると未だ十分な状況に は至っていない.

1.4 統合失調症の位置づけと音楽を用いることの意義

統合失調症は精神障害の中核を占める特に重要な疾患であり,その病因はいま だ明らかではない.日本の一般人口における統合失調症の出現頻度(発生率,

罹病危険率)は 0.7%前後と他の精神疾患に比較すると出現頻度が高く,珍しい 病気ではない(大熊,2005).また,日本における精神科病院の在院患者のうち 約 6 割をしめる疾患となっている(厚生労働省,2008).在院患者の割合が高い 理由としては,入院を要する統合失調症患者の多くは慢性に経過するので平均 入院期間が長くなることによる.在院患者の割合が高いことは,精神科リハビ リテーションにおける最大の対象であることを意味している.

国際疾病分類 ICD-10 (International Statistical Classification of Diseases and Related Health Problems) では,統合失調症の障害は一般的には思考と知 覚の根本的で独特の歪み,及び状況にそぐわないか鈍麻した感情によって特徴 づけられるとされている.ある程度の認知障害が進行することはあるが,意識 の清明さと知的能力は通常保たれる.この障害には,人に個性・独自性・志向 性といった感覚を与える最も根本的な諸機能の障害が含まれる.発病は急性で,

重篤な行動障害を伴っていたり,潜行性,奇妙な考えやふるまいが徐々に進行 したりする.障害の経過も同じくきわめて多様であり,決して慢性化や荒廃が 避けられないわけではないとされている(WHO,1992).

よって,統合失調症患者は思考障害などの精神症状や認知障害があることによ り言語的な交流が困難な場合が多い.また,慢性の状態に至ったことで様々な 機能が低下し,言語交流が困難な者もいる.このような対象者に対し,非言語 的な交流の手段として音楽を用いることの意味は大きい(馬場,2007).また,

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松井(1980)は音楽を精神分裂病者注1に用いることの有効性を次のように述べ ている.1.対人接触の抵抗の強い自閉的な状態に対し,交流を築いていくため の道具として使用する方法.2.慢性の症例の閉鎖的な情緒状態に対する,刺激 剤としての音楽の利用.3.攻撃性や自己愛的欲求を適応的に発散する手段とし ての音楽活動.4.自我の退行によって惹起された自我機能の障害に対してこれ を強化し,訓練する手段としての音楽の活用.5.現実感覚の障害に対して,そ れを強化する手段としての音楽の利用.である.

以上より,精神科リハビリテーションにおいて最も重要な疾患である統合失調 症患者に対して,音楽を用いることの意義が理解できる.

なお,統合失調症という名称については,2002 年に日本精神神経学会が精神 分裂病という病名を,統合失調症に変更することを決定している.これは,精 神分裂病という病名が,精神障害に対する差別や偏見を助長する一因となって いたことなどから,当事者の家族団体である財団法人全国精神障害者家族会連 合会が日本精神神経学会あてに社会的不利益を招きやすい病名の変更の要望を 行った経緯による.

1.5 本論文の目的

音楽療法が精神障害者とりわけ統合失調症患者にとって好ましい変化を認め,

治療としての力を持つ可能性が指摘されつつある.しかし,研究領域において は未だエビデンスの低さが否めない状況である.医療領域の中で音楽を用いた 治療的介入を行っていくために,エビデンスを示していくことは重要である.

このような実情を踏まえ,慢性期統合失調症患者に対する音楽療法の効果を音 楽療法の内容別に検証すること,我が国では報告されていないランダム化比較 試験を用いて慢性期統合失調症患者に対する音楽療法の効果を検証し,音楽療 法のエビデンスを示していくことを主目的とした.同時にこれらの効果と対象 者の個人的音楽背景との関連を検証する.

1.6 研究の意義

慢性期統合失調症患者に対する音楽療法について,その効果や個人的音楽背 景要因との関連を調査することは,以下の利点が考えられる.

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 臨床において年齢を問わず幅広い対象に多くの実践が行われている音 楽療法の治療効果を,対照群を設定して検証することで活動介入の根拠 を体系的に示すことが可能となる.

 音楽療法の効果と音楽に対する個人的な音楽背景との関連を調査する ことで,背景別による音楽療法の対象者選択の判断基準が得られ,効率 的な個別的支援につながる.

 音楽療法は安全性が高くコストが低いことのほか,我が国に多い音楽大 学出身者など音楽技術の高い人材を有効に活用することができるなど,

医療経済面に対しても寄与していけると考えられる.

これらを踏まえ,本研究では最終的に音楽療法が精神科リハビリテーション 技法の一つとして確立するための一助とし,将来的に統合失調症患者に対する 治療法の発展に寄与すると考える.

1.7 用語の定義

本研究で用いる「音楽療法」とは,臨床実践内における作業療法の治療プロ グラムの一つとして行われ,作業療法士および医師(いずれも日本音楽療法学 会認定音楽療法士の資格を有す)などの専門的な訓練を受けた者が事前に初期 評価を行い,対象者の個人的背景や心身状態などを考慮した上で目標を設定し ながら企画,運営される集団活動であり,精神機能や社会機能,認知機能など の改善を目指す活動と定義する.

