収入額の算定基礎として地方所得税を用いるケース
著者 伊多波 良雄
雑誌名 經濟學論叢
巻 60
号 4
ページ 449‑467
発行年 2009‑03‑20
権利 同志社大學經濟學會
URL http://doi.org/10.14988/pa.2017.0000012360
【論 説】
地方交付税制度とインセンティブ効果
―基準財政収入額の算定基礎として地方所得税を用いるケース―
伊多波 良 雄
ま え が き
地方交付税にはさまざま問題があることが指摘されている.その中の1つ に,しばしばインセンティブ効果とも呼ばれる問題がある.これは,林(2006)
によると,①地方交付税の存在による地方の課税努力の欠如,②事後的補填 を通じた歳出拡大あるいは費用最小化努力の欠如である.①に関しては,固 定資産税の場合,課税標準額を低下させるメカニズムが地方交付税にあるこ とを指摘している.また,②に関しては,山下・赤井・佐藤(2002)などのい くつかの先行研究がある.
本稿は①に関連したインセンティブ効果に焦点を当てる.特に,基準財政 収入額の算定基礎として地方所得税を用いるケースを取り扱う.インセンティ ブ効果に関して実証的分析は多くあるが,理論的分析はほとんどない.伊多 波(2003)は,地方交付税制度の下で,Laffont and Tirole(1993)のモデルで 採用されている努力水準の導入方法を援用しながら,地方交付税と努力水準 の関係について分析を試みている.そこでの分析は,地方政府が地方公共財,
地方所得税率,努力水準を自由に選択できる状況で行われている.しかも,
基準財政収入額の算定基礎として地方所得税を用いる場合,自由に選択され た地方所得税率を採用している.しかし,実際は基準財政収入額の算定基礎 として地方所得税を用いる場合,地方所得税率は標準税率が採用されている.
したがって,現実の地方交付税制度に即して,基準財政収入額の算定基礎と して地方所得税を用いる場合,地方所得税率は標準税率を採用してインセン ティブ効果を分析する必要がある.
本稿は地方所得税率が与えられている状況の中で,地方交付税制度と効率 性の関係を分析する.ここで,効率性は地方政府の努力水準を意味しており,
努力水準のモデルへの導入方法はLaffont and Tirole(1993)にしたがっている.
分析に際して,基準財政収入額の算定基礎として地方所得税を用いる場合,
地方所得税率として標準税率を採用する.さらに,日本においては地方所得 税率は全国的に均一であるという点を考慮して,地方所得税率が標準税率に 等しいケースと,基準財政収入額の算定基礎として地方所得税を用いる場合,
地方所得税率として標準税率が採用されるが,地方が選択する地方所得税率 は最適に選択されているケースについて,地方交付税と努力水準の関係の分 析を試みる.
論文の構成は以下のとおりである.第1節では,家計と地方政府からなる 経済を叙述し,この経済のパレート最適条件が求められる.モデルは基本的 には,伊多波(2003)と同じである.第2節では,地方交付税制度が存在して いる状況の下で,地方所得税率が与えられているとき,分権的経済を想定し,
ナッシュ均衡が求められる.ここで,ナッシュ均衡における努力水準が,パレー ト最適なときの努力水準と比較される.第3節では,基準税率と地方政府の 効率性パラメータの努力水準に及ぼす影響を吟味する.第4節では,基準財 政収入額の算定基礎として地方所得税を用いる場合,地方所得税率として標 準税率が採用されるが,地方が選択する地方所得税率は最適に選択されてい るケースについて,分析を試みる.最後に若干のコメントを加える.
1 モ デ ル
n個の地域からなる経済を考え,簡単化のためそれぞれの地域の人口は1 とする.地域iの所得は努力水準eiに依存し,努力の限界生産性は逓減的に
増加すると仮定すると,生産関数y (ei)は次のように表される.
yei(ei)>0, yeiei(ei)<0, i=1, …, n (1)
私的財,地方公共財をそれぞれxi,Giとするとき,次のような地域iの住 民の準線形効用関数を想定する.
ui=xi+u (Gi)-φ(ei) (2)
こ こ で,φ(ei)は 努 力 関 数 を 示 し,φei(ei)>0, φeiei(ei)>0 , uGi(Gi)>0,
uGiGi( Gi)<0を仮定する.
