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占領の定義について

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占領の定義について

著者 新井 京

雑誌名 同志社法學

巻 69

号 7

ページ 2515‑2544

発行年 2018‑02‑28

権利 同志社法學會

URL http://doi.org/10.14988/pa.2019.0000000306

(2)

    同志社法学 六九巻七号四八七二五一五

             

はじめに

  占領 1

法規は、一九四九年のジュネーヴ第四条約(文民条約)により補完されたものの、一八七四年のブリュッセル宣言、一八九九/一九〇七年のハーグ陸戦規則で示された基本構造、すなわち領域国の主権に影響を及ぼすことなく(暫定性)、占領国の軍事的必要と占領地住民の権利を保護するという構造 2

を変えることなく、今日に至っていると考えられる。

  しかし、この間に生じた国際法の発展、特に戦争の違法化、国際人権法の発展、そして武力紛争法の﹁人道化﹂は、占領法規の個々の規則のみならず、その存在意義にも影響を及ぼしうるものと考えられる。さらに二〇世紀以降の軍事技術の発展は、占領地の支配のために一九世紀に必要とされた前提を変更した可能性がある。軍隊が敵国の領域を支配

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    同志社法学 六九巻七号四八八二五一六

する目的も、国際法環境の発展やそれを前提にした各国の軍事ドクトリンの変更により、一九世紀後半ほど画一的にはとらえられなくなっている。

  以上のような変化に伴い、占領に関わる一群のルール(占領法規)の存在意義がどのように変化しうるのかを、占領法規適用対象である占領状態の定義のあり方の観点から考察するのが本稿の目的である。一八九九/一九〇七年のハーグ陸戦規則四二条は、一八七九年のブリュッセル宣言一条と同一の語で、﹁一地方ニシテ事実上敵軍ノ権力内ニ帰シタルトキハ占領セラレタルモノトス。占領ハ右権力ヲ樹立シタル且之ヲ行使シ得ル地域ヲ以テ限トス﹂と規定する。フランス語の正文では以下の通り規定される。

  

  ut p la cé d e fa it so us l’a or ou ité d e l’a rm ée e nn em ie ve tr U ér n te rr ito ire e st c on sid é se co m m e oc cu pé lo rs qu ’il .

L ’o cc up at io n n e s ’é te nd q u’a ux te rr ito ire s o ù c et te a ut or ité e st é ta bli e e t e n m es ur e d e s ’e xe rc er .

  コウトロウリスは、この条文の要素として、以下の四つの条件が抽出できるとする 3

   ①  領域が支配されること    ②  軍隊による支配であること    ③  交戦状態の存在(﹁敵﹂という用語から当然類推される)    ④  敵軍ノ権限内に当該領域が﹁事実上﹂おかれていることこれら占領状態の構成要素の核心は、一つには、当該領域が外国軍隊の﹁実効的支配﹂の下に置かれている事実であり、他方で当該外国が領域国との関係で﹁敵国﹂であるという事実である 4

。本稿では、それぞれの要素の妥当性を順に検討

(4)

    同志社法学 六九巻七号四八九二五一七 する。

一  実効的支配の要件

1   実 効 的 支 配 の 意 義

  一定の外国領域を実効的に支配することは占領状態の確立のための必要条件とされる。すなわち、占領法規が適用され、そこに認められた占領国としての権限を行使できる(かつそれに伴う義務・責任を負うべきだ)という状況は、占領国が敵国の一定領域を実効的に支配するという事実により生じるということである。領域国や他国・国際機関による承認は必要とされず、実効的支配という事実のみを根拠とするのである。

  国際法上﹁実効的支配(

ef fe ct iv e co nt ro l

)﹂という語は、国家責任法との関連で非国家主体の行為の国家への帰属の条件として、さらに、非国家武装勢力に対する外国の支配を原因として当該非国家武装勢力と領域国との間の非国際的武力紛争を国際化する要件としても用いられている 5

。しかし、占領状態の要件としての﹁実効的支配﹂概念に最も近似した国際法上の制度は、国家責任法や武力紛争国際化のそれではなく、海戦法規において封鎖を法的に有効たらしめるために必要とされる封鎖の﹁実効性﹂であると指摘される。ブリュッセル宣言起草時に、一八五六年のパリ宣言において、封鎖宣言のみによって封鎖がもたらす法的効果を獲得しようとする紙上封鎖(

pa pe r b lo ck ad e

)が諸国により排除されたことを念頭に置いて、占領により生じる﹁権利﹂の安易な獲得を排除することを目的として、﹁実効的支配﹂を占領状態確立の条件としたのである 6

  ここでいう﹁実効的支配﹂は、一定領域が﹁敵軍ノ権力内ニ帰﹂しているという事実そのものであり、﹁擬制﹂とし

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    同志社法学 六九巻七号四九〇二五一八

てや﹁紙上﹂のみではなく、現実の権力の確立が求められると考えられる。アメリカ軍の二〇一五年戦争法マニュアルは、占領にかかる実効的支配の意味について、﹁組織的抵抗が鎮圧されていなければならず、占領軍が権限を確立するための措置をとっていなければならない﹂と規定する

)7

。同マニュアルによれば、占領地域に合理的時間内に権限を強制する軍事部隊を送ることが可能であれば十分であり、占領地域の重要箇所の支配が必要ではあるが、すべての地区に軍隊のプレゼンスが必要とされているわけではない。さらに、﹁敵軍ノ権力内ニ帰﹂するとは、﹁領域国の権限が停止され、占領軍の権限がそれに代替する﹂ことを必要とするとされる 8

  占領は、領域及び住民に対する権限行使が可能な部隊によっておこなわれる必要がある。したがって、偵察部隊、特殊作戦部隊、空挺部隊など通常は対敵作戦遂行のために移動し続けている部隊の存在のみでは、通常は占領状態を確立することは出来ないと考えられる

)9

。しかしながら、実効的支配を行うにあたって、特定の支配形態をとることが必要なわけではない。いくつかの国は、敵国領域を占領する場合に﹁軍政府(

m ilit ar y go ve rn m en t

)﹂や﹁民政府(

civ il go ve rn m en t

)﹂を置くことを予定する陸軍教範を持つが、そのような定式化された統治が求められるわけではなく、現実に一定の権限を行使することが可能であれば、その権限がどのように行使されるかは問われない ₁₀

