2014年12月10日
博士学位論文審査報告書
大学名 早稲田大学
研究科名 スポーツ科学研究科 申請者氏名 李 氤華
学位の種類 博士(スポーツ科学)
論文題目 Playfulness toward Active Free Play among School-Age Children 就学期児童の運動遊びにおけるプレイフルネス
論文審査員 主査 早稲田大学教授 彼末 一之 医学博士(大阪大学)
工学博士(大阪大学)
副査 早稲田大学教授 竹中 晃二 教育学博士(ボストン大学)
博士(心理学)九州大学
副査 早稲田大学教授 岡 浩一朗 博士(人間科学)(早稲田大学)
身体活動・運動の実践は,子どもにおいて,身体的,精神的,社会的安寧に大きな影響を 及ぼす。その影響は,彼らの現在だけでなく成長の過程にも及んでいる。しかし,最近の子 どもは,利便性の高い機器の利用,またそれらの環境下にあり,加えてテレビゲームやテレ ビなどの娯楽によって活動レベルはますます低下していく。研究者や教育関係者は,この不 活動によって生じる健康への害を指摘し,特に体力低下や肥満児の出現に危機意識を募らせ ている。そのため,体育・スポーツ領域を中心にして,この現象を食い止める様々なアプロ ーチが行われてきた。しかし,大人主導の体力強化やスポーツ振興による介入がどれほど現 在の子どもの活動レベルを押し上げることに貢献しているかは定かではない。この疑問は,
よく運動を行う子どもと全く行わない子どもの 2 極化が依然として解決されていないこと にも見てとれる。成果を導くためには,身体活動・運動という行動が恒常的に行われなけれ ばならず,一過性の介入だけでは根本的解決を導くことはできない。そのために,新たな観 点が必要とされている。
本学位論文では,体育・スポーツではなく,子どもが自由に行うアクティブ・フリープレ イ(active free play:活動的な自由遊び)に注目し,その内発的動機づけを高める要素と してプレイフルネス(playfulness:遊び心)に関する研究を行っている。また,アクティ ブ・フリープレイの効果については,身体的健康だけに目を向けるのではなく,メンタルヘ ルス改善や社会性の増強効果についても議論を行っている。本論文では,最初に従来の研究 を入念に概観し,ついで質的研究として子ども自身からアクティブ・フリープレイを促進さ せるプレイフルネスの内容および関連要因を聞き出している。その後,プレイフルネス尺度 の開発を行い,下位尺度について性差,学年差および行動変容ステージによる差を検討して いる。
1 章では,本研究の導入部として,本研究全体の概要を述べ,研究目的,意義および用語 の定義を行っている。つづく 2 章では,子どもにおけるプレイフルネスの機能,そして従来 から行われてきた定義について説明を行っている。プレイは,国際連合における「児童の権
利に関する条約」のなかで,すべての子どもにとっての権利と明記されており,子どもの健 康的な発育と安寧に重要な役割を果たしている。プレイフルネスは,そのスピリットとして 認識されており,認知的,社会経済的,生理的成果と大きく関係している。従来,子どもに おけるプレイとプレイフルネスの定義や概念については,主に子どもの発育発達について研 究を行う作業療法の分野において発展し,Lieberman モデル,Bundy 理論,および Cooper 概 念モデルなどが存在している。近年では,虐待や災害などによって心的外傷体験を患った子 どもへの回復に関わる要素としてプレイフルネスの要素を強化したプレイの効用が注目し ている。また,1 章では,従来,開発されてきたプレイフルネス尺度についても紹介されて いる。本研究では,これらの研究から,プレイフルネスを以下の 4 要素を含むものと仮定し,
アクティブ・フリープレイと結びつけて研究を進めている。それらは,1)積極的関与(active involvement),内的制御(internal control),楽しみ(fun),および社会的関わり
(socialization)である。
3 章では,日本人就学期児童を対象に, アクティブ・フリープレイにおけるプレイフル ネスの要素を, 1)楽しさの知覚,2)積極的関与,3)内的統制,4)社会性,および 5)
文脈効果,に分け,フォーカスグループインタビューを用いて調べている。この調査では,