地方公共財の供給費用は,努力水準に依存する部分Ciと地方公共財そのも のの費用Giの2つの要素からなる.Ciは,
Ci=βi-ei (3) と表される.また,地方公共財の限界費用は1とする.βiは効率性パラメーター で,所与とする.たとえば,地形,気候,生産要素の初期賦与量などに依存 すると考えられる.努力水準eiを上げると,地方公共財の供給費用を減らす ことができる.同時に,生産水準を引き上げることもできる.
社会的厚生関数をW (u1, u2, …, un)とすると,パレート最適条件は次のよう にして求められる.
max W (u1, u2, …, un) (4) x1, …, xn
G1, …, Gn
e1, …, en
S. T. ∑
i=1 n y (ei)=∑
i=1 n xi+∑
i=1 nGi+∑
i=1 nβi-∑
i=1
nei (5)
ui=xi+u (Gi)-φ(ei), i=1, …, n (6) ラグランジュ未定乗数法を用いると,制約条件を除くパレート最適条件は次 式で示される.
uGi=1, i=1, … , n (7) yei+1=φei, i=1, … , n (8)
(7)式は,左辺の地方公共財の限界効用がその限界費用に等しくなければなら ないことを意味している.いわゆる,サミュエルソン条件である.(8)式は,
左辺の努力の限界便益が右辺の努力の限界費用に等しくなければならないこ とを意味している.努力を限界的に増加させるときに費用が節約される効果 を,伊多波(2003)のように,努力の限界節約費用と呼ぶと,左辺の1がこの 努力の限界節約費用に当たる.また,左辺のyeiは努力の限界生産性である.
2 分権的経済の均衡条件―ナッシュ均衡
ここでは,地方所得税率が標準税率に等しいときに,それぞれの地域の経 済を叙述する.その後,それぞれの地域が自由に行動する分権的経済を想定し,
その均衡としてナッシュ均衡を考える.
(1) 地域iの経済
家計,地方交付税制度,地方政府を順に説明する.
家 計
家計は先に述べたように,(2)式の準線形効用関数を想定する.
ui=xi+u (Gi)-φ(ei) (9)
地域iで徴収される交付税率をθ,地方所得税率をtとする.ここで,地 方交付税の分析に際して交付税率と地方所得税率は所与とする1).国税と地方 税が徴収された後の地域iの課税後所得は,(1-t-θ) y (ei)となる.したがって,
地域iの住民予算制約式は次のようになる.
xi=(1-t-θ) y (ei), i=1, … , n (10) ここで,私的財xiの価格は1である.
1) 道府県民税の所得割で超過課税を行っている団体は,平成19年4月1日現在では神奈川県の
みである.市町村民税の所得割では,北海道夕張市のみである.したがって,本稿では一定のt と仮定する.
地方交付税制度
地域iへの地方交付税Siは,次のように決められる.
Si=max {B-αty (ei), 0}, i=1, … , n (11) つまり,基準財政需要額Bから基準財政収入額αty (ei)を控除した額とゼロ を比較して,大きい金額が地方交付税として交付される.ここで,αは基準 税率と呼ばれ,都道府県と市町村ともに0.75と決められている.また,(1-α) は留保財源率と呼ばれている.基準財政需要額は地域によって違うが,ここ では分析を簡単にするために一定とする.
さらに,分析を簡単にするために,1からlまでは交付団体,l+lからnま では不交付団体とすると,地方交付税制度の予算制約式は次のように表され る.
θ∑
i=1 n y (ei)=∑
i=1
l B-α∑
i=1
l t y (ei) (12)
左辺は交付金の財源,右辺は交付金総額をそれぞれ示している.θの現実的 解釈は,交付税率に国税の所得税率を掛けた値である.以下では,交付税率 と呼ぶ.
地 方 政 府
交付団体の予算制約式 は,次式で表される.
Si+ty (ei)=Ci+Gi , i=1, … , l (13)
左辺は地方交付税と地方所得税からなる財源で,右辺は地方公共財の供給費 用である.(11)式を(13)式に代入すると,交付団体の予算制約式は次のよ うに表される2).
B+(1-α) ty (ei)=Ci+Gi , i=1, … , l (14)
不交付団体の場合,地方交付税はゼロなので,予算制約式は次のとおりに
2) 道府県民税所得割の基準税額は,理論的納税義務者1人当たりの全国平均の単位税額に各都
道府県ごとの単位税額補正率を掛けて求められている(地方交付税制度研究会編(2008)を参 照せよ).したがって,制度的に所得割の基準税額αt yのt yと(13)式の地方所得税tyは近似 的に等しいと仮定している.