  武力衝突の過程で生じる占領は、十分な権限行使が可能となるような一定程度の安定性を前提としているが、他方で占領状態にはある程度の流動的要素がある。常に敵軍による占領地奪還の潜在的対象となっているだけではなく、住民の抵抗運動、パルチザンやゲリラによる脅威にもさらされる。ゆえに、占領は事実の問題であるとはいえ、﹁占領地のすべての場所﹂に十分な数の占領部隊が所在することを求めるのはナンセンスであり、結果として、現地の反抗勢力による領域支配が一時的に成立しても、当該領域の占領地としての地位に影響を及ぼさない可能性もありうる。例えば、第二次世界大戦時にドイツ軍はギリシャとユーゴスラビアにおいて占領軍であったが、パルチザンによる領域の一部の

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    同志社法学 六九巻七号四九一二五一九 支配がたびたびみられた事例について、アメリカ軍事法廷は﹁ドイツ軍は必要なときに望めば当該領域の物理的支配を回復しえた﹂ことを根拠に、当該パルチザン支配地域もまた占領地域に該当することを認めた ₁₁

。しかし他方で、ドイツ特別行動隊(

E in sa tz gr up pe n

)に関わる判例では、同隊が活動する地域では、パルチザンが領域を奪還し、ドイツ側が同地を再占領するために相当な軍事活動を要したのであり、その規模が占領地における秩序維持のための﹁警察行動﹂の範囲を超えていることを理由として、そのようなパルチザンにより奪還された領域を占領地域とはみなさなかった ₁₂

2   実 効 的 支 配 の 現 実 性

  ハーグ陸戦規則四二条の二項は、﹁右権力ヲ樹立シタル且之ヲ行使シ得ル地域﹂(

ce tte a ut or ité e st é ta bli e et e n m es ur e de s ’e xe rc er

)と規定するが、果たして実効的権力を﹁樹立した(

es t é ta bli e

)﹂ことと、かかる権力を﹁行使しうる(

es t e n m es ur e de s ’e xe rc er

)﹂ことはどのような関係にあるのかが問題となる。権力が樹立されているとは、権力が行使されうる状況を当然意味するのだから、両者は同一の状況を示すのではないかとも考えられるからである。全ての条文に意味があると解するために ₁₃

、両者の想定する状況が同一でないとすれば、それ(特に﹁行使しうる﹂状況と)はどのような状況を指し示しているのか。さらに権力を﹁行使しうる﹂とは、﹁行使が可能な状況にある﹂ことを意味するのか、﹁行使されている事実﹂を必要とするのか。

  この議論は、一八七四年のブリュッセル宣言を起草する過程ですでに問題となり、その後も長年にわたり議論されてきた問題でもある。ベンヴェニスティは、この議論を潜在的﹁占領国﹂と潜在的﹁被占領国﹂の見解対立の産物であるととらえている。陸軍大国である潜在的﹁占領国﹂(たとえばプロシアやロシア)は、占領国としての権限を獲得し占領地における抵抗を法的に規制する根拠として、占領状態の敷居を可能な限り低くしたいのに対して、強大な陸軍を持

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    同志社法学 六九巻七号四九二二五二〇

たない潜在的﹁被占領国﹂(たとえばベルギー、オランダ、スイス、フランスなど)は、占領状態の確立のための条件をより厳しく設定しようとした。後者の立場からは、占領は﹁外国の軍隊が一定領域を確保し領域国軍を追い出した局面﹂と﹁外国軍が増強され、通信通行が確保され、さらに現地住民との関係で一定の管理を行いうるようになった局面﹂という二局面に分けられ、後者の局面に達した場合にのみ占領法規の適用される占領状態に該当すると主張された ₁₄

。対して潜在的﹁占領国﹂は、地上における領域の実効的支配は海上封鎖の場合の実効性よりも可視性が低く、そうした可視性の確保のためには現実の実効的支配に必要な数と比較してより膨大な数の兵員・部隊が必要になることを懸念し、当該対象領域全体の﹁物理的な支配﹂は必ずしも要されないと反論した。議論の結果、ブリュッセル会議では、本項の真意が﹁擬制封鎖を認めない﹂趣旨であるとの了解の下、小国の同意を取りつけるため﹁権力を行使しうる﹂という実行可能性要件が付け加わることになった ₁₅

  このようにして、一八七四年の段階で今日につながる﹁現実の外国軍の存在(権力の確立)﹂とその﹁実行可能性﹂とが累積的に﹁実効的支配﹂の要件として確立された。より高い敷居を設定することで、占領国としての責任を果たしえない﹁占領国﹂が、占領の果実のみを得ることを防ぐことが強調された。しかし、後年、特に国際法が発展し占領国の義務・責任がより重くなるにしたがって、一九世紀の起草者らが想定していなかった問題が生じるようになり、権力の実行可能性の要素に関して新たな問題を提起するようになった。すなわち、一定地域をコントロールしながらも、占領地における文民に対する実際の支配を敢えて行わないことで、占領軍たること、占領国としての義務や責任を引き受けることを拒否するケースが生じるようになったのである。そこで、占領国の権力が﹁実行可能である﹂ことの正しい解釈は、﹁実際に権力が行使されている実績﹂が必要なのか、または占領国が﹁権力を行使し得る立場﹂にあれば十分といえるのかという点が問題となった ₁₆

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    同志社法学 六九巻七号四九三二五二一   この点に関して、ブリュッセル会議において﹁権利を行使しうる﹂という条件が付加される際、ベルギー代表は﹁占領国が占領地住民の支配のための現実的かつ十分な手段を有すること﹂が求められると説明していた ₁₇

。学説上も、例えばオッペンハイムは、﹁領域国の権力行使が阻止され、占領軍が自己の権限を主張しうる地位にあり、領域に対する管理が実際に確立されていること﹂が占領状態確立のためには必要だと述べている ₁₈

。ここから、ハーグ陸戦規則四二条一項と二項の前半の支配の確立を﹁領域﹂におけるプレゼンスと管理の実施を意味し、二項の後半(﹁権利を行使しうる﹂)を住民に対する﹁権力行使可能性﹂に言及したものとの理解が成り立つ。

  そのような当初の思惑は、第二次世界大戦後変容した。例えば第二次世界大戦時のドイツの戦争犯罪を裁いたアメリカ軍事法廷の﹁人質事件﹂(

H os ta ge s C as e

)判決では、ハーグ規則の要件から離脱し、むしろ一八七四年時点のプロシアなどの潜在的占領国に近い立場をとっているように思われる。その﹁⋮占領軍の支配が維持され、現地政府権力が排除される限りにおいて、当該地域は占領されている﹂ ₁₉

という表現は、占領地域住民に対する権力行使の要素を重視していないと指摘される ₂₀

。少なくとも、占領軍の領域的な支配の確立のみに言及しながらも、かかる領域支配の確立が占領軍による当該領域住民に対する権力行使の潜在的能力を同時に意味しているとも考えられる ₂₁

