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東アジア地域秩序の変容 : 現状とそのメカニズム

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東アジア地域秩序の変容 : 現状とそのメカニズム

著者 浅野 亮

雑誌名 同志社法學

巻 69

号 4

ページ 1365‑1383

発行年 2017‑09‑30

権利 同志社法學會

URL http://doi.org/10.14988/pa.2019.0000000434

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    同志社法学 六九巻四号六五一三六五

――現状とそのメカニズム――

             

  この論文の主な目的は、東アジア地域秩序の変容についての分析である。ここでは、特に東アジア地域秩序の現状とその変容メカニズムについて考察するため、三つの点について議論を試みる。

  すなわち、第一に、﹁中国の台頭﹂が東アジアの国際関係、特にアメリカを含む主要国どうしの相互作用に与える影響と役割、第二に、本論文の主要なテーマである東アジアの地域秩序の現状と変容メカニズムの主な特徴、第三に、東アジアの安全保障の主な特徴と日本の役割である。この三つの議論を手がかりに、東アジアで起こっていることが、急速に進んでいる国際政治秩序の変容の中でどのような位置づけができ、またどのような意味を持つのかを探ることとする。

  なお、ここでの安全保障とは、軍事安全保障に限定せず、政治、軍事、経済の各要素が絡み合った要因をさすものと

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    同志社法学 六九巻四号六六一三六六

する。また、アメリカは東アジアの国ではないので、東アジアよりもアジア太平洋という言い方のほうがより正確かもしれないが、ここでは東アジアという地域名で分析を進める。

  さらに重要なことは、東アジアは閉じたシステムではなく、中東や欧州などとの連動を深めてきた開かれたシステムだということである。日米中は程度の差こそあれ、東アジアだけに限定して対外政策を展開してきたわけではない。域外諸国が東アジアを重視することもあって、このトレンドはさらに強まっている。したがって、明らかに東アジアに大きな影響を及ぼすならば、域外の事象についても触れることとする。

A  東アジア主要国間の相互作用と中国

1   「

中 国 の 台 頭 」 と 東 ア ジ ア 主 要 国 の 関 係 の 変 化

  日米中三カ国という東アジア主要国間の相互作用は、東アジアの地域秩序を形成する重要な要因である。もちろん、三カ国間の相互作用は均等とはいえない。それは主にこれら三カ国の国際的な役割の大小による。

  主要なアクターである中国は、必ずしもグローバルなアクターとはいえないとされるが、アジアにとどまらない存在であり、グローバルな秩序にますます大きな影響を与えてきている。日本もアジアにとどまらない性格は強いが、国家戦略はアジアに限定して進める傾向があり、グローバルな役割は相対的に低下していると考えられている。

  より重要なこととして、日中二国間から、日米中(または米中関係の関数としての日中関係)、さらにはグローバルな国際関係の中で日中関係が展開するようになったことが挙げられる。尖閣をめぐる日中双方の非難合戦が日中間で直接行われただけでなく、また中国の﹁抗日戦争﹂キャンペーンが欧米やユネスコのような国際組織においても進められ

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    同志社法学 六九巻四号六七一三六七 たこともその具体的な事例といえる。

  これは、中国の国際的役割が地理的に拡大したことと、同時に起こった役割の質的変化が主要な要因である。中国は、東アジアにとどまらずアメリカ、欧州、ラテンアメリカ、アフリカ、中東などほぼグローバルに進出してきた。一方、既存の秩序維持国であるアメリカは相対的地位が低下し、ヨーロッパ経済の回復、ロシアのウクライナ・クリミアでの行動を制御、またISやシリア、さらにはサウジアラビアとイランの関係悪化などを効果的にコントロールできないでいる。したがって、欧州やロシアの動きがアメリカの対外政策に与える影響が増大し、その欧州やロシアと関係が密接になってきた中国の対米影響力がやや間接的だが増大してきた。

  二〇一六年一月には、AIIB(アジアインフラ投資銀行)の開業式を行い、また同月に習近平がエジプト、イランとサウジアラビアなど中東の主要国を訪問し、シリア近海に中国の海軍艦艇が出現するなど、中東での存在感を強めた。二〇一七年五月には、﹁一帯一路﹂の国際会議を主催した。欧州、ロシアや中東に対する対外政策を進めるとき、アメリカは以前のように、これらの国々だけではなく、さらに中国ファクターも考えなければならないきわめて複雑な動的な連立方程式を解かなければならなくなった。