1.8 倫理的配慮

本研究の対象者の大部分が統合失調症患者であることから,人権に関して最 大限に配慮した.実験の開始前に主治医に研究説明を行い,問題がないかを確 認した.その上で各対象者に対し,事前に書面を用いて「本研究の目的と方法」

「同意しない場合も不利益を受けないこと」「同意をいつでも取りやめることが 出来ること」「その他,人権に係わる事項」について個別に十分な説明を行った.

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その後,研究協力に関する承諾を書面にて得てから研究を開始した.この時,

書類に用いる文章は出来る限り平易なものを使用し,対象者の理解が容易とな るよう配慮した.また,本研究への参加は自由であり,参加者の意思が十分反 映されるものとし,この研究によって得られたデータは研究目的以外では使用 されないということも十分に説明を行った.なお,第 3 章と第 4 章における研 究に関しては,九州大学大学院芸術工学研究院実験倫理委員会と肥前精神医療 センター倫理委員会の両者の承認を得てから,第 5 章に関しては九州大学大学 院芸術工学研究院実験倫理委員会の承認を得てから研究を開始した.

1.9 本論文の構成

第 1 章では,本論文の背景として,精神障害領域における音楽療法に関する 先行研究を紹介する.その中で,本研究の意義や目的について述べていく.以 降,第 2 章から第 5 章では,慢性期統合失調症患者に対する音楽療法の効果に ついて実証的根拠を示すことを試みた 4 つの実験結果を報告する.

第 2 章では,慢性期統合失調症患者に対する内容の違いによる音楽療法につ いて報告する.すなわち,音楽療法の中で多くの実践が行われている歌唱と合 奏という異なる方法による介入の効果について,介入前後の比較と内容の違い による効果の比較を両者の面から検証した.その結果,歌唱では精神症状を刺 激する可能性があるものの発散的に次々と歌っていくことで気分を中心とした 改善が得られ,合奏においては現実的で他者との協調性を要する訓練的な活動 により精神症状の改善が得られ,作業遂行が向上することが明らかとなった.

これらの結果から導入する音楽活動の内容が異なる場合に,異なった効果が得 られるので,確かに音楽療法の効果はあることを確認した.

第 2 章より音楽療法介入の効果を確認したので,次の第 3 章では慢性期統合 失調症患者を対象に対照群と実験群を設定し,無作為抽出化による手法を用い て音楽療法の介入効果を検証する.この章では,厳密な手法を用いて音楽療法 の効果を検証することが目的であるため,音楽療法の内容は一般的な手法であ る歌唱や合奏を含むものを用いた.その結果,音楽療法介入前後において,認 知機能の一つであるFABの F2 知的柔軟性において有意な差を認めた.また,

音楽療法介入の総合的効果を求めることを目的に,精神症状の評価である

PANSS と社会機能の評価である REHAB の下位項目の変化量を用いて主成分

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分析を行った.ここでは 3 つの成分が抽出され(第 1 成分:活動・対人交流,

第 2 成分:精神機能,第 3 成分:日常生活動作),これらの結果から,対照群で は大きな動きが見られなかったのに対し,実験群は各方向に対し大きい動き,

すなわち改善と悪化の様々な方向への変化を認めた.以上から,音楽療法介入 の効果は確かに認められるが,個人によって改善,悪化のいずれの効果もあり うることを示していく.

個人により音楽療法の効果が異なることから,第 4 章では個人の音楽背景別 による音楽療法効果の違いを検証する.先の音楽療法介入で得られた各種検査 結果の変化量を分析対象として,音楽背景別の比較検定を行った.その結果,

実験群において日常的にラジオで音楽番組を聴取する方は REHAB の逸脱行動 が改善し,日常的に歌唱を行う方はFABが改善するという結果が示された.対 照群では有意な差は認められなかった.以上より,音楽療法により得られる効 果は対象者の個人的音楽背景要因と関連することを示していく.

最後の第 5 章では,第 3 章において音楽療法介入により一部の認知機能の改 善が示されたことから,音楽療法の効果をよりよく理解するため,音楽聴取が 種々の課題遂行に改善をもたらすかどうかを検証する.この実験では,大学生 に対して音楽条件の有無による認知機能検査を実施した.その結果,今回用い た認知機能検査では,大学生への音楽聴取の影響は見られなかった.しかし,

個人の音楽背景別に検証を行うと,音楽の好みの程度の違いにより認知機能検 査の成績が異なり,個人の音楽背景によって課題遂行に差異が生じることが明 らかとなった.よって,心理学的実験においても個人の音楽背景により結果が 異なることが示され,個人の音楽背景を考慮することの必要性があることにつ いて述べていく.

以上の構成のもとに本論文を記述し,最後の第 6 章では本研究で得られた知 見をまとめ,本論文の結びとする.

注 1) 2002 年に「精神分裂病」という病名が「統合失調症」に変更された.2002 年以前に

発表されたものは,本文のまま記載した.

注 2) Gold (2005) ではデータのみが引用されており,その後正式に出版された.

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