。少なくとも、この判決は領域支配に加えて住民に対する﹁現実の権限行使﹂までは求められないことを明らかにしている。人質事件が示唆するような﹁領域﹂の実効的支配(=住民の支配可能性)という単一化された基準は、第二次世界大戦後の学説上も支持をうけていると考えられる ₂₂

  各国の軍事マニュアルは、若干不明確ながらも同様な立場をとっていると考えられる。ドイツの統合軍マニュアルは﹁占領軍は、権限を実際に行使する能力を有さなければならない ₂₃

﹂とのべている。アメリカ合衆国のマニュアルは、一九五六年の陸軍野戦マニュアルは占領には﹁侵攻軍が現地正統政府の権限を代替することに成功した ₂₄

﹂事実を要すると

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    同志社法学 六九巻七号四九四二五二二

していたが、二〇一五年戦争法マニュアルはより明確に﹁占領の事実が占領地域(

th e oc cu pie d te rr ito ry

)に権限を行使する要件として必要とされるのは、当該領域を実際に支配することなく敵国領域に対して軍政を敷く権限をただ宣言するだけであってはならないことを意味する ₂₅

﹂として、領域に対する支配の要件であることを強調している。イギリスの二〇〇四年マニュアルも﹁第一に、従前の政府がその権限を当該地域に公に行使することができなくなること、第二に、占領軍が従前の政府のそれに替わって自らの権限を行使する地位にあること﹂が必要だとしている ₂₆

。これらが一応示すのは、住民に対する統治を可能にする前提としての領域の支配が、占領法規適用に必要な実効的支配の内実だという各国の理解であると思われる ₂₇

  しかし他方で、いくつかの判例は以上のような理解を曖昧にし、または完全に無視しているように思われる。旧ユーゴスラビア刑事法廷のナレテリッチ事件の第一審裁判部判決は、英国のマニュアルとも共通するような﹁現地政権の権力の占領軍による代替を可能とする立場にあること﹂などを占領の確立に必要な実効的支配、また﹁領域に対する一時的統治の確立﹂など領域支配の要素を指標としてあげつつ、﹁文民たる住民に対して自らの指令を発し、強制していること(

th e oc cu py in g po w er h as is su ed a nd e nf or ce d dir ec tio ns to th e civ ilia n po pu la tio n

)﹂という住民支配・現実の権限行使の指標も同時に示唆している ₂₈

  また、国際司法裁判所コンゴ領域軍事活動事件判決は、領域支配の可能性ではなく住民に対する現実の支配に重きを置く論理をとっている ₂₉

。裁判所はウガンダ軍が新しい知事を任命するなどして実際に支配を及ぼしたコンゴ領域の一部(イトゥリ地区)について占領地域であることを承認した ₃₀

。しかしその他の地域については、ウガンダ側の﹁ウガンダ軍は小規模であり、現地の支配はコンゴ内の反政府武装組織によって行われていた﹂という主張を容れ、実際にはウガンダ軍がコントロールしており、完全にコンゴ政府による支配の外にあった領域であるにも拘わらず、ウガンダ軍が住

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    同志社法学 六九巻七号四九五二五二三 民に対する直接統治を行っていなかったことを重視して、ウガンダによる占領地域であることを否定した ₃₁

  コンゴ領域軍事活動事件における国際司法裁判所の解釈は、占領地住民について法的責任を有する統治者が不在となり、人道的保護のループホールを作りかねないという観点から批判を受けている ₃₂

。﹁南オセチア﹂およびジョージア領域におけるロシア軍の責任をめぐる独立国際事実調査ミッションの報告書は、占領軍が現実に権限を行使しないことによって占領法規上の責任を免れようとする危険性を増大させるとしてこの解釈を否定した。委員会は、﹁占領軍とみなされるかどうかに関する国際法の基準は、侵入国が問題の国家領域およびその住民に対して実効的支配を確立しているかどうかである﹂というロシアの主張 ₃₃

を退けて、現地において﹁ロシア軍は駐留する地域の公の秩序と安全を確保しうる地位にあり﹂、ロシアが現地住民を保護するために権限を行使しなかったことで占領軍の義務から免れうるわけではないことを明確にしたのである ₃₄

3   侵 入 期 と 占 領 の 関 係

  ハーグ陸戦規則四二条における占領の定義は、第二次世界大戦後、一九四九年のジュネーヴ諸条約が成立した際にも、﹁抵抗なき占領﹂(共通二条二項)の概念の導入以外には変更されず維持された。文民条約の一五四条が﹁⋮陸戦の法規及び慣例に関するヘーグ条約によって拘束されている国でこの条約の締約国であるものの間の関係においては、この条約は、それらのヘーグ条約に附属する規則の第二款及び第三款を補完するものとする﹂と規定するように、文民条約第三編第三部の占領法規の規定も、ハーグ陸戦規則の占領概念を適用対象として想定しているものと考えられる。ジュネーヴ諸条約および一九七七年の追加議定書には、占領状態を定義する規定は存在しない。

  しかしながら、ジュネーヴ諸条約の﹁保護のギャップを残さず、最大限の人道的保護を達成する ₃₅

﹂という趣旨目的の

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    同志社法学 六九巻七号四九六二五二四

観点から、ハーグ陸戦規則四二条の定義に該当しない状況であっても、文民条約の規定は適用されるという主張がある。ICRCにおいてジュネーヴ諸条約の起草に深く関与したピクテは、文民条約の注釈において、この考え方を最初に示した。彼によると、文民条約において被保護者は﹁いかなる時であると、また、いかなる形であるとを問わず、紛争当 000

事国又は占領国の権力内にある者 000000000000000でその紛争当事国又は占領国の国民でないもの(傍点引用者)﹂と定義されており、占領国であれ占領国に該当しない紛争当事国であれ、自国民でない者をその権力内におけば、文民条約による保護が与えられるべきであり、いかなるループホールも存在しないとされる ₃₆

。かかる観点から、同条約六条一項が条約適用対象とする﹁占領﹂は、ハーグ陸戦規則四二条の定義よりも広く解釈されるべきであり、必ずしも同条には依存せず ₃₇

、﹁文民条約は、軍隊が外国領域に侵入し、現地の文民たる住民との関わりが生じれば直ちに適用が開始される﹂とする ₃₈

。軍隊の外国領域への侵入と占領状態確立の間に中間的状態は存在せず、例えば﹁敵領域に駐留の目的なく侵入したパトロール部隊も、文民と出会った場合には、当該文民の扱いにおいて文民条約を尊重しなければならない﹂と述べる ₃₉