  同じように、またはそれ以上に、日本はその役割低下から、日中関係だけでなく、以前は中国ファクターを考えなくともよかったこれらの国々との関係でも、中国の動向を注視する必要がますます大きくなった。同時に、日米ともに、中国に対する政策を進める上で、以前は考えなかったこれらの国々の役割をも計算しなければならなくなった。中国は、対米関係と﹁周辺諸国﹂との関係を個別にではなく一つの枠組みで進めてきていると考えられるが、日米も対中関係とそれ以外の国々との関係を同じように一つの枠組みで進めつつある。これらは、中国の国際的役割が増大する国際的メカニズムのある側面といえるであろう。

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    同志社法学 六九巻四号六八一三六八

  ただ、中国では、アメリカの秩序維持のパワーは低下しつつあると見る向きが多いが、同時に中国が経済力でアメリカを追い越してもその役割は簡単には代替できないと考えられているようである。しかし、その一方で、中国の国際的役割はアジア地域においては日本をすでに追い抜いていると観察でき、これからその差はさらに大きくなるとも予測されてきた。

⑵   中 国 経 済 の 減 速 と 日 米 中 三 カ 国 関 係

  しかし、二〇一五年の中国の株価暴落に象徴されるような中国経済の減速がこの予測を複雑にし、﹁視界不良﹂、つまり将来の不確実性をさらに深刻なものにした。つまり、中国経済の減速がどのように展開するのか、またそれが中長期に何をもたらすのか、まだよくわからない。

  株が暴落する二〇一五年以前には、﹁中国の台頭﹂がこのまま続くという前提で多くの論文や提案が発表されていた。二〇一四年には﹁新常態﹂という高度経済成長から安定成長への移行を意味するレトリックが中国指導部により公式に使われ始めた。しかし、二〇一五年には株の暴落が起こった。このため、新しい秩序への変化プロセスも、二〇一五年の時点では将来はきわめて不透明となった。内陸との格差があるため、成長の余裕はまだ大きいという見方もあるが、中国の労働コストはすでに日本のそれを越えているというデータもあり、楽観できない(﹃日本経済新聞﹄二〇一五年一二月七日)。

  二〇一四年には、﹁一帯一路﹂というレトリックを習近平が使い、内陸部と沿岸部の発展戦略がそれぞれ対外戦略と結合するとする一つの枠組みを提唱した。この枠組みは、かなり積極的な中国の対外姿勢を示すものと考えられる一方、国内の慢性的な過剰供給を解消するための新たな市場の開拓と整備を行うという実際には受け身で消極的な面があると

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    同志社法学 六九巻四号六九一三六九 も指摘された。﹁一帯一路﹂にこのような消極的な意図があるとしても、実際に実施される政策には対外的な影響力拡大という積極的な面があることは否定できない。つまり、消極的な意図は消極的な政策を必ずしも意味せず、実際には逆に諸外国からは対外拡張と見える結果となる。

  そもそも、経済成長の鈍化は中国の国際的役割の減少をすぐには意味しない。鈍化といっても、世界経済の中では際立って高い成長率である。しかし、同時に中国自身にとっては相対的に低いという矛盾がある。中国の経済に関する評価は、しばしば相矛盾するちぐはぐな二面性を伴う 1

B  東アジアの地域秩序の現状:新旧秩序の併存

1   旧 秩 序 :「 ハ ブ = ス ポ ー ク 」 型 地 域 秩 序 の 変 容

  東アジアでは、中国の台頭は著しいが、中国を中心とする新しい秩序は萌芽的であり、既存の秩序はいまだに存在していて、両者が並存している。

  一つは、アメリカを中心とする﹁ハブ=スポーク﹂型の秩序である。この地域秩序は、日米同盟を中軸としてきた。かつてはスポーク間どうしの関係は弱く、あるとしても直接ではなくアメリカをはさんだ間接的な﹁間接同盟﹂があった。日韓関係はその一例である。北東アジアでは日米韓と言われたが、韓国は最も弱い部分と見なされ、中国が積極的に関与を強めてきた。

  全体としてみると、二〇〇〇年代に入って、まずスポーク間の協力が進んだ。特に日豪間の協力が目立った。二〇一五年の時点では、日米同盟を中心として、スポーク間では日豪関係が重要となっている。日本の﹃朝日新聞﹄(二〇一