なる.
ty (ei)=Ci+Gi , i=l+1, … , n (15)
(2) ナッシュ均衡
ここでは,各地方政府は他の地方政府の行動を所与として最適化を行う分 権的経済を想定する.つまり,ナッシュ均衡を均衡として捉える.
交 付 団 体
最初に,交付団体を見てみる.地域iの効用関数(9)式に地方政府の予算制 約(14)式を代入すると,次式を得る.
ui=(1-t-θ)y(ei)+u{B+(1-α)ty(ei)-Ci}-φ(ei) , i=1, … , l (16)
ナッシュ均衡の下では,地方政府iはi以外の地方政府の努力水準を所与とし て,地方政府iの効用関数を最大にするように,Ci=βi-ei , θ∑
i=1 n y (ei)=∑
i=1
l B-α∑
i=1 l t y (ei) を考慮して努力水準を求める.第1階の条件は次のようになる.
(1-t-θ) yei+uGi{(1-α)tyei+1}+(θ+αt)yeipi=φei , i=1, … , l (17)
ただし,
i=1∑
n y(ei) y(ei)
pi= (18)
である.piは総課税ベースに占める地域iの課税ベースの割合,あるいは地方 交付税制度の原資額にしめる地域iの国税拠出額の割合であり,∑
i=1
n pi=1が成立 している.
(17)式の左辺は努力水準の限界便益を,右辺は努力水準の限界費用を,そ れぞれ示している.(17)式は,最適な努力水準はこの限界便益と限界費用が 等しくなるように決定されることを意味している.左辺第1項は努力水準引 き上げによる課税後所得の増加を,第2項は努力水準引き上げによる地方公 共財の増加による便益をそれぞれ示している.第3項は努力水準を増やすこ とにより所得が増える結果,交付税率が減少する効果による便益である.こ
こで,piが小さいほど,つまり経済規模が小さい地域ほど,努力の限界便益 が小さくなるので努力水準は低くなることが分かる.
努力水準に関するナッシュ均衡の決定式(17)式とパレート最適条件(8)式 を比較するため,パレート最適条件(8)式を(19)式のように書き換える.2 つの式を並べて記すと次のようになる.両式を比較すると,第2項と第3項 が異なる.
(1-t-θ) yei+{(1-α) tyei+1}+(θ+αt) yei=φe (パレート最適条件)
i=1, … , l (19)
(1-t-θ) yei+uGi{(1-α) tyei+1}+(θ+αt) yeipi=φei (ナッシュ均衡)
i=1, … , l (20)
この2つの式の第2項は努力水準を引き上げたときの地方公共財の便益を 通ずる努力水準の限界便益である.パレート最適条件ではuGi=1となってい るため,uGiは消えているが,ナッシュ均衡では地方所得税に関して最適化が 行われていないのでuGiが残っている.この値が1を超えるかどうかは分から ないので,2式間で第2項の大小関係は分からない.
第3項は,努力水準を増やすことにより所得が増える結果として交付税率 が減少する効果による便益を示しているが,(20)式においてpiがかかってい るのでナッシュ均衡における便益がより小さくなっている.これは,地方政 府iの努力水準による便益は経済全体としては(θ+αt) yeiだけ発生しているの に,ナッシュ均衡において地方政府iは自地域のことしか考えていないので,
地方政府が課税所得で占める割合piしか認識していないからである.
このように,2つの式の左辺第2項の大小関係が分からないので,努力水 準はナッシュ均衡においてパレート最適な水準より小さいかどうかは分から ない.ただ,もし地方公共財が最適に選択されているなら,uGi=1なので,ナッ シュ均衡において努力水準はパレート最適な努力水準に比べて小さい.この ケースは,基準財政収入額の算定基礎として地方所得税を用いる際,地方所 得税率として標準税率が採用されるが,地方が選択する地方所得税率は最適
に選択されているケースに相当する.この点は第4節で説明される.
不交付団体
不交付団体の場合,地方交付金はないので地域i (=l+1, … , n)の効用関数 は次のようになる.
ui=(1-t-θ) y (ei)+u (ty (ei)-Ci)-φ(ei), i=l+1, … , n (21)
地域iの努力水準は,ei=βi-Ci ,θ∑
i=1 n y (ei)=∑
i=1
l B-α∑
i=1
l ty (ei)を考慮して,効用 を最大にするように努力水準を求めると,第1階の条件は次のようになる.