。ICTYナレテリッチ事件第一審裁判部判決も、文民条約注釈の﹁ピクテ・セオリー﹂を追認しているようにみえる ₄₀

  しかし、この﹁ピクテ・セオリー﹂に対しては、根強い反論がある。第一の反論は、占領法規に関する適用の敷居に﹁二重性﹂があることを示唆する証拠が存在しないというものである。確かに、文民条約の起草作業において、当初ICRCは文民条約によってハーグ陸戦規則の関連規定を置き換えることを意図したとされる ₄₁

。しかし、最終的な条文では、一五四条にあるように、両条約が併存し補完し合うこととなった。二つの条約の間に矛盾があれば、﹁後法優先﹂の原則により調整されると考えられるが ₄₂

、ハーグ陸戦規則四二条と異なる意味をもつ占領の定義は文民条約には導入されなかった。コンゴ領域軍事活動事件における国際司法裁判所は、占領法規適用の﹁唯一の﹂敷居として、さらに文民条約の適用範囲の決定においても、ハーグ陸戦規則四二条の占領の定義に依拠している ₄₃

。ICTYも、上記ナレテリッ

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    同志社法学 六九巻七号四九七二五二五 チ事件第一審裁判部判決の別の箇所で、﹁ジュネーヴ諸条約において占領の定義が存在しないことから、ハーグ陸戦規則四二条の占領の定義に依拠する﹂ことを明確にしている ₄₄

  第二の反論として、文民条約に限っても、占領状態が確立する前の﹁侵入期﹂においては履行不可能な条文が多数存在することがあげられる。文民条約の多くの規定が、占領軍による実効的支配を前提とする﹁積極的義務﹂を課している。確かに同条約五〇条にいう﹁児童の監護及び教育﹂に関わる規定、または五六条にいう﹁医療施設及び衛生措置﹂にかかわる義務などを、十分な領域支配を確立することなく履行することは不可能である。ただし、このような反論に対して﹁ピクテ・セオリー﹂を支持する立場からは、占領法規のすべての規則が﹁侵入期﹂から適用されるのではなく、一部の規則が適用されるべきことを強調しているに過ぎないと再反論がなされる。この主張は、保護のギャップを埋めるためには﹁好ましい﹂アプローチであるが、ツワネンブルグが指摘するように、文民条約の条文中に二種類の異なる状況に適用されるべき規則の二分化はなされておらず、実際上﹁侵入期﹂から適用可能な規則とは何かが把握できないという難点がある ₄₅

  第三の反論は﹁ピクテ・セオリー﹂が強調する保護のギャップに関わる。﹁ピクテ・セオリー﹂を支持するサッソーリは、﹁文民条約起草時に、占領地の文民と占領されていないけれども敵国の権力内に置かれた文民との間で保護の程度に差を設けることが意図されていたとは思われない﹂と指摘する ₄₆

。しかし他方で、ツワネンブルグは武力紛争の影響をうける人の間に保護の程度の差が存在するのは決して珍しいことではないと述べている(例えば国際的武力紛争と非国際的武力紛争の間の差、捕虜と捕虜たり得ない者との間の扱いの差など ₄₇

)。ここで考慮しなければならないのは、﹁ピクテ・セオリー﹂を受け入れない場合に、﹁占領地の文民と占領されていないけれども敵国の権力内に置かれた文民との間に保護の程度に差が生じる 00000﹂のであって、後者の文民に﹁いかなる法的保護も与えられなくなる﹂わけではないと

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    同志社法学 六九巻七号四九八二五二六

いう点であろう。文民条約四条の被保護者の定義によれば、﹁占領されていないけれども敵国の権力内に置かれた文民﹂も、占領地域に適用される第三編第三部以外の規定、例えば第二編﹁戦争の影響に対する住民の一般的保護﹂の規定の適用対象と考えられる。この点について、先のナレテリッチ事件に関するICTY第一審裁判部判決も、ハーグ陸戦規則四二条の占領の定義を受け入れつつ﹁ピクテ・セオリー﹂を採用しているが、後者が当てはまるのは、﹁個人に関する限り﹂であることを強調しており、﹁ピクテ・セオリー﹂を占領法規全体の適用の敷居を引き下げるために援用しているようには思われない。

  結局のところ、次のようなボーテのアプローチが穏当かつ説得力ある両説の着地点であるように思われる。すなわち、前節で論じたように、占領状態の成立は﹁客観的﹂に﹁占領軍がその権限を行使しうる立場にあること﹂と捉えられ、侵入軍の主観的意思(たとえば軍政を立ち上げないこと)により責任を回避し得ない。他方で、占領状態とは言えない状況においても、現実の戦闘状況における文民の攻撃の影響からの保護、文民条約第二編の保護、さらにジュネーヴ諸条約共通三条や第一追加議定書七五条の最低限度の人道的保護が存在しうる。仮に、後者の規定による人道的保護が不十分である状況が生じても、前者のような占領状態の定義の客観化によれば、ピクテが懸念したような﹁保護の中間状態﹂は、現実にはそれほど広くないと考えられる ₄₈

4   地 上 軍 な き 実 効 的 支 配 ?

  上述のように、今日の国際法では、占領軍による実効的支配の事実、特に﹁権限行使が可能となる状態﹂にあることが占領法規適用の条件であるとされる。さらに、人質事件におけるアメリカ軍事法廷判決や二〇一五年のアメリカ軍マニュアルが示唆するように、このような実効的支配を行う軍隊の配置は、必ずしも領域のすべてに及んでいる必要はな

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    同志社法学 六九巻七号四九九二五二七 く、一定の時間内に困難なく部隊を派遣することが可能であれば十分だと考えられている。かかる法状況において、さらに今日の軍事技術の発展をも考慮して、占領地域の実効的支配の確立には地上軍のプレゼンス(

B oo ts o n th e gr ou nd

)が必要なのかが議論されるようになった。少なくとも、一旦地上軍を用いて一定領域に対して実効的支配を確立すれば、その後の権限の維持のためには地上軍のプレゼンスを必要としないのではないかという議論である。これは二〇〇五年にイスラエル軍がガザ地区から地上軍を撤退させ、一九六七年以来続いてきた軍政を終了させる手続をとったことで顕在化した。なぜなら、二〇〇五年以降も、イスラエル軍はガザ地区に対して、海上封鎖、陸上国境とチェックポイントの管理、航空管制の独占等を通じて、ガザ地区住民の生殺与奪を握っており、ハマス等の武装組織からの﹁テロ攻撃﹂に対抗するためにしばしば速やかな地上作戦を展開することで、﹁好きなときに﹂従来の地上軍のプレゼンスを復活させることができる現実を証明したからである ₄₉