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    同志社法学 六九巻四号七〇一三七〇

五年一一月二三日)は、日豪関係を﹁準同盟﹂と呼んでいる。交渉中の訪問部隊地域協定が締結されれば、たとえは豪軍の戦車や砲兵が日本の自衛隊演習場に持ち込まれ共同で演習を行うことができる。豪政権の交替にも関わらず、日豪間の潜水艦建造協力は進んできた。

  つまり、日米豪という﹁コンパクトなハブ=スポーク﹂とも言える新たな枠組みが、アメリカは日本とオーストラリアという南北から南シナ海を挟む形ですでに形成された。台湾がその中央に位置しているため、中台関係が持つ地政学的重要性は相対的に増大している。南シナ海問題と台湾の関係は、台湾においても議論が盛んになってきたようである。   日本を視野に入れたオフショア戦略はコンセプトとしてはあるものの、必ずしも十分な財政的な裏付けがなくすぐに実施される見込みは低い。一時、日本(沖縄)から米海兵隊をグアムに移すことも考慮されたが、実施されなかった。当面は、在日米軍の駐留継続を前提とした前方展開戦略が維持されるであろう(軍事専門家は異なる議論をすることがある)。

  ただ、南シナ海や台湾海峡、西太平洋や日本海など地域や海域だけでなく、軍事力の運用に不可欠となる宇宙やサイバー空間をめぐる動きもきわめて重要である。東アジアを含め、アジア太平洋の安全保障では、海洋問題に限らず、また海洋問題を考える上でも、計算に含めるべき要素が爆発的に拡大してきた。これらを含む総合的な戦略はどの国でも確立されているとは言いにくい。

  アメリカから見れば、卓越した力を持つため、日米同盟などの同盟関係はほとんど全てが非対称同盟であり、核と通常兵器の双方の分野において拡大抑止を提供し、アメリカからの遠心力を潜在させるこれら同盟国を引き止め、同時に抑止する意味がある。日本でよく言われる日米安保の﹁びんのふた﹂論は、このうちの一つの事例である。

  すでに述べた韓国がその能力に応じた問題の設定(フレーミング)をすれば、韓国の行動がグローバルなパワー・バ

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    同志社法学 六九巻四号七一一三七一 ランスに与える影響をそれほど考えないので、経済上、中国に最も依存し、安全保障上の最大の脅威は北朝鮮と認識しているならば、その問題の解決や緩和のために中国に接近することは合理的である。ただし、それは韓国が同時に重視する日米との関係をすぐには大きく損なわない範囲内である。

  朴槿恵韓国大統領が日米の反対を押し切って中国の軍事パレードを参観したため、日米両国からは韓国が中国に大きく接近したように見えた。しかし、二〇一六年一月北朝鮮による﹁水爆実験﹂や二月の﹁人工衛星﹂打ち上げなどを中国が止められなかったことから、韓国は中国の影響力に疑問を持ち、アメリカとのTHAADの韓国設置交渉を再開し、七月には配備で合意した。韓国のこのような行動は、米中それぞれとの安定した関係を追求する韓国の立ち位置を明確に示している。

  韓国のこのような動きを、中韓の歴史的背景に求めることもできる。しかし、オーストラリアの対中接近と思われる行動は歴史的背景よりも、経済と安全保障のバランスによると考えられ、韓国もこのバランスと無縁ではない。また、アメリカから見て、東アジアやオセアニア諸国はそれぞれ経済や安全保障上の重要性や役割は異なる。この場合、歴史的な思い入れが決定的に重要と思われるケースは少ない。したがって、この地域の諸国の米中間のバランスの取り方は、経済と安全保障上の﹁ねじれ﹂があるとしても、基本的にパワー上の考慮によるものと仮定することができる。日本も場合もほぼ同様であり、例外とする理由に乏しい。

⑵   東 ア ジ ア の 複 合 的 秩 序

  アメリカを中心とする﹁ハブ=スポーク﹂型秩序がすでにある一方、中国を中心とする準同盟と﹁全面的協力パートナーシップ﹂の論理による複合的秩序が形成中である。中国を中心とする秩序形成の範囲は、アジア太平洋地域にとど

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    同志社法学 六九巻四号七二一三七二

まらず、域外にも伸びている。複合的とは、関係が強いか弱いかが組み合わされたという意味である。ただ、この強弱は簡単には決められないので、仮の表現である。

  準同盟としての性格が強いのは、SCO(上海協力機構)のメンバー国との関係である。これらの国々はおおよそアメリカが及ぼすことができる影響力は相対的に小さい。SCOのメンバー国と中国はほぼ毎年合同軍事演習を行ってきた。さらに、ウクライナ、クリミア、イランやシリアの各問題で西側と距離が拡大したロシアとの関係が非常に密接になってきた。これらの国々との関係は、かつて﹁便宜的同盟﹂(

all ia nc e o f c on ve nie nc e

)と言われたことがあるが、そのようなレベルにとどまっているとは思えない。ロシアはサウジアラビアにかわり最大の対中原油輸出国となっている。ただ、ロシアは旧ソ連地域や北極への中国の影響力拡大を手放しで歓迎しているようではない。