(1-t-θ) yei+uGi(tyei+1)+θyeipi=φei , i=l+1, … , n (22)
交付団体のときと同様に,左辺は努力水準の限界便益を,右辺は限界費用 をそれぞれ示している.左辺第3項は交付団体((17)式左辺第3項)と比較す ると,基準財政収入額を通ずる交付税率の低下の項が消えている.これは,
不交付団体の場合,努力水準の引き上げは課税ベースの増大に伴う交付税率 の低下の便益しか生じないからである.
努力水準に関するナッシュ均衡の決定式(22)式をパレート最適条件(8)式 と比較できるようにするため,パレート最適条件(8)式を(23)式のように変 換する.説明のため努力水準に関するナッシュ均衡の決定式(22)式を記すと 次のようになる.
(1-t-θ) yei+(tyei+1)+θyei=φe , i=l+1, … , n
(パレート最適条件) (23)
(1-t-θ) yei+uGi(tyei+1)+θyeipi=φei , i=l+1, … , n
(ナッシュ均衡) (24)
2つの式を比較すると,第3項の項にpiが付いていない.これは,交付団 体のケースと同じ理由による.つまり,努力水準の引き上げによる交付税率 の低下に伴う便益は経済全体ではθyeiだけ生じるにもかかわらず,ナッシュ 均衡ではこれにpiをかけたθyeipiしか地方政府は認識しないからである.また,
第2項もナッシュ均衡ではuGiが残っている.
この結果,交付団体においても交付団体のケースと同じように,ナッシュ
均衡における努力水準は,パレート最適な水準との大小関係を決めることは できない.しかし,交付団体のときと同じように,もし地方公共財が最適に 選択されているなら,uGi=1なので,ナッシュ均衡において努力水準はパレー ト最適な努力水準に比べて小さい.このケースは,第4節で説明される.
3 基準税率と効率性パラメータの努力水準に及ぼす影響 ナッシュ均衡において基準税率の努力水準に及ぼす影響は次のとおりであ る.基準税率の努力水準に及ぼす影響を求めるため(17)式を次のように書き 換える.
Ai=(1-t-θ) yei+uGi{(1-α) tyei+1}+(θ+αt) yeipi-φei=0 (25)
この式から次式が求められる.
第1項(+) 第2項(+) 第3項(-)第4項(-)第5項(+)
(-)
∂ei
∂α=--∂θ∂αyei-uGiGity{(1-α)tyei+1}-uGityei+∂θ∂αyeipi+tyeipi
∂A
∂ei
(26)
分母は十分条件より符号は負である.分子のそれぞれの意味と符合は次のと おりである.
第1項 基準税率の増大により交付所得税率は減少し(∂θ/∂α<0),これは 努力水準の便益を増大させる.符号は正.
第2項 基準税率の増大は,地方交付税額を引き下げるので地方公共財供 給水準が減少する.これは地方公共財の限界便益を増大させる.
符号は正.
第3項 基準税率の増大は,他方で交付税額を引き下げるので地方公共財 供給水準が減少する.これは所与の地方公共財の限界便益の下で 地方公共財の便益を低下させる.符号は負.
第4項 基準税率の増大により交付税率の減少(∂θ/∂α<0)するので,努力 水準の便益は低下する.符合は負.
第5項 努力水準の増大による交付税率の減少による便益が基準税率増大 によりさらに強化される.符号は正.
このうち,分子の第1項と第4項を比べると,第4項は第1項に1より小 さいpiを掛けたものなので,この2つの項を合わせると正になる.しかし,
第3項が負なので,分子の符合は確定しない.通常,地方交付税と地方税か らなる一般財源,本稿で言えば,B+(1-α) ty (ei)を見ると,αの増大は一般 財源を減少させるので望ましくないと言われるが,努力水準の決定を考慮し た場合,必ずしも望ましくないかどうかは分からない.
不交付団体の場合,(22)式を次のように書き換える.
Fi=(1-t-θ) yei+uGi(tye+1)+θyi eipi-φei=0 (27)
これから,次式が得られる.
第1項(+) 第2項(-)
(-)
∂ei
∂α=--∂θ∂αyei+∂θ∂αyeipi
∂Fi
∂ei
>0 (28)
分子のそれぞれの項は基準税率の交付税率に及ぼす効果を示している.基準 税率の増大により交付税率は減少(∂θ/∂α<0)することと,第2項にpiが付 いていることを考えると,分子は正になる.したがって,(28)式は正となり,
不交付団体の場合,基準税率の増大は努力水準を引き上げる効果を持つ.