。例えば、国際刑事裁判所検察局は、ガザ沖における﹁人道支援船﹂襲撃に関わる状況とガザ地区における状況の予備的調査を行っているが、いずれの状況に関しても、二〇〇五年のイスラエル軍撤退以降も﹁イスラエルが維持している権限の範囲と程度﹂を考慮すると、イスラエルはガザ地区を占領しているという前提にたっている ₅₀

  ICRCは二〇一六年に公表したジュネーヴ諸条約の新しい注釈において、この点につき立場を明確にしている ₅₁

﹁三〇七  ⋮⋮例外的で特別な状況においては、特に外国軍隊が権限の主たる要素や占領軍によって通常とられるその他の重要な統治機能を維持しつつ、占領地域から撤退する場合には、占領法規は、当該領域内でそれら権限が機能する限りにおいて引き続き適用されうる。三〇八  外国軍隊が物理的に所在しなくなっても、当該領域に維持される権限は占領法規の適用の観点から実効的

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    同志社法学 六九巻七号五〇〇二五二八

支配に該当しうる場合がある。⋮⋮三〇九  今日では、従前の占領地域の外から実効的支配を行使し続けうることも無視できない。技術的軍事的発展によって、継続的に軍隊を駐留させることなく外国領域の全部または一部に対して実効的支配を及ぼし続けることは可能となった。そのような場合には、外国軍により維持される権限の程度を考慮することが、現実にどのような手段によってそれが行使されているかを考慮することよりも重要なのである。﹂

  この注釈が右のような﹁特別な例外的状況﹂が存在するというためには、﹁占領国と被占領国(当事者)の間に地理的近接性が存在することが重要だ﹂と指摘していることから ₅₂

、名指しはしていないが、ガザ地区からのイスラエル軍の﹁撤退﹂を念頭に置いていることは確かであろう ₅₃

。ただし、ICRCの意図がどのようなものであれ、現行法によれば、占領に必要とされる実効的支配において地上軍の物理的プレゼンスは不要であるとする﹁ヴァーチャル占領﹂を一般的に占領の新しい形態として再定義することには無理があるように思われる。

  第一に、新しい注釈が注意深く記述しているように、地上軍なき占領の可能性があるのは、﹁一旦確立した占領の継続性﹂の判断の文脈に限られる。この点シェイニーは、﹁占領確立の三要件(彼はこれを、①外国軍の物理的存在、②外国軍による実効的な権限の行使、③領域国政府による支配の不可能性ととらえる)﹂は、鏡のように、﹁占領の終了﹂においてもあてはまると説く。ゆえに、地上軍の物理的不存在は当然に占領の終了を帰結することになる ₅₄

。しかし、占領の確立と終了が完全に同じ要件に基づいて決定されるかどうか疑問がある ₅₅

。人道的保護の要請から客観的に決定されるべき﹁占領の開始(確立)﹂と異なり、占領の終了には様々な考慮要素が関わる。例えば、自決権の保障や政府承認のような国際人道法外の法的要請のみならず、二〇〇四年のイラクにおける占領終了のように、新政権の独立性を強調

(16)

    同志社法学 六九巻七号五〇一二五二九 するというような政治的配慮もそこに含まれうる。そもそも一九四九年の文民条約自体が、六条に言うように、﹁軍事行動の全般的終了の後一年﹂という占領開始の要件とは全く別の終了条件、または﹁(占領)地域で管理を行っている限り(占領法規の主要な規定が継続的に適用される)﹂というような﹁機能主義的要素﹂を予定している。したがって、特に文民条約六条を考慮すると、一旦確立した占領が地上軍の撤退のみによっては終了しないこと、少なくとも占領国の義務は地上軍の存在とは無関係に残存しうることを主張することには妥当性がある。しかしそれでも、法と秩序の維持といった占領国に課された最も重要な役割を果たすことは地上軍なしに不可能であることを考えると、﹁地上軍なき占領の確立(開始)﹂を想定することまではできないだろう。

  また、上記注釈の記述は主として二〇〇五年以降のガザ地区を念頭に置いているとみられるところ、ガザ地区を占領地域と見いだすためにそもそも﹁ヴァーチャル占領﹂なる新概念に依拠する必要はなく、ICRCが措定するのとは異なる根拠でイスラエルがガザ地区を占領状態においていると結論できることも重要であろう。二〇〇五年にガザ地区から地上軍を撤退させたものの、イスラエル軍は東エルサレムを含むヨルダン川西岸地区においてハーグ陸戦規則四二条に言う実効的支配を維持している。従来、国際場裡においてヨルダン川西岸地区とガザ地区は不可分の﹁パレスチナ﹂として扱われているため、イスラエル軍のガザ地区からの撤退はパレスチナ占領地の﹁一部からの撤退﹂に過ぎないと結論できるのである ₅₆

。確かに、二〇〇七年にハマスがガザ地区の支配を確立して以降、ヨルダン川西岸地区のパレスチナ当局(PA)とガザ地区のハマスとが異なる政治体制を構成することは、政治的には否定できないところであるが、当事者自身がそのようなパレスチナの二分化を主張しているわけではなく、国際社会においても、法的にこれらを別個の紛争当事者ととらえる声は存在しても少数派に過ぎない ₅₇

  ﹁の占領軍が占領国として責前任を回避することを目の従ヴぐァーチャル占領﹂をめる、議論において重要なのは的

(17)

    同志社法学 六九巻七号五〇二二五三〇

として地上軍を撤退させること、または地上軍を駐留させない方針をとることをどのようにして防止するかであろう。この観点からは、ベンヴェニスティが述べるように、現地の領域国政府による権限行使が武力紛争の結果不可能となっている場合には、むしろ他方の紛争当事国が可能な限り当該空白地帯を﹁占領する義務﹂を負うべきだという議論にも妥当性があるように思われる ₅₈

二  「

敵国」による占領の要件

  上述のように、占領法規の適用条件となる﹁実効的支配の確立﹂の解釈は、ブリュッセル宣言以降、現実の状況変化や国際法環境の変化に対応した若干の変化を見せているように思われる。他方で、伝統的に占領を行うのは﹁敵国の﹂軍隊であるという前提についても同様の変化を見せているのであろうか。ブリュッセル宣言やハーグ陸戦規則において占領を一定領域が﹁敵軍ノ権力内﹂(

so us l’a ut or ité d e l’armée ennemie

︹強調引用者︺)に置かれることと定義しているのは、占領国と被占領国との間に法的な意味の﹁戦争﹂が存在することを前提にしている。しかし、二〇世紀以降の国際法の発展は、法的制度としての﹁戦争﹂を排除し、今日では、客観的な敷居を越える武力紛争の存在の事実のみを条件として国際人道法が適用される構造となっている。事実主義的な武力紛争概念が占領法規にも当てはまるのは当然として、従来の占領法規が予定していた占領主体たる﹁敵軍﹂は、どのように観念されうるのだろうか。