  中国は﹁一帯一路﹂とロシア主導の﹁ユーラシア経済連合﹂(EEU

:

ユーラシア経済共同体を基礎に二〇一四年五月創設条約調印。ロシア、ベラルーシ、カザフスタン、アルメニア、キルギスが創設メンバー)の結合を強調し、二〇一五年五月にこの二つの構想の連携で両国首脳は一致した。EEUとベトナムがFTAを結んだように、この構想は東アジア地域にとどまらない経済統合の枠組みである。ただし、﹁一帯一路﹂の鉄道はカザフスタンを通り、カザフスタンの北にあるロシア領への経済波及効果は大きいとはいえず、ロシア側は失望したという報道もある。

  二〇一五年七月、EEUとSCOはBRICS首脳会議との共同首脳会議を開いた。同月、新開発銀行(NDB:二〇一四年八月発足、本部は上海)に総会が開かれ、初代総裁を選出し、なお、BRICS首脳会議は、二〇一四年七月、外貨準備基金の設立でも合意している。中国と同じくロシアはTPPに批判的で、アジア太平洋への影響力拡大を狙っている。しかし、ロシアは主にNDBを、中国はAIIBやシルクロード基金をそれぞれ主導の足がかりとしている。

  中国とASEAN諸国の関係の分析は、さらに容易ではない。濃淡はあっても、中国とともに日本やアメリカの影響

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    同志社法学 六九巻四号七三一三七三 力が強い地域で、ASEAN諸国は中国と日米の間でよく言えば均衡をとり、悪く言えば股裂き状態となることがある。それは、二〇一五年一一月のASEAN関連会議、特にEAS(東アジア首脳会議)に典型的に見られた。中国の南シナ海の埋め立てで懸念を強めた日本、ベトナム、フィリピンに答えるように、南シナ海に駆逐艦を派遣した(﹁航行の自由﹂作戦)。ASEAN諸国はアメリカ駆逐艦の進入を歓迎したものの、EASではそれ以上の対米傾斜を控えた。

  アメリカ政府はEASの議長声明に南シナ海の非軍事化を盛り込むよう主張したが、中国政府は激しく反発し、ASEAN諸国首脳も消極的であった。アメリカ政府も、米太平洋艦隊司令官の訪中や合同軍事演習の実施などを通して、米中関係の維持に努めた。しかも、アメリカ政府は、ベトナムやフィリピンの係争海域にも駆逐艦を進め、東アジアの領土・領海問題においてどちらか一方の立場を支持しているのではないということを明確に示した。

  これらは、ASEAN諸国はアメリカに見捨てられることを懸念するが、同時にアメリカに過度に巻き込まれることも嫌がっていることを示している。アメリカも、日本やASEAN諸国に一定の配慮を見せて対中接近を阻止するが、同時にこれらの国々の領土・領海紛争に巻き込まれることを警戒していることを示している。

  なお、ASEAN諸国の間でも同じようなメカニズムがある。つまり、それぞれの国は紐帯としてのASEANの役割には大きな限界があることを知っている。ASEANとしてまとまって中国に対抗することは予想できる将来望めない。しかし、各国がそれぞれ単独の中国との交渉よりも、たとえ限界があるとしても、ASEANとしてのまとまりがある方が相対的に有利であり、それぞれに有用な手段である。また、カンボジアなどASEANの中でも相対的に小さな国は、ベトナムなどの地域大国に対しては中国のバックがある方が有利であり、中国にしばしば接近する。しかし、その有利さはASEANにとどまり、内部からの牽制への寄与があるからこそ中国が支持するもので、ASEANからの脱退は中国にとっての有用性を減じてしまい、カンボジアの対中交渉力は減じてしまうので、カンボジアもASEA

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    同志社法学 六九巻四号七四一三七四

Nにとどまる。このようにして、どの国もASEANからの脱退を行わない。

  しかしながら、より大きな枠組みで見ると、中国の地域秩序の大きな特徴の一つは、それが東アジアに限定された地域秩序の中に押し込まれていないことである。中央アジア、ロシア、欧州、さらにアフリカなどとの連動が強く意識され、これらの地域政策間との優先順位も中国の対外政策形成の大きな特徴であろう。