ここで,基準税率の効用水準に及ぼす影響について見てみる.交付団体の 効用関数(16)式と不交付団体の効用関数(21)式に,それぞれのナッシュ均衡 における最適な努力水準を代入して,間接効用関数を求め,包絡線定理を用 いてこれをαで微分すると,次のようになる.
∂u
∂α=tpiy (ei)-uGity (ei), i=1, … , l (29)
∂u
∂α=tpiy (ei)>0, i=l+1, … , n (30)
ただし,∂u
∂α=-tpiを考慮している.交付団体の場合,この効果の他に地方交 付税の減少によるマイナスの効果があるので,(29)式の符合は定まらない.
ただ,piが小さいほど,つまり経済規模が小さい地域ほど,第1項が小さく なるので,基準税率の引き上げは効用水準を低下させる.他方,不交付団体 の場合,基準税率の引き上げると,交付税率が低下するので効用水準は増大 する.
効率性パラメータの努力水準に及ぼす影響は次のようになる.最初に交付 団体から見る.(25)式から次式が得られる.
∂ei
∂βi
=--uGiGi{(1-α)tyei+1}
∂Ai
∂ei
>0, i=1, … , l (31)
分子は,効率性パラメータが大きくなるときの効果,つまりより非効率的に なるときの効果を示しており,正である.これは,効率性パラメータが大き いことは地方公共財供給量が小さいことを意味するので,地方公共財の限界 便益は大きくなる結果,努力水準の限界便益を引き上げるからである.十分 条件より∂Ai∂ei<0が成立するので,(31)式の符号は正となる.したがって,
効率性パラメータβiが大きくなるにつれて努力水準eiは大きくなる.
このように,非効率的な地方政府ほど効率性パラメータは大きくなるが,
これは効用水準が高くなることを意味するものではないことに注意しなけれ ばならない.この点は次のようにして確認される.交付団体の効用関数(16)
式にナッシュ均衡における最適な努力水準を代入して,間接効用関数を求め,
包絡線定理を用いてこれをβiで微分すると,次のようになる.
∂u
∂βi=-uGi (32)
したがって,非効率的な地方政府ほど効用水準は低下する.
不交付団体の場合,(27)式を用いて次式を求める.
∂ei
∂βi=--uGiGi(tyei+1)
∂Ai
∂ei
>0
(33)
交付団体のケースと同じように,効率性パラメータが大きくなるにつれて努 力水準eiは大きくなる.
4 地方所得税率が最適に選択されるケース
今まで,基準財政収入額の算定において地方所得税率として標準税率が採 用され,さらに地方所得税率は標準税率に等しいものとして分析してきた.
しかし,地方所得税率は最適に選択されているケースも想定される.そこで,
基準財政収入額の算定において地方所得税率は標準税率を用いるが,地方所 得税率は内生的であるケースをここでは分析する.
ここで前節のモデルと異なる点は,地方政府の予算制約式である.交付団 体の場合,選択される地方所得税率をtiとすると,予算制約式は次のように なる.
Si+tiy (ei)=Ci+Gi , i=1, … , l (34)
基準財政収入額の算定において地方所得税率は標準税率tを用いるとする.
(11)式を(34)式に代入すると,交付団体の予算制約式は次のように表される.
B-αty (ei)+αtiy (ei)=Ci+Gi , i=1, … , l (35)
効用関数は次のとおりである.
ui=(1-ti-θ) y (ei)+u (B-αty (ei)+tiy (ei)-βi+ei)-φ(ei)
i=1, … , l (36)
不交付団体の場合,地方交付税はゼロなので,予算制約式と効用関数は次 のとおりになる.
tiy (ei)=Ci+Gi , i=l+1, … , n (37)
ui=(1-ti-θ) y (ei)+u(tiy(ei)-βi+ei)-φ(ei) , i=l+1, … , n (38)
前節と同じように,ナッシュ均衡を想定すると,最適条件は次のとおりになる.
交付団体の場合,θ∑
i=1 n y (ei)=∑
i=1
l B-α∑
i=1
l ty (ei)を考慮して,(36)式を最大にするよ うに,努力水準と地方所得税率を選択する.第1階の条件は次のとおりである.