1   占 領 の 「 同 意 に よ ら な い 」 本 質

  伝統的国際法において、占領法規が適用される戦時における占領に対して、領域国の同意に基づく﹁占領﹂や国際条

(18)

    同志社法学 六九巻七号五〇三二五三一 約に基づく﹁占領﹂は平時占領と考えられ、占領法規の適用対象とならなかった ₅₉

。ただし、すべての平時占領が事実においても常に﹁平和的﹂だったわけではなく、法的に戦争状態の創設を伴わない限り、同意のない強制的な﹁占領﹂もまた平時占領と分類されえた。一九四九年のジュネーヴ諸条約は、第二次世界大戦の経験に基づき、共通二条において戦争宣言を伴わない武力紛争を条約適用対象とすることとして、武力紛争に該当するが戦争状態創設を伴わない﹁占領﹂にも適用範囲を広げた。これにより、戦時の占領と平時占領との区別が法的には維持されなくなった。さらに同条二項により、ドイツによるデンマーク占領を想起して、﹁武力抵抗を伴わない﹂占領も軍事占領として占領法規の規律対象とされ、領域国が軍事的手段によって敵対的態度を積極的かつ物理的に表明しない場合にも占領状態が存在しうることになった。コルプらは、共通二条二項の導入により、領域国が明確に﹁平時﹂にとどまるという意思表示をしない限り、外国軍隊の駐留については国際人道法と占領法規の適用が﹁推定﹂されることになったと述べている ₆₀

。これは、国際人道法の適用を﹁武力紛争﹂という事実に基づく敷居に係らしめた法の発展と平仄をあわせた占領概念の拡張と言えるだろう。他方で、その結果、占領法規の適用を引き起こす外国軍隊のプレゼンスと占領には該当しないそれとを区別する基準を、戦争状態の有無以外のところに見いだすことが必要となった。通説的には、占領を﹁領域国による﹃同意のない﹄一定領域の外国軍による実効的支配﹂であると捉え、外国軍隊のプレゼンスを占領状態と決定するためには、領域国の同意の有無が決定的役割を果たすと考えられるようになった ₆₁

  領域国の同意による﹁占領﹂は軍事占領とはみなされず、占領法規の適用対象とはならないという命題は、一見すると妥当なように思われる。しかし、領域国の同意が占領状態を必然的に排除するのかどうか、なぜ占領法規が適用されないと考えられるのか、慎重な考察が必要である。例えば、二〇〇四年六月以降のイラクでは、権限が新政府に委譲され公式に占領状態が終了したと言われるが、それまでの占領国たる英米両国軍による実効的支配の現状は、﹁新政府の

(19)

    同志社法学 六九巻七号五〇四二五三二

同意﹂を得ても全く変わらなかった ₆₂

。また、一九五二年発効のサンフランシスコ平和条約三条により、﹁南西諸島﹂に関して、﹁領域及び住民に対して、行政、立法及び司法上の権力の全部及び一部を行使する権利﹂が、領域国日本から同条約発効まで同地の占領国であったアメリカに対して無期限に付与されたように、占領と同様の自国領域の排他的統治を外国軍隊に対して承認するような﹁同意﹂もありうる。また何よりも、歴史が教えるように、領域国の﹁同意﹂はねつ造される(

en gin ee re d

)危険が非常に高いのである ₆₃

  そうであるにもかかわらず、事実主義的な適用条件を導入したジュネーヴ諸条約発効以降も、領域国の同意があるケースは占領法規の適用対象から排除されているのである。ICRCが二〇一二年に開催した専門家会議でも、先述のような問題点や、﹁有効な﹂同意の有無を客観的に認定することが困難であることを認めつつ、﹁同意によらない(

no n- co ns en su al

)﹂という占領の本質を再確認した ₆₄

。しかし、この定式には形式主義的側面があることは否めないだろう。今日において、個人の保護を領域国の同意の有無に依拠させることは、国際人道法が国家の利益よりも個人の人道的保護にその力点をシフトさせている傾向(国際人道法の﹁人道化﹂)、さらに、そのために国際人道法の適用の敷居を国家の主観的な状況判断よりも現場の人道的保護の必要性に係らしめようとしている傾向(事実主義)に合致するのかどうか疑問が生じうる。

2   領 域 国 に よ る 「 同 意 」 の 形 式 的 効 果 と 実 質 的 効 果

  領域国の同意の存在はどのような根拠で占領法規の適用を排除しうるのだろうか。伝統的に、領域国の同意の効果により戦争状態が﹁創設されない﹂ことを通じて、占領法規のみならず戦争法全体の適用排除が形式的に根拠づけられた。領域国の同意に実質的を持たせて説明するならば、外国軍受け入れの同意自体が当該軍隊の権利義務の範囲を確定しう

(20)

    同志社法学 六九巻七号五〇五二五三三 るため、または領域主権者の同意は外国軍による支配に正統性を与え、現地における

st at us q uo

の取り扱いが明確となるため、占領法規の適用による統制が不要とされたと捉えうるだろう。

  今日の国際人道法は、紛争当事者の主観的な意思ではなく、一定の敷居を越える程度の武力が用いられているという事実に基づき、そのような状況において人道的保護が必要であるがゆえに国際人道法が適用される。占領法規の適用もまた、そのような﹁現場の支配的事実(

pr ev ail in g fa ct s

)﹂に対応するものでなければならないと考えられるが、領域国の同意は外国軍隊が駐留し支配する領域における人道的保護が不必要であることをどのようにして根拠づけるのであろうか。﹁敵対行為﹂の結果として生じる軍事占領の場合には、占領地住民にとって占領軍が敵対的であることはある程度自明である。しかし今日では、ジュネーヴ諸条約共通二条二項により、必ずしも﹁敵対行為﹂が伴わない場合にも占領状態が存在しうることになった。そのような法的状況を前提にして、外国軍による領域と住民の支配が行われる場合、領域国による同意は、﹁人道的保護が必要とされる﹂という﹁推定﹂を、どのような条件で、どの程度覆すことができるのであろうか。