  日本ではあまり意識されていないが、中国も韓国や東南アジア諸国と同じように、対外関係では﹁股裂き﹂の状況に直面することがある。たとえば、中国にとって、北朝鮮と韓国の間での立ち位置は簡単ではない。中朝関係は、米中や日中関係とも連動するため、中国の戦略的、経済的利益とコストの計算は、かなり明確な政策枠組みがなければできない。中国で発表されている論文の多くは、中国にとって北朝鮮の存在は安全保障上の利益であると見なしてきた。北朝鮮とアメリカの間で﹁股裂き﹂になり、北朝鮮が中国にしっぺ返しを繰り返そうとも、中国の北朝鮮に対する影響力をアメリカが信じている限り、アメリカは中国との協力を必要とし、中国に有利な条件が増える。

  もしそのような政策枠組みがないとすれば、中国の国内政治がからむと考えられる。たとえば北朝鮮の政治体制の崩壊などは、最高指導者の威信や、北朝鮮と経済関係の深い中国東北部の経済に影響を与えるであろう。中国の北朝鮮政策が大きく変化しないのは、北朝鮮問題の脅威がすぐには中国の安全保障に直結するほどレベルが高くなく、今の段階で払うコストは、脅威がきわめて高いレベルでなければ受容できないほど大きいからとも考えられる。中国が﹁股裂き﹂の状態から脱するのは、この状況を変化させなければ、中国の安全保障上のコストがきわめて大きくなるのが政策決定者たちにも明瞭になってからであろう。

  中国と同様、日本の対中政策も、欧州やアフリカへの政策との連動を強めてきた。東南アジアだけでなく、これらの国々も、日中間の競争によって利益を得ることができる構図となっている。彼らは、日中間の適度な摩擦を歓迎してい

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    同志社法学 六九巻四号七五一三七五 る。

C  新旧秩序併存下の東アジア:特質とその将来

1   「

無 極 化 」 と 「 競 争 的 相 互 浸 透 秩 序 」

  二つの秩序が併存する将来はどうなるのだろうか。当面、米中ともにグローバルな秩序を維持できないという観測が大勢を占めている。米中のどちらも秩序を維持できない可能性は指摘されてきた。ハース(

R ic ha rd H aa s

)のようなアメリカの国際政治学者は、この状態を﹁無極化﹂(

no np ola rit y

)といったことがある 2

。つまりどの国もグローバルなまた地域的な秩序を維持できない時期に入りつつあるということである。どのくらい続くのか、脱却のために主要な国家どうしが協力するのか。しかし、既存の秩序が完全に崩壊して紛争が絶えない無秩序かというとそうではない。

  確かに、北朝鮮による二〇一六年の二度の核実験、そして二〇一七年四月のアメリカによるシリア攻撃以後、米空母機動部隊は南シナ海から日本海に移動を始め、朝鮮半島の緊張は高まった。この状況は、いわば限定的な﹁無極化﹂と言えるのか、それとも米中による共同管理に向かっていき、﹁無極化﹂とは別の方向に向かうのかは二〇一七年五月の時点ではわからない。

  今のところ、﹁無極化﹂を含めて、明確な将来ヴィジョンが描けていない。この状態では、各国政府は、とりあえずそれぞれが重視する短期的利益(投票率など)や本音の中長期的利益(たとえば支配体制の維持など)を確保しようとする。

  ナショナリズムはしばしば信念であるとともにこれらの利益確保のための演出に使われる。このような状況では、秩

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    同志社法学 六九巻四号七六一三七六

序が維持できないということは、ほぼ共通の不利益となるため、ある程度の相対的利益の配分の不公平があったとしても、秩序の維持のために妥協する。もちろん、どのアクターも完全には状況をコントロールできず、したがって完全には満足できない。

  アメリカを中心とする旧秩序と中国を中心とする新秩序という分け方に従えば、この二つは相互に浸透しあい、競争と協力の異なる二面が不可分に存在する。この特徴を備える現在の状況はやや期待をこめて﹁競争的相互浸透秩序﹂と呼ばれることがある 3

。この競争と相互依存、相互浸透に注目した分析概念がアカデミックにも主流となりつつある。たとえば、日本ではコンストラクティヴィズムに基づく東南アジア政治の分析で有名なアチャリャ(