(ei):(1-ti-θ) yei+uGi(-αtyei+tiyei+1)+(θ+αt) yeipi=φe (39)
(ti) :-y (ei)+uGiy (ei)=0 (40)
(39)式と(40)式よりeiは次のように決定される.
(1-ti-θ)ye+(-i αtyei+tiyei+1)+(θ+αt)yeipi=φe (ナッシュ均衡)(41)
パレート最適な努力水準の決定式(8)式を次のように書き換えると,(41)式と 比較できる.
(1-ti-θ)yei+(-αtyei+tiyei+1)+(θ+αt)yei=φe (パレート最適)(42)
(41)式と(42)式を比べると,(41)式の左辺第3項にpiがあるので左辺はより 小さい.従って,ナッシュ均衡においてより小さい努力水準が選択される.
不交付団体の場合も同様に分析される.θ∑
i=1 n y (ei)=∑
i=1
l B-α∑
i=1
l ty (ei)を考慮し て,(38)式を最大にするように,努力水準と地方所得税率を選択する.第1 階の条件は次のとおりである.
(ei):(1-ti-θ) yei+uGi(tiyei+1)+θyeipi=φe (43)
(ti) :-y (ei)+uGiy (ei)=0 (44)
(43)式と(44)式よりeiは次のように決定される.
(1-ti-θ) yei+(tiyei+1)+θyeipi=φe (ナッシュ均衡) (45)
パレート最適な努力水準の決定式(8)式をナッシュ均衡と比較可能にするた め(46)式のように書き換える.
(1-ti-θ) yei+(tiyei+1)+θyei=φe (パレート最適) (46)
交付団体の場合と同じように,(45)式と(46)式を比べると,(45)式の左辺第3
項にpiがあるので左辺はより小さい.したがって,ナッシュ均衡においてよ り小さい努力水準が選択される.
このように,基準財政収入額の算定において地方所得税率は標準税率を用 いるが,地方所得税率は最適に選択されるケースでは,地方公共財が最適に 選択されるので,ナッシュ均衡においてパレート最適な努力水準より小さい 努力水準が選択される.
ただ,基準税率の努力水準へ及ぼす影響は,第3節と同じように,交付団 体では明らかでないものの,不交付団体では基準税率の増大は努力水準を引 き上げる効果を持つ.この点は次のようにして示される.
交付団体の場合,(39)式と(40)式から次のようになる.
A1 A2 dei
=- F1
dα (47)
A2 A3 dti F2
ただし,
A1=-∂θ
∂eiyei+(1-ti-θ) yeipi+∂θ
∂eiyeiei+(θ+αt) yeieipi
+uGiGi(-αtye+ti iyei+1)2+uGi(-αt yeiei+tiyeiei)-φeiei (48)
A2=-ye+ui GiGiy (ei) (-αtyei+tiyei+1)+uGiyeiei (49)
A3=uGiGiy (ei)2 (50)
F1=∂θ
∂αyei( pi-1)+tyeipi-uGiGity(ei)(-αtyei+tiye+i 1)-uGityei (51)
F2=-uGiGity (ei)2 (52)
である.ただし,∂θ
∂ei=-θyei+αtyei
i=1∑
n y (ei)
,∂θ
∂α=-
i=1∑
n y (ei) t∑
i=1 l y (ei)
である.
これより次式が得られる.
dei
dα=1
A -F1 A2
=1
A -F1 A3+A2 F2 (53)
-F2 A3
(+)
(?) (-) (?) (+)
A=A1 A3-A22は十分条件よりプラスであるが,F1とA2の符合は確定しない ので,(53)式の符合は確定できない.
不交付団体の場合,(43)式と(44)式から次のようになる。
H1 H2 dei
=- K1
dα (54)
H2 H3 dti K2
ただし,
H1=∂θ
∂ei
yei( pi-1)+(1-ti) yeiei+∂θ
∂ei
yeipi+θyeiei( pi-1)
+uGiGi(tiyei+1)2+uGitiyeiei)-φeiei (55)
H2=uGiGiy (ei)(tiyei+1) (56)
H3=uGiGiy (ei)2 (57)
K1=∂θ
∂αyei( pi-1) (58)
K2=0 (59)
である.ただし,∂θ
∂ei=- θyei
i=1∑
n y (ei)である.
これより次式が得られる.
dei dα=1
H -K1 H1 =1
H -K1 H3 (60)
0 H3
(+)
(+) (-)
H=H1 H3-H22は,十分条件よりプラスなので,(60)式はプラスになる.