  今日では、占領法規の適用を排除する﹁領域国の同意﹂は﹁真正、有効、明示﹂なものでなければならないとされている ₆₅

。領域国の同意に基づく軍事行動のユス・アド・ベルム上の合法性を評価するにあたっても、同意が真正かつ有効なものであることが必要とされるが、ここで領域国の同意の﹁真正﹂さが問われるのは、そのようなユス・アド・ベルム上の合法性とは別に、同意の有無が国際的武力紛争の存否を決定し、同時に占領法規適用の不要性を根拠づけうるからである。この点について、少なくとも、領域の住民に対して責任を負い住民を真正に﹁代表する﹂政府による、国際法的に真正かつ有効な同意の存在に基づくならば、外国軍隊による統治と同意により表明された住民の利害が矛盾していないことを一応は推定できるだろう。

(21)

    同志社法学 六九巻七号五〇六二五三四

  しかし、領域国政府の安定性が損なわれている場合には、同意の有効性をどのように判断するかが問題になる。古典的正統主義に立ち合法的(

de ju re

)政府のみが﹁同意﹂を与えることができるとする見解もありうる ₆₆

。しかし、国際人道法における﹁状況の性格付け(

cla ss ific at io n

)﹂は現場の事実に基づいてのみ行われるべきだという事実主義的見地からは、同意主体が問題の領域に実効的な支配を及ぼしうるかが決定的要素として考慮される必要がある。マトリックス上様々な場合分けが可能であるが、人道的保護の見地から重要なのは、国内法的に合法な政権ではあるが当地の実効的支配を失っている政権が、自国の一定領域につき﹁同意﹂により占領法規の適用排除できるかどうかであろう。いわゆる﹁同意に基づく介入(

In te rv en tio n b y I nv ita tio n

)﹂のユス・アド・ベルム上の議論においては、そのような場合に同意に基づく軍事活動が合法とされる可能性は低いと思われる ₆₇

。しかし占領の局面では、極端な場合、領域外に亡命した政権が外国軍隊の駐留に同意を与えることで、占領法規の適用が排除されることもありうる。第二次世界大戦終盤に、連合国が枢軸国により占領されていた他の連合国を再占領したものの、占領法規が適用される軍事占領とはみなされなかった例などがこれにあたる。ただし、これら再占領にあたっては、﹁民政事務協定(

C iv il A ffa irs A gr ee m en t

)﹂などが締結され、占領法規の諸原則が準用されたとも指摘されており ₆₈

、結局はこれらの事例も、同意を与える当局の支配の﹁実効性﹂が﹁占領﹂軍と住民との関係(占領法規適用の必要性)を評価するうえで、重要な役割を果たしていることを示唆しているとも考えられる。このように、同意の有効性(および同意主体の支配の実効性)を貫徹することによって、領域国の同意は、占領法規適用を排除する要因として﹁実質化﹂されうると言えるだろう。

3   占 領 の 「 人 道 的 再 定 義 」 ?

  それでは、国際法的に有効な同意であれば常に占領法規適用の必要性は排除されるのであろうか。この点に関して、

(22)

    同志社法学 六九巻七号五〇七二五三五 一部の論者は、占領法規適用の要否と領域国の同意の有無との関連性を切り離そうと試みる。例えばボーテは、﹁占領の要諦は占領地住民と占領軍の利益の衝突であり、これは領域国が外国軍の駐留を有効に認める場合にも存在しうる﹂と述べる ₆₉

。ベンヴェニスティは﹁統治者と被統治者の間の利害の本質的矛盾こそ、占領法規が規律すべきものである﹂との前提で、ハーグ陸戦規則が﹁敵国ノ権力﹂と表現した概念を、統治側とその支配下に置かれる人々の間に﹁異質性(

fo re ig nn es s

)﹂がある﹁その他の状況﹂に拡大するべきだと指摘する。彼は、今日では、文民条約の﹁被保護者﹂の定義が形式的な国籍基準ではなく権力を行使する国家に対して個人が﹁忠誠(

all eg ia nc e

)﹂を有しているかどうかに基づいて目的論的に解釈されていることをふまえて、占領法規は﹁明白な敵対関係の状況を超えて、領域の統治者と住民との間の関係が﹃忠誠関係にない(

no n- all eg ia nc e

)﹄とみなしうる全ての状況に適用されるべき﹂根拠があると結論している ₇₀

。例えば、先述のイラクや﹁南西諸島﹂の例のように、領域国の同意があっても、外国軍が当該国家領域の一部または全部を﹁直接支配下﹂においたり、外国軍が治安維持任務に従事して領域国国民と直接対峙したりする場合には、事実の問題として、住民が外国軍に対して﹁忠誠﹂を持つとは考えられない。よって、この主張はある意味では、占領法規の﹁脱形式化﹂﹁人道化﹂の試みだと言えるだろう。

  それでは、占領地域を、かかる広義の﹁被保護者﹂(統治者に対し﹁忠誠﹂のない者)が存在する領域と再定義することは適当であろうか。ベンヴェニスティが論拠とするICTYタディッチ事件控訴裁判部判決は、文民条約において人道的保護のギャップを生じさせないために、﹁被保護者﹂の目的論的拡張解釈により﹁国籍のみ﹂に基づく形式的解釈を排除した ₇₁

。しかしながら、国籍を共有するものの﹁支配者﹂に対して﹁忠誠﹂を持たない文民を敵国国民たる文民と同様に保護することが必要な状況がありうるとしても、かかる﹁忠誠を持たない﹂文民が所在する地域を占領地とみなすような形で、﹁被保護者﹂の再解釈を占領地の定義にも応用するのは困難であると思われる。文民の人道的保護の

(23)

    同志社法学 六九巻七号五〇八二五三六

必要性の判断が基本的に文民個々人の状況に﹁個別化﹂可能であるのに対して、占領地の確定においては、住民の状況を一定程度集合的に捉えざるをえない。そこで、タディッチ事件で問題になったような民族間対立と国家形成の﹁捻れ﹂といった特殊事情が存在するケースを別にすれば、国籍以外に住民の﹁忠誠﹂関係を集合的に判断する基準はないように思われる。また、占領は一定領域の統治権を暫定的であれ移動させる効果があるが、現代の主権国家体制の下で領域国の領土保全や国土の一体性を維持させようとすると、占領状態の決定には﹁形式的要素﹂が伴わざるを得ないであろう。

  今日の国際人道法の下では、領域国の﹁同意﹂により国内での軍事活動を外国に認めるならば、両国の間に国際的武力紛争は存在しない。その状況において占領法規適用の余地があると主張する場合、まず同意の有効性が疑われるべきだろう。他方で、領域国の同意が有効であることを前提とするならば、かかる主張は、軍事占領が国際的武力紛争の枠外においても存在しうるか、国家間の同意による軍事活動も国際的武力紛争に該当しうるとの、若干無理のある解釈が必要となり、国際人道法の適用条件に関わる大きな﹁進展﹂を証明しなければならないのであるが、現在のところ、それが十分になされているとは言えない。