A m ita v A ch ar ya

)は、多様や多重を意味する

m ult ip le x

という概念で国際政治の基調変化を表現しようとした 4

  アチャリャのこの表現は、イタリアの国際政治学者でEU安全保障研究所所長のアントニオ・ミシローリ(

A nt on io M iss iro li

)も使用し、それに基づいて﹁世界システムはもはや二極でも、一極でも、また多極でさえもない﹂、現代の世界は﹁関係は密接になってきたが同時に競争が進み、統合されてもきたが、断片化が進んでもいる﹂という、相反する性格が並存しつつ進展する矛盾に満ちた世界を描いた 5

。これらの議論は、﹁極﹂の数だけが問題ではなく、国際社会の質的な変化と変化の中で交錯する多様で相矛盾する現象に注目している 6

  どちらの表現も、国家間関係が、いわゆる古典力学のイメージである﹁玉突きモデル﹂では十分に説明できないが、国家主権が完全に溶解したわけでもない状況を指している 7

  日本では、東アジア秩序の中で特に地域統合に注目し、RCEPとTPPが競争的に地域統合を進めてきたとする見方があった。競争や摩擦があっても地域統合が進む(だから安心できる)というわけである。実際には、RCEPもFTAAPも中国が主導権を取るのは難しく、二〇一七年五月に﹁一帯一路﹂サミットを北京で開催したように、日米の

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    同志社法学 六九巻四号七七一三七七 影響力が相対的に小さい国々との連携を強化した。二〇一七年一月に成立したアメリカのトランプ政権が早々にTPPからの離脱を決定する前に、﹁一帯一路﹂サミットの準備はすでに進められていたようである。

  これらは、分析上、相手が優勢さを増そうとする動きを妨害する、中国のある研究者が言う

ad va nt ag e- re sis tin g st ra te gy

を進めていると言うことができる。たとえば、オバマ政権はTPPによって同盟国や友好国の結びつきを強め、これらの国々の対中接近を最小限に抑えようとした。この動きに対して、習近平はRCEPなどに加えて特に﹁一帯一路﹂を進めて、東南アジアや欧州各国を取り込もうとしたとも言える。

  つまり、リバランシングやTPPと同じく、﹁一帯一路﹂は、米中ともにお互いに正面から向き合わずにそれぞれ自分の有利さを増大させることによって、相手の優勢さを相対的に打ち消し、お互いの関係の中でより優位に立とうとしたと言う間接的なアプローチと言う特徴を持っていた。共に、緊張のレベルを著しくは引き上げず、パワー・バランスの急激な変化もなかった。日本でもこのような分析はあったようだが、中国でもこれを公然と認めるようになった 8

  古典的な﹁玉突きモデル﹂のままある程度は分析できる事例も存在する。それは、中東をめぐる米中間の協力である。この事例は、米中がお互いに牽制するだけにとどまらず、直接協力できる面がある。中国の中東政策は積極さを増してきているが、アメリカが中東を十分にコントロールできないとはいえ、中国がアメリカにかわって複雑に入り組む中東諸国の関係を簡単にコントロールできると楽観的に考える人は中国でもほとんどいないようである 9

  一方、二〇一六年一月には、アフガニスタン問題をめぐり、パキスタン、アフガニスタン、中国、アメリカの四者会談がイスラマバードで行われた。さらに、アフガニスタン、中国、パキスタン、タジキスタンの四カ国軍による対テロ協力も制度化され、会議が開かれている。二〇一六年一月には、オバマ政権時だが、ケリー米国務長官と王毅外相との会談では、アフガニスタン問題も話し合われた。すなわち、中央アジアや中東の地域秩序の維持では、米中はある一定

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    同志社法学 六九巻四号七八一三七八

の協力を必要としていた。そして、それはアメリカにとっては中国というコストをさらに増すことになるが、中国にとってはアメリカによるコントロールを利用しつつそれにくさびを打ち込み、より遠い将来の対米交渉に有利に役立てることができる。ただし、それは複雑な地域政治の泥沼にはまり込み、中国も抜けられなくなる危険性を秘めている。

⑵   日 本 に と っ て の 意 味

  このような状況は日本にとってどういう意味を持つだろうか。方向性はある程度存在するといっても、日本にとってはかなり曖昧で、起こりうるシナリオの幅は非常に広い。一方の端では、日米中は協力しあい、相互不信を越えて共通の問題を解決する。しかし、もう一方の端では、中国が日本を単なる周辺の中小国の一つとして扱い、日本は大きな不満を抱きつつも効果的な対応はほとんどできない。このように極端な振幅があり、日本にとっては﹁逆流﹂もありうる将来に対して、日本のとるべき対応は簡単には決まらない。これに対応して、中国の対日政策も大きな変化の幅がありうる。