お わ り に
通常,地方政府からなる経済を対象に理論分析する際,自由な地方所得税 率の選択を認める.地方交付税の分析を試みる場合も例外ではない.つまり,
基準財政収入額の算定基礎として地方所得税を用いる場合,自由に選択され た地方所得税率を採用して分析が試みられている.しかし,実際は基準財政 収入額の算定基礎として地方所得税を用いる場合,地方所得税率としては標 準税率が採用されている.そこで,本稿では,実際の地方交付税制度に即して,
基準財政収入額の算定基礎として地方所得税を用いる場合,地方所得税率と して標準税率を採用してインセンティブ効果を分析した.この際,地方政府 の予算制約式における地方所得税率は同じ水準に固定されているケースと最 適に選択できるケースについて分析を試みた.
主な結論としては,次のようなものがある.地方所得税率が固定されてい るとき,ナッシュ均衡における地方政府の努力水準は,交付団体,不交付団 体ともに,パレート最適状態における努力水準と比べて小さいかどうかを確 定することはできない.しかし,もし地方所得税率が最適に選択されている なら,交付団体と不交付団体の両方において,ナッシュ均衡における努力水 準はパレート最適な努力水準に比べて小さい.基準税率の上昇の努力水準に 及ぼす影響は,両方のケースにおいて,交付団体では明らかでなかったものの,
不交付団体では基準税率の増大は努力水準を引き上げる効果を持つことが明 らかにされた.
このように,基準財政収入額の算定基礎として地方所得税を用いる場合,
地方所得税率として標準税率を採用するとき,地方所得税率が固定的なケー スでは地方交付税のインセンティブ効果は確認できなかったものの,地方所 得税率が最適に選択されているケースではインセンティブ効果が確認された.
つまり,地方所得税率が最適に選択されているケースでは,ナッシュ均衡に
おける努力水準はパレート最適な努力水準より過小である.別の言い方をす ると,地方交付税制度の下では,地方所得税の課税ベースを縮小させる傾向 がある.この点は,堀場・持田・深江(2003)で指摘された固定資産税のとき はインセンティブ効果がないこととは対照的である.そこでは実証的に分析 されているが,今後,理論的に固定資産税のケースも分析する必要がある.
平成15年度から都道府県レベルでの基準税率は0.8から0.75に低下してい るが,本稿の分析によれば,これは不交付団体の効用水準を低下させているが,
交付団体への影響は分からない.ただ,(19)式から,当該地方政府の課税ベー スの経済全体に占める割合piが小さければ小さいほど,基準税率の引き下げ は効用水準を増大させる.このように,基準税率の効用水準の影響はそれぞ れの地方政府に対して異なっていることに注意しなければならない.
本稿は,平成20年度私立大学経常費補助金特別補助高度化推進特別経費大 学院重点特別経費(研究科分)の助成を受けた.
【参考文献】
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地方 交付税制度研究会編,(2008)『平成19年度地方交付税制度解説(補正係数・基準 財政収入額編)』地方財務協会.
林正 義,(2006)「地方交付税の経済分析―現状と課題―」『経済政策ジャーナル』
3(2),6-24ページ.
山下 耕治・赤井伸郎・佐藤主光,(2002)「地方交付税制度に潜むインセンティブ効 果―フロンティア費用関数によるソフトな予算制約問題の検証―」『フィナ ンシャル・レビュー』(61),120-145ページ.
堀場 勇夫・持田信樹・深江敬志,(2003)「地方交付税とモラルハザード―固定資産税
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Laffo nt, J. J., and J. Tirole, (1993) A Theory of Incentives in Procurement and Regulation, The MIT Press.
(いたば よしお・同志社大学経済学部)
The Doshisha University Economic Review Vol.60 No.4 Abstract
Yoshio ITABA, Local Revenue Equalization System and Incentive Effect when Local Income Tax is Used as Basic Fiscal Revenue
This paper analyzes the relation between the local revenue equalization system and the effort level in the situation where the local income tax rate is used as the basic fiscal revenue in the local revenue equalization system. The paper tries to analyze both the cases, that is, where the local income tax rate is equal to the standard local income tax rate and the local income tax rate is optimally chosen.
The main result of the analysis is that the local government’s effort level in the Nash equilibrium is lower than the one in the Pareto optimum state if the local income tax rate is optimally chosen.