4   多 層 化 し た 個 人 保 護 の 枠 組 み

  ボーテやベンヴェニスティが主張するように、領域国の同意に基づき駐留する外国軍隊と住民の間に﹁利益の衝突﹂または﹁異質性﹂が存在する場合には、占領状態と同様の状況が生起する。しかしながら、現代の国際人道法はそのような状況を占領法規の適用対象とはみなしていない。

  ここで想起される必要があるのは、占領に含まれない状況において、外国軍隊の支配にさらされる個人の保護が必要

(24)

    同志社法学 六九巻七号五〇九二五三七 な状況が生じたとしても、占領法規が唯一の保護枠組みというわけではなく、むしろ以下のような占領法規以外の適用法による保護が十分ではないことこそが問題であると考えられる場合もあることであろう。

  第一に国際人権法である。人権条約締約国は国家領域外においても、自らの管轄下にある個人に対して人権条約上の保護の義務を負う ₇₂

。また、欧州人権裁判所の判例が示唆するように、ハーグ陸戦規則が言うような実効的支配を及ぼしていなくても、﹁決定的影響(

de cis iv e i nf lu en ce

)﹂を一定領域に対して及ぼしていれば、当該領域について締約国は人権条約を履行する義務を負う ₇₃

。武力紛争当事国による他国領域でのこのような支配は、軍事占領の概念と重複する部分も多いが、軍事占領に至らない状況においてもなお人権条約上の義務が課されうる余地があるのである。外国軍が領域国の同意に基づく直接統治や治安維持を行う場合には、単独で、または領域国と責任を分担しながら、人権条約上の保護を確保しなければならない。

  第二に非国際的武力紛争に適用される国際人道法が考えられる。昨今の国際人道法の発展をふまえると、領域国との国際的武力紛争が発生していない状況においても、同意に基づき介入した外国軍が当該国家領域内で組織的武装勢力と一定烈度の武力衝突を引き起こす場合には、国家間の非紛争的(平時)関係とは別に、非国際的武力紛争が存在することもありうる。非国際的武力紛争に適用される国際人道法は、占領法規とパラレルな規則を含んでいないが、それでも文民に対する一定の義務を介入した外国軍に課すことになる。

  第三に領域国の同意そのものによる統制が考えられる。同意に基づく外国への軍事介入において、当該外国軍隊の駐留および軍事活動の法的根拠は、当該領域国の同意に求められる。侵略の定義決議が示唆するように ₇₄

、そのような同意の範囲を超える、または同意に反する行動は国連憲章二条四項に反する武力行使となり、場合によっては侵略ともみなされうる。そもそも、同意に基づく介入は事例によりその目的や範囲を異にするため、一般化しうるような国際慣習法

(25)

    同志社法学 六九巻七号五一〇二五三八

たる﹁外国軍のための行動規範﹂が成立しているとは言えない。そのため、諸国はしばしば﹁地位協定﹂を締結することで法的明確性を確保しようとする。しかし、﹁地位協定﹂が存在しない場合でも、人道的保護の空白を生じさせないためには、領域国による同意において、外国軍隊の行動に対して何らかの法的統制が予定される必要がある。武力行使禁止規則や一部の国際人道法規則の強行規範としての性格を考慮するならば、領域国が何らの制限もない域内での軍事活動を外国に対して許可することは、今日では許容されない。

  これらの諸規範は、占領法規が成立した一九世紀後半には存在しなかったものである。当時の占領法規は、国際人権法、非国際的武力紛争の国際人道法、ユス・アド・ベルムなどが存在していない環境下で、外国軍と住民との関係、当該外国と領域国との関係を統一的に規律するところに意義を有していたと言える。かかる複雑な法関係の整序が今日でも占領法規に求められ続けている反面、国際法の発展の中で外国軍隊による支配にさらされる住民を規律する規範は多層化していると考えられる。

おわりに

  国際人道法、特にジュネーヴ法体系の発展は、国際法における脱形式主義(

an ti- fo rm ali sm

)の一つの顕著な現れといわれる ₇₅

。国家利益の保護から個人の保護へと重心を移す﹁国際人道法の人道化﹂という大きな傾向も指摘されており、少なくとも国際人道法は﹁保護の最大化﹂を目指すことが趣旨目的だとも指摘される ₇₆

  この傾向に則して占領法規を理解するならば、占領国は、今日では、占領地域を実効的に支配する能力があるという事実に基づいて占領法規上の義務を負い、当該紛争に対する自国の主観的な性質決定、傀儡政権の承認、あるいは住民

(26)

    同志社法学 六九巻七号五一一二五三九 に対する意図的な﹁権限不行使﹂などによってもその責任を免れうるわけではない。また、国際人道法の発展の結果、領域国による同意も、両関係国間の﹁敵対的﹂関係の不存在または住民と占領軍との利害衝突の不存在を体現する役割が期待されることになった。その意味で、主権的同意は、﹁形式的﹂正統性のみならず﹁実質的﹂正統性をももたなければならず、さらには﹁人道的﹂な含意も有することになった。これを占領法規の﹁人道化﹂と説明することもできるであろう。

  それと同時に、占領法規は軍事的必要に基づく占領国の支配権を是認しつつ、被占領国の主権を保護する役割も負ってきた。この側面は、先の人道的保護の最大化と共に、今日においても占領法規の趣旨目的として重要であるが、場合によっては占領法規の﹁人道化﹂傾向に対して抑制的な役割を果たす可能性もあり、占領法規の適用において形式主義的な解釈の余地を残すものでもある。他方で、被占領国の主権は、今日では人民の自決権など国際法の他分野の発展、国連安全保障理事会が決定する平和と安全の維持もしくは平和構築上の要請などの外的要因に大きな影響を受け、かつてのように平和条約の締結まで一率に保全されればよいというわけでは無くなっている ₇₇

。この点では、国際法の発展と国際社会の組織化の中で占領法規の存在意義の再検討が求められているとも言える。

  一九世紀後半の古典的国家観、古典的国際法観を前提にした占領法規は、占領という軍事的事象の凡庸性または偏在性ゆえに、その意義が今日でも認められざるをえないところであるが、他方で国際法の発展の中で歪な外観を隠せず、個人の保護のための多層化した規範により補完される必要もある。本稿で論じた占領状態の定義をめぐる問題は、このような占領法規が今なお有する人道的意義と現代国際法の下での定位の難しさを同時に示していると考えられる。

[本稿は、文部科学省科学研究費・基盤研究(C)(助成金)

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による研究成果の一部である。]

参照

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