  しかも、もし日米中の間で対立が激化し衝突が実際に起こった場合は、この無極化が進む恐れが大きい。アメリカは圧倒的に優位だが、中東などでもすでにいくつかの問題を抱え、東アジアの秩序を十分に回復できない可能性を排除できない。中国も敵対的となった国々との対立を長期化させる余力はない。他の国々が早々に屈服したとしても、新たな秩序を保つコストは大きい。日本も、米中の衝突が局所的であったとしても、主要なアクターとして秩序を維持していく能力があるとは思えない。

  ところが、各国は国内政治上、大規模な紛争は望まなくとも、小規模な紛争を起こして国内をなだめ、すぐに収拾に努めるという誘惑に駆られる。衝突が限定的で局所的なら収拾も比較的容易と考えられるからである。しかし、限定的

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    同志社法学 六九巻四号七九一三七九 な衝突で敗者は敗北をすぐには認めずエスカレーションを始める危険がある。ハイテク戦争では、急速に武力紛争は進行する。

。し間うちに喪失する危険が著のく高るあでとこういとたっま ることがっできなくな応すピ対分十にドースのこもしいてつるョ。短をルーロトンコのン時シレカスエが国各、りまー 響事の影散が波及し拡出来、なき大るあてっよに展発るす組ス存ピず必はみ枠の定決政の治既的ードは。劇に増大した 能、機裁仲の連国理めたるあで国事ほは技ぼI常な速急の術T、停てえ加。るす止任のそ連会はれぞれ国安全保障理事 衝士の武力と突、世界国同替の)もてしるわ済れ入が序経はにこ中米きかし。うろなにともるきえわめ大てな影響を与 く行測てし大拡てえ越を初予や望希の当りよに﹂能果可か性一数順(でま位三第らか位第は界世PDGもし。いき大効   ﹁乗武いくにりこ起は争紛力は、一で﹂序秩透浸互相的争が旦﹁度は害損の中米日い高の存起依互相な的済、経とるこ競   それぞれの国家経済を支えるには、諸外国との政治的な妥協と協力がある程度必要だが、領土・領海や主権などの問題はそれぞれのナショナリズムを刺激し、妥協や協力を困難とする。逆に、国家経済を支えるためには、諸外国からは対外拡張と見られるような政策を進めることもある。たとえば、中国の南シナ海埋め立てには地政学的な意味もあるが、一九九二年に制定された中国の領海法という国内法の枠内で中国企業が行う公共工事としての側面も否定できない。

  地域統合も、日米中三カ国の間では、この経済とアイデンティティのずれが大きい。今のところ、緊張のレベルは上下を繰り返すが概ね武力衝突にまでには至らない低いレベルでエスカレーションの危険はまがりなりにもコントロールされている。このため、ナショナリズムに基づく強硬な態度は演出されるものの、結局は経済上の利益が優先される。つまり、完全に安定した秩序ではないが、小さな不安定が起こりつつ全体としての相対的安定が保たれる。これは、二一世紀前半における﹁競争的相互浸透秩序﹂の大きな特徴である。

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    同志社法学 六九巻四号八〇一三八〇

  日中韓の指導者たちは、ほとんど皆実際には経済を最も重視し、諸外国から見れば、たとえば日本から韓国を見ればそうは思えないかもしれないが、国内のナショナリズムの暴発を抑えようとしてきた。

  しかし、パワー・トランジションの立場にたてば、このような﹁小さな不安定は重なるが大局は妥協と安定﹂というあやうい秩序は瓦解すると考えられる。パワー・トランジションは妥協の余地の少ない現象と見なされている。中国も二〇〇〇年代から﹁平和的台頭﹂を唱えてきたし、最近では、覇権国と追走国の間の衝突をめぐる﹁トゥキディデスの罠﹂(古代ギリシアで起こったスパルタとアテネ間のペロポネソス戦争を歴史家のトゥキディデスが分析した。中国語では﹁修昔底德陷阱﹂)が回避可能であるという論説が多く発表されたのも、中国の指導者たちの不安を象徴している。   加えて、経済危機と政治・社会危機が連動すると、排外主義的な雰囲気が急速に強まり、エスカレーションのコントロールは失われやすい。胡錦濤政権末期から習近平政権期にかけて、日中の相互イメージは急速に悪化した。中国では、抗日戦争七〇周年行事が﹁反ファシズム戦争﹂と結び付けられ、内外で行われた。多くの記事や論評では、﹁鬼子﹂などの蔑称がしばしば使われたように、日本のいわば﹁妖魔化﹂が進められた。﹁南京大虐殺﹂のフレームアップなど、日本がいかに本質的に悪魔のような邪悪な存在であるかが強調された。