担任の判断によって活動的な児童および不活動な児童を選び,男女それぞれ 30 名,そして 3 学年に応じて,12 グループに調査を行っている。その結果,それぞれの質問に対する反応 がテーマおよびサブテーマに分けられ,最終的に,楽しさ,活動的関与,内的制御,および 社会化の 4 要因が抽出された。これらの結果について,性差が検討され,さらに文脈効果で は,アクティブ・フリープレイについての促進要因およびバリア要因が明確にされた。
4 章では,3 章で行ったフォーカスグループインタビューの結果を基に,自己報告による プレイフルネス尺度の開発を行い,その信頼性および妥当性を検討している。東京都内の 2 小学校における 3〜6 年生男女 526 名を対象に,38 項目から成るプレイフルネス質問調査を 行った結果,「没頭」,「自己決定」,「自己効力」,「グループルール」,および「社会 化」と命名された 5 因子 19 項目から成る playfulness 尺度が開発され,その後十分な信頼 性および妥当性が証明された。
5 章では,4 章で開発したプレイフルネス尺度を用いて,学年差および性差を,また行動 変容ステージの差を検討している。その結果,526 名の児童についてはプレイフルネス尺度 の各因子において性差が見られなかったが,学年差は有意であった。どの因子においても,
高学年の児童よりも低学年の児童の方が高い値を示し,プレイフルネス尺度における各因子 は,高学年になると薄れていくことがわかった。つづいて,作成したプレイフルネス尺度の 合計得点を独立変数,運動遊びの実施状況を従属変数とする仮説モデルの検討として,共分 散構造分析を行っている。その結果,プレイフルネスからアクティブ・フリープレイの実施 状況に対する有意な影響力が確認され,モデルの適合度指標も良好であり,仮説モデルを支 持する結果となった。
6 章は,本論文全体について総合論議を行っている。3 章で実施したフォーカスグループ インタビューでは,アクティブ・フリープレイを妨げている大きな要因として,子どもの多 忙さがあげられた。また,プレイ内容の嗜好が男女で異なっており,女子では,男子と比較 して,身体接触や競争,スキルの獲得に対して嫌悪感を抱いていることがわかった。そのた め,アクティブ・フリープレイの促進のためには,スケジュールの管理や時間設定,また性 に合わせた活動内容の推奨など配慮が求められていることが明らかになった。
本論文を通して,プレイフルネスは,「没頭」,「自己決定」,「自己効力」,「グルー
プルール」,「社会化」の 5 つの構成要素から成ることが理解できた。ただ,グループルー ルは,従来の欧米研究では見られない構成概念であった。すべてのプレイフルネス構成概念 は,低学年児童が高学年児童よりも大きく,このことは我が国の文化や発育の程度が影響し ていると議論された。たとえ年長児童であっても介入によってプレイネスフルが増強できる かについては今後の研究に委ねられる。
以上,本論文は,1 章から 6 章まで,論理的に進められており,優れた論文となっている。
以下は,本論文作成のもとになっている原著論文および報告書である。
Lee, Y., Takenaka, K., & Kanosue, K. (2014). An understanding of Japanese children’s perceptions of fun, barriers, and facilitators of active free play. Journal of Child Health Care,
Published Online, 31 January 2014 DOI: 10.1177/1367493513519294
YingHua Lee,島崎崇史,竹中晃二,小沼佳代(2013).メンタルヘルス改善に及ぼす遊びの 要因分析. 平成25年度日本体育協会スポーツ医・科学研究報告Ⅱ: 社会心理的側面の強化 を意図した運動・スポーツ遊びプログラムの開発および普及・啓発—第1報—.44-65.
本論文では,この分野において,従来行われてきた先行研究を綿密に検討した上で,子ど もにとって必要なプレイフルネスの要素を明らかにしており,子どもがからだを動かす上で 必要な内発的動機づけの具体的内容が理解できた。今後は,プレイフルネスの要素を強化す る介入によって,子どもの運動についての習慣化に結びつけることができるか否かの研究に 興味が移る。本論文は,その基礎的知見を導きだしたという意味で価値がある。
以上,本論文は,博士(スポーツ科学)の学位を授与するに十分値するものと認める。
以 上