  このような﹁妖魔化﹂された日本イメージは経済・政治・社会危機の中でさらに悪化し、具現化された悪として認識されるであろう。これは、日本に対する容赦ない攻撃を正当化し進めようとする中国国内の主流の意見となりうる危険を秘めている。ただ、これも日本に示して日本の譲歩を引き出す戦術と考えることもできる。

  全体として、既存の秩序は変容しつつあるがいまだに存在しており、新しい秩序も形成途上である。ほぼコンセンサスと言えるのは、主要国の指導者たちが、将来が不透明で、衝突は相互に大きな不利益をもたらすと考えていることであろう。彼らは、ある程度の意地の張り合いや牽制はお互いに必要とし、ある程度のエスカレーションは許容できると

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    同志社法学 六九巻四号八一一三八一 しても、小規模の衝突から生じるエスカレーションがコントロール不能になることを恐れている。

  東アジアで、地域安全保障機構の設立が試みられてきたのは、衝突による不利益をお互いに回避するためであった。六カ国協議を母体にしてはどうかという意見はしばしば見られてきた。確かに、地域安全保障機構は、短期から中期にかけての政策上で意義があるだろう。小規模な対立を、一定の閾値内に抑え、コントロール不能な状態に陥らないようにする機能と効果が期待できる。

  日本では、﹁協調的安全保障﹂の枠組みの提唱が比較的多いようである。たとえば、大学の研究者個人による提案もある ₁₀

。シンクタンクはより活発で、海洋問題では、世界平和研究所が﹁アジア海洋安全保障協力機構﹂を、また海洋政策研究財団(二〇一五年四月、笹川平和財団と合併して笹川平和財団海洋政策研究所)となった)も、海洋に関する地域機構の設立をそれぞれ提唱したことがある。

  しかし、地域安全保障機構の設立は、問題の根本的解決ではなく、対症療法にとどまる。なぜなら、この機構は、パワー・バランスに基本的に規定され、パワー・バランスが変化すれば、機構の効果や役割も変化するからである。もちろん、設立はフィードバックの効果を持ち、国家間関係の緩和をもたらすと考えられ、一定の効果は十分に期待できるが、長期的な安定が維持できるとはいえない。長期的な安定を保障するやり方はまだ見えていない。

  その背景には、このような状況に関する理論的な解明が十分に進んでいないためもあると考えられる。﹁中国の台頭﹂下では、﹁グレー・ゾーン﹂における抑止や作戦、戦争形態や同盟に関する議論が必要である。日本では、すでに二〇一二年ごろには高橋杉雄らが議論していたがその後に研究が続いていないようである。﹁グレー・ゾーン﹂の東アジアを分析する上で、関係する概念としては、クリミアやウクライナにおける正規戦と非正規戦を組み合わせた﹁複合戦争﹂(

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)がある。ただ、二〇一七年の時点で、これらの共通点や相違点を分析した本格的な研究は見当たら

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    同志社法学 六九巻四号八二一三八二

ない。

  アチャリャや山本などが議論する前述の秩序で発生する紛争は、緊張が相対的に低いレベルでの紛争、すなわち低烈度紛争(

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)であると考えられる。南シナ海問題は、この紛争の一種と考えることもできる。しかし、これと前述の﹁複合戦争﹂との関係は未解明である。低烈度紛争が長期化し解決策がなかなか見当たらない﹁持久的低烈度紛争﹂(

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)のメカニズムも十分に分析できていない。

  これは、既存の概念や理論をそのまま当てはめるだけではできない上、そもそも安全保障上の概念や理論が十分に共有されていないため、評価もできないからと考えられる。評価ができなければ研究の重要性にも気づかない。﹁燕雀焉んぞ鴻鵠の志を知らんや﹂の心意気を奮い立たせて挑戦するほかない。

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    同志社法学 六九巻四号八三一三八三

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(この論文は、二〇一五年一二月に中国人民大学(北京)で行われたセミナーに提出した原稿及び二〇一六年二月に新潟県立大学で行われたセミナーのために執筆した論文を加筆修正したものである。)

参照

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